第四編　担保物権

第一章　汎論

担保物権とは債権の担保即ち債権者の為に債務の履行を確保する事をもって目的と為す物権を謂う。

債権担保の実益は債権の性質及び効力に依りて自ら明なりとす。けだし債権は物権と相異なりて特定人に対し一定の給付を要求する権利に外ならず故にその実行は債権者一方の行為をもってこれを全うすることを得ずして債務者の行為に俟たざるべからず。然るに債務者に於いては任意にその債務を履行せざること往々にしてこれあり。この場合に於いて債権者は債権の効力に依りその強制履行を裁判所に請求し又は損害の賠償を求むることを得べしといえども（４１４条、４１５条）これ等の権利は債務者の無資力なる為実際にその効果を生ずること能わざる場合少しとせず。契約に因る債務の履行なき場合に於いてその契約の解除を為すこと（５４０条以下）の如きも当初の目的を達するに足らざる救済方法なりとす。これ即ち債権担保の有用なる所以なり。左にその理由を明らかにせんとす。

およそ債務者の財産はその総債権者の共同担保にして何れも債務の救済に充づるものとす。即ち各債権者は債務の救済なき場合に於いて民事訴訟法に定める方法に依りその財産を処分しその代価をもって救済を受くることを得べし。然るにこの共同担保の効力たるや甚だ微弱にして債務の完済を確保するに足らざる理由２あり。その１は既に或いは債務を負担せる者といえども更に幾重となく新たなる債務を負担することを得べく。而してその総額遂に自己の資産を超ゆる巨額達することなしとせず。この場合に於いて普通一般の債権者は皆平等の地位に立つものなるが故に強制執行の結果各自己の債権額に応じて一部の救済を受くるに過ぎず或いは一部の救済をも受くること能わざる場合あるべし。これ即ち共同担保の不完全なる所以の一つにして特別担保を有せざる債権者は債務者の如何なる財産に付いても先に債権を取得したる故をもって他の債権者に先ぢ救済を受くることを得ざるなり。

共同担保の不完全なる理由尚１あり。即ち債務者は何程多数の債権者を有するも又何程巨額の債務を負担するもこれが為にその財産を処分する権利を失わず民法第４２４条に定めたる特別の場合を除く外は債権者に於いてその処分を取消すことを得ざるを原則とす。而してその特別の場合においても取消の効果は唯処分せられたる財産が債務者の資産中に還りて再び共同担保の目的と為るに過ぎず（４２５条）。故に前項に述べたる第一の危険は依然として存するものと謂うべし。この他一般の場合に於いては債務者は随意にその財産を処分することを得べきが故に尋常一般の債権者は何時その共同担保の減少を見るにに至るや知るべからず。これ即ち共同担保の不完全なる第２の理由にして債権者は債務者の特定承継人に対してその権利を主張することを得ざるものとす。

要するに上述せる債権者の地位は債権の効力に基因するものにして債権は物権の如くに優先権及び追求権を生せざる結果に外ならざるなり（２６頁以下）。債権担保は即ち右に示す２の危険を避くる要具なりとす。而してその方法には対人担保と物上担保の２種あり。所謂対人担保とは債務の履行なき場合に於いて他人からその履行を為す義務を負うことを謂う保証即ちこれなり（４４６条）。旧民法はこの外に連帯債務及び任意の不可分債務をもって対人担保と為したるも（担２条）これ等の法律関係は唯債権担保に類似せる効用を有するのみ。その本質は同一の目的物に付き各自独立して債務を負担する状態に外ならず故にこれをもって純然たる債権担保の一種類と為すは正当の見解に非ざるなり。

物上担保とは一定の財産をもって特に債務を救済に充つるを謂う。我民法第二編第七章以下に規定せるもの即ちこれなり。而してこれ等の担保権は何れも物権なるが故にこれをもって他の債権者その他の第三者に対抗することを得。故に債権者の為には上述せる２の危険を避くることを得るの効力あるものとす。但しこの原則には幾多の制限あり（２８頁、２９頁）。

詳細は次章以下に於いてこれを説明すべし。

対人担保と物上担保の優劣は一概にこれを断定する事を得ず。往古商業取引の未だ開けざりし時代に在りては物上担保の制度備わらず今日一般に行わるる権利質の如きは殆どその適用なく抵当権もまた登記制度の完備せざりし為ひろく担保の要具たることを得ざりき。故に当時に於いては主として対人担保の行われたること疑いいを存せず。現時においても担保に供すべき財産を有せざる者の如きは対人担保に依らざることを得ず。又物上担保を保全しかつこれを実行するには往々にして煩雑なる手続きと多額の費用を要するが故に百事敏活を貴ぶ現今の取引界に於いては不便を感する場合少しとせず。これ近世に在りても尚対人担保の盛んに行わるる所以なり。然りといえども対人担保は一般に物上担保に比してその効力薄弱なるものとす。即ち担保者にして一朝無資力となるときは全く担保の効用なきに至るものと謂うべし。これに反して物上担保を有する者はその担保の目的物に付いては何人に対してもその権利を行うことを得べきが故に実際損害を被る危険殆どこれあることなし。固より物上担保といえども稀にはその目的物の滅失、毀損又は価格の下落等を来すことなきに非ずといえども対人担保に比すればその危険の少なきこと言を俟たす。又財産その者をもって担保と為し人の信用如何を問うの必要なきが故に遍く未知者間にも行わるることを得るの便益あるなり。要するに右両種の担保は各一得一失にして複雑なる生活関係の必要上相並び行わるべきものとす。唯沿革上より言うときは対人担保先に行われ物上担保は社会経済の進歩と共にその法制の整備するに従い漸次発達したるものと謂うべし。

我が旧民法は諸国の法典に類例なき編別法を定めて債権担保編なる一編を設けその中に各種の対人担保並びに物上担保を規定せり。現行民法は主として権利関係の性質を基礎とする近世式編別法を採りたるより対人担保は債権関係としてこれを債権編中に規定し物上担保は何れも物権なるが故に他の物権と共にこれを物権編中に規定することと為れり。

民法に於いて物上担保の性質を有する物権は留置権、先取特権、質権及び抵当権の４とす。この４種の担保物権はこれを法律の規定に因るものと当事者の意思に因るものとの２種に区別することを得。留置権及び先取特権は法定の担保権にして法律の規定に因り当然或る債権者に属す。故に当事者に於いて随意にこれを設定することを得ざるを原則とす。これと相異なりて質権及び抵当権は当事者の意思をもって設定する担保権なり。従いてその効力は強行的法規に反せざる限りは設定行為の定むる所に依るものとし又或る制限の下に於いて単独に処分することを得るものとす（３４８条、３７５条）。我民法には先取特権の制度を設けたるよりしてドイツ民法に定むる如き法定質権を認めず又フランス民法に定むる如き法律上又は裁判上の抵当権をも認めざるなり。

以上列挙せる担保物権中に於いて質権及び抵当権は旧来諸国の法律に認むる所なり。これと相異なりて留置権及び先取特権に関しては法制一様ならず。我が国に於いては往時この制度の行われたる証跡なく明治２２年発布の旧民法に始めて物権としてこれを認めたり。而もその性質に関しては同法典の模範と為れるフランス国民法の下においても従来議論あり。ドイツ民法の如きは留置権をもって債権の効力と為し物を占有せざる場合においても履行を拒む権利としてその適用あるものとせり。又先取特権も独立の物権としてはこれを認めざること後に説明すべし。要するに担保物権の種類は用益物権に同じく各国その制を１にせず。我が民法はこの点於いては主としてフランス法の概念を踏襲せる如く従いてその規定も質権に関する一部分を除く外概して旧民法に則りたるものなり。

今これに各種の担保物権に共通なる性質を挙ぐれば左の如し。

第一　

担保物権は他物権の一種類なること

一般物権中に於ける担保物権の地位はさきに物権の分類表に示したる如し。即ち担保物権は制限物権の１種にして用益物権と相並び他物権の一大部類を成すものなり（３８頁、４２頁）。故に先づ物権として第三者に対抗することを得即ち一般に優先権及び追求権を生ずるものとす（２５頁以下）。

担保物権の本質は用益物権の如くに物の使用、収益を為すに非ずして債務の弁済を確保するに在り。即ち弁済なき場合に於いてその目的物を換価しこれに依りて優先救済を受くるをもって終局の目的と為すものなり（３８頁）。唯留置権はこの点に於いて他の担保物権とその効力を異にし完全なる担保物権と称すべからざるのみ。故に担保物権は未だその実行を為すに至らざる間は他の物権の如くに直接に物を支配する権利と見ることを得ざる観あり。然りといえども斯の如きは「物の支配」なる文字に拘泥したる見解と謂うべく苟も他人の物に付きその所有権を処分する如き行為を為すことを得る絶対権は物権たることを言を俟たざるなり。

第二　

担保物権は従たる物権となること

担保物権は債権の担保を目的とするか故に何れも債権の従たる性質を有す。従いてその担保すべき債権の存在することを必要としかつこれと運命を共にするものとす。例えば主たる債権がその原因の無数なる為に発生せず又は或る事由に因りて消滅したるときは担保物権もまた当然発生せず又は消滅すること勿論なり。この他条件及び期限の如き主たる債権の存立に直接の関係を有する事項は担保物権に対してもまた同一の効力を生ずるものとす（４４９頁以下）。

担保物権は従たる権利なる結果として当然その担保する債権の承継人に移転するを通説とす（「異説」三諸学士法学協会雑誌３１巻１１号１頁以下）。又主たる債権と分離して単独にこれを処分することを得ざるを原則とす。但し質権及び抵当権に付いてはその例外あること前段に述べたる如し（２９６頁）

第三

担保物権は不可分なること

担保物権の不可分とは債権者に於いて債権全部の弁済を受くるまで担保物の全部に付きその権利を行うことを得るを謂う（２９６条、３０５条、３７２条）。換言すれば担保物の各部分をもって債権の全部を担保し又担保物の全部をもって債権の各部分を担保することを謂うなり。故に（一）仮令に担保物の一部が滅失するもその残部は依然債権の全部を担保すべく又担保物の分割又はその一部の譲渡ありたる場合においても各分割者又は譲受人は債権の全部を弁済せざる限りはその取得したる部分を失うことあるべし。最初より担保権数個ある場合も同一にして債権者は原則としてその何れに付き担保権を行うも随意なりとす。（二）債権者に於いて債権の一部弁済を受くるも尚その残部の弁済を受くる為担保物の全部に付きその権利を行うことを得又債権の一部が弁済期に在る場合に於いてその弁済なきときは債権者は担保物の全部を競売に付することを得。唯売得金をもって弁済なき債権の部分に充当し残余は債務者の為にこれを供託すべきのみ。

債権の一部譲渡の場合においても担保物は不可分なるが故に当事者間に分割せらることなく一個の担保権として双方の共有に属するものとす（２６４条）。但しその実行より生ずる利益は各自の債権額に応じてこれを分配すべきこと言を俟たす。債権の一部に付き代位弁済ありたる場合また同じ（５０２条１項、５０３条２項）。

担保不可分の適用はフランス国の如き遺産平分制の行わるる国に於いては主として相続の場合に生ずるものとす。即ち被相続人の債務は数人の相続人間に分たるるも担保物を取得したる者は債権者に対して他の相続人の負債部分をも弁済せざることを得ず。我が国法に於いては家督相続を本位とするか故に家族の遺産相続に付いてのみ同一の結果を生ずるものと謂うべし。

担保不可分の原則は債権者の為に担保権の効力を強固にし間接に債務の履行を強制する趣旨に出てたるものとす。担保権の性質上可分なることを得ざるには非ざるなり。故にその規定は強行的のものに非ずして当事者間に於いて反対の契約を為すことを妨げず。

担保物権に関する説明は最も完全にその性質を具備する質権及び抵当権を先にすること至当なるもこの方法は民法の条規を解説するに付き多少の不便なきことを得ず。故にむしろ現行法典の順序に従い担保物権としては最も不完全なる留置権より始め順次に先取特権、質権及び抵当権に論及せんとす。

第二章　留置権

第一節　留置権の性質

我が民法に於いて留置権とは他人の物の占有者がその者に関して生じたる債権の弁済を受くるまでその物を留置する権利を謂う（２９５条１項）。即ち留置権者は占有物を返還する義務を負うといえどもその物に関して有する債権の弁済を受けざる間はその返還を拒み占有を継続することを得るものとす。故に債務者に於いてその物の占有を回復せんと欲せは已むなく弁済を為さざることを得ず。要するに留置権は間接に弁済を強制する手段にしてその担保作用は畢竟この点に在るなり。

この権利は何人に対してこれを主張することを得るやは留置権の効力に関する問題にしてこれを物権と為すと否とに依りその結果を異にするものとす。我が民法は苟もこの権利を認むる以上は成るべくその実効あるものとなす趣旨よりしてこれをもって物権と為し留置物の第三取得者に対抗し得るものと為したることは後にこれを詳述すべし。然りといえどもこれ留置物その者に関する効力にして所謂物を留置する権利たるの本質に変更を来すことには非ざるなり。

要するに留置権の本質は物を留置することを得る一事に存しその目的物の代価に付き優先弁済を受くる権利を生ずることなし。これ他の担保物権と大いにその担保作用を異にする所なり。けだし留置権は先取特権の如くにその担保する債権の性質上特別の保護を必要とするに非ず。又質権及び抵当権の如き当事者の意思をもって設定せる担保権にも非ず。唯留置権者は偶自己の関連せる物を占有するが故に弁済を促す手段としてその占有を継続することを得るのみ。自ら返還の義務を履行するも相手方よりはその債務の履行を受けざることありては公平を失ずと云うに過ぎず。この外には何等特別の保護を必要とする法律上の理由あるに非ざるなり。斯の如く留置権は他の債権者に対して優先権を生ぜざることは他の担保物権に比しその効力の薄弱なる点にして１種の不完全なる担保権と称する所もっては即ちこれに在り。又占有を基礎とする結果として一たびにこれを喪失するときは留置権は絶対的に消滅するものとす。これ等の点は主として留置権の効力に属すといえどもその性質に密接の関係あるが故にこれにこれを一言し置くのみ。

唯これに注意すべき一事は留置権者は留置物の上に先取特権を有する場合多きことなり。この場合に於いては先取特権者としてその物の代価に付き優先権を行うことを得べきは勿論とす。例えば売主、保存者、運送人の如きこれなり。然りといえども留置権は決してこれが為に無用に属するものと解すべからず。けだし先取特権を実行するには少なからざる費用、手数及び時日を要す。而してその目的物を競売するも相当の代価に売れざることあり。又競売代金の上に優先権を行わんとするに当たりては自己よりも先順位に在る者ありてこれに凌駕せらるることなしとせず。故にこれ等の場合に於いては仮令に先取特権を有するも竟に完全なる弁済を受くること能わざる結果と為るべし。これに反して留置権者は留置権者としては留置物の代価の上に優先権を有せずといえどもその物の占有を失わざる限りは亳も損失を被る虞なきが故に最も簡便にしてかつ安全なる担保を有するものと謂うべきなり。

留置権の性質に関しては古来学説及び立法例一定せずフランス法系の概念に於いては留置権は常に有体物を目的とする権利にして債権がその物に関して生じたることを必要とす。然りといえどもフランス国民法及びその系統に属する諸国の法典に於いては売買その他特別の場合に付き規定し留置権に関する通則なき為その存立及び効力の範囲に付き議論少しとせず。通説はこれを物権なりとし留置物の第三取得者に対抗することを得るものとせり。但し留置権は単に物を留置する権利にしてその物の代価に付き優先権を生ぜざるものと為す点は学説の殆ど一致する所なり。我が民法は主としてフランス法を模範とせる旧法典の規定に則りたるものとす（担９２乃至９６条）。

ドイツ民法に於ける留置権の制度はその権利の性質及び効力に関してフランス法系の概念と相異なる所あり。即ち留置権は互いに連関する２個の債権に付き各債権者がその債権の弁済を受くるまで自己の債務を履行することを拒む権利にして専ら物に関する権利と見ず。故にその存立の要件たる連関の如きも債権と物との連関を云うに非ずして債権相互の連関を意義するものとす。故に又留置権はこれを物権と為さずして債権の特別効力と為し債権編中にその規定を置きたるは我が民法と大いに仕組みを異にする所なり（独２７３条、２７４条）。従いてこの法制の下に於いては留置権は単純なる履行の拒絶権に外ならず。但し同国商法及び破産法に規定せる留置権は民法上の留置権と著しくその範囲及び効力を異にする所あり。この事は後にこれを論述すべし。

上述せる如く留置権は国法に依りてその性質及び効力を異にする所なきに非ずといえどもその根本的概念に於いては差別あることを見ず。即ち２人互いに或る関係に在る債務を負う場合に於いて各債権者は相手方よりその債務の履行を受くるまで自己の債務の履行を拒む権利を有することを認めたるものにして畢竟公平の概念を基礎とするものに外ならず。而してその効用は間接に相手方の履行を強制するに在ること前に述べたる如し。

沿革に徴するに留置権はローマ法に於ける悪意の抗弁（Exceptio doli）にその源を発せること疑いいを存せず。即ち２人の者が互いに密接の関係ある権利を有する場合に於いてその一方が不信実にも自己の義務を無視し相手方に対してその権利を主張する際に対抗することを得べき抗弁の制度に胚胎しその抗弁の方法が発達して一個独立の権利と為りたるものなり。故に基本来の性質より言えば専ら物に関する権利と見るべきに非ずして一切の給付に付きその適用あるものとす。果たして然らばドイツ法の概念はこの点に於いて最も本制の要旨に適合するものと謂うべし。唯この主義を採るときは留置権は物権たることて得ずして単に相手方に対する履行の拒絶権たるべきこと言を俟たす。従いてその効力の薄弱なることは固より免れざる所なり。

留置権は民法第５３３条に定めたる双務契約同時履行の抗弁（Excepio nonadimpleti contractus）に酷似し多数の場合に於いてはあたかも異名同物たるの観あり。例えば売主が代金を提供せずして売品の引渡しを求むる買主に対してその引渡しを拒むはこの２の権利の何れを行使するものとも見ることを得。即ち双務契約の当事者としては同時履行の抗弁権を行使するものと謂うべく又第２９５条の要件を具備せる占有者としては留置権を行うものと見るべきが如し。故にこの両制度の関係及び分界を究明するは甚だ肝要なる事項なりとす。

フランス国一般の学者はこの双務契約不履行の抗弁権をもって広義に於ける留置権の適用なりとし二者すこしもその法理上の根拠を異にせざるものとせり（オーブリー及びロー３巻２５６節注）。我が国の学者中にもこの見解を採りて両権利の本質は全然同一なるものとし唯相手方の債務の不履行を理由として物の引渡しを拒む場合は留置権として特にこれを保護するに過きずと為す者少なからず。然りといえどもこの２の制度はその性質及び沿革を異にするものなることはかつて論述したるに如し（法学協会雑誌２５巻１号２０頁以下）。けだし留置権は上述せる如くローマ法の「悪意の抗弁」に起原するものにして単に公平の観念に基き付興せられたる１の担保に外ならず。而してその担保する債権は相手方に返還すべき物に対して生じたるが故のみ相手方の債権に対しては本来独立の存在を有するものにして両者間に何等の従属的関係あるに非ず。これと相異なりて双務契約不履行の抗弁権は単純なる公平の理由に基ける独立債権の担保又は恩典に非ずして双方の債務が互いに対価を為す契約の効果に外ならず。従いてその契約の本旨に従い相手方が完全なる履行を提供するまで自己の債務の履行を拒むことを得るは双務契約の性質に基因する当然の権利と見るべきなり（サレイユ債権論２版１６８節）。これ単に理論上の差別に非ずして実際上においても結果を異にする所あり。一例を示せば留置権は債務者より相当の担保を供してその消滅を請求することを得べしといえども（３０１条、独２７３条、瑞８９８条）双務契約の効力として引渡その他の債務を履行することを拒む者に対しては如何に確実なる担保を供するもこれに依りて自己の債務の履行を免るることを得ざるなり。故にドイツ民法に於いては留置権をもって物に関する権利とせずして互いに連関する債務に付き各債務者が先に履行を為すことを拒む債権的効力と為したるに拘らず。尚双務契約不履行の抗弁権（独３２０乃至３２２条）と絶全これを区別したるは即ち上記の理由に基づくものと謂うべし。

我が民法は双務契約同時履行の規定をドイツ法に採りたるも留置権の規定はフランス法の観念に則り殊にこれを物権と為したるが故に多数の場合に於いてはこの２の制度を混用して同時履行の抗弁権を有する者にも留置権あることを認めざるべからず。然らざるときは双務契約に因る債権者たる売主、運送人等が物権たる留置権を有せずして却て物に付き費用を支出したる普通の占有者がこれを有する如き不権衡なる結果を生ずるに至るべし。故に同時履行の抗弁権と留置権とは画全分立するに非ずして双務契約当事者の一方が物の引渡しを拒む場合には第２９５条に因りて留置権を行使するものと解釈せざるべからず。即ち同条に所謂「物に関して生じたる債権を有する」とは最も広汎なる意義にこれを解し例えば売買代金の支払いを求むる債権の如きも引渡しすべき物に関して生じたるものと説明せざることを得ざるなり。

然りといえどもこの両制度は上述せる如く本来その基づく所の観念を異にするが故に我が民法上においてもその分界を明らかにし留置権は第２９５条に定めたる要件の具わるのみに因りて存立するものとし双務契約の当事者がその権利を行使する場合には単純なる担保権と見ずしてこの種の契約に関する法理に基づきその効力及び適用の範囲を定めざるべからず。けだし第５３３条は契約関係の規定にして双務契約当事者の一方がその相手方に対して有する抗弁権を認めたるものに外ならず。故にその効力は必然債権的にして当事者間にのみ生ずるものと謂うべし。これに反して留置権はひろく物に関して生じたる債権を担保するも物を目的とする点に重きを置き。而してその効力を全からしむる為にこれをもって１の物権と為したるなり。これ即ち我が民法上に於ける両権利の性質に関する主要なる差異と謂うべし。この他留置権と履行拒絶権とはその適用の範囲を異にし留置権は双務契約の場合にのみ存するに非ず。而かも物を占有する場合なることを必要とす。これに反して履行拒絶権は双務契約の場合に於いてのみ存在す。而かも物の引渡以外の給付を目的とする債務関係にも適用あるものと謂うべきなり。

留置権は理論上双務契約不履行の抗弁よりもむしろ相殺（５０５条）に近似するものとす。即ち何れも２人の者が互いに債務（弁済期の到来せる）を負う場合に於いて各債務者はこれを理由として自己の債務の弁済を拒むことを得るものなり。唯留置権に在りては各債務者は相手方をして自己に対する債務を弁済せしむる為に弁済を拒むものにして畢竟相手方に対しその債務の弁済を督促する一種の手段に外ならず。これと相異なりて相殺は両個の債務が同種の目的を有する場合に於いて各債務者は自己の債務を弁済せざることをもって相手方の債務の弁済に代うるものなり。換言すれば互いに債務を免るる方法にしてあたかも一層完き効力を生ずる留置権とも称ずべきものとす。尚この両制度の起原を訪ぬるに何れもローマ法に於ける「悪意の抗弁」にその源を汲むものなること疑いいを容れず。故にこの点より観察するも相殺権は最も広義に於ける留置権の一作用と見ることを得べし。殊に商人間に於ける留置権は連関の条件をも必要とせざるが故に（商４１条、２８４条独商３６９条以下）この類似の関係は更に著名なるものとす（サレイユ１９節、２０節）。惟うに近時の法学上に於いて留置権をもって最も相殺権に近似するものと為すは畢竟自己の債権と独立せる債務を履行せざる方法たる点に於いてこれと性質を同うするが故に外ならざるなり。

留置権は主たる債権と共にその特定承継人に移ることを得るやこの問題は民法の著書中これを論述せるもの甚だ稀なり。これけだし留置権は特定の債権者たる資格に付随する権利に非ず。従いて他の担保権に同じく従たる権利として当然主たる債権の処分に伴うものと為すが故なるべし。然りといえどもこの点に於いては参考に値する異論なきに非ず（三瀦氏、法学協会雑誌３１巻１１号１頁以下）。その一理由として留置権者は現物返還の義務を負うが故に擅にこの義務を他人に嫁してその履行を危うする如き行為を為すことを得ずとするも返還の義務は質権者もまたこれを負担す。然るに質権その他の担保権が主たる債権と共にその特定承継人に移転することは従来殆ど異論なき所なり。故にこの理由は未だ留置権の移転を否認するに足らざるべし。又留置権は占有の喪失に因りて消滅することをもって反対論の根拠と為すことを得る如きもこれ主たる債権と共に留置権その者を承継することを得るや否やの問題と相関することなし。この他の理由としては留置権は留置権者に於いて偶その債権に関係ある物を占有する故をもって先に返還を為さざることを得る恩典に過ぎず。従って自己又は相続人に於いてその占有を為す間に限り存在するものと謂うべく主たる債権と共にするも自己の利益の為にこれを処分する如きはその本質に反するの感なしとせず。然りといえどもこれまた留置権をもって留置権者の一身に専属する権利に非ずとする以上は他の担保権と反対に決すべき理由と為すに足らず。要するに消極説の確たる根拠は未だこれを発見することを得ざるなり（ロッセル瑞債務法提要２７８節参照）。唯留置権者は保管及び返還の義務を負うが故に留置物の占有を他人に移したることに付き過失ありてこれが為に返還権利者に損害を生じたるときはその責に任せざることを得ず。この危険を避くるには債権譲受人の為に留置権の所持を継続すべきのみ（１８３条）。

第二節　留置権の存立要件

留置権の存立には左に叙述する４要件の具わることを必要とす（２９５条）。

第一　他人の物を占有すること

留置権は他物権の１にして他人の所有に属する物の上に非ざれば存立することを得ず。故に債権者は如何なる場合においても自己の所有物の上に留置権を有することなきものとす。留置権の目的物は債務者の所有に属するを常とす。然りといえども民法にはひろく「他人の物」とあるが故に必ずしも債務者の所有物たることを要せず。例えば賃借人がその占有物を修繕せしめたるとき又はこれを他人に寄託したるに受寄者がその物に存する瑕疵の為に損害を被りたるときは修繕者又は受寄者は修繕費又は損害賠償の請求権に付きその債務者の所有に属せざる物の上に留置権を行うことを得べし。これけだし留置権をもって物権と為し所有者の何人たるを問わず間接に弁済を促す手段たらしめんとする趣旨を貫徹せんが為に外ならず。かつそれ上例の如き場合に於いて留置権者に対する債務は結局所有者の負担に帰すべきこと常なるが故にこれに対して留置権を行うことを得るものと為すも敢て不当と謂うべきに非ざるなり。故に又民法は債権者の意思状態に依りても区別する所なく仮令に債権者が債務者の所有物に非ざることを知るも尚留置権を行うことを得るものとす。但しこの点は立法問題としては議論の余地あり現に債権者の善意なることを要件とする立法例もこれなきに非ず（瑞８９５条３項）。

又民法には「他人の物」とあるが故に動産と不動産の間に差別なく何れも留置権の目的たることを得るものとす。我が民法は或る法典（瑞８９５条）に於ける如くに動産に限るものとせず。唯実際に於いては動産に付きその適用を見ること最も多きのみ。然りといえども留置権の目的物は物（有体物）に限ること言うを俟たず。而して無記名債券及び有価証券はこれを物と同一視すべきものとす（８６条３項、商４１条、２８４条、瑞８９５条１項）。

留置権者は他人の物の占有を為すことを要す。これ占有は留置権の根本的要素にしてその発生に必要なるのみならず一旦これを喪失するときは留置権は当然消滅するものとす（３０２条）。

第二　占有が不法行為に起因せざること

留置権者の占有は不法行為に起因せざることを要す（２９５条２項）。故に暴行、強迫又は詐欺に依りて他人の物を占有する者は仮令にその物に付き保存費を出したることあるもその償還を求むる為に留置権を行うことを得ず。けだしこれ等の占有者は法律の特別保護を受くるに値せさればなり。この制限はその範囲を異にして多数の法典に存する所なりとす（担９２条、独２７３条、瑞８９５条１項）。

第三　占有物に関して生じたる債権を有すること

留置権に依りて担保せらるべき債権は留置物に関して生じたるものなることを要す。即ち債権と留置物との間に連関の存することを必要とす。所謂連関の意義及び範囲に関しては従来多少の議論あり。然りといえども我が民法上に於いて留置権の存立に必要なる聯関とは畢竟物か事実上債権発生の原因と為りたるが（例えば他人の物の為に損害を被りたる如き）又は債権と同一の原因より生じたる債務の目的物たること（売買その他の双務契約に於ける如き）を謂うものとす。即ち売主、保存者、他人の物に費用を加えたる占有者等が代金、保存費等の支払を受くるまで留置権を行うことを得るは何れも占有物に関して生じたる債権を有するが故なり。その他一切の債権（例えば貸金の返還を受くる債権の如き）に関しては仮令に債務者の所有物を占有するもその弁済を受くる手段として留置権を行うことを得ず。

この要件は専ら占有者の一方を保護することなく所有者の利益をも顧慮せるものにして古来一般に公平と認むる所なり。然りといえども立法問題としては大いに議論あり。近世の学者中には明確なる標準を欠くものとしてこれを非難する者も少しとせず。現に商法上の留置権に付きこの要件を必要とせざる傾向あるは注意すべき点と謂うべし。

留置権の存立に連関を必要とすることは民法上の原則としては現今尚一般に認むる所なり。然りといえども連関の性質に関しては２の主義あり。その１は債権と物との間に於ける連関を必要とする主義にしてフランス法系に属する諸法典及びスイス新民法に採用する所なり（瑞８９５条）。第二の主義はドイツ法系の立法例に採る所にして留置権は物にのみ関せざる給付の拒絶権なりとし２人互いに有する両債権相互の連関を謂うものとす（３０５頁）。我が民法は第一の主義を採りかつ留置権の効用を全からしむる為これを物権と為したるなり。この法制は畢竟簡便を旨とするものにして理論上より言うときはむしろ第二の主義を正当とせざるべからず。けだし留置権の本旨は公平を保つ為め留置権者をして先にその債務を履行せざることを得せじむるに在り。故に債務の目的物が物に関すると否とに依りてその権利を異にすべき理由なきことさきに述べたる如し。

留置権に依りて担保せらるべき債権は留置物の占有中に生ずるを常とす。然りといえどもこれ留置権の存立要件には非ずしてその物の引渡を為すべき時に占有を為すをもって足れりとす。例えば他人の占有に在る物を修繕し後にその占有を為す場合においても尚連関の要件具わるものとして留置権を行うことを妨げざるべし。但し留置権者が留置物を引渡したる後再びその占有を取得したる如き一旦留置権の消滅を来したる場合はこの限に在らざること言うを俟たず。

第四　留置権者の債権が弁済期に在ること

最後に留置権者の債権は弁済期に在ることを必要とす。この点は双務契約同時履行及び相殺の要件と同一なり（５０５条、５３３条）。例えば売買の場合に於いて代金の支払いに付き期限の定めあるときは売主は留置権を主張することを得ず。けだしこの場合に於いてもし留置権を行うことを得るものとせば相手方をして契約上の権利を失わしめ弁済を促す方法として留置権を認めたる趣意に反する結果と為るべければなり。

以上論述したる所は民法に定めたる留置権の存立要件なり。商法に於ける留置権は中世イタリアの商慣習に起り一般の留置権とその起原及び沿革を異にす。従いて近世法においても尚その存立の要件を異にする所あり。即ち民法上の留置権は凡て他人の物に関して生じたる債権を担保するものなるも商法上の留置権は商人間に於いて双方の為に商行為たる行為に因り生じたる債権の担保として債務者の所有物を留置する権利なることこれなり（商４１条、２８４条、独商３６９乃至３７２条）。今これに両者の差別を明示すれば商法上の留置権は商人間にのみ行わるるものにして債権と占有物との間に於ける連関を必要とせずこれ民法の原則に対する一大例外と謂うべし。けだし商人間に在りては日常の取引頻繁にして債務の弁済を渋滞せしめざること肝要なるが故に偶債権と物と連関する場合のみを保護するをもって足れりとすべからざるなり。然りといえども斯く留置権の適用範囲を拡張して債権者を保護するにはこれを必要とする限度を超ゆべからず。これに於いて商法上の留置権に関しては特別の要件あり。即ち留置権に依りて担保せらるべき債権は商人間に於ける双方的商行為より生じたるものなることを要す。これ日常その間に商業取引の関係あるが故にその円滑及び安全を保持する趣意に出てたるなり。又民法上の留置権と相異なりて債務者の所有物の上にのみ行わるるものとす。これまた当然の事にして巳に連関を要件とせざる以上は無関係なる第三者の所有物を抑留することを得べき理由すこしもこれなきなり。この他債権が弁済期に在ること又占有を喪失せざること等の要件に付ては民法の原則に依るべきこと勿論なりとす。

スイス民法は商人間に於ける留置権といえども原則としては連関の存在を必要とし唯物の占有と債権がその相互の取引関係より生ずるをもって足れりとす（瑞８９５条２項）。故に実際の適用上に於いては我が商法及びドイツ商法の規定と殆ど結果を異にせざるものと謂うべし。

留置権は上述せる要件を具備するに依りて当然存立するものとす。これ以外に何等の意思表示をも必要とせず又不動産に関しこれをもって第三者に対抗するにもその登記を要することなし（６７頁）。

第三節　留置権の効力

留置権の本質はその文字の示す如く単に物を留置するに在ることさきに述べたる如し。即ち債権の弁済を受くるまで占有物を返還せざることを得るに止まりこれを処分してその代価に付き優先弁済を受くることを得るものに非ず。これ民法の条文上に於いて他の担保物権と全然その定義を異にすること（２９５条、３０３条、３４２条、３６９条）、特に留置物より生ずる果実に付き優先権を認めたること（２９７条）、他の担保物権と競合する場合に於ける優先の順序に関する規定なきこと等に徴して寸すこしも疑いいを存せざる所なり。唯留置権者の多数は同時に先取特権者なるが故に先取特権者としてこの権利を行うことを得べきのみもし留置権者として留置物の代価に付き優先権を有するものとせば特別の先取特権に関する規定の大部分は留置権と重複して殆どその意義を為さざるに至るべし。故に留置権の本質上より言えばこの効力なきこと当然にして質権とその効力を異にする要点なりとす。

この原則は民法上の留置権に付いては従来一般に認むる所なりといえども単に弁済なき間物を留置することを得る一事をもっては留置権の効力甚だ微弱にしてこれを担保物権と為すの実益少なきものと謂うべく殊に留置権者に於いて際限なく留置物保管の責に任せざることを得ざるは煩累に堪えざる場合多し。これ商事に在りては最も不便とする所なり。故に上記の原則は理論上留置権の本義に適合するにもせよ実際の便宜上より言えば徒に担保権の階級を繁多にし敏活なる取引界の需要に応ずること能わず。これに於いてドイツ商法及び破産法等にはこれを襲用せずして留置権に法定質権の効力を認むるに至れり（独商３７１条、同旧商３１５条、同破４９条４号、墺破１１条）。又スイス民法の如きも債務者に予告を為すを条件として質権と同一様にその権利を行うことを得るものとせり（瑞８９８条、同債２２８条）。惟うにこれ現時に於ける立法の趨勢にして留置権の内容に関する観念は少なくも商事及び破産の場合に付き今や将に一変せんとする状況に在るものと謂うべし（ターレル破産法２巻３３乃至３６頁参照）。

我が国法上に於ける留置権の効力は民法の外競売法の規定に依りて定まるものとす。今これにその概要を述ぶれば留置権は他の担保物権と相異なりて留置物の代価に付き優先権を生せざること前に言える如しといえども物権の一種なることは民法中に於けるその規定の位置に徴してすこしも疑いいを存せず。この点はローマ法及びドイツ法と相異なる所なり。既に物権なりとする以上は他の物権に同じくこれをもって第三者に対抗することを得ざるべからず。即ち留置物その者に付いては一般物権の効力たる優先権を生じ何人がその物の上に権利を取得するも留置権は以前存在しその効力に何等の影響をも受くることなし（２７頁）。故に仮令に債務者が任意にその物を売却し又は他の債権者がこれを競売に付することあるも譲受人又は競売人は留置権者に弁済を為すに非ざれば留置物の引渡しを受くることを得ざるものとす（競２条３項）。留置権の物権的効力は即ちこの点に存するものにしてもしこの効力なきものとせば担保物権としてこれを認むる価値甚だ少なきものと謂わざることを得ざるなり。

留置権にして上記の効力を生ずる以上は仮令に留置物の代価に付き優先権なしとするも実際殆どこれあるに等しき結果に帰著するものと謂うべし。何となれば一般の債権者は留置物を売却すると否とを問わず留置権者が弁済を受けざる間は留置物に付きその権利を行うことを得ず。故に留置権者に於いて留置物の占有を失わざる限は弁済なきもこれが為に損害を被ること決してこれなければなり（プラニオル２版２巻２５３３節）。

留置権者は更に進んで留置物を売却することを得るやこの問題は民法に於いてはこれを決定せずして競売法に譲れり。本来民法上の留置権は単に物を留置する権利にして売却権を包含するものに非ずといえども競売法に於いては民法上と商法上の差別なく留置権者にこの権利を認むるに至れり（競３条、２２条―「反」岡松氏内外論業５巻４号１５７頁）。故にこの点に於いては他の担保物権と相異なることなきなり。然りといえどもこれ唯留置権者をしてその債権の弁済なきに際限なく留置物を保管するの煩累を免れしめんが為のみ留置権は決してこれが為にその性質を一変して法定質権と為るに非ず。換言すれば留置権者は競売代金の上に優先権を有せざること既に詳述したる如し。故にもし他の債権者が競売の事実を知りて配当加入の申出を為さば固よりこれを許さざるべからず。唯留置権者は強制執行の方法に依らずして競売法の規定に依り直に留置物を売却することを得べく。而して留置物は多くは動産にしてその競売の手続き簡易なるが故に実際他の債権者がその事実を知らざる間に終結し留置権者に於いて代金を受け取ること屡これあるべし。故にこの点より観察するも留置権者は留置物の代価に付き優先権を有すると大差なき結果を来ずものと謂うべきなり。

要するに我が国法上に於ける留置権は留置物の所有者に対する外第三取得者及び他の債権者に対しても著大なる効力を生ずるものと謂うべし。これ偶自己の債権に因縁ある物を占有する結果なりとせば法律の保護厚きに過ぎ理論上よりこれを説明すること甚だ困難なりとす。唯この担保権を認むる以上は可成これをしてその実効あらしむることを便宜とするのみ。これ以外には説明の方法を発見すること能わざるなり。

留置権は１の物権として優先権と共に追求権を生ずべきが如しといえどもこの効力の有無は所謂追求権の意義如何に依るものとす。旧来の通説に依れば追求権とは物の所在に追求し現所有者よりその取戻しを為すことを得る効力を謂う（２８頁）。然るに近来一部の学者はこの見解を採らずして追求権とは物権の目的物に付き権利を取得したる者に対抗することを得る効力と為せり。即ちこの意義に於いては追求権は従来一般に物権の効力として認むる優先権を指すものに外ならず（２７頁、３０頁）。今留置権に付いて言えば留置権者は第一の意義に於ける追求権を有せず。何となれば留置権は占有をもってその存続要件と為すものにして一旦これを喪失するときは当然消滅し第三者に対してその目的物の取戻しを為すことを得ざればなり（３０２条）。これに反して第二の意義に於ける追求権は前段に述べたる如く第三取得者に対し弁済なき間留置物の引渡しを拒むことを得る効力に帰著するが故に留置権者に属すること疑いいを存せず。但し動産に関しては実際これを行使する場合を生ずることなし。何となれば動産に関する物権の譲渡はその動産の引渡しあるに非ざればこれをもって第三者に対抗することを得ざるが故に（１７８条）留置権者にしてその占有を為す間は第三取得者に於いてその権利を主張することなければなり。唯不動産に関する物権の取得は登記の一事をもって第三者に対抗することを得べきが故に留置権の目的物が不動産なる場合に於いては留置権者は登記を為したる第三取得者に対してその留置権を主張する必要あるものと謂うべし。以上留置権の主要なる効力を論述せり。これより民法に規定せる留置権者の格段なる権利義務を説明せんとす。

第一　留置権者は留置物より生ずる果実を取得する権利を有す

留置権者は留置物の代価に付き優先権を有せずといえども留置物より生ずる果実に付いては優先権を有す（２９７条１項）。而してこの優先権は留置権の特別効力として最先の順位に於いて行わるるものとす。但し留置権は物の収益を目的とする権利に非ず。殊に留置権者は無償にて果実を取得することを得べき理由なきが故に必ずやこれをもって債務の弁済に充づることを要す。民法にはその充当の方法を定め先づこれを利息に充当し尚剰余あるときはこれを元本に充当すべきものとせり（同条２項）。これの利息は元本の使用に対し通常短期間に支払わるべきものなるが故にして一般弁済の充当に関する規定（４９１条）の適用に外ならず固より強行的規定には非ざるなり。尚これに所謂果実は天然果実と法定果実（１巻２８９頁以下）を総称すること言うを俟たず。故に留置権者が債務者の承諾を得て留置物を賃貸したる場合（２９８条２項）に於いてその借賃は法定果実として留置権者に帰属するものと謂うべし。

民法に於いて留置権者に上記の権利を認めたる所以は他なし。留置権者は善良なる管理者の注意をもって留置物を保管する義務を負うが故に（２９８条１項）その責任及び負担に対する報償としてこの権利を有せしむるの至当なること言うを俟たず。かつそれ果実なるものは通常巨額に上るものに非ざるが故に留置権者に優先権を興ずるもこれが為他の債権者に多大の損害を生ずることなし。殊に果実はこれを収得するや直ちに消費するを常としかつ損敗し易きものも少しとせず。故にこれをもってその債権の弁済に充づるものとするは手数を省き債務者の為にも利益と謂わざることを得ざるなり。

占有の通則に依れば善意の占有者は占有物より生ずる果実を取得す（１８９条）。故にもし留置権者にして善意の占有者と見るべきものなりとせば敢て特別の規定を置くことを要せずといえどもおよそ占有者の善意、悪意は占有物の上に行使する権利の存在せざることを知ると否とに依るものなるが故に留置権者の如きその権利の作用に因りて他人の物を占有する者に適用すべき区別に非ず。かつ又留置権者は優先権をもって果実を取得しこれを債権の弁済に充当すべきことを定むる必要あり。これ即ち占有の通則如何に拘らず上記の規定ある所以にして二者その趣旨を異にするものと解すべきなり。

第二　留置権者は留置物に付き支出したる費用の償還を受くる権利を有す

留置権者は留置物の占有者なること言うを俟たず（１８０条）。故にその占有する物に付き支出したる費用は占有に関する一般の規定（１９６条）に従い所有者をしてこれを償還せしむることを得べきは当然とす。留置権に関して特別の規定を必要とせざる如きも民法第２９９条に於いてこの事を規定せられたる所以はけだし一般占有者の償還請求権に関してはその善意、悪意を区別する必要あり。然るに留置権者はその何れに属するやに付き疑い義を生ずることるべくむしろこの区別は上述せる如く留置権者の如き占有者にはその適用なきものと解するを至当とす。この他留置権者の求償権に関しては一般占有の場合とその範囲を異する所あり。これ即ち上記の規定を置かれたる所以にして一般占有の規定に先ぢこれを説明するは正当の順序に非ずといえどもこれに費用の種類及びその求償権の範囲に関する概要を述べざることを得ず。

およそ費用には３種あり必要費、有益費及び奢侈費及びこれなり。必要費とは物の保存又は管理に欠くべからざる費用（修繕費、租税等）を謂う。この費用は悪意の占有者といえどもその償還を受くる権利を有す。何となれば所有者自ら占有を為すも尚支出したるべき費用なればなり。故に留置権者は固よりこれを償還せしむる権利を有するものとす。

必要費の中には通常の必要費と臨時の必要費あり。通常の必要費とは建物の小修繕費の如き日常の管理に必要なるものを謂い臨時の必要費とは暴風雨の為に必要とする大修繕費の如き平常の管理以外に支出を要するものを謂う。一般占有の規定に依れば占有者は何れもこれを償還せしむることを得べしといえども唯果実を取得する場合に於いて通常の必要費はその負担に帰するものとす（１９６条１項）。然るにこの規定はこれを留置権者に適用することを得ず。けだし留置権者は果実をもって債権の弁済に充当することを要するが故にその費用と相殺すべき果実を取得することなければなり。故に留置権者は通常の必要費といえどもこれを償還せしむることを得るものとす。

有益費とは物に改良を加えてその価格を増加せる費用を謂う。例えば土地に建物を築造し又は建物に装飾を施しもしくはその増築を為す如し。即ちその償還を求むることを得るは畢竟不当利得の原則に基づくものなり（７０３条）。故にその増加の現存する場合に限りこれを償還せしむることを得又はこの種の費用は主として占有者の便宜に出て必ずしも同一の程度に於いて所有者の利益と為るものに非ず。殊に所有者に充分の資力なき場合にも尚その全額を償還せしむるは過重の負担と謂わざることを得ず。故に法律は所有者の選択に従い実際の支出額又は増加額を償還することを得るものとしもって如何なる場合においても不法利得に因る償還の限度を超ゆることなきものとせり。尚裁判所は所有者の請求に依りこれに相当の猶予を許興することを得即ち留置権者はこの点に於いて悪意の占有者と同一の待遇を受くるものとす。これけだし他人の物なることを知りて占有を為す者なるが故に有益費の支出に慎重の注意を為さしめんとする趣旨に外ならざるなり。

奢侈費とは単に占有者の娯楽又は便利の為に支出する費用を謂う。例えば庭園に遊戯場を建築する如きこれなり。留置権者は一般の占有者に同じくこれを償還せしむる権利を有せず唯留置物を毀損せざる限度に於いてこれを原状に復しその設置したる物を収去することを得るのみ。

留置権者は上述せる区別に従いて出費の償還を受けざる間はその償還を受くる債権に付き留置物の上に更に留置権を行うことを得即ちこの点は一般の占有者と相異なる所なきなり。但し有益費の償還に付き裁判所が所有者に猶予期限を興べたるときはその債権は未だ弁済期に非ざるが故にこの権利を有せざること勿論なりとす。

第三　留置権者は善良なる管理者の注意をもって留置物を保管する義務を負う

留置権者は自己の利益に於いて他人の所有物を占有し弁済を受けたる場合にこれを返還する義務を負うものなるが故に善良なる管理者の注意をもって留置物を保存せざることを得ず（２９８条１項）。これ一般原則の適用に外ならざるなり（４００条）。

所謂善良なる管理者の注意とは一の抽象的標準を示したるものにして世間一般の者より観察して用意周到なる者が事務の管理に付き用うべき注意を謂うものとす。即ち管理者その者が自己の財産を管理するに付き日常用うる所の注意（例、６５９条）に対する言辞なり。法律が留置権者に対してこの程度の注意をもって足れりとせざる所以は他なし。留置権者は本来留置物の上に使用、収益の権を有せざるも自己の利益の為に他人の物を占有するものなるが故に一層重き責任を負わしむる必要あるが故なり。

第四　留置権者は所有者の承諾なくして留置物の使用もししくは賃貸を為し又はこれを担保に供することを得ず

留置権は単に物を留置する権利に過ぎざるが故に留置権者は隋意に留置物を使用もししくは賃貸し又はこれを債務の担保に供することを得ず。唯所有者の承諾ある場合に限りこれ等の処分を為すことを得（２９８条２項）。法文に「債務者の承諾」とあるは普通の場合を眼中にせるのみひろく留置物の所有者と解すべきは勿論とす。

右に示す原則の例外として留置権者は留置物の保存に必要なる使用を為すことを得（同末文）。例えば乗馬の如きは時々これを使用するに非ざれば遂にその用を為さざるに至るべし。この事実は問題なり。留置権者に於いてこれに言う使用を為すことはその権利なると同時に保管の義務に属するものとす。

留置権者に於いて右に述べたる２の義務に背きたるとき即ち善良なる管理者の注意を欠き又は債務者の承諾なくして留置物の使用、賃貸等を為したるときはその制裁として債務者は一般の原則に従い損害の賠償を請求することを得る外に尚留置権の消滅を請求することを得（２９８条３項）。これ債務の不履行に因る契約の解除権と同一の趣意に出てたるものにして留置権の目的を脱出せる行為ありたるより最早留置権を存続せしむべき理由なきに至りたるが故なり。即ち損害賠償の如き不確実なる救済に止めずして所有者の保護を鞏固にする趣旨に外ならず。故にこれに所謂留置権消滅の請求は留置権者に対する一方的意思表示をもって足れりとしその同意又はこれに代わるべき裁判を必要とせざるものと解すべし（２４３頁）。又この条規に違反して留置権者が為したる賃貸その他の行為は法律上無効なること言を俟たざるなり。

最後に留置権者はその債権が弁済その他の事由に因りて消滅したる場合に於いて留置物の返還を受くる権利を有する者にその返還を為す義務を負うものとす。これ当然の事にして説明を俟たざるなり。而して留置権者がこの義務の履行を妨ぐべき行為を為したるときはその結果に対して責任を免れざることさきに述べたる如し（３１３頁）。

第四節　留置権の消滅

留置権は物権の１種として他の物権と同一の事由に因りて消滅す（７８頁以下）

その重なる原因は目的物の滅失及び抛棄なりとす。後に説明する占有の喪失の如きも留置権者の任意に出てたる場合に於いてはこれを留置権の抛棄と見ることを得混同もまた留置権の消滅を来すことあり。即ち留置権者が相続等に因りて留置物の所有権を取得したる場合の如し（１７９条）。唯留置物の所有者は通常債務者なるが故に留置権は債権と共に消滅する場合多きのみこの外留置権は財産権の１種として時効に因りても消滅すべきが如しといえども消滅時効は権利の不行使を要件とす（１６７条）。然るに留置権の行使は物の占有を持続することに存し一旦これを喪失するときは留置権は当然消滅すべきが故に実際時効の適用を生ずることなし。この点は第三者の為に完成する取得時効に付いてもまた同一なりとす。

又留置権は他の担保物権に同じくその担保する債権の消滅に因りて消滅すること言うを俟たず。例えば弁済に因りて消滅する如きこれなり。これその従たる性質より流出する当然の結果なりとす。

この原則は主たる債権が時効に因りて消滅する場合にもその適用あること勿論とす。然りといえども留置権の行使は同時に債権の行使たる観あるよりして留置権者が留置物を占有する間は債権の消滅時効はこれが為に中断せらるることなきやの疑いを生ずる虞なしとせず。民法は即ちこの疑い義の生ずることを防がん為め留置権の行使には債権の消滅時効の進行を妨ぐる効力なきことを明示せり（３００条）。けだし留置権の行使は唯留置物を返還せざる状態にして直ちにこれを債権の行使と見ることを得ず。債権を行使するとはその元本もししくは利息の支払いを請求し又はその弁済を得る為に執行上の行為を為すことを謂うものにして留置権の行使は直接に債権の消滅時効を中断する行為（１４７条）と同一視すべきに非ず。これ留置権の性質上殆ど疑いを容れずといえども旧民法の如き反対の立法例あるよりして特に明文を置かれたるものと謂うべし（担９６条、１１４条参照）。

上述せる事由の外留置権に特別なる消滅の原因３あり。即ち左の如し。

第一　占有の喪失

留置権は占有をもってその発生及び存続の要件とす。故に留置権者にして一朝占有を失うときは留置権は当然消滅するものとす。但し債務者の承諾を得て留置物を賃貸又は質入したる場合はこの限りに在らず（３０２条）。惟うにこの後段の場合は純然たる例外と見るべきに非ずして留置権者は賃借人又は質権者に依りて占有を為すものと解するを至当とす。即ち賃借人又は質権者は自己の為にすると同時に留置権者の為にその占有を代理するものと謂うべきなり。この事は次編に至りてこれを詳述すべし。

留置権は占有の喪失に因りて消滅すといえども留置権者にして占有権を有する以上は一般の占有者に同じく占有訴権の保護を受くるものと謂わざるべからず。従って他人の侵奪に因り留置物の所持を失いたるときは占有回収の訴えに依りてその占有を回復することを得べきは勿論とす（２００条）。而してこの場合に於いては留置権者は会て占有を喪失したることなきものと看做さる（２０３条）。故に留置権が全然消滅するには留置権者に於いて占有回収の期間を空過し確定的に占有を失いたる場合なることを要す。この場合に於いてのみ仮令に後に事実上これを回復することあるも再び留置権を有することを得ざるものとす。

第二　留置権者の義務違反に因る留置権消滅の請求

留置権者が留置物を保管するに付き善良なる管理者の注意を欠き又は債務者の承諾なくして留置物の使用もししくは賃貸を為し又はこれを担保に供したる場合に於いて債務者は留置権を消滅せしむる権利を有すること蘘に述べたる如し。即ちこの場合における留置権消滅の原因は留置権者の義務違反に基ける債務者の意思表示なりとす（３３４頁）。

第三　相当の担保を供すること

債務者は何時にても相当の担保を供して留置権の消滅を請求することを得（３０１条）。この場合に於いては留置権はその請求に因りて消滅するものとす。これ一般の原則より言えば１の異例なること言うを俟たず。何となれば債務者一方の意思をもって債権者の担保を変更するものなればなり。

この変例を設けられたる理由は留置権なるものは双方のために甚だ不便なる権利なりとす。即ち債権者に於いては留置物を占有することを得るのみにしてこれを利用することを得ず。加えこれ善良なる管理者の注意をもってこれを保管せざることを得ざる煩累あり。債務者においてもその占有を為さざるが故に事実上これを使用収益し又は担保に供することを得ず。故に財産の流通及び改良を阻害し経済上極めて不利なる制度なりとす。元来留置権は債権担保の一種に過ぎざるが故に債権者に於いて他に相当の担保を得るものとせば敢えて留置権を存せしむる必要なし。これ即ちこの特例を設くるに至れる所以なり。惟うにこの規定は債務の一部弁済ありたる場合及び留置物の価格が著しく債権額を超過し而かも債務者には一時その債務を弁済することの困難なる事情ある場合に於いて最もその必要あるものとす。即ちこれ等の場合に於いて当事者はこれに依りて留置権の不可分（２９９頁）より生ずる悪い結果を矯正することを得べし。

民法には「相当の担保」とありて担保の種類を限定せざるが故に質権又は抵当権を設定することは勿論弁済を為すに足るべき資力を有する保証人を立つることもまた固より有数なりとす（瑞８９８条）。ドイツ民法にも同様の規定なきに非ずといえども物上担保を供することを必要としたるは我が民法と相異なる所なり（独２７３条３項）。

債務者が供すべき担保は留置物に代わるべき相当のものなることを要す。これ畢竟事実問題にして留置権者の承諾なきときは裁判所の判定に依るの外なきなり。けだしこの規定は本来一の変例にして前期の消滅原因の如き留置権者の違法行為に対する制裁を定めたるものに非ず。故にその所謂留置権消滅の請求は債務者の一方的意思表示を謂うに非ずして債権者の同意又はこれに代わるべき裁判を必要とする趣旨と解すべきなり（２４３頁参照）。

第三章　先取特権

　　　第一節　先取特権の性質

先取特権とは民法その法律の規定に従い或る債権を有する者がその債務者の財産に付き他の債権者に優先して弁済を受くる権利を謂う（303条―担131条、仏2095条）。

この規定に基づき左に先取特権の性質を説明せんとす。

第一　先取特権は法律の規定に因る担保権となること

先取特権は債権の性質に基づく優先権にして法律上当然或る債権者に属するものとす。即ち質権及び抵当権と相異なりて何等の意思表示をも必要とせず一定の原因より生じたる債権を有する者が直接に法律の規定に因りて有する特典なり。故にこの点は留置権と同一にして唯債権の性質上より特別の保護を要する点に於いてこれと相異なるのみ。故に又先取特権の存立範囲は全然法律の規定に依りて定まるものとす。民法第３０３条に「本法その他の法律の規定に従い云々」とあるは即ちこれ趣意を示したるものと謂うべし。

先取特権は民法に規定せるもの最も多し。民法以外の法律に認むる先取特権は租税に関するもの（２１年４月法１号市制、町村制１０２条３項、３０年３月法２１号国税徴収法２条以下）、船舶債権及び保険に関するもの（商５５７条２項、６８０条以下、３３年３月法６９号保険業法９６条、同年９月勅３８０号６条、７条）等なりとす。

先取特権は債権者平等の原則に反して特に或る一部の債権者を保護する制度なるが故に公益に密接の関係を有しその規定は一般に強行的のものとす。故に当事者に於いて法律に定めたる以外の先取特権を設定することを許さず又債権者においても単独にその先取特権を処分してこれを他の債権に移すことを得ず。但し主たる債権を譲渡したる結果として先取特権の移転することは従来一般に認むる所なり（２９９頁）。

第二　先取特権はその目的物の占有を必要とせざること

先取特権は債権者に於いてその目的物の占有を為すことを必要とせずこの点は抵当権と同一にして留置権及び質権と相異なる所なり。但し先取特権中には後に説明する如く質の概念に基づくものあり。現にドイツ民法の如きはこれをもって法律上の質権と為せり。然りといえどもこれ等の場合においても先取特権者はその権利の目的物を占有するものと謂うことを得ず。故に占有に関する規定を準用する必要ある時は特にその明文を置くに至れり（３１９条）。

第三　先取特権は債務者の財産上に存すること

民法は先取特権の目的物を示すに付き他の物権の例に依らずして「財産」なる語を用きたり。これけだし先取特権中には一般の先取特権と称して債務者の総財産即ち動産及び不動産の外債権の如き無体物の上にも存するものあり（３０６条）。又特別の先取特権中にも債権をもってその目的物と為すものあるが故なり（３０４条、３１４条、３２０条）。要するに先取特権は債務者の一般又は特定の財産を目的とするものにしてこの点は他の物権と大いに性質を異にし物権の性質を完備せざる所なりとす。

第四　先取特権者は債務者の財産に付き優先弁済を受くる権利なること

先取特権の本質はその目的物に付き他の債権者に優先すること即ち債務の弁済なき場合に於いてこれを売却しその代価に付き優先弁済を受くることを得るに在り。故に先取特権はこの点に於いて質権及び抵当権とその効力を一にし担保物権の性質を完備せるものとす。而して同一物の上に先取特権と質権又は抵当権と並立する場合に於いてその優先の順序如何は絶対的にこれを決定することを得ず。唯概して言えば先取特権は動産質に凌駕せらるる場合多くこれに反して不動産質及び抵当権には優るものと謂うことを得るのみ（３３４条、３３９条、３４１条、３６１条）。この点は第五節に至りてこれを詳述すべし。

我が民法は先取特権をもって１の物権と為したることその法典中の位置に徴してすこしも疑いいを存せず。即ちこの点に於いては旧民法の主義を踏襲せるものなり（財２条）。従ってその目的物の代価に付き優先権を生ずるのみならず原則としては一般物権の効力たる優先権及び追及権を生ずるものと謂うべし（２６頁以下）。但しこの効力には種々の制限あり。殊に動産に関して追及権なきことはその最も著しきものとす（３３３条）。又「一般の先取特権」の如きは特定物を目的とせざる点に於いて物権の通性に反する一大異例と謂わざることを得ず（１８頁）。本来先取特権は単に或る物の代価に付き優先権弁済を受くる債権の特別効力たるに過ぎすして物権の一種と見るべきに非ず。これ沿革上殆ど疑いいを容れざる所なり。唯我が民法に於いては質権及び抵当権は凡て当事者の意思表示より生ずるものとし一切法定のものを認めず。故にこの法制の下に於いては少なくも特別の先取特権はこれを別種の物権と為すの外なきに至れるものと謂うべし。

先取特権の性質に関しては従来二様の見解あり。フランス法系に於いては普通これを物権の一種と見る如し。これ主としてその法典中の位置より観察せる説にして理論上の根拠あるには非ず。現に一部の学者はこの見解を採らずして不動産の先取特権は特別の効力を有する抵当権に外ならずとしその他の先取特権は何れも動産の性質を具備せざるものとせり（プラニオル２巻２５４８節）。ドイツ法は即ちこの主義を採るものにして先取特権は物権としてこれを認めず。唯もし干の場合に法定質権としてこれを存せしむるのみ（独５５９条以下、６４７条、７０４条等）。その他の場合は凡て債権の特別効力としてこれを破産法に規定せり（独破４９条、５７条以下）。これ立法問題としては大いに考究すべき重要事項なることを信ずるなり。

第二節　先取特権の目的物

先取特権の目的物は先取特権の種類に依りて一様ならず。而して先取特権の種類は主としてその担保する債権の如何に依りて定まるものとす。唯これに先取特権の目的物に関して特に注意すべき一事項は先取特権は債務者の財産上に存し（３０３条）他の物権の如く常に特定物を目的とするに非ず。殊に一般の先取特権は債務者の総財産上に存する点に於いて他の物権と大いに性質を異にすること前節に述べたる如し。特別の先取特権に在りてもその担保する各種の債権に付きその目的物の範囲を定むる必要あり。故にこの点は次節に於いてこれを説明せんとす。要するに先取特権は債務者の一般又は特定の財産をもってその目的物と為すものと謂うべし。

先取特権は当初の目的物に事実上又は法律上の変更を生じたるよりしてそれ以外の財産に付きこれを行うことを得るに至る場合あり。所謂物上代位とは即ちこれを謂うものとす。これ先取特権の目的物に関する重要事項の一にしてこれにその法則を説明せんとする所以なり。

民法３０４条に依れば先取特権はその目的物の売却、賃貸、滅失又は毀損に因りて第三者より債務者に給付せらるべき金銭その他の物に付きこれを行うことを得。即ちその給付せらるべき物は当初の目的物に代わりて債権を担保するものなり。厳格に言えば先取特権はこの場合に於いて金銭その他の物よりもむしろその給付を受くる債権の上に行わるるものと見るを正当とす。これ払渡し又は引渡し前に差押を為すことを必要とし一旦その物が債務者に交付せられたる後は最早先取特権を行うことを得ざるものと為したるに徴して明かなりとす。故にこの場合に於ける債権者の権利はこれを物権と称すること当らざる如しといえどもその物はあたかも当初の目的物を代表し結局債務の弁済に充づべきものなるが故に民法はこの方面より観察して直ちに「金銭その他の物」と言いたるに過ぎざるなり。

本来担保物権は物権の一種としてその目的物の滅失に因り消滅すべきを原則とす。又第三者がその物を譲受けたる如き場合に於いては通常これに対してその権利を行うことを得。もしそれ登記なきが又は第三取得者に占有の移りたる為めこの効力を生せざる場合（１７７条、１７８条、３３３条）に於いては仮令に債務者が第三者よりその対価として金銭その他の物を受くることあるも担保権者はこれに付き優先弁済を受くることを得ざるものとす。この他第三者が不法行為に因りて担保権の目的物を毀損したる場合においてもその賠償金に対しては普通一般の権利者と同一の権利を有するに過ぎず物上代位の規定は即ちこれ等の原則に対する一大変例と見るべきなり。

抑もこの制度を設くるに至れる理由は竟畢他の債権者に不測の損害を生せざる範囲内に於いて担保権の効力を全たからしめ容易にその消滅を来ずことなからしめんが為めに外ならず。けだし担保権の目的物にして他の債権の弁済に充てらるることなき以上はその代表物に付き弁済を受くることもまた一般債権者の予期せざりし所なりとす。故に担保権者をしてその物に付き優先権を行うことを得せしむるは最も公平にして当を得たるものと謂うべし。これ法律の規定に因る「権利の変更」の一場合と見るべきなり。而して民法は先取特権に付きこの規定を設けたるも固より先取特権に特別なる制度には非ず。唯編制上の便宜よりして先取特権の章にこれを規定せるのみ。その規定は質権及び抵当権に準用すべきものにして（３５０条、３７２条）抵当権に付いてはその準用を見ること殊に頻繁なりとす（独１１２３乃至１１３０条、瑞８０４条、８０６条、８２２条参照）。故にこれ広汎なる適用を有する点に於いては極めて重要なる法則と謂わざることを得ず。フランス民法には物上代位に関する一般の規定なきよりしてその適用の範囲に付き従来議論少なからずといえども近来特別法をもってその欠点を補いもって質権及び抵当権の効力を拡充するに至れり（プラニオル２巻２４３６節、３４３９節以下）。

上示せる民法の規定に依れば先取特権は左に列挙する代表物に付きその権利を行うことを得。

（一）売却代金

債務者が先取特権の目的物を第三者に売却したる場合に於いては先取特権は爾後その代金に付きこれを行うことを得。これけだし先取特権は債務の弁済なき場合に於いてその目的物の価格に付き弁済を受くる権利なるが故にその価格を代表する売却代金に付きこれを行うことを得るは担保の効力を完たからしむる為め当然の事と謂うべきなり。而してこの規定は先取特権の目的物が動産なる場合に於いて最もその必要あるものとす。何となれば動産の先取特権は一旦その動産が第三取得者に引き渡されたる後はその動産に付きこれを行うことを得ざればなり（３３３条）。然りといえども立法の趣旨は決してこれに言う如き。追及権なきに至れる場合にのみその適用あるものと為すに在らず不動産に付き担保物権の登記ある場合においても第三取得者に対してその実行を為すには手数と費用を要すること少なからざるが故に物上代位の適用は債権者の為に甚だ便利なること言うを俟たず。

（二）賃借その他物の使用価格を代表する物

先取特権の目的物を賃貸したる場合に於いては賃借人が支払うべき借賃は物の使用の対価にしてその全価格の一部を代表するものなり。故に先取特権はその代表物に付いてもこれを行うことを得先取特権の目的物の上に設定したる用益物権の対価に付いてもまた同じ即ち地上権、永小作権又は地役権の対価として債務者が受くべき地代、小作料又は償金に付いてもこれを行うことを得るものとす。

（三）目的物の滅失又は毀損に原因する賠償金

先取特権の目的物が滅失又は毀損したる場合は第三者の不法行為に出づること多し。この場合に於いて債務者は不法行為者に対してその損害賠償の請求権を有すること勿論にして先取特権は即ちその賠償金に付きこれを行うことを得るものとす。法文にはひろく「目的物の滅失又は毀損に因りて債務者が受くべき物」とあるが故に苟もその事実に原因する以上は法律の規定に依りて当然受くべき物と特別の契約に基づき給付せらるべき物との間に差別あることなし。故に例えば火災保険に付せる先取特権の目的物が焼失したる場合においても先取特権は債務者が受くべき保険金に付きその権利を行うことを得るものとす。けだし保険金はその性質上滅失したる物の代表物とのみ見るべからざる如しといえども法律は債権者保護の為にこれを代表物と看做しその上に担保権を行うことを得せしめたるなり。

以上列挙せる３種の代表物は何れも債務者が第三者より受くべきものなることは法文に明示する所なり。唯質権及び抵当権にこれを準用するに当りては債務者に限らずしてひろく設定者と解すべきは勿論とす（３４２条、３５０条、３６９条１項、３７２条）。然りといえども質物又は抵当不動産の現所有者と解する如きは準用の範囲を脱するものと謂わざるべからず。換言すれば第三取得者が他人より受くべき物（例、保険金）に付いてまで担保権を行うことを得るものと解すべきに非ざるなり。この点に於いて前年大審院が抵当権に付き反対の見解を採り第三取得者が受くべき保険金に付いても抵当権を行うことを得るものと判定したるはその当を得ざるものと謂うべし（４０年３月１２日大審院判決）。けだし物上代位の規定は担保権の効力を完たからしむる趣意に出てたること言うを俟たずといえどもこれ一の便宜法にしてその適用範囲は法文に準拠せざるべからず。即ちその規定は制限的にこれを解釈しもって他の利害関係者の権利を害することなきを要す。第三取得者に対しては或る制限の下に追及権を実行する方法あり（３４１条、３６１条、３７７条以下）。仮令にその債務者より受くべき物に付き上記の権利を行わざるも救済の途なきに非ず。然るにその物に付いても尚優先権を行うことを得るものと為す如きは法文を無視し立法の本旨に排馳せる見解と謂わざることを得ざるなり。民法には代表物の種目を列記する方法を採りたるが故にこの点においてもまた制限的にその規定を解釈せざるべからず。これ立法上果たして至当なるや大いに疑いいなきことを得ざるなり。故に右に示す以外の物に付き或る担保物権の行使を認めんとする場合には特別の規定を設くる必要あるものと謂うべし（商２２０条の５、２２５条２項、３項、３８０条の３、３８１条参照）。

先取特権者が代表物に付きその権利を行うにはその物の払渡し又は引渡し前に差押を為すことを要す（３０４条１項末文）。故に債務者が既にその物の交付を受けたる後に於いては最早これを行使することを得ざるものとす。即ち物上代位の場合に於ける担保権の目的物は代表物その者よりもむしろこれを給付せしむる債権なることを知るべし。けだし代表物にして一旦債務者に交付せられ他の財産と混合したる後に在りては他の債権者はその物が果たして担保権の目的物たることを知るに由なきが故に担保権の行使はこれをして意外の損害を被らしむるに至るべければなり。故に又これに所謂差押とは債権差押の手続きを謂うものとす。即ち先取特権者は第三債務者に対してその給付すべき金銭その他の物の払渡し又は引渡しを差止めもってその物に付き弁済を受くる権利を保全すべきなり。但し立法問題としてはこの手続きを必要条件と為すべきやに付いても大いに疑いいなきことを得ず。

債権差押の手続きは民事訴訟法第５９４条以下の規定に依るべきものとす。尚先取特権者は自己の債権の弁済期が未だ到来せざる間といえども仮差押に依りてその権利を行うことを得るものと解すべし（民訴７３７条）。但しこの点に於いては反対説あり。即ち多数の学者は差押なる語を狭義に解して純然たる執行行為のみを謂うものとしその結果主たる債権の弁済期に在ることを必要とする如し。然りといえどもこの見解に従うときは物上代位の規定は実際殆どその効用なきに至るべし。何となれば法文に列挙せる事実は何れも主たる債権の弁済期の到来前に生ずること最も多ければなり民法中差押なる語は仮差押を包含せざるものと為す。例なきには非ずといえども（１４７条）これに説明する場合の如きは立法の趣旨に於いてこれと同一に論ずべきに非ざるなり。

先取特権者がその債権の弁済期前に於いて上記の権利を行うには第三債務者をしてその給付すべき金銭その他の物を供託せしむることを得。而して先取特権は向後その供託せられたる物の上に存在するものとす。この点においても債権質に関する第３６７条３項及び４項の如き規定なきは１の欠点にして多少の疑い義なきことを得ずといえども法文を活用するにはこの見解を採らざることを得ざるなり。第三債務者においてもまた弁済と同一の効力ある方法に依りてその債務を免るることを得ざるべからず。もしこれが為に法文の根拠を必要なりとせば民法第４９４条に所謂債権者が弁済を受領すること能わざる場合（差押の為）として供託を為すに妨なきものと解することを得べし。

第３０４条に依る先取特権行使の結果は凡て担保物権を実行したる場合と相異なることなし。唯これに注意すべき一事は先取特権はこれが為に常に消滅するものと解すべからず。もし先取特権者が不動産の売却代金に付き全部の弁済を受くること能わざるときは更に残額に付き第三取得者に対してその権利を実行することを妨げず。故にこの場合は目的物の交替と言うよりもむしろその膨張と見ること至当なるべし。先取特権（その他の担保物権）が全然消滅するものと為すには特に第三取得者の弁済にこの効果を認めたる場合なることを必要とす（３４１条、３７７条）。

第三節　先取特権の種類

先取特権は特定の債権者が債務者の財産に付き優先弁済を受くる権利なり。故に今これにその存立の範囲を定めかつこれを分類するには二個の方面より観察を下すことを得。即ち第一は先取特権に依りて担保せらるべき債権の方面よりすること第二は先取特権に依りて優先弁済に充づることを得べき債務者の財産即ち先取特権の目的物の方面よりすることこれなり。

民法は先取特権の種類を定むるに当り先づその目的物の方面より観察してこれを一般の先取特権と特別の先取特権とに区別し更に特別の先取特権を分ちて動産の先取特権及び不動産の先取特権の２種と為せり。而してこの三大部類の先取特権中に於いて更にその担保する債権の原因上より観察して各種の先取特権を区別し或いは共益費用の先取特権と云い或いは不動産賃貸の先取特権と云う如き法律に保護せんとする債権関係の如何に依りてその名称を定めかつその目的物の範囲及び順位等に関する規定を為したるものとす。

第一款　一般の先取特権

一般の先取特権とは債務者の総財産の上に存するものと謂う（３０６条）。総財産とあるが故に物に限らず苟も財産権に属する以上は一切の権利を包含するものと解すべし。即ち無記名債権は当然とし各種の財産権は何れもこの先取特権の目的物と為るものとす。

一般の先取特権は４種の費目に原因せる債権を有する者に属す（一）共益費用（二）葬式費用（三）雇人の給料（四）日用品の供給即ちこれなり（同条）。

第一　共益費用の先取特権

共益費用の先取特権とは一般債権者の共同利益の為めに為したる債務者の財産の保存、清算又は配当に関する費用に付き存する先取特権を謂う（３０７条１項）。例えば債務者の為に時効を中断し又はその死亡、破産もしくは法人解散の場合に於いて財産目録を調製し、債権を取立て又は財産を売却する等の費用及びこれ等の場合に於いて各債権者に支払うべき金額を計算しかつこれを配当する為に要したる費用の如きを謂う。これ多くは執達吏、清算人、破産管財人等の受くべきものに属す。而してこれ等の費用に付き先取特権を興ふる所以は他なしその費用たるや何れも各債権者の為にその共同担保を保全又は実行しこれをして弁済を受くることを得るに至らしめたるものなり。故に債務者の財産をもって先づその共同利益の原因を成したるものを弁済するの公平なること言うを俟たず。これ即ちこの先取特権を認めかつ最先の順位を有するものとしたる所以なり（３２９条）。

上記の理由に因り共同費用が総債権者に有益ならざりし場合に於いては先取特権はその費用に依りて利益を受けたる債権者に対してのみこれを行うことを得るものとす（３０７条２項）。例えばこれに債務者の不動産上に登記したる第一乃至第四順位の抵当権ありとせんにその第二順位の抵当権登記の抹消に関する費用は第三及び第四順位の抵当権者に有益なるも第一順位者を利せず。従いて第一順位者に対しては先取特権を行うことを得ざる如し。

第二　葬式費用の先取特権

これに所謂「葬式費用」とは屍体の埋葬に要する費用を謂う。例えば墓地の代金、読経、人夫等の費用これなり。故に埋葬後の祭典又は墓碑の費用の如きはこれを包含せず。この先取特権は債務者又はその扶養すべき親族又は家族の身分に応じて為したる葬式費用の債権を担保するものとす（３０８条）。債務者が扶養すべき者の範囲は親族編にこれを定む（７２７条、７２８条、７４７条、７９０条、９５４条、９５９条）又その身分に相応する程度如何は事実問題にして死亡者の地位、資力等に依りて相異なる所なきことを得ず。

この先取特権は公益上の理由に基づくものとす。けだし葬式は人生の一大要務にして速にこれを営むことは社会の風俗及び衛生上必要とする所なればなり。故に法律は特にその費用を供したる者を保護しもって貧困者といえども容易にこれを挙行することを得せしめた　るものとす。

第三　雇人給料の先取特権

この先取特権は雇人として他人に使用せらるる者の為にその労務の報酬を受くる債権を担保するものとす（３０９条）。およそ「雇人」なる語には広狭二義あり。広義に於ける雇い人とは凡て雇用契約に依りて労務を供する者を謂い狭義に於ける雇人とは使用人の指揮命令の下に継続的労役に服する者を謂う。これには狭義に於ける雇人を謂うものにして執事、番頭、馭者、僕婢の如き即ちこれなり。これ等の者は専ら給料の債権に付き先取特権を有するものとす。故にその立替又は寄託したる金銭の返還を受くる債権の如きはこの先取特権に依りて保護せらるることなし。

民法に於いてこの先取特権を認めたる理由は他なし。右に示す雇人の如きは通常貧困者にして寡額の給料を受け纔にその生活を支持する者なり。然るにもし一般の原則に従い労役を終わりたる後に於いて他の債権者と平等にその権利を行うべきものとせば何時主人の無資力の為にその弁済を受くる能わずして活路を失うことなしとせず。法律は即ち雇人をしてこの悲境に陥らしめざる為又一方には急遽資産を失いたる者をして必要なる雇人を得ることを得せしむる為にこの先取特権を認めもって雇人をしてその職務に安することを得せしめたるものなり。但しこれが為他の債権者に著大なる損害を被らしめざることを要するが故に最後６個月以内の給料に付きかつ５０円を限度としてその債権を保護したるものとす。即ちこの点はフランス法系の立法例よりも先取特権の範囲を縮少せるものと謂うべし（担１４１条、仏２１０１条４号）。

第四　日用品供給の先取特権

この先取特権は日用品を供給したる者の為にその代金の支払いを受くる債権を担保するものとす。即ち債務者又はその扶養すべき同居の親族並びに家族及びその僕婢の生活に必要なる飲食品及び薪炭油の供給に付き存在するものなり。故に生活に必要ならざる物（酒、菓子、煙草等）はその部類に属せず又日常の必要品中においても右に示す以外の物（衣服、器具、筆紙等）はこれを包含せず。尚上記の日用品に関する債権をいえども最後の６個月間に供給したるものに付いてのみ先取特権に依りて担保せらるるものとす（３１０条）。

この先取特権もまた無資産者を保護する趣意に出てたるものとす。けだし上述せる物品は何れも日常の生活に欠くべからざるものにして貧困者は現金をもってこれを購うこと能わざる場合多し。故に法律上に於いてその代金の支払いを確保するに非ざればこれを供給する者なかるべくその結果終に家人と共に生活に窮することなしとせず。これ即ち他の債権者を害せざる限度に於いて特にその供給者を保護しもって債務者をしてその供給を受くる便を得せしめたる所以なり。

第二款　特別の先取特権

第一項　動産の先取特権

動産の先取特権とは債務者の所有に属する特定動産の上に存する先取特権を謂う。この先取特権に依りて担保せらるべき債権は左に掲ぐる八種の原因より生じたるものなることを要す（３１１条）。

１　不動産の賃貸借

２　旅店の宿泊

３　旅客又は荷物の運搬

４　公吏の職務上の過失

５　動産の保存

６　動産の売買

７　種苗又は肥料の供給

８　農工業の労務

以上列挙せる原因より生じたる債権を有する者の先取特権はその基づく所の観念を１にせず。今この方面より観察するときは動産の先取特権はこれを２の部類に区別することを得べし。その第一乃至第四の事由に因るものは暗黙の質入ありしに基づくものとす。即ち債権者はその先取特権の目的物をもってあたかも自己の為に質物と為れる如く思惟するを常とす。而してこの観察は至当と認むるべきが故に法律はその意思に従い質権者と同様にその物の代価に付き優先権を行うことを得せしめたるなり。ドイツ民法に於いてこの部類の先取特権をもって法定質権と為したるは即ちこの理由に外ならず。これと相異なりて第五乃至第八は一般債権者の為に担保の原因を為したるに基づくものとす。即ち先取特権者がその権利の目的物を債務者の資産中に加え又はこれを保存したるに依りて他の債権者の共同担保を増加したるが故に先づその原因を為したる者を保護する趣意に外ならざるなり。この区別は先取特権の順位を定むるに付き甚だ重要なるものとす（３３０条）。

然りといえども右に示す原則には１２の例外あり。即ち不動産賃貸の先取特権はその賃貸借の目的物たる土地の果実に付いてはむしろ担保の原因を為したる理由に基づくものとす（３１３条１項）。第３１４条に掲げたる金額に付いてもまた同じ。

以下各種の動産の先取特権に付き民法に規定する所の要領を説明せんとす。

第一　不動産賃貸の先取特権

この先取特権は不動産の借賃その他賃貸借関係より生じたる賃借人の債務に付きその動産の上に存するものとす（３１２条）。これローマ法以来諸国の法律に認むる所にして動産の先取特権の首位を占むるものなり。ドイツ法にはこれを法定質権と為しフランス国一般の学者もまた暗黙の質権としてこれを説明せり。けだし不動産賃貸人の為にこの先取特権を認めたる所以は畢竟賃借人がその不動産に備え付けたる動産をもって自己の債権の担保と見たるが故に外ならず。而して土地、建物の賃貸借は日常吾人の需要を充たしかつ経済上最も有益なる利殖方法なるが故にこれを奨励する趣旨に出てたるものなり。

この先取特権は凡て賃貸借関係に基因する賃貸人の債権を担保するものとす。即ち不動産の借賃を初めとし賃借人が特約に因りて負担せる修繕費の償還及び不動産に加えたる損害の賠償を求むる債権の如きこれなり。これに反して賃貸借に基かざる債権（例、貸金の返還を目的とするもの）は何れもこの先取特権に依りて担保せられざること勿論なりとす。

又この先取特権は賃借人の動産の上に存するものとす。故に土地の賃貸人は賃借地に存する建物その他の定着物の上に先取特権を有することなし。而して先取特権の目的物たる動産は土地の賃貸借に於けると建物の賃貸借に於けるとに依りてその種類を異にする所あり。即ち土地の賃貸借に在りては賃貸人の先取特権は（一）賃借地に備え付けたる動産（二）賃借地の利用の為にする建物に備え付けたる動産（三）土地の利用に供したる動産（四）賃借人の占有に在る賃借地の果実の上に存在す。又建物の賃貸借に在りてはこの先取特権は賃借人がその建物に備え付けたる動産の上に存するものとす（３１３条）。

土地又は建物に備え付けたる動産とは常備の目的をもってこれに付置せる物を謂う。但し営業の為にすると生活の用に供するとを問わず。例えば土地の利用の為にこれに常置せる舟車、牛馬の類又は建物の中に備え付けたる襖、箪笥の如きこれなり。故に金銀、有価証券、日用品等は凡てこれを包含せざるものとす。

これに所謂「賃借地」とはヨーロッパ諸国の法律に於ける如く土地の上に存する建物をも包含するものと解すべし。即ち「賃借地に備え付けたる動産」とはその土地の上に存する建物に備え付けたる動産を並せ謂うものとす。もし然らずとせば土地賃借人の住家に備え付けたる動産の如きは先取特権の目的と為らざるに至り立法の趣旨に反すること言うを俟たず。故に第二の「賃借地の利用の為にする建物とは主として賃借地以外に在るものを謂う。何となればその土地の上に在る建物に備え付けたる動産は土地に備え付けたる動産の中に包含せらるべければなり。故に又第三の「土地の利用に供じたる動産」の如きも賃借地又はその利用の為にする建物外に在るものに付きその必要あるものと解すべし。

不動産賃貸借の先取特権は右に掲げたる賃借人の動産の上に存するを原則とす。然りといえども左に示す２の場合に於いてはそれ以外の財産に及ぶものとす。

（一）賃借人の譲渡又は転貸の場合に於いては賃貸人の先取特権は譲受人又は転借人の動産に及ぶものとす（３１４条）。但しその動産は上に述べたる賃借人の動産と同一の要件を具備すべきこと言うを俟たず。この規定は将来に於ける譲受人及び転借人の債務に付ては殆ど明文を必要とせざるべし。けだし賃借権の譲渡及び転借は何れも賃貸人の承諾あるに非ればこれを為すことを得ず（６１２条１項）。即ち民法の趣旨は譲渡の場合に於て譲受人は賃借権を承継すると同時に将来賃借人として一切の負担に任すべきものとするに在ること疑いいを存せず。又転貸の場合においても転借人は直接に賃貸人に対して義務を負うものと為すが故に（６１３条）賃貸人の先取特権がその動産に及ぶことは当然の結果なりとす。

惟うに立法の主旨は譲渡又は転貸以前に於いて賃借人が負担せる借賃その他の債務に付いてもまた先取特権の適用あるものと為すに在るべし。即ち譲受人は賃借権と共に賃借人の債務を承継するものとし又転借人に対しても実際これと同一の結果を生せしむる趣意と解すべきなり。果たして然らばこの見解は理論上至当と認むることを得ず。殊に譲渡及び転貸は何れも賃貸人の承諾を要件と為す以上は譲受人又は転借人をして斯の如き過重の負担に任せしむる必要を見ざるなり。然りといえども上記の規定をもってその実用あるものと為すにはこの解釈を採らざることを得ず。察するに立法者は賃借人が譲渡又は転貸に際して賃借物よりその動産を収去し或いはこれと譲受人又は転借人の動産とを混交せしめんことを惧れこれに対して賃貸人を保護せんとする一念に駆られたるものと謂うべし。

賃貸人は譲渡又は転貸に因り譲受人又は転借人より賃借人に払うべき金額（代価又は借賃）に対しても先取特権を行うことを得（３１４条末文）。けだし賃借人に於いてこの金額を受くることを得るは最初賃貸人がこれに賃借権を取得せしめたる結果に外ならず。故に他の債権者に対してその原因者たる者を保護すること至当なればなり。即ちこの場合に於ける賃貸人の先取特権は質の観念よりもむしろ担保の原因を成したるに基づくものと謂うべし。而して法文は「譲渡人又は転貸人が受くべき金額とあるが故にその所謂金額とは未だ支払いを受けざるものを意義す。即ちこの場合に於ける先取特権の目的物はその金額を受ける債権と見るを妥当とす。故にこの点はさきに説明したる第３０４条とその趣旨を同うするものと謂うべし。

（二）賃貸人は賃借人（又は賃借権の譲受人もししくは転借人）が占有又は所持する第三者の動産上にもその先取特権を行うことを得。これ動産占有の効力に関する第１９２条乃至第１９５条の準用に因るものなり（３１９条）。例えば賃借人がその賃借せる不動産に備え付けたる動産は他人より借受け又は寄託せられたる物なるも賃貸人に於いて当初その事実を知らずかつこれを知らざることに付き過失なかりしときは尚その動産の上に先取特権を行うことを得べし。けだしこの場合に於いてその動産は賃貸人の占有に属せざるが故に占有の規定に依りて当然その結果を来すことなきは言うを俟たずといえども占有者と同一様にこれを保護するに非ざればこの先取特権を認めたる目的を貫徹することを得ざればなり。但しその動産が盗品又は遺失物なるときは２年間被害者よりその回復の請求を受けざることを得ず（１９３条）。詳細は次編に至りてこれを説明すべし。

不動産賃貸の先取特権を行使するには左に掲ぐるに２の制限に従うことを要す。

（一）賃借人の財産の総清算の場合に於いては賃貸人はその債権の全額に付き先取特権を行うことを得ずして前期、当期及び次期の借賃その他の債務及び前期並びに当期に於いて生じたる損害の賠償に付いてのみこれを行うことを得（３１５条）。これに所謂総清算の場合とは破産、相続の限定承認又は法人の解散の如き債務者の財産を挙げてこれを総債権者に分配する場合を謂う。けだしこれ等の場合に於いて別段の規定なきときは賃貸人は既往に於ける債権の全額に付き先取特権を行うことを得るのみならず賃借人が期限の利益を失う結果として将来に於ける借賃の全額をも請求することを得べし（１３７条１号、１０３２条１項、１０５０条２項）。果たして然らば独り賃貸人のみ過重の保護を受くるに至り他の債権者の利益を害すること少なしとせず。殊に賃借人と通謀して虚偽の証書を作成しもって巨多の債権額を要求する弊害を生ずること容易なるべし。これ即ち上記の場合に於いてその先取特権に依りて担保せらるべき債権の範囲を限定することを必要としたる所以なり。

これに所謂前期、当期及び次期とは何ぞや先づ当期より言わんに当期とは総清算の生じたる時に未だ満了せざる期間を謂う。例えば年を一期として借賃を支払うべき場合に於いて総清算ありたる年を謂う如し。而して前期とはその前年、次期とはその翌年を謂うこと勿論なり。借賃の支払い時期は特約なき限りは第６０４条の規定に依るべきものとす。唯実際に於いて支払時期は必ずしも一期分として支払うべき期間の終わる時に非ずして月定めの場合には毎月２５日にその一期分を支払うべきものとする如きこと往々にしてこれあり。この場合に於いては支払時期の如何に拘らず一期と定めたる期間を標準として上記の三期を算定すべきものとす。

（二）賃貸人は敷金を受け取りたる場合に於いてはその敷金をもって弁済を受けざる債権の部分に付いてのみ先取特権を行うことを得（３１６条）。敷金とは賃貸借の成立に際し賃借人が借賃その他賃借物に付き負担すべき債務の担保として予め賃貸人に交付する金額を謂う。即ち賃借人が後日その債務の弁済を怠る場合に於いて直ちにこれをもってその弁済に充てんとするものなり。故にこの場合に於いて賃貸人は先づ敷金に付き弁済を受け尚不足あるとき初めて賃借人の動産に付き先取特権を行うことを得るものとす。換言すれば先にその動産に付き先取特権を行い敷金は将来の債権の為にこれを保留することを許さず。これ当事者の意思に依るものにして又他の債権者に多大の損害を及ぼさざる為に必要とする所なり。但し敷金をもって弁済を受くるも尚賃借人に債務の不履行ありて将来に賃貸借関係を存続せしむることを不利とするときは賃貸人は一般の原則に従い契約の解除を為すことを得べきは勿論なりとす（５４１条）。

敷金の性質に関しては議論あり。今これにその概要を述べんに敷金は保証金の１種にして他の契約保証金とその性質を１にすること疑いいを存せず。唯従来不動産（殊に家屋）の賃貸借当事者が授受するものに付き特にこの名称を慣用するのみ。故に保証金の性質に関して学者間に存する議論は凡て敷金に適用すべきものなりとす。

敷金の授受は賃貸借に従たる一種の践成契約にして賃借物に関して生ずることあるべき賃借人の債務を担保する目的に出づるものとす。而してこの契約は通常封金に非ざる一定の金額即ち代替物をもってその目的と為すが故に賃貸人に於いては直ちにその所有権を取得しかつ随意にこれを処分することを得又賃借人は賃貸借関係の存続する間その返還を求むることを得ず。賃貸借の終了に際し賃借人に於いて不履行の事実なきときはその全額の返還を受くべく反対の場合に於いては賃貸人は弁済なき金額に応じて敷金をもってその弁済に充て返還の義務を免るるものとす。故に賃借人は果たして敷金の返還を受くることを得るや又その返還せしむることを得べき金額如何は賃貸借関係の終了に至るまでは確定せざるものと謂うべし。

上述せる所に依れば敷金契約は解除条件付消費寄託と質契約とを混合したる如きものとす。普通の消費寄託と相異なる所は賃貸人の債権を担保することを目的とし賃借人の為にその目的物を保管することを主眼とせざるに在り。即ちこの点は質契約とその効用を同ふるものにして賃貸人は敷金に付き優先弁済を受くることを得べく。而して賃借人の一般債権者はこれに対してその返還を求むる債権を差し押さえうることを得ず。これ敷金契約の本旨にして当事者の意思もまたこれに在るものとす。故にこの契約は決して一部学者の主張する如き相殺の予約とのみ見るべきに非ざるなり。

然らば敷金契約は質権の設定なるやと云うにこの点は最も議論の存する所なり。従来多数の学者は質権説を採れり。但しその説明の方法に付いては二様の見解あり。第一の見解は敷金その者の上に質権存立するものと為すに在り。唯この場合に於いて質権は一定の金額即ち代替物をもってその目的物と為すが故にこれを一の変則質と称するのみ。これローマ法以来最もひろく行わるる見解なりとす（デルンブルヒ２７２節末項、プラニオル２巻２３９１節）。この見解は敷金契約の目的及び効用上より観察するときは寔にその理由なきに非ず。即ち消費貸借上の債権を担保する場合に非ざるも又その目的物は金銭なるも実質上より言えば一種の根抵当に外ならざる観なきことを得ざるなり。然りといえども質権は本来他物権の１にして他人の所有に属する特定物の占有を為すことを要件とし一定の金額を返還する如き債務を負う状態とは大いに相異なるものとす。故に仮令に担保の目的をもってするにもせよ敷金の上に質権成立するものと為す如きは質権の性質に背馳し穏当なる見解と称することを得ず。

第二の見解は敷金上の権利をもって債権質と為す説にして多少の勢力あり。即ち賃借人は賃貸人に対して敷金の返還を求むる債権を有し賃貸人はこの債権（自己に対する）の上に質権を取得するものと為すに在り（横田博士、物権法６版６４０頁）。この説は巧妙に過ぎ実際の法律状態に適合せず。けだし当事者の意思は直ちに敷金その者をもって弁済に充てんとするに在り。その返還を求むる将来の債権を担保と為す如き迂曲せる概念を有することなし。かつそれこの見解は債権質に関する民法の規定とも相容れず殊に債権質は質権者に債権証書を交付することを要件と為すが故に（３６３条）賃借人は敷金の受取証書を賃貸人に交付せざることを得ざる如き不条理なる結果を生ずるに至るべし。余輩は必ずしも質権者と第三債務者との別人なるべきことを主張するに非ず。又一部学者の説として自己に対する権利はその性質上これを行使すること不可能なるが故にその質入の効なきものと為す如き見解もこれを採らずといえども斯く敷金授受の目的に適合せざる説には賛同することを得ざるなり。

惟うに敷金契約は将来の債務に付き予めその弁済に充つべき金額を供する一種の契約に外ならず。而してその効力は物権的にして質契約に殆ど相同じといえども前に説明せる如く質権設定の場合とは法律関係の性質を異にしかつ債務発生せば直接にその金額をもって弁済に充てんとするものなり。この見解に対して起こるべき有力なる非難は債権者中の或る者に優先権を興べんとするには法廷の原因に依らざるべからず。而してその方法は質権又は抵当権を設定する外にはこれなきに非ずやと曰うに在り。固より担保物権の種類は法律にこれを限定し当事者に於いてそれ以外のものを創設することを許さず。然りといえども法律に於いて質権の設定に均しき効力を生ずる法律行為を認むることはすこしもこれを妨げず。敷金契約は即ちその一例にして積年の慣習法として行われかつ如何なる強行的法規にも反することなきが故に民法においてもその効力を認めたるものと解すべきなり（神戸氏「権利質論」２７９頁以下参照）。

第二　旅店宿泊の先取特権

この先取特権は旅店主人が旅客、その従者及び牛馬の宿泊料並びに飲食料に付きその旅店に存する手荷物の上に存するものとす（３１７条）。故にこれに示す以外の債権（例、立替金）はこれを担保せず又その目的物は旅店に現在する手荷物に限り手荷物と称すべからざる物（例、車馬）及び旅店外に在る手荷物はこれを包含せず。これまた旅店主人はその宿泊する旅客の携帯品を質物と見たるに因るなり。故に又この先取特権にも占有に関する第１９２条乃至第１９５条の規定を準用すべきものとす（３１９条、３７０頁）。

第三　運輸の先取特権

この先取特権は運送人が旅客又は荷物の運送賃及び付随の費用に付き運送人の手に存する荷物の上に存するものとす（３１８条）。即ち運送人の為に旅客又は荷物の運賃及び付随費用（運送人が立替たる関税保険料等）の償還を受くる債権を担保するものにしてその目的物は運送人に委託せられたる荷物に限るものとす。これまた前２種の先取特権と同一の観念に基づくものにして運送人はこれ等の債務の弁済を受けざるときはその掌裡に在る荷物を差押えこれをもって優先弁済に充てんことを期したるが故なり。故に一旦引渡しを為したる後はこの先取特権を行うことを得ず。けだしこの場合に於いては他の債権者その他の第三者に不測の損害を生せざることを必要とすればなり。

これに所謂運送人とは凡て運送を為す者を謂いその自然人たると会社その他の法人たるとに依りて差別あることなし。又運送を営業とする者なると否とを問わざるなり。

運送人がこの先取特権を行使するにはその目的物たる荷物が自己の手裡に存しかつ旅客又は運送人の所有に属することを必要とす。然りといえども旅客が車中又は船中に携帯する荷物の如きは運送人の占有に在るものと謂うことを得ず。又運送を委託されたる荷物は実際委託者の所有に属せざることなしとせず。然るにこれ等の場合においても運送人をして一般の占有者と同一の保護を受けしめもってその権利を行うことを得せしむる必要あるが故に民法はこの先取特権にも第１９２条乃至１９５条の規定を準用すべきものとせり（３１９条）。

第四　公吏保証金の先取特権

この先取特権は保証金を供したる公吏の職務上の過失に原因せる債権に付きその保証金の上に存するものとす（３２０条）。即ちその過失に因りて生じたる損害の賠償を受くる債権を担保するものなり。厳格に言えばむしろ公署に対して保証金の返還を求むる債権の上に存するものと謂うべし。

この先取特権もまた前３種の先取特権に同じく担保の黙約ありとの推測に基づくものにして保証金は最初より債権の担保に供する目的をもって納付せられ被害者においてもこれをもって質物の如く観察したるものとす。而して公署はあたかも被害者の為にこれを保管するものと謂うべきなり。これに所謂公吏とは公証人、執達吏の如き。主として公衆の委託を受けて民事に関する事務を取り扱う者を謂う。即ちこれ等の者はその職務の性質上他人に損害を生ずることあるが故にその担保として公署に対し保証金を予納する義務を負うものなり。市町村の収入役また同じ政府に保証金を納めて出納の事務を取り扱う官吏に付いては多少の疑い義あり。通説には官吏は公吏に非ずとし又その納付する保証金は公法関係に属する故をもって民法の支配を受けざるものと為す如し。固より公吏なる語は通常官吏と区別してこれを包含せざる意義に用うるを例とす。然りといえども本来この先取特権に関する規定はフランス民法にその範を採りたるものにして同民法の下に在りては職務の性質に付き或る制限を認むる外官吏公吏を区別せず（フランス２１０２条７項、プラニオル２巻２３９５節及註、２５８７節）。又官吏の身元保証金は公法上の必要より国家の命ずる所にしてその納付の義務は公法上の義務なること疑いいを容れずといえども一旦これを納付したる後に於ける法律関係は私法的性質を有すること個人間に於けると相異なる所なし。故にこれに所謂公吏は特別法に特段の規定なきに於いてはむしろ広義に解すること妥当なるべし。但し政府の収入官吏に付いてはあたかも特別の規定あるが故に実際本条の適用なきものとす（会計法２８条、会計規則１０２乃至１１０条）。

保証金はさきに論述せる敷金と同一の性質を有す。むしろこの中に敷金を包含するものと謂うべし。故にこの点に於いては凡て敷金に付き説明したる所に譲らんとす（３７３頁以下）。即ち法律は質権に等しき一種の担保を認めたるものと解すべきなり唯公吏の保証金は法令の規定に依りこれを納付すべき点に於いて敷金の如き契約上の保証金とその原因を異にするのみ。従ってこの先取特権は担保の黙約に基づくものと為すことは適切ならざる如しといえども当事者の方面より観察するときは至当の見解たることを失わず。

第五　動産保存の先取特権

この先取特権は動産の保存費及び動産に関する権利の保存、追認又は実行の為に要したる費用に付きその動産の上に存するものとす（３２１条）。これ前数種の先取特権と相異なりて共同担保の原因を為したるに基づくものなり。即ちこれ等の保存行為を為したる者ありたるが故に他の債権者もその生じたる利益の限度に於いて弁済を受くることを得るに至れるものと謂うべし。

これに所謂動産の保存費とは動産を保存し又はこれをしてその費用を為さしむる為に要したる費用を謂う。例えば家畜の飼養料又は器具の修繕費の如きこれなり。故に単純なる有益費（３３１頁）に付いては先取特権なきものとす。けだしこの種の費用は保存費の如く常に一般の利益と為るに限らずかつその改良に因りて生じたる増価額を算定するには不相当の手数と費用を要すべきが故なり。この点は不動産に改良を加えたる場合と法律の規定を異にするものと謂うべし（３２７条）。

およそ他人の物に付き保存行為を為したる者は保存費の支払いを受くる為その物の上に留置権を有するを常とす。然るに留置権は留置物の代価に付き優先権を生せず。又占有の喪失に因りて消滅することさきに述べたる如し。故にこれ２の担保権は各独立の効用を有し先取特権を行使することの必要なる場合あること言を俟たざるなり。

所謂動産に関する権利の保存とはその権利の喪失を防ぐ為に時効を中断し又は占有回収の訴えを提起する如きを謂いその権利の追認とは占有者をして債務者の所有権を承認せしむる如きを謂う。これ何れも権利を保存せる行為に外ならず又権利の実行とは第三者が債務者に或る動産の引渡しを為すべき場合にこれをして現実にその引渡しを為さしめ又は債務者の為にその動産を競売に付する如きを謂う。これ等の費用に付き先取特権を有する債権者は通常弁護士、執達吏等にしてその先取特権はさきに説明したる共益費用の先取特権と同一の性質及び基礎を有するものなり。唯共益費用の先取特権は各債権者の共同利益の為に為したる財産保存の費用に付いてのみ存在しかつその費用は債務者の総財産を保存したる故をもって総財産の上に存するものとす（ボアソナード氏担草理由書３１１節末項）。然らざれば動産又は不動産保存の先取特権と重複し最先の順位を有する一般の先取特権としてこれを認めたる所以を解することを得ざるなり。

第六　動産売買の先取特権

この先取特権は動産の代価及びその利息に付きその動産の上に存するものとす（３２２条）。これまた共同担保の原因を成したるに基づくものにして各人の生活上片時も欠くべからざる売買契約の安固を保障する趣旨に出てたるものなり。故にその規定は売買に関する他の規定と相異なりて売買以外の有償契約にこれを準用することを得ず（５５９条）。唯交換契約の当事者に限り補足金に付きこの権利を行うことを得（５８６条２項）。又売買契約に在りてもその目的物の代価及びその利息の支払いを受くる売主一方の債権のみこの先取特権に依りて担保せらるるものとす。但し利息に関しては約定利息と遅延利息（５７５条２項）との間に差別あることなし。この他の債権（例、違約金、売買契約の費用等に関するもの）に付いては先取特権なきものと解すべし。

およそ代金の弁済を受けざる売主は最も簡便なる担保として売品の上に留置権を有するものとす。然りといえども留置権はその目的物の占有を要件とし軽忽にも一旦これを買主に引渡したるときは消滅す。又その代価の上に優先権を生ずることなし。故に契約の目的を達するには先取特権を有するの肝要なること言うを俟たず。唯先取特権を実行するには多少煩雑なる手続きと費用を要しかつ相当の代価に売却する能わざることあり。加えこれ一度第三取得者にその目的物たる動産を引き渡したる後はこれを行うことを得ず（３３３条）。故にこの場合に於いては売主は契約を解除しもって僅かに損失を被らざることを図るの外なきなり（５４１条）。

第七　種苗肥料供給の先取特権

この先取特権は種苗又は肥料の代価及び利息に付きその種苗又は肥料を用きたる土地より爾後一年内に生じたる果実の上に存するものとす（３２３条１項）。これその供給せられたる種苗又は肥料に因りて算出せるものなるが故にして前２種の先取特権とその基づく念を１にするものなり。同一の理由に因りこの先取特権は蚕種又は蚕の飼養に供じたる桑葉の代価に付いてもその蚕種又は桑葉より生じたる物（例、繭、生糸等）の上に存在するものとす（同条２項）。

第八　農工業労役の先取特権

この先取特権は農工業労役の賃金に付きその労役に因りて生じたる果実又は製作物の上に存するものとす。これまた前３種の先取特権と同一の理由に基づくものとす。但しその担保する債権は賃金全額の請求権に非ずして農業の労役者の為には最後の１年間、工業の労役者の為には最後の３個月間の賃金に限るものとす（３２４条）。これけだしこれ等の賃金は永くこれを支払わざること稀なるのみならず歳月を経過するに従い如何なる果実又は製作物が何人の労役に因りて生じたるやを鑑別すること能わざるに至るべきが故に適当の範囲内に於いて労役者を保護しもって他の債権者に不測の損害を生せしめざることを必要とすればなり。而して農業の労役者と工業の労役者との間にこの差別を設けたる所以は慣習上前者は１年又は半年毎にその賃金の支払いを受くること多く後者に在りては１個月を超えざること常なるが故に外ならず。

これに所謂農工業労役者は第３０９条に依りて一般の先取特権を有する雇人たることあるやもしこれありとせば何れの先取特権を有するやは１の疑い問なるべし。先づこの２の先取特権はその担保する債権及び目的物の範囲を異にする外その順位を異にし（３２９条２項）各一得一失なるが故に相並び行わるるものと為すも決して重複することなきは勿論とす。旧民法には「雇い人以外の農工業労役者」とありしか故に（担１５４条）すこしも疑いいを生せずといえども現行民法第３２４条にはこの制限的文字を存せず。その削除の理由は明瞭ならずといえども本来雇人なる語はさきに示したる狭義においても農工業労役者を包含せざるものと断定することを得ず（３６０頁）。フランス民法には一般の先取特権としてGens de serviceなる語を用ヰ最狭義の雇人即ち日常主人に随身する労役者（僕婢、料理人、馭者等）のみを指し農工商業の労役者、日雇い人、書記、番頭、手代等は一切これを包含せざるものと為すも（フランス２１０１条４号、担革１１４６条、１１６０条、プラニオル２巻２５６３節）近来ようやくこれ等の者の為にもその先取特権の適用を拡張する趨向を来せり（同氏同巻２５６５節以下）。我が「雇人」なる語には斬まで狭隘なる意義なく又雇人給料の先取特権を認めたる趣旨より考うるも番頭、手代、執事等の有する先取特権にして農夫、坑夫、職工等にこれを拒むべき理由あることを見ざるなり。故に農工業労役者といえども第３０９条の雇人に付き説明せる範囲に属する限りは同時に２種の先取特権を有するものと解することむしろ妥当なるべし（梅氏２巻３７４頁参照）。

第二項　不動産の先取特権

不動産の先取特権とは債務者の特定不動産の上に存する先取特権にして左に掲ぐる３種の原因より生じたる債権を担保するものを謂う（３２５条）。

何れも共同担保の原因を成したるに基づくものなり。

１　不動産の保存

２　不動産の工事

３　不動産の売買

第一　不動産保存の先取特権

この先取特権は不動産の保存費及び不動産に関する権利の保存、追認又は実行の為に要したる費用に付きその不動産の上に存するものとす（３２６条）。即ち動産保存の先取特権と全くその趣旨及び適用の範囲を１にするものにして唯その目的物が不動産なる１点に於いて相異なるのみ。但しこの差異ある結果としてその目的物が第三取得者に引渡さるるもこれが為に消滅せざること又第三者に対抗するには登記を必要とする如き多少その適用を受くべき法則を異にする所なしとせず。これ以外には両者すこしもその法理を異にすることなきが故にその説明はさきに動産保存の先取特権に付き述べたる所に譲らんとす。

第二　不動産工事の先取特権

この先取特権は工匠、技師及び請負人が債務者の不動産に関して為したる工事の費用に付きその不動産の上に存するものとす（３２７条１項）。即ちこれ等の者がその不動産に加えたる工事費の支払いを受くる債権を担保するものにして不動産に特別なる制度と謂うべきなり。

これに所謂工匠とは大工、左官の如き自ら工事を為す者を謂う。但し不動産所有者との契約に依りてその工事に従事する場合を眼中にせるものにして請負人に雇わるる者はこの先取特権を有せず。殊に職工の如きは一般に不動産の所有者に対してこの権利を行うことを得ざるものとす技師とは設計、測量その他技術に依りて工事を準備又は助成する者を謂う。これまた請負人に使用せらるる場合に於いては直接に不動産の所有者に対して債権を有せざるが故にこの先取特権をも有せず。但しこれ等の工匠、技師といえどもその契約の相手方たる請負人より賃金又は報酬の支払いを受けざるときは第４２３条に依り不動産の所有者に対して請負人の債権を行使することを得べし。故に又これと共にその先取特権をも行うことを得るは勿論とす。最後に請負人とは一定の報酬を受くる旨を定めて或る工事を完成することを約したる者を謂う（６３２条）。工匠又は技師の如きも同時に請負人たる場合往々にしてこれあり。この場合に於いてはむしろ請負人としてこの先取特権を有するものと為すを妥当とす。所謂棟梁の如きは即ち一般に工匠及び請負人の両資格を有するものなり。凡てこれ等の者の債権は不動産の工事に原因することを要す。但しその工事の種類及び範囲に関しては法律に何等の制限をも定めざるが故に土地、建物に関する一切の工事を指すものと解すべし。故に堤防の修築その他不動産修繕の費用等に付いては同時に不動産保存の先取特権を生ずることなきに非ず。

この先取特権の目的物は工事を施したる不動産その者なり。即ち先取特権はその不動産全部の上に存するものとす。但しこれを行使するには２の制限に従うことを要す。即ち（一）工事に因りて生じたる増価額を限度とすること（二）その増価額の現存することこれなり（３２７条２項）。これ畢竟その増価額のみが工事の結果として一般債権者の共同担保を増加したるに由るものなり。故にもし工事の費用が現在の増価額よりも多かりしときは先取特権に依りて全部の弁済を受くることを得ず。即ちその差額に付いては普通一般の債権者と対等の地位に立つものと謂うべし。尚不動産の増価額を算定する方法は第３３８条２項の規定に依るべきものとす（担１７５条、仏２１０３条４号）。

所謂工事を施したる不動産とは何ぞや。我が国法に於いては土地と建物とはこれを別個の不動産と看做し各別に登記すべきものと為すが故に工事の先取特権の及ぶ範囲を定むるにも土地の工事費と建物の工事費とを区別し土地の工事費に付いては土地の増価に対してこれを行い建物の工事費に付いては建物の増価に対してこれを行うものと解せざるべからず。故に例えば建物に修繕を加え又は増築を為したる場合に於いては先取特権は専らその建物全部の上に存するものと謂うべし。故に又建物を新築したる場合も同一に決すべきものとす。唯この場合に於いてはその建物は既に存在する建物の増価と称すること当らざるが故に多少の疑いいなきに非ずといえどもこの「増価」なる語は建物をもって土地の一部と為すフランス民法等の用語を踏襲せるのみ。立法の主旨は畢竟工事に因りて生じたる価格に付き先取特権を行うことを得るものとするに在り。もしそれ建物新築の場合に於いて先取特権の目的物はその建物を併せたる土地なりとせば建物をもってその土地の増価と為すの当らざること全く同一なるのみならず茅屋といえどもこれを新築したるときは土地、建物共に先取特権の目的物と為り巨額を投するも改築又は増築を為したる場合には建物のみその目的物と為る如き奇果を生ずるに至るべし。もし又その建物をもって単に土地の増価なりとせば増築、修繕等の場合もまた同一に論せざるべからず。然るに斯の如きは建物をもって土地の一部と見ざる我が国法の主義と相容れざるなり。故に建物の新築と同時に庭園を造る如き土地に工事を施したる者も建物を除きその土地のみに付き先取特権を行使すべきものとす。但し両工事の債権者が同一人なるときは土地、建物を並せてこれを競売に付することを得るものと謂うべし（梅氏２巻３８２頁、横田氏６６６頁参照）。

第三　不動産売買の先取特権

この先取特権は不動産の代価及びその利息に付きその不動産の上に存するものとす（３２８条）。その理由及び適用に関してはさきに説明したる動産売買の先取特権と同一なるが故に重ねてこれを論せず（３４８頁）。尚一般の有償契約に付きこれを認めざるは旧民法と相異なる所なり（担１６６条）。

この先取特権は不動産売主の為には最も有力なる担保にして登記に依りその効力を保存し動産売買の場合に於ける如くその目的物が第三取得者に引渡されたるに因りて消滅することなし。唯これを実行するには動産売買の場合よりも煩雑なる手続きと多くの時日及び費用を要するのみその他の点は動産売買の先取特権と相異なることなきなり。

第四節　先取特権の順位

同一の財産上に２箇以上の先取特権が存在すること往々にしてこれあり。この場合に於いてその先取特権は如何なる順序に於いて実行せらるべきや。これ即ち順位の問題にして民法第３２９条乃至第３３２条に規定する所なり。これと相異なりて先取特権と他の担保物権と競合する場合に於ける相互の優劣如何は先取特権の効力問題に属し次節に於いてこれを論せんとす。民法には截然この２の事項を区別せるが故にこれには専ら先取特権相互の順位を論述すべし。もし債務者の財産にして先取特権の付随せる総ての債権を弁済するに足るものとせば順位問題はその実用なしといえどもこの問題の生ずるは多くは先取特権者一同に完全なる弁済を為すこと能わざる場合なるが故に実際上に於いては各自の利害に関する重要問題と謂わざることを得ず。

およそ物権は発生の前後に依りてその相互の優劣を定むべきを原則とす（２６頁以下）。然るに先取特権の順位を定むるにはこの標準に依るべきに非ずして法律が或る債権者を保護せんと欲したる理由即ちその債権の原因如何に依るべきものとす。而して先取特権には上来説明せる如く数多の種類あるが故にこの問題は自然複雑に亘り単一の原則に依りてこれを決定することを得ず。即ち民法は２箇所以上の先取特権が互いに競合する数個の場合を区別し強行的にその順位を定めたり今これにその場合を挙ぐれば左の５つとす。

第一　一般の先取特権が互いに競合する場合

一般の先取特権は債務者の総財産上に存するよりして同一の財産に付き互いに競合することあり。この場合に於いてその相互の順位はさきに説明したる第３０６条に掲げたる順序に従う（３２９条１項）。即ち共益費用の先取特権を第一位とし他の３種は順次これに次ぐものとす（３５８頁）。この順序は共益費用の先取特権を先にしたる外には理論上の根拠あるに非ず。唯法律が公益上最も保護の必要ありと認めたるものより逐次その順位を定めたるに過ぎざるなり。

第二　一般の先取特権と特別の先取特権が互いに競合する場合

この場合に於いては特別の先取特権は一般の先取特権に優先す。但し共益費用の先取特権はその利益を受けたる総債権者に対して優先の効力を有するものとす（３２９条２項）。斯の如く原則として特別の先取特権を先にせる所以は他なし。一般の先取特権者は特別の先取特権の目的物に付きその権利を行わざるも他の財産に付きこれを行うことを得る場合多し。然るに特別の先取特権の目的物に付き一般の先取特権者が先にその権利を行うものとせば特別の先取特権者は往々にして弁済を受くること能わざる結果と為り法律にこれを保護せんと欲したる目的を貫徹することを得ざるなり。又多数学者の説に依れば一般の先取特権は公益に関するにもせよ一面より観察するときは法律の恩恵に過ぎず特別の先取特権の如き確実なる根拠を有するものに非ずと云う。この理由は果たして至当なるや疑いいなきことを得ずといえども特別の先取特権を先にしたることはローマ法以来の観念に適合するものとす。我が旧民法が動産に関し又フランス民法が不動産に関して反対の規定を為したるはむしろ異例に属するものと謂うべし（担１６３条、仏２１０５条）。唯共益費用の先取特権に最先の順位を興じたる所以はその費用を生ずることなかりせば如何なる債権者といえども弁済を受くること能わざるが故に外ならず。この点は立法例の殆ど一致する所なり。

第三　同一の動産に付き特別の先取特権が互いに競合する場合

この場合に於ける先取特権の順位は他の場合よりも多少複雑する所あり。民法は先づ原則として不動産賃貸、旅店宿泊及び運輸の先取特権を第一順位とし動産保存の先取特権を第二順位とし動産売買、種苗肥料供給及び農工業労役の先取特権を第三順位と為せり（３３０条１項）。即ち質に準ずべき先取特権を先にし担保の原因を成したるに基づくものこれに次き更にその後者中に於いて一同を利したるに基づくものを先にしたるなり。故に例えば建物の賃借人が代金を支払わずして或る動産を買い取りこれをその建物に備え付けたる場合に於いては賃貸人の先取特権は売主の先取特権に優先するものとす。今その理由如何と云うにおよそ質権者は質物を占有するが故にその物に付いては最も先に弁済を受くることを得べきを原則とす。これまた当事者の意思に適合するものなり。右に示す第一順位の先取特権は即ち暗黙の質権と見るべきものなるが故に質権と同一の効力を有するものとしてこれを保護することを至当としたるなり。

然りといえどもこの原則には左に掲ぐる２の例外あり（同条２項）。

（一）不動産の賃貸人その他第一順位の先取特権者が債権取得の当時第二又は第三順位の先取特権者あることを知りたるときはこれに対してその権利を行うことを得ず。即ち前例の場合に於いて建物の賃貸人が賃借人の占有に在る動産中に未だ代金を支払わざるものあることを知れるときはその動産に付いては売主に優先せらるるものとす。その理由は如何と云うにこの場合に於いては第一順位の先取特権者は他の先取特権者あることを知るが故にこれに先順位を占めらるるものと為すも不測の損害を被ることなし。もしし後日弁済を受くること能わざる危険ありと思惟せば一層有力なる担保を要求するが又は契約を為すことを断念すべきのみ。故にその動産をもって正当に自己の為に質物と為りたるものと見ることを得ず。むしろ他の先取特権を負担する限度に於いて価額の減少せる担保を取得せるものと看做すべきなり（担１６４条参照）。

（二）第一順位の先取特権者の為に物を保存したる者はこれに優先してその権利を行うことを得。これけだし第一順位者といえども自己の為に保存行為を為したる者あるに因りその権利を行うことを得るに至りたるが故なり。而してこれに所謂第一順位者の為に物を保存するとはその先取特権の発生後に保存行為を為したる場合を謂うものにして必ずしも第一順位者の依頼に応じてこれを為したることを要せず（「反」梅氏２巻３９２頁）。これに反してその以前に保存行為ありたる場合に於いては第一順位者は通常これが為に何等の利益をも受けたることなくもしし保存行為なかりしものとせば他の担保を要求したるべきが故に前示第一例外の場合を除く外保存者の先取特権者に制せらるることなきは勿論とす。要するに不動産賃貸人等の先取特権と動産保存者の先取特権との優劣は畢竟保存行為の生じたる時期如何に依るものと謂うべし（プラニオル２巻２６３９節）。

担保の原因を成したるに基づく先取特権中に於いて保存の先取特権を先にしたるはその行為ありたる為に他の先取特権者もその権利を行うことを得るに至りたるが故に外ならず同一の理由に因り保存者中においても後の保存者は前の保存者に優先するものとす。即ち最後の保存行為ありたるに因りて前の保存者もその権利を行うことを得るに至りたるが故なり。

以上述べたる所は果実以外の動産に付きその適用あるものとす。これに反して土地の果実の上に存する先取特権の順位に付いては特別の規定あり。即ち農工業の労役者を第一とし種苗又は肥料の供給者これに次き土地の賃貸人は第三順位に在るものとす（３３０条３項）。これ何れも担保の原因を成したるに基づくものにして立法者は畢竟その原因を成したる程度に考え三者の順位を定めたるものなり。

第四　同一の不動産に付き特別の先取特権が互いに競合する場合

この場合に於ける各先取特権の順位は第３２５条に掲げたる順序に従う（３３１条１項）。即ち保存の先取特権を第一とし工事及び売買の先取特権順次これに次ぐものとす。例えばこれに１の家屋を買受けその代価を払わざる者がこれを修繕せしめたる場合に於いて修繕を為したる者は売主に先ぢてその先取特権を行うことを得る如し。けだしこの三種の先取特権は何れも担保の原因を成したる理由に基づくものなり。而してその中に於いて保存者を先にしたる所以は畢竟保存行為に因りて他の先取特権者もその不動産に付き弁済を受くることを得るに至りたるが故に外ならず。又工事の先取特権はその工事に因りて生じたる増価額を限度とするが故にこれが為に他の債権者を害すること殆どこれなくかつその増価額に付いては売主と利益を分たざるべからざる理由すこしも存することなし。故に売主に対して先順位を有するものと為したるなり。

売主としてその先取特権を行わんとする者数人存在することあり。即ち同一の不動産に付き逐次の売買ありたる場合これなり。この場合に於いて売主相互間に於ける優先権の順位は時の前後に依る（同条２項）。即ち保存者間におけると正反対に第一の売主は第二の売主に優先し第二の売主は第三の売主に先たづものとす。けだし第二の売主は第一の売主よりその不動産を買受けたればこそ更にこれを他人に売却することを得たるなり。然るに自己の債権者に対して債務を弁済することを怠りなから一部分にもせよその権利の実行を妨ぐることを得る如きは甚だ不当と謂うべし。これ即ち前の売主に制せらるると同時に自己も又後の売主を制することを得る所以なり。惟うにこれ一般物権の効力にして必ずしも明文を俟つことに非ず。而して登記を必要とする以上は後順位の売主に不測の損害を被らしむる虞なきなり。動産に付いては第３３３条の規定あるが故にこの問題を決するの必要殆どこれなきものと謂うべし。

第五　同一の目的物に付き同一順位の先取特権者数人ある場合

これに所謂同一順位の先取特権者数人ある場合とは例えば給料の支払いを受けざる雇人２人以上ある如き或いは不動産の工事費の支払いを受けざる工匠、技師等数人ある如き場合を謂う。この場合に於いて各先取特権者はその債権額の割合に応じて弁済を受くるものとす（３３２条）。これ当然の事にして殆ど明文を必要とせざるべし。何となればこれ等の先取特権者は全然同等の権利を有するものにしてその間にすこしも優劣を設くべき理由なければなり。唯民法は他の場合に付きその規定を設けたる為体裁上この場合をも規定することを妥当と認めたるに過ぎず。

第五節　先取特権の効力

先取特権は物権の一種として他の物権に同じくその目的物の第三取得者に対してもこれを行うことを得べきを原則とす。然りといえども取引の安全を保護する為にはその追及権に一定の制限ながるべからず。又先取特権の主要なる効力は債権者をして債務者の財産に付き優先弁済を受くることを得せしむるに在り。然るにこの効力たるや普通一般の債権者に対しては完全に行わるべきも他の担保物権と競合するにはその相互間に於ける優先の順序を定むる必要あり。この他先取特権の行使殊に第三者に対する効力保存の要件に関しても特別の規定なきことを得ず。民法第二編第八章第四節は「先取特権の効力」なる題名の下に於いてこれ等の事項を規定せり即ち各種の先取特権に付きその効力の範囲（他の権利との関係に於ける）及び行使の要件を定めたるものなり故に本節の内容は便宜上左の３款に分ちてこれを説明せんとす。

第一款　第三取得者に対する効力

先取特権は１の物権なるが故に原則としては第三取得者に対してもその効力あるものとす。然りといえどもこの効力には重要なる制限あり。この点に於いては不動産と動産との間に区別を為すことを要す。

不動産に関する先取特権は一般の原則に従いその目的物たる各不動産に付き登記を為すに非ざればこれをもって第三取得者に対抗することを得ず（１７７条、登１条）。即ちこの点に於いては抵当権とその効力を異にする所なきなり唯或る不動産の先取特権は登記の前後に拘らず抵当権に優先することあるのみ（３３９条）。故に民法においても不動産に関する先取特権は原則として抵当権と同一の効力を有するものと為しその性質の許す限りは抵当権に関する規定を準用すべきものとせり（３４１条）。殊に抵当不動産の第三取得者に対する効力の範囲を定めたるものと見るべき第３７７条以下の如きは何れも先取特権に準用すべきものなりとす。

上述せる如く不動産に関しては登記の制度あるに因り第三者の利益を保護することを得べしといえども動産は一定の所在を有せずして容易に数人の者に転輾することを得るが故にその上に存在すべき権利を公示するに登記の如き方法あることなく唯占有を標準としてその効力を定むるの外なきなり（７５頁）。故に物権編の総則に於いて動産に関する物権の譲渡はその引渡しあるに非ざればこれをもって第三者に対抗することを得ざるものと為し（１７８条）又或る条件の下に他人の動産を占有する者はその動産の上に行使する権利を取得するものとせり（１９２条）。要するに動産に関する物権の追及的効力はこの方面より著大なる制限を受けざるべからざること近世法の一大原則なりとす。

先取特権に関してもその目的物たる動産の第三取得者に対する効力を制限するの必要なること言うを俟たず。けだし先取特権者はその権利の目的物たる動産を占有する者に非ざるが故に債務者に於いて一旦その占有を第三取得者に移したる後は先取特権者に追及権を認むることを得ず。然らざれば第三取得者はこれが為に不測の損害を被り大いに取引の安全を害するに至るべきなり。但しこの場合に於いて第三取得者は或いは悪意なるやも知るべからず。即ちその占有する動産は先取特権の目的物たることを知れる場合なしとせず。この場合に於いては法律の保護を受くべき理由存せざるなり。故に我が民法の如くに登記又は引渡しをもって単純なる公示方法と為す法制の下に於いては理論上斯かる場合には第三取得者を保護せざること当然なる如し。然りといえども善意、悪意の差別の如きは内心の作用に属しこれを証明すること往々にして困難なりとす。従いてこれを事実問題と為すは危険にして実際に第三者保護の目的を貫徹することを得ず（６３頁）。故に立法者は第三取得者の善意、悪意を問わず先に登記を為したる者と同様に占有者を保護する主義を採れり。即ち動産に関する先取特権はその一般の先取特権たると特別の先取特権たるとを問わず債務者がその動産を第三取得者に引き渡したる後はその動産に付きこれを行うことを得ざるものと為せり（３３３条）。

要するにこの規定は先取特権の目的物たる動産の引渡しを受けたる第三取得者を保護する趣旨に外ならず。即ちその動産の所在に追及する権利を否認せるものなり。故に債務者がその動産を他人に譲渡したる後といえども未だ引渡しを為さざる間は尚その上に先取特権を行うことを得べきは勿論とす。又これに所謂第三取得者とは先取特権の目的物たる動産の所有権を譲渡けたる者を謂い賃貸借又は質入の名義をもってその引渡しを受けたる者に対しては先取特権の消滅を来ずものと解すべきに非ざるなり。

第二款　他の担保物権との関係

先取特権の本質はその目的物に付き優先弁済を受くることに在るが故に普通一般の債権者に対してこれを行うことを得べきは言うを俟たず。然りといえども先取特権と他の担保物権と競合する場合に於いてはその優先の順序を定むる必要あり。これ前節に於いて述べたる先取特権相互の順位問題に非ずしてこれに論及すべき効力の問題なり余輩は左に先取特権と留置権、質権及び抵当権と競合する場合を区別し順次これを説明せんとす。

第一　先取特権と留置権と競合する場合

留置権は留置物の代価に付き優先権を生せず。従って先取特権と競合してこれに優先する場合あることなし。然りといえども留置権者は留置物その者の上には優先権を有し弁済を受くるまではこれをもって何人にも対抗することを得べし。而して競売人は留置権者に弁済を為すに非ざれば留置物の引渡しを受くることを得ざるが故に実際に於いてはその代価に付いても他の担保権者に優先すると同一の結果を来ず場合多きことさきに詳述したる如し（３２３頁以下）。

留置権者は同時に先取特権者なること最も多きが故に（３０４頁）他の先取特権者と優先権を争う場合は先取特権者としてその権利を主張する場合なるべし。果たして然らばこの場合に於ける優先の順序如何は前節に於いて述べたる順位問題に既著するものとす。

第二　先取特権と質権と競合する場合

先取特権と動産質と競合する場合に於いては動産質権者は第３３０条に掲げたる第一順位の先取特権（不動産賃貸、旅店宿泊及び運輸の先取特権）を有する者と同一の権利を有す（３３４条）。けだし法律にこれ等の先取特権を認めかつこれを第一順位に置きたるは暗黙の質権と看做したるが故なり。故に動産質権と競合する場合に於いて両者間に優劣の差等を設くべからざるは当然の事と謂うべし。現にフランス法系の立法例に於いては動産質はこれを先取特権の一種と看做せり。従って両者互いに競合する場合に於いては単に順位の問題を生ずるに過ぎずこれに反して我が民法に於いてはこの二者をもって別種の担保物権と為したるが故に先取特権の効力問題としてこれを規定したるなり。然りといえどもその基礎とする観念に於いて相異なる所なきが故に実際同一の結果に帰著するものとす。

この原則の適用に依り同一の動産に付き質権者と第一順位の先取特権者と競合する場合に於いては各債権額の割合に応じて弁済を受くべく（３３２条）その他の動産先取特権と競合する場合に於いては動産質権は一定の制限に従いこれに優先するものとす（３３０条、独１２０８条）。又一般の先取特権と競合する場合においても動産質権は共益費用の先取特権を除く外凡てこれを凌駕する結果と為るべし（３２９条２項）。

先取特権と不動産質と競合する場合に付いては民法中特に規定する所なし。然りといえども不動産質には抵当権に関する規定を準用すべきが故に（３６１条）この場合は次に説明する先取特権と抵当権との関係に依りてこれを決定すべきなり。

第三　先取特権と抵当権と競合する場合

不動産の先取特権と抵当権と競合する場合に於いては保存及び工事の先取特権は次款に示す方法に依りてその効力を保存したるときは登記の前後に拘らず抵当権に優先するものとす。けだし不動産保存の先取特権は保存行為に因りて総債権者が利益を受けたる理由に基づくものにして前に登記を為したる抵当権者といえどもその事実を承認せざることを得ず。工事の先取特権もまた増価額の範囲内に於いては殆ど同一の観念に基づくものなるが故に特に定めたる方法に依りてこれを登記する以上は抵当権に優先するものと為さざるべからず。然らざればこの２の先取特権を認めたる立法の目的は竟にこれを貫徹することを得ざるなり。これに反して不動産売買の先取特権は抵当権とその効力を異にすべき特別の理由なきが故に一般の原則に従い登記の前後に依りてその相互間に於ける優先の順序を定むべきものとす（３３７条以下）。

一般の先取特権と抵当権と競合する場合においても各不動産に付き先取特権を登記したるときは一般の原則に従い登記の前後に依りて優先の順序を定めその登記なきときは登記したる抵当権に優先せらるるものとす（３３６条）。

第三款　先取特権行使の要件

先取特権の行使に必要なる要件は先取特権の種類に依りて相異なる所あり。即ち動産に関してはその占有が未だ第三取得者に移転せざることを必要とするはさきに述べたる如し。又不動産に関する先取特権をもって第三者に対抗するには一般の原則に依りてその登記を為すことを要す。けだし他の債権者の如きも先取特権者よりこれを見るときは凡て第三者に外ならざるが故に先取特権の目的物に付き優先権を行わんとするにはこれ等の要件を充たすの必要なること言を俟たざればなり。唯一般の先取特権に付いてはその実行の方法及び登記の効力に関して特別の規定あり。又不動産の先取特権もその効力を保存するには特定の条件に従いてこれを登記することを要す。以下この２種の先取特権に付き民法に定めたる行使の要件を説明すべし。

第一　一般の先取特権に関する要件

およそ不動産に関する物権の得喪はその登記を為すに非ざればこれをもって第三者に対抗することを得ざるを原則とす（１７７条）。故に別段の規定なきときは一般の先取特権といえども不動産に関してはその各箇に付き登記を必要とするものと解せざるべからず。然るにこの種の先取特権に依りて担保せらるる債権は通常少額にして煩雑なる登記手続きを履む如きは実際行わるべきことに非ず。而かも尚これを必要なりとせば一般の先取特権を認めたる目的は殆どこれを達することを得ざるべし。故に民法はこの事情を斟酌し特別担保を有せざる債権者に対してこれを行使するには登記を要せざるものとせり（３３６条）。然りといえども登記を為したる第三者（譲受人、抵当権者等）に対してはその登記を必要とす（同条末文）。けだしこれ等の第三者は１に登記簿を信用してその権利を取得したるものなるが故にもしし登記せざる先取特権をもってこれに対抗することを得るものとせば何れも不測の損害を被るに至り取引の安全を害すること少なしとせざればなり。これ一般の原則に依り疑いいなきことにして明文を俟たざる如しといえどもこの制限は特別担保を有せざる債権者にして登記を為したる者（例、一般の先取特権者、賃借人、買戻権者等）に付きその必要あるものとす。但し共益費用の先取特権に付いても尚登記を必要としたるは立法の趣旨に適合せざるものと謂うべし（旧商１０３２条１項１号参照）。

この他の一般の先取特権を行使するには特別の制限に従わざるべからず。即ち先取特権者は債務者の財産中の何れより先に弁済を受くるも随意なるに非ずしてその間に一定の順序あるものとす。けだし一般の先取特権は債務者の総財産の上に行わるるものなるが故にその財産の何れを先にするやは他の債権者の利害に影響すること少なしとせず。而かも一般の先取特権者自身には殆ど損益あることに非ざるなり。故に法律はその先取特権の行使に制限を置きもって他の債権者を保護せんことを期せり。今これにその制限を示さば（一）一般の先取特権者は先づ不動産以外の財産（動産、債権等）に付き弁済を受くることを要し尚不足ある場合に限り不動産に付き弁済を受くることを得（二）不動産に付いても先づ特別担保の目的たらざるものに付き弁済を受くることを要す（３３５条１項、２項）。これけだし一般の先取特権を実行せんとする如き場合に於いては債務者の不動産は既に抵当権その他の特権担保の目的と為れること多きが故に主としてその担保権の効力を減殺せざるが為に外ならず。但しひろく「不動産以外の財産に付き云々」とあるが故に必ずしも不動産が特別担保の目的と為れる場合にのみそれ以外の財産を先にすべき趣旨と解することを得ざるなり。

一般の先取特権者が上記の制限に従いて不動産以外の財産又は特別担保の目的たらざる不動産に付き配当に加入することを為さざりしときはその配当加入に因りて受くべかりしものの限度に於いては登記を為したる第三者に対してその先取特権を行うことを得ざるものとす（同条３項）。即ち違法に配当を受けんとする不動産の代価に付きその先取特権の効力を制限したるものなり。これ登記を為したる抵当権者その他の第三者を保護する為には最も適切なる制裁と謂うべし。

然りといえども上記の制限は不動産以外の財産に先ぢて不動産の代価を配当し又は特別担保の目的たらざる不動産に先ぢて特別担保の目的たる不動産の代価を配当すべき場合にはその適用なきものとす。これ通常他の債権者がその不動産を売却する場合に生ずる事実なり。けだしこの場合に於いてもしし不動産以外の財産又は特別担保の目的たらざる不動産の価格が一般の先取特権者の債権を弁済するに足らざるときはその不足額に対する部分は竟に弁済を受くること能わざるに至るべし。故にこの場合に於いては一般の先取特権者は直ちに不動産又は特別先取特権の目的たる不動産に付きその権利を行うことを得るものとしたるなり（同条４項、担１４３条）。

上述せる一般の先取特権の行使に対する制限はフランス民法等に於いては甚だ必要のものなりとす。何となれば一般の先取特権は不動産に関しては特別の先取特権及び抵当権に優先するものとすればなり（フランス２０９５条、２１０５条）。然りといえども我が民法に於いては一般の先取特権は前段に述べたる如く登記を為したる第三者に対しては唯登記の順位に従いてこれを行使することを得るものとし又原則として特別の先取特権に優先せらるるものと為すが故にその実用は大いに減少せるものと謂うべし。

第二　不動産の先取特権に関する要件

不動産の先取特権はその登記の方法及び効力に関して特別の規定に従うものとす。

（一）不動産保存の先取特権　この先取特権は保存行為完了の後直ちに登記を為すに因りてその効力を保存するものとす（３３７条、登１１５条）。けだし保存行為の完了前に在りてはその登記を為すこと困難なるのみならず元来この先取特権は保存行為に因り総債権者が利益を受けたるが故に保存者に付興せられたるものとす。然るにもしし本条に示す登記の時より始めてその効力を生ずるものとせばそれ以前に登記を為したる第三者に対抗することを得ずして竟にこれを認めたる立法の趣旨を貫徹することを得ざるに至るべし。故に保存行為ありたる後にその登記を為すも尚抵当権に優先するものとしたるなり（３３９条）。然りといえども一旦保存行為完了したる後は直ちに登記を為すべきものとしもって第三者をして速にその先取特権の存在することを知らしむる必要ありこれ即ち登記の時期に関してこの制限を必要とせる所以なり。但し「直ちに」とは必ずしも即時の謂に非ずして遅滞なきことをもって足れりとす。

上記の時期に於いて登記を為すことはこの先取特権の行使に絶対的必要なる条件と解すべきこと法文上殆ど疑いいなきが如し。即ち法定の時期に後れて為したる登記は全然無数にしてその以後に登記を為したる第三者に対しても先取特権を行うことを得ざるものと為す趣旨なるべし。これけだしその時期後に在りては第三者は保存費の弁済ありたるものと誤信すべきが故に或いは当事者通謀してこれに不測の損害を加うるの虞なしとせざればなり（横田氏６９４頁）。

（二）不動産工事の先取特権　この先取特権もまた前期の場合と殆ど同一の理由に因り当期の前後に拘らず抵当権に優先するものとす（３３９条）。故に又その登記の方法及び時期を厳定しもって第三者に不測の損害を生せざるものと為すの必要あり。民法は即ちこの理由に基づき不動産工事の先取特権は工事を始むる前にその費用の予算額を登記するに因りてその効力を保存するものとせり。けだし何人もこれに因りてその費用に付き優先権あることを予知する方便を有すればなり。而してこの先取特権は実際の工事費が予算額を超過する場合においても常に予算額を限度としその超過額に付いてはこれを行うことを得ざるものとす。これ近世登記法の原則たる特定主義の適用にして担保物権の目的物たる不動産と共にその担保する債権額の特定することを必要としもって第三者の保護を完たからしめんとする所以なり（３３８条１項）。

この規定あるに由り不動産工事の先取特権に依りて担保せらるべき債権の最高額は確定すといえども本来この先取特権は工事に因りて生じたる増価額に付いてのみ存在するものなるが故にその増価額をも明確にするに非ざれば往々にして他の債権者に損害を生ずることあるべし。この趣旨よりして先取特権者は配当に加入せんとするとき裁判所に鑑定人の選任を請求しこれをしてその増価額の評価を為さしむべきものとせり（同条第２項）。

この先取特権もまた本条の規定に従い工事を始むる前にこれを登記することをもってその行使の絶対的要件と為すものにして工事落成後にその登記を為すも何等の効力なきものと解すること至当なるべし。

（三）不動産売買の先取特権

この先取特権は売買契約と同時に代価又はその利息の弁済あらざる旨を登記するに因りてその効力を保存するものとす（３４０条）。これまた債権額を登記すべき時期を限定する趣旨にしてその以後に為したる登記は何らの効力をも生せざること前二種の先取特権に於けるとその理由を異にすることなし。この点は法定の時期後に登記を為すも尚抵当権としてその効力を生ずるものと為すフランス国民法とその主義を異にする所なり（仏２１１３条）。

この先取特権は前２種の先取特権と相異なりて先に登記したる抵当権に優先する場合を生せず。けだし売買前の抵当権者は売主に対して抵当権を有する者なるが故に売主はこれに対してその先取特権を行うことを得ず。又売買後に於いて買主に対し抵当権を取得したる者は何れも先取特権の登記後にその登記を為す者なるが故にこれまた売主に優先するを得ざること言を俟たざればなり（梅氏２巻４２１頁）。

第六節　先取特権の消滅

先取特権は物権の一種としてその目的物の滅失、抛棄、混同等に因りて消滅するものとすこの点は物権総論に譲りこれにこれを述べず（７８頁以下）。但し目的物滅失の場合に於いては先取特権はその滅失に因りて債務者が受くべき金銭その他の物の上に存することさきに説明したる如し（３４７頁以下）。又消滅時効に関しては先取特権は担保権の１としてその担保する債権に先ぢ単独に時効に因りて消滅することなし。但し債務者以外の者が先取特権の目的物に付き取得時効に必要なる条件を具備せる占有を為したる場合はこの限りに在らず（３４１条、３９６条、３９７条）。この２点は何れも明文を必要とすることに非ざるなり。

次に先取特権は債権に従たる物権なる結果としてその担保する債権が弁済その他の事由に因りて消滅したるときは当然これと共に消滅するものとす。但し担保権不可分の原則に依り債権の全部消滅したるまでは先取特権はその目的物の全部に付き存在すること言うを俟たず。

この他先取特権はその目的物の競売及び不動産に関し第三取得者が為す代価の弁済並びに滌除に因りても消滅するものとす（３４１条、３７７条乃至３８６条）。又動産に在りてはその引渡しを受けたる第三取得者に対してこれを行うことを得ざるが故に実際消滅したるとその結果を異にすることなし（３３３条）。但しその譲渡に因りて債務者が受くべき金銭その他の物の上に行わるることは勿論とす。尚不動産の先取特権の登記に関する要件を充たさざる場合においても先取特権はその効力を失うに至ること既に述べたる如し（４１７頁以下）。