日本民法和解論

ドクトエールアンドロワー　梅　謙次郎　著

　　　�詞ｾ

（１）およそ人類はその性自[ｵﾉｽﾞｶ]ら集合して社会を組み生活する者にして若し人各孤立して一切社会を組まず個々別々に生活せんが蓋し禽獣と相去ると甚だ遠からざるべし。いずくんぞ今日の文明開化あることを望むべけんや。故に人類は必ず社会を組めり人類既に社会を組めばその間に必ず種々雑多の関係を生じ甲乙必ずしもその利害を同じうすると能わず。是に於てか争論あり。然るに人心の同じからざる。なおその面の如し甲の正と思えること乙は是を不正とし乙の直とせること甲却て之を曲とすること実に勢に免れざる所なり。況や世に善人稀にして悪人多く動もすれば己の不正なるを知りてしかも正なりと唱え曲なるを弁えてしかも直なりと称するものあり。又悪人ならざるもその私情に迷わされて能く是非曲直を弁えず敢えて抗議するもの稀なりとせざるに於てをや是れ文明国に於て必ず法廷を設け法官を置き以て訟事を断決せしむる所以なり。然りと雖ども人いやしくも聖人に非ざれば必ず過つことなしとせず。故に法官ことごとく公平無私の人なるもその見る所常に同じきこと能わず。是に於てか甲法官の直とする所乙法官却て之れを曲とすることかたよる多くやや錯雑せる事件に於てはその関係人自[ﾐｽﾞｶ]らその曲直を知らざること往々にして之れあり。是を以て主権者法律を作り之れを頒布し以て法官又は関係人に於て曲直の在る所を知るに便ならしむ。然りと雖ども立法者も亦た人なり。故にその作る所必ず不完全なることを免れず。故に却て法律の明文あるが為に争論を惹起こすこと敢て稀なりとせず。況んや事実の問題に於ては到底法律を以て予め之れを断決すること能わざるに於てをや。是に於てか詞訟断えず。是れが為めに莫大の費用を要し原被両造の間に再び復すべからざる確執不和を生じしかも動もすればその裁判公平を欠き直者却て敗れて曲者却て勝つが如きことあるは豈に慨嘆に堪ゆべけんや。若し此弊を救う術あらば必ず之れを用いざるべからず。

（２）その術蓋し一にして足らず。然りと雖も和解を以てその最なるものとすること古今学者の定論なりというも敢て過言に非ざるなり。それ己れの権利明確にして疑を容れざるが若し対手人に於てその請求に応じ肯ぜざるときは直ちに法廷に訴えてその処分を請うべきのみ。此場合に於て敢て和解を為すものは真に愚と謂うべし。対手人の権利顕然として争うべからざるが速かにその請求に応じその義務を尽すべきのみ。此場合に於て敢て和解を為すものは狡獪邪慾の徒たるを免れず。然りと雖ども若し双方の権利義務に真に疑わしき所あらば和解を以てその争を決せんこと敢て法廷に出でて裁断を請わんよりは利あること蓋し稀なりとせず。

或は日くおよそ和解を為すものは必ず益して決して損することなし。何となれば仮令金銭上の損あるも常に平和ちょう無上の利益を得ればなりと。是れ和解の利を誇張せるものと謂うべし。爰に人あり金一万円を貸せり。期日に至り借主之れを還さず。若し法廷に出でて之れを請求せばその金額を獲ること疑いなし。しかも論者は敢てその半額を減殺して和解を為すに利ありというが是れ３尺の童子と雖どもその然らざるを知る所なり。

或又曰くおよそ対手人己れの理なきを知ると雖どもしかも百方辭を設けてその請求に応ぜざるときは仮令その詞訟幾何の費用を要し幾何の不利を醸すも必ず法廷に訴えてその権利を全うせざるべからず。若し此場合に於て和解を為すものあらば是れ誠のよわいと謂うべしと。是れ亦た偏癖の説と謂わざること得ず。仮令対手人己れの非を知りてしかも敢えて抗抵する場合と雖ども若し証憑不充分等の故を以て勝訴の目途確然たらず。或は莫大の費用歳月等を要するの恐れあるときは相当の歩合を為して速かに争論の局を結ばんこと敢て執拗して法廷を煩わすにいずれそや。

（３）本篇は上ローマ法より降りてフランス国の旧時今代の法律に及び転じてイタリア国の法律を参照し終りに我が新民法に論じ至るものなり。蓋しローマ法は欧米諸国の法律その源をここに取らざるものは幾と稀なり。フランス国法律は我が民法草案編纂者が主として模範とせし所なり。イタリア国法律は同編纂者がもっとも多く参考に用いし所なり。而して我が新民法は未だ実施の期に至らずと雖ども既に法律の効力を有し来る明治２６年１月１日より実施すべきものにしてその期甚だ遠からず。是故に高等官試験に於ては新法典に基いて答案を作るべしと。いずれ余が此新民法を経としローマフランス国イタリア国の法律を緯として本篇を草せんと欲する所以なり。

（４）本篇分ちて下の９章となす

　　第１章　総論

　　第２章　和解の証拠

　　第３章　和解の目的物

　　第４章　和解することを得る人

　　第５章　和解の効果

　　第６章　和解の範囲

　　第７章　和解の無効

　　　　　第１章　総論

（５）本章分ちて下の２節となす

　　第１節　和解の定義

　第２節　和解の性質

　　　　　　　第１節　和解の定義

（６）和解又私和という羅甸に「トランザクシヨ」仏語に「トランザクシヨン」独語「フェルグライヒ」英語に「コムプロミス」という即ち是なり。

　ローマ法に於ては「トランザクシヨ」なる文字二様の意義を有し一は汎く一事件を結着するの意に依り凡百の約定を斥し一は特に結約者互いに勘弁を為してその間に存在せる争論又は不確定の関係を結着するの約定のみを指せり。而してここに和解と名づくるものは此第二の意義を有せる「トランザクシヨ」即ち是なり。降りてフランス国旧時に至りても学者大率皆ローマ法の定義を襲用せしが唯り「ドマー」は之れを改めおよそ結約者間に存在せる争論を結着するの約定皆な之れを「トランザクシヨン」と謂うと日えり。今そのローマ法の定義に異なる所を挙ぐれば第一ローマ法に於ては結約者互に勘弁を為さざれば「トランザクシヨ」なかりしに「ドマー」の定義に拠れば之れなきも亦た「トランザクシヨン」あるなり。第二ローマ法に於ては啻に争論のみならずおよそ不確定の関係即ち条件附権利又は未定権利[ｴｳﾞｱﾝﾁｭｴﾙ]（未だ承諾せざる相続権の如き即ち是れなり。その他世の学者は皆な射倖権利[ｱﾚﾔﾄﾜｰﾙ]も亦た「トランザクシヨ」の目的物たることを得べしといい権利者の受取るべき金額又は物件額偶然の事故に由りてその多少を同じゅうせず。即ち養料の如くその人の死亡の遅速に由りてその総額に多寡あるべきものを変して一時に若干の金額物件を払うの約も亦た「トランザクシヨ」なりというと雖ども余は之れを取らず。その詳細は能く仏語を読得ん人は拙著仏文和解論に就いて見るべし）を変して確定の権利となすもの皆な「トランザクシヨ」なりしと雖ども「ドマー」の定義に拠ればただ争論を結着するもの之れを「トランザクシヨン」と謂うなり。

（７）フランス国民法編纂者は「ドマー」の定義に基き第２０４４条第１項に明文を掲げて曰く和解[ﾄﾗﾝｻﾞｸｼﾖﾝ]とは之れに由りて結約者か既に生したる争論[ｺﾝﾃｽﾀｼﾖﾝ]を結着し又は将に生せんとする争論を予防するの契約[ｺﾝﾄﾗｰ]を謂ふと。此定義中当に注意すべきもの３点あり。第１此定義は「ドマー」の定義の如く結約者互に勘弁を為すの要あることをいわず。然らば則ち今日フランス国に於てもなお「ドマー」の説の如く結約者の一人は一切勘弁を為すとなく全くその主張せる所を貫徹するの契約例へば単純の取下[ﾃﾞｼﾞｽﾄﾏﾝ]，承服[ｱｯｷｴｯｽﾏﾝ]，係争義務の無償免除[ﾙﾐｰｽﾞ]，取消し得べき所為の認諾[ｺﾝﾌヰﾙﾏｼﾖﾝ]を包含せる契約も亦た「トランザクシヨン」なるが曰く否な今日フランス国においては「トランザクシヨン」と右に掲ぐる諸契約とは大にその規定を異にし例えば訴状の取下は通例後見人独断を以て之を為すことを得。訴権の放棄を包含せる取下は後見人に於て一切之を為すことを得ず。然るに「トランザクシヨン」は法律家３名の意見と親族会議の許可と裁判所の認可とを得て後見人之れを為すことを得（第４６７条なお委しくは第４章を見よ）。承服はその動産権に関するものは後見人独断を以て之を為すことを得。その不動産権に関するものは親族会議の許可を得て之れを為すことを得（第４６４条）。然るに「トランジャクシヨン」は上の３要件を具うるに非ざれば後見人之れを為すことを得ず。義務の無償免除は後見人一切之れを為すことを得ず。然るに「トランザクシヨン」は上の手続を践めば之れを為すことを得。取消し得べき所為の認諾はその認諾せんとする所為を行うに必要なる能力を権限とを要す。故に或は「トランザクシヨン」より容易に之れを為すことを得。或は後見人に於て一切之れを為すことを得ず。蓋し民法編纂者は初めその師崇せし「ポチェー」の書中に特に「トランザクシヨン」を論せる巻あらざりしかば一切之れをその草案中に掲げざりしか。諸裁判所の注意に由り破毀裁判所[ﾄﾘﾌﾞｭﾅﾙ,ﾄﾞ,ｶｯｻｼﾖﾝ]（即ち大審院なり。ここには故らにその旧名を掲ぐ）が作りし草案に基き又同裁判所が模範とせし「ドマー」を参考して本巻を書したるものなるが当時既に民法竣功の時に際し右編纂者は只管速に之れを結了せんことを欲ししかばローマ法及び旧法の時に在りては「トランザクシヨン」と他の諸契約との間に規定を異にせること今日の如く甚しからざりしかば「ドマー」の定義を取るも実際大なる弊害はあらざりしと雖ども今日に至りては「トランザクシヨン」と他の契約との間に著しき際を生ぜしかば到底第２０４４条の定義に基き取下承服免除認諾等も亦た皆な「トランザクシヨン」なりというと能わざることを思わざりしなり（以上多少の議論なきに非ざれともその詳細は拙著仏文和解論に譲りここに説かず）。

（８）第２第２０４４条には既に生したる争論を結着し又は将に生せんとする争論を予防するの契約は「トランザクシヨン」なりといえり。然らば則ち未だ争論あらざるに後日或は争論を生ずべきことを慮り之れを予防するの契約も亦た「トランザクシヨン」なるが曰く否な法文に争論[ｺﾝﾃｽﾀｼﾖﾝ]といえるは詞訟[ﾌﾟﾛｾｰ]の謂いなり。「トランザクシヨン」は或は既に法廷に出でたる詞訟結着し或は将に起らんとする詞訟を予防するを以て目的とせるを言うなり。蓋し「コンテスタシヨン」の語源に溯ればただ詞訟をのみ斥したるものにして今日と雖ども往々詞訟の意義を以て之れを用うることなきに非ざるが故に特に法文に此字を用いたるものならんか。

（９）第３余がローマ法に於て「トランザクシヨ」の定義を示したるときは之れを以てただ一の約定とせり。（６）（新民法にいわゆる合意即ち是れなり）然るに第２０４４条には是れ一の契約[ｺﾝﾄﾗｰ]なりとせり。蓋し契約の文字に就いてはやや議論なきに非ざれどもフランス国民法第１１０１条に拠ればおよそ義務を生ずるを以て目的とせる両人以上の意思の合同これを契約と謂うが如し（なお詳細は拙著契約概論第１頁以下を見よ）。故にフランス国民法に拠れば「トランザクシヨン」は一の契約にして義務を生ずるを以て目的とするものなり。ローマ法に在りては然らず。「トランザクシヨ」は一の約定にしておよそ約定なるものは特別の場合を除くの外は一切法律上の義務を生ずること能わず。必ず適法の方法により一の契約[ｺﾝﾄﾗｸﾄｩｽ]その他特定の形態を具うるに非ざれば約定決して直接に法律上の効果を生ずること能わざりき。是新旧両法の異なる所なり。蓋しローマに於ては動もすれば例式に拘泥し大いに結約者の自由を束縛せしが今日のフランス国法に於ては主として結約者に自由を許し止むを得ざるに非ざれば之れを検束せざるを原則とするが故に両法の間に此差異あるなり（委曲は拙著仏文和解論に在り）(仏語の｢トランザクシヨン｣も亦たローマの「トランザクシヨ」の如く汎く凡１００の約定を斥すこと多く法律にもまたその意義を以て此語を用うること稀なりとせず。民法第１１０７条及商法第７２条第６３１条の如き即ち是れなり。)。

（１０）イタリア国民法に於てはフランス国民法の定義の足らざる所を補いその第１７６６条に規定して曰く和解とは之れに由りて結約者か各何者かを与え又は約し又は留めて以て既に生したる争論の局を結ひ又は生することあるへき争論を予防するの契約を謂ふと。此定義はその住意に至りては別に批難すべき所あらざれどもただ冗長に過ぎて却てその真意を解し難きと。フランス国民法と同じく争論の局を結び又は之れを予防することを言えるとの小疵あるのみ。

（１１）我が民法の定義は右の仏伊両国民法の定義に勝ること明らかなり。同財産取得編第１１０条第１項に曰く和解は当事者か交互の譲合又は出捐を為して既に生したる争を落着せしめ又は生するとあるへき争を予防するの契約なりと。然りと雖ども本定義も亦たなお未だ全くイタリア国民法の定義の瑕疵を脱せず。故に余は左にもっとも簡明なる定義を示さん。曰く和解とは之れによりて結約者が互に勘弁を為して争論を結着するの契約を謂うと（独逸民法草案第６６６条に「フェルグライヒ」の定義を示して日く和解とは之れに由りて結約者間の争論又は不確定の法律上の関係を争論又は不確定の外に置くの双務契約と謂うと。之れに拠れば第一右草案にいわゆる「フェルグライヒ」は啻に争論を決するを以て目的とせず。その他不確定の関係を変して確定とするもの亦た之れを「フェルグライヒ」とせることなおローマ法に於けるが如し。第２双務契約なりといえるが故に暗に互に勘弁を為すに非ざれば「フェルグライヒ」なき意を示せり。之れを要するに同草案は専らローマ法に基けるものなるが本巻に於ても亦たローマ法を探れるものなり。ただその用字の迂遠にして大に明瞭を欠く所あるは甚だ遺憾とする所なり。蓋し独逸法文には常に此獘なきに非ざれども此民法草案は殊に此獘多しとの評あるは敢てその当を失える評とは謂い難きが如し。

（１２）右に定義を示せる契約を名けて和解ということ今日本邦に於てもっとも普通なるが如し。新法典及び一昨明治２１年４月１７日発布の市制第３１条第１１第６４条第７及び同日発布の町村制第３３条第１１第６８条第７にも此語を用いたり。然れども治罪法第９条第２及び第１０条第１には私和といえり。右の両語いずれも充分右の定義に適するの語なりということ能わず。何となれば争論を決するの契約なることは右両語いずれも之れを示すに足ると雖ども互に勘弁を為すも結約者の一方の主張する所全く貫徹するも是て皆な均しく和解なり私和なりということを得べければなり。但し私和の文字或は和解の文字より当れりといわんか。然りと雖ども民法上に於ては和解の文字を用うるを例とし新法典にも亦た之れを用うるが故に余も亦た本論には主として和解の文字を用いん。

（１３）我が民法に於ては「ドマー」の定義及び仏伊両国民法の定義に同じく争論あるに非ざれば和解なしとせることは既に上に述うるが如し。然るにフランス国法に於ては争論ありとはおよそ結約者間にわずかにでも争論あれば仮令その権利義務顕然として別に争うべきものなき場合と雖どもなお和解あるかはたまた権利義務真に疑わしき場合に非ざれば和解なきかと問うものあり。而して法学者中或はその権利義務真に疑わしき場合に非ざれば和解なきかと答うるものなきに非ざれども多数説は之れを排しただいやしくも結約者間に争論あれば仮令その権利義務他人の眼より視ては顕然たる場合と雖どもなお和解ありといえり。余は是れ論をまたざる所なりと思うなり。蓋し甲の疑わしとせる権利義務も乙は之れを顕然せりとすること訟事の常態なり。然るに真に疑わしき権利義務に非ざれば以て和解の目的物と為すこと能わずとせば徒らに訴訟の種を蒔き往々裁判所をして不知不識不公平の裁判を下ださしめ却て結約者の意思にもとらんのみ。故にローマ法に於てもただ争論あれば以て足れりとせり。又フランス国民法第２０４４条の明文に拠るもわずかも疑いなき所なり。而して我が民法財産取得編第１００条に於ても此点に就いてはただフランス国民法の定義を模写せり。故に我が民法に於てもただ争論あれば和解を以て之れを結着することを得るなり。

（１４）右の定義に拠れば和解は左の３要件を具べざるべからず。１に曰く契約たることを要す。２に曰く争論を結着するを以て目的とすることを要す。３に曰く互に勘弁を為すことを要す。是れなり。凡そ此３要件を具うるものは皆な和解にしていやしくもその１を欠くものは復た和解に非ず。之れを規矩準縄として和解と他の之れに類するものとを判別せば決して誤まることなし謂う左に宣誓[ｾﾙﾏﾝ]が和解を包含するや否やを論じ以て此節を終えん。宣誓に２種あり。曰く裁判上[ｼﾞｭﾁﾞｼｴｰﾙ]の宣誓曰く法廷外[ｴｸｽﾄﾗｼﾞｭﾁﾞｼｴｰﾙ]の宣誓是れなり。裁判上の宣誓に２類あり。曰く決着[ﾃﾞｼｿﾞﾜｰﾙ]の宣誓曰く補足[ｽｭｯﾌﾟﾚﾄﾜｰﾙ]の宣誓是れなり。補足の宣誓が和解を包含せざることは喋々を待たざる所なりと雖ども決着の宣誓が果して和解を包含せるや否やに就いては大に議論あるが故に左に之れを略陳せん。

（１５）ローマ法及びフランス国旧法に在りては未だ甞て決着の宣誓が和解を包含せることを主張するものあるを聞かず然るにフランス国民法の制定ありてより以降法学者裁判例大率皆な決着の宣誓は和解を包含するものなりといえり。是れ余が解せざる所なり。それ法廷に於て対手人に宣誓を求むるものは幾分の勘弁を為すことは余之れを知れり。何となれば初めは己れ全く理ありて対手人全く理なしと主張せしに今は若し対手人に於て宣誓を為さば対手人を以て理あるものと承認すべきことを約すればなり。此請求を受くるものも亦た幾分の勘弁を為さざることを得ざることは余之れを知れり。何となれば若し此請求に応じ宣誓を為すか又は反て対手人に自ら宣誓を為さんことを求むるに非ざればその対手人全く理あるものと看做さるべきを以て初めは単純の権利を有せりと主張せしものも今は宣誓を為すと為さざると自ら之れを為すと対手人をして之れを為さしむるとに由りてその有無を定むべき条件付権利となるべければなり。故に和解の一要件たる互に勘弁を為すの一事は宣誓にも具われるものなり。宣誓の争論を結着するを以て目的とすることも亦た余之れを知れり。何となれば若し初めに宣誓の請求を受けたるもの直ちに宣誓を為さんがたちまちその者の勝訴となるべし。若しその者之れを拒まんがたちまちその者の敗訴となるべし。若しその者対手人に自ら宣誓を為さんことを反求せんが対手人宣誓を為せば対手人の勝訴となり。対手人之れを拒めば対手人の敗訴となるべければなり。ただ契約ありや否やと問わばいやしくも契約の何物たることを弁えんものは必ず否と答えんのみ。それ契約とは義務を生ずべき２人以上の意思の合同なることは上に巳に之れを述べたり（９）。然るに決着の宣誓に在りてはその請求を受くるものその請求を拒まばたちまち敗訴すべきか。故に仮令己れ之れを欲せざるも或は宣誓を為し或は対手人をして之れを為さしめざるべからず。故にすこしも諾否の自由なし。諾否の自由なければ意思[ｳﾞｦﾛﾝﾃｰ]ありということ能わず。故に決着の宣誓には契約なし。故に和解を包含するものに非ざるなり。

　是故に後見人は第４６７条の手続を践むに非ざれば和解を為すこと能わずと雖ども宣誓を対手人に求むることは不動産権に就いては第４５７８両条に拠りただ親族会議の許可と裁判所の認可とを経れば之れを為すことを得べく。動産権に就いてはその無形動産なるときは１８８０年２月２７日法律第１条に拠り通例はただ親族会議の許可のみを以て足れりとし若しその価額１５００フラン（目下の相場に拠れば１フランおおよそ我が２５銭に当る）以上なれば親族会議の許可と裁判所の認可とを要し其有形動産なるときは独断を以て宣誓を求むることを得べし。

　我が民法に於ては断然宣誓を廃せり。是余が大いに賛成せざることを得ざる所なり。故に左の問題は一切本邦に生ぜざる所なり。但し草案編集者はその説明中に余と同一の説を取り裁判上の宣誓は決して和解を包含することなしと断言せり。

（１６）法廷外の宣誓は如何曰く是れ一概に答うること能わざる所なり。蓋しローマ法に在りては法廷外の宣誓も裁判上の宣誓と同じく和解と是れを混すること能わざりき。何となれば宣誓の請求を受けたるもの一旦承諾したる後仮令宣誓を為さざるも為めにその権利を失うことなかりしかばその対手人は勘弁を為すと雖ども己れはすこしも勘弁する所あらざりしを以てなり。然るに此法廷外の宣誓はローマに於ては甚だ頻繁なりしと雖どもフランス国に於ては極めて稀なるを以て民法編纂者も別に之れに就いて規定する所あらざりしかば余は依然ローマ法の規定する所に従い法廷外の宣誓を為さざるも為めにその権利を失うことなしといわんこそ至当なれと信ず。然るにフランス国の法学者は挙りて日く法廷外に於て宣誓の約を為して而かも宣誓を為さざるものはたちまちその権利を失うべしと。是れ余が解せざる所なり。それ宣誓の約とは何ぞや。日く甲と乙と互にその権利を争いたる末甲乙に謂て曰く若し汝真にその権利を有することを誓わば吾れ当に汝の権利を承認すべし。乙曰く諾と。是れ即ち宣誓の約なり。是に由りて甲は乙に対し乙若し宣誓を為さばその権利を承認するの義務あり。然りと雖も乙は未だ若し己れ此宣誓を為さざれば甲の権利を承認すべきことを約したることあらず。故にその契約は片務契約にして甲のみ義務を負うものなり。是れローマ法に於て乙若し後ちに宣誓を為さざるも為めにその権利を失うことなしとせし所以なり。今フランス国民法は別に之れを改むることを為さず。故に依然ローマ法の原則を適用せんこともっともその当を得たるものなり。若し然りとせば法廷外の宣誓は契約と争論を結着するとの両元素を具うると雖ども互に勘弁を為すの一元素を欠くが故に是れ和解には非ざるなり。故に後見人は一切法廷外の宣誓を請求することを得ず。葢し是れ条件附無償の棄権なればなり。

　以上は結約者間に特約なき時に就いて論じたりと雖ども若し結約者間特に約して乙若し宣誓を為さざればその権利を失うべきことを明言せる場合に於ては和解の三元素具足するが故にその契約即ち和解なりと謂わざることを得ざるなり。

（１７）我が民法草案編纂者は一たび裁判上の宣言を排却したる後なお法廷外の宣誓を保存し而かもその第１３７２条以下９条に於て詳細に之れを規定しその第１３７３条第２項に於て明かに宣誓の約は和解なることを言えり。而してその規定中往々余が賛成せざるものあれども中に就いてその第１３７６条に於て宣誓の請求を受けたるものその対手人に反誓を求むることを得るといい又その第１３７８条第３項に於て宣誓の請求を受けたるもの若し宣誓を為し肯せざるときはその対手人の権利を承認するものと看做すことをいえるはもっとも余が賛成せざる所なり。葢し草案の如くんは法廷外の宣誓はローマ及びフランス国に於ける裁判上の結着宣誓と同一の結果を生ずるものなり。然るに結約者初め宣誓の約を結うに当りて右様の意思ありたりとは想像の及ばざる所なり。甲ただ乙に約して乙若し宣誓を為さば甲に於て乙の権利を承認すべしといえるに由りてたちまち乙に於て乙若し宣誓を為さざれば甲の権利を承認すべきことを約したるものなりと速了するすら大いに結約者の意にもとるの恐れあり。而るに況んや乙に於て甲に反誓を求むるの権あることを約したるものなりとするに於てをや是れ全く結約者の約せざることを立法者に於てほしいままに約したるものなりと見做し強いて之れを遵奉せしめんとするものなり。不当も亦た太甚しからずや。元来草案編纂者もその説明中に言える如く本邦に於いては未だ宣誓を以て訟事を決するの慣習あらざるが故に既にフランス国に於てすら非常に稀にして立法者が別にその規則を設くるの要なしと認めたる法廷外の宣誓をローマに於て頻繁なりしとて遠く之れを東洋の我が日本国に輸入し来りしは余が甚だ取らざる所なるにあまつさえ右様不当の規定を我が民法中に掲げんとしたるは余殆んど之れを解することを能わず。法律編纂委員もここに見る所ありてか確定の民法明文には一切法廷外の宣誓に関する法条を削除せり。是れ余が称賛せざることを得ざる所なり（草案編纂者の規定せる所に拠れば宣誓の約和解の三元素を具うるが故に之れを以て和解とせるは決して怪むに足らざるなり）。

　　　　　　　第２節　和解の性質

（１８）第１　和解は諾成契約[ｺﾝｻﾝｼﾕｴﾙ]なり。

　ローマ法に於ては和解は契約に非ざりしことは既に上に述べしが如し。（９）況んやローマ法に於ては非常の例外なりし諾成契約に非ざりしことは言うを待たざるなり。フランス国民法に在りては則ち然らず。およそ約定の義務を生ずるを以て目的とせるもの皆な契約にして而してその契約は総て諾成契約なるを原則とせるが故に和解も亦た諾成契約なり。但し次章に説くべき第２０４４条第２項に拠り和解を以て要式契約[ｿﾗﾝ子ﾙ]となすものなきに非ざれどもその誤れることは後に之れを諭すべし。ただイタリア国民法第１３１４条第７に於ては和解を以て要式契約となし証書を作くるに非ざれば契約一切効力を生せずとせり。是れ余が賛成すること能わざる所なり。我が民法に於ても敢てイタリア国民法に倣はず。和解を以て諾成契約とせしこと余が喜ぶ所なり。

（１９）第２　和解は双務契約なり。

　ローマ法に於ては和解に非ざりしか。故に敢て法律上の義務を生ぜざりし。徒て双務契約なりということを得ざりしは論を待たず。フランス国民法に於ては則ち然らず。和解は契約にして義務を生ずるものなり。而して双方互に勘弁を為すべきことは前節既に説けるが如し。故に双方必ず先ず義務を負うべし。故に和解は双務契約なり請う左に２３の仮例を設けて之れを明かにせん。爰に甲あり乙に対し金１０００円の債権あることを主張せり。乙は全くこれなしと抗弁せり。是に於て和解して曰く乙は金１０００円を甲に払うべし。然れども甲は乙に米５０石を与うべしと。此場合に於ては乙は金１０００円を払うの義務を負い甲は米５０石を与うるの義務を負うことは言うを待たず。或は又和解して曰く乙は金１０００円を甲に払うべし。然れども甲は乙にその所有の土地を与うべしと。此場合に於ては乙に金１０００円の義務を生ずべきとは言うを待たざれとも甲の土地の所有権は民法第１０３８条（我が民法財産編第３３１条）に由り直ちに乙に移転するが故に甲は如何なる義務をも負わざるが如し。然りと雖どもその実は甲に一旦土地の所有権を移すの義務を生じその義務直ちにその効果を生じて乙たちまちその所有者となるなり。或は又和解して曰く乙は金１０００円の義務を生ずべきことはもとよりなりと雖ども甲は一切義務を負うことなかるべし。曰く否なそれ甲は金１０００円の債権を有することを主張せり。然るに今金５００円の外一切請求を為さざることを約せり。是れ即ち残額５００円に就いては請求を為さざるの義務を生ずるものなり。ただその義務直ちにその効果を生じて右半額の債権をたちまち消滅するを以て人その義務の痕跡を見ざるのみ。故に和解は常に双務契約なり。

（２０）我が民法草案編纂者は確定物の所有権を与うるの約は直ちに所有権を移転し義務免除の約は直ちに義務を消滅し両ながら一切義務を生ずることなしといえり。故に和解は常に双務契約ならずとせり。是れ余が取らざる所なり。それ所有権を移転するの約は新民法に於ては追奪担保の義務を生ずるを原則とせり（財産編第３９５条及び第３９６条）。而して和解に於ても前例第２の場合に於て担保あるべきことは言うを待たず（財産取得編第１１４条第２項を参照せよ）。故に此場合に於ては草案編纂者と雖ども必ず双務契約ありといわん。然りと雖ども若し所有権を移すの義務なしとせば余は追奪担保の在る所以を知らざるなり。又義務免除の約一切義務を生ぜずといわば和解必ずしも契約なりということ能わず。請う一例を取りて之を示さん。爰に甲あり。乙に対し金１０００円の債権あることを主張せり。而して乙は之れなしと抗弁せり。是に於て和解して日く甲は乙に対し一切その負債を請求せざるべし。但し甲は乙に対し金５００円の負債ありと雖ども乙も亦た之れを甲に請求せざるべしと。此場合に於ては草案編纂者に従えば甲乙共に一切義務を負うことなし。然るに草案編纂者は依然フランス国民法の定義を守り義務を生ずるの約定に非ざれば契約に非ざれば契約に非ずとせるが故に（財産編第２９６条第２項）和解必ずしも契約に非ずと謂わざることを得ず（（９）を参照せよ）然り而して新民法財産取得編第１００条第１項（草案第７５７条第１項）には明かに和解を以て契約とせり。是れ余が解せざる所なり。

（２１）およそ和解の性質に由りて生ずる実際の結果は之れを契約法の注釈書に譲り敢えて本論中に説かずと雖どもただ和解は結約者の一人之れを履行せざるときその対手人に於て之れを解除することを得るや否やは学者間大いに議論ある所なるが故に特にここに之れを略陳せん。

　ローマ法に於ては結約者の一人契約を履行せざるに由りその対手人に於て之れを解除することを得るの原則は未だ之れあらざりしが（「コンヂクシヨ，カウザ，ダタ，カウザ，ノン，セクタ」又「コンヂクシヨ，オブ，レム，ダチ」と云えるものありてやや本文の解除権に類する所なきに非ざれども又大いに之れと趣を異にせる所あり。且つ特別の場合に非ざればその訴権あらざりしか。故に到底本文の解除権と同一視すること能わざるなり）フランス国旧法の時に至りては既に「ポチェー」は此原則を掲げたりしか。民法編纂者はその第１１８４条に於て明かに此原則を掲げ出たせり。然るにその明文に拠れば単に双務契約に於てのみ然るものの如く世の法学者も亦た大抵双務契約に非ざれば此解除権なしといえり。然れども余は法律の精神に基き片務契約に於ても亦た此解除権ありと信ずるなり。故に余の見る所に拠れば仮令和解を以て片務契約なりとするも亦た此解除権あれども世の衆説に従い仮りに双務契約に非ざれば此解除権なしとするも和解は双務契約なること上に述うるが如くなるを以て之れに解除権あることはすこしも疑いを容れざるが如し。

（２２）然るに論者あり。説を為して日く和解は仮令結約者の一人之れを履行せざるもその対手人に於て之れが解除を請うことを能わずと。而してその論拠とする所を聞くに日く第１ローマ法に於て然りし。第２民法第２０５２条第１項に拠れば和解は裁判と同一の効果を有す。然るに裁判は原被両造の一人之れを遵守せざるもその対手人に於て之れが解除を請うことを能わず。故に和解も亦た同一の理由に基きその解除を請うこと能わず。第３民法第１０８４条の原則は原来結約者の意思を推測して定めたるものなり。然るに結約者は永くその争論を罷めんことを欲して敢て和解を為せり。故に仮令結約者の一人その義務を尽くさざるも敢て和解を解除し争論を再起せしむるは結約者の意思にもとれるものと謂うべし。第４和解を解除すれば必ず結約者の一人は利して一人は損しすこぶる不公平の結果を生ずべし。原告勝たんが和解に由りその権利の一部を放棄せしに拘らず全くその権利を行うことを得べし。被告勝たんが和解により原告の権利の一部を承認せしに拘らず全くその権利を承認せざることを得べし。故に被告は敢て己れの義務を尽さず却て利益を獲えければなりと。

（２３）是れ取るに足らざるの説のみ。第１ローマ法に於ては一切民法第１０８４条の原則を取らざりしことは既に上に述ぶるが如し。故に和解にも亦たその解除権なかりしはすこしも怪むに足らざるなり。第２民法第２０５２条第１項の意義は後ちに和解の効果を論ずるに至り之れを説くべしと雖ども若し同条にして論者の言うが如き意味を含むものとせば確定裁判は之れに就いて大審院に上告することを得べし。故に和解も亦た之れに就いて大審院に上告することを得べしと謂わざることを得ず。是れ論者と雖ども敢て主張すること能わざる所なり。以て論者の説の牽強付会なるを知るべし。第３民法第１０８４条の結約者の意思を推測せしものなることはまことに論者の言の如し。然れども若し論者の如く之れを論ずるときは如何なる契約もすべて皆な之れを解除するは結約者の意に背くものなりと謂わざることを得ず。例えば売買に於ても結約者は買主物件の所有者となり。之れに易うるに若干の代価を売主に払うことを欲したるものなり。故に之れを解除して売主依然物件の所有者たり。買主も亦た代価を払わずして可なりとするはもとより結約者の意に背くものに非ずして何ぞや然り。而してなお売買を解除するを以て結約者の意思に適合せるものとする所以如何曰く他なし。結約者に於て買主が物件の所有者となることを欲せりというは若し買主に於て若干の代価を払わば之れを欲するなり。今売買はその代価を払わず既に買主に於て代価を払わざれば売主に於て物件の所有権を之れに移すの意なきこともとよりなり。若し結約の際予め之れを知らば決して結約せざりしならん。是れ解除の結約者の意に背くものの如く見えてしかも能くその意に合なう所以なり。和解に於ても亦た然り。若し被告に於て約定の金額物件を弁済せば原告に於ても勿論再び争論を起こすの意なしと雖ども既に被告に於て約定の金額物件を弁済せず。故に原告に於ても寧ろ再び訴訟を起こして勝敗を法廷に決するのまされるに如かずと思うはもとよりなり。若し予め之れを知らば必ず和解を為さざりしならん。是れ和解を解除するの結約者の意に背く如く見えて却てその意に合なう所以なり。第４和解を解除して不公平の結果を生ずといわば如何なる契約を解除するも皆な不公平の結果を生ずべし。例えば売買を解除するも若し解除の当時物件の価売買の時より貴きときは売主の利益を獲るは喋々を待たず。故に和解を解除し原告更に訴訟を起こし全く勝訴とならば為めに利益を獲るは敢て怪むに足らず。原告敗北せんが論者は被告却て利益を獲べしというと雖ども是れ誤れり。論者は知らずや民法第１０８４条第２項に契約を履行せざりしものに損害賠償の責あることをいえるを。故に原告若し敗訴せんが被告に対し損害賠償を請求すべし。而して訴額は少なくも初被告が弁済すべかりし金額又は物件の価に達すべし。故に被告は解除に由りて却て利益を獲ることあるべからず。況んや解除権あればとて原告必ずしも解除を請ばざるべからざるに非ず。強いて被告をして和解契約を実行せしめ若し肯ぜずんばその所有財産を公売に付することを得るに於てをや。

（２４）我が民法財産編第４２１条に拠ればフランス国民法に同じくおよそ双務契約に於て結約者の一人その義務を尽さざるときはその対手人に於て契約の解除を請うことを得べしとせり。然るに同財産取得編第１１０条第２項に曰く和解の成立，有効，効力及ひ証拠は下の規定を除く外合意に関する一般の規則に従ふと。是れに由りて之れを観れば和解は双務契約なること上に述うるが如くなるを以て之れに解除あることは言うを待たざるが如く又草案編纂者もその説明中に明かに此事を言えり。然りと雖も草案編纂者に拠れば和解必ずしも双務契約ならずとせるが故にただその双務契約なる時のみ解除権ありと謂わざることを得ず。余熟考うるに草案編纂者は立法者に非ず。故に仮令その説明中には和解必ずしも双務契約に非ずとするも若しその実常に双務契約の性質を具うるものならんには総て之れに双務契約の規則を適用せざるべからず。蓋し立法者法文を可決する場合に於て例令その説明己の意に適せざるも若しその規定至当なりと見認むるときは之れを可決すること言うを待たず。故に草案編纂者の意を以て必ずしも立法者の意なりとすること能わざるなり。然りと雖ども今仮に一歩を退き和解必ずしも双務契約ならずとするも余はなお解除権ありと信ずるなり。何となれば草案編纂者は明かに双務契約に非ざれば解除権なしと言いながら消費貸借[ﾌﾟﾚｰ,ﾀ,ｺﾝｿﾝﾏｼﾖﾝ]（財産編第４０５条第４）使用貸借[ﾌﾟﾚｰ,ﾀ,ﾕｻﾞｰｼﾞｭ]，寄託[ﾃﾞﾎﾟｰ]，代理[ﾏﾝﾀﾞｰ]及び質入[ﾅﾝﾁﾂｽﾏﾝ]（債権担保編第１０６条末項及び第１３０条）に於ても亦た結約者の一人その義務を尽さざるときはその対手人に於ても亦た契約を履行せざることを得るといえり。然るに消費貸借の片務契約なることは未だ嘗て人の争わざる所使用貸借，寄託，代理及び質入は通常不完全双務契約と名づくるものにして草案編纂者は同じく片務契約の部に入るべきものとせり（草案編纂者は義務の総則を説くに当りては本文の如く言えりと雖ども代理の特則を論ずるに至りては之れを双務契約とせり。而してその説明に拠れば寄託質入も亦た同じく双務契約なりと謂わざることを得ず。又余の信ずる所に拠れば使用貸借も亦た双務契約なり。然りと雖ども是等の問題は議論の枝葉に渉らんことを恐れて敢てここに説かず）。然らは則ち解除権あるは唯り双務契約のみに非ざればなり。草案編纂者は日く然らず是等の場合に於ては敢て契約の解除あるの非ずただ正義に基きて然るなりと。是れ余が解せざる所なり。それ両人一の契約を結びその一人その義務を尽くさざればとてその対手人に於ても亦た契約を履行せざることを得ば是れ契約を解除せしものに非ずして何ぞや（草案編纂者も終身年金[ﾗﾝﾄ,ｳﾞヰﾔｼﾞｴｰﾙ]に就いては現に解除の文字を用えり）。故に凡例の契約に於て皆な解除権あり（贈与に於ても受贈者若しその負担を践行せざるときは贈与を解除することを得るはフランス国民法第９５３４両条に明文ある所にして草案編纂者も賛成する所なり）。余故に日く仮りに和解必ずしも双務契約ならずとするもなお解除権ありとしかるを。況んや和解の双務契約なることは前に論ぜし如くなるに於いてをや（「ポチェー」もただ双務契約に於てのみ解除権あることを言いイタリア国民法第１０６５条に於ても亦た双務契約に就いてのみ言えり。是れ他なし。解除権を行うの機会双務契約に於てもっとも多ければなり）。

（２５）第３　和解は有償契約[ｱ,ﾁｰﾄﾙ,ｵ子ﾛｴｰ]なり。

　和解の交互の勘弁を包含すべきことは既に屢々言える所なり。故にその有償なることは論を待たざるなり。

（２６）第４　和解は射倖契約[ｱﾚﾔﾄﾜｰﾙ]なり。

　フランス国法学者の多数は日く和解は互易契約[ｺﾝﾑﾕﾀﾁﾂﾌ]（我民法財産編第３０１条には実定契約と云えり）なりと。その他の法学者は日く和解は同時に互易契約にして又射倖契約なりと。此第２説の取るに足らざることは言うを待たず。一契約互易なれば決して射倖なること能わず。射倖なれば決して互易なること能わず。蓋し契約の射倖なるものは偶然の来事に由りて結約者交互の損益を決するものを謂う。故に此損益の天運あるが契約射倖なり此損益の天運なきが契約互易なり。豈に之れありて又なしと云うことあらんや。故に第２説は深く之れを論駁するの要なし謂う。是より第１説の当れるや否やを論ぜん。曰く和解は互易契約なりと。是れ余が信ぜざる所なり。それ契約の射倖なるものは偶然の来事に由りて結約者交互の損益を決するものを謂えることは既に述ぶるが如し。故に此損益の天運あるものは皆な射倖にして互易に非ず。今和解は一争論を法官の判定にまかせずして結約者に於て交互の勘弁を為して之れを決するものなり。故に若し法廷に提出し法官の判定を待たば原被両造いずれか勝ちしや。是れ予め確知すること能わざる所なり。原告勝たんかその請求の全体を獲べし。故に幾分の勘弁を為したるは原告に取りて損なりし。被告勝たんか一切原告の請求に応ぜずして可なり。故に幾分の金額物件を与えたるは被告に取りて又損なりし。故に契約の当時必ず損益の天運あり。既に損益の天運あらばその契約射倖にして決して互易に非ざるなり。是れ余が世の衆説を排して独り和解を以て射倖契約とせる所以なり。難んずるもの曰く射倖契約の損益の天運を包含すべしというは後日その天運到来して結約者交互の損益判然することを得るの謂いなり。今和解は将来一切争論を再起せざることを約するものなるが故に後日その勝敗の天運到来することを能わず。したがって結約者交互の損益を知ること能わず。故に和解は射倖契約に非ずと。是れ論拠なきの説と謂うべし。それ射倖契約に於てその天運必ず到来し結約者交互の損益必ず判然せざることを得ずというは何処に如何なる明文ありて然るか。思うに論者の憶説のみ且つ仮に此説を採用するも和解に於てその損益を知ること能わざるに非ず。例えば和解後明確なる証拠出てて原告又は被告の権利顕然するか又は同事件に就き他の関係人に対して裁判を申渡ありたる場合の如き是れなり。故に論者の説は到底拠なきものなり。

（２７）右の問題はフランス国の旧時に在りては大に論及の要ありたり。何となれば当時はおよそ有償契約に於て半価以上の欠損あるときは之れが銷除[ﾚﾂｼｼﾞﾖﾝ]を請うことを得るとせしか。唯り射倖契約は之れを銷除することを得ずとせり。而して和解も亦た之れを銷除することを得べしと論するものなきに非ざりしかば若し和解の射倖契約なることを論明せば自らその欠損に基きて銷除すること能わざることを証するに足りしを以てなり。然りと雖ども今日はフランス国民法に於ても（第１１１８条及び第１３１３条）イタリア国民法に於ても（第１３０８条）又我が民法に於ても（草案第３２６条末項に之れを明掲げせしが確定法文には之れを削れり。蓋しその蛇足なるを以てならん）特別の場合を除くの外一切欠損に基きて契約を銷除すること能わずとせるが故に今日はその銷除権の有無を以て互易契約と射倖契約との差異となすこと能わず。故に本問題は今日は実用なきの問題と謂うべし。

　　　　　第２章　和解の証拠

（２８）ローマ法に於ては和解の証拠に付一切特別の規則あらざりしか。フランス国民法に於てはその第２０４４条第２項に規定して曰く此契約は書面に記載せさるへからすと。是れに拠りて和解は書面に記載するに非ざれば一切効果を生ぜずと論ぜるものなきに非ざれどもそれ誤れることは前章既に之れを述べたり。故に和解を書面に記載すべしというばただ証拠の為めに之れを要するなり。但し証拠の為めにも仮令書面なきも自認及び宣誓の以て和解を証するに足ることは殆ど人の争わざる所又書面ありしも結約者に於て天災に由り之を失いたるときは証人を以てその証拠を出だすことを得るは論を俟たず（民法第１３４８条末項）。また書面上の証拠の端緒あるとき（民法１３４７条）及び商事に於ては（民法第１３４１条第２項及び商法第１０９条末項）大に議論ありと雖ども余は同じく証人を以て証拠を出だすことを得べしと思うなり。而して証人を以て証拠を出だすことを得る場合には総て判官の推定を許すか。故に如何なる証拠をも出たすことなり得ると謂て可なり。故に余の説に従えば民法第２０４４条第２項はただ同代１３４１条に例外を設け価額１５０フラン以下に関する和解と雖ども皆な之れを証するに書面を以てすべきを原則とせしに過ぎず。今その理由を尋ねるに曰く和解は以て一訴訟を落着し又は予防せんと欲ししものなり。今必ず書面を作りて以て之れを証明せしむるに非ざれば以て訴訟を落着し又は予防せんと欲しし和解却て訴訟の原因となるべしと。然りと雖ども仮令書面を作らしむるも到底訴訟なからしむること能わず。且つ我民法草案編纂者の言える如く若し書面なくして和解を証明すること能わざるときは必ず初めに落着し又は予防せんと欲しし訴訟再起すべし。是れ寧ろ書面以外の方法を以てするも敢て和解を証明せしむるのまされるに如かず。故に余は我が民法に於て前に掲載せし財産取得編第１００条第２項に於て明かに証拠に就いては和解も亦た契約の通則に従うべきことを言いしを喜ばざることを得ざるなり。

（２９）故に我が民法に拠れば証拠に関して別に和解に特殊なるものあらざるを以て総て和解の証拠に関しては契約法または証拠法の注釈書に譲り一切ここに論ずるを要せざるが如し。然りと雖ども書面上の証拠に就いては契約の通則を和解に適用するに当り多少の難問及び特別の場合を生ずるが故に左に之れを略叙せん。

証書を分ちて私証公証の２種とす。

（３０）私証はフランス国民法第１３２５条に拠ればおよそ双務契約を証ずべきものは必ず殊別の利害を有する結約者の員数に応ずる正本を作らざるべからず。此規則の当否に就いては随分議論あるべき所にして現にイタリア国民法には之れを廃せり（オランダ民法にも亦た之れを廃せり）。然るに我が民法証拠編にはその第２１条に於てなおフランス国民法の規則を模写せり。而して和解の双務契約なることは前章委しく論ぜしが如し。故に和解の私証は必ず殊別（我が民法には反対とせり。その文字すこぶる明瞭なるが如しと雖どもまたやや狭隘に過ぐるの恐れあり）の利害を有せる結約者の員数に応じて正本を作らざるべからず。

フランス国に於ては双務契約を証ずべき私証の正本員数不足なるときは民法第１３４７条に基き之れを証拠の端緒と看做し証人を以て証拠を補充することを得るや否やは一大論議なりと雖ども余は以て証拠の端緒と看做すことを得べしと信ず。我が民法に於ては以て証拠の端緒と看做すことを得ずとせり（証拠編第２２条第１項）。蓋し双務契約を証するに必ず反対の利害を有する結約者の員数に応じて正本を作るべしとするすらその当を得たりと謂い難きに剰え結約者はその員数の正本を作りて始めて契約成立すべきことを黙約ものせしものと看做し之れを以て証拠の端緒とさえ看做すこと能わずとするは余が殆ど解せざる所なり。然れども本論は主として証拠法を論ずるものに非ざるが故に事の枝葉に渉るを恐れて敢てここに細論せず。

（３１）之れを要するにその当否は姑く舍き現在フランス国民法及び我が民法に拠れば和解の私証は必ず反対の利害有する結約者の員数に応じて正本を作るべきものとす。然りと雖ども之れに亦た例外なき能わず。例えば結約者の一方に於て全くその義務を尽し了れるの後証書を作る場合の如き即ち是れなり。爰に甲あり。乙に対し金１０００円の債権あることを主張し乙は全く之れなしといえり。是に於て和解して曰く乙はその半額５００円を払うべし。その残額は甲一切請求を為さざるべしと。而して乙直ちに５００円を払い甲より請収証を出だし自後同一の債権に付一切請求を為さざるべきことを附言せば以て和解の証拠となすに足るべし。何となれば証書を作るの時に当りては乙既に一切の義務を負うことなく双務契約変して片務契約となりしを以てなり（本文の場合に於ては草案編纂者に拠れば和解双務契約ならざることは前章既に之れを述べたり。故に此の場合に於ては乙未だ５００円を払わざるの前に証書を作るとするも証書一通にて足れるものの如し。然りと雖も若し甲に於て和解の証書取置きたる後その係争権利を証明するに足るべき証拠を発見せば或は和解の隠して嘗て和解せしことなしと主張するの恐あり。是れ草案編纂者が結約者の自由を奪い以て之れを保護せんと欲して敢て両通の証書を作るべしとせる本旨に違うものと謂うべし。）。

（３２）又例えば不足の正本を作るの後結約者の一方に於て和解契約の一部又は全体を履行せし場合の如き即ち是なり。前例に於て先ず証書一通を作り之れを甲に渡したる後乙その入金として２００円を払うときは甲は一通の証書により残額３００円を請求することを得べし。而して乙は敢て証書の無効を唱うること能わず。何となれば乙は契約の一部を履行して暗にその契約あることを自認せしものなればなり。是れフランス国民法にはただ正本の員数を証書に記載せざる時についてのみ規定せる所なりと雖ども（第１３２５条末項）之れを正本員数不足の場合に適用すべきことは未だ敢て之れを争うものあることを聞かず。我が民法証拠編第２２条第２項には明かに之れを規定せり。

（３３）或は問て曰く若し結約者の一人若干の金額物件を弁済すべきことを明言せる約定書を出ししかもその和解に基けることを言わざる場合に於ては如何例えば前例に於て乙ただ甲に金５００円を払うべきことを明言せる約定書を出たししかも一切その原因を言わずとせばその証書の価如何と。余之れに答えて日く本証書は若しフランス国民法第１３２６条及び我が民法証拠編第２３条の要件を具うるときはもとより証拠力あるべし。然りと雖どもその証明する所はただ乙に於て甲に金５００円を払うべきの義務に止まり敢て和解を証明することなし。故に甲は此証書に拠り金５００円を乙に請求することを得べし。而して乙は敢てその証書に一切その原因を記載せざるを以て無効なりということ能わず（フランス国民法第１０３２条及び我が民法財産編第３２６条）。然りと雖ども若し甲に於て原の権利に拠り金１０００円を請求するに当り乙は己れの出したる５００円の約定書を証拠として和解ありたることを主張すること能わず。

（３４）和解の公証はフランス国に於ては３種あり。第１公証人の作りたる証書第２勧解調書第３裁判上の和解是れなり。我邦に於ても公証人あるが故に第１種の公証あるは勿論なり。而して此公証は結約者の望に従い何時にでも之れを作ることを得べきものなり。勧解調書も亦た目下我邦に之れありと雖ども新たに発布せる裁判所構成法及び民事訴訟法に拠れば従来の治安裁判所を廃し区裁判所を置きその権限も亦た従来の治安裁判所の如く勧解を以て本務とせず。地方裁判所の如く裁判を主とするが故にいわゆるる勧解調書なるものは之れなしと雖ども訴訟人の請求に応じて区裁判所に於て和解を試むることを得。而して和解若し調うときは調書を作り之れを証すべしとせるが故にその性質粗勧解調書に同じ。民事訴訟法第３８１条に曰く訴を起こさんとする者は和解の為め請求の目的物を開示して相手方を其普通裁判籍を有する区裁判所に呼出すへきことを申立つることを得その申立は書面又は口頭を以て之れを為すことを得」当事者双方出頭し和解の調ひたるときは調書を以て之を明確ならしむ可し云々。ただ勧解調書と異なる所は新法の和解調書は執行力を有すること是れなり。民事訴訟法第５５９条に曰く強制執行は左の諸件に付ても亦之れを為すことを得（中略）第４第３８１条の規定に従い区裁判所に於て為したる和解（下略）と。但し民事訴訟法にいわゆる和解は民法にいわゆる和解に異なり仮令双方の勘弁なきもいやしくも訴訟を落着せしむるもの皆な是れなり。然らずんば原告全く理ありて被告全く理なき場合に於てもなお原告に多少の勘弁を為さしむるに非ざれば之れを調和すること能わずといわざることを得ず。豈に此理あらんや。第３種の裁判上の和解に就いては聊か左に論ずる所あるべし。

（３５）裁判上の和解[ﾄﾗﾝｻﾞｸｼﾖﾝｼﾞｭﾁﾞｼｴｰﾙ]又之れを即決裁判[ｼﾞｭｰｼﾞｭﾏﾝ,ﾃﾞｸｽﾍﾟﾁﾞﾔﾝ]，約定裁判[ｼﾞｭｰｼﾞｭﾏﾝ,ｺﾝｳﾞﾇｭｰ]，協議裁判[ｼﾞｭｰｼﾞｭﾏﾝ,ﾊﾟｯｾｰ,ﾀﾞｯｺｰﾙ]又は裁判上の契約[ｺﾝﾄﾗｰ,ｼﾞｭﾁﾞｼｴｰﾙ]という。フランス国に於ては旧法の時より行わるる所にして今日もなおすこぶる頻繁なりと云う。請う先ずその何物たることを示さん。およそ既に法廷に詞訟となれる事件に関する和解ことごとく皆な裁判上の和解となるに非ず。原被両造に於て私に和解を結了し訴訟はただ或は之れを消滅[ﾍﾟﾘﾒｰ]せしめ或は取下を為し或は承服を為し以てその局を結うこともとよりその随意なり。ただ原被両造に於て特に裁判の体裁を以て和解を証明せんと欲する場合に於て此裁判上の和解あるなり。而してその方法２あり。１は原被両造に於て和解の草案を作り各之れに署名して之れを判事に提出し判事は之れに裁判言渡の体裁を附し之れを下渡すなり。１は原被両造の代訟人協議の上各申立を為し判事はただその申立に従い裁判を下すなり。ただその効果如何に至りては一切律に明文なきを以て議論百出せりと雖ども余の信ずる所に拠れば右の所為はその実和解なり。故に一切和解の規則之れを適用して可なり。例えば若しその事件和解の目的物とすること能わざるものなるときは無効なり。若し原被両造の中和解するの能力又は権限を有せざるときは同じく無効なり。若し本篇の末章に於て論ずべき無効の原因あるときは之れに基き無効の訴を起すことを得。然りと雖どもその体裁は裁判なり。故に此裁判も他の裁判に等しく裁判の体裁より生ずる効果を有すべし。例えば此裁判も亦た他の裁判に等しく執行力を有すべし。裁判上の書入権を生ずべし。若しその裁判の体裁上に瑕疵ありて原被両造の中之れが無効を鳴らざんと欲せば又他の裁判と等しく控訴上告等の方法を以て之れを訴うべし。然りと雖ども和解はただ和解として双方示談調うの時より正に成立するものにして仮令裁判申渡あらざるの前なりと雖ども結約者に於て之れにもとり戻すべからず。又仮令裁判申渡はその体裁に瑕疵ありて無効となるも和解契約は依然存在して決して為めに無効となることなし。

（３６）以上は余が信ずる所なりと雖どもフランス国の法学者大率皆な之れを取らず。その多数説に曰く裁判所の和解は一切無効の訴を以て之れを攻撃すること能わず必ず控訴上告等尋常裁判を攻撃するの方法を以てすべしと。是れ余が解せざる所なり。若しそれ裁判上の和解も亦た裁判なり。而して判事之れを認可し以て暗に自ら下せる裁判の如く認むるものなりといわば此和解は仮令和解としては無効なるも若しいやしくも裁判としてその体裁に欠くるところなく敢て之れを無効とすること能わずば一切之れを攻撃すること能わずと謂わざることを得ず。是れ論者と雖ども敢て主張することを得ざる所なり。而して契約を無効とすべき原因に基き裁判を攻撃すべき方法に由り之れを攻撃すべしというは実に奇妙ならずや。蓋し論者の発論点全くあやまれり。裁判上の和解はその形裁判なりと雖どもその実契約なり。判事之れを認可すと雖ども敢て自ら下せる裁判の如く認むるに非ず。ただ原被両造の申立に従い訴訟を決着することを認可するものなり。故に裁判の体裁より生ずる効果の外一切契約の規則を適用せざるべからず。

（３７）或は曰く此裁判はただ再審[ﾙｹｰﾄ,ｼｳﾞヰｰﾙ]に依りて之れを攻撃することを得べきのみと。是れ蓋し和解は終審裁判の効力を有すといえるに依るが（民法第２０５２条第１項）然らば則ち何を以て上告を許さざるか。

　或は又曰く原被両造自ら和解の草案を作り之れに署名して法廷に提出し判事に於てただ之れに裁判の体裁を附せしときは是れ真の和解なり。故に無効の訴を以て之れを攻撃すべしと雖ども原被両造の代訟人ただ協議上の申立を為し判事に於てその申立に従い判決を下したるときは是れ真の裁判なり。故に尋常裁判を攻撃するの方法に由らざれば一切是を攻撃すること能わずと。是れ亦た余が解かせざる所なり。右の両場合に於て皆な判事はただ私の契約を認可するに過ぎず。而して若し公安に妨害ありと看做すときは右の両場合に於て皆な判事は之れを認可せざるべし。故に右両場合の間に区別を設くるの理由あらざるなり。

又曰く裁判上の和解の通常裁判を攻撃するの方法を以て之れを攻撃すべからざることはまことに子の言の如し。ただ第三者の故障[ﾁｴﾙｽ,ｵﾂﾎﾟｼﾞｼﾖﾝ]は以て之れを攻撃することを得べしと。是れ亦た余が解せざる所なり。第三者の故障も亦た裁判を攻撃するの方法なり。若し之れを以て裁判上の和解を攻撃することを得べしといわばなんぞ他の裁判を攻撃するの方法を以ても亦た之れを攻撃することを得べしといわざる。故に論者の説は自家撞着と謂うべし。

（３８）以上はフランス国に就いて言えるものなり。余は我邦裁判の実際に暗きが故に果して本邦に於てもいわゆる裁判上の和解なるものあるや否やを知らず新たに発布せる裁判所構成法及び訴訟法には一切その事あるを見ず。故に従来之れなければもとより今後之れを創むること能わず。従来之れあるも暗に之れを廃したるものと謂うべきか。是れ余が賛成する所なり。それ原被両造訴訟中に互に示談して和解することを得るばもとよりなりと雖ども此場合に於ては原告ただその訴訟を放棄し和解はただ私証又は公証を以て之れを証ずべきのみ。豈に敢て裁判を請うの謂れあらんや。フランス国に於ては旧来の慣習今一朝之れを廃するを艱むの理なきに非ざれども我邦に於ては今新たに訴訟法を設け従来の慣例を一新するの際なれば敢て此の如き弊習を襲うべきに非ざるなり。ただ民事訴訟法第２２１条に曰く裁判所は事件の如何なる程度に在るを問はす自ら又は受命判事若くは受託判事に依り訴訟又は或る争点の和解を試むる権あり和解を試むる為には当事者の自身出頭を命することを得と。而して同第５５９条に日く強制執行は左の諸件に付ても亦之れを為すことを得（中略）第３訴の提起後受訴裁判所に於て又は受命判事若くは受託判事の面前に於て為したる和解（下略）と。故に地方裁判所も粗区裁判所に同じく和解を試み和解成るときはその和解執行力を有すべしと雖ども是れ敢て判決に非ず。故にフランス国の裁判上の和解とは大にその趣を異にせり。

　　　　　第３章　和解の目的物　

（３９）ローマ法に於てもフランス国旧法に於てもフランス国民法においても（第６条及び第１０２８条）イタリア国法律に於ても（法律総則第１２条及び民法第１１１６条）又我が民法に於ても（財産編第３０４条第２及び第３２２条第１項）およそ融通物に非ざれば一切和解の目的物とすること能わず。故に公安に関する事項は一切和解の目的物とすること能わず。ただ左に特別の規定あるもの及び多少の議論あるものを列叙せん。すなわち本章を分ちて左の４節となす

　第１節　犯罪

　第２節　身分

　第３節　嫁資

　第４節　養料

　　　　　　　第１節　犯罪

（４０）ローマ法に於ては犯罪を３種に分ち第１被害者の為めに金銭上の懲罰訴権[ﾍﾟﾅﾘｽ,ｱｸｼﾖ]を生ずべきものを私犯[ﾃﾞﾘｸﾀ,ﾌﾟﾘｳﾞｱﾀ]と謂い第２被害者のみの為に刑事の訴権を生ずべきものを私罪[ｸﾘﾐﾅ,ﾌﾟﾘｳﾞｱﾀ]と謂い第３公衆の為めに刑事の公訴[ｼﾞﾕﾁﾞｼﾕﾑ,ﾌﾟﾌﾞﾘｸﾑ]を生ずべきものを公罪[ｸﾘﾐﾅ,ﾌﾟﾌﾞﾘｶ]と謂う。私犯に就いては有効に私和することを得たりと雖どもその被告人は私和に由りて案にその犯罪を自認せしものと看做し若しその訴権加辱の性質を帯ぶるときは公辱[ｲﾝﾌｱﾐﾔ]の罰を受くべし。私罪に就いては一切私和することを得ず。若し之れを犯せば原告人は罰せられ被告人も亦たその犯罪を自認せしものと看做し罰せらるべし。公罪に就いても亦た私和することを得ず。若し之れを犯せば原被告人は重く罰せられ被告人も亦たそのその犯罪を自認せしものと看做し罰せらるるの外別に５００「ソリヂ」（１「ソリドウス」はおおよそ我が４円に当りし）の罰金に処せらるべし。但し有夫姦を除くの外およそ死罪の被告人は私和するも敢て罰を受くることなし又偽書犯に就いては有効に私和することを得。ただ被告人は犯罪を自認せしものと看做し罰せらるべしとせり（以上大に議論なきに非ざれども本文にはただ余の信ずる所を略叙しその詳細に至りては之れを拙者仏文和解論に譲りてここに説かず）。

（４１）フランス国旧法の時に於てはその規定大にローマ法に異なれり。初めハムラビ法の行われし頃は刑罰はただ復讐主義に出てしかば被害者に於て犯罪人と私和することを得しはすこしも怪むに足らず。その後刑罰の主義漸く変しついに公訴と私和とを分つに至りては公訴は判事または検事之れに就いて私和することを得。私訴は被害者之れに就いて私和することを得たりしか。降りて１６世紀に至り始めて公訴に就いては一切私和することを得ずとせり。然りと雖ども１６７０年の勅命に拠ればおよそ死刑その他施体刑[ｱﾂﾌﾘｸﾁｰﾌﾞ]に処すべきものを除くの外被害者に於て犯罪人と私和するときは一切公訴を為すことを得ずとせり。但し之れに一の例外あり。偽書犯に就いては一切私和することを得ずとせしが１７３７年７月の勅令を以て偽書犯に就いても亦た私和することを得るとしただ裁判所の認可を経べきこととせり。之れを要するにフランス国旧法の規則はすこしもローマ法に拠らず殊に偽書犯に就いてはローマに於ては例外に私和することを得しにフランス国旧時に於ては却て例外に私和することを得ざりき。

（４２）フランス国現行法に拠れば公訴私訴の別全く判然として私訴に就いては他の民事犯罪又は準犯罪の如く随意に私和することを得ると雖ども公訴に就いては一切私和することを得ざるを原則とす。蓋しフランス国現行法に拠れば被害者はただ私訴を有するのみ。公訴は全くその処分し得る所に非ず。而して若し私訴に就いて私和するもすこしも公訴に影響を及ぼすことなし。検察官も亦た公訴の処分権を有するに非ず。ただその施行権を有するのみ。而して若し此施行権に就いて私和するときは刑法第１７７条の刑に処せらるべし。民法第２０４６条の意蓋し是れに外ならざるなり。曰く犯罪より生する民事の利益に就いては和解することを得」和解は検察官の起訴を防けすと（治罪法第４条を参照せよ）」イタリア国民法はその第１７６６条に於てフランス国民法を模写して曰く犯罪より来る私訴に就いては和解することを得」和解は検察官の起訴を防けすと。

（４３）我が民法には同様の法条を掲げず。草案編纂者之れを説明して曰く是れただ一般の通則の適用に過ぎず故に掲げずと。是れ余が賛成せざることを得ざる所なり。蓋しフランス国に於ては従来犯罪に就き私和することを得。その効果往々公訴に及びしかば特に民法に於てその然らざることを示すの要なきに非ざりしと雖ども我邦に於ては右様の慣例もなく又治罪法の明文に由りてすこしも疑なき所なるが故に更に之を民法に掲ぐるの要なし。治罪法第３条に曰く公訴は被害者の告訴を待て起る者に非す又告訴私訴の危険に因て消滅する者に非す但法律に於て特に定めたる場合は此限りに在らすと。同第１０条に曰く私訴を為すの権は左の条件に因て消滅す」一被害者の棄権又は私和云々と。刑法第２８６条に曰く裁判官検事警察官吏刑事の裁判に関して賄賂を収受し又は之を聴許したる者は二月以上二年以下の重禁錮に処し五円以上五十円以下の罰金を附加す」因て被告人を曲庇したる者は三月以上三年以下の重禁錮に処し十円以上百円以下の罰金を附加す云々と。

（４４）右に述べたる所に拠ればフランス国現行法に於てもイタリア国法律に於ても亦た我邦法律に於ても犯罪に関する私和に付左の３大則を掲出せざるべからず。

第1則　被害者は私訴に付私和することを得。

　フランス国法律に於て往々制限外の利息に就いて私和することを得るや否やを問うものあり。蓋しフランス国に於ては１８５０年１２月１９日法律第１条に拠ればおよそ制限外の利息（民事に於ては年５分商事に於ては年６分を制限とす）を以て貸金を為すものはその制限外の利息額を返還せざるべからず。同第２条に拠ればおよそ高利貸を習とするものは罰金及び禁錮に処せらるべし。その後１８８６年１月１２日法律を以て商事に於ては一切制限を廃したれども民事に於ては依然右の制限あり。因て余は左の如く，問うものに答えん。曰くただ一たび為したる高利貸に就いて私和することを得るは言うを待たず。又罪となるべき高利貸に就いてもその私訴に関しては私和することを得べし。但検察官は為めに公訴を起こし又は之を続行するに付一切妨害を受くることなし。ただ私和に由りて依然高利貸を持続することを得ず。例えば甲，商事外に於て年１割半の利を以て乙に金１０００フランを貸し乙は年々厳重に利息１５０フランを払い５年を経過したる後既に不当に５００フランを払えることを悟れり。是に於て乙は法廷に訴えて右５００フランは元金の内に算入すべきことを請求するの権ありと雖ども若し然するときはその貸金期限既に経過し居れるを以て甲は直ちに残額５００フランを請求すべし。是れ乙が欲せざる所なり。故に私和して元金を７００フランとし甲に於て若干の猶予を与うることを約したりとせん。此私和は法律にもとるを以て無効なり。

　以上はフランス国法律に就いて論ぜし所なり。若し我邦法律に就いて論ぜば如何曰く我邦に於ては利息制限ありと雖ども敢て高利貸しを罰することなし。ただ裁判上無効のものとせり（明治１０年９月１１日布告第２条及び民法財産取得編第１８７条）故に総て之れに就き私和することを得。但し私和を以て依然高利貸を持続することを得ざるはなおフランス国におけるが如し。

（４５）フランス国旧法に於て１７３７年７月の勅令を以て偽書犯に関する私和は裁判所の認可を経べきことを規定せしことは上に之れを述べたり（（４１））。然るにフランス国訴訟法第２４９条に於て附帯の偽書の訴に関し右勅令の規則を保存せり。同条に曰く凡そ附帯の偽書の訴に関する和解は検察官に通知したる後裁判所に於て之れを認可するに非されは之れを履行すること能はずと本条の意果して如何。認可を経ざる私和は一切無効なるか。はたまた他人かを経ざるも私和は有効なりと雖どもただ認可前に之れを履行すること能わざるが曰くただ認可前に之れを履行すること能わざるのみ。それ本条にはただ裁判所に於て之れを認可するに非されば之れを履行すること能はずといい敢て認可を経ざれば私和無効なりといわず然るに本条は一の例外法を設くるものなり。故に極めて狭隘に之れを解釈せざるべからず。蓋し立法者が本条を設けたる所似のものは原被両造に於て私和を為しその偽造証書を毀棄し以て後日検察官に於て之れに就き公訴を起こさんと欲するも証拠なきを以て之れを起こすこと能わざらしむるの恐れあるを以てなり。然るに偽書被告人に於て未だ訴訟法第２１９条に従いその証書を裁判書記課に安置せざるの前に私和するときは本条の注意その効なく或は結約者に於て直ちに証書を毀棄してその犯罪の痕跡を隠滅するの恐れなきに非ずと雖ども既に之れを裁判所書記課に安置した後なるときは裁判所の認可を経たる後に非ざれば敢て証書を毀棄すること能わざるべし。是れ本条のその要ある所以なり。

　我民法編纂者は本条を以て要用なきものとし之れを本邦法律に採用せざるを可とせりと雖ども余は本条のその要あるを信ずるなり。我が民事訴訟法にはフランス国訴訟法第２４９条に類する法条なしと雖どもただその第３５４条に提出したる証書は直ちに之れを還付し又適当なる場合に於ては其謄本を記録に留めて之を還付す可し然れとも証書の偽造又は変造なりと争ふときは検事の意見を聴きたる後に非されは之を還付することを得すといえるが故に粗フランス国法律と同一の結果に至るべきか。

（４６）之を要するにフランス国民法に於ては附帯の偽書の訴に関する私和は裁判所の認可を経るまでは之れを履行すること能わず。而してその理由は偽書証書を毀棄せしめざらんことを欲するに在り。然りとせば仮令認可前と雖ども一切私和に基ける訴権または抗弁[ｴｸｾﾌﾟｼﾖﾝ]を郤くるは却て立法者の意にもとるべしと論ずるものあり。是れ余が取ること能わざる所なり。それ私和に基ける訴権又は抗弁を受理するは是れ私和の履行を許すなり。今法律は明かに之れを履行すべからざることを言えり。然り而してその訴権又は抗弁を郤けずんば是れ正に法律の明文を破るものなり。蓋し既に偽造証書を書記課に安置するの後私和する場合に於ては仮令私和に基ける訴権又は抗弁を受理するも実際弊害なしと雖ども若し偽造証書を書記課に安置するの前私和するときはその訴権又は抗弁を受理して私和を履行せしむるときは結約者に於て直ちに偽造証書を毀棄するの恐れあり。之れに反し若し一切私和を履行することを許さざるときは偽書の原告人に於て通常証書を毀棄せしめざるべし。故に認可前には一切私和の履行を許さずとするもその理なきに非ざるなり。若しそれ偽書の原告人に於て私和せしにも拘らず依然その訴訟を続行せんと欲せばその被告人は私和の認可あるまで訴訟の中止を請うべきのみ。但し法制上より言うときは私和証書安置の後に在るときはただその証書を書記課に留め置くのみにてその他の私和の履行は之れを許して可なるが如し。

（４７）第２則　私訴に関する私和はすこしも公訴に影響を及ぼすことなし。

　ローマに於てはおよそ被告人原告人と私和するときは犯罪を自認せるものと看做ししことは既に上に述ぶる所なり（（４０））。是れ今日はフランス国に於てもイタリア国に於ても又我邦に於ても一切之れなき所なり。蓋し無辜の良民も刑事被告の不快を避けんが為め告訴人と私和することあり。故に私和するものを以て必ず有罪なりその罪を自認したるものなりと速了するは大にその当を得ず。一なり今日は被告人が告訴人と私和する所のものはただ私訴に関してのみ。決して公訴に関して之れを為したるに非ず。故に若し仮りに私和を以て必ず自認を包含せるものとするもその自認する所のものは刑事の犯罪に非ずして不当にその対手人を損害せしことのみ。二なり此二大理由あるが故に今日は到底ローマ法の原則を用ゆること能わざるなり。

（４８）右に述べたる第二の理由に基き仮令被告人の無罪放免又は公訴の期満免除の後と雖ども有効に私和することを得。蓋し無罪放免はただその所為刑法上の罪を構成せざるを以てなり。敢て告訴人に如何なる不当の損害をも与えたることなしというに非ざるなり（フランス国治罪法第３５８条第２項及び第３６６条我が刑法第４６条及び治罪法第８条）又公訴の期満免除は延いて私訴の期満免除に及ぶと雖ども（フランス国治罪法第６３７条第６３８条及び第６４０条我が治罪法第１２条）その意義に至りては学者間大に議論ある所にして或はただ罪名を言わざれば３０年私訴を起こすことを得べしと論ずるものあれども是れはやや妥当を欠けるの説と謂はざることを得ず。余の信ずる所に拠れば若し被害者に於て敢て罪を構成すべき事実を言わずただ不当に損害を蒙れることを唱うれば以て損害の賠償を獲ることを得べし例えば甲，乙の山林の樹木を毀損せり３年を経過するの後乙甲に対して損害賠償の訴を起して曰く甲は誤りて我が山林の樹木を毀損せり。故にその損害の賠償を請求すと。此場合に於ては甲は之れに答えて否な吾れは決して誤りて之れを毀損せしに非ず。故意に敢て之れを毀損せしなり。故にフランス国刑法第４４５条及び我が刑法第４１９条に明文ある軽罪を犯したるものなり。故に期満免除ありということ能わず。是れ改正治罪法草案第１２条に明文を掲ぐる所なり。故に公訴期満免除の後と雖ども私訴に就いて私和することを得べし。今仮りに余が説を以て誤れりとするも此問題たる大に学者間に議論ある所なるが故に私和を以て之を決することを得るは言うを待たず。又仮りに学者間に如何なる議論もなしとするも若し原被両造の間に於て多少の疑いあるときは以て私和の目的物となすことを得べし。蓋し法律上の錯誤は以て和解を無効とするに足らざることは篇末に論ずべき所なればなり（フランス国民法第２０５２条第２項イタリア国民法第１７７２条第２項及び我が民法財産取得編第１１１条）況んや此場合に於てはその法律の問題に就いて和解せしものなるが故に敢て錯誤ありと謂うことを得ざるに於てをや且つ徴償項目の中３０年間之れを請求することを得ると疑いなきものあり。賊物の返還の如き即ち是れなり。之れに就いて私和することを得るは論を待たざるなり。仮令被告人告訴人と私和したる後無罪放免に遭うも為めに私和の無効を唱うること能わず。何となれば第一私和の当時には訴訟の結果未定なりし。第二に無罪放免せらるるも未だ以て不当に損害を与えたることなき。証拠となすに足らざればなり。

（４９）フランス国に於て学者大率皆な本則に例外を設けて曰くおよそ被害者の告訴を待ちてその罪を論ずべき場合に於ては若し被害者私訴に付犯人と私和するときはその公訴権全く消滅し被害者復た告訴を為すことを得ずと。是れ余が取らざる所なり。それ被害者私訴に付私和するも未だ必ずしもにわかに公訴に就いても私和したるものなりと速了すること能わず。又仮令被害者に於て私和に由りて公訴をも放棄するの意なりしとするも余はその契約の無効なるを信ずるなり。それ告訴権は立法者特に道徳上及び公安上の理由に基き之れを被害者に与えたるものにして被害者たるもの決して軽々に之れを看過すべからざるなり。今若し被害者に於て犯人を寛恕するの意に出て又は犯人を訴えて却て己れの醜聞を外に漏らすことを嫌いて特にその告訴権を放棄するは則ち善しただ金銭を以て此告訴権を売ることは是れ法律の許さざる所なり。故に余はフランス国法律に於ては敢て衆説を排して此私和を不法として之れを無効とし被害者は外の犯罪に於けるが如くただ私訴に就いてのみ私和することを得。而してその私和はすこしも公訴に影響を及ぼすことなしと信ずるなり。

（５０）我が治罪法に於てはその第９条第２に於て明かに公訴を為すの権は告訴を待て受理す可き事件に付ては被害者の棄権又は私和に因て消滅すべきことを言えり。是れ余が大に惜む所なり。聞くが如くんは我が刑法治罪法は早晩大に改正を施こすべしと云えり。若ししからば此際右の点に於ても改正を施こし前項に論ぜし如くせんことを望むこと切なり。

　フランス国に於て衆説に従い被害者と犯人との私和を以て公訴を消滅せしむるものとするもなお有夫姦（形法第３３７条第２項）及び一詩人に対する誹毀侮辱（１８８１年７月２９日出版法第６０条末項）を除くの外一たび告訴を為したる後は仮令被害者犯人と私和するも為に公訴を消滅することなし。而して本邦に於ては仮令有夫姦誹毀侮辱の場合と雖もなお皆な一たび告訴を為したる後は被害者と犯人との私和を以て告訴を消滅せしむることあらざるべし。是れ刑法に於て特許条例に於てもただ被害者の告訴を待ちてその罪を論ずることを言うと雖も告訴の後被害者の願下に由りて公訴消滅すべきことを言わざればなり。

（５１）第３則　公訴に就いては一切私和することを得ず。

フランス国に於ては本則に例外ありて間税局（共和第１２年萌月５日決定第２３条及び１８２１年１月３日勅令第１０条）関税局（共和第１０年果月１４日決定第１条及び第２条１８１０年１０月１８日勅令第２３条及び第２４条１８１６年１１月２７日勅令第９条及び１８２２年１月３０日勅令第１０条）郵便局（１８４３年２月１９日勅令及び１８５９年６月４日法律第９条）及び水利山林局（山林法改正第１５９条１８５９年１２月２１日勅令及び１８６０年１月３０日大蔵省令）はその所管の犯罪に付その公訴に関して私和することを得。是れ大に弊害ある所にして余はフランス国に於ても断然之れを廃するを可とするものなり。我邦は欧州文物の美を観てたちまち之れに心酔し往々深くその利害得失をも究めずしていやしくも欧州に行わるる事物とさえ言えば取りて之れを我邦に用ゆることをあるば余が常に慨嘆に耐えざる所なりと雖も今日に至るまで未だ右の私和権を官衛に与うる法律を見ざるは余が喜ぶ所なり。

　　　　　　　第２節　身分

（５２）ローマ法に於てもフランス国旧法に於てもフランス国現行法に於ても又我が邦法律に於てもおよそ身分より生ずる金銭上の利益に付和解することを得るは別に喋々を待たず。ただ身分その者に付て和解することを得るや否やに就ては大に議論ある所なり。葢しローマ法に於ては和解に因りて身分の為に良結果を生ずべき場合に於ては和解有効なりしと論するものなきに非ざれども余の信ずる所に拠ればその身分の為めに良結果を生ずると不良結果を生ずるとに論なく都て身分に関する和解は無効なりしか。ただ「アナスタジユス」帝の時より奴隷及び土隷[ｺﾛﾇｽ]の身分に就いてはそれ之れを自由となすと奴隷又は土隷となすとに論なく都て和解することを得しなり。降りてフランス国民法の時に至りては奴隷及び土隷は漸次全く跡を歛めたりと雖どもその他の身分に就いては大率ローマ法を誤解しおよそ和解の身分の為めに良結果を生ずるものは有効にしてその不良結果を生ずるものは無効なりとせしが今日に至りてもなお旧法に因循し和解の結果に由りてその有効無効を区別するものなきに非ざれども是れ到底取るに足らざるの説のみ。それ今日民法の原則は章首に掲げし如く（（３９））。第６条及び第１０２８条に明かなる所にしておよそ融通物に非ざれば一切和解の目的物とすること能わず。故に公安に関すること事項は一切和解の目的物とすること能わず。今人の身分は皆な公安に関することもっとも甚しきものにして決して融通物に非ず。故に之れを以て和解の目的物とすること能わざるなり。

（５３）或は曰くおよそ結約者にして若し対手人の身分を承認するときは後日再び之れを争うこと能わざる場合に於てはその者和解するも亦た後日再び之れを争うこと能わず。即ち和解有効なり。例えば民法第１８３条に拠れば結婚にその承諾を要すべき親族にして結婚の後承諾すれば更にその結婚に無効を鳴らすこと能わず。此場合に於てその親族たるものただ単に之れを承諾することを為さず。夫婦の者より若干の金銭物件を獲て和解し自来一切その結婚の無効を鳴らさざるべきことを約するときはその和解有効なりと。是れ余が取る能わざる所なり。それ法律が父母祖父母に与うるに結婚諾否の権を以てする所以のものは専ら子女の利益を謀り年少浅図にわかに不遇の結婚を為して後日大に悔ゆることなからんことを欲し敢て父母祖父母をして結婚を諾否することを得せしむるものなり。故に結婚の前誤りて父母の承諾を獲ざるも結婚の後父母に於て或は将来子女の康福を全うするに足る良偶なりと思うか或は敢て父母の意に適せざれども既に結婚の後之れを破裂する程の理由なきを以て之れを承諾するときは後日に至り不満の事ありて更に結婚の無効を鳴らさんと欲するも能わずとせるは洵々理の当に然るべき所なり。然るに父母全く己の義務を忘却し子女か結婚の前己の承諾を請わざりしを奇貨として吾れに若干の金銭物件を与えば吾当に結婚を承諾すべし。若ししからずんば吾れまさに結婚の無効を訴えんとすといいて以て己の利欲を遑うせんとするに当り子女止むことを得ず。此和解を承諾せばその和解有効なりというが是れ豈に道徳にもとり国家の秩序を紊乱することもっとも甚しきものに非ずや。

（５４）然りと雖ども身分より生ずる金銭上の利益に就いて和解することを得ることは冒頭に述べしが如し。故に此利益に関しては一切和解にもとりて身分の争を為すこと能わず。而してその結約者間若し他に金銭上の関係あらざるときはその形全く身分に就いて和解せしとすこしも異なる所なくその対手人は一切その身分を争うこと能わずと雖ども是れ和解身分に影響を及ぼすに非ずしてただその対手人之れを争うにすこしも利害を有せざるが故に之れを争うこと能わざるなり。例えば甲なるもの子二人を有せり。乙丙という乙丁を娶りて子戊を挙げたり乙死す。丙曰く乙と丁との結婚は無効なりし。故に戊は正生の子に非ず。吾れ当に乙の相続人たるべしと戊之れと争いたる末乙の相続に就いて之れと和解して乙の相続の一部を之れに与えたりとせん。若し丙に他に戊の身分を攻撃すべき関係あらざるときは丙は復た之れを争うこと能わず。然りと雖ども若し甲死するときはたちまち復た甲の相続に付同一の争を生ずべし。是時に当たりて戊は前の和解を提出して丙は戊を以て乙の正生の子とすべき義務ありということを得ず。是れ前に和解せしはただ乙の相続に就いてのみなればなり。

（５５）我が民法に於ても本章の原則に就ては敢てフランス国民法と異なる所あらざること章首既に之れを述べたり（（３９））。故に本節の問題に就いても亦た右に説く所を適用して可なり。

　　　　　　　第３節　嫁資

（５６）フランス国に於ては夫婦財産契約を大別して４種とし共通制[ﾚｼﾞｰﾑ,ﾄﾞ,ｺﾞﾝﾑﾕﾉｰﾃｰ]，無共通制[ｻﾝ,ｺﾝﾑﾕﾉｰﾃｰ]別産制[ｾﾊﾟﾗｼﾖﾝ,ﾄﾞ,ﾋﾞﾔﾝ]及び嫁資制[ﾄﾞﾀﾙ]となし夫婦別に契約を結ばざるときは総て共通制となせりと雖も法律に定むると定めざるとを問わず他の制を取るは結婚者の随意なりとせり。而して結婚者嫁資制を取るときはその嫁資中の不動産は一切譲与することを得ず（裁判例に拠れば動産も亦た譲与することを得ずとせりと雖どもそのあやまれることは学者の皆見認むる所なり）。故に之に付和解することを得ず。裁判例は之に区別を設けて曰く若し和解善良管理の所為[ｱｸﾄ,ﾄﾞ,ﾎﾞﾝﾇ,ｴｰ,ｻｰｼﾞｭ,ｱﾄﾞﾐﾆｽﾄﾗｼﾖﾝ]なるときは有効にして若し然らざるときは無効なりと是れ大にあやまれるものと謂うべし。それ和解は権利を放棄するものにして常に処分の所属[ﾁﾞｽﾎﾟｼﾞｼﾖﾝ]なり。決して管理の所為に非ず。故に裁判例の取る所はただ若し和解婦に利あるときは有効にして之れに不利なるときは無効なりというに過ぎず然らばなんぞ嫁資不動産の譲与婦に利あるときは総て有効なりといわざる今法律は明かに嫁資不動産の譲与すべからざることを言えり（民法第１５５４条）。然るに和解は譲与を包含せり故に嫁資不動産に就いては和解すべからず。

（５７）然りと雖ども嫁資不動産に就いて和解すべからざるは之れを譲与すべからざるを以てなり。故に若し和解之れを譲与するを以て目的とせざるときは有効なり。而して婦和解に由りて嫁資不動産を維持し又は之れを獲得するときは是れ之を譲与するものに非ず。故に和解有効なり。論者あり曰く然らず和解に由りて嫁資不動産を維持すれば維持するは則ち一なりと雖ども之れが為めに莫大の金銭物件を出し却て之れを譲与するのまされるに如がざることあり。且つ民法第２０４５条には明かに和解するには和解の目的物を処分するの能力を有すべきことを言えり。故に嫁資不動産に就いては一切和解することを得ずと是れ余が解する能わざる所なり。若し嫁資制にして婦に不利なる契約は一切之れを結ぶこと能わずと云うものならんには論者の言理あるべしと雖どもおよそ嫁資制に於ては譲与することを得ざる者はただ嫁資不動産のみにして嫁資動産及び嫁資外の財産[ﾊﾟﾗﾌｪﾙﾉｰ]は総て無償にでも之れを譲与することを得べし。故に此譲与し得べき財産を出だして嫁資不動産を維持せば此維持如何に不利なるも敢て無効なりということ能わず。又民法第２０４５条はただ和解の能力を規定せるものにして以て本題に適用すべからず。

（５８）故に和解嫁資不動産を維持し又は之れを獲得せしむるときは有効なりと雖ども若し之れを婦の対手人に与うるを以て目的とするときは無効なり。然らば則ち此場合に於ては一切和解するの方なきか或は曰く有り。宜しく裁判所をして認可せしむべしと是れ余が取ること能わざる所なり。それ法律は汎く嫁資不動産を譲与すべからざることを言い敢て裁判所に許すに之れを譲与し得べきものとなすの権を以てせず。故に裁判所は和解を認可するの権なし。又曰く宜しく民法第４６７条を適用し未成年者の財産に付和解するときの手続を践むべしと。是れ愈出でて愈拙なるものと謂うべし。それ民法第４６７条は未成年者の為めに設けたるものにして決して有夫の婦の為めに設けたるものに非ず。今之れを有夫の婦に適用するは敢て法律を適用するものに非ず。新に之れを作るものなり。是れ法学者又は裁判官の做し得ざる所なり。

（５９）イタリア国に於ては夫婦財産契約を分ちて２種とし嫁資制及び共通制となし夫婦別に契約を結ばざるときに就いてはいずれの制を取るべきやを言わず。且つ草案説明者は結約者に充分の自由を与え敢て法律上の財産制を立つることなしといえりと雖どもその実は嫁資制即ち法律上の財産制なり何を以て之れを知る曰く同国民法第１４２５条に凡そ婦の財産にして嫁資となさるるものは皆な嫁資外の財産なりといえばなり。葢し之れに嫁資制の名を蒙らしむるはややその当を得ず。寧ろ無嫁資制といわんか。然りと雖どもフランス国の嫁資制の中に全く嫁資なきものを包含するが故に（フランス国民法第１５７５条に拠る）今仮に嫁資制の名を用う而して別産制は全く之れを禁ずるものの如く（イタリア国民法第１４１８条末項に拠る）共通制も大に制限を設けて結約者の自由を殺けり。而して嫁資制に於ては嫁資は皆な譲与すべからざるものとせり。故にイタリア国に於ては嫁資に就いては一切和解することを得ざるを原則とす。但し嫁資外の財産を出だして嫁資中の財産を維持するの和解は有効なることフランス国に於けるが如し。

（６０）我が邦民法には未だ夫婦財産契約編あらず。愚考に拠れば嫁資を譲与すべからざるものとするは大に経済上不利なるものなるが故に之れを禁じその他は如何なる制度を取るも一切結約者の自由としただ夫婦別に契約を為さざりしときはフランス国の無共通制を適用すべきものとせんこともっとも道理に合ない又結婚者の意思を推測せしものと謂うべきか。若し此愚考にして行われなば本節の問題は敢て本邦に起こらざるべし。

　　　　　　　第４節　養料

（６１）ローマ法に於ては「マルクスアウレリユス」帝の時よりおよそ死亡関係[ﾓﾙﾁｽ,ｶｳｻﾞ]を以て与えたる（遺贈，死亡関係贈与等を言う）養料にして未だ期限を経過せざる者に関する有償の約定は皆な法官の許可を経べきを原則とせり。故に此類の養料に関し和解せんと欲するときは必ず法官の許可を経べきものとせり。その後フランス国旧法の時に於ては全くローマ法の規則を襲用せしが今日に至りてもなお之れを襲用すべしというものなきに非ざれどもそのあやまれることは喋々を待たず。共和第１２年風月[ｳﾞｧﾝﾄｰｽﾞ]３０日法律末条に曰く民法実施の日よりローマ法及び前代の勅令慣習等にして民法に規定せる事項に関するものは皆な法律の効力を失うべしと。故にローマ法の規則は到底之れを今日に襲用すること能わず。然らば則ち今日は随意に養料に就いて和解することを得るか請う。左に場合を分ちて之を論ぜん。

（６２）養料に２種あり。曰く法律を以て定めたる親戚間の養料曰く契約又は遺贈を以て定めたる養料是れなり。法律を以て定めたる親戚間の養料は公安に関するものにして敢て是れを譲与すること能わず。故に之れに就き和解を為すこと能わず。葢し法律が特に親戚を指定して互に養料を出たし相救端むる所以のものは実に是れ論理に合ない国家の秩序を保つに必要と見認むるを以てなり。今若し契約を以て敢て此義務を免がるることを得しとせば為めに論理を傷なし国家の秩序を乱すに至らん。是れ豈に立法者養料を規定するの意ならんや。

　ただここに注意すべきはその和解することを得ずというはただ将来の養料についてのみ。既往の養料に就いては和解することを得ること是れなり。例えば甲より乙に月々若干の養料を払うべきことを裁判所に於て命令せりとせん。甲若し数月分の養料を怠れりとせん。乙は之れに就いて甲と和解することを得べし。何となれば甲は既に此養料なきも敢て生活することを得たり。故に今は此養料も他の債権と異なる所あらざればなり。是れローマ法に於ても既往の養料に就いては別に法官の許可を経ずして和解することを得るとせる所以なり。

（６３）契約又は遺贈を以て定めたる養料に就いては如何多数の学者之れに答えて曰く是れ一切和解の目的物とすること能わずと。而してその論拠とする所は訴訟法第５８１条に遺贈又は贈与を以て定めたる養料は之れを差押うべからざることを言い同第１００４条に養料の贈与又は遺贈に就いては仲裁契約を為すこと能わずといえるに在るなり。然れども第一右の両条は皆な養料の贈与又は遺贈に関するものにして有償契約を以て定めたる養料には関係なし。故に論者の中ただ養料の贈与又は遺贈に就いては和解することを得ずというものすこしとせず。然りと雖ども仮令右の２種の養料のみに就いて論ずるも余はなお論者の説に従うこと能わず。第一訴訟法第５８１条はただ右の養料を差押うべからざることを言えるのみ。しかも同第５８２条に拠ればただ贈与又は遺贈前の債主のみ之れを差押うることを得ざるものにして贈与又は遺贈後の債主は之れを差押うることを得べし。然るに差押うべからざるものは必ず之れを譲与すべからざるに非ず。故に之れに就いて和解することを得べし。論者曰く然らず差押うべからざるもの必ずしも之れを譲与すべからざるに非ざることはまことに子の言の如しと雖もおよそ負債主を保護するの意に出でて之れを差押うべからずとせしものは皆な之れを譲与することを得ずと。是れ大にあやまれるものと謂うべし。それ訴訟法第５９２条に差押うべからずとせるものはその第一を除くの外皆な負債主を保護するの意に出でたるものなり。然りと雖ども此等のものは未だ論者と雖ども敢て譲与すべからずということ能わざる所なり。以てその説の牽強付会なるを知るべし。第二訴訟法第１００４条は仲裁契約に関するものなり。然るに仲裁契約は決して和解に非ず。和解はその契約なるの外左の二元素を包含すべきことは前に言える所なり。曰く争論を結着すべきこと曰く互に勘弁を為すべきこと是れなり。仲裁契約は先ず争論を決着せずただ尋常裁判所に訴うべきものを仲裁に訴うるの差あるのみ。而してその裁判は尋常裁判の如く之れに就いて控訴することををも得べし（訴訟法第１００９条第１０１０条及び第１０２３条）又その仲裁契約に因りては結約者互に勘弁を為さず。何となれば仲裁に於て一人を全く直とし一人を全く曲とすることを得ればなり。且つ仲裁を選ぶを以て勘弁なりとなすこと能わざるは言うを待たず。故に決して和解と仲裁契約とを混同すべからず。且つ右の訴訟法第１００４条に拠ればおよそ検察官に通知すべき事件は皆な之れを仲裁に委すること能わず。然るに右事件の中明かに和解することを得べきもの甚だ多し。故に論者の説は全く拠なきものと謂うべし。

（６４）本邦民法に於ては財産編第３８０条第１に或る親族間又は或る姻族間に法定の養料の義務あるべきことを明言し民事訴訟法第６１８条第１に法律上の養料は之の差押うることを得すとせりと雖も別に之を譲渡することを得ずとせず。而して民法財産編第２９条第２項に因り譲渡すことを得ざる物は差押えうることを得ざるものなりと雖も未だ差押うることを得ざるものは譲渡すことを得ずとせる法文を見ず。故に法定の養料は之れを譲渡すことを得るか。曰く否な。フランス国に於ける如く公の秩序に基いて之れを譲渡すことを得ず。随て之れに就いて和解することを得ず。

　私定の養料に就いては財産取得編第１６９条及び第１７０条に明文あり。第１６９条に曰く無償の終身年金権は設定者に於て之を譲渡すことを得す且差押うることを得さるものと定むることを得」右約款は設定証書に記入したるに非されは之を以て第三者に対抗することを得す」養料として無償に設定したる終身年金権は当然譲渡することを得す且差押うることを得さるものなり」本条の規定は贈与者の利益の為め贈与財産の上に留存したる終身年金権及ひ支払時期の至りたる年金に之を適用せす第１７０条に曰く終身年金権の譲渡及ひ差押の禁止は其一事のみを要約したるときと雖ども二事共に存立すと。故に終身年金権を無償にて設定するものは之を譲渡すことを得ずとすることを得。又ただ差押うることを得ずとするも亦た之を譲渡すことを得ず。又養料として之を設定したるときは当然之を譲渡すことを得ず。然りと雖も金額ならざるものを養料として払うべき場合には本条を適用すること能わざるが如し。如何曰く否な。亦た本条を適用することを得べし。財産取得編第１９４条第３項にいわずや無期年金は日用品を以て之れに充つることを得べきことを然らば終身年金も亦た日用品を以て之れに充つること得べきは論を俟たず。而してその場合実際無期年金に於けるよりも多かるべし。葢し仏文草案には「ラント」「アレラージユ」といいしを年金権年金と訳せしなり。「ラント」「アレラージユ」の必ずしも金額を以て之れを定めざることは疑いなき所なり。之れを年金権年金と訳せし所以のものは葢しその実際金額を以て定むること最も多きを以てなり（民事訴訟法第６１８条第２を参観せよ）。

　　　　　第４章　和解することを得る人

（６５）和解することを得る人に関し必ず２条の問題を生ずべし。第１何人か己の為めに和解することを得るが是れを能力[ｶﾊﾟｼﾃｰ]の問題と謂う。第２何人か他人の為めに和解することを得るが是れを権限[ﾌﾟｰｳﾞｦﾜｰﾙ]の問題と謂う。然りと雖も無能力者常にその代理人を有するが故に此代理人の権限は無能力者の能力を論ずると同時に併せ論すべし。すなわち本章を分ちて左の２節とす。

　第１節　和解の能力

　第２節　和解の権限

　　　　　　　第１節　和解の能力

（６６）ローマ法に於ては和解は敢て特別の契約を組成せず。ただその約定に基きて諸種の契約又は適法の所為を利用して以て民法上の効果を生ぜじめたるものなり（第１章を見よ）。故にその贈与に関する部分に就いては贈与の能力を要しその義務締結に関する部分に就いては義務締結の能力を要したるなり。降りてフランス国旧法の時に至りては各州皆その法律を異にせりと雖ども細目の変更を除くの外は大概ローマ法の原則に依れり。然るに民法を制定するに当りてはやや旧慣を改め和解を以て一の契約とせしかば随てその特別の能力を生じすこぶるローマ法の原則に異なる所あり請う。左に之れを詳論せん。

（６７）民法第２０４５条第１項に曰く和解するにはその和解中に包含せる物件を処分するの能力あることを要すと請う。先ず疑いなき数点を示し然る後議論ある点に論及せん。

　和解は通常二様の目的物を有す。一は争論二は此争論を決せんが為めに結約者の一方より出だすべき金銭物件是れなり。此金銭物件に就いては必ず通常の能力を要することは葢し人の争わざる所なり。例えば自治産[ｴﾏﾝｼﾍﾟｰ]未成年者（既に父権又は後見権を免れたる未成年者を言う）は余の信ずる所に従えばその収入に就いては独断を以て和解することを得べしと雖ども若しその争を決せんが為めにその所有の不動産を出ださんと欲するときは必ず親族会議の許可と裁判所の認可とを経ざるべからず（民法第４５８条及び第４８４条第１項）。

　又争論に就いて言うも結約者の一方は全く権利を施行してただ之れに易えて他の利益をその対手人に与うること稀なりとせず。此場合に於てその対手人が権利を処分するの能力を有せざる可らざることは殆ど争うべからざる所なりと雖ども他の利益を与えて係争権の全体を獲るものは別に此権利を処分するの能力を有せざるも可なるが如し。然るに民法第２０４５条第１項に拠れば此者も亦たその権利を処分するの能力を有せざるべからず。是れ何の故を以て然るか。曰くおよそ一権利を有するものは随意に之れを施行して一切他の干渉を受くべきに非ず。今甲は一権利を有すると主張しながら而して之れを施行するに付乙に若干の金銭物件を与えんと欲す。是れ豈にその権利の一部を割きて之れを乙に与うると何ぞ異ならん。是れ甲にその権利を処分するの能力を要する所以なり。

　民法第２０４５条第１項はその係争権一の物上権なるときは全く之れを適用することを得れどもその係争権若し一の対人権なるときは必ずしも之れを適用すること能わず。例えば甲乙に対し金１０００フランの債権ありと主張せり。乙は一切之れなしといえり。是に於て和解して曰く甲はその債権の半額を棄却すべし。而して乙は必ず此半額を弁済することを約すと。此場合に於ては甲はその債権の一部を棄却するが故に必ずその債権を処分するの能力を有せざるべからずと雖も乙は如何なる権利をも放棄することなくただ５００フランの金額を払うの義務を負うのみ。故に乙はただ義務を締結するの能力を有すれば可なり。但し本問題は実利なきの問題なり。何となればフランス国民法に於ては或は和解に付特別の能力を要め或は義務を締結するの能力ある者は亦た債権を処分するの能力あればなり。

（６８）民法第２０４５条第１項に和解するには其物件を処分するの能力あることを要すといえりその意義果して如向。

　甲は曰く和解するにはただ結約するの能力を有すれば足れりと。是れ明かに本条にもとれるの説なるを以て論ずるに足らず。但し実際に就いて言えば結約するの能力を要すというも処分するの能力を要すというもすこしも異なる所なきこと前項に述ぶるが如し。

　乙は曰く和解するには必ずその物件を無償に処分するの能力を有せざるべからずと。是れ余が解ぜざる所なり。それ法律はただ処分するの能力を要すといえり。然るに和解の常に有償契約なることは既に第１章に論ぜしか如し。故に有償に処分するの能力を有すれば足れりとせんこと論を俟たず。況んや若し立法者に於て特に無償に処分するの能力を要めんと欲するときは必ず之れを明言するを常とせるに於てをや訴訟法第１００３条に於て自由の処分権を要すといえるが如き即ち是れなり。且つ後見人は普通の進物を除くの外一切無償の処分を為すこと能わざるは未だ嘗て人の争わざる所にして即ち論者も言える所なり（而かも論者は之れを以て論拠とせり）。然るに後見人は民法第４６７条の手続きを践めば和解を為すことを得。以て和解を為すに無償処分を為すの能力を要せざるを知るべし。

（６９）右の乙説を取ると余が説を取るとに由りてその結果を異にすること左の如し。

第１　乙説に従えば別産の婦はその夫の許可を得ざれば一切無償の処分を為すこと能わず。故に動産は有償に之れを処分するに夫の許可を要せざれども（民法第１４４９条第２項）之れに就いて和解するには必ず夫の許可を要すと云えり。是れ余が取らざる所なり。第一別産の婦がその夫の許可を得ざれば動産を無償に処分すること能わざるや否やは学者間大に議論ある所なりと雖ども今仮に論者の説を取り別産の婦は独断を以て動産を無償に処分することを得ずとするも余が説に従えば和解するには有償に処分するの能力を有すれば可なるが故に別産の婦は独断を以て動産に就いて和解することを得べし（なお後に詳論すべし）。

第２　乙説に従えば自治産未成年者は一切無償の処分を為すことを得ず。故にその収入は独断を以て有償に是れを処分することを得ざれども（民法第４８１条）之れに就いて和解すること能わずと云えり。是れ亦た余が取らざる所なり。第一自治産未成年者が収入を無償に処分すること能わずとは余が大に疑う所なりと雖ども今仮に論者の説を取り自治産未成年者は収入を無償に処分すること能わずとするも余が説に従えば和解するには有償に処分するの能力を有すれば可なるが故に自治産未成年者は独断を以て収入に就いて和解することを得べし。且つ論者と雖ども民法第４６７条の手続を践めば自治産未成年者之れに就いて和解すること得べしといえり。以て論者の説の自家撞着せることを知るべし（是れ亦た後に詳論すべし）。

第３　乙説に従えば自治産未成年者は一切の無償の処分を為すことを得ず。故にその資本（動産又は不動産）を有償に処分するには動産なれば保佐人[ｸﾕﾗﾄｴｰﾙ]の立会（民法第４８２条に拠る）不動産なれば親族会議の許可と裁判所の認可とあれば足れり（民法第４５８条及第４８４条）と雖ども右の手続を以て和解することを得ずと云えり。是れもっとも奇々妙々と謂うべし。それ自治産未成年者が一切資本を無償に処分すること能わざるは人の争わざる所なり。今和解は法律家３名の意見と親族会議の許可と裁判所の認可とあれば自治産未成年者之を為すことを得（民法第４６７条及び第４８４条）。以て和解するに無償処分の能力を要せざることを知るべし。

第４　若し論者をして論理に従わしめば無期の施体刑に処せられたるものは無償処分の利用権[ｼﾞｭヰﾂｻﾝｽ]を失うべし（１８５４年５月３１日法律第３条）故に和解の利用権を失うべしと日わざることを得ず。是れ論者と雖ども主張すること能わざる所なり。葢し右の法律はただ無償処分権に就いてのみ言えり。然るに之れを拡充して和解権に及ぼさば是れ法律を解釈するものに非ずして新に之れに追加するものなればなり。然りと雖ども是れに由りてますます論者の説のあやまれるを知るなり。

第５　若し論者をして論者に従わしめば破産者[ﾌｱｨｰ]が商法第４４６条に定むる時以後に為したる無償の処分は皆な破産債主に対しては無効なり。故に右の時以後に為したる和解も亦た無効なりといわざることを得ず。是れ葢し論者と雖ども敢て主張し得ざる所なるべし。それ商法第４４６条にはただ無償処分のみに就いて言えるに敢て之れを拡充して和解に及ぼさば是れ亦た法律を解釈するものに非ずして新に之れに追加するものなればなり。以ていよいよ論者の説の拠なきを見るべし。

（７０）イタリア国民法第１７６５条は全くフランス国民法第２０４５条第１項を模写せり」我が民法は之れに反し全く同項に掲ぐる所を記載せず。今草案編纂者の説明を見るに曰く是れただ普通原則の適用に過ぎず故に載せずと余はその果して普通原則の適用なるや否やを疑うなり。それ和解に由りて係争権を放棄するものの之れを処分するの能力を具うべきことはまことに普通原則の適用に過ぎずと雖も全く係争権を保持するものはすこしも之れを処分し之れを譲与せざるが故に普通原則に従えば之れを処分するの能力を要せざる筈なり。故にフランス国民法第２０４５条第１項は普通原則の適用に非ず。然りと雖ども右の和解に由りて係争権を保持するものはその所為の大切なることなお之れを放棄するものの如きことは前に既に之れを述べたり。故に余は普通原則にもとり本邦民法に於ても和解するには必ず係争権を処分するの能力を有すべきことを掲載すべきものなりしと思うなり（（６７）を見よ）。

（７１）およそ能力は原則にして無能力は例外なりとはローマ法以来の格言なり。故に法律に特に無能力とせるものの外皆な能力あるなり。故にただ無能力者を列挙すればその他は皆有力者なるを知るべし。今左に無能力者を列挙し或は右に掲げたる原則を応用し或は各無能力者に特別なる規則を適用せん。

　無能力に２種あり。１を普通無能力といい２を特別無能力という。普通無能力とは何人に対しても存在するものを謂い特別無能力とはただ特定の人の間又は特定の人より視て之れあるものを謂う。因て本節を分ちて左の二款となす。

　第１款　普通無能力

　第２款　特別無能力

　　　　　　　　　第１款　普通無能力

（７２）余は本款に於て左の７種の人を論ぜんと欲す。

　第１　未自治産未成年者

　第２　自治産未成年者

　第３　商工未成年者

　第４　裁判上禁治産者

　第５　法律上禁治産者

　第６　準禁治産者

　第７　婦

　　　　　　　　　　　第１　未自治産未成年者

（７３）フランス国及びイタリア国に於ては未自治産未成年者は或は後見あり。或は父母の法律上の管理[ｱﾄﾞﾐﾆｽﾄﾗｼﾖﾝ,ﾚｶﾞｰﾙ]の下に在り故に本段を分かちて左の２目とす。

　１　後見ある未成年者

　２　法律上管理の下に在る未成年者

　　　　　　　　　　　　　１　後見ある未成年者

（７４）ローマ法に於ては和解に関し特別の能力を要せざりしことは節首に述ぶる所なり（（６６））。降りてフランス国旧法に至りては各州皆その法律を異にしたりしか。「ポチエー」は依然ローマ法の原則を採り別に和解に関する能力を掲げず。ただ動産譲与は管理の所為と看做し之れを後見人の独断に任せたりしか。故に動産に関する和解は同じく後見人の独断を以て之れを行うことを得。不動産の譲与は一切後見人に於て之れを行うこと能ざるを原則とせしか。故に不動産権を譲与するの和解は同じく後見人一切之れを行うことを得ずとせしなり。又「ドマー」はローマ法を誤解しおよそ未成年者に於て多少の勘弁を為すの和解は皆後見人に於て一切之れを為すことを得ずとせしか。故に即ち我輩のいわゆる和解は一切後見人に於て之れを為すことを得ずとせしなり（第１章を見よ）。之れに反してブルターニュ州の習慣法に依れば初めはおよそ動産不動産を分たず。又之れを譲与するの結果を生ずると然らざるとに論なく総て和解を為すには後見人に於て未成年者の友人の意見と裁判所の認可とを得ざるべからずとせしか。後ち聊か之れを改めて不動産又は貴重の動産に付和解するには親族の意見と裁判所の認可とを得ざるべからずとせり。然りと雖どもおよそ未成年者自ら行いたる所為と後見人が行いたるものとを問わず。又適法の手続を践みたると践まざりしとを論ぜず。皆な未成年者が為めに欠損を蒙りしときはそのいやしくも純然たる管理の所為に非ざる以上は之れが銷除を請うことを得べしとせしか。故に右に述べたる和解も亦た大抵欠損に基きてその銷除を請うことを得しなり（以上多少の議論なきに非ずと雖どもただ余が信ずる所の説を掲ぐるのみ）。

（７５）民法は右の「ブルターニュ」州の習慣法を採用しただ左の三改正を施こせり。１親族会議の許可と裁判所の認可との外なお第三の手続を加え法律家３名の意見を聴くべきものとし２右習慣法の旧則を復しおよそ和解はその不動産に関すると動産に関するとを問わず皆な右の手続を践むべきことを規定し３右の手続を践みたる以上は和解全く有効にして未成年者仮令為めに欠損を蒙ることあるも敢てその銷除を請うこと能わずとせり請う。左に第２０４５条第２項及び第４６７条の明文を訳載せん。

　第２０４５条第２項に曰く後見人は未成年後見及自治産許可巻第４６７条に循ふに非されは未成年者又は禁治産者の為めに和解することを得す又同巻第４７２条に循うに非されは後見の計算に付成年となりたる未成年者と和解することを得す（末文は特別の無能力を論ずるに当りて之れを説かん）第４６７条に曰く後見人は親族会の許可を得たる後又始審裁判所検事正の指定せる法律家三名の意見に依るに非されは未成年者の名を以て和解することを得す

其和解は検事正の意見を聴きたる後始審裁判所に於て之れを認可するに非されは有効ならさるものとすと。是れに由りてフランス国民法に拠れば後見人和解を為すには左の３件を要す。

第１　親族会の許可

（７６）第２　法律家３名の意見

　およそ後見人の所為にして本手続を要するものはただ和解のみ。葢し和解は法律を知れるものに非ざればその利不利を判すること能わず。然るに親族会に於てはその人に乏しきを常とす。是れ法律が特に和解を為すに法律家の意見を要すとせる所以なり。

　ここに法律家[ｼﾞﾕﾘｽｺﾝｽﾕﾙﾄ]というは如何なる人を指すか。実際に於てはおよそ検事正が此法律家を選ぶに当りては必ず再審に関する訴訟法第４９５条に拠り１０年以上弁護を業とするものの中より選任すと云う。然りと雖も是ただ実際民法第４６７条の規則を重んじて遂に此習慣を生ぜしものにして若し法律上より論ずるときはいやしくも法律家なればその弁護士たると然らざるとを論ぜず。皆な之れをして未成年者に関する和解に付意見を提出せしむることを得べし。故に一検事正ありて敢て旧慣に仍らず弁護士ならざる法学教授旧法官代訟人公証人等を選びてその意見を聴くも決して之れが為めに和解をして無効たらしむべきに非ず。葢し法律家なる語は好意弁護人[ﾃﾞﾌｱﾝｿｴｰﾙ,ｵﾂﾌﾟヰｼﾖｴｰ]の如く弁護士のみを指すの語に非ざるなり。

（７７）右法律家の意見は必ず和解を可とすべきかはたまた之れを不可とするも親族会及び裁判所に於て之れを可とせば之れを実行するとを得べきか。曰く右法律家の意見は必ず和解を可とせざるべからず。葢し法律は法律家三名の意見に依るに非ざれば和解することを得すといい敢てただその意見を聴くべきことをいわず是れその意見に循うべきことをいうものなり。

　然らは則ち３名の法律家皆な必ず之れを可とすべきかはたまたその多数即ち両名之れを可とすれば足れるが曰く必ず３名皆な之れを可とすることを要す。若し然らずんば法律は３名の意見に依るべしといわずしてただ両名の意見に依るべしというべければなり。

　右法律家の意見を聴くは親族会の前に於てすべきかはたまた後に於てすべきか。葢し法律家の意見を聴く所以のものは主として親族会の参考に供せんが為めなり。然りと雖ども法律上より之れを言うときはその順序如何に拘らずいやしくも民法第４６７条の３手順を践めば必ず和解を行うことを得るなり。且つ法律家の意見なきも和解を可とせし親族会にして今法律家も亦た之れを可としたりとてにわかに却て之れを不可とすること万々之れあらざる所なり。故に此問題は法律上一切価値なきものと謂うべし。

（７８）第３　裁判所の認可

　民法第４６７条に裁判所は検事正の意見を聴きたる後認可を為すべきことを言えり。是れ葢し訴訟法第８３条第６の適用に過ぎず。同条に曰くおよそ未成年者に関する訟事は皆な検事正に通知すべしと。然りと雖ども裁判所は必ずしも検事正の意見に従わざるべからざるに非ず。或はその意見に反して之れを認可し又は認可せざることを得。

和解の認可は非訟事件なり。然るに非訟事件は皆な会議局に於て之れを議するものなり。故に和解の認可も亦た会議局に於て之れを議すべし。且つ民法第４５８条に未成年者の為めに借財及び不動産の譲与又は抵当を為すの認可も会議局に於て議すべきことを言えり。故に和解の認可も亦た会議局に於て議すべきこと論を俟たざるが如し。

（７９）未成年者に関する和解は右の認可ある迄は一の仮案に過ぎず。是れに由りて生ずる結果左の如し。

第１　結約者に於て双方皆な和解を停止することを得。是れ和解未成年者に不利なるときは甚だ便なりと雖ども和解その対手人に不利なるときは対手人に於て之れを停止することを得るが故に未成年者に不利なり。但し後見人に於てその対手人をして若し裁判所に於て之れを認可する以上は必ず和解を実行すべきことを約言せしめ己も亦た必ず適法の手続を践むべきことを約することを得。而して法制上より論ずるときは仮令結約者に於て之れを明言せざるも暗にその約あるものと看做さんことその当を得たるものならんか。

第２　此和解は未だ之れが登簿税を払うに及ばず。或は曰く後見人敢て民法第４６７条の手続を践まず和解を為したるときは必ず之れが登簿税を払わざるべからず。然るに今同条の手続を践みて而かも未だ裁判所の認可を得ざればとて敢て登簿税を払うに及ばずとせるは如何。答えて曰く結約者敢て民法第４６７条の手続を践まざるときは是れ始めより取消し得べき和解を為すの意なり。同条の手続を践むときは然らず。必ず有効の和解を為さんと欲するものなり。故にその手続を尽くしおえるまでは敢て確約を為しヽに非ず。故に登簿税を徴収すること能わず。

　和解既に認可を経たる後と雖どもなお一の仮案に過ぎざることあり。是れ結約者に於いて予じめ之れを約したる場合に於て然る所なり。而して結約者公証人をして証書作らしめんと欲する場合に於ては若し裁判所に於て認可を為さざるときは公証手数料を失うの恐れあるが故に公証を作るまでは和解仮令認可を経るも未だ一の仮案に過ぎざるべきことを約することあり。

（８０）和解は裁判所に於て認可するも為めに裁判上の和解とならず。是れに由りて生ずる結果左の如し。

第１　その和解は執行力を有せず。

第２　その和解は裁判上の抵当権を生ぜず。（（３５））以下を見よ。

（８１）認可の裁判に対し控訴することを得るか。曰く訴訟法第８８９条の明文に因りて控訴することを得ること疑いなし。同条に曰く親族会議の決議に関する裁判に就いては控訴することを得べしと。論者曰く然らずおよそ非訟事件に就ては一切控訴すること能わず。故に和解の認可に就いては控訴すること能わず。訴訟法第８８９条はただ争論ある時に就いてのみ言えるものなりと。是れ余が服せざる所なり。それ非訟事件に就いて控訴すること能わずとは学説裁判例皆な挙げて之れを言うと雖ども未だ嘗て之れを名言せる法条あらず。且つ仮りに此原則を正しとするも訴訟法第８８９条は一の例外として之れを視ることを得べし。而して同条に規定せる所は必ずしも争論ある場合のみに関するに非ず。何となれば前４条に於て専ら認可の事を論ぜり。而して和解認可も此中に包含せることは言うを待たざればなり。論者又曰くおよそ裁判の控訴し得べきものは控訴期限を経過するときは確定裁判となるべし。故に若し子の説に従えば和解或は本篇末章に論ずべき無効の原因を具うるか又は民法第４６７条の要件に欠くる所あるも敢てその無効を鳴らすことを得ず。是れ豈に立法者の意ならんやと是れ誤謬の太甚だしきものと謂うべし。それ控訴すること得べきはただ裁判に就いてのみ。若し和解論者の言うが如き無効の原因を具うるときは別に無効の訴を起し之れを攻撃することを得べし且つ論者の言うが如く控訴し得べきときは控訴期限の経過に由り裁判確定して復た和解の無効を訴うること能わずとせば若し論者の説に従い控訴することを得ずとするも亦た一切和解の無効を訴うること能わずと日わざることを得ず。是れ却て余が説よりも未成年者に対して不利なるものと謂うべし。以て論者の説のあやまれるを知るべし。

（８２）和解を認可すべき裁判所は後見の開始せし土地の地方裁判所なり。故に和解すべき訴訟事件他の地方裁判所又は控訴院に在る時と雖ども是等の裁判所に於て和解を認可すること能わず。是れ実際に於て聊か不便且つ不利なることあるべし。故に法制上より論ずるときは和解すべき事件既に裁判所に出て居るときはその裁判所に於て直ちに和解を認可すべしとせんこと尤もその当を得たるものと謂うべきか。

（８３）民法第４６７条の手続に由りて分割を為すことを得るが余は之れに答えていわん。それ民法はその第４６６条に於て分割に必要なる手続をその第４６７条に於て和解に必要なる手続を定めたり。是れ葢し分割と和解と敢て混同す可らざればなり。それ民法が特にその第４６６条に於て分割は必ず裁判所に於て之れを行うべく且つ予じめ裁判所に於て選任したる鑑定人をして評価を為さしむべく。而してその鑑定人は判事１名又はその委任せる公証人の面前に於て財産を分ち各共同分割者の取分を組成して抽選を以て之れを配当すべきことを定むる所以のものは是れ共有物の分割において各共同分割者の取分皆平等にして誰れも損害を蒙ることあらざらしめんことを欲してなり。又民法が特にその第４６７条に於て和解を為すには必ず法律家３名の意見に依り親族会の許可を得。裁判所の認可を経ざる可らずとせる所以のものは是れ和解は法律家に非ざればその利不利を知ること難ければなり。然るに今之れを反覆して鑑定人をして和解を鑑定せしむるも敢て親族に勝れることあらざるべく又法律家をして分割を為さしむるも大に困難を覚うることなるべし。故に分割には必ず第４６６条を和解には必ず第４６７条を適用すべきなりと。

（８４）右に述べる所に因り左の結果を生ず。

第１　分割に於て一切争なきときは必ず第４６６条を適用せざるべからず。

第２　争ありと雖もその争ただ分割の方法に関するときは是れ亦た分割の一附帯事件に過ぎず。故に必ず第４６６条を適用せざるべからず。

第３　争共同分割者の権利に関する時はその争点に付ては第４６７条に由りて和解をなし。然る後ち第４６６条に由りて分割を為すは随意なりと雖も殊に問題あるは之れを一括して第４６７条に由り和解し同時に分割することを得るや否やの一点なり。今此問題を決するには必ずその争共同分割者の権利の全体又は多分に関するとただその一小部分に関するとを分たざるべからず。第一の場合に於ては第４６７条に由り和解して同時に分割することを得べしと雖も第二の場合に於ては必ず第４６６条に由り分割を為さざるべからず。而してその争果して共同分割者の権利の多分に関するかはたまた一小部分に関するかを分つは一に事実裁判官の認定に在るものとす。

（８５）以上は余が説なりと雖も裁判例及び法学者の多数は皆な之れを取らず。甲は曰く仮令何の争もあらざる時と雖も第４６７条に由り分割を為すこと得べし。乙は曰くいやしくも争あればその争分割の方法に関すると共同分割者の権利に関するとを問わず。総て第４６７条に由りて分割を為すことを得べしと。是れ殆ど解する能わざる所なり。

　葢し第４６６条に由り裁判上の分割を為すときは費用莫大にして未成年者を助くるの手続却て之れを害するの結果を生ずるが故にその奨を避けんが為めに敢て牽強付会以て第４６７条に由り分割を為さんと欲するものなり。然りと雖ども法律に善からざる所あらば立法者之れを改むべし。法曹に於て濫りに之れを修正すること能わざるなり。

（８６）後見人は未成年者の名を以て協諧契約に投票することを得るか。世の法学者大概皆な答えて曰く後見人はその一存を以て之れに投票することを得と。是れ全く拠なきの説なり。それ後見人が一存を以て行うことを得るものはただ管理の所為のみ。然るに協諧契約は債主に於てその権利の一部を放棄するものにして決して管理の所為と看做すこと能わず。然し而して後見人一存を以て之れに投票することを得べしというは余が解せざる所なり。

　或は曰く民法第４６７条を適用すべしと是れ法制上より論ずるときは尤も妥当の説と謂うべし。それ協諧契約の重きことは略和解に同じ。その目的も亦た権利の一部を棄ててその他を保存するに在るが故に又和解に均し。然りと雖どもフランス国現行法に於ては敢て此説を取ること能わず。葢し未だフランス国法律中協諧契約と和解とを同一視せるものあるを見ず。然るに和解には争論と交互の勘弁とを要することは篇首委しく論ぜし所なり。今協諧契約は此二元素を欠けり。第１協諧契約に投票することを得るものはただ破産者に対して明確の通常債権を有するもののみ。故に争論なし。第２債権者はその権利の一部を放棄すと雖ども破産者は一切勘弁を為すことなくただ利益を獲るのみなり。故に交互の勘弁なし。故に協諧契約に民法第４６７条を適用すること能わざるなり。

（８７）之れを要するに協諧契約は管理の所為に非ず。故に後見人一存を以て之れに投票すること能わず。和解に非ず。故に民法第４６７条を適用すること能わず。而してフランス国法律中未だ協諧契約に付後見人の権限を定めしものあらざるが故に後見人は一切協諧契約に投票すること能わずと謂わざることを得ず。且協諧契約は無償の棄権なり。然るに後見人が一切無償の棄権を為すこと能わざることは葢し人の争わざる所なり。故に是れ到底後見人の権限以内に在らず。是れに由りて未成年者若し破産者負債の３分の２以上の債権者なるか又は未成年者に於て之れに同意すれば始めて此３分の２に達すべきときは一切協諧契約成ること能わず（１８８９年３月４日法律第１５条第１項及び第２０条）。是れ大なる欠点と謂わざることを得ず。故に立法者たるもの宜しく前の第２説を取り和解と同一の手続を以て協諧契約に投票することを得べしとすべし。

（８８）余は上に民法第４６７条の手続を践みて為したる和解は全く有効なることを言えり（（７５））。今之れを裏面より言ておよそ右の手続を践まずして為したる和解は未成年者為めに欠損を蒙れることを証するを須たず。直ちにその取消しを請うことを得といわん。但し是等の問題は皆民法発布後数十年間大に議論ある所なりしも今日は大抵皆な右に述ぶる所を以て正しとせり。今左に他の諸説を列挙せん。

第１　仮令民法第４６７条の手続を践みて為したる和解と雖もなお未成年者は欠損に基きて之れが銷除請うことを得べし。

　此説の取るに足らざることは疑いなき所なり。第１民法第４６７条第２項に其和解は裁判所に於て之れを認可するに非されは有効ならさるものとすといえり。語を換えて之れを言えばその和解は裁判所に於て之れを認可すれば有効なるなり。第２民法編纂の際その説明中に明かに古は適法の手続を践める和解と雖も後日なお取消を請うことを得しかば実際誰も後見人と和解を為すことを肯ぜざりしか。新民法には之れを改め一たび適法の手続を践む以上は和解全く有効なるものとせりといえり。故に未成年者仮令欠損を蒙むるも適法の手続を践める和解は全く有効なり。

第２　仮令適法の手続を践まずと雖も未成年者和解に由りて欠損を蒙むるに非ざれば之れが銷除を請うこと能わず。

　此説も亦た取るに足らず。民法第１３１１条に体裁備らざるに由りて無効なる所為とただ欠損に基きて銷除し得べき所為とを区別せり。然るに論者の説に従えば体裁備らざる所為も亦たただ欠損に基きて銷除し得べきのみといわざることを得ず。是れ立法者の意にもとれるものなり。

第３　民法第４６７条の手続を践まずして為したる和解は全く成立せず。故に未成年者の対手人と雖もその無効を訴うることを得べし。

　此説が法理上より言うときは大に拠あるの説なり。何となれば後見人は一の代理人に過ぎず。然るに代理人その権限を超ゆるときはその所為全く成立せざるものなればなり。然りと雖ども実際上より論ずるときは民法第４６７条は敢て未成年者を保護せんと欲して之れを定めたるものなるに却てその対手人之れを利用して敢て未成年者に利ある和解の不成立を唱うることを得べし。是れ全く立法者の目的に反するものなり。且つ民法第４５０条第１項におよそ後見人は凡１００の法律上の所為に於て未成年者を代理すべきことを言えり。故に不適法の和解に於ても亦た後見人未成年者を代理せしということを得べきか。

（８９）以上はフランス国民法に就いて論ぜし所なり謂う。是れよりイタリア国民法に就いて論ぜん。同民法第２９６条第２項及び第３０１条第２項に拠れば占有の訴権収入の取立及び至急の場合に就いては後見人独断を以て和解することを得。その他の場合に於ては親族会の許可と裁判所の認可とを要すとせり。葢し占有の訴権収入の取立及び至急の場合に就いては後見人独断を以て和解することを得るとせしは余が感服せざる所なりと雖どもその他の場合に於てはフランス国の法律家３名の意見を廃しただ親族会の許可と裁判所の認可とのみにて足れりとせしは余が賛成する所なり。それ親族会に於て既に和解を可とし裁判所に於ても検察官の意見を聴きたる後亦た之れを可とせる場合に於ては和解果して利あるものと看做さざることを得ず。而も法律家３名の意見を要すとするは徒らに手続を増し費用を加うるの嫌あらんか。

　イタリア国民法は無能力者又はその代理人が行いたる所為の有効無効に就いては大にフランス国民法とその規則を異にせりと雖ども和解に就いてはすこしもフランス国民法と異なる所あらず。ただフランス国民法に於て敢て明言せざりしを以て大に議論を惹起こしたる点を明かに規定せしのみ（第１３０３条第３第１３０４条及び第１３０８条第１項）。

（９０）我邦民法に於ては一切裁判所をして後見人の行為に干渉せしめず。如何なる重大の件も皆な親族会の許可あれば足れりとせり。乃ち和解も亦たただ親族会の許可を経て後見人之れを為すことを得るなり。人事編第１９４条に曰く左に掲くる行為に関しては後見人は親族会の許可を得ることを要す（中略）」第３　動産不動産に係る訴訟又は和解仲裁に関すること（下略）と是れ簡にして便なるが如しと雖ども或は未だ充分未成年者の利益を保護せざるの機を免かれ難きか。

我が民法に於てはその第５４７条及び第５４８条を以て無能力者又はその代理人の行為の有効無効に就いては全くフランス国民法の原則を模写しただフランス国に於て法文の曖昧なるより議論を惹起こしたる点を明かに規定せるのみ。第５４７条第１項及び第２項に曰く未成年者又は禁治産者の財産に関し後見人の為したる合意及ひ行為は無能力者の利益の為め法律の定めたる方式及ひ条件を遵守せさりしときは之れを銷除することを得」未成年者自治者の未成年者及ひ準禁治産者の行為に付ては特別なる方式及び条件に依らさりしとき又禁治産者の行為に付ては何等の場合を問はす亦その行為を銷除することを得第５４８条第１項に曰く未成年者一人にて特別なる方式又は条件の必要なき合意又は行為を承諾したるときは銷除訴権は其未成年者の為め欠損あるときに非されば之を受理せすと（新民法の用字文章極めて疎漏にして遙かに刑法治罪法の用字文章に及ばざるは余が大に遺憾とする所なり）此末条の規定は余が賛成せざる所なり。それ一行為の欠損を生ぜじや否やを知るは常に難事にして徒らに訴訟を増加するの患あり。且つ欠損なき場合に於ても未成年者に於て正当に一行為を悔ゆることなしとせず。例えば未成年者相当代価又は特別の廉価を以て贅沢品を購う場合の如き即ち是れなり。今草案編纂者の説明を見るに此場合に於ては無形の欠損あり。ゆえにその購買を銷除することを得べしと。是れ余が解かせざる所なり。字典を案ずるに欠は虧なり。破なり。少なり。損は減なり。傷なり。失なり。といえり（草案編纂者は仏語を用い「レジヨン」といえり「レジヨン」は損害の意なり）。今未成年者は相当代価又は廉価を以て一物件を購えり。而も之に欠損ありということを得べきか。故に草案編纂者の説明に拘らず新民法に拠れば右の場合に於ては契約の銷除を請うこと能わず。是れ未成年者を保護するの至れるものと謂う可らず。故に余はイタリア国民法第１３０３条第１の原則を可とするものなり。曰く未自治産の未成年者其正当の代理人の干渉なくして自ら一行為を做すときは無効の訴権を生するものとすと。

　　　　　　　　　　　　　２　法律上管理の下に在る未成年者

（９１）フランス国民法は法律上管理に関しただ１条を載するのみ。第３８９条第１項に曰く婚姻間は父は其未成年の子の自己の財産の管理人とすと（第２項は今ここに用なきを以て省く。）。是れに由りて父はその子の財産の管理人に過ぎざることを知ると雖どもその詳細に至りては民法編纂当時の議事に由るに非ざれば一切之れを知るに由なし。然るに民法編纂者際その編纂者の意に於ては明かに法律上管理人と後見人とを区別し父母共に存するときは父法律上の管理人となりて子の財産を管理し敢て親族会後見監督人等の干渉を容れず。父母の中一人死するときは爰に始めて後見を置くの意なりしこと明白なり。是れに由りて余は和解に関し法律上管理人の権限を定むること左の如し。曰く父は一管理人に過ぎず。然るに管理人は通例管理の所為に非ざれば是れを行うことを得ず。今和解は処分の所為なり。故に父は一切和解を為すこと能わず。

（９２）此説たる殆余１人の説にして法学者及び裁判例皆な各異説を唱えその説の数実に枚挙に遑あらず。今左に之れを３つに大別せん。

第１　父は一切の手続を践むことを要せず。随意に和解することを得。

　此説の取るに足らざることは喋々を待たず。それ父は管理人なり。然るに和解は処分の所為中にでも立法者が持って特に重大なるものとせる所なり。今若し此管理人にして随意に和解を為すことを得ばその処分の所為も亦た皆随意に之れを行うことを得るといわざることを得ず。若し然らば此管理人は財産を管理し之れを保存するを以て任とせるに拘らず敢てことごとくその財産を譲与し一も之れを保存せざることを得べし。是れ豈に立法者の意ならんや。

第２　父は裁判所の許可を経て和解をすることを得。

　此説は法制上最も妥当なるものにしてイタリア国民法に於ては此説を採用せることは次号に述ぶるが如し。然りと雖どもフランス国民法に於ては此説を主張するは最も専断の説と謂うべし。それ立法者は一切父の法律上の管理を規定せず。又之れを以て貢献の規則に従わしむることを欲せず。然るに論者は専断にも裁判所は一管理人に過ぎざる父をして処分の所為中最も重しとせる和解を為さしむることを得といい以て立法者が後見人のために設けたる規則にも非ざる一種特別の規則を設くるは是れ実に法律を解するものに非ず。新に之れを制するものと謂うべし。

第３　父は後見人と同一の手続を践みて和解することを得。

　是れ全く立法者の意に反するものなり。葢し立法者が父をして後見人と同一の規則に従わしむることを欲せざりしことは明白にして争うべからざる所なり。故に和解に就いてのみ後見の規則を適用すること能わざるなり。

（９３）イタリア国民法はフランス国民法の轍を践まず。明かに法律上の管理人たる父の権限を画定せり。その第２２４条に曰く父は凡そ法律上の行為に於て既に生れたる及び将に生れんとする子を代理し其財産を管理す但し子のために必要または明白の利益ある場合に於て民事裁判所の許可を経るの外子の財産を譲与し抵当とし質入し又は子の名を以て借財其他単純の管理の限界を超ゆる義務を取結ふことを得す云々。故に和解は父裁判所の許可を経るに非ざれば之れを為すことを得ず。之れ余が賛成する所なり。ただイタリア国民法に於ては父母の中１人存する間は一切後見を置かず。その残存者当然に法律上の管理人たるべきものとせり。是れ我邦民法の取る所なりと雖ども余が賛成する能わざる所なり。然りと雖ども此等の問題は人事篇を論ずるに当たり討議すべき所なるが故にここには敢て説かず。

（９３補）我邦民法人事篇第１５３条に於ても亦父は子の財産を管理すべきことを言えり。曰く父は未成年なる子の総ての行為に付て之を代表し自己の財産に於ける如くその財産を管理すと。然りと雖どもその管理というはその実処分をも包含するものにして無償にて之を譲与することを得ざるの外父は殆どその財産の所有者たるが如く随意に処分することを得るものなり。故に之れに就き和解することを得るは言うを待たず。人事篇第１５４条に曰く父の管理に於ては第百九十四条に記載したる行為は尚ほ之を管理行為と看做すと。而してその第１９４条には曰く左に掲くる行為に関しては後見人は親族会の許可を得ることを要す」第一　元本を利用し又は借財を為すこと」　第二　不動産及ひ重要なる動産を譲渡し之に物権を設定し又は之を取得すること」　第三　動産不動産に係る訴訟又は和解仲裁に関すること」　第四　相続遺贈贈与を受諾し又は放棄すること」　第五　新築改築増築又は大修繕を為すこと」　第六　財産篇第百十九条に定めたる期間を超ゆる賃貸を為すことと是れ大に本邦従来の慣習を参酌せしものにして或は現時止むをざるの情態あらんと雖ども未成年者を保護するの主意より考察を下だすときは亦た親権広大に過ぐるの感なきに非ざるなり。

　　　　　　　　　　　第２　自治産未成年者

（９４）フランス国民法に於ては第４８４条の明文に由り自治産未成年者は第４６７条の手続を践むに非ざればその不動産に関して和解することを得ず。ただ未自治産未成年者は自ら和解を為さず。その後見人之れを代理するを常とすと雖ども自治産未成年者は自ら之れを為すの差あるのみ。

　自治産未成年者は後見の計算及び動産元本に関しては第４６７条の手続を践まずただ保佐人の立会のみを以て和解することを得るか。或いと答えて曰く然り自治産未成年者は保佐人の立会を以て後見の計算及び動産元本を受取ることを得（第４８０条及び第４８２条）。故に之れに就いては保佐人の立会のみを以て和解すること得べしと。之れ誤謬の尤も甚しき者と謂うべし。それ自治産未成年者が保佐人の立会のみを以て後見の計算及び動産元本を受取ることを得るは詢に論者の言えるが如し。然りと雖ども和解を為すにはただその物件を受取る能力あるも未だ以て足れりと為さず必ず之れを処分するの能力を要す。然るに自治産未成年者は後見の計算及び動産元本を処分することを得るに非ず。法律は特に保佐人に於てその使用を監督すべきことを言えり。故に之れに就いて第４６７条の手続なく和解することを得ず。

（９５）自治産未成年者はその収入に就いては独断に和解することを得るが是れやや疑いなき能わず。何となれば民法第４８１条に拠れば自治産未成年者はその収入を受取り之れを処分することを得。然るに同第２０４５条第１項に拠ればおよそ処分の能力を有するものは又和解の能力を有するを原則とす。故に自治産未成年者はその収入に就き和解をすることを得るものの如し。然れども同第４８４条第１項に拠れば和解を為すには必ず同第４６７条の手続を要する者の如くなればなり。然りと雖ども余は自治産未成年者を以て収入に就いては独断に和解を為すことを得るものとするなり。葢し処分の能力を有するものは又和解の能力を有するは原則なり。之れに特別の手続を要するは例外なり。例外法は法律に明文ある限り之れを適用し極めて狭隘にこれを解釈せざるべからず。今法律の２条若し各汎く之れを適用すれば互いに祖語すべきものなり。此場合に於ては原則汎く適用して例外を狭く解釈すべきは論を俟たざるなり。且つ試みに思え自治産未成年者は随意に収入を消費することを得るものなり。故に之れを遊蕩に浪費し又は無償にて之れを投与することを得べし。然り而して之れに関し和解し有償にて之れを処分すること能わずというが３尺の童子と雖どもその理なきを知るなり。論者曰く然らず後見人はその権限自治産未成年者の能力よりも大なり。然り然して収入に就いても第４６７条の手続を践むに非ざれば一切和解することを得ず。故に自治産未成年者のその収入に就いても和解すること能わざるは論を俟たざるなりと。是れ未だ権限と能力との差を解せざるもののみ。それ後見人にはその権限廣しと雖ども一の管理人に過ぎず他人の財産を管理するものなり。故に収入と雖ども敢て自ら之れを消費すること能わず。必ず之れをその物主に計算せざるべからず。自治産未成年者はその能力小なりと雖ども亦た物主なり。己の財産を管理するものなり。故に収入は随意に之れを消費することを得べし。故に自治産未成年者此消費し得べき収入に就いて和解することを得て後見人その消費し得べからざる収入に就いて和解すること能わざるも敢て怪しむに足らざるなり。

（９６）イタリア国民法に於ても不動産に就いては自治産未成年者必ず未自治産未成年者に関する和解の手続を践むに非ざれば和解することを得ざるは第３１９条の明文に拠りて明らかなり。又第３１６条及び第３１８条に於てフランス国民法第４８０条及び第４８１条の規則を採用せるが故に後見の計算及び動産元本に就いてただ保佐人の立会のみを以て和解すること能わざるは論を俟たずと思うなり。ただ収入に就いては第３１７条に於て自治産の許可は己れ一人にて凡そ単純の管理を超えさる行為を做すの能力を未成年者に付与するものとすといえるを以て或は一切和解を為すこと得ずというものあらんと雖ども余は之れを取らず既に上に述べたる如く未成年者は己れの財産を管理するものなるが故にその収入は随意に之れを処分することを得るは論を俟たず。若し然りとせば之れに就いて和解することを得るは亦た喋々を待たざるなり。

我が民法人事編に於てはその第２１９条を以て第百九十四条に掲けたる行為に付ては自治産の未成年者は保佐人の立会あるに非されは之れを為すことを得すといい而してその第２９４条第３に於て動産不動産に係る訴訟又は和解仲裁に関することを掲げたり。故に本邦に於ては自治産未成年者は保佐人の立会あるに非ざれば収入に就いても和解することを得ずと謂わざるべからず。是れ一の欠点と謂うべし。異日民法を改正するに至りては必ず自治産未成年者随意に収入に就いて和解することを得べしとせんことを望むなり。

　　　　　　　　　　　第３　商工未成年者

（９７）フランス国民法第４８７条及び第１３０８条及び商法第２条に拠れば商工未成年者はその職業に関しては一切成年者と同一視するを原則とせり。故にその職業に関しては独断を以て和解することを得べし。然りと雖もその他の事項に関しては一切他の未成年者と異なることなし。故にその未成年者未だ自ら産を治むること能わざるときは民法第４６７条の手続を践むに非ざれば一切和解することを得ず。若し既に自治産の未成年者なるときは収入に関するを除くの外一切同一の手続を践むに非ざれば和解することを得ず。而して商を営むの未成年者は商法第２条に由り必ず自治産のものたり。

　商業に関しては商を営むの未成年者独断を以て和解することを得るというと雖ども若し此和解一不動産に関するとき又は之れを以て一不動産を譲与せんと欲するときは尋常未成年者と同一の手続を践むに非ざれば之れを為すことを得ず（商法第６条第２項）。之れに反しただ不動産を質入し又は抵当とせんと欲するときはいやしくもその和解その商業に関するときは独断を以て之れを為すことを得（商法第６条第１項）。

（９８）我民法財産編第５５０条に於ては商業又は工業を営むの許可を得たる自治産の未成年者は其営業に関する行為に就ては之を成年者と看做す」然れども其未成年者は普通法に従ふに非されは不動産を譲渡すことを得すといい又商法第１１条に於ては男女を問はす未成年者にして年齢十八歳に満ち且父母又は後見人の承諾を得て独立の生計を立つる者は商を為すことを得」右の未成年者自己の為め商を為さんと欲するときは前項の要件を明記し且自己及ひ父母又は後見人の著名捺印したる陳述書を管轄裁判所に差出し登記を受くる可し然るときは其登記の日より商事に於て総ての権利及ひ義務に関し成年者と全く同一なるものとすといえり。右２条は虚心に之れを読下すれば大に抵触するものあるが如し。聞く所に拠れば民法商法草案を作る人同じからずと云う。是れが為めに此くの如き抵触を生ずるは大に遺憾とする所なり。但し草案を作る人は異なるも之れを議決する人は同じきが故に此くの如き抵触を生ぜしめざることを得たらんに惜むべし。然りと雖ども右２法既に法律の効力を有ぜり。故に仮令その実施期日は異なるも務めて之れを調和し同時に之れを実際に行うことを得せしむるは我々法律家の任なり。故に余は左の如く右の両条を適用せんと欲す。

（９９）第１民法財産編第５５０条に拠れば商業又は工業を営むの許可を得たる自治産の未成年者は其営業に関する行為に付ては之れを成年者と看做すと云えり。然るに商法第１１条には男女を問はす未成年者にして年齢十八歳に満ち且父母又は後見人の承諾を得て独立の生計を立つる者は商を為すことを得といえり。之れを虚心に読下せば民法に拠れば商業を営むの未成年者必ず自治産の未成年者たることを要するものの如くなれども商法に拠れば之れを要せざるが如し。今之れをして相抵触せしめざらんと欲せば商業を営むの許可を得るの未成年者は当然に自治産となることを仮定せざるべからず余は民法を改正するに当りて明かに此点を規定せんことを欲するなり。

（１００）第２民法財産編第５５０条に拠れば商業を営むの未成年者と雖ども普通法に従ふに非されは不動産を譲渡すことを得す。然るに商法第１１条に拠れば右の未成年者は商事に於て総ての権利及び義務に関し成年者と全く同一なるものとせり。之れを虚心に読下せば民法に拠れば商業を営むの未成年者と雖ども不動産の譲渡に就いては仮令その譲渡商事に関するも全く成年者と同一ならざるものの如くなれども商法に拠れば此場合に於ても亦た全く成年者と同一なるが如し。然りと雖ども商法第１１条に於ては民法財産編題５５０条第１項に於ける如くただ普通の原則を掲げたるに過ぎず故に後条第２項に掲ぐる例外は商法に由りて取消ざるることなしと謂うことを得べし。但し商法草案編纂者は明かに商を為すの未成年者は不動産を譲渡すことを得べしといえり。而して余も亦た法制上同草案編纂者の説を賛成するものなり。故に余は切に望む異日民法を改正するに当りては財産編第５５０条第２項を削除せんことを。

（１０１）第３民法財産編第５５０条に於ては商業及ひ工業を営むの未成年者に就いて論ぜり。然るに此工業なる文字はただ商法第４条及び第５条の工業を営むものを謂うが若し然らば別に商業及ひ工業を営むの未成年者といわずしてただ商業を営むの未成年者といいて可なりしが如し。或は然らずして商法第７条の労役を業とするものも亦た工業を営むものなりといわんが是れフランス国民法第１３０８条に「アルチザン」といえるものの意に適えり。今草案編纂者の説明を見るに日く第５５０条（草案第５７２条）に工業を営むものといえるは敢て「アルチザン」又は「アルチスト」（技芸人の意なり）を指すに非ず。「アルチザン」及び「アルチスト」は別に許可を得ずしてその業を営むことを得。而してその業に関しては随意に結約することを得べしと。是れ余が一驚を吃せし所なり。若し第５５０条にして果して商法第４５両条の商工業を営むものに適用すべくして他の職工及び技芸人に適用すべからざるものならんには職工及び技芸人は一切他の未成年者と同じく無能力なりといわざることを得ず。故に余は我邦立法者に望むに民法を改正するに当りて此点を明定し職工及び技芸人は未だ自治産権を得ずと雖ども父母又は後見人に於て之れを許可するときはその職業に関しては独断を以て結約することを得るとせんことを以てするなり。

　右の如くするときは和解に関する商工未成年者の能力は略フランス国に於けると同じくなるべし。

　　　　　　　　　　　第４　民事上禁治産者

（１０２）フランス国民法に於ては民事上禁治産者は全く後見ある未成年者と同一視するを原則とせり（第５０９条）故に前に後見ある未成年者に就いて言える所は大低皆な之れをここに適用することを得べし。但し未成年者又は後見人が為したる和解の有効無効に関する議論は（（８８））禁治産者に就いては生ぜざるなり。何となれば民法第５０２条に明かに禁治産者の做したる行為は総て当然に無効なることを言えるか。故におよそ禁治産者の為したる和解は禁治産者為めに欠損を蒙むると否とに拘らず総てその銷除を請うことを得。又後見人が適法に做したる行為は仮令禁治産者是れに由りて欠損を蒙ることあるも為めにその銷除を請うこと能わざるは人の争わざる所なればなり。

甞て禁治産の申渡を受けず又は未だその申渡を受けざる喪心者の為したる和解に関する規則は左の如し。

第１　およそ後に禁治産の申渡を受け又はその訴中に死亡したるものの為したる和解は若し結約の当時その喪心せること知れ渡り居りしときは是れを銷除することを得べし（民法第５０３条及び第５０４条）。

第２　未だ禁治産の訴を受けざる内死亡せしものの為したる和解と雖も若しその喪心せるの明証契約より表出せるときはその相続人に於て之れが銷除を請うことを得（民法第５０４条）。

第３　瘋癲病院に入院せるものの為したる和解も亦た之れを銷除することを得べし（１８３８年６月３０日法律第３９条）。

　禁治産申渡前に裁判所に於て任命することあるべき仮管理人は（民法第４９７条）和解の権限なし。瘋癲病院に入院せる未禁治産者の財産の仮管理人及び特に法廷に於て瘋癲者を代表すべき代理人も亦た同じ（１８３８年６月３０日法律第３２条を見よ）。

　右に掲ぐる３つの場合に於ては和解を銷除することを得るというと雖も亦た禁治産者の為したる和解とは同じからざるものあり。是れ他なし。禁治産者の為したる和解は若し禁治産者又は之れを代表するものよりその銷除を請うときは裁判所は必ず之れを許さざるべからず。禁治産をうけたるものの為したる和解は之れに異なり裁判所に於て或は之れを銷除し或は之れを銷除せざることを得。

（１０３）イタリア国民法に於ては大率フランス国民法を模写し禁治産者は後見ある未成年者と同一視するを原則とし（第３２９条）ただ禁治産者の做したる行為は総て当然に無効なりとし（第３３５条）又後見人が適法に做したる行為は仮令禁治産者是れに由りて欠損を蒙むることあるも為めにその銷除を請うこと能わずとし（第１３０４条）又未だ禁治産の訴を受けざる内死亡せしものの做したる行為と雖ども若しその喪心せるの明証その行為より表出せるときはその相続人に於て之れが銷除を請うことを得るとせり（第３３７条）ただ後ちに禁治産の申渡を受け又はその訴中に死亡したるものの做したる行為に付ては禁治産の原因その行為の当時に現在し且つその対手人の悪意なりし時に非ざれば之れを銷除すること能わずとせり（第３３６条及び第３３７条）。

（１０４）我民法に於ては瘋癲者を３種に分ち１禁治産者２瘋癲病院又は自宅に監置するもの３未だ以上孰れの処分をも受けざるものと為す。

１　禁治産者が為したる和解は総てその銷除を請うことを得。但し禁治産者全く喪心中に為したる和解と雖も全く之れを不成立と看做すこと能わず。ただ禁治産者又はその代人に於て之れが銷除を請うことを得るのみ。民法人事編第２３０条第1項及び第２項に曰く禁治産者は禁治産の裁判言渡の日より無能力者とす」。裁判言渡後に為したる禁治産者の行為は之を銷除することを得」。財産編第５４７条第２項に曰く未成年者自治産の未成年者及ひ準禁治産者の行為に付ては特別なる方式及ひ条件に依らさりしとき又禁治産者の行為に付ては何らの場合を問はす亦その行為を銷除することを得。同第３１９条第１項に曰く前数条の場合に於ける銷除訴権は（錯誤強暴詐欺及び無能力に基ける銷除訴権）無能力者又は瑕疵ある承諾を与えたる者のみに属すと。

　　又後見人は親族会の許可を得れば禁治産者に代わりて和解を為すことを得。而してその和解は禁治産者に利あるとを問わず全く有効なり。これに反し後見人が親族会の許可なくして為したる和解は禁治産者その銷除を請うことを得。民法人事編第１９４条に曰く左に掲くる行為に関しては後見人は親族会の許可を得ることを要す（中略）」。第三　動産不動産に係る訴訟又は和解，仲裁に関すること（下略）。同第１９７条に曰く後見人の其の権内に於て為したる行為は未成年者を覊束す。同第２２６条に曰く未成年者の後見に係る規定は禁治産者の後見に之を適用す。財産編第５４７条第１項に曰く未成年者又は禁治産者の財産に関し後見人の為したる合意及ひ行為は無能力者の利益の為め法律の定めたる方式及び条件を遵守せさりしときは之を銷除することを得と。

（１０４補１）２　瘋癲病院又は自宅に監置するもの未だ禁治産を受けざる内為したる和解はその銷除を請うことを得るを原則とす。但し相手方に於てその瘋癲者が偶々本心にて取引を為したることを証明するときは其の取引を銷除すること能わず。民法人事編第２３９条に曰く瘋癲病院に入り又は自宅に監置せられたる者は入院中又は監置中其財産を管理し及ひ処分することを得す。同第２４１条に曰く瘋癲者の入院中又は監置中に行為を為したる証拠あるときは其行為を銷除することを得但相手方が瘋癲者の本心にて行為を為したることを証するときは此限に在らすと。

　　又同第２４０条に曰く仮管理人は瘋癲者の総ての行為に付て之を代表し禁治産者の後見人と同視せらる但必要なる行為に非されは之を為すことを得すと。右の本文に拠れば仮管理人は親族会の許可を得て和解を為すことを得るが如しと雖も但書に拠れば仮管理人は必要なる行為に非されは之れを為すことを得すとせり。然るに和解は有益なることはあるも決して必要なることなし。何となればその争を裁判所に訴出つることを得ればなり。故に仮管理人は一切和解を為すことを得ず。

（１０４補２）３　禁治産を受けす又監置に在らさる瘋癲者が為したる和解は特に取引の当時正に喪心中なりしことを証するに非ざれば之れを取消すことを得ず。民法人事編第２３０条第３項に曰く禁治産の裁判言渡前に為したる禁治産者の行為に対しても其行為の当時に於いて喪心の明確なるときは銷除訴権を行うことを得と。故に本条の場合に於ては行為の当時喪心中なりし明証を挙ぐるもなお瘋癲者に於てその銷除を請うことを得るのみ。是れ葢し法理に適合せざるものなり。それ合意には結約者双方の承諾を要す。今喪心中の瘋癲者が為したる合意はその承諾を欠けり。故にその合意全く成立せざるものの如し。然り而してただ瘋癲者に於て銷除訴権を有するのみとせり。是れ余が了解せざる所なり。葢し禁治産者の行為と雖も若し喪心の明証挙がるときは之れを不成立とするこそ能く法理に適合するものなれ。然れども喪心の証跡を挙ぐること常に難し為めに極りなきの訴訟を惹起するの恐れあり。是を以て立法者は敢て法理に拘泥せず特に銷除訴権のみを生ずるものとせり。今既に瘋癲者の喪心の明証を挙げたり然り而してなお銷除訴権のみを生ずるものとせるは余が了解せざる所なり。

　　然りと雖も既に第２３０条の明文あり。我儕法律を解釈するものは必ず本条の意義を明瞭ならしめざるべからず。然るに本条には禁治産の裁判言渡前に為したる禁治産者の行為云云といえり。故に是れ後に禁治産の言渡ありたるときに於てのみ適用すべきものなり。終始禁治産の言渡あらざりし場合に於てはただ原則に依り喪心中為したる和解なりと云う。明証出つるときはその和解全く不成立なり。是実にその理由を発見し難き所なり。或はいわん後に禁治産ありたる場合に於ては禁治産後の行為はただ銷除し得べきものにして禁治産前の行為は却て全く不成立なりとするは前後の権衡を失するものと謂うべしと。余は則ち之れに答えていわん終始禁治産を受けざるものが喪心中に為したる行為は不成立にして後に禁治産を受くるものが為したる行為は却てただ銷除し得べきものなりというは豈に前後権衡を失うものに非ずして何ぞやと。

　　　　　　　　　　　第５　刑事上禁治産者

（１０５）フランス国に於ては刑事上禁治産者の能力に付ては諸説紛々たり。請う左に之れを略叙せん。

　第１説に曰く刑事上禁治産者は有能力なり。ただ管理の行為に就いては若し禁治産者及び後見人同時に抵触する行為を做したるとき例えば禁治産者その不動産を甲に賃貸したるに後見人同一不動産を乙に賃貸したるときは後見人の行為を取りて禁治産者の行為を却くべきのみと。此説は到底取るにたらず。何となれば刑法第２９条に施体刑に処せられたる者に法律上禁治産の刑を附加し之れに裁判上禁治産者の規則に循い後見人及び後見監督人を選定せしむるを見れば立法者は必ず裁判上禁治産者の無能力に類する無能力を以て右の罪人を罰するの意なりしこと知るべければなり。

（１０６）第２説に曰く刑法第２９条に右罪人の財産を管理するため後見人及ひ後見監督人を選定すべきことを言えり。故に右罪人はただ管理の能力なきのみなりと。此説に拠れば右罪人は和解の能力を有すること言うを待たず。然りと雖も此説の取るに足らざることも亦た疑いを容れず。それ立法者は禁治産の文字を用い又裁判上禁治産者の規則に循い後見人及び後見監督人を選定すべきことを言い以て暗に裁判上禁治産の規則をここに適用したるものなり。且つ立法者が特に右の罪人に治産を禁ずる所以のものは何ぞや。葢し以て己の快楽を買い又は獄吏に賄賂するの路を絶たんことを欲したるなり。然るに今之れに随意に結約し譲与することを許さば全く立法者の主意にもとらんのみ。若しそれ刑法第２９条に罪人の財産を管理するため後見人及ひ後見監督人を選定すべきことを言える所以のものはおよそ後見人の職務はその未成年者の後見人たると裁判上禁治産者の後見人たるとを問わず皆な財産を管理するに在り。しかも必要又は有益の場合に於ては相当の手続きを践みて和解をも為すことを得。故に法律上禁治産者の後見人がその職務財産を管理するに在りて而も亦た他の後見人と同一の手続を践みて和解と為すことを得るは敢て怪しむに足らざるなり。

（１０７）第３説に曰く刑事上禁治産者の能力全く民事上禁治産者に等し。故に禁治産者の所為は禁治産者独り之れが銷除を請うことを得と。是れ法律の文字に拘泥して却てその精神に背馳するものと謂うべし。それ民法第１１２５条第２項に於て無能力者と結約せしものに無能力に基いてその契約の銷除を請うことを許さざる所以のものは同条にいわゆる無能力者は未成年者婦及び民事上禁治産者を保護せんが為めに設けたるものなればなり。今刑事上禁治産は決して禁治産者を保護せんが為めに設けたるものに非ず。之れを罰せんが為めに設けたるものなり。故にその無能力たるや公安に関するものあり。故に此無能力に基いて禁治産者の行為を無効とするも亦た公安に関す。故に何人たりともおよそ之れを無効とするに利益を有するものは皆な之れが無効を訴うることを得ざる可らず。且つや罪人を罰せんが為めに設けたる禁治産却てその特権となり。その行為己れに利あらば之れを保持し己れに利あらざれば之れが無効を訴え而してその対手人は一切之れが無効を訴うること能わず。常に禁治産者の左右する所となることあらば是れ実に咄々怪事ならずや。以て論者の説のあやまれるを知るべし。

（１０８）第４説に曰く刑事上禁治産に民事上禁治産の規則を適用すべきことまことに前説の如しただ禁治産者の対手人善意にして禁治産を知らざりしときは身上の錯誤あり。故にその錯誤理あるときはその和解を銷除することを得と。是れ全く拠なきの説なり。若し和解にして結約者の１人対手人の地位品態等を誤りて取結びたるものは之れを銷除することを得ば論者の説まことに理あるべしと雖ども是れ論者と雖ども敢て主張せざる所なり。故にその説あやまれり。

（１０９）第５説に曰く刑事上禁治産は素と禁治産者を罰せんが為めに設けたるものなり。故に禁治産者は自らその行為の無効を訴うること能わずと。是れ亦た余が取らざる所なり。若し禁治産者自らその行為の無効を訴うること能わずば之れと取引を為すものは必ずいわん。吾れ彼れと取引を為し吾れに利あらんが吾れ決してその無効を訴えざるべし。而して彼れは一切その無効を訴うること能わざるが故にその取引決して無効となるの恐れ為し。取引吾れに利あらざらんか吾れその無効を訴うべし。故に常に益することありて決して損することなしと。故に人必ず喜んで禁治産者と取引を為さんのみ。若し然らは法律は禁治産者にその治産を禁じて以て之れが取引の自由を奪わんと欲したるに却てその取引を奨励するの結果を生ずべし。之れ豈に立法者の意ならんや。

（１１０）第６説に曰く刑事上禁治産者は自ら和解すること能わず。若し犯せばその和解全く無効にしておよそこの無効を訴うるに利益を有するものは皆な之れを訴うることを得。但し後見人は民法第４６７条の手続を践み禁治産者に代わりて和解をすることを得べしと。是れフランス国の多数説にして余も亦た賛成する所なり。既に前５説の皆なあやまれることを論じては本説を取るの他あらざるなり。

　然りと雖ども若し禁治産者にしてその対手人を詒き之れを和解したるときは必ずその損害を賠償せざるべからず。而してその損害は即ち和解を無効とするより生ずるか。故に禁治産者敢てその無効を訴うること能わずとせば一たびその無効を申渡して更にその尊大を賠償せしむるにまさる萬々なり。故に禁治産者は此場合に於ては和解の無効を請うことを得ず。

（１１１）イタリア国民法第１１０７条第２項に於ては明かに右の第６説を採用し処刑に基ける禁治産者より生する無能力は凡そ之れに利益を有するもの皆な之れを対抗することを得といえり。

　我邦民法財産編第３１９条第２項に拠れば処刑の言渡より生する無能力は其言渡を受けたる者と合意を為したる者より之を申立つることを得るとせり。是れに由りて之れを観れば右の無能力を申立つることを得るものはただ処刑人と同意を為したる者のみが如しと雖ども之れ葢し立法者の意には非ざるなり。今草案の説明を見るに曰くおよそ之れに利益を有するものは皆な此無能力を対抗することを得と。然り而して草案編纂者の草案本文（第３４０条）に右の文字を用いたるは余が大に惜しむ所なり（草案の文字全く第３１９条第２項の文字に等しからずと雖どもその大意に至りては則ち一なり）。葢し処刑人自らその無能力を申立つることを得るは或は同条第１項より生ずると曰うことを得べし。同項に曰く前数条の場合に於ける銷除訴権は無能力者又は瑕疵ある承諾を与へたる者のみに属すと。然りと雖どもその他例えば保証人等がその無能力を申立つることを得るや否やに至りては一切法文規定の外に在り。故に若し杓子定規に法文を適用すれば此等の者は一切その無能力を申立つることを得ずといわざることを得ず。然れども既に無能力の訴権を結約者双方に与えたる上は是れ即ちその契約を以て全く無効とせるものなり。然らばおよそ之れに利益を有するものは皆なその無能力を申立つることを得ずんばあらざるなり。

（１１２）フランス国に於ては１８５４年５月３０日法律第１２条１８５４年５月３１日法律第４条１８７３年３月２５日法律第１６条及び１８８５年５月２７日法律第１７条に於て政府に許すに処刑人が植民地に於て取得せし財産又はその処刑前に所有せし財産に付能力の全体又は一部を処刑人に復することを以てしたり。故に政府は此処刑人に和解の能力の全体又は一部を復することを得べし。

　これに加えて１８７３年３月２５日法律第１６条に拠れば単純の流刑に処せられたるものは当然に処刑後有償にて得たる財産及び政府より特に之れに返付したる財産に付て流刑地に於てその能力を復するものとす。故に右の財産に就いては自由に和解することを得べし。

欠席裁判に於て重罪の刑に処せられたるものに就いては聊か議論なきに非ざれども一般に行わるる説に従えば此処刑人は禁治産の刑を受くることなし。故に自由に和解することを得。但しその財産は治罪法第４６５条第３項及び第４７１条に因り保管に付するが故にその契約は有効なりと雖ども之れをその保管に在る財産の上に施行すること能わず。

（１１３）我邦刑法第３６条に拠れば流刑の囚幽閉を免せられたるときは行政の処分を以て治産の禁の幾分を免することを得同第五十五条に拠れは仮出獄を許されたる者は行政の処分を以て治産の禁の幾分を免することを得とせり。故に流刑の囚幽閉を免せられたる時及びその他の重罪の刑に処せられたるもの仮出獄を許されたるときは行政処分を以て和解の能力の全体又は一部を之れに復することを得。而して財産の一部に付全く治産の禁を免する旨を申渡したるときはその部分に付て自由に和解することを得るは論を俟たざるなり。

　欠席裁判に於て重罪の刑に処せられたるものに就いては我邦未だ特別に之れを規定せるの法文あらずと雖も刑法第５０条及び刑事訴訟法第２２９条第２３６条第２５２条第３１９条に因り裁判確定の後直ちに刑を執行すべし。而して判決言渡より５日の後裁判確定するが故にその日より禁治産ある者とす。是れ法文明瞭を欠くが故に聊か疑いなきに非ざれども余はその能く法律の精神に適合することを信ずるなり。

　　　　　　　　　　　第６　準禁治産者

（１１４）フランス国民法第４９９条及び第５１３条に拠れば準禁治産者は保佐人の立会なくして和解することを得ず。右両条は準禁治産者が独断を持って処分すること能わざる者に適要すべきことは論を俟たざれども準禁治産者が独断を持って処分することを得るものに付ては別に保佐人の立会を要せず和解することを得るか。多数説は之に答えて曰く否な。準禁治産者は一切保佐人の立会なくして和解すること能わず。何となれば第４９９条及び第５１３条に明文あればなりと。是れ余が感服せざる所なり。それ民法第２０４５条第１項には明かに原則を掲げて和解するには処分の能力を要すといえり。若し此条にしておよそ処分の能力を有するものは和解することを得るを原則とすと云える主意ならざらしめんか此条は全く意味なきものなり。且つ民法編纂者も此意を明言し治産者未成年者はその処分し得るものに付て和解することを得べしといえり。故に多数説は自治産未成年者が此等の物に付て和解することを得ると言えり（（９５）を見よ）。若し然らば準禁治産者も亦たその処分しえる者に付ては和解することを得べしといわざることを得ず。且つ第２０４５条の規定は原則なり。第４９９条及び第５１３条の規定は例外なり。故にその抵触する場合に於ては寧ろ第２０４５条を適用すべきなり。況んや能力あるは原則にして能力なきは例外なるに於てをや。論者且つ試みに思え準禁治産者がその収入を受取りて随意に之れを費消することを得ることは論者と雖ども敢て争わざる所なり。然り而して此準禁治産者は無償にして投与することを得べき収入に関しその主張する所の一部を棄てて以て和解することを得ずというがその取るに足らざること知者を待たずして知る所なり。

（１１５）イタリア国民法第３３９条に於ては殆どフランス国民法を模写せり。故に和解に就いては準禁治産者の能力フランス国民法に同じ。

我邦民法人事編に於てはその第２３３条及び第３３４条を以て自治産未成年者に関する規定を準禁治産者に適用するか。故に準禁治産者は一切保佐人の立会あるに非ざれば和解することを得ざるが如し。是れ大に当らざるものあり。異日民法を改正することあらば準禁治産者はその処分し得るものに就いては独断を以て和解することを得べしとせんことを望むなり（９６を見よ）。

　　　　　　　　　　　第７　婦

（１１６）フランス国に於ては婦は一切夫又は裁判所の許可なくして法律上の行為を做すこと能わざるを原則とせり。故に和解を為すにも右の許可を要す（民法第２１７条）。

此原則に左の例外あり

第１　商業を営むの婦はその商業に関しては自由に和解することを得（民法第２２０条及び商法第５条）。加之此和解に由りてその嫁資制外の不動産を抵当とし又は譲与することを得（商法第７条に拠る）。

第２　無共通にして嫁したる婦年々その一己の受取証を以てその収入の幾分を受取ることの許可を得し場合に於ては此収入の部分に付ては自由に和解することを得（民法第１５３４条に拠る）。

第３　嫁資制を以て嫁したる婦民法第１５４９条第３項に循い年々その一己の受取証を以てその嫁資より生ずる収入の一部を受取ることの許可を得し場合に於ては同じく此収入については自由に和解することを得。

第４　同じく嫁資制を以て嫁したる婦はその嫁資外の財産の管理及び収益に関し自由に和解することを得（民法第１５７６条に拠る）。

第５　別産の婦は啻にその収入に関し自由に和解をすることを得るのみならずその動産元本に関しても亦た同じ（民法第１４４９条及び第１５３６条に拠る）。

（１１７）右の例外の内第１を除くの外は皆な反対説なきに非ず。殊に最後の別産婦に就いてはその動産に就いても和解することを能わざることを主張する物尠しとせず。今そのいう所を聞くに曰く民法第１４４９条は別産婦に許すに動産を処分することを以てすと雖ども之れただ充分の管理権を之れに与えんことを欲したるものなり。然るに和解は常に処分の行為なり。故に別産婦は一切和解を為すこと能わずと。是れ余が解すること能わざる所なり。それ民法第２０４５条にしておよそ処分の能力あるものは又和解の能力あるを原則とせるものに非ざらしめば同条は全く意味なきものになることは前に之れを述べたり（（１１４））。今別産婦は動産を処分することを得。故に又之れに就いて和解することを得べし。且つ論者の立論は極めて奇怪なりと謂うべし。論者曰く別産婦は動産を処分するの権を有すと雖ども元来管理権を有するに過ぎず。然るに和解は処分の行為なり。故に別産婦は動産に就いても和解することを得ずと。論者請う試みに考一考せよ。別産婦の通常管理権を有するに過ぎざることは余命を聴くことを得たり。和解の処分の行為なることも亦た余之れを知れり。然りと雖ども法律は明かに別産婦が動産を処分することを得ることを言えり。故に和解は処分の行為なりと云うを以て別産婦動産に就いても和解することを得ずということ能わず。以て論者の説の到底取るに足らざるを知るべし。

（１１８）婦和解を為すこと能わざる場合に於ても一切之れを為すの方なきに非ず。ただその夫又は裁判所の許可を得べきのみ。又夫に委任して和解せしむることを得べし。ただ夫の一存にてその婦の財産に付て和解すること能わず。何となれば仮令共通制に於ても夫はその婦の特有財産に就いてはその管理人に過ぎざればなり。但し共通財産に就いては夫自由に和解することを得べし（民法第１４２１条及び第１４２２条に拠る）。

（１１９）イタリア国民法に於てはその第１３４条を以て明かに贈与不動産の譲与及び抵当借財元本の譲渡及び徴収保証に関し和解するには夫の許可を要することを言えり。故にその他の行為殊に管理の行為に就いて和解するには別に夫の許可を要せず。又同民法第１３５条に拠れば左の３つの場合に於ては夫の許可を要せず。第１夫が未成年者禁治産者失踪者なるか又は一年以上の禁錮に処せられたるとき第２夫の過に因りて法律上別居せるとき第３婦商業営むとき是れなり。

我邦民法人事編第６８条に拠れば婦和解を為すには必ず夫の許可を得ざるべからず。而して財産制に由りて区別あるべきことを言わざるを以て夫婦如何なる財産制を取るも婦は夫の許可を得るに非ざれば和解をなすことを得ざるが如し。ただ商法第１３条第１項に拠れば商を為すことを得る婦は商事に於ては独立人の総ての権利を得義務を負ふと云えるが故にその商事に就て自由に和解することを得るは言うを待たざるが如し。

　　　　　　　　　第２款　特別無能力

（１２０）特別無能力に２類あり。１は特定の人の間に存するもの後見人と前の未成年者との間夫婦の間に存するものの如きすなわちこれなり。１は特定の人より視て存するもの債権者より視て破産者または身代清算債務者[ﾃﾞﾋﾞﾄｴｰﾙ,ｱﾝ,ﾃﾀｰ,ﾄﾞ,ﾘｷﾀﾞｼﾖﾝ,ｼﾞｭﾁﾞｼｴｰﾙ]の無能力の如きすなわちこれなり。請う本款を左の４段に分ちてこれを説かん。

　第１　後見人と前の未成年者との間の和解

　第２　夫婦間の和解

　第３　破産者の和解

　第４　身代清算債務者の和解

　　　　　　　　　　　第１　後見人と前の未成年者との間の和解

（１２１）凡そ未成年者甫めて成年に達し後見人将にその職を解かんとするに当りては後見人にして聊か忠実に欠くる所あれば己れに利ありて未成年者に利あらざる契約を結ばんこと洵に易々たるのみ。それ後見人は久しく未成年者の財産を管理しその詳細を知悉せり。これに反して未成年者は従来一切己れの財産の管理に干与せざりしが故にその実際の景況をしること難し。しかるに後見人は常に未成年者に対し威厳を存するが故にその言う所は未成年者敢てこれに抗することを艱む。かつ未成年者甫めて成年に達するや血気方に剛速かに己れの財産を掌握して或は一事業を起さんと欲し或はこれを浪費して愉快を尽さんと欲す。これ時に方りてや後見人もし己れに利ある契約を結びてもって速かに後見の清算を終え直ちに財産を未成年者に返還せんことを言わば未成年者は必ず容易にこれを承諾して後日大に悔ゆることあるべし。これ古来各国の立法者が皆な特に後見人と前の未成年者との間の契約につき多少の制限を設くる所以なり。

（１２２）けだしローマにおいては右の弊害殊に多かりしならん。何となれば生殖力を有するの男女は皆な後見を免がるるの成規にしてその末世に至りては女は１２歳男は１４歳を限れるが故にイタリア国の如く気候温暖にして身体の発育速かなる処に在りても後見を免がるるの男女は未だ１の幼童に過ぎざりしをもってなり。これ故に後見人はもし有効にその義務を免れんと欲せば必ず保佐人の面前において後見の清算を為さざるべからず。しかして未成年者別に保佐人を有せざるときは後見人において特にその選任を請わざるべかざりき。故に後見人もし後見の清算につき未成年者と和解せんと欲せば必ず保佐人の立会を請わざるべからざりしなり。

　フランス国の旧法においては何処の習慣法においても大抵皆後見人前の未成年者と後見の清算につき結約せんと欲するときは予じめまずこの清算を為しこれに加うるに証明書類をもってししかる後結約するに非ざればその結約は前の未成年者においてこれが銷除を請うことを得るとせしがブルターニュ州習慣法においては更に一歩を進み如何なる契約をも右の手続を踏みたる後に非ざれば後見人前の未成年者とこれを取結ぶことを得ずとせり。」

（１２３）フランス国民法を制定するに当りては旧法の通則を採用しただ聊かこれを改良するに過ぎざりき。前に訳載せる第２０４５条第２項の末文に曰く後見人は未成年後見及自治産許可巻第４７２条に循うに非ざれば後見の計算に付成年となりたる未成年者と和解することを得ずと（（７５））。しかして第４７２条に曰く凡そ後見人と成年となりたる未成年者との間に行わるることあるべき約定 [ﾄﾚｰﾃｰ] は若し予じめ詳細の計算を為し又証明書類を渡し総て之れを少なくも約定の十日前に計算請取人の請取証を以て証明するに非ざれば無効なりとすと。故に後見人後見の計算について前の未成年者と和解せんと欲するときは必ずまず左の三つの要件を具えざるべからず。第１詳細の計算を為すこと　第２証明書類を渡すこと　第３少なくも約定十日前に未成年者より出たしたる請取証をもって右の２要件を践行せしことを証明することこれなり。

（１２４）右第３の要件につき或は説を為して曰くもしその約定書中約定の１０日前に２要件を践行せしことを明言せば足れりと。これ余が取ること能わざる所なり。それ立法者は未成年者において後見の計算を点検するには少なくも１０日の時日を要するものとし特に未成年者より証明書類を添えて右の計算を請取りたる旨を証明する請取証を出たしてより１０日を経るに非ざれば後見の計算につき一切約定を為すことを許さず。これけだし請取証をもってこれを証するものあらざるときは右の要件を践行するの即時に約定するも偽りて約定書中に既に１０日前にこれをなししことを掲くるの恐れあればなり。故に右の請取証を出たしてより１０日を経るの後に非ざれば一切右の約定を為すこと能わざるなり。

　或はまたいわく「右の請取証は必ず正確の日付あることを要す」と。これまた余が取らざる所なり。それフランス国民法において正確の日付を要するはただ第３者に対してのみ（第１３２８条）。故に当事者なる後見人と前の未成年者との間においてこれを要することなし。もしそれ法制上如何と問わば余は必ず答えて曰わん。「当に正確の日付を要すべし」と。「けだし証書の日付を前後するは最も容易なる所にして後見人もし未成年者に謂いて約定の日付を繰下げまたは請取証の日付を繰上げん」と。曰わんに未成年者にして一たび約定を承諾する上は必ず直ちに日付の繰上繰下を承諾すべし。この如きは法律の保護いまだもって至れりとなさず。故に余は請取証約定証共に正確日付を要すとすべしと思うなり（我邦民法には正確日付に関する規定を設けず。これ余が大に遺憾とする所なり）。

（１２５）民法第４７２条には凡そ‥‥約定は云々と曰えり。故に一切後見の計算に関係なき約定にても皆な同条の要件を具うるに非ざれば無効なりと主張する者なきに非ずといえどもこれ謬れり。けだし同条には別に後見の計算に関係ある約定に限るべきことを言わずといえども第２０４５条第２項には明かに後見の計算につき云々と曰えり。かつ第４７２条の要件はもし全く後見の計算に関係なき約定にこれを適用せば余その何の用を為すを知らざるなり。

　しかりといえどもただ第２０４５条第２項を墨守し和解に非ざる約定は一切右の要件を具えざるも可なりと曰わばまた謬れり。けだし後見人と前の未成年者との間に最も行わるるの恐れあるは和解なり。故に第２０４５条第２項に特にこの事を言い余もまた和解を論ずるに当りてこれを詳説すといえどもその他の約定にても凡そ後見の計算に関係あるものは皆な右の要件を具うべきことを未だかつて人の争わざる所なり。

　しかりといえども世の多数の学者は皆な直接に後見の計算に関する約定に非ざれば右の要件を具うるに及ばずとせり。これ余が取らざる所なり。けだし右の要件を具うべしとする理由は敢てその関係の直接なると間接なるとに論なくいやしくも後見の計算に関係ある以上は皆これあるなり。今第４７２条には凡そ‥‥約定は云々と曰い敢て後見の計算に関すべきことさえも言わず。これは前に述べたる理由に基きこれを補わざることを得ずといえども更にこれを限りて後見の計算に直接の関係を有すべしと曰うに至りては敢てその当を得たるものと為すことを得ざるなり。

（１２６）第４７２条及び第２０４５条第２項に皆な後見人と成年となりたる未成年者との間の約定について言えり。故に左の場合にはこれを適用すること能わず。

第１　法律上管理人たる父と成年となりたるその子との間に約定を結べるとき○この場合においては父母なお共に存するが故に法律は父がその子に不利なる約定を結ばんと欲するも母必ずこれを監視して敢てかくの如き約定を結ばしめざるべしと信ずればなり。

第２　後見人と自治産未成年者と約定を結べるとき○この場合においては未成年者は和解を為すには必ず第４６７条の手続を践まざるべからず（第４８４条）。またその約定和解ならざるときといえどもその約定無償ならんが未成年者は一切これを結ぶこと能わず。その約定有償ならんが後見の計算を受取るには必ず保佐人の立会を要す（第４８０条）。かつその約定の種類によりてはその他なお手続を要することあり（第４８３条及び第４８４条）。故に第４７２条の保護なきも未成年者大抵損害を受くる恐れなし。

第３　後見人免除罷黜または死亡によりて新たに後見人を選びたる場合において旧後見人またはその相続人と新後見人と約定を結べるとき○この場合においては第４６７条その他の規定によりて未成年者充分の保護を受くるのみならずすこしも第４７２条の理由なし。

第４　後見人と未成年者の相続人と約定を結べるとき○この場合においても第４７２条の理由なし。

第５　後見人の相続人と未成年者と約定を結べるとき○この場合においても第４７２条の理由中その１を欠けり。けだし同条の理由は第１後見人未成年者に対し幾分の威厳を存すること　第２未成年者速かにその財産を受取らんと欲することこれなり。（（１２１））今第２の理由はありといえども第１の理由はなし。故に法律は特にこの場合において第４７２条を適用せざるがはたまた全くこの場合に思い及ばざりしがこれを知るによしなしといえども第４７２条及び第２０４５条第２項の明文皆なこれに適用すること能わず。しかるに右両条の規則は全く例外法に属するが故に敢てこれを法文外に拡充すること能わず。ただし法制上より論ずるときはこの場合にも右の規則を適用するを可とするなり。

（１２７）右の規則を犯して取結びたる約定は無効なり。しかりといえども右の規則は原来未成年者のために設けたるものなるが故に未成年者またはその承継人に非ざれば無効を訴うることを得ず。

　この無効の訴は他の無効の訴と同じく１０年にして時効あるものとす（民法第１３０４条）。ただし３０年にして時効ありと論ずるもなんきに非ざれどもこれ明かに民法第１３０４条に悖れるが故に別にこれを論駁せず。

　右の時効は何れの日より進行するか甲は曰く未成年者成年に達するの日よりなり。乙は曰く約定の日よりなり。丙は曰く請取証の日付よりなりと。これ皆非なり。それ民法第１３０４条の時効は黙示の認諾ありたるものとするによれることは大抵人の争わざる所なり。故にその起算日は無効の原因消滅せし日なることもまた略ほ疑いを容れず。しかるに第４７２条の場合においては何れの日に無効の原因消滅するか未成年者成年に達する日に非ざることは言うを待たず。何となれば未成年者成年に達するの後始めて約定を結びしものなればなり。約定の日に非ざることもまた言うを待たず。何となれば瑕瑾始めて約定の日に生じたればなり。請取証の日付に非ざることもまた言うを待たず。何となればその日付後１０日を経ざれば有効に約定することを得ざればなり。しからばすなわち何れの日か曰く請取証の日付より１０日後なり。故に１０年の時効はこの日よりその進行を始むべし。右の時効未だ成就せざる間に未成年者無効を請うの権利を失うことあり。これ他なし民法第４７５条によれば後見計算の訴権は未成年者成年に達するの日より１０年を経れば時効あり。故に約定を無効とするの結果更に計算を為さしむるに在るときはこれを無効とすること能わず。ただしその約定直接に後見の計算に関せざるときまたはその約定によりて未成年者後見人に対し義務を負うの結果を生ずべきときは右無効の訴を起してもって約定を銷除するに利あり。

　もし後見人右の約定によりて一切計算を為さざりしときは１０年の時効敢て進行を始むること能わず。ただ３０年の後は第２２６２条によりて時効あるものとす。

１０年の時効の黙示の認諾に過ぎざることは上に述ぶるが如し。故に尋常の明示または黙示の認諾によりて無効の訴権消滅すること言うを待たず。ただしこれ等の認諾もまた請取証日付１０日を経てよりこれを為すに非ざればその効なし。

（１２８）イタリア国民法においてはローマ法の規則を採用しその第３０７条に規定して曰く後見被後見人の成年に因りて終りを告ぐるときは計算は被後見人にこれを為すべし。但し後見人は被後見人が計算の点検に於て代後見人又は代後見人なき場合に於ては区裁判所判事の指定せる人の立会あるに非ざれば有効に責を免がるること能わず」。凡そ後見人と成年となりたる未成年者との間の合意は後見の計算の結了承認の前に一切之れを行うことを得ずと。この規則によれば第１代後見人の立会なくして前の未成年者に為したる後見の計算は無効なり　第２右立会をもって計算を受取りこれを承認するの前に後見人と前の未成年者と取結びたる合意は無効なり。この法はフランス国法より簡にして却て未成年者の利益を保護することフランス国法に愈れりと謂うべし。

　イタリア国民法においてはその第１３００条をもって銷除訴権の時効を５年とせり。しかして第３０７条の銷除訴権に関し別に定むる所あらざるが故に余は計算の承認なき前に取結びたる合意の銷除は計算承認後５年をもって時効を生ずるものとするなり。また代後見人の立会なくして為したる後見の計算は未成年者において無効と見做すことを得るが故に未成年者成年に達してより１０年間は更に適法の計算を求むることを得（第３０９条）。

（１２８補）我邦民法人事編第２０８条によれば後見人と未成年者の成年に達したる者との合意にして後見の決算前に為したるものは総て無効とすと云えり。しかして同第２０６条第１項に曰く後見の決算は後見監督人の立会にて未成年者の成年に達したる者又はその自治産に至りたる者に対して之を為すと。故にイタリア国民法と粗その規定を同じくするが如し。ただ後見監督人の立会なくして為したる後見の決算は無効なりと曰わず。しかるに１行為を無効とするは罰則に属するものにして律に明文あらざれば能わず。故に後見監督人の立会なくして為したる後見の決算もまた有効なりと曰わざることを得ず。もししからば未成年者の成年に達したる者は後見監督人の立会なく後見の決算を受取り不正不実の廉あるも敢てこれを発見すること能わず。これ時に当りもし後見人己れの義務を免れんがために未成年者に勧め１の合意を締結せしめんがその合意は有効なりと謂わざることを得ず。かくの如くんは法律の保護は有名無実にして実際すこしもその功を奏することなかるべし。故に余は切に望む。異日民法を改正することあらば後見監督人の立会なくして為したる後見の決算は未成年者においてこれを銷除することを得べしとせんことを。

　後見の決算前に後見人と未成年者と為したる合意の無効なるは右の第２０８条によりて明かなりといえどもその無効訴権の性質時効等に至りてはすこしも規定する所あらず。しかりといえども右の無効訴権は元来未成年者を保護するの意に出てたること言うを待たざるが故にこれすなわち未成年者に与うる１の銷除訴権なりと謂わざることを得ず。しかしてその時効は人事編第２１１条のものを適用すべからず。宜しく財産編第５４４条のものを適用すべし。ただしその年数は両者共に５年なり。ただその起算日について大に同じからざるものあり。すなわち人事編のものは未成年者が成年に達するより（人事編第２１１条第３項）財産編のものは汎く無能力の止むよりこれを起算するを原則とす（財産編第５４５条第１項）。故に本論時効の起算日は後見の決算を為したる日なり。しかしてもし右の合意により一切決算を為さざりしときは人事編第２１１条第３項により合意無効の裁判言渡の日より５年間その決算を請求することを得べし。以上は余が新法を解釈する所なりといえども時効の事に至りては法文頗る明瞭を欠くが故に異日民法を改正するに当りては明かにこの点を規定せんことを望むなり。

　　　　　　　　　　　第２　夫婦間の和解

（１２９）フランス国民法第１５９５条によれば夫婦間においては一切互に譲与することを禁ずるものの如し。もししかりとせば第２０４５条第１項により和解するには譲与するの能力を要するが故に夫婦間においては和解すること能わざるが如し。これよく第１５９５条を設けたる理由に合うものと謂うべし。けだし第１５９５条に夫婦間互に売買することを禁ずる所以のものは第１には夫婦間には何時にても廃罷することを得べき贈与の外一切贈与を為すこと能わず。しかるにもし夫婦間互に売買することを得るとせば名を売買に借りて廃罷すべからざる贈与を為すに至らん。第２もし夫婦間の売買を許すときは夫婦の中無資力なるものより資力あるものに売れるためねして甲の財産を乙に移してもってその債権者を詐害することを得べきをもってなり。今和解は右のニ詐害を行うに売買よりも便なり。故にいやしくも夫婦間に売買を禁ずる以上はまた和解を禁ぜざるべからざるなり。

（１３０）しかりといえども世の学者皆な曰く第１５９５条の例外の場合においては和解を為すことを得と。これ余が解せざる所なり。同条に曰く売買契約は左の三つの場合に非ざれば夫婦間にこれを為すことを得ず」。第１夫婦の１人が裁判に因りて之れと別産せる他の１人に其権利の弁済として財産を譲る場合」第２別産せずと雖も夫が其婦に為したる譲渡か譲与せる婦の不動産又は之れに属せる金銭の転用 [ﾗﾝﾌﾟﾛﾜｰ] の如き正当の原因ある場合但し其不動産又は金銭が共通財産中に入らざるときに限る」。第３共通の斥除ある時に於て婦が其夫に嫁資として約したる金額の弁済として之れに財産を譲る場合」但し此場合に於て若し間接の利益あるときは結約者の相続人の権利を妨げずと。これを要するに右第１及び第３の場合は代物弁済の場合にして第２の場合は転用の場合なり。これ等の場合において特に夫婦間の譲与を許す所以のものは右に述べたる詐偽の恐れなけらばなり。今和解はその契約の性質もっとも右の詐偽を行うに便なるをもって弁済及び転用については和解することを得べしといわばその和解することを得ずと曰うはただ尋常の売買に関する和解についてのみ言えるものにして賃貸借代理等夫婦間に行うことを得べき契約に関する和解は皆な有効なりと曰わざることを得ず。これ論者といえども敢て取らざる所ならん。故に和解はその諍論の何の原因に基けるを問わず。皆な夫婦間にこれを行うを得ざるなり。

（１３１）故に夫婦間の和解は無効なり。しかしてその無効は夫婦及びその承継人においてこれを訴うることを得べし。

　しからばすなわち夫婦は一切和解をなすこと能わざるかあるひと曰くもし民法第４６７条の手続を踏めばこれを為すことを得べしと。これ濫りに未成年者に関する規則をもって夫婦に適用するものにしてこれこれを法律を作ると謂う。敢て法律を釈くものには非ざるなり。しかりといえども法制上より論ずるときは夫婦間また和解を為すの要あることなしとせず。故に裁判所の許可を経てこれを為すことを得るとせば可ならんか。

（１３２）イタリア国民法はすなわちこの規則を採用せり。同民法には敢てフランス国民法第１５９５条の規則を載せず。ただその第１３６条において凡そ夫婦反対の利害を有する場合においては皆な裁判所の許可を受くべきこと言えり。故に両人互に和解せんと欲するときは必ず裁判所の許可をうけざるべからず。

我邦民法においてはフランス国民法に倣いその財産取得編第３５条において配偶者の間に売買及び代物弁済を禁じたるは余が惜しむ所なり（代物弁済は真実かつ正当なる債務を消滅せしむるものなるときは裁判所の認許を得れば有効なりとせり。故に全く禁ずるものは代物弁済にもって非なるもの及び不正当なる債務を消滅せしむる代物弁済のみ。）しかりといえども売買以外の有償契約は皆なこれを為すことを得るが如し。これ売買にもっとも類似せる交換を禁ぜざるをもって知るべし（財産取得編第１０９条第２項）。故に和解もまた夫婦間有効にこれを為すことを得べし（なお我民法において和解するに処分の能力を要することを言わざるを参考すべし）。これ前後頗る権衝を得ざるの譏を辞すること能ざるが如し。余は切に望む。異日民法を改正するに当りては夫婦間にはすべて有償無償の行為を締結することを得べしといえども婚姻中何時にても夫婦の一方においてこれを廃罷することを得べし。ただしその廃罷は第３者に対して効力を及ぼさすとせんことを（財産取得編第３６７条を参観せよ）（イタリア国民法に倣い夫婦利害を異にする契約については皆な裁判所の許可を受くべしとするは頗る我邦現時の風俗に適せざるものあるが如し〔人事編第６８条以下を見よ〕）。

　　　　　　　　　　　第３　破産者の和解　

（１３３）この無能力は尋常の無能力に異なり破産者の為したる和解本人に対してもまたその対手人に対してもまたその他の人に対しても皆な有効なるを原則とす。ただ破産の債主団[ﾏﾂｽ]に対してのみ無効なり。

　フランス国においては凡そ商人にして支払を停止するものは破産宣告の日よりその債主団に対しては一切和解するの能力を失うべし（商法第４４３条）。

仮令破産宣告の前といえども支払停止の後に為したる和解はもし破産者の対手人悪意にして支払停止を知れるときは裁判所において債主団に対してはこれを無効とすることを得（商法第４４７条）。

　その他第１破産者が支払停止の前に為したる和解といえどももし債権者を詐害し所謂「ポール」の訴権[ｱｸｼﾖﾝ,ﾎﾟｰﾘｴﾝﾇ]の要件を具うるときは債権者においてこれが無効を訴うることを得（民法第第２支払停止前１０日以後に為したる和解にして商法第４４６条の行為すなわち無償の譲与期限前の弁済代物弁済旧債に附する新抵当等を隠蔽するときは債主団に対しては当然に無効なること言うを待たず。

以上の無効は皆なただ債主団の利を謀りて設けたるものなるが故にただ債主団のみこれを訴うることを得。

（１３４）これを要するに破産宣告の後は破産者自ら債主団に対抗することを得べき。和解を為すことを得ず。しからばすなわちこれに代わりて和解を為すことを得るものあるか。１８０７年の商法はこの事について一切規定する所あらざりしかは管財人は唯一の管理人過ぎざるが故に一切和解を為すことを得ずと曰わざることを得ざりしが１８３８年破産法を改正するに当りこの欠点を補いその第４８７条及び第５３５条において明かに管財人に許すに左の条件をもって和解することをもってしたり。

第１　諍論３００フランの価格を超えざるときはただ破産者を召いその意見を問い破産主任官の許可を得べし。

第２　価格不定の諍論またはその価格３００フランを超ゆるものについては破産者の意見を聴き破産主任官の許可を得るの外もしその諍論動産権に関するときは商事裁判所もしその不動産権に関するときは民事裁判所の許可を経べし。かつその不動産権に関するときは債主結合[ﾕﾆﾖﾝ]の前後によりもしその前なれば破産者なお協諧契約を得るの望あるが故に和解を拒止することを得その後なれば同一の理由あらざるが故に破産者これに反対するも裁判所は断然これを認可することを得。

　１８３９年３月４日の法律は聊かこれに改正を施こせり。同法律は新たに監督人[ｺﾝﾄﾛｰﾛｴｰﾙ]なるものを置き和解を為すには右の手続の外なお必ずこの監督人の意見を聴くべきことを定めたり（第７条及び第２０条第２項）。

（１３５）右の手続きを踏まざるときその結果如何曰く管財人破産者の承諾なく和解せし場合においてはもし右の手続の１を闕くときはその和解全く成立せず。いやしくもこれを無効とするに利益を有するものは皆なこれが無効を唱うることを得べし。何となれば管財人は１の管理人に過ぎず。しかして管理人がその権限外に做したる行為は全く成立せざればなり。管財人破産者の承諾を得て和解せしときは仮令右の手続を踏まざるもその和解の無効を訴うることをえるものはただ債主団のみ。何となればこの場合においては破産者自ら和解を為したると一般なり。しかるに破産者の無能力はただ債主団に対してのみ存すればなり。

　裁判所において和解を認可せし場合においてこの和解を攻撃するには故障控訴上告等尋常裁判を攻撃するの方法によるべきかはたまた他の契約の如く無効の訴権によるべきか。曰く認可裁判を裁判として無効の瑕瑾あり。またはその認可妥当ならずと曰いて攻撃するには必ず故障控訴上告等によるべし（商法第５８３条による）。和解契約を契約として無効なりと曰いて攻撃するには必ず無効の訴権によるべし。

（１３６）以上はフランス国において論ぜし者なり。我邦商法第９８５条によれば破産宣告に依り破産者は破産手続の継続中自己の財産を占有し管理し及び処分する権利を失う。破産宣告の日より以後は破産者の為したる支払其他すべての権利行為（権利行為の文字極めて奇なり。けだしドイツ語「レヒツハンドルング」を訳せし者ならん。しかるに「レヒト」には２義ありて或は法律を指し或は権利を指す。しかして本文の場合においては「レヒツハンドルング」は「レヒト」の第１義により法律上の行為の意なりしを誤りて権利行為とせしものか。）及び破産者に為したる支払は当然無効とす云々。故に破産者が宣告の日よりその債主団に対して一切和解するの能力を失うことはなおフランス国におけるが如し。

　同第９９０条によれば支払停止後又は支払停止前１０日内に破産者が其財産中より無償の利益を或人に与うる権利行為殊に贈与無償にて若くは不相当の報償を以て義務を負担する契約，期限に至らざる債務の支払，期限に至りたる債務の変体支払及び従来負担したる債務の為め新たに供する担保は財団に対しては当然無効とす。故に破産宣告前といえども右の時期において為したる和解にして無償の譲与，期限前の弁済，代物弁済（民法においては代物弁済と曰い商法においては変体支払と曰いその他両法名称を異にせるもの多きは余が大に遺憾とする所なり。）旧債に附する新抵当等を隠蔽せるもの無効なることフランス国におけるが如きのみならず不相当の報償をもって義務を負担するの和解もまた我邦においては債主団に対して当然無効なり。

　また第９９１条に前条に掲げたるものの外債務者が支払停止後破産宣告前に財団の損害に於て為したる総ての支払及び権利行為は相手方が支払停止を知りたるときに限り財団の計算の為之れに対して意義を述ぶることを得と曰えるが故にフランス国における如く支払停止後に為したる和解はもし破産者の対手人悪意なるときは裁判所において債主団に対してはこれを無効とすることを得るなり。

　その他破産者が支払停止の前に為したる和解といえどももし債権者を詐害せしときは債権者においてこれが無効を訴うることを得るは民法財産編第３４０条に明文ある所にして特に商法第９９６条においてこれを商法に適用せり曰く債務者が債権者に損害を加うる目的を以て為したる権利行為は相手方が情を知りたるときに限り其日付の如何を問わず之に対して意義を述ぶることを得と。

（１３７）故に破産者自ら債主団に対抗することを得べき和解を為すこと得ずといえども管財人これに代わりて和解することを得るはまたなおフランス国におけるが如し。その手続に至りては大にフランス国と異なれり。商法第１０１０条に曰く（前略）管財人は左に掲ぐる行為にして百円以上の額に係るものに付ては破産者の意見を聴き且つ破産主任官の認可を受く可し（中略）第２和解契約又は仲裁契約を取結ぶこと（下略）と。故にその額百円に満たざるときは管財人独断をもって和解することを得。１００円以上に上るときは破産者の意見を聴きかつ破産主任官の認可を受くべきなり。これ余が賛成せざる所なり。それ和解（仲裁契約もまたしかり）は場合によりて訴訟を起しまたはこれを継続するよりも利あることは諸言に述ぶるが如しといえどもその利不利を見ること極めて難し。しかるに１００円未満の額に関する和解は管財人の独断をもってこれを取結ぶことをえるとせしは余が大に取らざる所なり。ただ１００円以上の和解についてはフランス国の煩雑なる手続を省き速やかにこれを決行することを得るに至らしめたるは余これを賛成せざることを得ず。故に余は和解については金額の多少にかかわらずすべて皆な破産者の意見を聴きかつ破産主任官の認可を受くべしとせんことを望むなり。

　管財人が右の規則を犯して為したる和解の有効無効についてはすこしもフランス国法に異なる所あるを見ず。しかれといえども管財人が権限を超えて和解せし場合においては破産者の承諾を得ざりしときといえどもただ破産者と債主団とのみその無効を訴うることを得べしとせんこと実際に便ならんか。

　　　　　　　　　　　第４　身代清算債務者の和解

（１３８）フランス国においては破産法酷に過ぎ罪なくただ不幸なる商人一時支払を停止するもたちまち破産の宣告を受くるが故に不幸にして一時支払を停止するの必要に至れるものも務めて破産の酷況に陥いらざらんことを欲して種々の策略を運らし遂に有罪の身となり動もすれば刑法にさえも触るるに至る。荳に憐みかつ慨かざるえけんや。フランス国朝野の人士夙にこれを悟りその改正を企つることここに２０余年その改正草案を作れるものもその幾人なるを知らず。しかれども立法者常に政治の争に忙しくして国の実利に関する破産法の如きは動もすれば度外視せられて今なお未だその改正を見ること能わず。しかるに１０年来商業不振産を破るもの年１年よりも多く随て破産法の不完全を感ずる。また一層甚しきに至りしかは遂に姑息法用いまず右破産法の１部を分離して身代清算法なるものを作り不幸にして一時支払を停止するの已むを得ざるに至れるものをしてこの法によらしむることとせり。これを発布せしは実に１８８９年３月４日なりき。その実施日なお浅く未だその実行如何を見ること能わずといえども理においては多少益する所あるべしと思わるるなり。我邦新商法においてはただ破産ありて身代清算またはこれに類するものあらず。支払猶予なるものなきに非ざれどもこれ身代清算とは全くその性質を異にするものなり。余未だ新商法を熟読するの遑なし。故にそのフランス国商法に比して破産に関し幾何の変更あるやを究めずといえどもまず一読せし所にては大にフランス国の破産法より寛なるを見ず。しかしてこれを補うにただ支払猶予をもってす。これもって今日我邦の需用を充たすに足るや否や容易にこれを断言すること能わず。ただ左にフランス国身代清算法の和解に関する規則を略叙しもって読者諸君の参考に供すと云爾。

（１３９）身代清算の宣告を受けたるものはその日よりその債主に対しては独断をもって和解することを得ず（１８８９年３月４日法律第５条第２項）。ただし左の手続を踏めば和解することを得べし。

第１　諍論１５００フランの価格を超えざるときは監督人の意見を聴き清算人 [ﾘｷﾀﾞﾄｴｰﾙ] の立会をもって主任判事の許可を得べし。

第２　諍論１５００フランの価格を超ゆるかまたはその価格不定なるときは右の手続の外なお商法第４８７条に従い動産権については商事裁判所不動産権については民事裁判所の認可を得べし（同法律第７条）。

　債務者もし右の規則を犯して和解せしときは如何曰く本段の債務者は破産者と違い自ら和解を為すが故に本人は決してその無効を訴うることを得ず。またその相手方においてもこれを訴うることを得ず。ただその債権者のみこれを訴うることを得。

　　　　　　　　　第２節　和解の権限

（１４０）凡そ能力あるは原則にして能力なきは例外なることは前節これを説けり（（７１））。これに反し権限あるは例外にして権限なきは原則なりと曰わざることを得ず。けだし人己れの物を処することを得るは当然にして人の物を処することを得るは特別の場合なり。故に権限なきをもって原則とするもすこしも怪しむに足らざるなり。故に疑わしき場合においてはむしろ権限なきものと看做すべく決して権限あるものと看做すべからざるなり。

　権限なきものの行為は無能力者の行為に異なり全く成立せざるを原則とす。ただしこれに例外あり。無能力者の行為にして全く成立せざるものあり。法律上禁治産者の行為の如き。すなわちこれなり（（１０５以下））。権限なきものの行為にしてただ銷除し得べきものあり。後見人の行為の如き。すなわちこれなり（（８８））。

　権限なきものの行為といえども物主においてこれを是認することを得。この場合においては始めより代理を委任せしと同一の結果を生ずべし。またその行為物主に利ありしときは事務管理の名義をもって義務を負うことあるべし（フランス国民法第１３７５条イタリア国民法第１１４４条我邦民法財産編第３６３条）。ただしその場合は和解においては極めて稀なるべし。何となればその和解が物主のため利ありしことを証せんには必ず物主の主張せし所理なきことを証せざるべからず。しかるにその相手方においてもしこれを証せば和解せし諍論において勝利者となるべし。これ通常和解の履行を求むるよりも利あればなり。しかりといえども場合によりて和解の履行を求むるに利あることあり。例えば甲乙の占有せる家屋価１００００円なるものを取戻さんと欲す丙乙の事務を管理し甲と和解しこれに５０００円を与えもってその権利を抛棄せしめたりとせん後家屋焼失せりとせば甲は乙が如何なる権利をもその家屋の上に有せざりしことを証明してもって和解の履行を請うことを得べし。しかして既に焼失せし家屋を取戻すこと能わざるなり。

（１４１）和解するの権限を有するものの中法律または契約の効果によりて己れのために和解すると同じに他人のために和解することを得るもありといえどもこれ等は和解を対抗し得る人及びその対抗を受くべき人を論ずるに当りて説かん。ここにはただ尋常の法律上裁判上または契約上の代理人について論ぜん。よって本節を分ちて左の２款とす。

　第１款　法律上または裁判上の代理人

　第２款　契約上の代理人

　　　　　　　　　第１款　法律上または裁判上の代理人

（１４２）余は既に前節において無能力者を論ずると同時に数多の法律上または裁判上の代理人を論じたり。すなわち後見人，法律上管理人たる父，瘋癲者の仮管理人，夫及び破産管財人これなり。故に本款においては他の法律上及び裁判上の代理人を説かんと欲す。

これを細論するに先だち請う。一大原則を掲出せん曰く和解は処分の行為なり。故に管理人は特に物主または法律より委任を受くるに非ざれば一切和解することを得ざるこれなり。この原則の応用によりて相続人の曠欠せる相続財産の管理人（フランス国民法第８１３条イタリア国民法第９８１条我が民法財産取得編第３４３条）及び推定失踪者[ﾌﾟﾚｽﾞｭﾒｰ,ｱﾌﾞｻﾝ]財産の管理人（フランス国民法第１１２条イタリア国民法第２１条我が民法人事編第２７２条）は和解することを得ず。

（１４３）限定相続人 [ｴﾘﾁｴｰ,ﾍﾞ子ﾌヰｼｴｰﾙ] については聊か議論なきに非ざれども余はまた和解することを得ずと信ずるなり。それ和解は処分の行為なり。故に所有者に非ざればこれを為すことを得ざるを原則とす。今限定相続人はいやしくも限定相続人の資格を帯うる間は１の管理人に過ぎず（フランス国民法第８０３条イタリア国民法第９６９条による。なおフランス国民法第８０４，５，６，７条イタリア国民法第９７０条及び第９７３，４，５条を参観せよ。）。故に和解を為すこと能わず。裁判所もまた法律の明文なきが故にこれを許可すること能わず。また未成年者の和解に関する手続を踏みてこれを為すこと能わざるは論を俟たず。或は曰く限定相続人はその管理の行為につき和解することを得べしと。これ謬れり。それ管理人は管理を為すこと得べし。これにつき諍論起こらば法廷に出ててこれを訴うることを得べし。ただ和解は処分権を有するものに非ざればこれをなすことを得ず。論者或は曰わん子は曩に自治産未成年者及び管理権を有せる婦がその管理の行為について和解することを得ることを言えり。と。しかりといえども自治産未成年者及び婦は皆な物主なり。その能力の許す限りは己れの物を処分するの権を有するものなり。故にその収益は自由にこれを費消することを得べし。しからばすなわちこれについて和解することを得るもすこしも怪しむに足らざるなり。限定相続人はすなわちしからず。いやしくもその資格を存する間は１の管理人に過ぎず。債権者及び受遺者にその管理の計算を為すべきものなり（フランス国民法第８０３条イタリア国民法第９６９条）。故に決してその収益を処分すること能わず。故にまたこれについて和解することを得ず。もし犯せば限定相続人はその資格を失いて尋常の相続人となり。己れ固有の財産もまた債権者および受遺者の担保となるべし。ただし法制上より言うときは裁判所の許可をもって和解することを得べしとせんこともっともその当を得たるが如し。

（１４４）フランス国においては失踪者財産の仮占有者が和解することを得るや[ｱﾝｳﾞｦﾜｲｴｰ,ｱﾝ,ﾎﾟﾂｾﾂｼﾖﾝ,ﾌﾟﾛｳﾞヰｿﾞﾜｰﾙ]否やについては大に議論あり。まず人の争はざる一点を示せばこの仮占有者が独断をもって不動産権について和解することを得ざることこれなり。

しかれども動産権については独断をもって和解することを得るが答うるものあり曰く仮占有者は動産を処分するの権あり。故にこれについて和解することを得と。これ大に謬れるものと謂うべし。第１仮占有者に動産を処分するの権ありとはただ論者の説にして我輩の決して取らざる所なり。今この疑わしき説によりて他の疑問を決せんと欲するは当を得たるもの非ずといえども姑くこの立法の正しからざるを咎めずして直ちに仮占有者に動産を処分するの権なきことを明かさん。民法第１２５条は明かに原則を掲げて曰く仮占有者は寄托に過ぎず　之れを獲るものに唯失踪者の財産の管理権を与うるのみ云々。けだし寄托の文字は甚だ妥当ならずといえどもまたもって仮占有者は所有者に非ず。ただ他人の財産を管理するものにすぎざることを明示するに足るべきか。しかるに処分の行為は所有者に非ざれば通常これを為すこと能わざるものなり。決して受寄者または尋常の管理人の敢て做し得る所に非ざるなり。故にいやしくも律に明文なき以上は決して仮占有者に処分の行為を許すこと能わざるなり。しかして今この明文なきのみならず民法第１２６条第２項は時宜により裁判所において動産の全体または１部を売ることを命令すべしと曰い暗に裁判所の許可あるに非ざれば仮占有者は動産を処分すること能わざる旨を示せり。もしそれ民法第１２８条にただ仮占有者に不動産を譲与しまたは抵当とすることを禁ずる所以のものは他なし。第１２６条第２項により仮占有者は裁判所の許可を受くれば動産を譲与することを得ればなり。故に仮占有者は独断をもっては動産不動産を問わず一切譲与することを得ざるものなり。かつ今一歩を譲り仮占有者は自由に動産を譲与することを得るとするも未だもって遽かにこれについて和解することをも得べしと速了すること能わず。論者は知らずや後見人は凡そ親族会議において特に保存すべしとせるものを除くの外動産は皆な啻にこれを売ることを得るのみならず必ずこれを売らざることを得ず（民法第４５２条）。しかるに和解は民法第４６７条の綿密なる手続を踏むに非ざれば一切これをなすことを得ず。故に仮占有者は一切和解することを得ざるなり。

（１４５）故に仮占有者は独断をもっては動産不動産を問わず一切これについて和解すること能わず。ただ裁判所においてこれを許可することを得るか世の学者大率皆な曰く然りと。しかしてその論拠とする所を問えばすなわち曰く民法第１１２条によれば裁判所はただ推定失踪者の財産に関し一切その必要と見認むる処置を命令することを得（我が民法人事編第２７２条第１項を参観せよ。）。故に不動産を抵当としまたはこれを譲与しまたは和解することを命令することを得。これによりてこれを観れば既に失踪者と判定せる人の財産の仮占有者に同一の処置を許すことを得るは論を俟たざるなりと。

　余は右の論拠の極めて薄弱なるを信ずるなり。第１民法第１１２条は論者の言える如き広汎の文字を用いず。請うその全文を訳載せん。曰く若し失踪者と推定せる人に別に定めたる代理人なくして其遺留せる財産の全体又は一部の管理につき処置するの必要あるときは利害関係人の請求に因り始審裁判所に於て之れを決定すべしと。故に裁判所において命令することを得るはただ管理に必要なる処置のみ。不動産を抵当としこれを譲与しまたは和解するをもって果して管理の行為となすべきか。これ喋々を待たずしてそのしからざるを知るなり。しかりといえども今仮に一歩を譲り裁判所は一切その必要と見認むる処置を命令することを得るとするも損壊し易き動産を売るが如きは或は必要の処置なりと謂うことを得べしといえども和解をもって必要の処置なりと謂うことを能わざるは知者を待たずして知る所なり。けだし諍論を決するには裁判所あり。故に和解するの却て裁判所に出ずるよりも利あることはこれありといえども和解せざればまた奈何ともすること能わざることは決してこれあらざるなり。

（１４６）故に仮占有者は一切和解すること能わず。ただもしこれを犯して和解せしときはその和解の効力如何曰く権限なきものの行為は全く成立せざるを原則とせることを節首これを説けり（（１４０））。これによりてこれを観れば仮占有者の為したる和解は全く成立せず。故に何人たりとも凡そこれを無効とするに利益を有するものは皆なこれが無効を鳴らずことを得るが如し。しかりといえども仮占有者は管理人の資格の外停止条件つき所有者の資格を有し失踪者顕れ出でんか。仮占有者は１の管理人に過ぎず失踪者顕れ出でざるが仮占有者は所有者となることあるべし。故に自らその和解の無効を訴うることを得ず。意にして仮占有者をもって真の所有者なりと確信しこれと和解したる場合においてはその無効を訴うることを得べしといえどももししからざればこれを訴うること能わず。

（１４７）以上はフランス国民法について論ぜし所なり。イタリア国民法においては明かに本問題を決定しその第２９条第２項おいて仮占有者は裁判所の許可なく不動産を譲与し又は抵当としその他一切単純の管理の範囲を超ゆる行為を做すことを得ずと曰えり。これによりてこれを観れば第１仮占有者は独断をもってはただ単純の管理の行為を做すことを得るのみ。第２裁判所の許可を経ては一切の譲与その他の行為を做すことを得。故に和解もまたこれを做すことを得。これ法制上より論じてもっとも妥当なりと謂うべし。ただし法文の記載方は今一層明瞭にせんことを欲するなり。

（１４８）世の学者皆なある法人をもって無能力の中に列せりといえども余はその当らざるを信ずるなり。それ無能力とは天然に行為を做すことを得るものなりといえどもただ法律において特にその能力を殺き有効に行為を做すことを得るものとせるを謂うなり。今法人はその実存在するものに非ざるが故に天然に行為を做すこと能わず。ただ法律において１の仮定を設けある無形の物を人と見做しこれを代表する役員を置きその事を掌らしむ。故にその役員が１の行為を做すことを得ず。またはこれを做すに某々の手続許可等を要するもこれ皆な権限の問題にして決して無能力の問題には非ざるなり。

　フランス国においては法人中特に公の法人すなわち公設所[ｴﾀﾌﾞﾘﾂｽﾏﾝ,ﾌﾟﾕﾌﾞﾘﾂｸ]（公設所の意義或は広く或は狭く広きときは凡そ公の法人皆なこれならざるはなく狭きときはただ国府県市町村を除き他の公の法人のみを指す。）についてその民法第２０４５条末項に規定して曰く町村[ｺﾝﾑﾕｰﾇ]及び公設所は国王の明許あるに非ざれば和解することを得ずと。

　我邦民法草案第７５８条第２項において国，府県，市町村及び公設所に関する和解は行政法を以て之れを規定すとせしが確定法文にはこれを削れり（（９０）を参観せよ。〕。けだしその用なきをもってならんか。

（１４９）第１　市町村

　フランス国においては共和第１２年寒月[ﾌﾘﾒｰﾙ]２１日決定[ｱﾚｰﾃｰ]により町村が有効に和解することを得るには第１法律家３名の鑑定　第２町村会の決議　第３県参事会の意見　第４県知事の許可　第５参事院の議に付したる政府の認可を要したりしがその後１８３７年７月１８日法律第５９条において政府の認可を要するはただ不動産または価格３０００フランを超過する動産に関する時のみとし１８５２年３月２５日勅令第１条ア表第４３号及び１８１年４月１３日勅令ア表第５０号において全く政府の認可を廃したりき。降りて１８８４年４月５日法律第１６８条第４第６及び第１４において共和第１２年寒月１１日決定１８３７年７月１８日法律及び１８６１年４月１３日勅令ア表第５０号を廃せり（１８５２年３月２５日勅令は１８６１年４月１３日勅令をもって改正せり。）。しかしてその第６８条第４項及び第６９条によれば町村長はただ町村会の決議に従い和解することを得べし。ただし県知事において県参事会の意見を聴きこれを許可するに非ざればこれを実施すること能わず。故に和解は県知事の許可を停止条件として町村会決議の日に成立し双方共にこれに違背すること能わずといえどももし県知事においてこれを許可せざるときは停止条件到来せるが故に和解は始めよりかつてこれあらざりしものの如く看做すなり。これ多少議論あるべき所なりといえども余の信ずる所はすなわちこの如し。

（１５０）本邦においては明治２１年４月１７日市制定第３１条１１及び第６４条７により市においては市会の決議により市参事会和解を為すことを得。ただし同第１１９条によれば凡そ市会又は市参事会に於て議決せざるときは府県参事会代て之を議決すべくまた同第１２０条によれば内務大臣市会を解散せしめたる場合において改選市会の集会する迄は府県参事会市会に代て一切の事件を議決するが故に右二つの場合においては府県参事会は市会または市参事会に代わりて和解を為すことを得。また同第１２３条２３によれば基本財産の処分に関する事及び市有不動産の売却譲与並質入書入を為す事に関する市会の議決は府県参事会の許可を受くることを要す。しかるに和解は処分の行為にして譲与を包含するが故に基本財産及び市有不動産に関する和解は府県参事会の許可を受けざるべからず。また同日発布町村第３３条１１及び第６８条７により町村においては町村会の決議により町村長和解を為すことを得。ただし同第１２３条によれば凡町村会に於て議決す可き事件を議決せざるときは群参事会代て之を議決す可くまた同第１２４条によれば内務大臣町村会を解散せしめたる場合において改選町村会の集会する迄は群参事会町村会に代て一切の事件を議決するが故に右二つの場合においては群参事会町村会に代わりて和解を為すことを得。また同第１２７条２３によれば基本財産の処分に関する事及び町村有不動産の売却譲与並質入書入を為す事に関する町村会の議決は群参事会の許可を受くることを要す。故に基本財産及び町村有不動産に関する和解は群参事会の許可を受けざるべからず。

（１５１）第２　府県群

　フランス国においては１８１１年までは県果して法人の性質を具べしや否やについてはやや議論あるところなりといえども今仮りに法人なりしとするも同年まではその実際の効用少なかりし。これ民法第２０４５条にただ町村を言いて県を言わざる所以ならんか。（民法第９１０条第９３７条第１５９６条第１７１２条第２１２１条第２２２７条もまた同じ）。しかりといえども１８１１年より以降はその法人たること既に争うべからざるに在り。しかして民法第２０４５条の公設所なる文字中に自ら包含せり。故に政府の許可を得るに非ざれば和解を為すこと能わざりき。これ１８３８年５月１０日法律の明文によりていよいよ明かなる所なり。同法律第４条第６には県会が県の権利に関する和解を議すべきことを言い後その第３８条をもって参事院の意見を聴き国王の勅令を以て之を許可すべきことを定めたり。しかるに１８５２年３月１５日勅令第１条ア表第６号は県知事に許すに政府の許可なくして和解することをもってしたり。故に今日はただ県会の決議を経て県知事和解を為すことを得。これ第１１８６１年４月１３日勅令ア表第６第２１８６６年７月１８日同法律第１条第１４第３１８７１年８月１０日法律第４６条第１６において皆な襲定せし所なり。ただし１８５２年５月５日及び１８６６年８月４日訓令をもって再度県知事に告げて法律家３名の意見を問うべきことを言えりといえども未だこの手続を命令せる法文あらざるが故にこれを踏むべき義務はあらざりしか。殊に１８８４年４月５日法律出ててより町村についてもこの手続を要せざることとなれるが故にその県についてこれを要せざることは言うを待たざるなり。

　フランス国においては群は別に法人を組成せず。故に群が和解を為すことあらざるなり。

（１５１補）我邦においては明治２３年５月１７日府県制及び群制に明かに和解について規定する所なきは余が遺憾とする所なりといえども府県第１５条４によれば府県有不動産の売買交換譲渡譲受弁に質入書入の事は府県会の議決すべき事件中に在り。しかるに不動産に関する和解は常にその譲渡または譲受を包含するものなるが故にその和解は必ず府県会の議決を経べきこと論を俟たざるが如し。ただその和解動産に関するときは右の法文を適用すること能わずといえども同条５に歳入出予算を以て定むるものを除く外新に義務の負担を為し及権利の棄却を為す事と云えるをもって和解もまたその中に包含せること知るべし。何となれば和解は義務の負担を為しまたは権利の棄却を為すを常とすればなり。故に和解はその動産に関すると不動産に関するとに論なく皆府県会の決議を経べきを原則とす。ただし府県制第１６条によれば府県会は其権限に属する事件を府県参事会に委任することを得。また同第４３条によれば，１　府県会の権限に属する事件にして其委任を受けたるものを議決する事，２　府県会の権限に属する事件にして臨時急施を要し府県知事に於て府県会を召集するの暇なしと認むるとき府県会に代て議決を為す事は府県参事会の職務権限内に在るが故に右の二つの場合においては府県参事会，府県会に代て和解を議決することを得。しかるに同第５１条によれば府県会に於て名誉職参事会員を選挙せず又は参事会成立せず又は召集に応ぜざるとき参事会成立し又招集に応ずる迄府県知事は府県参事会の権限に属する事件を専決処分することを得又非常事変に際し府県参事会を召集するの暇なく又は名誉職参事会員の出席半数以上に至らざるときは府県知事は府県参事会の権限に属する事件を専決処分することを得るが故に右の二つの場合においては府県知事また府県参事会に代わりて和解を為すことを得。ただし右の処分は次回の府県会会議においてこれを報告すべし。かつ同第８６条によれば府県会召集に応ぜず又は成立せざるときは府県知事は内務大臣の指揮を請い処分することを得るが故にこの場合においては府県知事内務大臣の指揮に従い府県会に代わりて和解を為すことを得。ただしこの処分もまた次回の会議においてこれを報告すべし。また同第８７条によれば府県会又は府県参事会に於て其議決すべき議案を議決せず又は府県会に於て召集前正当の手続を以て告知せられたる議案を第２１条第１項に定めたる期限内に議了せざる場合に於て其事緊急を要するときは府県知事は内務大臣に具状し其指揮を請い原案を執行することを得るが故に右の場合においてもまた府県知事内務大臣の指揮に従い和解を為すことを得。また同第９１条によれば府県有不動産の売却譲渡並に質入書入の事に関する府県会の議決は内務大臣の認可を受くることを要す。しかるに和解は常に譲渡を包含すること上に言えるが如し。故にその和解不動産に関するときは必ず内務大臣の認可を受けざるべからず。しかして本条にはただ府県会の議決とあれども府県参事会及び府県知事が和解を為すときは府県会に代わりてこれを為すものなるが故に同じく内務大臣の認可を要するは疑いを容れざるが如し。ただし府県知事内務大臣の指揮を受けて和解を為す場合においては右の手続なきこと言うを待たず。

群についてもまた全く右の諸規定を適用することを得べし。ただ府県会を群会とし府県参事会を群参事会とし府県知事を群長とし内務大臣を府県知事とすべきのみ。これ群制第２６条３４第２７条第５０条１２第５７条第７７条第７８条及び第８２条１の明文に詳かなる所なり。

　これを要するに府県制群制は市制町村制よりも一層中央集権民会検束の傾向あるは余が慨嘆に堪えざる所なり。

（１５２）第３　他の公設所

　我邦には市町村府県群以外の公設所に関し未だ一般の法律あらず。故にただ左にフランス国の公設所に関する規定を掲げもって読者諸君の参考に供せん。

　フランス国においては前に述べし如く民法第２０４５条第３項により凡そ公設所和解を為すには必ず政府の許可を要するを原則とす。故に別に法律においてこれを要せずとせる場合を除くの外皆なこの許可を要するなり。しかれども１８５２年３月１５日勅令ア表第５号及び１８６１年４月１３日勅令ア表第６７号において県知事に許すに政府に代わりて凡そ救育所その他県または町村において立てたる設立物 [ｴﾀﾌﾞﾘﾂｽﾏﾝ] に関する和解を許可することをもってしたり。故に民法第２０４５条第３項の原則をなお今日に適用することを得るものはただ宗教上の設立物に過ぎざることは後に述ぶるが如し。

　余は特に慈善上及び宗教上の設立物につき論ずる所あるべし。両種の設立物に普通なる原則を掲ぐれば１８３７年７月１８日法律第２１条第５，１８６７年７月２４日法律第１２条及び１８８４年４月５日法律第７０条第５によりて町村会は右２種の設立物のために和解するの許可につき意見を述ぶべきものとす。

（１５３）１　慈善上の設立物

　共和第９年穫月 [ﾒﾂｼﾄﾞｰﾙ] ７日決定第１５条により慈善上の設立物に関する和解を為すは群区[ｱﾛﾝﾁﾞﾂｽﾏﾝ]中もっとも学識ある法律家中より群区長 [ｽｰ,ﾌﾟﾚﾌｴｰ] が選抜したる３名の委員をもって組織せる諮詢委員会 [ｺﾐﾃｰ,ｺﾝｽﾕﾙﾀﾁﾂﾌ] （第１１条）なり。しかしてその和解は直ちに仮りにこれを実施すといえども県知事群区長の意見を添え内務大臣に上申し政府の許可を得るに非ざれば全く決定せずとせり。その後１８５２年の地方自治制出ててより政府の許可を要せず。ただ県知事の許可にて足れることとなれることは右に述べたるが如し。また１８３７年以来町村会の意見を聴くことを要することはまた右に述べたるが如し。しかるに１８５１年８月７日法律第１０条はこの事を言いなおその第９条第６項において理事委員会 [ｺﾝﾐﾂｼﾖﾝ,ｱﾄﾞﾐﾆｽﾄﾗﾁｰｳﾞ] をして和解を議せしむることとせり。故に今日は慈善上の設立物に関する和解を為すには左の条件を要す。第１理事委員会の同意　第２諮詢委員会を組織せる法律家３名の賛成　この２条件を具うれば和解は停止条件を具えて成立し仮りにこれを実施することを得。第３町村会の意見　第４群区長の意見　第５県知事の許可　この許可によりて停止条件到来し和解全く決定するなり。

（１５４）宗教上の設立物

　この種の設立物については民法第２０４５条第３項なお今日にその効力を存し政府の許可を要することは前に言えるが如し。加これ１８３１年１月１４日勅令第２条は明かに宗教上の設立物に名をもってする和解は国王の許可あることを証明しこれをその契約に掲ぐるに非ざれば公証人は決してその証書を作るべからずと曰えり。かつ地方自治制に関する諸法令皆な県知事の独断に任ずる事務の中に意を用いて宗教上の設立物に関する事件を省けり。これけだしこの種の設立物については今日なお中央政府においてその監督権を握らんと欲するによるか（右の外なお政府の許可を要する旨を言える法令は１８０９年１２月３０日勅令第６２条１８１３年１１月６日勅令第８条及び１８４４年５月２５日勅令第６４条これなり。）。

　宗教上の設立物には少なくも８種ありて皆な各その組織を異にし和解を為すべき人及びその手続随て皆な同じからず。今これを列載するは徒らに煩に渉り読者諸君の倦厭を来たさんことを恐る。故にこれを知らんと欲する人には拙著仏文和解論について看んことを請いここにこれを省く。

（１５５）右の手続を踏みて町村府県群他の公設所のために為したる和解は全く有効にしてこれを攻撃すべからざること言うを待たず。これに反し右の手続その１を欠けば和解すなわち無効なることまた言うを待たず。ただこの無効の性質如何に至りてはこれ大に議論ある所なり。今余の信ずる所によれば右の諸場合において法律は行政機関を設けこれが権限を定め某々の手続を踏むに非ざれば和解することを得ずとせしなり。故にこの権限を超えその手続を踏まずして和解を結ぶときはその和解全く成立せず。故にいやしくもこれが無効を鳴らすに利益を有するものは皆なこれを鳴らすことを得。論者曰く然らず右の法人は皆な未成年者禁治産者等と同じく無能力者なり。その和解するに手続を要すとせる所以のものは専らこれを保護せんと欲してなり。故に未成年者禁治産者等が独りその後見人等の不適法に為したる和解の銷除を請うことを得ると。一般右の法人独りその代理人が不適法な為したる和解の銷除を請うことを得てその対手人その他の人は一切これが無効を唱うること能わずと。これ２条の誤謬を包含するものなり。第１法人が無能力に非ざることは既にこれを論じたり（（１４８））。故に無能力者の規則をここに適用すること能わず。第２右の手続は啻に右の法人を保護するをもって目的とせず。また上長官英衙の権力を保持せんとしたるなり。故に右の法人のみ和解の無効を唱うることを得るに非ず。他の関係人もまたこれを唱うることを得るは敢て怪しむに足らざるなり。

　　　　　　　　　第２款　契約上の代理人

（１５６）ローマ法において総代理人が和解することを得しや否やは学者間大に議論ある所なりといえども余の信ずる所によればローマの中世までは総代理人和解するの権限を有せざりしといえどもその末世に至りては遂にこれを許したるなり。降りてフランス国旧法の時に至り「ポチエー」はもし委任者近傍に在りて代理人容易にこれに問うことを得る場合においては委任者敢てその代理人に和解するの権限を与えたるものと看做さずといえどももし委任者遠方に在りて代理人容易にこれに問うこと能わざる場合においては委任者その総理代理人に和解するの権限をも併せ与えたるものと看做すべしと曰えり。

　この説たる裁判所の構成その宜しきを得ず。随て和解の必要多くまた交通不便なりし旧時に在りては或は理なきにしもあらざりしといえども今日のフランス国においては裁判所の構成もややその宜しきを得。随て和解の要用少なくまた交通の便も大に開けしかは「ポチエー」の説は到底今日に適用すべからざるなり。フランス国民法編纂者もここに見る所ありてこの点については「ポチエー」の説を採らず。その第１９８８条をもって規定して曰く総括の語を用いたる委任は唯管理の行為を包含するのみ」若し譲与又は抵当又はその他の所有権の行為を做すべきときは委任は明示なることを要すと。故に総理代理人は敢て和解することを得ず。和解を為すには特別の委任を要するなり。またその第１９８９条に曰く代理人は其委任状中に記載する事項の外何事をも為すこと得ず。故に和解するの権限は敢て仲裁に委するの権限を包含せずと。故に例えば出訴するの委任または売買するの委任は敢て和解するの委任を含まず。また和解するの委任敢て仲裁契約を為すの委任を含まざること洵に注文に言える如し。しかしてこれを転覆して仲裁契約を為すの委任また和解するの委任を含まずと曰うことを得べし。

　イタリア国民法第１７４１条及び第１７４２条においては粗右の２条を訳載せり。

（１５７）我邦民法財産取得編第２３２条第２項にフランス国民法第１９８８条の意を述べて曰く総理代理人は為すべき行為の限定なき代理にして委任者の資産の管理の行為のみを包含すと。しかしてその第２３３条において大にフランス国民法第１９８９条の意を敷衍せり。今和解に関する末３項を学くれば曰く訴訟を為す委任は仲裁人を選任し請求に承服し訴訟を取下げ又は和解を為す委任を包含せず」。和解を為す委任は仲裁人又は裁判所をして争論を裁決せしむる委任を包含せず」。仲裁人を選任する委任は和解を為し又は裁判所をして其争論を裁決せしむる委任を包含せずと。これやや蛇足を加うるの譏を免がれ難きか。

（１５８）右の原則を適用して余は将に曰わんとす。フランス国においては第１会社の業務担当人及び取締役は別に委任を受くるに非ざれば一切和解することを得ず（民法第１８５６条及び１８６７年７月２４日会社法第２２条による）。第２会社の清算人もまた別に委任を受くるに非ざれば和解することを得ずと。しかりといえども株主総会は１８６７年７月２４日会社法第２９条第３１条及び第３２条によりて会社の資本を無償にても処分することを得るが如し。故にその和解することを得るは言うを待たざるなり。しかしてその総会は第３１条に非ずして第２９条の通常総会にて足れり。

（１５９）我邦においては大にその規則を異にしまず民事会社については民法財産取得編第１２４条第２項によれば権限の定まらざる業務担当人は共同又は各別に通常の管理行為を為すに止まるとせるが故にその和解することを得ざることフランス国の如きとは争うべからざるが如しといえどもその第１５１条第６項によれば清算人が会社の債務又は債権に付き承諾したる和解及び仲裁は第３者と通謀したる詐欺の為めに非ざれば之を攻撃することを得ずとせるが故に清算人は独断をもって会社の債務または債権につき和解することを得るは明白なり。何となれば第３者と通謀したる詐欺のために攻撃することを得るは啻に和解仲裁のみならず。管理の行為といえどもまたしかればなり。これ余が感服せざる所なり。それ和解仲裁の危険なることは人皆な知る所なり。しかして清算人に許すに敢て尋常の裁判を請わずして猥りにこの危険なる和解仲裁によることをもってするは決して当を得たりと謂うこと能わざるなり。況んや通謀の詐欺あればこれを攻撃することを得べしと曰うといえども詐欺を証するの難きことはまた人皆な知る所なり。しかしてまずその詐欺の証を学くるに非ざればこれを攻撃することを得ざるにおいてや。故に愚考によれば社員の特別なる委任を受くるに非ざれば一切和解することを得ずとすることなお不動産の抵当及び譲渡におけるが如くすべしと思わるるなり（同条第３項）。ただし清算人が独断をもって和解することを得るは会社の債務または債権に関してのみ。その他の諍論殊に動産不動産上の物権に関するものについては特別の委任を受くるに非ざれば和解することを得ざること言うを待たざるなり。

（１６０）商事会社についてはその会社の種類によりてその規定同じからず。第１合名会社については商法第８６条によれば会社の目的に反せざるも之に異なる業務及び事項に付ては業務担当の任ある総社員の承諾を要すとせるが如し。けだし和解を為すは敢て会社の目的に反せざること言うを待たずといえどもまた会社契約の規定の施行に関する事項に非ざるが故に第８７条に従い業務負担の任ある社員の多数をもってこれを決すること能わず（ただし会社契約に明文をもってこれを許す場合はこの限に在らず）。故にこれをもって会社の目的に異なる事項とし第８６条を適用すべきが如し。第２合資会社については商法第１３７条に合資会社は本節に定めたる規定の外総て合名会社の規定に従うと曰い別に本問題に関して規定せし所あらざるが故に同じく第８６条を適用し業務担当社員または取締総員の承諾を要すとすべきが如し。第３株式会社については法第１８６条に取締役の代理権及び其権の制限に付ては第１４３条及び第１４４条の規定を適用すと曰いその第１４３条第１項に業務担当の任ある社員又は取締役は裁判上と裁判外とを問わず総て会社の事務に付会社を代理する専権を有す。しかれども会社契約又は会社の決議に依りて羈束せらると曰えるが故に取締役は民法に所謂る総理代理人たること疑いを容れざるが如し。しかして右第１４３条は合資会社に関するものなりといえども合資会社についてはまた別に第１３７条の在るありてこれに合名会社の規定を適用せり。ただ株式会社については一切これに類するものなし。故に単に第１４３条を適用し取締役は総理代理人たるが故にただ管理の行為を做すことを得ずと曰わざることを得ず。しかりといえども第２０３条によれば株主総会は定款の変更さえも決議することを得るものなるが故にその和解することを得るは論を待たざるが如し。ただしその総会は敢て定款の変更及び任意の解散を議するに非ざるが故に第２０２条に従い定款にその定あるときはこれに従いもし定款にその定なきときは総株金の少なくとも４分の１に当る株式出席しその議決権の過半数によりて決議を為すべきなり。

　これを要するに商事会社の機関の権限については商法の規定極めて漠然として大に法律の真意の在る所を知るに苦しましむるは遺憾と謂うべし。慨して言えば民法の煩に過ぐるに反して商法は簡に失するが如きは惜むべし（しかして往々民法と重複し徒らに蛇足を加うるの譏を免がれ難きものあるは解し難し）。かつ右に述ぶる所をもって真に法律の意を得たる者ならしめば余は大に批難せざることは得ざるなり。それ合名会社及び合資会社に在りて和解を為すに業務担当社員または取締役の総員これを承諾することを要す。しかるに社員皆な業務を担当せんか。これ総社員の承諾を要する者なり。和解重しといえどもこれ程の条件を要すべしとは思われず。これに反して業務を担当する社員僅かに１人ならんか。これ１人の独断をもって和解することを得るものなり。豈に危険ならずや。故に余は合名会社においては総社員の過半数の承諾を得。合資会社においては株式会社における如く総会の多数決を得るに非ざれば和解することを得ずとせんことを望むなり。

（１６１）清算人については合名会社に関する商法第１３０条に明文を掲げて曰く清算人は会社の現務を結了し会社の義務を履行し未収の債権を行用し現存の財産を売却す又清算人は清算の目的を超えて営業を保続し又は新に取引を為すことを得ず又清算人は裁判上会社を代理し且会社の為め和解契約及び仲裁契約を為すことを得と。しかして合資会社については別に定むる所なきが故に第１３７条適用しまた株式会社については商法第２４０条に清算人の職分については第１３０条及び第１３１条を適用すと曰えるが故に清算人の権限は如何なる商事会社においても皆な同じく如何なる錚論についても皆な独断をもって和解することを得るなり。ただし株式会社においては商法第２４１条に清算人の職分の踏行に付ては総会より又は株式若くは債権者の申立に因りて裁判所より清算人に訓示を与うることを得　清算人は其訓示及び法律の規定を遵守する責任を負うと曰えるが故に裁判所より訓示を与え或は清算人の欲せざる和解を結ばしめ或は清算人の結ばんと欲する和解を制止することを得べし。

　右の規定は余が大に服せざる所なり。それ和解の重きことは今更に喋々を待たず。しかるに清算人の独断をもって如何なる錚論についても皆な和解することを得べしとせるは頗るその当を得ず。余が考うる所によれば清算人和解を為すには合名会社に在りては社員多数の賛成合資または株式会社に在りては総会の多数決を得べしとせずんはあるべからざるなり。

　　　　　第５章　和解の効果

（１６２）本章を分ちて左の３節となす。

　　第１節　和解は認定的か付与的か。

　　第２節　和解に担保あるか。

　　第３節　過怠約款ある和解

　　　　　　　第１節　和解は認定的か付与的か。

（１６３）凡そ和解の認定的か付与的かを問うは係争権についてのみ。その係争権を抛棄する代わりにその対手方より獲るものについては和解の付与的なること誰がまたこれを争うものあらんや。故に本問題はただ係争権に関するものなり。

　ローマ法においては和解の付与的なることありて例えば時効及び「プブリシュス」の訴権[ﾌﾟﾌﾞﾘｼﾔﾅ,ｱｸｼﾖ]については和解をもって１の正権原と看做したりき。降りてフランス国旧法の時に至りても能力の点については和解を誰もこれを争うものなく，皆な和解するものは譲与す[ｸヰ,ﾄﾗﾝｼﾞｼﾞﾂﾄ,ｱﾘｴﾅﾂﾄ]と曰えりといえども封建税については大に議論ありて或は和解常に付与的なりとして封建税を納むべしと曰い或は物権の占有の移転の有無によりて区別し占有移つれば付与的にして占有移つらざれば認定的なりと曰いたれども多数説は和解常に認定的なりとして封建税に納むるに及ばずとせり。けだし封建税非常にいやしくも重にして堪え難かりしをもって抂けてこの説を唱えたるものか。

（１６４）フランス国民法においてもなお付与的説を唱うるもの及び消滅的説を唱うるものなきに非ざれども多数説は旧法の説を取りて和解常に認定的なりと曰えり。余はこれ皆な正鵠を失するの説なりと信ずるなり。それ和解を為すものの意は決してただ一方の権利を認定するものに非ず。これによりてその権利を全うすることを得たるものは心中必ず曰わん。「吾れ正にこの権利を有することを確信すといえどもこれを法廷に訴えこれが証跡を学けんこと煩にして難し。或は法官よく曲直を判断することを得ずして吾れを曲とすることなしとせず。もし意外の事ありて吾れ誤りて彼れこの権利を有するとせんか。吾れはこの和解によりてその権利を獲べし。また仮令彼れがこの権利を有すること判然とせずといえどもその権原はこれを証すること或は吾れが権原より易きことあらん。故にもし他より吾れが権利を争うもの出でたるときこれを排斥するに時宜に応じて或は吾が権原をもってし或は彼れが権原をもってすることを得べし。故にこの和解を為すに利あり。」と。これ凡そ理に慧きものの皆な当に言うべき所なり。しかして何人にても凡そ和解によりて権利を全うするものについてこれを問わば初めには必ず「吾れ正にこの権利を有することを確信す。」と答えんといえどももし更に一歩を進みて子が法廷に訴えて子の権利を伸べざるものはけだし子の権利に幾分かなお疑う所あればなり。相手方全く権利なしとするも彼或は証拠を有して真に権利を有するものの如く見ゆることなしとせず。今もし他より子の権利を争うもの出でて子の権原をもってこれを却くるは難く相手方の権原をもってこれを却くるは易しとせば子はなお相手方の権原を用いずして専ら子の権限を用いんと欲するかと問わばいやしくも狂人に非ざるよりは必ず曰わん「吾れ応に相手方の権限を用うべし。」と。しかして相手方において敢てこれを拒むの理なくもし特にこれに問わば固とよりただただと答えんのみ。もししからば和解常に認定的なりと曰うこと能わざるなり。

　然らばすなわち和解消滅的か曰くまた非なり。今仮りに論者の説を取り和解者の１人その主張せし所を抛棄しもってその権利を消滅し敢てこれをその相手方に譲ることを為さずとせんか。ここに甲あり。１不動産の所有者なりと主張せり。乙もその所有者なりと主張せしが遂に和解して乙は甲より金若干を得てその権利を抛棄せしに後また丙なるもの出でて己れにその所有者なりと主張せるに甲の権原はもってこれを斥くるに足らず。ただ乙の権限はもってこれを斥くるの力ありとせんに論者は甲に乙の権限を利用することを許さざるが故に甲は必ず敗訴すべし。しかして甲乙間の和解もって丙を利すべきに非ざるが故に乙は丙に対してその権利を行い遂に不動産を獲べし。もししからば乙は前に一たび金若干を獲てその不動産を抛棄し今また徒手にてこの不動産を獲。これ豈に不当のもっとも甚だしきものと謂わざるえべけんや。故に和解は消滅的に非ず。

　しからばすなわち和解は常に付与的か曰くまた非なり。それ和解によりて権利を抛棄するものはこれをその相手方に移すと曰うといえどもその移さんと欲する権利の有無に至りてはなおこれを知るによしなし。その権利真に有りとせば付与的なりといえどももしその権利無かりしとせば認定的に過ぎず。故に和解常に付与的なりと曰うこと能わず。

　しからばすなわち和解は如何なる性質を有するか曰くその性質全く未定のものたり。もし権利を抛棄せしもの真の権利者なりとせば和解付与的にしてもしその者全く権利を有せざりしとせば和解認定的なること右に述ぶるが如し。しかして和解を為すものはこれによりてもってその権利のいずれに在るかを究めざることを約するものなるが故に当時直ちにその性質を知るによしなきなり。

（１６５）しかりといえどもフランス国に認定的論者もっとも多きはまた以えなきに非ざるなり。フランス国旧法において封建税を免れしめんがために学者の多数はこの説を唱えしこと既に上に述ぶるが如し。しかるに共和第７年寒月[ﾌﾘﾒｰﾙ]２２日法律第６８条第１款第４５によれば和解にはただ認定的行為に課すべき１フランの定税を課して敢て付与的行為に課すべきこの例税を課せず。これによりて論者は現行法においても依然旧法を守り和解をもって認定的とせるなりと曰えり。しかりといえども余はこれを取らず。それ税法は常に民法の原則を守るものに非ず。或は民法において認定的とせる行為に付与的行為に課すべき税を課することあり。不分物の競売の如きすなわちこれなり（民法第８８３条及び共和７年寒月２２日法律第６９条第５款第６及び第７款第４）。これによりてこれを観れば右に反して民法において付与的とせる行為に認定的行為に課すべき税を課することあるも敢て怪しむに足らざるなり。しかして余の信ずる所によれば法律が和解に課するは認定的行為に課すべき税をもってするは誠にその当を得たるものなり。それ和解の性質の予め知るべからざることは上に述ぶるが如し。故に右の明文あらざるときはまず和解の実際認定的なるやはたまた付与的なるやを探究せざるべからず。しかしてこれを探究するには和解者双方いずれか曲にしていずれか直なりしやを判定せざるべからず。これ双方において敢て曲直の判定を願わず平和にその諍論の局を結ばんと欲したるに強いてその曲直を判定し再び諍論を惹起するの結果に至らんとするものなり。故に立法者はむしろこれを認定的行為と同一視して定税を課するの愈れるに如かずとせしやも知るべからず。何ぞ敢てこれをもってにわかに和解を認定的とせしの証とすることを得んや。

（１６６）認定的論者の論拠とせる法文なお１あり。民法第２０５２条第１項これなり。曰く和解は当事者間に於ては終審の既判力ありと。けだし本条の意義にいつては学者間大に議論ありて判決例においてもまたその解釈区々なる所なるか。その源は遠くこれをローマ法に取り当時既に和解は裁判に等しと云う格言ありたるなり。しかしてその意義を尋ぬるにただ和解を為すものは法廷に訴えて裁判を請うことを為さず。己れ自ら裁判して諍論の局を結べるものなるが故に後日更にこれに悖りて諍論を起すべからざることなお既判の事件につきまた諍論を起すべからざるが如しと曰うに過ぎざりしなり。降りてフランス国旧法の時に至りては認定的論者或はこれによりて説を為したるといえども「ドマー」の如きはよくローマ法の意を解し頻りに和解の確然諍論を決著することなお裁判のごときことを言えり。しかしてフランス国民法を制定するに当りて本条に関し議論せし所順次原案を修正せし所を見ればその意ただローマ法を摸写し只管和解の容易にこれを廃棄すべからざることを明言せんと欲したるに過ぎざるやすこしも疑いを容るべきに非ず。これまた本条の第１項と第２項とを対照するも明かなる所なり。第２項に曰く法律の錯誤に基くも欠損に基くも之れを攻撃することを得ずと。

　イタリア国民法第１７７２条第１項にもフランス国民法第２０５２条第１項を摸写し和解は当事者間に於ては廃罷すべからざる裁判の効力ありと曰えり。

（１６７）我が民法財産取得編第１１４条においては有効の和解は当事者の相互に追認したる権利又は利益にして既に生じ又は予見したる争の目的たるものに付ては当事者間に在ては確定判決の権利と均しき認定の効力を生ず　此場合に於ては其権利又は利益は従前の原因に由りて保持したるものと看做す　但当事者双方に更改を為す意思ありしときは此の限に在らず　之に反して相互に供与し又は諾約したる権利又は利益の全部若くは一分にして争の目的たらざりしものに付ては和解は物権又は人権を生じ之を移転し若くは之を消滅せしむる有償合意の規則に従うと曰えり。

　今本条の規定を評論するに先だち本条の文字甚だ穏当ならざることを論ぜん。第１当事者の相互に追認したる権利又は利益と曰えり。追認とは前に既に存在せる権利または利益を追て認むるの意なるべし。しかるに和解においてはあたかもその権利または利益が前に既に存在せしや否やの問題を究めずしてその有無にかかわらず契約上これあるものと看認て互に相約するなり。故に追認の文字は穏当ならず。フランス文草案には「ルコンニュー」とありたり。「ルコンニュー」はただ認むるの意にして必ずしも追認するには非ざるなり。第２既に生じ又は予見したる争の目的と曰えり。この文字については既に和解の定義を論ずるに当りてその不当なることを述べたり。故に再びここに贅せず。第３有効の和解は‥‥確定判決の権利と均しき認定の効力を生ずと曰えり。和解，権利に均しとは頗る解し難き文字なり。これに加えて確定判決の権利と曰えば確定判決を為すの権利なるが如し。用字の粗漏もこれに至りてほとんど極まれりと謂うべし。フランス文草案にはただ有効の和解は‥‥廃罷すべからざる判決の純然たる認定の効力を生ず[ﾗﾄﾗﾝｻﾞｸｼｮﾝ,ﾌﾟﾛﾁﾞｭヰｰ-----ﾚﾂﾌｴｰ,ﾌﾟﾕｰﾙﾏﾝ,ﾃﾞｸﾗ･ﾁﾂﾌ,ﾄﾞｴﾝ,ｼﾞｭｰｼﾞｭﾏﾝ,ｲﾚｳﾞｦｶｰﾌﾞﾙ]と曰えり。

（１６８）請うこれより進みて本条の意義を論ぜん。右第２項に詳言せる所は余が本節の始において述べし如く係争権の全体または一部を抛棄する代わりにその相手方より獲る諍論に関係なきものについては和解の付与的なることを言うものにしてこれ別に喋々を待たざる所なり（（１６３））。ただ係争権に関しては当事者において別に更改を為すの意思あるに非ざるよりは和解必ず認定的なることを明言ししかもこれをローマ法以来の和解は裁判に等しと云う格言に附接せり。これフランス国の多数説を取りたるものにしてその当らざることは余が上に論ぜし如くなりといえどもまた敢て異しむに足らざるなり。ただローマ法以来行わるる格言なりといえども和解裁判に等しと云うは甚だ穏当ならざる語にしてまたその意義ローマにおいては決して和解認定的なりの意に非ざりしことは前に言えるが如し（（１６６）なお（１６３）を対照せよ〕。しかるにこれを我邦に移し来りてこれを民法に掲載するのみならず。これに和解の認定的効力を附接しもって益々謬りを傅うるは余が実に遺憾とする所なり。請う左に和解と裁判と異なる所を学けもってその妄を示さん。

（１６９）第１　和解は契約なり。裁判は強制によりて成るものなり。

第２　和解は必ず交互の勘弁によりて成る（民法財産取得編第１１０条及び第１章を見よ）。裁判は原被の１人を全く勝訴とし１人を全く敗訴とすることもっとも多し。

第３　和解は無効の訴をもってこれを攻撃することを得べし。確定判決は再審によるに非ざればこれを攻撃することを得ず（民事訴訟法第４６７条）。

第４　和解は新に発見したる証書に基きこれを銷除することを得べし（民法財産取得編第１１３条）。確定裁判は相手方もしくは第３者の所ためにより以前に提出することを得ざりし証書を発見するに非ざればこれを攻撃することを得ず（民事訴訟法第４６９条第７）。

第５　和解は口頭または私署証書をもってするものは執行力なし。確定判決には必ずこれあり（民事訴訟法第４９７条）。

　右の外フランス国においては第１和解はただ終審の既判力ありと曰いしが故に終審判決に対してはなお法律の錯誤に基いて上告することを得べし。和解は法律の錯誤に基いてこれを攻撃すること能わず（フランス国民法第２０５２条第２項及び我が民法財産取得編第１１１条）。またこれに対して上告することなし。第２フランス国民法第２０５５条の精神に基づきフランス国においては和解の１部を銷除してその他を存すること能わず。裁判はその１部を無効とすることを得べし。第３フランス国においては裁判は裁判上の抵当を生ず（民法第２１２３条）。裁判外の和解は一切これを生ずることなし。

（１７０）我が民法財産取得編第１１４条第１項末文に但当事者双方に更改を為す意思ありしときはこの限に在らずと曰えり。故に当事者双方に更改を為す意思ありしときは和解の効力付与的なり。しかるに余の信ずる所によれば当事者の意思は通常更改またはこれに類似するものを為すに在るが故に実際和解をもって付与的とすること多かるべし。ただ余の説によれば更改の意思の有無にかかわらず和解付与的なることありといえども我が民法によれば更改の意思を証するに非ざれば和解付与的ならず。しかして財産編第４９２条第１項によれば更改の意思は債権者に在ては之を推定せず。明かに証書又は事情より見わるることを要すとせるが故に判官において容易にこれを推定すること能わざるなり（フランス国民法第１２７３条及びイタリア国民法第１２６９条を参照せよ）。かつ明かに更改なき場合もまたこれなきに非ず。例えば甲乙に対し１０００円の債権ありと曰い乙はただ５００円の負債ありと曰いしが和解して乙甲に７００円を払うことを約せりとせん。双方の意思決して更改を為すに在らざりしこと明白なり。故に従来債権を担保せし抵当先取特権保証等皆な依然存在せるものとす。ただしこれ等担保の関係人は債権の金額につきもし７００円以下なりと信ぜばこれを争うことを得べしといえども決して７００円以上を払うに及ばざることは将に次章に説かんとする所なり。

（１７１）これを要するに本節の問題は全く結約者双方の意思を探求するに在りもし結約者において明かに和解により甲乙の権利を取得すべきこと言わば我邦民法においてもその和解付与的なることあるは論を俟たず。もしこれに反し結約者において明かに和解により甲は一切乙の権利を取得することなく仮令後乙の権利を援用するに利あることあるも甲は決してこれを援用せざることを言わばフランス国民法においてもその和解につき付与的に非ず。もし後日甲その権利を有せしの明証出でんか和解認定的なり。もしこれに反して乙その権利を有せしの明証出でんか和解消滅的なり。しかりといえども実際この後例の如きことを明約するものはけだしこれあらざるなり。

（１７２）和解の効力を認定的とすると付与的とするとによりてその結果同じからざることは言うを待たざるなり。請う左にその重要なるもの４，５を掲げん。

第１　和解によりて係争権を保存せし者はその対手人の権原を援用することを得るか。

　この点は本節問題の中心と謂うも可なるものにして余の説によれば甲が乙の権原を援用することを得べきことは上に述ぶるが如し（（１６４））。付与的説によるもまたしかることは言うを待たず。ただ消滅的説と認定的説とにおいてはこれを援用すること能わずと曰わざることを得ず。しかれども認定的説論者中往々これを援用することを得べしと論ずるものあるは余が怪しむ所なり。けだしもししからざれば甚だ不正の結果を生ずることを悟りて敢て徹頭徹尾己れの原則を適用せざるものか。もししかりとせばその原則の誤れる１証としてこれを視ることを得べし。

　我が民法においては別にこの点を規定せず。また草案の註釈中にも一切この事に論及せず。故に認定的の原則を適用し甲乙の権原を援用すること能わずと曰わざることを得ず。これ実に結約者の意思に背けることは前に論ぜしが如し（（１６４））。これによるも法官たるものは善く結約者の意を探り敢て財産取得編第１１４条の文字に拘泥せず場合により断然和解をもって付与的効力を生ずることあるべきことを認定せざるべからず。

（１７３）第２　和解は時効及び果実取得の正権原か。

　フランス国においては不動産の時効に正権原を要することは民法第２２６５条に明文ある所なりといえども（ただし３０年の時効はこの限に在らず）動産については同第２２７９条の占有，権原の効ありの原則果して時効なるや否や。また時効なりとすれば果して正権原を要するや否や。また果実を取得するには正権原を要するや否や等皆な議論ある所なりといえども余の信ずる所によれば第２２７９条の原則は時効に非ず。また果実を取得するには別に正権原を要せざるなり（民法第５４９条及び第５５０条を見よ）。

　イタリア国においても不動産の時効に正権原を要することは民法第２１３７条によりて疑いなきが如しといえども動産については敢てこれを時効とせず。随て正権原を要することなきが如し（民法第７０７条）。ただ果実の取得については法文の用字は敢てフランス国民法に異なる所あらざれどもその位置を転せしによりてこれを観ればフランス国の少数説を取り正権原を要するものとせるが如し（民法第７０１条及び第７０３条を見よ）。すべて右の場合において今一層明瞭の文字を用いざりしは実に遺憾と謂うべし。

（１７４）我が民法においてはこれに反しその文字極めて明瞭なり。第１動産に関してもなお時効あるものとしその時効即時に成るものと看做し正権原は動産においてもなお不動産におけるが如くこれを要する事とし（証拠編第１４０条及び第１４４条）また果実の取得についても正権原なければ果実の全体を取得すること能わずとせり（財産編第１９４条）。故に右いずれの場合においても皆な正権原を要するなり。和解は果してこの正権原たることを得るか〔動産の即時時効は文字極めて不当なり。それ時効とは若干の歳月日時を経るの効果なり。草案のフランス語「プレスクリプション」は元来冒頭の意にしてこれはローマにおいて昔法官訴権の格文[ﾌｦﾙﾑﾗ]を与えし時冒頭にもし被告既に時効を得ば訴訟を却下すべしと曰いしことありてこれを「プレスクリプショロンジテムポリス」（長時の冒頭の意）と謂えるを略したるものなり。故にもし動産を占有するもの即時にその所有権を獲ばこれ時効または「プレスクリプション」に非ざるなり〕

（１７５）付与的論者より見れば和解正権原たること論を俟たずといえども余が説によるもまた和解正権原たりと謂わざるべからず。それ正権原とは何ぞや。我が民法財産編第１８１条はこれが定義を掲げて曰く法定の占有が占有の権利を授付す可き性質ある権利行為に基くときは譲渡人に授付の分限なきを以て其効力を生ずる能わざるときと雖も其占有は正権原の占有なりと。しかるに和解によりてその権利を抛棄せしものはこれをその相手方に譲渡すの意思あるべきことは前に述べたる所なり（（１６４））。故にもしこの者をして真に物件の所有者たらしめばその相手方その物件を取得せしこと敢て疑いを容るべきに非ず。故に和解は正権原なり。ただ消滅的説及び認定的説においては和解正権原に非ずと曰わざることを得ず。我が民法においては認定的説を取れり。故に和解正権原に非ずと曰わずんはあるべからず。ただし結約者の意思真に甲において乙の主張せし権利を獲得するにありたることを証明するときはこれをもって正権原と為すことを得べし。

（１７６）第３　和解は第３者に対して効力あらしめんにはこれを登記せざるべからざるか。

　フランスイタリア両国においては抵当とすることを得べき権利を移転すべき契約は皆なこれを登記せざるべからずといえども認定的の契約はこれを登記するに及ばず（１８５５年３月２３日法律第１条及びイタリア国民法第１９３２条）。故に付与的説において和解を登記すべきことは論を俟たざれども余が説によるもまたこれを登記せざるべからず。何となれば第３者に和解を対抗する場合においては敢て己れ固有の権原を援用せずしてその対手人の権原を利用せんと欲するものなり。もし和解によりてこの権原を獲るに非ざれば如何にしてかこれを利用することを得ん。消滅的説によるもまた和解を登記せざるべからず。何となればフランス国１８５５年法律第１条第２条及びイタリア国民法第１９３２条第３により登記すべき権利の抛棄もまたこれを登記せざるべからざればなり。ただ認定的説においては一切これを登記するに及ばず。これ実際に弊害あること別に喋々を須たざるなり。

（１７７）我邦民法においても財産編第３４８条によれば左に掲ぐる諸件は財産所在地の区裁判所に備えたる登記簿にこれを登記す」第１　不動産所有権其他の不動産物権の譲渡」第２　右の権利の変更又は抛棄」第３　差押えたる不動産の競落」第４　公用徴収を宣言したる判決又は行政上の命令と曰えるが故に和解をもって付与的とすれば右の第１　第２によりこれを登記すべきこと論を俟たざれども我が民法においてはこれを認定的とせるが故にこれを登記するに及ばずと曰わざることを得ず。これ実に一大欠点と謂うべし。草案編纂者はその説明中に和解を登記すべきことを言えりといえどもこれ別に明文あるに非ざれば敢て財産編第３４８条を適用すること能わず。何となればその第１には不動産権の譲渡その第２にはその変更または抛棄と曰えるのみなるに和解は認定的とせるが故に甲は初めより常にその権利を有せしものと看做し乙は初めよりかつてこれを有せしことあらざるものと看做せばなり。草案編纂者はこの点においても和解を判決に視えこれを登記すべきものとせるが如く。しかして草案には登記すべき合意にしてただ口頭に止まるものの存在せることを徴せる判決をも登記すべしとせしか。これは確定の法文には削れる所なり。けだし草案にはフランス国法の規則を採用し証書の全文を登記すべしとせしが故に証書なき合意に関する判決もまたこれを登記すべしとせりといえども確定法文には我が現行登記法の規則を襲用しただ譲渡または変更抛棄の行為を登記すべしとせるが故に口頭の合意といえどもまたこれを登記することを得。故に別に判決を登記するの要なければなり。しかりといえども右法文の有無はすこしも本問題に関係なき者なりと。それ右の種類の判決を登記すべきことは既にフランスイタリア両国法律に規定せる所なり（フランス国１８５５年法律第１条第３及びイタリア国民法第１９３２条第８但しイタリア国においては民法第１９３９条の明文により証書の全文を記載するに及ばずといえども同第１９３５条の明文により公証，私署証書または判決によるに非ざれば一切登記を為す可らずとせしが故にこの第１９３２条第８を要するなり）。しかして未だフランスイタリア両国においていやしくも和解の効力を認定的としてしかもこれを登記すべしと曰える者あるを聞かず。けだし仮令その効力同じといえども判決を登記すべきにより直ちに和解を登記すべしと曰うこと能わざればなり。かつ証書ある合意によれる判決はこれを登記するに及ばず。故にこれによれる和解は草案によるもこれを登記するに及ばざるが如し。しかるに草案編纂者はなおこの場合においても前の合意既に登記を経しときはこれに和解を付記し前に登記なかりしときは和解を登記すべしと曰えり。これ実に法文外に法律を作らんと欲するものなり。かつ草案編纂者によるも登記すべかりし行為に関する和解のみ。これを登記または付記すべきものにして初めの行為登記すべからざりしもの。例えば相続の如きものなりしときは和解もまたこれを登記するに及ばず。これまた大なる欠点と謂うべし。故に草案すこしも修正を経ずして確定法文となれるとするも一たび和解をもって認定的とせる以上はこれを登記すべしと曰うこと能わず。況んや確定法文やや草案に異なり。判決は差押不動産の競落（財産編第３４８条第３）公用徴収（同条第４）及び行為取消（同第３５２条）の判決を除くの外は一切これを登記簿に登録することを要せずとせるにおいてをや。故に余は民法実施の前に財産取得編第１１４条を改正し和解は‥‥確定判決の権利と均しき認定の効力を生ず云々の文字も削り甲，乙の権原を援用することを得べきこと，和解の正権原たるべきこと及びこれを登記すべきことを掲げんことを望むこと切なり。

　しかれども民法実施は明治２６年１月１日に在り。もしこの時に至るまで別に登記法の改正あらざれば依然現行登記法を適用せざるべからず。しかして現行登記法（明治１９年８月１１日法律）第１条によればただ不動産及び船舶の売買譲渡質入書入のみを登記すべきものなるが故に道理に基き余が説を用い和解もまたこれを登記するに非ざればこれを第３者に対抗するには譲渡ありたることを仮定せざるべからざるをもってなり。

（１７８）第４　フランス国において和解によりて不動産を保存せしもの共通制をもって結婚せしものなるときはその不動産はその特有財産なるかはたまた共通財産なるか。

　認定的説によればもしその者その不動産を結婚前に有せしことを主張せし場合においてはその不動産必ず特有財産なること論を俟たず。消滅的説によるもまたしかり。ただ付与的説によればその不動産必ず共通財産なりと曰わざることを得ず。しかるに民法第１４０２条によれば凡そ不動産は配偶者の一人が結婚前に其所有権又は法定の占有権を有せしか又は其後相続又は譲与の名義を以て獲たることを証するに非ざれば共通の獲得物と看做すべしとせり。故にその配偶者結婚前既に法定の占有権を有せし場合においてはその不動産必ず特有財産なり。然りといえどもその他の場合においてはその不動産必ず共通財産なりと曰うべき筈なるに論者は却て特有財産なりと曰うこと誠に前後矛盾せりと謂うべし。しかして余の説に従えば和解は元来付与的にも非ず。また認定的にも非ざるが故にその不動産をもって特有財産なりと主張するものは結婚前既にその所有権を有せしことを証せざるべからず。これをもって共通財産なりと主張するものはその配偶者和解によりてその所有権を獲たることを証せざるべからずとすべきなり。しかるに今民法第１４０２条は１の推定を設け凡そその配偶者結婚前に既にその所有権または占有権を有せしことを証するに非ざれば皆な共通財産と看做すべしとせり。故にその配偶者結婚前に不動産を占有せしときを除くの外は学証の責常にその配偶者に在るなり。

　イタリア国民法第１４３５条には一切推定を設けざるが故に全く余が説を適用すべきが如し。

（１７９）第５　フランス国においては和解に課するに定税をもってすべきかはたまた比例税をもってすべきか。

　今仮りに法律の明文を度外に舎きただ諸税の取る所の原則より生ずる結果を言えば第１認定的説においてはただ定税を課すべく　第２消滅的説においても通常またしかり　第３付与的説においては必ず比例税を課すべく　第４余が説に従えば収税官は和解が真に権利を移転せしや否やを探りもしこれを移転せしときは比例税を課しもししからざるときは定税を課すべきなり。

　フランス国旧法において大率和解を認定的としこれに封建税を課せざりしことは既に節首に述ぶるが如し（（１６３））。しかして共和第７年寒月２２日法律第６８条第１款第４５においてもこの説を採用せしものの如し。曰く和解は如何なる事件に於ても凡そ金額及び有価物の要約又は本法に於て之れより重き登簿税[ｱﾝﾙｼﾞｽﾄﾙﾏﾝ]を課する処分を包含せざるときは１フランの定税を課すと。この法分は１８１６年４月２８日法律第４４条第８においてこれを再出しただその税を増して３フランとせしのみ。その後１８７２年２月２８日法律第４条第１項においてまたその半額を増し４フラン半とせり。故にフランス国現行法によれば和解はただこれに４フラン半の定税を課するを原則とし例外としてその金額または有価物の要約を包含せるときは１００分の１（共和第７年寒月２２日法律第６９条第３款第３なお１８５０年８月７日法律第９条第１項及び１８５５年５月５日法律第１５条を見よ）その年金の約定を包含せるときは１００分の２（同法律第６９条第５款第２）その金額または有価物の免責を包含せるときは１０００分の５（同法律第６９条第２款第１１なお１８５０年８月７日法律第９条第２項及び１８５５年５月５日法律第１５条を見よ）その係争外動産の譲与を包含せるときは１００分の２（同法律第６９条第５款第１）その係争外不動産の譲与を包含せるときは１００分の４（同法律第６９条第７款第１）の比例税を課せり。しかしてその係争外不動産の譲与を包含せる場合においては１８５５年３月２３日法律以降必ず和解を登記せざるべからずといえども売買または贈与の如く登簿税と同時に登記税を徴収することなし（１８１６年４月２８日法律第５２条及び第５４条を見よ）。ただその登記を請うときは１００分の１半の定税を納めざるべからず（共和第７年風月[ｳﾞｧﾝﾄｰｽﾞ]２１日法律第２５条）。ただし共和第７年風月２１日法律はただ不動産所有権の移転について言うが故にもし和解用益権の設定を包含せるときはその登記にはただ１フランの定税を課するのみ（１８５５年３月２３日法律第１２条）。

（１８０）以上は余が信ずる所なりといえどもこの問題は学者間裁判例において皆な議論を惹起せる所なり。請うこれを左に略陳せん。

　余が説によればその結果全く右に述べたる法律の規定に合わずといえどもまたこれを弁明することを得べきことは前に述ぶる所なり（（１６５））。

　付与的論者は通例和解に比例税を課しその不動産権に関するものには１００分の４の税を課しなおまた係争外の物件についても課税することあり。これ明かに共和第７年寒月２２日法律第６９条第１款第４５の明文を蔑にするものなり。故にこの論者中にも右法文あるによりて比例税を課すべからず。ただ定税を課すべしと曰うものあれどもこれその主張せる原則と相矛盾するものなり。

　認定的論者及び消滅的論者は大抵皆なただ定税を課すべしと曰えりといえども判決例においては通常和解をもって認定的としながらただ税法においては付与的なりとせり。これ実にいやしくも寄々妙々と謂うべし。それ民法上和解の常に認定的ならざることは前に委くこれを論じたり。ただ税法においては共和第７年の法律あるによりこれを認定的行為と同一視すべきものなるに判決例は全くその反対に出でしこと実に了解すること能わざる所なり。しかりといえどもこの判決例は数１０年来確立せる所にして容易にこれを動かすこと能わず。故に今日フランス国の実際においては和解を付与的として課税するなり。ただし和解によりて権利に多少の変更を来たしし如く見ゆることを要す。しかして裁判所は占有外見に顕はるる権原第１審の判決等によりてこれを定むべしとせり。

　　　　　　　第２節　和解に担保あるか

（１８１）或は本問題をもって前節問題の結果とし和解付与的ならんか担保あるべし。和解認定的ならんか担保あるべからずと曰えりといえどもこれ大なる謬なり。それ和解にして常に認定的ならんかこれに担保ありとすること難かるべし。しかりといえども認定的なる共有物の分割に（フランス国民法第８８３条イタリア国民法第６７９条末文及び第１０３４条我が民法財産取得編第１５５条）担保あるを見れば（フランス国民法第８８４条以下イタリア国民法第１０３５条以下及び我民法財産取得編第１５６条）敢て一概にこれを論ずベからざるが如し。しかりといえども和解を付与的とすれば必ず担保あるべしと曰うに至りては全く担保の性質を知らざるものと謂うべし。それ担保なるものは元来結約者の明示または黙示の約定より生ずるものにして例えば売買に担保ある所以のものは売主は通常確乎たる所有権を買主に獲得せしむることを約するものなるが故にもし売買真の所有者に非ずして追奪を受くればこれを担保せざるべからずとせること誠に理の当をしかるべき所なり。しかりといえども売買においても売買の当時既に追奪の恐ありて買主これを知りてなおこれを買いたる場合においては担保なきことフランス国民法第１６２９条イタリア国民法第１４８５条及び我が民法財産取得編第６９条によりて明白なる所なり。今和解を付与的とし常に譲渡あるものとするもその譲渡は係争権利の譲渡にして決して確乎たる権利の譲渡に非ず。故にこの権利を抛棄せし者は決してその相手方をしてその権利を獲得せしむることを約したる者に非ず。その相手方は己れ自らその権利を有せりと曰いしに非ずや己れ自ら１権利を有せりと曰うものは敢て他人にその権利を獲得せしめんことを請うものに非ざるなり。論者或は曰わん。フランスイタリア両国に在りては子の言誠に理ありといえども我邦においては民法財産編第３９５条第１項の明文あるが故にもし和解を付与的とせば必ず担保ありと曰わざることを得べしと。その明文に曰く物権と人権とを問わず権利を譲渡したる者は（もし真に権利を譲渡したりとせば追奪の恐れなし。故にほとんど担保の用なし。フランス文草案には譲渡したるもの又は譲渡すことを約したるもの[ｷｰ,ｱ,ｺﾝﾌｴﾚｰ,ｳｰ,ﾌﾟﾛﾐｰ,ﾄﾞ,ｺﾝﾌｴﾚｰ]と曰いしが何故にまたは以下を削れるか解し難し。余が考うる所によれば単に譲渡すことを約したる者として可ならん）譲渡以前の原因又は自己の責に帰す可き原因に基きたる追奪又は妨碍に対して其権利の完全なる行使及び自由なる収益を担保する責に任ずと。これその１を知りて今だその２を知らざるものなり。それ本条はただ原則を掲げたるものにしてその例外は財産取得編第６９条に在り曰く物権と人権とを問わず争に係る権利の譲渡に於ては譲渡人は特別の合意なく且譲受人が争あることを知りたるときは其主張の虚構ならざることを担保するのみにして譲渡したる権利の真の成立を担保せず云々。故に和解を付与的とするも必ずしも担保あるべきに非らざるなり。これ故にローマにおいては和解を付与的とせし明白の場合あること前に述べたるが如しといえども（（１６３））しかも和解に担保なきこともまた明文ある所なり。もって付与的効力と担保の義務と必ず相須ちて離れざるものに非ざるを見るべし。

　我民法においては明かに和解をもって認定的とせるが故にその担保なきこと言うを待たざるなり。

（１８２）以上は係争権利について論ずる所なり。もしそれ係争外の権利にして係争権に易えて譲渡すことを約したるものについては他の有償契約と同じく担保あること言うを待たず。これローマにおいて既に係争権について担保なきことを言える明文が同時に明言せる所なり。しかしてフランス国旧時において「ポチエー」もまたこの事を言えり。フランスイタリア両国民法においては一般に担保の事を規定するの法条あらざるが故に或はこの場合において担保あるべきや否やを疑うの理なきにしもあらざれども未だかつてこれを疑いたるものあるを聞かず。我邦民法においては右に掲ぐる財産編第３９５条及び第３９６条をもって凡そ有償契約においては必ずこれあるべきことを言いまた財産取得編第１１４条第２項において相互に供与し又は諾約したる権利又は利益の全部若くは一分にして争の目的たらざりしものに付ては和解は物権又は人権を生じ之を移転し若くは之を消滅せしむる有償合意の規則に従うと明言せるが故にその担保あること更に喋々を待たざるなり。

　　　　　　　第３節　過怠約款ある和款

（１８３）ローマ法において和解に関する明文中過怠約款の事を論ずるもの多かりしかとも余の信ずる所によればただ普通法を適用せしものに過ぎざりしか。フランス国旧法の時に至りて「ドマー」は和解の事を論ずるに当りてまた過怠約款の事を言うといえども明かに普通法を適用すべきことを言えり。フランス国民法第２０４７条には「ドマー」の言いし所を謄写して曰く和解を履行せざるものに対して過怠の要約を和解に附加するを得と。しかしてただ普通法を適用すべきことを言わずといえどもこれその言うを待たざるをもってなり。かつ明文にはこれなしといえども民法編纂の際原案説明員及びその他の議員皆なこの意を明言せり。故に反対論者尠からずといえども余はすべて普通法を適用すべしと信ずるなり。

（１８４）過怠約款の債権者は同時に過怠と和解の履行を請求することを得るが曰くこれ専ら結約者の意思如何に関す。しかしてその意思は諸般の事実情態よりこれを探究すべき所にしてしかもその探究権は専ら事実裁判官の掌握する所にして仮令その探究誤りと曰うももって上告すること能わざるなり。しかりといえども左に１例を示しもって裁判官が標準とすべき者の１斑を示さん。甲所有者として１の不動産を占有せり。その価大凡１０萬フラン。乙来りてその不動産は己れが有なりと主張せり。これにおいて甲乙和解して甲ただ乙に５萬フランを与えてもってその争の局を結びたり。しかして過怠約款を付して曰く乙もし再び不動産取戻の訴を起さばその過怠として１５万フランを払うべしと。この場合においては双方の意思過怠金を請求せば和解の履行を請求すること能わざるに在りしこと明白なり。故に甲もし乙に１５万フランを請求せば敢て乙が再び不動産取戻の訴を起すことを妨ぐること能わず。もしこれに反し乙ただ過怠金として１０００フランを払うべきことを約せばこれただ違約のために生ずべき損害の賠償に過ぎざること疑いなきが故に甲は右の金額を請求してしかもなお乙が再び起せる不動産取戻の訴に和解を対抗することを得べし。

　以上は裁判官において結約者の意思を探求し得たる場合について言うものなれどももし裁判官においてこれを探究し得ざるときは民法第１２２９条の原則により甲もし過怠を請求せばさらに和解の履行を請求すること能わずとせざることを得ざるなり。

（１８５）イタリア国民法においてはその第１２１２条に粗フランス国民法第１２２９条を直訳してしかもその第１７６７条において規定して曰く和解中に於て之れを履行せざる者に対して過怠を要約することを得」此過怠は遅滞に由りて生ずる損害の報償なり。但し和解を履行するの義務を妨げずと。故にイタリア国においてはフランス国学者の少数説を取り和解においては契約の履行と過怠とを併せて請求することを得るを原則とせり。これけだし和解においては結約者の意思ここに在ること多きをもっての故か。かつこれ元来結約者の意思を推測してかく規定するものなるが故にもし結約者の意思これに反せしの証あれば固より契約の履行と過怠とを併せて請求することを得ざるなり。故に実際別に弊害なしといえども余の信ずる所によればこれにつき特に和解に関し例外の規則を設くるの要なきが如し。

（１８６）我が民法の編纂者もここに見る所ありて敢て和解のために特則を設けず。ただ彼財産取得編第１１０条第２項において和解の成立，有効，効力及び証拠は下の規定を除く外合意に関する一般の規則に従うと曰いもって過怠約款についても普通法の規定に従うべきことを示せり。これフランス国民法の無用の法条を掲げ却て学者の議論を惹起すに愈る萬々なり。しかして今これを普通法に照らすに債権者が過怠を請求するときはまた契約の履行を請求することを得ざると過怠と契約の履行とを併せて請求することを得るとは１に結約者の意思に任せ敢て法律上の推定を設けざるが如し（財産編第３８７条以下及び草案註釈を見よ）。これ却てほしいままに法律上の推定を設くるに愈る者あるか。

（１８７）以上は通常和解に対する過怠約款すなわち和解を履行せざる場合について約したるものを論じたるなり。請うこれより１種の過怠約款すなわち和解を攻撃するときは若干の過怠を払うべきの約について論ぜん。

第１　もしこの約款詐欺または強暴によりて取結びたる和解を攻撃せしめざるをもって目的とするときは公の秩序を害するをもって無効なり。

第２　もしこの約款無能力者の取結びたる和解を攻撃せしめざるをもって目的とするときはその約款もまた無能力によりて無効なり（フランス国民法第１２２７条及びイタリア国民法第１２１０条を見よ）。

第３　もしこの約款錯誤によりて取結びたる和解を攻撃せしめざるをもって目的とするときは左の条件をもって有効なり。第１結約者の意錯誤によりて和解を銷除せざるに在りたると判然せると。第２結約の当時既に結約者において錯誤あらんかの疑いありしと。これなり。

第４　その他の場合においてはこの約款はただ不当に和解を攻撃するときは若干の過怠を払うべしと云う意を含むものと推定す。この場合においてはまずその無効の訴を法廷に争いもしその和解無効となれば敢て過怠を払うことなし。もしその和解有効なりと判定せらるればこれを攻撃したるものは必ず過怠を払いしかもまた和解を履行せざるべからず。けだし約款の付属せしは和解本契約に非ずして和解を攻撃せざるの従契約なりしをもってもし和解を攻撃すればすなわちこの従契約を履行せず。故に必ず過怠を払わざるべからざるなり。

　　　　　第６章　和解の範囲

（１８８）本章を分ちて左の２節とす。

　　第１節　和解を対抗し得る人及びその対抗を受くべき人

　　第２節　和解中に包含せる事項

　　　　　　　第１節　和解を対抗し得る人及びその対抗を受くべき人

（１８９）凡そ契約は結約者間にのみその効果あるべきは普通法の原則にして和解もまた契約なるが故にこの原則に従いただ結約者間にのみその効果あるべきは言うを待たず（フランス国民法第１１６５条イタリア国民法第１１３０条我が民法財産編第３４５条）。しかるにローマ法においては和解に関する明文中和解を対抗し得る人及びその対抗を受くべき人を定むるもの尠からざりしかはフランス国旧法の時においても「ドマー」は和解の事を論ずるに当りまた同様の規定を掲げたり。フランス国民法編纂者はただ「ドマー」の著書によりその第２０５１条をもって規定して曰く利害関係人の一人が為したる和解は他の利害関係人を羈束せず又他の利害関係人之れを対抗することを得ずと。イタリア国民法第１７７１条にはフランス国民法第２０５１条を直訳せり。我が民法においては敢てこれに倣わず。ただ前にしばしば掲載せし財産取得編第１１０条第２項をもって和解の効力は合意に関する一般の規則に従うとしたるはもっとも妥当なりと謂うべし。余はただ左にやや議論あるべき８の場合を掲げこれを略論せん。

（１９０）第１　占有者

　占有者の為したる和解の真の所有者に対抗すべからざることはほとんど言うを待たざる所なり。或は曰くしからず。善意をもって占有者に為したる弁済は有効なり（フランス国民法第１２４０条イタリア国民法第１２４２条我が民法財産編第４５７条）。故に善意をもって占有者と為したる和解もまた有効にしてこれを真の所有者に対抗することを得べしと。これ牽強傅会の甚しきものと謂うべし。それ占有者に為したる弁済の有効なるは非常の例外なり。故にこれを拡充して和解に及ぼすこと能わず。かつ義務者は弁済せざることを得ず。何人たりとも決して和解せざることを得ざることなし。故に占有者と為したる和解はこれを所有者に対抗することを得ず。

　唯一の場合において学者間裁判例において皆な大に議論あり。表見なる相続人の為したる和解これなり。この問題を決せんにはまず表見なる相続人の為したる譲与はこれを真の相続人に対抗することを得るや否やを決せざり可らず。ローマ法及びフランス国旧法においては善意の表見相続人が為したる譲与はその獲得者担保を有する場合においてはこれを真の相続人に対抗することを得べしとせしがフランス国今日においても裁判例においてはもしその獲得者善意なるときはその譲与を真の相続人に対抗することを得べしとせり。これフランス国法律上においては大に謬れりと謂いざることを得ず。我邦においては未だこの事を規定するの法文あらず。余は切に望む。異日民法を改正するに方りては必ずこの事を規定せんことを。しかして余の考うる所によれば相続開始後１年を経れば凡そ表見相続人が善意の第３者と為したる契約は皆な有効なりとすべきが如し。

　占有者が為したる和解を真の所有者に対抗すること能わざる場合においてその所有者はこれを和解の相手方に対抗することを得るか曰く否な。それ占有者善意ならんか。己れ所有者なりと信ずるが故に敢て真の所有者のために和解するに非ず。ただ己れのためにするのみ。占有者悪意ならんか己れ所有者に非ざることを知るといえどもしかも己れ所有者なるか如く物件を処置するものなるが故に敢て真の所有者のために和解せりと曰うことを得ず。故に如何なる場合においても所有者は占有者の為したる和解を対抗することを得ざるを原則とす。

（１９１）第２　解除条件付所有者

　解除条件付所有者についてローマ法以来一大原則ありて与うるものの権利解除すれい受くるものの権利もまた解除す[ﾚｿﾞﾙﾄ,ｼﾞｭﾚ,ﾀﾞﾝﾁｽ,ﾚｿﾞﾙﾀﾞヰトｳﾙ,ｼﾞｭｽ,ｱｸｼﾋﾞｴﾝﾁｽ]と曰えり。故に解除条件付所有者は有効に和解することを得れどももしその条件到来するときはその権利解除すると同時に和解もまた解除するなり。ただし管理及び収益の行為はいやしくも詐害なき以上はこれを解除によりて権利を獲るものに対抗することを得べし。故にこの行為に関する詐害なき和解もまたこれをその者に対抗することを得べし。

　これを要するに解除条件付所有者が元本の上に為したる和解はこれを解除によりて権利を獲るものに対抗すること能わざるを原則とす。この原則は左の場合において例外あり。

第１　失踪者財産の確定占有者[ｱﾝｳﾞｦﾜｲｴｰ,ｱﾝ,ﾎﾟｯｾｯｼﾖﾝ,ﾃﾞﾌヰﾆﾁｰｳﾞ]の為したる和解はこれを真の所有者または真の相続人に対抗することを得べし（フランス国民法第１３２条イタリア国民法第３９条我が民法人事編第２８１条第２項）。

第２　フランスイタリア両国においては受贈者が遺産中に返還す[ﾗﾂﾎﾟﾙﾃｰ]すべき財産について為したる和解はこれを他の相続人に対抗することを得べし（フランス国民法第８６０条イタリア国民法第１０１６条）。

第３　フランスイタリア両国においては受贈者の負恩の所為に基きて贈与を廃罷するに当りては廃罷出訴の登記前に贈与物について為したる和解はこれを贈与者に対抗することを得べし（フランス国民法第９５８条イタリア国民法第１０８８条）。

第４　イタリア国においては負担付受贈者その負担を履行せざるによりまたは子なき贈与者が後に子を獲たるにより贈与を取消すに当りては取消出訴の登記前に贈与物について為したる和解はこれを贈与者に対抗することを得べし（民法第１０８０条及び第１０８８条）。

（１９２）フランス国においては傅贈[ｽﾕｳﾞｽﾁﾁﾕｼﾖﾝ]の負担者[ｸﾞﾙｳﾞｴｰ]の権利については頗る議論なきに非ざれども多数説によれば解除条件付権利なりとせり。しかるにその負担者の為したる和解はこれを傅贈受取人[ｱﾂﾌﾟﾚｰ]に対抗することを得るや否やについては諸税紛々たり。けだしローマにおいては傅贈負担者は真の所有者にしてただその財産を傅贈受取人に与うるの義務を負えるのみなりしが故にその自由に和解することを得しは論を俟たざるなり（ここに傅贈と曰うはローマの「フヰデイコムミッスム」なり。ローマの「スブスチトゥショ」には非ず）。降りてフランス国旧法の時に至りては漸次傅贈負担者の権利を殺きたりといえどもなお１７４７年に至るまでは学者大率皆な真に諍論ある場合においては傅贈負担者有数に和解することを得べしとせしが１７４７年に至り１の勅令出でて傅贈負担者和解を為すには検察官の意見を聴き裁判所においてこれを許可するに非ざればこれを傅贈受取人に対抗することを得ずとせり。しかるに今日に至りてもなおこの勅令を襲用し検察官の意見を聴き裁判所において許可したる和解は傅贈後見人の承諾を得ればこれを傅贈受取人に対抗することを得べしとするもの又は民法第４６７条に従い未成年者に関する和解と同一の手続を踏むべしとするもの又はなおこれに傅贈後見人の承諾を要すとするものありといえどもこれ皆な非なり。それ１７４７年の勅令は前に訳載せる共和第１２年風月３０日法律第７条によりて既に廃止せるものなり（（６１））。また未成年者の規則はこれを傅贈に適用すること能わず。故に傅贈負担者はフランス国においては一切傅贈受取人に対抗することを得べき和解を為すこと能わざるなり。

　イタリア国においては断然傅贈を禁止せり（民法第８９９条）。これ善法と謂うべし。我邦においては一切傅贈の事を規定せず。けだしその従来の慣習に在らざるをもっての故か。

（１９３）解除によりて権利を獲るものに和解を対抗することを得ざる場合においてこの者これをその対手人に対抗することを得るか曰くしかり。それ解除条件付所有者はよくその権利の異日解除することあるべきを知れり。故に和解を為すに当りては啻に己れのためにこれを為すに非ずしてまたその将来の所有者のためにもこれを為したるものと看做さざるを得ず。故にその将来の所有者はこれをその対手人に対抗することを得べし。ただし和解者において反対の意思ありたるときはこの限に在らず。

（１９４）第３　売主及び買主

　売主もし担保の責を免がれんため第３者と和解するときはその第３者買主に請求するにその和解を履行せんことをもってすること能わざるは言うを待たず。ただ買主はフランス国民法第１１６６条イタリア国民法第１２３４条及び我邦民法財産編第３３９条に基き売主に代わりて和解をその第３者に対抗することを得。もししからずんば売主もまた和解の利を獲ること能わざればなり。

これに反し買主もし第３者と和解するも売主真にその権利を有せざりしことを証明するに非ざれば敢て売主に担保の請求を為すこと能わず。

（１９５）第４　主たる債務者及び保証人

　和解更改を包含する場合においては主たる債務者と債権者との間に成れる和解は保証人をしてその責を免がれしむる効あり。ただしもし債権者が保証人の新債に同意することを和解の条件と為したるときは保証人は己れの撰に任せ或は新債の保証人となり。或は旧債の保証人となることを得べし（フランス国民法第１２８１条イタリア国民法第１２７７条第２項及び第３項我邦民法財産編第５０１条第１項及び第２項ただし我邦民法には一般に本文の場合を規定せずといえどもこれを本文の場合に適用すべきことは論を俟たざる所なり）。

　和解更改を包含せざる場合においてはその和解負担を重くせしが保証人はフランス国民法第１１５６条イタリア国民法第１１３０条及び我邦民法財産編第３４５条により全くその和解を承認せざることを得べし。和解負債を軽くせしがこれ負債の一部を免除せしものなり。故に保証人の義務もまたその一部の免除を獲たるものなり（フランス国民法第１２８７条第１項イタリア国民法第１２８２条及び我邦民法財産編第５０６条第１項）。かつもし保証人にして和解を援用することえを得ずは保証人は主たる債務者に対し求償権を行い主たる債務者もまた将に和解の利を獲ざらんとす。故に保証人は必ず和解を援用することを得るなり。

（１９６）以上は債権者と主たる債務者との間に成れる和解について論じたり。請うこれより債権者と保証人との間に成れる和解について論ぜん。それ従たるものは主たるものなければ独り存在すること能わず。故に主たる債務の全体または一部消滅せば従たる保証人の債務もまた同一の分量において消滅せざることを得ず。これに反し従たるもの消滅するも主たるものために必ず消滅すべきの理なし。故に債務者は敢て債権者と保証人との間に成れる和解を援用すること能わずと謂わざるべからざるが如し。これ実にフランスイタリア両国民法の明かに規定せる所なり（フランス国民法第１２８７条第２項イタリア国民法第１２８２条）。しかるに我邦民法においては更改ある場合については同一の規則を採用しその財産編第５０２条に規定して曰く保証人と為したる更改は反対の意思ある証拠なきときは保証に付てのみ之を為したりとの推定を受け主たる債務者にも他の保証人にも義務を免がれしめずとしかり。しかして合意上の免除ある場合についてはその第５０７条をもって規定して曰く保証人の一人に為したる主たる債務の免除は債務者及び他の保証人をして其債務を免がれしむと。これ前後権衝を得ざるものと謂うべし。けだし更改の場合と免除の場合との間に規定を異にすべき理なし。立法者も敢て全くこれを異にせんと欲したるに非ず。その意畢竟するに仮令債権者保証人と更改または免除の約定を結ぶも保証人は主たる債務者を代理することを得るものなるが故にもし結約者の意真に主たる債権につき約定するに在るときはその結果なお主たる債務者と結約せるがごとしと曰うに過ぎず。しかりといえどもただ証拠の点において更改においてはフランスイタリア両国法律の精神により保証人ただ己れのために結約せしことを推定し免除においてはこの推定を設けず。これ豈に前後権衝を得たるものと謂うべけんや。余は異日民法を改正することあらば免除についても更改の場合と同一の推定を設けんことを欲するなり。ただし現在民法においても保証人に為したる免除をもって容易に主たる債権の免除と看做すべからず。必ず明確なる証拠あることを要す。しかして実際においては凡そ債権者が保証人に対して債務を免除すべしと曰える場合においては百中九十九皆なただ保証人を免除するの意にして敢て全く債権を抛棄するの意には非ざるなり。この場合においては必ず第５１１条を適用すべし曰く保証人の一人に保証を免除したるときは主たる債務者は其債務を免がれず　他の保証人は保証の免除を受けたる一人の部分に付き其義務を免がる　然れども保証人の間に連帯を為せる場合において債権者が第５０６条第２項に記載したる如く他の保証人に対して事故の権利を留保せざるときは他の保証人をして其義務を免がれしむと。ただし保証人に本証書を返還する場合の如きは全く債権を抛棄するの意あるものと看做すことを得べきか。

　凡そ従たるもの数個あるときはその１消滅するも敢て必ずしも他のものの消滅を招くべきに非ず。故に保証人数人あるときは其一人和解するも他の保証人これを援用すべからざるを原則とす。ただ前項に述べたる如く証拠の点においてフランスイタリア両国民法と我邦民法との間に差異あるのみ。ただしその保証人の負担分については他の保証人もまたフランス国民法第１１６６条イタリア国民法第１２３４条及び我邦民法財産編第３３９条により和解を援用することを得べし。もししからずんばその保証人もまた和解の利を失うべし（フランス国民法第１２８７条第３項イタリア国民法第１２８３条及び我邦民法財産編第５０２条第５０７条及び第５１１条）。

（１９７）フランスイタリア両国民法においては凡そ保証人が和解によりて債権者に与えたる金額物件は皆な債権を滅殺するの効力あり（フランス国民法第１２８８条イタリア国民法第１２８４条）。これ誠に当然と謂うべし。それ債権者は己の債権の履行を確乎たらしめんがために保証人を求めたりといえども敢て債権額より多額の弁済を獲るためには非ざりしなり。しかるに我民法においてはこれを改め債権者が保証人を免除するために請取りたる金額物件はすこしも債権を滅殺することなしとせり。これ余が賛成すること能わざる所なり。同財産編第５１３条に曰く共同債務者の一人が連帯若くは不可分のみの免除を得る為め又は保証人の一人が保証の免除を得る為め債権者に出捐を為したるも其債務を滅せず且他の共同債務者又は共同保証人に対して求償権を有せずと。これけだし債権者保証人を免除するときはために主たる債務者及び他の保証人無資力となりて損害を蒙むるの恐れあり（本条には一切主たる債務者の事を言わず。これ欠点と謂うべし。フランス文草案には汎く共同義務者[ｺｵﾌﾞﾘｼﾞｴｰ]に対して求償権なきことを言えるが故に中に主たる債務者を包含せしに憖に共同債務者又は共同保証人云々と改正して一層明瞭ならんこと欲して却てその不完備となりしことを忘れたるは惜むべし）。故に保証人の出だせる金額物件はこの危険に易うる報償にして決して債額の一部に非ずと看做したるものなり。しかりといえども必竟結約者の意思を推測するに過ぎざるものにして余の考うる所によれば結約者別にこの事につき明言せざるときは凡そ保証人が出だせる金額物件はもって債権の一部を消滅するの意なりしものと思わるるなり。故に我邦においても原則としてはフランスイタリア両国の規則を取りただこれに但し反対の意思ありたる証拠あるときは此限に在らずと云う但書を加えんことを望むなり。ただし現在民法によるももし結約者において債権の一部を消滅するの意ありしときは敢て財産編第５１３条を適用すべき限りに非ざるなり。

（１９８）第５　抵当の第三所有者

　債務者が債権者と為したる和解は抵当の第三所有者を利すべし。これを害すべからず。しかして和解もし更改を包含するときは第３所有者は全くその義務を免がるべし。ただし債権者において明かに抵当を留保したるときはこの限に在らず（フランス国民法第１２７８条イタリア国民法第１２７４条及び我が民法財産編第５０３条）。

　第三所持者が債権者と為したる和解は一切債務者を利しまたは害することなし。ただし第３所持者が債権者に払いたる金額物件は債権の一部を消滅すべし。ただ結約者において明かに第三所持者が出だすものはただ債権者抵当を失うより生ずる危険の賠償にして決して債権の一部の弁済に非ざることを言える場合においてはこの限に在らず。この点についてはいずれの邦においても明文あらざるが故に道理に基きかくの如く決せざるを得ずと思うなり。

右第三所持者と他の第三所持者とまたは保証人との関係は一大問題にしてかつその及ぶ所広く啻に和解に関するに非ざるが故に敢てここに説かず。

（１９９）第６　不可分債権の債権者及び債務者

　不可分債権者の一人債務者と和解するときは債務者はこれを他の債権者に対抗すること能わず。他の債権者は必ず義務全体の履行を請求することを得。ただし全体の履行によりて他の債権者己れの分より多くの利益を獲る場合例えば一家屋を建築する義務の場合の如きにおいては和解せし債権者の分の報償を債務者に与えざるべからず。もししからずんば債権者和解せし債務者に対して求償権を行うべきが故にその債権者もまた和解の利を獲ること能わざるべければなり（フランス国民法第１２２４条第２項イタリア国民法第１２０７条及び我が民法財産編第４４５条第５０１条第４項第５１５条第２項第５２１条第４項）。

　債権者と債務者の一人と和解するときこれを他の債務者に対抗することを得るや否やについてはフランスイタリア両国には別に明文なしといえどもこれを対抗することを得ざることは人の争わざる所なり。我邦においては民法財産編第４４７条に債務者の一人は他の債務者の負担を加重することを得ずと曰えるによりて明かなるが如し。

（２００）和解に関係せざる債権者または債務者において和解を為したる債務者または債権者にこれを対抗することを得るがフランスイタリア両国においては大欠典により一切この点を規定せし明文あらざるが故に議論百出未だ一定の説あらずいえども多数説によれば不可分の債権者または債務者の間には自ら代理契約ありてその共同関係人のために利益あることについては互に相代理するものと見做し本問題の場合においては和解に関係せざるものもまたこれを対抗することを得べしとせり。これその論決は可なりといえどもその理由に至りては余が取らざる所なり。それ不可分の債権者または債務者の間には一切契約なきこともっとも多し。けだし数人相続の場合もっとも多ければなり。故にその間に代理契約あるべき謂われなし。余の信ずる所によれば事務管理あり。けだし債権者または債務者はその義務の己れ一人に関せざることを知れるものなり。故にこれについて和解を為すに当りては己れの利益を謀ると同時に他の債権者または債務者を利することあるべきを知れり。故に己れの事務と同時にその事務を管理せしものと謂うべし。ただし反対の証拠ありしときはただ和解せし債権者または債務者の分についてのみ他の関係人これを対抗することを得べし。

（２０１）我が民法においても債権者数人ある場合については全く規定を欠けりといえども債務者数人ある場合については詳細にこれを規定せり。財産編第５０１条第１項に曰く債権者と連帯債務者の一人又は不可分債務者の一人との間に為したる更改は他の債務者及び保証人をして其の義務を免がれしむと。同第５０６条第３項に曰く不可分債務者の一人に為したる債務の免除に付ても亦同じ（他の債務者をしてその債務を免がれしむ）。然れども性質に因る不可分債務の債権者が他の債務者に対して其権利を留保したるときは債権者先づ全部に付き其権利を行い免除を受けたる債務者の部分を計算すと。故に我邦においても右に述べたる如く債務者の一人債権者と和解せしときは他の債務者これをその債権者に対抗することを得べし。しかれども反対の意思ありたるときはただ和解せし債務者の部分を計算するに止まり他の債務者において敢て義務の全体について和解を対抗することを得ず。これ後の第５０９条にも詳かなる所なり。曰く共同債務者の一人に対して連帯のみ又は任意の不可分のみの免除ありたるときは其一人をして他の債務者の部分を免がれしめ且他の債務者をして其一人の部分を免がれしむ」性質に因る不可分のみの免除に付ては債権者は債務者の各自に対して全部の要求を為す権利を失わず　但免除を受けたる債務者の負担す可き債額を計算することを要す」又債権者は免除を受けたる債務者に対し全部の要求を為すことを得。但他の債務者の負担す可き債額を計算することを要す」と。ただ前条には全く一人の義務を免除する場合を論じ後条にはただ不可分の免除を論ずるの差異あるのみ。かつ右はただ免除の場合についてのみ論ぜりといえども更改の場合にもこれを適用すべきは言うを待たざるなり。けだし一人の分のみについて更改することは稀なるをもってこれを規定せざるがまた第５１３条に曰く共同債務者の一人は連帯若くは不可分のみの免除を得る為め又は保証人の一人が保証の免除を得る為め債権者に出損を為したるも其債務を滅せず　且他の共同債務者又は共同保証人に対して求償権を有せずと。本条のその当を得ざることは前にこれを論じたり（（１９７））。故に再びここに贅せず。

（２０２）これを要するに我が民法においては債務者多数の場合については明かにフランス国多数説の決定を取れり。しかして債権者多数の場合についても同一なるべきは言うを待たず。ただその理由に至りては草案説明者が債権者多数の場合について言えるものを見るに曰く代理なしまた事務管理なし。しかして債権者一人の行為にして他の債権者に利益あるときは他の債権者これを援用することを得べしとする所以のものは他なし。債権分つべからざるをもって一人のためにこれを保存すれば自ら他の債務者のためにもこれを消滅すればなりと云うの意なるべし。もししかりとせば債権者が一人の債務者に対してその権利を失うときは他の債権者もこれを失うべしと曰わざることを得ず。これ我が民法の規定に反するものなり。故に債権一箇なる思想をもってこれを解くこと能わず。必ず事務管理の思想に基いてこれを論ぜざるべからざるなり。草案編纂者は共同関係人互に相識らざることあるをもって事務管理なしと曰うといえどもこれ謬れり。ここに人あり。隣人死して家に人なし。これにおいて仮にその財産を管理しもってその滅失を防ぐとせん。これ隣人の相続人のためにその事務を管理するものなり。しかもその人その相続人を識らざること稀なりとせず。またその隣人さえも識らざることなしとせず。故に不可分債務の共同関係人が互に相識らざることあるをもって事務管理なしと曰うは実に笑うべきの論者と謂うべし。

（２０３）第７　連帯債権者及び債務者

　連帯債権者及び債務者の一人が為したる和解はこれを他の債権者または債務者に対抗することを得ざるを原則とす。ただし和解せし債権者または債務者の部分を除きて請求を為さざるべからず（フランス国民法第１１９８条第２項イタリア国民法第１１８５条第２項及び我が民法財産編第５０１条第３項第５１５条第１項債権担保編第７９条第２項第８０条及び第８４条第３項）。

　他の債権者または債務者己れの利益のために和解を対抗することを得るが請うまず左に明かにこれを対抗すること能わざる場合３を掲げん。

第１　結約者明かにただ一人の債権者または債務者に関してのみ和解する旨を言いしとき（我が民法財産編第５０６条第２項）

第２　その諍論ただ一人の債権者または債務者に特別なる抗弁に関するとき

第３　その諍論ただ一人の債権者または債務者の権利義務連帯なるや否やに関するとき（我が民法財産編第５０９条第１項債権担保編第７１条第８０条）

　ただし右の場合において債務者の一人和解せしときはフランス国においては多少議論なきに非ざれども余の信ずる所によれば債権者は必ずその債務者の部分を除きて他の債務者に請求せざるべからず。かつその債務者己れの部分より多く出だしたるときはその額に応じ他の債務者の部分をも滅してこれを請求すべし。我が民法においては右に引証せる法条において明かにこれを規定せり。ただし右第３の場合においては彼財産編第５１３条により「共同債務者の一人が連帯のみの免除を得る為め債権者に出捐を為したるも其債務を滅せず　且他の共同債務者に対して求償権を有せず」とせるが故に債権者は他の債務者に対してなお負債の全額を請求することを得べし。この規定の不当なることは既に前に論じたるが故にまたここに贅せず。（（１９７））。

（２０４）請うこれよりもっとも疑いある場合を論ぜん。結約者すこしもただ一人の債権者または債務者に関し和解するやはたまたその共同関係人に関して和解するやを言わずしてしかもその諍論債権の全体に関せし場合すなわちこれなり。これ素と結約者の意思を探究するをもって肝要とする所なりといえどもただその疑いしき場合に在りてただ一人のために和解せしものと推定すべきや。はたまた他の共同関係人のためにも併せて和解せしものと推定すべきや一点これ我輩の討究すべき問題なり。フランス国においてはこの問題は大に議論ありといえども余の信ずる所によれば民法第１２８５条は明かにこの問題を決するが如し。ただし本条は受方連帯について論ずるといえども働方連帯についても同一なるべきは論を竢たざるなり。曰く連帯共同債務者の一人のためにせる合意上の免除即ち免責は総て他の債務者の責を免ず。但し債権者明かに他の債務者に対して其権利を留保せしときは此限に在らず」此末の場合に於ては其免除を為したるものの部分を控除するに非ざれば債務の弁済を促がすことを得ずと。しかしてここに免除と曰うは必ずしも無償の免除に非ざるが如し。何となれば啻に本条所在の節中に一の無償の文字を見ざるのみならずその末条第１２８８条に債権者が保証人を免責する代わりに受取るべき者について論ぜり。故にその有償の免除を併せ論ずること論を俟たず。故にその和解を包含せること固よりなり。かつ和解更改を包含するときは第１２８１条第１項を適用すべし。曰く債権者と連帯債務者の一人との間に為したる更改に因り共同債務者は其義務を免がるべしと。

（２０５）故に和解に関係せざりし債権者または債務者が和解を援用することを得べきは争うべからざるが如し。その理由如何多数説に曰く連帯債権者または債務者の間に代理契約ありと。これ余が感服せざる所なり。論者は言わずや和解これに利あるときは連帯者これを援用することを得べしといえども和解これに不利なるときはこれに対してこれを援用することを得ずと。もしその間に真に代理契約ありて各和解するの権限を有するものならしめば何をもってただ和解利あるときにのみこれを援用して和解利あらざるときはこれを遵守せずして可なるや。故に論者の説は謬れり。

　或は曰く連帯義務はその義務１なり。故に一人の債務者に対し消滅せば他の債務者に対してもまた消滅するなりと。これただローマ法に拘泥せしものにして決して今日に行わるべきの説に非ざるなり。それ義務１ならば債権者の一人に対し消滅せば他の債権者に対するもまた消滅すと曰わざることを得ず。これローマ法に規定せし所なりといえども今日に在りては論者もまた敢て主張せざる所なり。もってその説の取るに足らざるを知るべし。

　然らばすなわち何故によりて和解に関係せざるもの敢てこれを援用することを得るか曰く事務管理あるをもってしかるなり。それ連帯債権者はその義務の連帯にして己れ一人のために非ざることを知れり。故に特に己れ一人のためにすべきことを明言せざる以上はその共同債権務者のためにも併せて和解したるものなりと謂わざることを得ず。故に和解利あればこれを援用し和解利あらざればこれを遵守せざることを得るなり。

（２０６）イタリア国民法においてはその第１２７７条及び第１２８１条をもってフランス国民法第１２８１条及び第１２８５条を摸写せり。

　我邦民法においても受方については明かにこれを規定せり。財産編第５０１条第１項に曰く債権者と連帯債務者の一人又は不可分債務者の一人との間に為したる更改は他の債務者及び保証人をして其義務を免がれしむ。同第５０６条第２項に曰く連帯債務者の一人に為したる債務の免除は他の債務者をして其債務を免がれしむ。但債権者が他の債務者に対して其権利を留保したる場合は此限に在らず。此場合に於ても免除を受けたる債務者の部分を控除することを要す（我邦民法においては免除の有償なることありてしかも和解を包含すべきことを明言せり。財産編第５０４条に曰く債務の全部又は一分に付ての合意上の免除は有償又は無償にて之を為すことを得」有償の免除は事情に従いて代物弁済，更改，和解又は解除を成す。又無償の免除は贈与を成す。然れども公式の特別規則に従うことを要せず云々。）。債権担保編第５７条第１項に曰く連帯債務の履行の為め訴を受けたる各債務者は自己の権利に基くと共同債務者の権利に基くとを問わず義務の組成又は消滅より生ずる答弁方法を以て債務の全部に付き債権者に対抗することを得と。しかしてその理由は草案編纂者はフランス国の多数説を取り代理契約ありと曰えり。余は前にこの説を排駁せり。故にまた言わず。

（２０７）第８　社員

　社員は管理権を有するものとこれを有せざるものとを区別せざるべからず。しかしてこれ法人を組成せる会社とこれを組成せざる会社とについて差別なし。社員管理権を有せんがここに権限の問題を生ず（（１５８）以下を見よ〕。その社員に和解の権限あらんがその和解はこれを全社員に対抗することを得。全社員またこれをその和解の相手方に対抗することを得。その社員に和解の権限なきがその和解はこれを他の社員に対抗することを得ずといえども他の社員は事務管理に基いてこれをその和解の相手方に対抗することを得。社員管理権を有せざるがその和解は決してこれを他の社員に対抗すること能わず。ただ会社の名をもって和解せしときは他の社員これをその和解の相手方に対抗することを得べしといえどももし単に自己の名をもってしたるときは他の社員これを対抗することを得ず。しかしてその会社の名をもってせしかはたまた自己の名をもってせしかは１に事実の問題なりとす。

　　　　　　　第２節　和解中に包含せる事項

（２０８）契約中に包含せる事項を定むるは事実上の問題にして専ら事実裁判官の権内に在り。しかりといえどもフランスイタリア両国及び我邦の立法者は注文中にこれに関する方針を示すをもって要用としフランス国民法第１１６３条イタリア国民法第１１３８条及び我邦民法財産編第３５９条を設けたり。我が財産編第３５９条第１項に曰く合意の語辞が如何に広泛なるも其語辞は当事者の合意を為すに付き期望したる目的のみを包含せるものと推定すと。

　ローマ法においてはこの原則を和解に適用せし明文尠なからざりしがフランス国旧法の時において「ドマー」和解を論ずるに当りてまたこの原則を適用せる規定若干を掲げたりき。これによりてフランス国民法編纂者は和解巻においてために左の３条を作れり。第２０４８条に曰く和解は其目的物に限れり其中に総ての権利訴権及び主張に付て為せる抛棄は唯和解を為すに至りたる争に関するものに就てのみ為せるものと推定す。第２０４９条に曰く和解は当事者が特別又は広泛なる語辞を以て其意思を顕わしたると明言せるものより必ず生ずべき結果に由りて此意思を認むるとを問わず総て唯其中に包含せる争のみを決意す。第２０５０条に曰く若し己れの名義を以て有せし権利に就いて和解したるものが後他人の名義を承けて同条の権利を獲得するときは新たに獲得せし権利に就いては前の和解に因りて羈束せらるることなしと。イタリア国民法はその第１７６８条第１７６９条及び第１７７０条をもって右の３条を騰出せり。これ実に蛇足のもっとも甚しきものと謂うべし。我邦立法者はここに見るありて一切右の法条を訳出せざりしは称すべし。余の考うる所によれば財産編第３５９条もまたこれを削りて可なるが如し。ただローマ法以来和解についてその目的物の広狭を喋々するものはけだし一種の権利を総括して和解すること稀なりとせざると和解は原来権利の抛棄を包含するが故に成るべく狭隘にこれを解釈せざるべからざるとによりてしかるか。

　　　　　第７章　和解の無効

（２０９）無効の理は元来もっとも困難なるものの１なるにローマ法及びフランス国法においては法律の明文明かならざるがために殊にその困難を覚ゆる所なり。我邦民法においては頗る改良を加え略法意の在る所を知ることを得。殊に和解に関してはすこしも疑いを生ずべき所なきが如し。これ新たに法を作るものの必ず為すべき所なりしといえどもしかも称讃せざることを得ざるなり。

　無効に２種あり。曰く不成立曰く取消し得べきこれなり。不成立とは承諾，原因または目的なきこれなり。取消し得べきとは右の諸元素を具うるといえどもただ承諾に瑕疵ありまたは結約者無能力または無資力なるこれなり。ただしフランス国民法においては用字誠に粗にしてすこしも右の区別を示さず。これによりて学者間大に議論を惹起し裁判例動もすれば相互に齟齬せりといえども我邦民法においては大抵この弊を矯めたるが如し。ただ文字は依然フランス国の旧弊を襲い或は不成立と曰い或は無効と曰い或は取消し得べきと曰い或は銷除し得べきと曰い（この外なお廃罷の文字あり）すこしも一定の文字なし。けだし「不成立」と「銷除し得べき」とは明かに右２種の無効を区別せしの語なるが如しといえども無効取消の文字は皆なこれを両種に適用せるが如し。これ法条を記するに当りて便はすなわち便なりといえども或はこれによりて混同を惹起こすの恐れなしとせず。これ余が大に遺憾とする所なり。ただし一たび法文にこれ等の語を採用せる以上は法学者においてこれを用いざること難くかつ場合によりて或は両種の無効いずれに属するやを知り難くまたは両種の無効に適用すべき規定なきに非ざるが故に余もまた無効の文字を用い右両種のものを総称すること多し。況んやローマ法及びフランス国法を論ずるに当りては法学者こそ右両種を区別すれ法文によりてはほとんど両種の間に差異なきが如きにおいてをや。

　和解については「不成立」に関し別に普通法に異なる所あらず。また「取消し得べき」場合に関しても無能力の規則は前にこれを論じ無資力の規則もまた普通法に異なる所なし。ただ承諾の瑕疵については聊か和解に特別なる規則なきに非ず。ただし法律の錯誤をもって和解を銷除することを許さざるの外は皆な普通法の適用に過ぎざることは左に詳論するが如し（無効の理については著者聊か一家の説なきに非ず。したがって無資力をもって無効の１原因とせる等多少新奇の用語理論なきに非ず。ただ本論はこれを詳論するの地に非ざるが故にここにこれを説明せず。）

（２１０）今和解銷除の場合を列学するに先立ちなお一言すべきことあり。ローマにおいては和解１の契約を組成せざりしが故に種々の契約または行為を用いてもってこれを完成せり。故にその契約行為の１は無効なるも他の契約行為は有効なること稀なりとせざりき。また後に論ずべき偽造の書類に基ける銷除の場合においてもローマ法においてはその和解の一部を銷除することを許ししがフランス国旧法に至りては「ドマー」はなおローマの旧則を守り偽造書類の場合においてはその和解の一部を銷除することを得べしとせりといえども「ダルジャントレー」はその全体を銷除すべしと論じたりしがフランス国民法においては「ダルジャントレー」の説を採りその全体を銷除すべしとせり。その第２０５５条に曰く後に偽造と認められたる書類に就いて為したる和解は全く無効なりと。イタリア国民法第１７７５条においてはこれを摸写せりといえども我邦民法においては偽造書類に基ける銷除を採用して（財産取得編第１１２条）しかも和解の全体を銷除すべきことを言わず。今草案の説明を見るに草案編纂者は全く本条の意を解せず。全く無効なりとは不成立なりの意なりと曰えり。これ甚しき誤解と謂うべし。本条の和解の全体を無効とするの意に出でしことは民法編纂者の説明によりて明かなる所にしてフランス国においても未だこれを争うものあることを聞かず。しかしてフランス国民法においてかくの如く規定せし所以のものはけだし和解は必ず複雑せる契約にしてその各部分大抵皆な他の部分と聯絡せずと云うことなし。しかるに法官においてほしいままにその一部を銷除して他の部分を存するときは往々結約者の意思に戻れる結果を生ずべし。何となればその書類は和解中の１条件に関するももしこの条件なければ一切和解を取結ばざりしやも計り難ければなり。故にいやしくも法官を小児視して契約解釈の方針を示すをもって要用なりとせる以上はこれ等の事こそ真に法官を戒しめて一切和解の一部を銷除すること能わずとすべかりしが如くなれ。今民法においては往々全く無用の贅則を掲ぐるにかかわらずこれ等の事を思わざりしは遺憾と謂うべし。ただしこれ元来契約の解釈法に過ぎず。故にフランス国においてももし結約者において同時に和解するにかかわらず全く関係なき和解２件を取結ぶときはその１を銷除してその１を存すべきは言うを待たず。また我邦においてももし偽造書類によりて承諾せし条件果して他の部分と聯絡せば必ず和解の全体を銷除すべきはまた言うを待たず。しかして和解の条件は常に互に相聯絡せることは上に述ぶるが如し。故に実際法官たるものは容易に和解の一部を銷除すべからず（フランス国においては偽造書類の場合についてのみこれを言うといえどもその民法草案説明者の言によりて汎く和解の一部を銷除すべからずとせるの意は明かなり）。

（２１１）フランス国民法第２０５２条第２項に曰く法律の錯誤に基くも欠損に基くも之れを攻撃することを得ず（（１６６）を見よ〕。第２０５３条に曰く然れども和解は身上又は争論の目的上の錯誤あるときは之を銷除することを得」また凡そ詐欺又は強暴ある場合に於ては皆な之れを銷除することを得と。イタリア国民法第１７７２条第２項及び第１７７３条において右の２条の意を掲出しなおこれにフランス国民法第２０５８条の意を加えたり（この第２０５８条は次に論ずべし）。

　我邦民法においてはフランスイタリア民法に倣わずこれ等の法条を掲げず。ただ法律の錯誤について財産取得編第１１１条あるのみ（これまた次に論ずべし）。これ余が賛成する所なり。けだし法律の錯誤に関するものを除くの外は右の法条に掲ぐる所皆な普通法の適用に過ぎざればなり。

　承諾の瑕疵大別して２となす。曰く束縛曰く錯誤これなり。束縛細別して２となす。曰く強暴曰く欠損これなり。錯誤また細別して２となす。曰く詐欺曰く単純の錯誤これなり（強暴はその実承諾の瑕疵に非ず。これより生ずる恐怖すなわちこれなり。欠損もまた承諾の瑕疵に非ず。これを生ずべき強圧又は錯誤すなわちこれなり。詐欺もまた承諾の瑕疵に非ず。これより生ずる錯誤すなわちこれなり。故に詐欺錯誤と曰わんこと妥当なからんか。しかれども右皆な法文に一定の文字の在るあり。故に敢て改めず。ただし我邦民法財産編第３１２条においては詐欺をもって承諾の瑕疵に非ずとせりといえども余はこれを承諾の瑕疵なりと曰わんこと妥当なりと考うるなり。）。

　右の中強暴と詐欺とについては別に和解に特別なる規則あらず。請うただ欠損と錯誤とについて聊か論ずる所あらん。

（２１２）ローマ法においては欠損によりて和解を銷除することを得べしと曰うものなきに非ざれども余の信ずる所によれば成年者は一切欠損によりて和解を銷除すること能わざりしなり。降りてフランス国旧法に至りては往々莫大の欠損あれば和解を銷除することを得べしと論ずるものありたるが１５６１年４月勅令は明かにこれを禁じたり。その後なお「フランドル」州の高等裁判所[ﾊﾟﾙﾙﾏﾝ]は欠損によりて和解を銷除すべしとせしが「ドマー」は明かに欠損によりて和解を銷除すべからざることを曰えり。民法を制定するに至りてついに「ドマー」の説を用い第２０５２条第２項に和解は欠損に基きてこれを銷除すべからざることを明言せり。これけだし言うに及ばざりし所なり。何となれば民法においてはその第１１１８条をもって明かに欠損によりて契約を解除すべからざるを原則とせる旨を言えばなり（イタリア国民法第１３０８条第１項）。

　この原則に例外あり。民法第８８８条に曰く銷除の訴権は凡そ共同相続人の間に不分を終了せしむるを目的とせる行為に対して之を許す。但し之に売買交換及び和解又は其他の名称を付するも皆な同じ」然れども分割又は之れに代わる行為の後は銷除の訴権は第一の行為の惹起せる真個の論難に就いて為したる和解に対しては之を許さず。但し此事に付未だ訴訟を始めざりしときと雖も亦た同じ」と。本条の意義については大に議論ありといえども余の信ずる所によれば啻に和解の名称を付せりといえどもその実全く尋常の分割なるもののみならず真の和解といえどもいやしくもその目的不分を終了せしむるに在るときは皆な欠損によりてこれを銷除することを得べし。ただ全く不分を終了せしむるを目的とせざる和解は欠損によりてこれを銷除することを得ざるなり。これまた裁判例及び学者の多数説なり。イタリア国民法第１０３９条は右のフランス国民法第８８８条を摸写せり。

（２１３）我邦民法には成年者には一切欠損に基ける銷除を許さず。これ余が大に称讃する所なり。けだし草案にはその第３２６条（今の財産編第３０５条）第３項においてフランス国民法第１１１８条を摸写し売買についてはその第７３３条以下において分割についてはその第８０６条において共に欠損に基ける銷除を許したりしについに発布せる民法の成文には皆なこれを刪れり。ただし和解に関しては草案にも一切別に規定する所あらざりしが故に欠損に基いては一切これを銷除すること能わざりしなり。

（２１４）錯誤に両種あり。１は全く承諾を阻却し契約をして成立せしめず。１はただ承諾に瑕疵を生ぜしめ契約の銷除を許すなり。第１種の錯誤については別に論ずる所なし。ただ第２種の錯誤は法制上より言えばいやしくも詐欺をもってこれを生ぜしめざる以上は皆な契約の銷除を許すに足らずとせんこと妥当なりと信ずれども我邦民法においてもフランス国民法に倣いこれをもって契約銷除の１原因とせるのみならず。和解については特別にこれを規定せるが故に余はこれよりこの種の錯誤について聊か論ずる所あらん。

　錯誤分ちて２類とす。曰く法律の錯誤曰く事実の錯誤これなり。フランス国においては法律の錯誤は一般に契約の瑕疵を成すに足るや否や聊か議論なきに非ざれども今日の多数説によれば法律に別にこの類の錯誤を却けて承諾の瑕疵とせざるの明文あらざるのみならず自白と和解とについては特に民法第１３５６条末項及び第２０５２条第２項（我が民法証拠編第３７条及び財産取得編第１１１条）において法律の錯誤は銷除の原因とならざることを明言せるが故にフランス国今日においては一般に法律の錯誤もまた事実の錯誤の如く銷除の原因となることを得るとせり。余もまたこれを信ずるなり。イタリア国民法第１１０９条においては幾分の制限を設けて法律の錯誤を契約銷除の原因とせり。我邦民法財産編第３１１条においては大に制限を設けてこの錯誤を契約取消の原因に加えたり。しかるに和解についてはフランス国民法第２０５２条第２項イタリア国民法第１７７２条第２項及び我が民法財産取得編第１１１条において法律の錯誤はもって和解を銷除するに足らずとせり。我が民法財産取得編第１１１条に曰く和解は法律の錯誤の為め之を銷除することを得ず　但其錯誤の相手方の詐欺に起因するときは此限に在らずと。

（２１５）その理由如何あるいは曰く何人たりとも法律を知らざるものと見認めずと。これ如何なる契約にも適合するの理由なりと謂うべし。また曰く法律の錯誤は容易にこれを宥恕すべからずと。これまた如何なる契約にも適合するの理由なり。かつ我邦民法財産編第３１１条第２項によれば裁判所は宥恕すべき情状あるに非ざれば法律の錯誤の為め合意の無効を認許することを得ずとせるが故に我邦においては既にこの理由なし。曰く和解は自ら正当の原因を有すと。これもっとも笑うべし。和解もし正当の原因を有せざれば錯誤の問題敢て生ぜざるなり。しかしてフランス国の多数説に曰く和解を為すものは予じめ深く利害得失を究め或は専門家をしてこれを究めしむるを例とす。故に法律の錯誤あること稀れなりと。これ決してこの錯誤をもって和解を銷除することを許さざるの理由となすに足らざるなり。それ凡そ錯誤を唱うるものは必ずまずこれを証せざるべからず。故に銷除の問題起るは錯誤の明証学かれる時においてのみ。この時において事実の錯誤はもって和解を銷除するに足りて独り法律の錯誤はもって和解を銷除するに足らずとせるもの如何これ我輩の討究すべき所なり。

　我邦民法草案編纂者は曰く結約者は和解をもって全くその争論の局を結び再び訴を起さざらんことを欲したり。故に法律の錯誤によりてこれが銷除を請うこと能わずと。これもって説明となすに足らざるなり。もし草案編纂者の言うが如くんは何をもって事実の錯誤によりこれを銷除することを許すか。これ余が解せざる所なり。

（２１６）余の信ずる所によればフランス国民法和解巻を編纂せし時はその編纂に与かりしもの皆な速かにこれを終えんことを欲し大抵旧法によりて深く講究せずしてこれを記述せしことは編首に述ぶるが如し。故に或は旧法の下に在りてはすべての契約において皆な銷除の原因とならざると原則とせし法律の錯誤を深く考えずして特に和解についてこれを掲げしやも知るべからず。また我邦民法編纂者ももしフランス国法律にこの明文あらざりしならば必ずこれを掲げざりしならん。しかれども理においてまたこれを解くこと能わざるに非ず。それ法律は特に裁判官を設けもって詞訟を断決せしむ。しかしてこの裁判官は通常１個人よりも善く法律を知れるものと看做せり。故に諍論あるものはこの裁判官に請いて判断せしむべきにこれをこれ為さずして私しに断定しもって和解を結びたり。故に法律の錯誤あるは固よりその分なり。凡そ和解を為すものは予じめこの事を知らざるべからず。これけだし事実の錯誤についてもまたしかりと曰うことを得ざるに非ざれども事実の錯誤については裁判官必ずしも１個人よりこれに陥いること少しとせず。かつ仮令すべての契約において承諾を阻却せざる錯誤に基いて契約の銷除を請うこと能わずとすることを欲せざるも和解については一切これを禁ずるの理なきに非ず。何となればあたかも曲直いずれに在るやを詳にせざるをもって和解せしなり。故に錯誤あることは予じめこれを思わざるベからざればなり。今法律は事実の錯誤によりてこれを銷除することを許す。しかしてなお法律の錯誤によりてこれを銷除することを許さばけだし甚だ過ぎたりと謂わざることを得ざるべし。

（２１７）請うこれより事実の錯誤について論ぜん。フランス国民法にその第２０５３条第１項をもって身上又は諍論の目的上の錯誤によりて和解を銷除することを得ることを言えり。その意義については学者間大に議論ありて或はただ銷除の場合なりと曰い或は不成立の場合なりと曰うといえども余の信ずる所によれば畢竟普通法を適用するの意に外ならざるが故にこれを論ずるは愚なりと謂うべし。我が民法にはこれを掲げざること前に述ぶるが如し（（２１１））。故に普通法によりてこれ等の錯誤が和解を銷除せしむべき場合を講求せん。

　和解を銷除せしむべき場合を理会せんにはまず和解を成立せしめざる場合を知ることを要す。しかして身上の錯誤についてはフランス国法と我邦法律と同じからず。まず両国法律において同じき場合を掲ぐれば余甲と諍あり誤りて乙をもって甲としこれと和解するも承諾をしまた乙甲の相続人なりと称して来りて余と和解せしに乙は甲の相続人ならざりしときもまた承諾なし。しかれども余真に甲と諍あり。将に法廷に訴えんとす。しかりといえども余は甲をもって余の恩人の子なりと思いこれと諍訟することを好まず。故に枉けて和解したりとせん。フランス国民法においては第１１１０条第２項によりただ承諾の瑕疵を生ずるのみ（イタリア国民法同条同項）。我邦民法においては財産編第３０９条第３項によれば当事者の身上の錯誤は其身上に付ての著眼が決意の原因たりしときは其錯誤は承諾を阻却すとせるが故に右の場合においては契約全く成立せずと謂うことを得べし。これ草案の説明を読めば粗明かなる所なり。しかりといえども余の信ずる所によればこれ法理上大に誤れるものと謂うべし。何となれば右の和解には成立３原素皆な備わればなり。それ所謂契約または義務の原因[ｺｰｽﾞ]は和解においては結約者の双方においてその相手方の為せる勘弁に在りて目的は結約者双方が自ら為せる勘弁に在り。しかして前例においてはこの両者に錯誤あることを仮定せず。この両者をもって和解を為したりと仮定せる故に承諾なしと曰うこと能わず。ただ錯誤ありしはその縁由[ﾓﾁｯﾌ]なる対手人の誰彼なることこれなり。故にいやしくも縁由の錯誤をもって無効の原因を成さざるものとする以上は（財産編第３０９条第２項）本例の場合においてもまた無効の原因なしと曰わざることを得ず。ただ我が民法においては縁由の錯誤無効の原因を成さずと曰いてしかもこの種の錯誤に基いて契約の銷除を請うことを許すことは次に述ぶるが如くなるが故に本例の場合においてもまたただ銷除の原因ありと曰うことなおフランス国の如くせんこと前後権衝を得たりと謂うべし。

　諍論の目的に関する錯誤にしてまた全く承諾を阻却するものあり。例えば余甲の土地について和解せんと欲したるに余の対手人は乙の土地について和解せんと欲したるが如きまたは余は本権の訴について和解せんと欲したるに余の対手人は占有の訴について和解せんと欲したるが如きこれなり。これ皆な双方の義務の原因及び目的に錯誤あるをもって承諾あらざるものなり（我が民法財産編第３０９条第１項）。

（２１８）ローマ法には算数の錯誤はこれを改正すべし。ただし和解あたかもこの錯誤に関するときはこの限に在らずと云える明文ありたしがフランス国民法においてはこの意を採りてその第２０５８条に和解中の算数の錯誤は之れを釐正すべしと曰えり。イタリア国民法第１７７２条第２項末文にまたこれを摸出せり。我邦民法においてはこれに倣わず。和解については一言のここに及ぶものなし。これもっとも当にしかるべき所なり。ただし算数の錯誤に関する原則は財産編第５５９条にこれを掲げたり。曰く算数，氏名，日付又は場所の錯誤の改正を目的とする訴権は時効に罹ることなし。但此訴権の付属する権利の時効を妨げずと（なお同第３１０条末項見よ）。

（２１９）請うこれより承諾の瑕疵を生ずべき錯誤を論ぜん。この錯誤に２種あり。曰く身上の錯誤曰く物上の錯誤これなり。この点についてはフランス国我邦大にその規定を異にせり。まず身上の錯誤について論ぜんにフランス国においては上の第３例の場合においては承諾の瑕疵を生じその他の場合においては一切承諾の瑕疵を生ぜずとせるに我邦においては上の場合においては全く承諾を阻却するものとしその他身上の著眼が合意の付随の原因たるに過ぎざるときは其合意は身上の錯誤の為め単に取消すことを得べきものなりとせるが故に（財産編第３０９条末項）身上の錯誤ありしがために和解を為したるに非ず。ただこれもまた和解を為すに決意せしめし原因の１なりしと想像すべき場合においてはこれを銷除することを得べしとせるものの如し。例えば余甲と諍あり。将に和解を為さんとす。しかも余なお少しく躊躇せり。しかるに甲余が恩人の子なることを聞きしからば断然和解すべしと決心せり。この場合においても我邦民法においては和解の銷除を請うことを得べしと謂わざることを得ず。これ実に余が解することを得ざる所なり。我が民法においては第３０９条第２項において明かに縁由の錯誤は無効の原因を成さざることを言えり。しかるに縁由は皆な結約者の決心を助成するものなり。しかして草案の註釈を見れば例えば贈与において贈与者その受贈者の貧困なることまたはその受贈者よりかつて恩を受けしこと等は皆な縁由にしてその錯誤のために贈与の銷除を請うこと能わずと曰えり。しかるにその相手方自身より恩を受けたりと信ぜずしてその父より恩を受けたりと信じたるが決意の原因たりしときはその錯誤は全く承諾を阻却すと曰えるのみにても既に前後矛盾のもっとも甚しき者と謂わざることを得ざるに今また１歩を進みて仮令その錯誤が決意の原因たらざるももし付随の原因たるときは承諾の瑕疵を生じ契約銷除の原因となるべしとせり。余実に立法者の意の在る所を知るに苦しむなり。しかりといえども凡そ律に明文あるものは立法者においてこれを改正する迄は我輩法学者は虚心平気にその明文の意義を探り前後矛盾するものあればそのいずれか用字に誤りありてこの矛盾を来たすやを究めざるべからず。今財産編第３０９条及び第３１０条を通読するときは第１合意の性質目的又は原因（性質に錯誤あるときは必ず目的または原因に錯誤あり）に錯誤あれば承諾を阻却す。第２縁由の錯誤は無効の原因を成さざるを原則とす。第３しかれども身上の錯誤においてはもし縁由の錯誤のみが決意の原因たりしときは承諾を阻却す。第４仮令この縁由の錯誤のみが決意せしめたるに非ざるももし決意せしめたる大原因の１なるときは承諾の瑕疵を成す。第５物上の錯誤については第３１０条の区別をもって縁由の錯誤承諾の瑕疵を成すと云うの意なるが如し（右の混雑は立法者が決意の原因と合意の原因とを混ぜしによるが如し）。

　ローマ法において和解については身上の錯誤必ずその銷除の原因たりしと主張するものなきに非ざれどもその誤れることはローマ法の明文を一読して知る所なり。今日フランス国においてもなお民法第２０５３条第１項によりこれを主張するものなきに非ざれどもその誤れることまた論を俟たざるなり。

（２２０）物上の錯誤についてはフランス国においてはその錯誤物の「スュブスタンス」の上に在るときは契約を銷除することを得べしとせり（民法第１１１０条第１項及びイタリア国民法同条同項）。この「スュブスタンス」の字義については大に議論ありといえども余の信ずる所によれば物の性質にしてその存在するのみにより結約者をして結約することに決意せしめたるものこれなり。これまたフランス国今日の多数説なるが如し。しかるに有形物の性質にこの「スュブスタンス」を定むることは未だ甚だ難しとなさずといえども和解の目的についてはこの「スュブスタンス」を定めんことけだし至難とす。もしフランス国民法編纂者ただ夢中にローマ法及びフランス国旧法に倣い第２０５４条以下の数条を記せしに非ざれば真に右の至難なることを知りて特に和解につき「スュブスタンス」の錯誤とすべきものの適例を示せるものなるがただし右はただ学例に過ぎざるが故に他の場合においても裁判官において真に「スュブスタンス」の錯誤ありと認むるときは和解の銷除を宣告することを得るなり。

（２２１）我邦においては物上の錯誤につき財産編第３１０条に規定して曰く物上の錯誤が物の品質に存するときは其の錯誤は承諾の瑕疵を成す。但其品質に付ての著眼が当事者の決意を助成するときは此限に在らず」之に反して物の品格に存する錯誤は承諾の瑕疵を成さず。但当事者の意思が明示又は事情に因りて品格に著眼したることの明白なるときは此限に在らず。物の時代出処又は用方の如き思想上の品格に付ても亦同じ」云々。右の規定については大に議すべき所なきに非ず。殊に上に論ぜし身上の錯誤に関する規定と甚だ権衝を得ずといえども今これを論ずるの場所に非ず。しかして右の規定は皆な有形物について定むる所にして到底これを和解に適用すること能わず。ただその精神を取りてもって和解に関する錯誤の問題を決せざるべからず。しかしてその精神はフランス国における如く凡そ物の性質にしてその存在するのみにより結約者をして結約することに決意せしめるものについて錯誤あるときは契約の銷除を請うことを得るとせるが如し。しかして我邦においてもフランス国民法に倣い財産取得編第１１２条及び第１１３条においてその適例を示せり。これいやしくも承諾を阻却せざる物上の錯誤をもって銷除の原因とする以上は全くこれを裁判官の認定に一任するより愈れりと謂わざることを得ず（ただ立法者の示せる例尽く当れりとなさざることは左に論ずる所なり）。ただしこれまたフランス国における如く全く学例に過ぎざるが故に他の場合においても裁判官は銷除の原因となるべき錯誤ありと認定することを得るは言うを待たず。

（２２２）第１例　我が民法財産取得編第１１２条に曰く和解は偽造の書類又は無効の行為に依り承諾したることを理由として之を銷除することを得ず　但此等の申立を為すを得べき当事者に於て其書類の偽造を知らず　又は其行為を法律に於て無効ならしむる所の事実を知らざりしときは此限に在らずと。

　ローマ法においては書類の偽造なることを知らずしてこれにより和解し後ちその偽造なることを発見すれば和解の銷除を請うことを得たり。ただし和解中数多の条項ありてその書類の関する所ただ１条項に止まるときはこの条項のみこれを銷除して他は皆なこれを存すべしとせること前に述べしが如し（（２１０））。その後フランス国旧法においてもこの規則を因襲しただ必ず全和解を銷除すべしと論ずるものありたるに過ぎず。降りてフランス国民法を制定するに当りてまたこれを採用しただ必ず全和解を銷除すべしとせること前に論ずるが如し（（２１０））。その第２０５５条に曰く後に偽造と認められたる書類に就いて為したる和解は全く無効なりと。

　フランス国民法においては右の例に倣いてさらに第２０５４条を設けて曰く無効の「チートル」の履行として和解を為したるときは又之れに対して銷除の訴権あるものとす。但し当事者明かに無効に就いて約定せしときは此限に在らずと。本条の意義については大に議論ありといえども余の信ずる所によれば第１本条の「チートル」と曰えるは証書なり（これ余一家の説なり。フランス国法学者は皆な権原なりと曰えり。しかれども民法編纂者等の言によるも余が説の如くまたこれを権原として論ずるときは実際不都合の場合を生ずべきことは次に述ぶるが如し。）。第２本条は「スュブスタンス」の錯誤に基ける銷除の場合なり。第３この錯誤は反証あるまでは法律において推定す。第４この錯誤は必ず事実の錯誤たることを要す。法律の錯誤はもって和解を銷除するに足らず。

　イタリア国民法はその第１７７４条及び第１７７５条において右の両条を摸写せり。

（２２３）我邦民法においても右に倣いて財産取得編第１１２条を掲げたるなり。ただ両条を併せて１条となし２の場合を同一の規定に従わしめたり。この理のもっとも当にしかるべき所なり。これによりてややフランス国民法の規定に異なる所あり。請うその異同を左の５条に約言せん。１に曰く証書偽造に非ざる以上はただ証書の無効のみにては和解を銷除すること能わず。必ず行為の無効なることを要す。２に曰く本条は物上の錯誤に基ける銷除の場合なることはなおフランス国におけるが如し。３に曰く法律は一切推定を為さず。錯誤あると主張するもの必ずその証拠を学けざるべからず。４に曰くこの錯誤必ず事実の錯誤たることを要するはなおフランス国におけるが如し。５に曰く和解は必ずしもその全体を銷除すべきに非ず。時宜によりてはその一部を銷除することを得べし。

（２２４）右の中余の信ずる所によれば２と４とはフランス国民法の規則によれるものなれども１３５は皆なこれを改めしものなり。しかして３は余が称讃する所なりといえども１と５とは余が遺憾とせざることを得ざる所なり（草案編纂者はこの２点につき別に改むるの意なくただフランス国民法を摸写せりと思いしなり）。５については前に既に論ぜしが故に敢てまた贅せず（（２１０））。たた１については聊か論ずる所あらん。ここに甲あらん。乙の相続人としてその遺産を取れり。丙来りて曰く吾れ乙の遺言によりてその総遺産を相続せりと。しかしてその遺書を示せり。甲曰くこの遺書は乙の病中精神既に錯乱せる時に乗じて造らしめたるものなり。故に無効なりと。これにおいて両人相和解して甲丙に遺産の半を割き与えたり。その後甲は遺書の法式に違える所あるを発見せり。甲は果して和解の銷除を請うことを得るか。フランス国民法に従えば余はその銷除を請うことを得べしと信ずれども我邦民法に従えばこれを請うことを得ずと曰うことを得べし。何となれば甲がその無効なりしことを知らざるものは証書にして既に行為の無効について和解せしが故に今証書の無効を発見するももって和解の銷除を請うことを得べからずと曰うことを得ればなり。しかりといえどももし甲にして彼の証書を有効なりと信ぜざれば決して和解を為さざりしなり。何となれば証書の無効なれば遺言もまた無効なり。随て乙の病気を論拠として遺言を攻撃するの要あらざりしをもってなり。故にこれ決意の原因となりしものに錯誤あるなり。故に財産編第３１０条に従い和解を銷除すべきなり（（２２１）を見よ〕。ただしフランス国においては明かに無効について約定せしときは和解を銷除することを得ずとせしが故にもしフランス国の普通説すわなち我が民法の取れる所に従えば裁判官たるもの右の場合においては一切和解を銷除することを得ざりしといえども我邦においては同様の文字を用いず。ただその行為を法律において無効ならしむる所の事実を知らざりしときは和解を銷除することを得べしと曰えるが故に第１右の場合においてはその行為を法律において無効ならしむる所の事実を知らざりし者なり。第２仮令証書の有無その行為の有効無効に関係なきも真にその証書あるがために和解したるの証拠あれば裁判官において財産編第３１０条によりこれを銷除することを得べし。

（２２５）第２例　我が民法財産取得編第１１３条第１項に曰く定まりたる争に付き為したる和解は新たに発見したる証書に因りて当事者の一方が争の目的に付き何等の権利をも有せず。又は他の一方が其目的に付き完全且争う可からざる権利を有することの顕われたるときは事実の錯誤の為め亦之を銷除することを得。第３項に曰く然れども和解が従前の原因より生ずること有る可き総ての争を落著せしめ又は之を予防するを目的としたるときは当事者の一方の利益たる確定証書の発見は其和解の銷除を生ぜず。但其証書が相手方の所為に因りて控留せられたるときは此限に在らずと。

　ローマにおいては凡そ和解せし事件につき後日何程明確の証拠顕出するももって和解の銷除を請うこと能わずとせしがフランス国旧法において「ドマー」は既に総括の和解は１証書の発見によりてこれを銷除すること能わずといえども特定の和解は明確の証書を発見すればこれを銷除することを得べしとせり。フランス国民法第２０５７条においてはすなわちこの説を取れり。我が民法においてもまたこれに倣い財産取得編第１１３条を掲げたるなり（イタリア国民法第１７７７条）。

（２２６）ローマ法の規則とフランス国及び我邦民法の規則といずれが是なる。曰くローマ法の規則是なり。それ凡そ和解を為すものは皆な互に己れ理ありと思えるを常とす。しかして両人皆な理あること能わざるが故にその１人は必ず誤れることを知らずんはあるべからずしかり。しかして和解するものはもし法廷に訴うれば必ず曲直の判断あるべしといえども予じめその勝敗を卜し難きをもってむしろ和解するの愈れるに如かずと思えばなり。けだしこの時に当りて少しく事理を辞するものは必ず後日明証の顕れ出ずることあるべきことを知らんといえどもただ期し難きことに倚頼して万一を僥倖せんよりはむしろ幾分の勘弁を為してもってその主張せし所の一部を貫徹するをもって得策とせしなり。故に後日己れ理ありしとの明証出ずるもこれ真の錯誤なりと曰い難し。故にこれに基いて和解の銷除を請うことを得べしとせるは甚だその当を得ず。かつもし明確の証書出でてために和解の銷除を請うことを得べしと曰わば明確の証人出でたるときもまたその銷除を請うことを得べしと曰わざるべからず。しかして法律にはこれを規定せずといえども法官は或は財産取得編第１１３条の精神を酌みこれまた物上の錯誤ありと曰わんに敢て当らずと曰うこと難かるべし。もししからば和解必ずしも双方の勘弁によりて成ると曰うこと能わず。何となればもしその１人後日明確の証拠を発見すればこれによりて直ちに和解の銷除を請いて全く己れの主張せし所を貫徹するを得ればなり。

（２２７）しかりといえども本条我が民法中に存在する間はこれを遵奉せざるを得ず。しかしていやしくも右の場合において和解の銷除を許す以上は本条第１項と第３項との区別はその理なきに非ず。それ特定事件につき和解するものはこれに関する明確の証書あることを知るならば必ず和解せざるならんといえども総財産または１種類の事件を一括して和解するものは仮令その財産または事件中の１２につき明確の証書あることを知るもために必ずしも和解せざるならんと想像すること能わず。故に甲の場合においては和解の銷除を許し乙の場合においてはこれを許さずとせるなり。ただし財産または事件の過半に関する証書を発見せる場合においてはやや疑いあるべしといえども法律において別に区別せざるが故にまたその銷除を請うこと能わざるは論を俟たず。しかして法律において区別せざりしはもって訴訟の種子を未萌に防ぎ誠にその当を得たるものなりと謂うべし（本条にすべての争を落著せしめ又はこれを予防するを目的としたるとき云々と曰えるは前に和解の定義を論ずるに当りて言える如くその当を得ず。）。

（２２８）本条第３項但書に但其証書が相手方の所為に因りて控留せられたるときは此限に在らずと曰えり。フランス国民法第２０５７条第１項にも同一の但書きありたるがフランス国においては民法編纂議事の実況によりてその相手方が故意にその証書を控留せしときのみ総括和解の銷除を請うことを得べしとするの意なりしこと明白なり。しかるに我が民法草案編纂者はこれを誤解しその註釈中に明かに故意なると偶然なるとを問わずいやしくもその証書相手方の手に在るときは皆な和解の銷除を請うことを得べしと曰えり。不当もまた実に太甚しと謂うべし。それフランス国民法において相手方が故意にその証書を控留せしときに限り総括和解の銷除を許す所以のものは他なし。詐欺あればなり。けだし詐欺あるときはこれによれる錯誤通常もって契約の瑕疵を生ぜしむるに足らざるものといえどもいやしくもその決意を助成すれば皆なその契約の銷除を許すなり。今本邦民法においては故意と偶然とを問わず証書いやしくも相手方の手に在ればすなわち和解の銷除を請うことを得るとせるが故に詐欺なきにしかも尋常錯誤のみにて契約の瑕疵とならざる場合においてその錯誤に基いて和解の銷除を許すものなり。豈に甚だ不当ならずや。ただし草案編纂者は爾か云うといえども偶然相手方の手に在る場合において皆な和解の銷除を許すに非らず。必ず相手方の所為あることを要す。例を学くればその相手方故意ならずといえども誤りて己れの書類と与にその証書を己れの筐中に蔵めし場合においては和解の銷除あるべしといえどももし全く偶然にしてただその先人が家中に蔵めしを知らずしてその家を相続せし場合においては決して和解の銷除あることなし。

（２２９）第３例　我が民法財産取得編第１１３条第２項に曰く確定したる判決又は攻撃するを得ざる契約に因り既に争の落著したる場合に於て其判決又は契約を知らずして和解を為したるときも亦同じと。

　ローマ法において既判力を重するの極既判事件を知らずしてこれについて和解するもその和解は疑いなき事件に関するものにしてすなわち和解の元素の１を欠くが故に全く無効なりとせり。降りてフランス国旧法の時に至りても大抵皆なローマ法に因循し「ドマー」もまた確定裁判あるを知らずして和解すればその和解無効なりと曰えり。ただ「アルグー」はこの和解を有効とせしが民法編纂の時に至りては種々議論の末終に「ドマー」の説に基き第２０５６条の明文を掲げたり曰く当事者又は其一人が知らざりし既判力の力を獲たる判決を以て落著せる訴訟に関する和解は無効なり」若し当事者の知らざりし判決控訴し得べき者なるときは和解有効なりと。イタリア国民法第１７７６条には右の第１項を摸写し第２項を刪れり。けだしその全く無用なりしをもってなり。しかして我が民法においても右の原則を採用しただ聊か改正を施こしことは左に述ぶるが如し。

（２３０）ローマにおいては如何なる方法をもってするもいやしくもなお攻撃するの途ある判決は仮令これを発見するも敢て和解をして無効ならしめざりしがフランス国及びイタリア国においては判決既に控訴すべからざるときは仮令上告，再審等[ﾙｹｰﾄ,ｼｳﾞヰｰﾙ]非常方法をもってこれを攻撃し得べきときといえどもなおその発見によりて和解の銷除を請うことを得るとせり。我国においては確定したる判決に非ざればこの効力を有せずとせるが故に若し上告し得る場合においては敢て和解銷除の原因とならず。しかりといえどもただ再審し得べき場合においてはなお和解を銷除することを得るが如し（民事訴訟法第４６７条及び第４９８条）。これ余が遺憾とする所なり。それ一切攻撃すべからざる判決に基き和解を銷除するすら余は甚だ不当なりと信ずるにその判決なお再審をもって攻撃し得べき場合においてもまた和解を銷除することを得べしとせるは実に余が解し難き所なり。フランス文草案には廃罷[ｲﾚｳﾞｦｶｰﾌﾞﾙ]すべからざる判決と曰いもって全くローマ法における如く一切攻撃すべからざる判決に非ざれば右の効力なきものとせしを確定したる判決と改めたるは惜むべし。或は民法を制定するに当りて再審の事を思わざりしものか。

（２３１）ローマ法においては右の和解は全く無効にして成立せずとせしがフランスイタリア両国においては議論なきに非ざれどもただこれを銷除することを銷除することを得るとせるが如し。しかして我が民法においては明かにただ銷除すべきことを言えり。

（２３２）ローマにおいてもフランスイタリア両国においてもただ判決に右の効力あるものとし敢てこれを契約に及ぼすことあらざりしが我が民法において始めてこれを契約に及ぼせり。これ論理上至当と謂わざることを得ず。けだしローマにおいて判決を発見すれば和解全く無効なりとせしは余の見る所によれば大に誤れりといえどもこれ既判力を重するの極に出でたるなりしがフランス国においてはこれを見て既に既判力にこの効あらば明確の証書を発見するもまたしからざることを得ずと曰い前例の場合を設けたるものの如くなるに我邦においてはまた一歩を進み契約といえども既に攻撃すべからざるものして当事者の一人これを知らざりしときはこれによりて和解の銷除を請うことを得ずんはあるべからずと曰いまたこれを確定判決に視らべたり。これいやしくもローマ法における特別の理由を度外視する以上は論理上しからざることを得ざる所なり。しかりといえどもいずら重すべく容易に一人の利益のためにこれを取消すべからざることを考うれば実に遺憾に堪えざるものあり。我邦立法者もしこれを悟たば速かにこれら銷除の原因を全廃せんことを望むなり。

（２３３）フランスイタリア両国民法においては本例と前例と全く分離して特に各１条を設けたりしが我邦民法においてはこれを合併ししかも第１項第３項においては前例の場合を論じ第２項に本例の場合を箝入せしはやや秩序を失えるがごとし。しかりといえども余の信ずる所によれば我邦立法者の意は極めて善くただ本条記述の文字聊か穏当ならざるが如し。それ本例の場合と前例の場合と相類似せることは前項に述ぶるが如し。故にこの両場合を１条中に集むるは誠にその当を得たるものと謂うべし。ただ第３項の前に本例を篏入せしはその当を得ざるが如く見ゆれどもこれただ用語の聊か粗漏なる所あるよりかくの如く見ゆるものしてその意を探究すればこれまた誠に妥当なりと謂わざることを得ず。それ第３項は総括和解においてその１２条項に関する証書を発見するもために和解の銷除を請うこと能わずとせり。しかしてもしその１２条項に関する確定判決または攻撃すべからざる契約を発見するもまたために和解の銷除を請うこと能わずとせざるべからず。これけだし立法者の意なりしなり。しかして草案編纂者は「チートル，デシジッフ」の語を用いたりしがこれ或は前の２項を総括して言えるものなりしならんにこれを訳せしもの悟らずして確定証書と為ししがもししかりとせば草案編纂者もまた過ちなしとせず。何となればその但書に但其「チートル」が相手方の所為に因りて控留[ﾙﾄﾇﾕｰ]せられたるときは此限に在らずと曰いしをもってなり。けだし「チートル」にして権原の意ならんには敢てこれを控留すること能わず。故に訳者が「チートル」を訳して証書となししも敢て以えなきに非ざるなり。

日本民法和解論終