底本：末弘嚴太郎『物権法上巻』（有斐閣，1929年11月〔19版〕（初版1921年10月））

自　　序

　いよいよ校正を終えたので，今一度原稿を読み返して見た。

　これでも書いてる間は相当の自信を持っていた。然るに今こうして読み返してみると，到る所に――否この本全部にわたって――許し難き幾多の欠点を発見する。こんなものを世の中に出すのはどうも恥かしいような気がしてならない。こう考えると自信と勇気とは全く打ち砕かれて，何ともいわれぬ淋しい気持ちになる。

　けれども一歩退いて考えて見ると，それがまとまらず又文字にもならないのは，結局においてやはり自分の力が足りないのだ。現在の「自分」はこれ以上の何物でもないのだ。この「自分」の完成を期せざる限り何時まで立ってもろくなものの書ける訳がないのだ。よろしい。私は今この醜い「自分」をありのままにさらけ出そう。とにかくこれが現在の「自分」に外ならないのだから。言い訳もいうまい。憐れみも乞うまい。現在の「自分」はこれ以上の何物でもないのだ。自分の貧しいこと，力の足らざることそれ自身は決して「悪」ではない。絶えず貧しきがままに足らざるがままに神に祈り力を尽して一足一足人生の山路を踏み分け登る。それがどうして「悪」であろう。私はこう考えながら全く打ち砕かれた謙遜な心持ちをもってしかも自ら安心して今この本を公にする。そうして世の中の教えを乞いたいと願っている。

　だが，私がこの本を書きながら常に考えていたこと，否今もなお抱いている望みの一端を――たとえ力は足らず従って遺憾ながら仕事の上にはこれを自ら実現することは出来なかったけれども――この所に書き添えることだけは許していただきたい。もしもこの「望み」に共鳴してくださる方があれば，私自らには力が足りないためこれを十分仕事の上に現わすことが出来なくとも，それらの方々の助けを借り，否それらの方々の力によって，それが実現される日がいつかは来るに違いない。それを頼みに一言志を述べることを許されたい。

　私はこの頃こんなことを考えている。もしも誰かが篤志な人があって現在たくさんある日本の法律書を英語なりフランス語なりに訳して欧米人に見せたら，彼らは果たして何というだろう。もしも彼らの中に地理も歴史も知らぬ人があったと仮定したら，その人はきって日本という国は欧米のどこかに位する一小国に違いないと思うだろう。また彼らの中に書物を通し又は人口を介して幾分なり日本の何物なるかを知ってる人があるとすれば，その人は必ずや，わずか５，６０年の短時日の間に一躍封建時代から欧米と同等の文明にまで向上した「日本」は何という不思議な国だろうといって驚くに違いない。そうして彼らの中の好奇心と金と時間とに余裕のある人は必ずや社会史上のこの奇跡を実見せんがためにわざわざこの日本まで旅行して来るに違いない。しかしいよいよ日本まで辿り着いたとき，彼らはきっとどこにあの法律書を通して想像した「日本」があるのかと尋ねるに違いない。そのとき私は何と答えたらいいのだろうか。私はいつもそのことを心配してる。もしも日本の法律書を通して日本の国情を想像したとすれば，よって想像し得る日本は欧米諸国のそれと全く差異のない国でなければならない。なぜなれば日本の法律書には日本らしいローカル・カラーがほとんど現れていない，これのみを通してこの日本の地方的特色を察知することは全く不可能だからである。しかし一体法律書はそんなものでいいのだろうか。私はこの点を最も危ぶむのである。

　学問には国境がない。文化は帰一の傾向がある。無論である。それは単なる事実であるのみならず，また人類の理想でなければならない。しかし，私はこんな話をきいたことがある。「ロンシャン」の競馬場に生まれた「流行」は一月も立たぬ中に遠く大西洋を超えてニューヨークに渡る。けれどもパリにおけるが如くchicな女をニューヨークで見ることは出来ないと。単なる衣食住の形式すら――それは無論漸次に帰一する傾向はあるけれどもそれでさえ――各国には各それぞれのローカル・カラーがある。米国美人はいかにニューヨーク埠頭にパリ流行の着荷を待ち焦がれてもついにパリ美人にはなれない彼らは結局米国美人として止まらねばならない。複雑な人事，混み入った社会制度，これもまた漸次に帰一する傾向がある。しかし帰一しつつもなお各国，各，地方的色彩を維持するのが真実である。法律やその他社会制度の中でもいわゆる社会的立法や社会政策的施設は最も伝播力の強いものだといわれている。それにもかかわらず，一度伝播してある国に入るやたちまちにしてその国独特の色彩を帯びるに至る。それが自然なのである。さもなければいかに立派な立法も施設もその国において実は何らの実際的効用をも示し得る訳がないからである。

　明治維新以来欧米諸国からあらゆる文化が入って来た。その結果我が国の文化は実に目覚ましい進歩を遂げた。しかし日本は遂に日本である。世界の帰一的傾向の中途においてはもちろん将来その帰一の目的を達し得た日が来たとしても日本は遂に日本としての地方的色彩を脱することは出来ない。それは独り日本のみに止まらず英国についても米国についてもないしはドイツ・フランスについてもすべて同じことである。世界文化の帰一は理想であり目的である。しかしその同じ目的を達する手段が地方によって異ならざるを得ないのは当然である。それは山が違い水が違い食物が違い気候が違う自然の結果である。

　維新以来我が国に入って来た欧米流の法律と法律学とはたちまちにして我が国の法律と法律学とを欧米化した。それは確かに進歩であり，今後もまたその同じ路を進むべきであろう。そうして遂には世界帰一の目標に到達すべきであろう。しかしいかに欧米化し世界化しても日本の法律は永久に日本としての地方的色彩を維持するに違いない。維新以来我が国にわける教育その他諸般文物の改革は人心を一新するの功があった。したがって欧米より入り来った法制もこの一新された人心の基礎の上に立ってかなりの程度まで我々の実生活と調和しつつしかもその内容が欧米化，否世界化し得たことは事実である。しかしそれでも日本は永久に日本としての地方的色彩を有する。有せねばならない。したがって欧米より入り来った幾多の法制中現在実際に行われつつあるものは，実はこの現在の日本と調和するもののみである。無論その中には「生活」の方から「法律」へ向かって順応したものもあろう。けれども多くの場合「法律」は外形上移入されたときと同じようでも，その実際に行われてつつある所を実質的にリアリスティックに観察して見ると実はみな多少――実生活に順応するために――変更を受けている。したがってそれがどちらから順応したかは別問題として，とにかく「生活」と合致せざる「法律」なるものは実際上存在し得ないのである。もしもあればそれは実際に行われない死文に過ぎないので，私をしていわしめれば，それは現在の我が国の現行「法律」ではないのである。あるいは昨日の「法律」であったかも知れず，または明日ないし近き将来現行の「法律」となるのかも知れない。けれどもとにかく現在は「法律」ではない。

　法律学には「あるべき法律」を説く部分と「ある法律」を説く部分とがある。このうち後者は現在この日本の社会に行われつつある法律の何物なるかを説くことを目的とする。したがってその「法律」を求めんがために独り「法典」と「外国法律書」とのみをもとめるが如きは地上に網打って魚を獲んとするに均しい。魚は水中に棲むものなるが如く「ある法律」は実生活の中に内在する。実生活の中にこれを求めずしてどこにこれを獲ることが出来ようぞ。無論――かるが故に――「ある法律」を知ることは極めて困難である。それがためには完全に設備されたラボラトリーがなければならない。けれども差し当たりわれわれの手近にある材料によってこれを求めんとすれば，それは「判例」と「新聞雑誌」の記事によるの外ない。前者は「法典」がいかなる「事実」にいかに適用せられつつあるかを知り，後者は「社会」がいかに動きつつあるかを知る重要にしてしかも手軽な材料である。然るにそれを度外視して十年一日の如く「法典」と「外国法律書」とのみに没頭して「概念」の精確と「論理」の一貫とを誇らんとする。その学者にしてもし無限の想像力を有するにおいては「甲説」「乙説」「第三説」「折衷説」…はおろか無限大のヴァリエーションを発見し得るだろう。しかしながらヴァリエーションを作り得てこれを誇らんとするが如きはひっきょう朝顔を作る隠居の趣味と相去ること遠からざるものである。世の中の人は何とかして現在実際に行われつつある唯一の「ある法律」を知らんことを希望してる。彼らにとってはヴァリエーションは何よりもの禁物である。「法の不確実」それが世の中にとって一番迷惑なものである。われわれは――無論非常にむつかしい仕事には違いないが――何とかして自分の想像力だけを頼りにしてやたらに学説のヴァリエーションを作りたくない。何とかしてすなおに「ある法律」をありのままに求めてありのままに説明したいのである。

　次に「あるべき法律」を説くについても，「ある法律」をすなおに研究して，その所に新しきデータを得た上，これに基づいて在来の「概念」を審査することなく，あるいは外来――ないしは在来――の概念をそのまま無批判に受け入れ，あるいは自分の想像力だけから独断的に小刀細工をもって「概念」に小変更を加え又はこれが巧みな組合せを試みるだけでは学問上遂に何らの権威をも成し得る訳がない。「事実」によって「概念」を洗え，そうしてその洗われた活きた新しい「概念」の上に「あるべき法律」を築かねばならぬ。然らざる限りその築く所のものは遂に砂上の楼閣たるに過ぎない。一朝の風浪もなお容易にこれを洗い得るだろう。故に「ある法律」を知ることはまた「あるべき法律」を説くことの前提であらねばならぬ。

　何にしても実生活を度外視して「法律」を説くことは極めて危険にしてかつ無益である。無論私は法典の精細な研究を不要なりというのでもなければ，また「外国法律学」の研究を有害なりというのでもない。これらの研究の必要にしてかつ有益なることは今更改めていうまでもない。ただこれらのうちに没頭して実生活を直視することを忘れ，いたずらに「概念」と「論理」とを弄んで我が現行「法律」を説き得たりとする在来の傾向をもって全然不可なりとするのである。また私が日本の法律書には日本のローカル・カラーがなければならぬという意味は，決して日本は永久に特殊国として世界に通用しないいわゆる「日本古来の淳風美俗」に膠着せよというのでない。否，かえって一日も早くこの日本が世界の一員としてどこへ行っても通有する道徳と文化と修養との持主にならんことを切望してやまないのである。しかし同じ欧州にあっても英国は英国・フランスはフランス・ドイツはドイツ・各それぞれのローカル・カラーがある。その国々の実生活にはそれぞれ特別な色彩がある。したがってその色彩は自ら法律書の中にもまた現れねばならぬはずだ。なぜなれば「法律」は実はその国々の実生活の現われに外ならぬ，しかして法律書はそれの正直な記述でなければならないのだから。ところが従来我が国の法律書にはいかにもその日本らしいローカル・カラーがない。もしもこれのみを通して日本なる国を想像して見たとすれば，日本は欧州のどこかにある一国だろうと考える人があっても必ずしもこれを責めることは出来ない。

　と，こんなことを私はいつも考えている。ところが事柄の困難なためと私の心の貧しいためとまた力の足りないとのために私もまたここに「ある法律」をありままに説くことが出来なかった。私の仕事もまた私自ら罵りつつある単なる「想像力」による「学説」の一ヴァリエーションに過ぎない結果に陥ったらしい。私は深くそれを恥じる。けれどもとにかく自分の心の中で目標としてる所だけは遠慮なくこれを告白して，多少なりとも共鳴してくださる方，共々にこの偉大なる法律学一新の仕事に従事してくださる方，ないしはまた私の至らない考えを叱正してくださる方を求める手段としたいのである。

　私はつい先頃からこの研究室で，穂積重遠博士を初め助手諸君と共に極めてリアリスティックな立場から判例を研究することをはじめた。初めてまだ時日幾ばくもなき今日その内容その結果を誇ることはもちろん慎まねばならぬ。しかしながらわれわれがこれによって今までいかなる法律書を読むでもかつて求め得なかった「或物」を得つつあることだけは事実である。私には何となくここに新しい法律学の生まれる萌芽があるように思われてならない。本書を公にするに当たって特にお礼をいい敬意を表せねばならないのは実にこれらの毎日のように教えを垂れ事を助けてくださる諸君である。

　　　　大正１０年１０月１３日

東京帝国大学民法研究室にて

著　　　者

第１章　物権法総論

　　　　第１節　物権法の意義及び性質

第１　物権法の社会的意義とその理想　　　　　　　　２頁

第２　物権法の形式的範囲　　　　　　　　　　　　　８頁

第３　物権法規の特質　　　　　　　　　　　　　　　９頁

第１　物権法の社会的意義とその理想

１　物権法は吾々の需要満足の手段たる各種の財貨に対する吾々の支配関係を規定した法律である。もし世の中到る所に財貨が充ち満ちて居ることあたかも空気の如しとすれば，吾々は欲するときに何時でもこれを利用し得る。したがって法をもって特にその利用関係を保護する必要はない。所が普通の財貨はそれ程充分に存在しない。一定の物に対しこれを利用し得る人及び利用し得る方法並に程度を予め決めて，必要のときにこれを利用し得る見込を確実にして置かなければ，到底吾々は安心して生活出来ぬ。しからずんば，いざ利用しようと云うときになって人々の間に争が起るに決って居る。この安心を与えこの争を防止するものが物権法である。

２　その安心を与えその争を防止する方法を如何にすべきかは各時各所の社会事情によって定まる。物権法の根本問題はこの所にある。極昔にあっては，法は各人に対しその生活に直接必要な程度の極めて小部分の物のみを専用することを許し，それ以外はすべて社会全員の共用に供した。その後，世の進むと共に個人所有権の範囲は順次拡大したけれども，１８世紀頃までは各国共まだ共用制度が相当に残って居り，吾国の如きは維新に至るまで農村や漁村などに共用制度がたくさん残って居て社会上有益な働きをした。

　しかるに１８世紀起った個人主義の哲学と経済学と法律学とは各個人の利己心を利用し各人をしてその独占物を経営せしめれば生産が増加する，その結果世の中全体の富が増えて世の中全体が幸福になると考えた。成程生産増加には成功した。それがため人類全体としてはある程度まで文明が向上した。けれども文明の向上は同時に平等思想の発達を伴った。今までは法律的ないし経済的特権階級のために動物の如く従順に営々と働いた人間が順次に目醒めて平等を要求するに至った。その必然の結果として生じた現象は需要の増加と生産の減少とである。しかしてその現象は今回の世界大動乱によって急激にかつ大規模に現われ出た。それが今日の世界の有様である。

　かくの如く需要は激増したのに生産はむしろかえって激減しその他物資が一般に不足してくれば，今までの個人主義本位の物権法をもって社会全般の需要を充たし社会の安定を維持出来ないのは当然である。物が足りぬのに各人は各々自己の物を独占専用して全然他人を排斥すること今日の如しとすれば，現に需要を感じつつこれを充たすこと許されぬ多数の人々は死ぬかまたは腕力によって物を奪わんと企てるに違いない。しかしかくの如きは何れも人類共存の本義に反し不必要に人を殺し犠牲を作る所以である。故に社会の現勢から考えると，社会の安定秩序を維持し人類全部をして幸福に生活することを得しむるためには，従来の個人主義本位の物権法を根本的に改造する必要がある。

３　それがために必要なる

　イ　第１事は所有権に関する世間一般の思想の根本的改造である。今までのように，各人が自己の需要満足に緊要なりや否やに関係なく，成るべく多くの物を自己に独占し，或はこれをもって他人に対する自己権勢の具に使い，或は世間一般が物の欠乏に苦しみつつある際自己のみ知らざるが如くに振舞って貴重な物資を浪費するようなことであれば，どうしてか社会の平和が維持されよう。私有財産制も畢竟は社会全体の福祉と抵触せず調和する範囲内においてのみ存続の意義を有するに過ぎない。法律が各人をして財産を私有せしめて居るのは，単に独りその人１人の幸福のためのみならず，同時に全体の福祉をも目標として，財産を信託　social trust　しているに過ぎぬ。故にもしもその人が信託の本旨を忘れてこれに違背するようなことがあれば，それはかえって私有財産制の本義に背戻するものである。信託に背き平和を擾るものである。しかるに今の世にはこの精神が充分に徹底して居ない。しかしてややもすれば，この種の平和撹乱者が形式的に適法なるの故をもって法の保護を受け，これが矯正を計って真に平和な公正なる将来を持ち来さむるとする志士が危険思想の名の下にとかく圧迫せられ制裁を受ける。かくの如くにしてどこに社会の平和があり，人類共存の美風が在ろう。これ故に現行の財産制をして真に今後の社会的需要に適合するものたらしめるがためには，以上の精神を社会的全体に徹底せしめねばならぬ。これ実に現行財産法改造の基調である。

　ロ　しかしこの根本精神を迅速かつ完全に実現するがためには，単に各人の覚醒と善意とに依頼するをもって足れりとしない。国家が立法によって直接干渉すべき余地はすなわちここに在る。従来の法律が各個人に私有財産を確保することにのみ熱中して，これと公共福祉との調和を計るべき法律的方策を欠いたのに対し，将来の立法は社会の必要に応じある種の物につき個人所有権を制限または剥奪してこれを万人の共用に供し，もって物の使用能率を増加し，現に不足を感じつつある人々の需要を満足させねばならぬ。またその他公共福祉のため個人所有権に制限を加えてこの制度がかえって公共を危害するの原因とならぬように計らねばならぬ。

　ハ　なおこの精神は独り社会一般の倫理的思想たり，または立法の基準たるに止まらずして，現に裁判所によって活用せらるべき実際的精紳である。しかしてその方法としで裁判所の用うべき手段は権利濫用の法理である。裁判所はこの法理を巧みに利用して，いやしくも法律が私有財産制度を認めた根本義・個人所有権の社会的価値に反するが如き方法で所有権を行使する者があれば，すべてこれを保護せぬことにする必要がある。これにより個人所有権は余程角がとれて社会全体の福祉と抵触せざるに至るのである〔註１〕。

　　〔註１〕　この点において最も注目すべき現象は１９世紀後半以来フランス裁判所が盛に権利濫用の法理を活用した物権法の社会的意義とその理想ことである。この結果，元来個人所有権の確立にのみ注意を集中した１８０４年のナポレオン法典が事実上多大の改造を加えられたことは隠れもなき事実である。Duguit， Les transformations générales du droit privé，p. 147 et suiv; Charmont， Les transformations du droit civil， p. 201 et suiv. 参照

　かくの如く今までの絶対排他的の個人所有権観念に対し本来法が所有権制度を認めた社会的本義を参酌加味してその弊害を除き，もって社会の安定秩序の増進維持を計り社会の全員をして均しく幸福に生活せしめむとする方法を称して，所有権の社会化Socialisation，Sozialisierungと謂う。これが今後物権法の進むべき唯一の道である〔註２〕。

　　〔註２〕　以上については第３章冒頭の記述をも参照。

第２　物権法の形式的範囲

　物権法は以上の如き社会的職能のために存する法である。これを法律的形式に容れて定義すれば，物権並にこれに準ずべき権利及これ等の権利の効力得喪等に関する法律関係を規律する法規の一団である〔註３〕。

　　〔註３〕　もっとも法規の分類は元来便宜に基くもので絶対的理論の存すべきものでないから，或は厳格な意義では物権ならざるものも便宜上物権法中に規定せられ，また反対に元来物権的法規たるものが便宜上他の法団中に分類せらるることあるは素よりである。

　　　　現に特許権・実用新案権・著作権・意匠権の如き物権類似の権利は物権法の分類中に入るを理論上妥当とするが，これ等は産業ないし工業に関する特別の権利としてその方の分類中に一団として取扱うのを便宜と認め，本書においてもこれ等の問題を除外した。イギリス法ではこれ等の権利をもすべて動産法Personal property中で説明するを常とする。

　　　　なお債権は現行法上主として財産取得の方法として規定されているけれども，信用制度の発達と共に債権が順次その交換価値を増大するに至ったことは注意すべき現象である。殊に株式，社債，公債，兌換銀行券等その他証券化された債権に至ると――少くとも交換価値の点において――普通の動産と相去ること遠からざるものである。故に債権法中特にこの方面を独立かつ充実せしめて，動産法の一部たらしむることは決して無用の企ではない。

　　　　このことは，従来単に動産としてのみ観察された金銭に債権的性質あることにも注目せねばならぬことと表裏して，今後財産法の発達すべき一方面を示すものである。

第３　物権法規の特質

　物権法は債権法と併んで財産法の一部を為すものだが，両者の性質は互に相異なる。債権法は元来債権者債務者間の相対関係を規定し一般第三者に影響する所が比較的少ない。それ故公序良俗に違背せざる限り成るべく広く契約自由の原則を採用し，したがってその法規概ね任意法規なるに反し，物権は排他性をもって本質としその内容如何は常に一般第三者の利害に直接するが故に，物権の種類並に内容は法律をもってこれを限定し，法規は多く強行法規で当事者の任意をもって動かすことを許さざるを原則とする。この点において物権法は親族法相続法に類似して居るが，その強行法たる理由は各々別異で，前者は一般第三者に関係深き排他的法律関係を規定する法規たることを理由とするに反し，後者は人倫道徳風俗に関するが故に強行法規とされて居る。

　　　　第２節　物権法の法源

１　現行物権法の主な淵源は民法第２篇第１７５条ないし第３９８条の諸規定である。

　その外これを補充するものとして，（１）物権に関する経過的法律関係を定めた民法施行法第３５条ないし第５１条，地上権に関する法律（明治３３法律７２号），（２）不動産物権の公示方法その他不動産に関する特別規定として不動産登記法（明治３２法律２４号），建物保護法（明治４２法律４０号），借地法（大正１０法律４９号），借家法（大正１０法律５０号），立木に関する法律（明治４２法律２２号），（３）外国人の不動産物権に関する地所質入書入規則第１１条（明治６布告１８号），外国人土地所有権法（明治４３法律５１号），永代借地権法（明治３４法律３９号），外国人の抵当権に関する法律（明治３２法律６７号），（４）その他土地収用法（明治３３法律２９号），遺失物法（明治３２法律８７号，大正２法律４号をもって一部改正），立木の先取特権に関する法律（明治４３法律５６号）等の諸法律がある。

　なお独立の不動産以外一定の財団を抵当権の目的とすることを許すため鐵道抵当法（明治３８法律５３号），工場抵当法（明治３８法律５４号），鉱業抵当法（明治３８法律５５号）等の諸法律がある。

２　その外鉱業法（明治３８法律４５号），砂鉱法（明治４２法律１３号），森林法（明治４０法律４３号），国有林野法（明治３２法律８５号），漁業法（明治４３法律５８号），狩猟法（明治３４法律３３号），耕地整理法（明治４２法律３０号），河川法（明治２９法律７１号），道路法（大正８法律５８号），都市計画法（大正８法律３６号），市街地建築物法（大正８法律３７号），担保附社債信託法（明治３８法律５２号），華族世襲財産法（大正５法律４５号）等は物権法と密接な関係を有する法律である。

３　なお商事に関する特別の留置権（商４１条，３１９条，２８４条），質権（商２７７条），船舶債権者の先取特権（商６８０条以下），抵当権（商６８６条以下）等に関しては商法に特別規定がある。

４　また産業的財産権に関する特許品法（明治４２法律２３号），意匠法（明治４２法律２４号），実用新案法（明治４２法律２６号），著作権法（明治３２法律３９号），商標法（明治４２法律２５号）等も純理上から謂えば物権法と離るベからざる法律であるが便宜上本書にはこれ等の財産権を除外する。

５　以上の外慣習法が幾多重要の関係につき物権法の淵源を為せることは大に注意を要すべき点である（相隣権に関する２１７条，２１９条２項，２２８条，２３６条，入会権に関する２６３条，２９４条，地上権に関する２６９条２項，永小作権に関する２７７条等）。

　なおこの点については本章第４節参照（４１頁以下参照）

　　　　第３節　物権の特質

はしがき　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１４頁

第１　物権の内容　　　　　　　　　　　　　　　　１５頁

第２　物権の目的物　　　　　　　　　　　　　　　２０頁

第３　物権の定義　　　　　　　　　　　　　　　　３６頁

第４　物権の法律的構成に関する種々の考案　　　　３７頁

　物権とは何ぞや。これを如何に定義すべきか。これについては従来学者間に異説が多い。しかしこの問題は畢竟，各種の物権に通ずる共通の性質を求めてそのすべてに通ずる総則的の法理原則を形作らむがために起るのである。故に問題は純理的と云はむよりはむしろ現行法的である。

　所で，現行の民法には占有権・所有権・地上権・永小作権・地役権・人会権・留置権・先取特権・質権及び抵当権なる１０種の物権が認められて居り，その外特別法において明かに物権の名称を与えられたものに永代借地権（永代借地権法１条），鉱業権（鉱業法１５条）等の諸権利がある。故に今ここで物権の定義を与えようと思えば，それは少くともこれ等の諸権利全部を包含し得るものでなければならぬ。

その所で，これ等諸権利に通ずる要素を尋ねて見ると，（１）その１はこれ等の諸権利は何れも直接その物体について利益を享受することを内容とし他人の行為の請求を目的とせぬことである。（２）その２は民法第８５条に所謂「物」またはこれに準ずべき物体を目的物としてることである。故に物権の定義を与える前に，私はまずこの２要素の各につきてやや詳細な説明をして見たいと思う。

第１　物権の内容

　物権はその目的物について直接何等かの利益を享けることを目的とする権利である。普通の用語を使えば直接物を支配する権利だと謂っても差支あるまい。

１　物につき直接利益を享受すること

　イ　物につき直接利益を享受するとは，敢て他人をして一定の行為を為さしむるにあらず，直接物から一定の利益を享受するを謂う。債権はたとい物の給付を目的とする場合でも，その内容は単に特定の債務者をして物の給付なる行為を為さしむことに存し，物権におけるが如く直接物について利益を享受し得ることを内容とせぬ〔註１〕。

　　〔註１〕　民法上地上権ないし永小作権と賃借権との区別はこの点に存する。この区別を認める必要ありや否やの立法論は別問題として，現行法上この区別あることは否認出来ぬ。現行法上貸借権の物権にあらざることにつきその債権にして物権にあらざる旨を明言している（大審９・１０・４民２録２６集１４１６頁）。

　　　　　ただし不動産貸借権が純粋なる債権から順次物権的の保護を受くるに至るのは古来各国における法律進化の一傾向である。現に民法６０５条，建物保護法（明治４２年法律４０号）及び借家法（大正１０年法律５０号）１条は本来債権たる不動産賃借権をもって爾後その不動産につき物権を取得した者にも対抗出来るようにして居る。かくして不動産賃借権は順次物権に近づきつつあるものと見ることが出来る。拙稿「住宅問題と借家法案」法学協会雑誌３９巻３号６９頁以下参照。

　ロ　物権の内容たる物上享益の態様並に範囲は，物権の種類如何によって色々異なる。これを標準として物種の種類を大別すると次の通りになる。

　a　権利の目的物が提供する一切の利益を享受し得る権利（所有権）

　b　目的物につきある限られた範囲の使用収益を為し得る権利（地上権，永小作権，地役権，入会権等の用益物権）　これ等の権利は，程度範囲の差異こそあれ，すべて目的物についてその使用収益を為し得る権利である。その中不作為の地役権は目的物たる承役地につき何等かの行為を為すをもってその内容とせず，権利者はただその土地が一定の目的に使用せられざることにつき利益を有するに過ぎぬ。しかしこの場合でも権利の内容は直接その土地について右に述べたような利益享受を為し得るの点に存し，その結果として何人といえども権利の内容に違背するような方法でその土地を使用する者があれば，その者があたかも承役地の所有者なると否とに関係なく，すべてこれに向って行為の停止を請求し得るのである。故に不作為の地役権もなおこれを物権の範囲内に置くことが出来る。

　c　債権の担保を目的とする権利　その中（１）債務の履行あるまで単に目的物を留保することを得しむるに過ぎぬ権利（留置権）と（２）債務の任意返済なきかまたは債権が他の多数の債権と競合して債務者総財産がその全部を完済するに足らざる場合に目的物を金銭に代えこれをもって債務の履行に当て得る権利（先取特権，質権，抵当権）とがある。

　なお占有権は，一定の権利は外形を伴うを通例とする事実あるを基礎とし，逆に一定の外形あるときは一まず仮にその外形に相当する権利保護を与えむとする制度で，以上の分類とは別に特殊の地位を占むべき権利である。

２　物権の排他性

　所が一定の物の供給する利益の種類範囲は有限なるを原則とする。したがって例えばここに１０の利益を供給し得る物がありしかして甲者その１０全部享受し得るとすれば，最早乙者が同一物につきて享受し得べき利益は少しもないと謂わねばならぬ。これを法律的に謂えば同一物上に互に相容れざる内容の物権が２個以上同時に成立することは法律上不可能である。これすなわち物権の特質たる排他性で，実を云うと独り物権のみならずいやしくも支配権たる以上事物当然の結果として存在せねばならぬ性質である〔註２〕。

　　〔註２〕　物権の排他性は以上の如き支配権の性質から自然に出て来る特質である。故に所有権と他の制限物権との間におけるが如く２個の権利がその目的上互に相容るべき性質のものなるときは２者が同時に１物上に成立するを妨げざるは勿論，不作為の地役権のように特殊の内容を有する物権は同一承役地上に全然同一内容のものが同時に２個以上成立するを妨げぬ。これ等は例外にあらずして事物当然の結果である。

　　　　これに反し，債権はたとい特定物の給付を目的とするものでも同時に２個以上のものが併存し得る。けだしこの場合における権利の内容は単に給付を請求することに存し，しかして数人に対して同一内容の給付を約した債務者はいよいよ履行の時になって事実何れの債権者に向って履行すべきかを決定すればいいのだからこれ等数個の債権は結局において抵触すべき内容を有するにかかわらず，その時までは何れも可能の給付を目的とするものとして併存し得る訳である。故に債権には排他性がない。

　排他性は支配権の事物当然の性質上出て来る性質である。しかるに従来多数の学者は排他性と所謂絶対性とを混同し，物権は排他性を有ししたがって絶対権であると説いて居る。しかし絶対性とは何人に対しても権利を対抗し得ること，換言すれば何人もその権利を尊重せねばならぬこれを侵害するは法の禁ずる所であると云う意味に外ならぬ。して見れば絶対性は物権ないし支配権に限った特質ではなく，いやしくも権利たる以上すべて絶対性を有すると云はねばならぬ。一定の行為を請求するとか，物を支配するとか云うような権利の中核を成す内容あると同時に，一般第三者その中核を侵すべからずという権利の外囲あって初めて権利がある。一般第三者が侵害しても差支ない権利なるものは事実存在し得ない。故に絶対性はすべての権利に通ずる性質である。これに反して排他性は支配権の特性と見ねばならぬこと上述の通である〔註３〕。

　　〔註３〕　排他性及び絶対性に関しては法曹記事２４巻３号及五号拙稿「第三者ノ債権侵害ハ不法行為トナルカ」及び法学協会雑誌３９巻５号拙稿「中島博士の新著に引用された余の所説について」参照。

第２　物権の目的物

　物権はその目的物について直接利益を享受し得る権利である。しからば如何なるものが物権の目的物となることを得るか。この問題は現行法が物権として認めている各種の権利につき一々これを審査して決定せねばならぬ。

１　物権の目的物は必ず民法第８５条に所謂「物」なることを要するか。

物権の目的物は原則として民法第８５条に所謂「物」なることを要する。この点は全く疑いない。

　しからば，それ以外のものは全然物権の目的物とならぬか。換言すれば，権利の内容は「物」を目的物とする普通の物権と同じく直接目的物について利益享受を為すことに存するか，ただその目的物が「物」ででないと云う僅かな差異あるに過ぎぬ場合に，なおこれを物権と称すべきかまたは物権の概念から除外するを適当とすべきか。学者の多数は物権たる以上必ず「物」を目的とせねばならぬ。しからざるものはたとい如何に権利の内容が似て居てもこれを物権と称すべからず。ただこれを物権に準じて取扱い得るに過ぎぬ，と説く，しかしながらこの意見は形式的に過ぎる。たとい目的物は「物」でなくとも権利の内容が「物」を目的とする普通の物権と全く同じで，大体これに関する規定を適用し得るならば，態々これを物権と区別して説明する必要は少しもない。私は大体普通の物権に関する規定をそのまま適用し得る権利ならばむしろこれを物権なりと謂いたいのである。何故なれば，現に民法自らも有体物にあらざる「物権」を目的物とする物権を２３認めて居るから。

「物」にあらずして物権の目的物となるや否や問題となり得るものは左の通りある。

　イ　権利

　債権その地の権利は所有権の目的物とならぬ。これ等の権利の主体たることを称して，態々これ等の権利につき所有権を有するのだと考える必要は少しもないからである〔註４〕。

　　〔註４〕　かくの如く債権は所有権の目的物とならぬ。しかしながら無記名債権の如く全然証券化されてる債権は，取引上普通の動産と全く同じに交換価値を有するが故に，民法においても「之ヲ動産ト看做」（８６条３項）して居る。したがってこの種の債権の上には更に所有権が成立するものと見ねばならぬ。無論債権の発生消滅その他請求・履行の関係については普通の債権に関する法規を適用するのだが，その譲渡その他取引の目的物たる関係においては動産所有権と同様の取引を受けるのである。

　　　　　なお同様の理由により，無記名債権については準占有にあらざる普通の占有が成立しまたこれを目的とする質権は債権質ではなくて動産質である。

　これに反してその他の物権の目的物たることは既に民法自らがこれを認めて居る。（１）その一は債権者の総財産について存する一般の先取特権（３０６条），財産権を目的とする権利質（３６２条以下）及び地上権・永小作権を目的とする抵当権（３６９条２項）である。これ等の権利は何れも債権の担保を目的とし，債務者が任意履行をせぬ場合または債権が他の多数の債権と競合して債務者の総財産がその全部を完済し得ざる場合に，目的物を金銭に代えてそれから債務の弁済を受けることをその内容として居る（１８頁参照）。したがって目的物が民法第８５条に所謂「物」なることは少しも必要でない。いやしくも金銭的価値を有して債権の担保となり得るものなれば，すべて「物」と同様にこれ等担保物権の目的物となり得る訳であり，これに反してたとい「物」でも譲渡し得ずしたがって金銭に換価し得ぬものは担保物権の目的物となり得ないのである（例えば３４３条，３６２条２項参照）。故に如上の財産権を目的とする各種の担保物権を物権の概念外に排斥する理由は少しもない。（２）その二は準占有である（２０５条）。占有権は，一定の権利は一定の外形を伴うを通例とするの事実を基礎とし，逆に一定の外形ある時は一まず仮にその外形に相当する権利保護を与えむとする制度である。無論この制度は「物の所持」なる外形に権利保護を与える普通の占有に関して発達したのであるが，同じ観念は「物の所持」以外の外形についてもこれを認め得る。これ民法が「財産権の行使」なる外形に占有に準ずる効カを与えて準占有と称する所以である。私はすこしもかかる権利を物権の概念から除外する必要を認めない。

　ロ　電気

　電気は現行民法の解釈上「物」にあらずと謂うのが通説である。しかし電気をいずれも実際上取引の目的となり得ることすこしも「物」と区別せらるべき点がない。ガスや揮発油は「物」なるに反し電気は「カ」に過ぎぬと云うのが一般の考であるらしい。けれども二者はどの物理的性質上各々それに相応する取扱方法を講ぜねばならぬと云う技術的の差異があるだけで，取引の目的たる点より云えばその間ほとんど何等の差異をも認めることが出来ぬ。これ故に私は電気の所有権も普通の動産所有と全く同じものとして取扱いたいと思う。

　ハ　発明・著作の如き智能的創作物

　この種の無体物を独占して利用する権利は，性質上所有権に類似したものである。しかしながらこの種の権利は智能的創作を奨励する目的をもって特に認められた権利である。したがって普通の動産所有権とは違ってその方面の色彩が特に顕著であり，現行法上もこれに関して一団の特別法が存在する訳である。故にこの種の権利は智能的創作権なる名称の下に普通の動産所有権とは別に取扱うのが至当だと思う。

　ニ　鉱区

　鉱業権は鉱区において鉱物の試掘・採掘を為す権利である。しかして鉱業法は「鉱業権ハ物権卜シ不動産ニ関スル規定ヲ準用ス」（１５条）と規定してるにかかわらず，鉱区は民法第８５条に所謂「物」でないから，学問上の分類においてもこれを物権の一種と見るべきや否や疑問の余地がある。元来一定の地域について利益享受を為す事を内容とするの点から云うと，鉱業権と一般不動産物権とは全く同じものである。しかし一般の不助動産物権はすべて地表の利用を主たる標準として認められ，したがってその個数を定むるの規準たる立地も地表の利用を標準として区割し定められて居る。これに反して鉱業権は鉱物の掘採を目的とする，したがってその単位を定むるの基礎たる鉱区はその目的に添うよう鉱物掘採の便宜を標準として定められる。その結果同じ地球の表面が２種の異なった標準によって区割されまたそれを規準として権利の単位が定められる。その中主として地表の利用を標準とするものが土地及びこれを目的とする一般物権であり，鉱物掘採を標準となすものが鉱区及び鉱業権である。故に鉱区は同じく地表の区割には違いないが，民法第８６条に所謂土地ではなく，したがって第８５条に所謂物でもない。しかし地球の表面を利用する権利たるの点において二者は全く同じものだから，鉱業法においても「鉱業権ハ物権トシ不動産ニ関スル規定ヲ準用ス」と規定したのである。すなわち鉱業権の目的物は民法第８５条に所謂「物」ではないけれども，学問上なおこれを物権の一種と認めて差支ないのである〔註５〕。

　　〔註５〕　鉱業権の性質については法協３１巻９ないし１１号拙稿「鉱業権ノ本質」参照。

２　物の一部は物権の目的となるか。

　物の一部は独立して物権の目的とならぬと謂うのが現在の通説である。今仮りに普通一般の取引上一単位として取扱はるるを通例とする物が，法律上二人以上の人に分属して居るとすれば，これ等の権利者相互の内部関係においてはともかく，一般第三者よりこれを見れば容易にその実状を知ることが出来ない。その結果判断を誤って不測の損害を蒙るの虞がある。次にまた不動産登記簿上一筆の土地として一個の所有権の目的となっているものが，同時に一個の地上権一個の抵当権の目的物になって居れば格別もしもその土地の一部たる甲の部分は地上権，乙の部分は抵当権の目的になってると云うようなことがあれば，登記簿面は混乱して取扱上不便を生ずるのみならず，実際上種々間違を惹き起し易い。故に物権法の原則として一物一権主義を採ることは権利関係の明確を期する点から考えて，確かに必要である。現行民法がこの原則を基礎としてることは私もまた通説と共にこれを認める〔註６〕。

　　〔註６〕　故に「土地ノ分割譲渡ヲ目的トスル場合二於テハ其地番反別供ニ特定シタリトスルモ未ダ分割手続ノ完了セザル間ハ分割スベキ土地ノ部分ハ独立シタル一箇ノ物アラザルヲ以テ之ニ対シ所有権ヲ取得シ得ベキニアラズ」（大審３・１２・１１民２録２０輯１０８５頁以下）。また士地の一部だけを抵当に入れるには，まずその部分を分筆して独立一個の土地と為し，もって所有権の目的物と抵当権の目的物とをして同一範囲のものたらしめねばならぬ。

　民法が一物一権主義を原則として認めて居る根拠は以上の通りである。それならば，この原則は何等の例外を認め得ない程厳格なものとは思はれない。現に民法においても多少の例外を認め，判例においては極めて範囲の広い重要な例外を認めて居る。

　イ　民法上明文をもって認められた例外

　民法上明文をもって物の一部が独立して物権の目的物となることを認めた場合の主なるものは次の通りである。（１）一棟の建物を区分してその各部分を異別の所有者に帰属せしむることを得る（２０８条）〔註７〕。（２）相隣者の一人が相互共有の墻壁の高さを増したその部分だけは独立してその者に属する（２３１条）。（３）未だ分離せざる果実は元物の一部なるにかかわらず（８９條１項）民法はその上に先取特権の成立することを認めて居る（３１３条）。

　　〔註７〕　この場合は考方によっては区分された各部分が法律上独立の一建物となるので物の一部について物権が成立する場合ではないようにも思われる。不動産登記法第９４条はむしろこの考方にしたがったように思われる。しかし事は要するに考方の問題に過ぎずして実体は全く同じことである。故にここでは大審５・９・２０民３録２２輯１４４６頁の考方にしたがって物の一部が物権の目的物となる場合の一だと考えて置く。

　　　　　なおかくの如く民法は一棟の建物が区分されて数人に分属することは認めるけれども大審５・１１・２９民３録２２輯２３３３頁はかくの如き「区分所有権ヲ認ムルハ一棟ノ建物中区分セラレタル部分ノミニテ独立ノ建物ト同一ナル経済上ノ効用ヲ全フスル事ヲ得ル場合ニ限ルモノニシテ其部分ガ他ノ部分卜併合スルニアラザレバ建物タル効用ナキトキハ一棟ノ建物トシテ所有権ノ目的タルベキモ各部分ニ付区分所有権ヲ認ムベキにアラズ」と云うて居る。

　ロ　判例によって認められた例外

　民法が明文をもって認めた例外は大体右をもって尽きるけれども，判例はそれ以上に進んで２３の重要な場合について例外を認めて居る。

　a 分離前の果実　　　

分離前の果実は――たとい如何に成熟したとしても――なお依然として元物の一部に過ぎぬ。所が実際の取引社会においては，分難前の果実を売買する慣例が少なくないのみならず，当事者はその所有権が直に買主に移転することを希望し，少くとも彼等相互の内部関係においては全く所有権の移転ありたるものとして取扱うのが実際の慣行である。しからばかかる希望や慣行の効力を第三者に対する関係においても完全に認めることは出来ないか。通説はこれを不可能なりと解するらしい。しかしこの際もしも当事者が右所有権の移転を一般第三者に公示すべき何等かの方法を講じたとすれば，第三者が右の移転を知らずして不測の損害を蒙る虞は極めて少くなる。しかして一方右移転の効力を完全に認めてやれば当事者は少からざる利益を受ける。それを差引き較量して見ると分離前の果実といえどもその独立移転を許すことがむしろ穏当であるように思われる。これ従来幾多の判決が，分離前の果実といえども，その移転を一般第三者に公示すべき適当の方法さえ講ぜらるるならば，元物と独立して他人に移転し得る旨を認めた所以である〔註８〕。

　　〔註８〕　この主旨の判例の主なものは左の通りである。

　　　　（１）　樹木に附着せるままの雲州密柑の所有権移転を認めた大審５・９・２０民３録２２輯１４４０頁以下。本判決は物の一部をいずれも独立して物権の目的物となり得べきことを認めた基礎判例である。

　　　　（２）　桑樹に附着せるままの桑葉は「土地ノ定着物タル桑樹ト一体ヲ成スヲ以テ純然タル動産ニアラズト雖モ天然果実ハ其定着スル土地又ハ草木ヨリ分別シ独立ノ物トシテ売買取引ノ目的ト為スコトヲ得ベク此場合ニ於ケル果実ハ未ダ樹枝ト分離セラレザル以前ヨリ一種ノ動産トシテ取扱ハルルコトヲ妨ゲ」ざる故独立してその所有権を移転し得べきことを認めた大審９・５・５民３録２６輯６２２頁以下。なお大審５・１０・１９民２録２２輯１９３１頁以下は桑葉は果実だけれども桑葉そのものは土地の定着物にして果実にあらずと謂って居る。

　　　　　これ等の点は古くはむしろ反対に解せられる気味であったが（東京控４４・５・１３最新判例集８巻１９５頁参照），今日においてはほとんど争のない確実の判例と言って差支ない。しかして判例はいずれも所有権移転を公示すべき適当の方法を施すべきことを要求して居ることに注意せねばならね。この点については後に物権変動の公示方法に関する部分で再説する。

　　　　　なおこの判例の主旨を青田売買の場合にも及ぼし得るや否やは今日なお疑問である。古く福島地４３・１０・３１法律新聞６９８号２５頁等の判決はこれを消極に解して居るが，これ等の判例は何れも絶対的な一物一権主義が学者によって盲目的に唱導された時代の所産だから，今日直にこれに重きを置くことは出来ぬ。私は上記諸判例の主旨にしたがいこの場合といえども米が既に成熟して収穫に近づいてるならばその所有権を独立して移転し得る，これに反して成熟以前には移転出来ないものと解したい。殊に米麦の如き国民の主要たる穀物が未だ生育の途中において早くも生産者たる農民の手―したがってその利害―を離れて登記商の手中に帰することは食料政策の上から言っても好ましくないと思う。

　ｂ　立木

　毀損するかまたは法外の費用を費すにあらざれば動かすことの出来ない樹木は，土地に附着してその一部を成すものである。もっとも立木法によって所有権の保存登記を受けた樹木の集団は特に「立木」なる名称の下に「不動産ト看做」されて居るが，それは今ここでは問題外である〔註９〕。この意味の「立木」でない普通の樹木は土地の一部なるにかかわらず，従来の慣行及び判例は例外なく，土地と独立してその所有権を他人に移転し得ベき旨を認めて居る〔註１０〕。しかしてこの場合にも，一般第三者をして移転の事実を明認せしむべき適当の方法を講ずべきことが要求されて居る〔註１１〕。

　　〔註９〕　この意味における「立木」については大審５・３・２民３録２２輯７４６頁及び同６・７・６民１録２３輯１０９７頁参照。

　　〔註１０〕　大審３８・５・１５民２録１１輯７２６頁，同５・２・２２民１録２２輯１６８頁，同８・１０・３民１録２５輯１７３７頁末段の議論等。もっとも考方によっては樹木は士地の定着物として独立の不動産であるとも説明出来るのだが，判例は終始一貫して，土地の一部ではあるが古来の慣行上生立のまま独立して取引の目的になるのだと謂って居る。

　　〔註１１〕　この点は物権変動の公示方法の部で詳説する。

　以上の如く，判例が物の一部なるにかかわらず独立処分を許してるものは，何れも慣行上または取引上特にこれを許すの必要顕著なるものに限る。同様の主旨を濫りにそれ以外に及ばしむることは判例の主旨でない〔註１２〕。

　　〔註１２〕　現に（１）大審７・４・１３民３録２４輯６６９頁は「堤防ニ定着スル樹木及ビ石垣ノ売買」につき―樹木は別論として―「堤防ニ定着シタル石垣ハ本来土地ノ一部ナルヲ以テ之ヲ売買シタルトキハ土地ヨリ分離シタル後ニ所有権ノ移転行ハルルモノトス」と云って居り，（２）大審７・３・１３民３録２４輯５２３頁は「土地卜分離セザル珪石ハ独立シテ物権ノ目的ト為ルコトヲ得ザルモノニシテ常ニ土地ノ一部トシテ其土地所有者ノ所有ニ属シ第三者ハ―これを採取する債権ならばとにかく―独立シテ其上ニ所有権ヲ取得スルコト能ハズ」と謂って居る。

３　物の集団は物権の目的となるか。

　物の集団も独立して物権の目的物とならぬのを原則とする。物は各々１個の物をしてそれぞれの経済的価値を有するを通例とするからである。所が物の集団の中ある種のものは，これを構成する各個の物が有するとは異なった独立の経済的価値を有するが故に，必要に応じてこれをも独立の物権の目的とすることは決して無意味でない。殊に抵当権の如く，目的物それ自身について用益的利益を有すと謂わむよりは，むしろその金銭的価値によって債権の満足を得ることを目的とする権利にあっては，特殊の経済価値を有する財団をもって，その目的物たらしむることに充分の意味がある。これ現行法上，工場財団（工場抵当法１４条），鉱業財団（鉱業抵当法１条３条），鐵道財団（鐵道抵当法２条），立木（立木法１条２条）等を抵当権の目的とする制度の存在する所以である〔註１３〕。

　　〔註１３〕　もっともこれ等の特殊財団や立木は法律上一個の不動産ないし物と看做されて居るから，単なる形式論のみより見れば，これ等の場合も物の集団について抵当権が成立してるのではなく，一個の不動産ないし物が普通の抵当権の目的物になってるに過ぎぬ，と云って差支ない。しかしそれはただ規定並に考方の便宜に基くので，実質的に言えば無論物の集団が物権の目的となってるものに外ならぬ。

　なお立法論として云えば，物の集団を法律上独立の一個体として取扱わねばならぬ場合は，以上の外にもなお少くあるまいと思う。現在の民法は権利関係の混乱を虞るがため不必要に物ないし財産の集団なる観念を排斥し過ぎてる思う〔註１４〕。

　　〔註１４〕　この点については松本氏論文集１巻２６５頁以下「総括的意義に於ける財団」参照。なおこの問題に関しては是非共 Gierke， Deutsches Privatrecht， II Bd.，§104 Gesamtsachen を一読する価値がある。

第３　物権の定義

　物権はすべて以上に説明した２要素の組合わせから成り立って居る。しかも各要素の態様内容は各種の物権について一々異なって居るのみならず，甲なる物権において第一の要素がかくかくの態様を持っていることは，あたかもその物権における第２の要素がこれこれの内容を特ってることと密接な相関的の関係を有するのである。例えば債権の上に所有権は成立しないけれども，質権占有権は成立し得ること上述の通りである。

　この考を基礎として，物権を定義すれば大体左の如く謂い得ると思う。

物権とは直接物についてある利益の享受を為し得る権利である。しかしてその物は民法第８５条に所謂「物」なるを通例とするが，権利の種類によってはそれ以外のものを目的物とするにかかわらずなお全く同様の取扱を与え得るものがある。

第４　物権の法律的構成に関する種々の考案

　　以上に説明したるが如き物権の法律的構成については古来沢山の学説がある。その中重なものを分類して紹介する。

　　１　おおよそ権利は人と人との間にのみ成立する。物権は物権者以外の多数不特定の一般人に対する禁令に外ならぬ。物を直接支配することを許すと云うが如き積極的内容は物権の内容でない。それはただ事実上の問題で，法律上の問題としては物権者以外の一般人第三者がその物の支配を禁止せられつつあるにかかわらず物権者のみはその禁止を受けずにかえってその支配を為すにつき他人に妨げられざる点において法律の保護する利益すなわち権利を有するに過ぎぬ。換言すれば物権の本体はこの消極的方面で積極的方面は単にその反影にすぎぬとする説。なおこの考を更に極端に進めて物権とは一個の権利にあらずして単に不定多数の人々に対する多数の禁令を総称する名義上の便宜手段に過ぎぬとする学者もある。

　　２　物権は一方において直接物を支配する積極的内容を有すると同時に他方において物権者以外の一般第三者がこれを妨げてはならぬと云う消極的内容を有するものにして，後者は前者の作用を完からしむる目的をもって物権の内容を為すとす説。この説はまず一般の通説と見ることが出来る。しかしその消極的方面の説明については，（イ）第三者の不可侵義務は対立義務で物権者は一般第三者に対して無数の不作為請求権を有するとする説及び（ロ）この不可侵義務に対し物権者自ら何等の請求権を有せず物上請求権は侵害をまって初めて発生するに過ぎぬとする説がある。この終りの説が我国の通説である。

　　　私の考は略通説と同じであるが，物権の消極的方面を物権のみの特質なりと考えずして権利一般の通有性なりと考え，したがって物権の特色はむしろ支配権たるの点に存するのだと考えて居る。この点については法曹記事２４巻３号及び５号拙稿「第三者の債権侵害は不法行為となるか」及び法協３９巻５号拙稿「中島博士の新著に引用された余の所説について」参照。　

　　　　第４節　物権の種類

′　　　　　　　　　　　　　　第１　物権の種類を法定する理由　　　　３９頁

第２　現行法の規定（第１７５条）　　　４１頁

第３　現行法の認むる物権の種頼　　　　４３頁

第１　物権の種類を法定する理由

　債権には排他性がない。したがってその存否及び内容の如何は一般第三者に損益する所が少ない。初期ローマ法のように法律関係の整頓に苦心した時代には，債権の発生についてさえも形式主義をとって契約の種類と形式とを制限したけれども，個人主義を基礎とする近世の法律は各個人の意思に無上のカを認め各人の欲する所は法律上出来得る限りこれを保護しその実現に務むることとなし，また他方においては世の中の進歩は最早立法者をして法律関係の整頓にのみ没頭するの必要なきに至らしめた。ここにおいてか近世民法の基礎として契約自由の原則が認めらるるに至った。

　しかるに物権は債権と異なって排他性を特色とするから，直接第三者の利益に関係するところが頗る多い。如何に各個人の意思を尊重する近世民法でもこの点についてはむしろ法律関係の整一に専心せねばならぬことローマの立法者が債権についてまでもこの種の努力を為さねばならなかったのと同じである。これ民法が物権法に対する契約自由の原則の適用を狭く制限して「物権ハ本法其他ノ法律ニ定ムルモノノ外之ヲ創設スルコトヲ得ズ」（１７５条）と定めた所以である〔註１〕。

　　〔註１〕　物権の種類を制限すべきや否やの問題と物権公示の問題とは極めて密接な関係を有する事柄である。何故なれば権利の存在並に内容が第三者によって容易に知れ得るならば，如何なる内容の物権を作ろうとも第三者を害する虞がないからである。これ占有 Gewere， saisine， seisinの公示カに充分の効力を認めた「ゲルマン」系統の法律において物権の種類を限定しなかった所以である。この考はその後人間が段段盛に動き廻わるようになって占有の公示カが薄弱となり，同時にこれを補う方法として登記制度が発明された後にもなお依然として存続した。しかして近世においてこの考を最も極端に発揮したものは「プロイセン」民法である。同法によれば占有または登記を伴う限りすべての使用収益権は物権として取扱われた（ALR.I tit.19）。

　　　　　今日においては，物権の内容如何を占有によって明確に公示することの出来ないのは勿論，登記簿を簡明ならしむる必要上これに登記し得る事項を制限する必要もまた存在するが故に物権の種類を無制限ならしむることは最早到底不可能である。故にドイツ民法，スイス民法等はすべて限定主義を採って居る。

　　　　　私は，現行民法の認めてる動産物権の種類が不動産物権のそれに比して少ない，すなわち動産の用益物権が現行民法において認められていない理由も，主として占有の公示力が登記ほど充分でなくしたがって間違を起し易い点に存するのだと説明したい。

第２　現行法の規定（第１７５条）

１　現行法上創設し得る物権は民法その他の法律において認められたものに限る。

　ここに「法律」とは憲法上の意義における法律を云う。したがって命令をもって別種の物権を認めることは出来ない。ただし憲法第８条に所謂「法律ニ代ワルべキ勅令」はこの限でないこと勿論である。

　慣習法はその内容が「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セザル」以上「法令ノ規定ニ依リテ認メタルモノ及ビ法令ニ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効力ヲ有ス」（法令２条）るものなるが故に，これまた物権創設の力を有するものと謂わねばならぬ。勿論民法施行法第３５条には「慣習上物種ト認メル権利ニシテ民法施行前ニ発生シタルモノト雖モ其施行ノ後ハ民法其他ノ法律ニ定ムルモノニ非ザレバ物権タル効力ヲ有セズ」とあり，また同第３６条には「民法ニ定メタル物権ハ民法施行前ニ発生シタルモノ雖モ其施行ノ日ヨリ民法ニ定メタル効力ヲ有ス」〔註２〕と定めてあるが，これは民法施行前古来の慣例に基いて成立した幾多の混乱した物権関係を一応整理統一することを目的としたものに過ぎぬ。活きた実際社会の需要に基いて自然と生れて来る慣習法を，法令第２条の範囲内においてすら，すべて将来に向って発生せざらしめんとするが如きは，たとい物権法の範囲内においても事実不可能でありまた法の活力，社会適応性と云うことから考えて有害である。現に吾国においても社会の需要と裁判折の判決とは各種の点につき特殊の物権的関係を慣習法的に成立せしめんとして居る〔註３〕。

　　〔註２〕　なお「民法施行前ヨリ占有又ハ準占有ヲ為ス者ニハ其ノ施行ノ日ヨリ民法ノ規定ヲ適用ス」と云ってる民施３８条も右３６条と同一主旨の規定に過ぎぬ。

　　〔註３〕　この意見は従来の通説に反する。

２　「物権ハ之ヲ創設メルコトヲ得ズ」とは次の二のことを意味する。

　イ　民法その他の法律に認めざる種類の物権は当事者任意の特約をもってこれを創設するを得ざること。

　ロ　たとい名称は民法その他の法律に認めたものと同一でもその内容が法律の定むる所と異なるものは当事者の任意をもって創設し得ざること（民施３６条参照）。

　当事者が法律と異なった定めを為した場合（例えば５０年以上の存続期間を有する永小作権を設定する旨の契約を為した場合）に，その定めのみを無効として法定の内容の権利を成立せしむべきかまたは契約全部を無効とすべきかについては，第２７８条，第３６０条等の如き明文ある場合もあるが何等の明文なき場合には当時者が物権をしてかかる特別の内容を有せしむることを契約の抜き差しならぬ重要な部分と考えたか否かを解釈して決すべきである。

第３　現行法の認むる物権の種類

１　現行の法律によって認められた物権は民法上の占有権，所有権，地上権，永小作権，地役権，入会権，留置権，先取特権，質権及び抵当権の１０種と，永代借地権法によって認められた永代借地権及び鉱業法によって認められた鉱業権とである。

２　以上法律によって認められた諸物権を学者は色々に分類する。その中重な分類を挙げる。

　イ　動産物権と不動産物権

　民法はドイツ民法や英米法におけるが如くこの２種に関する法律関係を充分に区分して規律しない。しかし事実両者の間多大の差異がある。したがって規定の上では混同して規定されては居るものの，２者は多数の点において事実上区別せられて居り動産物権または不動産物権の何れかにのみ適用せらるる規定が非常に多い。故に事実上の便宜から云えば２者を全然区分して規定した方が良かったと思う。

　ロ　所有権と制限物権　　　　　　　　　−

　先に「物種の内容」に関する部分（１７頁以下）で説明した通り，物権はその内容たる物上享益の態様並に範囲の如何によって，次の如く大別される。

　ａ　所有権　目的物が提供する一切の利益を享受し得る権利である。

　ｂ　用益物権　目的物についてある限られた範囲の使用収益を為し得る権利で，地上権，永小作権，地役権，入会権はこれに属する。

　ｃ　担保物権　債権の担保を目的とする権利で，その中更に，（１）債務の履行あるまで単に目的物を留保することを得しむるに過ぎぬ権利（留置権）及び（２）債務の任意弁済なきかまたは債権が他の多数の債権と競合して債務者の総財産がその全部を完済するに足らざる場合に目的物を金銭に代えこれをもって債権の満足に当て得る権利（先取特権，質権，抵当権）の２種を分つことが出来る。

　この中bｃはその内容たる物上享益の範囲所有権のそれに比して狭少なるが故に，学者一般にこれを称して制限物権 beschränkte dingliche Rechte と謂う〔註４〕。

　　〔註４〕　学者によっては制限物権の代りに他物権 ius in re aliena， Rechte an iremder Sache なる文字を使う人もあるが，場合により所有権者自己の物の上にもまた制限物権成立し得ること（１７９条１項ただし書）等を考えるとこの文字は正当でない。

　ハ　占有権

　占有権は，一定の権利は一定の外形を伴うを通例とすのことの事実あるを基礎とし，逆に一定の外形あるときは一まず仮りにその外形に相当する権利保護を与えんとする制度で，以上の分類の何れにも属せず，しかも同時に何れの権利―物権のみならず債権―とも関係のある特殊の権利である。

３　我物権法を通覧して感ずるのは民法が物権なりとして保護せる対物利益の範囲が余りに狭くて吾国実際の需要に適合せぬことである。入会，小作，借地，借家，売渡抵当，信託等の問題はすべてここから起る。吾物権法は物権関係の整頓に急にして当然保護すべき対物利益の保護を怠って居る。

　　　　第５節　物権の効力

第１　総説　　　　　　　　　　　　　　　４７頁

第２　優先的効力　　　　　　　　　　　　４９頁

第３　物権的請求権　　　　　　　　　　　５０頁

第１　総説

１　物権は直接物について利益を享受する権利である。所が一定の物の供する物的利益には自ら一定の限りがある。既に一人がその利益の全部を壟断せる以上，他人が更にその同一利益を享受することは不可能である。換言すれば，一物上に物権存するときは，事物の性質上当然にこれと相容れない第２の物権が同一物上に成立することを妨げる。これすなわち物権の排他力で学者の多く称して「後に発生する物権に対する優先的効力」と云うものである。

２　物権は物について直接利益を享受することを内容とするに反し債権は単に他人の行為を請求することを内容とするに過ぎぬ。したがってたといその請求の目的たる行為が物に関する場合でも，債権者は直接その物につき何等の享益的行為を為すことあたわず，僅かに債務者の行為を通じて間接にその物から利益を享け得るに過ぎぬ。故にかかる債権の存在はすこしも同一物上に物権の成立することを妨ぐるものでもない。学者これを称して「一般債権に優先する効力」と云う。

　この２の優先的効力を総称して物権の優先的効力もしくは優先権 Vorzugsrecht，droit de préférence と謂う。

３　なおついに物権は物について直接の利益享受を為すことを目的とするものなれば，もし他に妨害があって完全な利益享受を為すことあたわざるに至らしめたときは，物権者はこれによって当然，その完全な状態を快復するがため，妨害者に対して妨害を除去すべき行為を請求することが出来る。これすなわち学者の所謂物権的請求権 dinglicher Anspruch である。

４　これ等の効カはすべて物権の排他性から当然生まれる効果である。学者によってはこれを説明して物権の絶対権たることから生ずる効カだと謂う。しかし絶対性とは一般人に対し不可侵義務を負担せしむるの謂いで，これから生ずる効果は単に権利の侵害をして違法ならしむの一点に過ぎぬ（１９頁以下参照）。

第２　優先的効力

１　後に発生する物権に対する優先的効力（排他性）。

　物権は排他性を特質とする。同一物上に互に相矛盾すべき内容の物権が２個以上同時に成立することを許さぬ。既に一個成立せる以上第２のものを成立せしめんとするも無効である。物権の順位もまた同一の理由に基いて発生する。

　しかしこの点には二の大制限がある。

　イ　公示要件を充たさざる物権には完全な排他性がない（１７７条１７８条）。　

　ロ　先取特権相互間及びその他の物権に対する順位は，必ずしも発生時期の前後によらずして，法律をもって定まって居る（３２９条ないし３３１条，３３４条，３３９条等）。

２　一般債権に対する優先的効力

　物権は直接物について物的利益を享受する権利だからその物に関して発生した普通の債権に優先する。例えば不動産賃借権は登記しなければ（６０５条参照）後から同一物上に相妨ぐべき内容の物権を成立せしめることの妨げとならぬ。したがって債権の行使はたとい強制執行もしくは破産手続きの如き強制手段による場合でも物権に優先出来ぬ。破産法上破産財団中に存する特定の物につき所有権を有する者が取戻権 Aussonderungsrecht を有し（旧商１０１５条），抵当権，留置権，特別の先取特権等を有する者が別除権Absonderungsrehtを有するが如き（旧商９９７条），また民事訴訟法中第三者の執行異議の訴（５４９条），物上担保権者の優先弁済請求権（５６５条）の如きはすなわちこの原理の表われである。

第３　物権的請求権

　物権的請求権とはその物権本来の内容と現時の状態とが合致せぬ場合に，その現在不合致を生ぜしめつつある者に対し不合致の原因を排除するに必要な行為を請求する権利である。主としてドイツで発達した概念で，フランス学者は普通この種の効力を称して追求権droit de suite と云う〔註１〕。

　　〔註１〕　物権的請求権に関しては鳩山氏「所有権より生ずる物上請求権」法学志林２２巻２号４号，２３巻２号参照。

１　物権的請求権の存在

　物権は単に物について直接利益享受を為すことを正当ならしむる権利である。積極的に他人に対して行為を請求することはその当然の内容ではない。無論他人は濫りに物権を侵害してはならぬ。しかし物権そのものが常に初めから一般不特定人に対する不侵害請求権を包含するものと見るべきではない。物権が侵害せられてその結果現状とその本来の内容とが合致せざるに至ると，その所で初めて物権の効力としてこの不合致の除去を請求する権利が発生する訳である。したがって物権的請求権は物権に基きその効カを完全ならしむるために発生するけれども基本たる物権その物とは別個のものである。

　所が民法の解釈上かかる権利の独立存在を認めぬ学者がある。しかし物権が直接物について利益を享受することを正当とする権利であるならば，他人の行為によってその利益享受が妨害された以上，その防害除去を請求すベき権利の発生するのは事物の性質上当然でなければならぬ。これに加えて例えば民法が物権の一種たる占有権の効果として占有権の発生することを認め（１９７条以下），占有訴権に対して「本権ノ訴」なるものを認めたこと（２０２条）などから考えると，吾民法は広く一般物権につき物権的請求権を認めたものと謂って差支あるまい〔註２〕。

　　〔註２〕　現在吾学界の趨勢ではこれを認むるのが一般の傾向のように思われる。判例も大審４・１２・２民録２１輯１９６５頁において所有権に基く妨害除去請求権 Actio negatoria を認め，大審６・３・２３民１録２３輯５６０頁，同５・６・２３民１録２２輯１１６１頁において所有権返還請求権 rei vindicatio を認めまた近く大審９・５・１４民１録２６輯７０５頁は所有権に基く妨害予防請求権を認めた。判例がこれ等の権利を認めるための説明においてこれを独立の権利と云えるやまたは所有権の効力に過ぎぬと云えるかは大した問題にならぬ。

２　物権的請求権と基本物権との関係

　物権的請求権は基本物権とは全然別な権利だけれども，元々基本物権本来の内容を完全に発揮せしむることを目的としその範囲内においてのみ存在するものなれば，基本物権消滅するときは物権的請求権また消滅すべきは当然である。また基本物権存続せる場合に物権的請求権のみ独立して消滅時効にかかることはない。しからざれば物権にしてしかも物権的請求権を伴はざる事実上有名無実な物権を生ずることになるからである〔註３〕。これを称して物権的請求権の従属性と謂う。

　　〔註３〕　同旨大審４・１１・２４民３録２１輯１９０６頁，同５・６・２３民１録２２輯１１６１頁。ただしこの後の判例では物権的請求権をもって基本物権の一作用に過ぎぬからこれと独立して消滅時効にかかる筈がないと謂って居る。鳩山氏判例研究１巻８３頁参照。

　これに反していやしくも基本物権存在する限りはこれと独立して物権的請求権のみを他人に譲渡するを妨げぬ。しかしてその譲渡は一般債権譲渡の規定（４６６条以下）にしたがってこれを為す。しかし民法にはドイツ民法第９３１条のような特別な規定がないから，物権的請求権の譲渡は必ずしも当然に基本物権の譲渡にならぬ。しかし意思解釈上基本物権をも譲渡する意思あるものと解せねばならぬ場合がむしろ多かろうと思う。

３　物権的請求権は債権なりや。

　物権的請求権は物権本来の効カを完全にするため妨害を除去すべき行為を請求する権利である。して見ればなおこれをもって一種の債権なりと謂うべく，したがって債権に関する一般規定は原則としてすべてその適用あるものと解せねばならぬ。もっとも上記従属性の一点において一般債権と異なるが故に，例えば債権ではありながら消滅時効（１６７条１項）によって消滅することはない〔註４〕。

　　〔註４〕　註３に引いた鳩山氏参照。

４　物権的請求権の種類

　物権的請求権は妨害除去を目的とする権利である。故にその妨害事実の異なるにしたがい物権的請求権にもまた種類を生ずる。たとえば

　イ　返還請求権

　第三者が物権の目的物を占有せるがため物件が妨害されてる場合にはその占有を解いて返還すべきことを請求する権利が生まれる。占有回収の訴（２００条），所有物返還請求権 rei vindicatio はその例である〔註５〕。

　　〔註５〕　大審５・６・２３民１録２２輯１１６１頁はこの場合に関す。

　ロ　妨害排除請求権

　占有侵奪以外の方法で権利者の受益を妨ぐべき行為を為す者あれば，その妨害を除去すべき行為を請求する権利が発生する。占有保持の訴（１９８条），所有権による妨害除去請求権 actio negatoria 〔註６〕の如きその例である。

　　〔註６〕　大審３３・１０・３１民２録６輯９巻１１１頁既にこの請求権を認め，また近く大審４・１２・２民２録２１輯１９６５頁更に明瞭にこれを認めて居る。鳩山氏判例研究１巻９０頁参照。

　ハ　妨害予防請求権

　以上イ及びロはすべて現に妨害事実ある場合にこれを除去することを目的とする場合である。しからば単に妨害せらるる虞あるのみではこれを予防すべきことを請求する権利は発生せぬか。物権の効カを完全ならしむる点から云えば妨害の虞ある場合に予めこれを防止することは最も必要である。事実妨害の発生を待つにあらざれば物権的請求権発生せずとするのは迂遠な話である。無論妨害発生すべき見込確実ならざる場合に漫るにその予防を要求することを許すべきでない。ここにおいてか如何なる程度の危険あらば予防請求権を発生せしむべきかが問題になる。我民法は果してこの種の場合に物権的請求権の発生を認むるかが解釈上の問題となる。

　元来物権的請求権存在の目的は他人に妨害されずに物権の効用を完全に収めしむるに在る。しからば妨害の生ずベきこと確実なる場合に，事前にこれを防止することを許すのは最も完全に物権保護の目的を達する所以であるから特に明文をまたずといえどもこれを認めて差支えない。また民法が占有権について妨害予防請求権（占有保全の訴１９９条）を認めたことから考えると，その他の物権についてのみこれを認めざる理由はすこしも存在せぬように思う〔註７〕。

　　〔註７〕　大審院はかつて３１・３・２３民２録４輯３巻６３頁においてこの種の危害防止請求権を認めたが更に最近明瞭にこれを認むるに至ったことは特に注意を要する。９・５・１４民１録２６輯７０５頁。なお学説としては鳩山氏法協２９巻４号９９頁以下殊に１０８頁以下，川名氏法協２６巻１１号８３７頁以下，拙著債権各論１１０２頁これを認め，石坂氏「一般的不作為の訴」民法研究２巻４７８頁以下は反対である。

　ただ如何なる程度の危険あらば予防請求を許すかは大に問題である。畢竟は占有保全の訴の場合と同様「妨害セラルル虞アルトキ」（１９９条）と云う外あるまい。無論所謂「妨害セラルル虞アル」とは妨害せらるる虞あること確実にして法の保護を要する場合なることを意味する。濫りに虞ありと称して予防を許すべきではない〔註８〕。

　　〔註８〕　上記の大正９年の大審院判決は一旦既に現実の妨害行為ありしたがって今後なお引続き妨害せらるるの虜ある場合につき予防請求を認めて居る。結果においてドイツ民法第８６２条，第１００４条と同様な結論を認めたことになる。しかし民法の解釈としては上記の通り「妨害セラルル虞」ありや否やしたがって法の保護を与えるの必要ありや否やを標準として問題を決すべきである。判例は上記の判示事実をもってあたかもこの標準に該当すると解釈したものと考えたい。

５　物権的請求権の発生要件

　物権的請求権は物権本来の内容と現状とが合致せぬ，すなわち何らかの妨害によって完全に利益を享受出来ぬ，と云う事実あるによって発生する。その妨害事実の内容については上記４においてこれを述べた。殊に上記の意味において「妨害セラルル虞アル」こともまた妨害事実の一種と認め得べきことに注意ありたい。

　なお左記の諸事実は物権的請求権の発生には関係ない。

　イ　侵害が不法になされつつあること。不法行為の成立には侵害の不法を要件とする。これに反して物権的請求権の発生には必要ない。無論別に侵害を適法ならしむべき事情存するときは，妨害者は物権的請求者に対し妨害の適法なることを理由として，請求を拒絶する抗弁権を有するが，これは別問題である〔註９〕。

　　〔註９〕　例えば賃借物の所有者は賃貸借契約に基く債権的の返還請求権の外，物を賃借人に引渡した瞬間から当然に返還請求の物権的請求権を取得する。しかし賃借権継続する限り貸借人は返還を拒絶し得べき抗弁権を有する。

　ロ　妨害者に故意過失または責任能力あることは必要でない。不法行為上の賠償請求権と異なって，ただ単に物権をしてその本来の内容に相応せざる現状から本来の状態に復せしむることを目的とするに止まるからである。

６　物権的請求権の相手方

　物権的請求権は物権をしてその本来の状態に復らしむるため妨害除去の行為を請求する権利である。故に請求の相手方は常に現在その妨害を加えつつある者のみである。例えば妨害を初めた者は甲でも現在妨害しつつある者が乙なるときは，物権的請求権の相手方は乙である。甲に対しては不法行為上の賠償請求権存することあるべしといえども，物権的請求権の存すべき理由がない〔註１０〕〔註１１〕。

　　〔註１０〕　この点については大審６・３・２３民１録２３輯５６０頁，同９・７・１５民２録２６輯９７３頁を参照ありたい。なお問題となるは占有回収の訴に関する第２００条第２項におけると同じ理論をすべての物権的請求権にていても認めることが出来るや否やである。元来占有権は外形的事実を基礎としてこれに相当する一定の権利保護を与えることを目的とする制度である。故にその効力を余りに広く他人に及ぼさしむることはこの制度の精神に合致せぬ。これ本規定が善意の特定承継人に対しては占有回収の訴を対抗し得ざる旨を定めた所以である。それならばその他の物権に基く物権的請求権についてはその相手方をかくの如くに制限する理由は少しも存在しない。

　　〔註１１〕　これに反して契約上の債権的の返還請求権にあっては，現在既に契約の相手方が目的物を所持して居らずといえども，なおこれに対して返還請求を為し得べきこと勿論である。「恩給金受領ノ委任ヲ解除シタルニ因リ（中略）恩給証書ノ返還ヲ請求スベキ権利」は物権的請求権にあらずして契約上の債権的請求権なればとて右の原則を明言した大審９・１０・１２民１録２６輯１４６４頁参照。

　　　　第６節　物権の変動

第１項　総説　　　　　　　　　　　　　　　６２頁

第２項　法律行為による物権変動　　　　　　６４頁

第３項　物権の消滅　　　　　　　　　　　１０２頁

第４項　物権変動の第三者に対する効力　　１０９頁

　　　　　第１項　総説

１　物権変動の意義

　物権は色々に変動する。その変動を言い表すため，民法は設定・移転・得喪・変更・譲渡等の文字を使って居る（１７６条ないし１７８条）。設定とは一定の物につき制限物権を発生せしむるを云い，移転とは物権の主体が甲より乙に変るを云い，得喪とは物権の主体を基準としてその主体に物権の附着すること及び離脱することを云い，変更とは主体の変更以外においてその内容の変化することすなわち物体の増減・順位の変動等を云い，譲渡とは当事者の意思に基いて生ずる設定移転を云う。

２　物権変動の原因

　物権の変動を生ずるには各その原因たるべき事実がなければならぬ。これを総称して物権法上の法律要件と云う。

物権法上の法律要件はその種類が極めて多い。これを大別すると

　イ　法律行為

　ロ　その他のもの　目的物の滅失変更，混同（１７９条），時効（１６２条以下，１６６条以下），先占（２３９条），遺失物拾得（２４０条），埋蔵物発見（２４１条），附合・混和・加工（２４２条以下），公用徴収，没収等その種類極めて多い。

　以下にはまず（１）物権行為に関する一般原則を述べ（第２項），（２）次に物権消滅の原因たる事実中一般的のものを解説し（第３項），（３）終りにこれ等の諸原因によって発した物権変動を第三者に対抗するに必要な要件について説明する（第４項）。

　各種の物権に特有な原因については総論において述ぶべき限りでない。

　　　　　第２項　法律行為による物権変動

　　　　　　　　　　第１　序説　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　６３頁

　　　　　　　　　　第２　立法主義とその批評　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　６６頁

　　　　　　　　　　第３　物権変動が債権行為を前提として発生する場合におけるその行為と物権変動との関係　　７７頁

　　　　　　　　　　第４　独立して為される物権的法律行為の性質及び成立要件　　　　　　　　　　　　　　　　９２頁

第１　序説

１　物権は法律行為によって色々に変動する。或は設定せられ移転せられ消滅せしめられまた或は制限せらるる。これ等はすべて意思表示に基き法律行為の効力として発生する。

　吾々が，かくの如き物権変動を目的とする法律行為を為すには，或は過去においてその行為を為すべき債務を――法律行為または不法行為その他の原因によって――負担したるがためその履行としてこれを為すことあり，また或は――例えば消費貸借の場合の如く――相手方をして一定の債務を負担せしむるがためまずこれに給付を為し置くの意味においてこれを為すことあり，その外種々雑多な目的でこれを為すことがある。

　これ等の場合に，その各種の「目的」を別除して，直接物権変動を目的とする法律行為だけを抽象して見ると，その所にドイツ学者の所謂物権的法律行為ないし物権契約 Dingliches Rechtsgeschäft， Dinglicher Vertrag の概念が残る。それは直接物権変動を目的とする法律行為で，普通の債権発生を目的とする契約その他の法律行為とは全く別物である。かくの如き法律行為の存在は吾民法の上でもこれを考え得ること勿論である。

２　所が実際の世の中においては，例えば甲がその所有の特定物を乙に売却したような場合に，当時者の所謂「売却」とは独り所有権を移転すべき債務を負担することのみを意味するのか，それとも直接所有権を移転することを意味するのか，その意思を解釈決定する困難に関連して六かしい問題が起る。前者なりとすれば，後より更に直接物権の移転を目的とする法律行為を為すにあらざれば物権の移転を生ぜず，これに反し後者なりとすれば，物権は直にその「売却」によって移転しこれがため改めて別段の法律行為を為す必要がない。しかしてある人が物権を有するかまたは単なる債権者に過ぎざるかは，法律上極めて重要な差異を生ぜしむる原因になる。所が実際上この意思解釈は極めて困難であり多数の場合には事実ほとんど不可能に近い。故に立法者としては常に予めこの点の困難を解決すべき特別の方策を講じて置かねばならぬ。

　しからば吾民法はこの点を如何に取扱って居るか。物権的法律行為に関する諸問題を論ずる出発点としてまずこの問題を説明せねばならぬ。以下この点に関する吾民法の立場を明かにする助けとしてまず諸外国の立法例を説明しかつ批評しよう。

第２　立法主義とその批判　

　債権行為と独立して，単なる直接物権的変動のみを目的とする物権的法律行為の存在を認むる点においては，各国立法の間に大した差異がない。また現実贈与，現実売買等におけるが如く，物権的変動の生じたことが確実な場合に，同時にその観念上の前提として債権行為が存在するものと見るべぎや否やの疑問も――論理的構成上の興味は別問題として――実際上むしろ価値少き問題である。これに反して一定の行為ありたる場合に，これをもって単なる債権的行為と解すべきかまたは直に物権変動を生ぜしめたものと解すべきかは実際上困難にしてかつ価値多き問題である。

　この最後の問題を如何に扱うかについては，国によって立法の主義が分れて居る。その中主なるものはドイツフランス２国の主義である。

　イ　ドイツ法では，法律行為によって物権変動を生ぜしめるためには，必ずその変動を目的とする物権的合意 Einigung と引渡 Übergabe または登記Eintragung の如き公示方法との２要素から成立つ所の物権的法律行為を必要とする。故に一定の行為が債権行為たるに止まるやまたは物権的効力をも生ぜしむるやの問題を，単なる推測規定をもって解決するが如き中途半端な策をとることなく，更に１歩を進めて，いやしくも公示方法を伴った特別の行為なされざる限り，物権的変動は絶対に発生しないものと見て居る〔註１〕。

　　〔註１〕　ドイツ民８７３条以下，９２９条，１０３２条，１２０５条等参照。なおイギリス法も不動産については略同様の考にしたがってるものと見ることが出来る。

　ロ　フランス法においても物権行為が――観念上並に実際上――存在すること勿論である。しかし一定の行為が債権的効力を生ずるに止まるやまたは物権的効力までも生ぜしむるかの問題を取扱うに当っては，全くドイツ法と正反対の考え方を採用し，疑いある場合にはむしろ物権的効果をも発生せしむるの意思なりと解釈すべきことにして居る〔註２〕。

　　〔註２〕　フランス民７１１条，１１３８条，１５８３条等参照。故に例えば，特定物の売買にあっては，これと同時に所有権の留保その他特別の事情なき限り，所有権は直に買主に移転するものと見らるるのである。

　　　　　なおフランス民７１１条には所有権は「債権ノ効力ニ因リテ」par l’effet des obligatiors 取得移転せらるとある。吾国の学者の中にはこれを文字通りに解して，債権の効力として当然に物権変動を生ぜしむるものなりとなし，これを批評して不合理な制度だと主張する者が少くない。しかしながら仮りに債権の効力として当然に物権変動が生ずるとしてもそれは単なる考え方の問題に過ぎぬ。これを不合理なりと非灘すべき理由は少しもない。これに加えここに「債権ノ効カニ因リテ」と云うのは実は「債権行為ノ効カトシテ」の意なりと解するのがフランスにおける普通の解釈である。したがって単なる考え方や言葉の問題を離れて事柄を実質的に観察すれば，右の規定は一定の行為が単純なる債権行為たるに止まるかまたは物権的効カまでも発生ぜしむるかの重大な問題を取扱ったもので，反対の事情または反対の意思表示なき限り後者なりと解するの方針を執ったものだと見るのが当然である。

　以上の２主義を論評する前に，まず前提として一応の説明を与えねばならないのはローマ法主義である。充分発達した時代のローマ法によると，債権を発生せしむる行為と所有権を移転せしむる行為とは全く別物で，後者は必ず占有の移転――「引渡」traditio ――によって為さねばならなかった。これ一には何等かの有形的事実をもって象徴するにあらざれば，当事者相互間においてすら充分な法律的効力を確保することの出来なかつった古代法の特色を表わすものであろう。しかしながらまた同時に物権変動とその公示とを絶対不可分のものとなし，もって物権取引の安全を期せんとする考の表われとも見ることが出来る。所が実際の取引において常に必ず現実の引渡を要求することは不便にして到底その実行を期し難いので，後には漸次占有改定，簡易引渡等現実の引渡に代わるべき――しかも公示方法としてはほとんど有名無実に近い――便法が発明されるに至り，同時に世の中が復雑になるに連れて現実の引渡でさえも充分に物権関係の実状を公示するに足りなくなった。それにもかかわらず伝統のカは中世の末期に至るもなお形式上その勢力を維持して居た。その所で初めてこの有名無実な形式の愚なるを明にして断然これを廃棄すべきことを主張し，物権変動をいずれも当時者の単なる合意のみによって発生すべきことを説いたのは，Grotius，Puffendorf 以下の自然法学者である。しかしてこの考はフランス民法の制定前既に事実上各地方の慣習として広くフランスに行われて居たのであるが，これを成文の上に表わして確たる制度化たらしめたものは実にフランス民法である。この所でもまた当時者の意思に無上のカを認めんとする１８世紀の個人主義的思想が体現されたのである。

　契約当事者相互の内部関係だけで言えば，この新主義ほど都合のいいものはない。何故なれば今日においては既に法律的効力の確保を外形的象徴に求むる必要はほとんど無くなった。単なる口約束さえ事実上かなりの拘束力を有するに至った。それならば当事者内部の関係だけから云うと「引渡」の如き形式は全く不用になったと言って差支ない。

　所が，単なる当事者の合意のみで物権が移転されその他変動するとなれば，外部に在ってその事実を知るに由なき一般第三者は，安んじて物権の取引が出来なくなる。したがって意思に重きを置く新主義の成立は同時に，この主義と調和すべき――従来の「引渡」に代わる――新公示方法の発明を要求するに至った。

　しかして，動産についてはこの要求を充すベき適当の新公示方法が発明さるるに至らなかったけれども，不動産については公署の手を借りてその取引を公にせんとするドイツ在来の考えが再生したのだとも考えられる不動産登記制度が発明された。無論この点についてフランスとドイツとの考は大に違う。フランスにあっては飽くまでも意思主義に重きを置く。故にこの場合にも物権変動を生ぜしむるものは売買その他の法律行為それ自身で，ただその行為を公簿に謄記 transcription せざる限り，その物権変動をもって第三者に対抗するを得ず，とするのである。これに反してドイツは依然としてローマ法伝来の形式主義に忠実である。ただ「引渡」の公示カが――不動産については殊に――薄弱なるがため，これに代わるに登記をもってし，しかして登記は常に物権的合意 Einigung と結合して，債権行為より独立せる別個の物権契約を構成するものとする制度を採ったのである〔註３〕。しかしてフランスドイツ両法共に以上不動産物権に関すると同じ考をそれぞれ動産物権にも応用して居る〔註４〕。

　　 〔註３〕　フランスで初めて謄記制度を作ったのは革命第７年（１７９８年）の法律である。この制度は主として不動産抵当制度を確立することを目的としたもので，その骨子はすべて抵当の目的たり得べき権利・財産を移転する法律行為はこれを抵当管理局の公簿に謄記すべく，もしこれを怠るときはその行為をもって第三者に対抗することを得ずとするの点にある。

　　　　この制度は実際上大いに功績があったのであるが，民法制度の際には非常な議論の末遂にこれを採用するに至らなかった。この事は学者によって一般に非難されて居る。その後１８０７年の民事訴訟法（８３４条，８３５条）はある程度まで謄記を回復したけれども，不動産取引の不安は依然として甚だしかった。これ遂に１８５５年３月２３日の法律をもって強制的の謄記制度を復活樹立した所以である。

　　　　ドイツ法においても，従来の「引渡」が最早不動産取引の公示方法として不完全なものになったことは一般によって意識されたけれども，それを救うがためフランスにおけるが如く直ちに意思主義に赴こうとはせず，従来の根本思想はそのまま維持しつつ単に公示方法として「引渡」以外のもっと有効な方法をとることを考えた。それがためドイツ人は古来その国にあった物権取引を公署の手を借りて公示する方法を復活し，中にも１８７２年５月５日のプロイセン法はこの方法の中最も発達した制度と認むるべき登記制度を確立し，それが頓て他にも拡がって，遂にはドイツ民法の採用する所となったのである。

　　〔註４〕　フランスでは動産取引の安全を期するがため，同一物が二重に売却されたような場合には先きに目的物の占有を得た善意の買主が他の買主に優先すると云う―吾民法１７８条に相当すべき―第１１４１条及び吾民法１９２条に相当する第２２７９条の規定を設けて居る。これ等は何れも第三者の損害を防止するがため「動産に付いては占有は権原たるの効力を有す」En fait de meubles possession vaut titre なる原則を適用したもので，これがため物権の変動は当事者の合意―債権行為―のみによって発生すると謂うフランス民法の主義はすこしもその適用を妨げられてるのではない。

　　　　これに反しドイツでは動産についてさえ，物権変動は特別な物権行為をまって初めて発生する。しかしてその行為は常に占有移転なる公示方法と結合したものでなければならぬ，と云う―不動産の場合と全く同様の―考を採用した。

　これ要するに，ローマ法とフランス法とは，形式と意思と何れに重きを置くべきか，公衆と当事者と何れを厚く保護すべきか，の問題について両極端に立って居る。しかしてドイツ法は実に両者の中間に立ってむしろローマ法に近いものである。したがって物権変動の発生するためには，債権行為の外特にこれを目的とする別個の行為が必要だと定めて居る。私は今ここで時代の背景を無視してローマ法とフランス法との優劣を論ぜむと欲するものではない。しかしながら現行のフランスドイツ２主義を比較してその優劣を論ずることは可能でありまた学問上極めて大切だと思う。

　この問題は，２３の学者の主張するが如く，純理上その何れかが絶対に正当にして他は全く不合理なりと云うような具合に，論定せらるべき事柄ではない。論理上何れの主義も可能であり，価値判断の上から云っても二主義は各相当の存在理由を有する。故に問題は結局何れの主義がより適当なるかと云う利益較量の問題に帰着する。フランス法では債権行為の外別に行為をまたずして物権変動を生ずるを原則とし，ただ不動産に関する限り謄記がなければその変動をもって第三者に対抗出来ないこととして居る。その結果当事者相互間においては確かに発生した変動が対外関係において否定されるような変態を生ずるのである。しかしてかくの如き変態が徒らに複雑困難なる法律問題を惹起するに過ぎないことは，フランス法と同様の考に立脚する吾民法第１７７条に関する幾多の判例を研究した者の誰しも容易に気がつく事柄である。成程当事者内部の都合だけを言えば，債権行為の外別段の行為を要求されることは不便に違いない。しかしながらこれと，権利関係が内外に分裂するがために生ずる如上の不便とを較量して見るときは，吾人はむしろドイツ法の如く物権変動のためには特別な――公示方法と結合した――物権行為を要求することとし，もって権利関係が内外の差なく同一に決定されるようにする主義を採用したいのである。

　しかしながらこれもただ不動産についてだけである。もしも動産の占有に不動産登記と同じだけの公示カがあるならば異論ない。またもしも占有の移転を現実の引渡にのみ限って簡易の引渡や占有改定を認めないのならば，占有移転をもって動産公示の方法となし，これあるまでは，独り対外関係においてのみならず内部においても物権変動なきものとすること，また必ずしも差支あるまい。しかしながらもしも簡易の引渡や占有改定を禁止したならば世の中は到底不便でたまるまい。それかと謂ってこれを許しつつなおかつ占有移転をもって動産変動の公示方法なりとすることは，事実上全く公示カなきものに法律上公示カ的効力を与えんとするものである。故にドイツ民法が動産についてまで──不動産の場合と全く同じように──公示方法を伴った物権行為の完了あるまでは当事者相互の内部関係においても何等物権の変動を生ぜすとし，しかもその公示方法を現実の引渡のみに限らざることは，その主義の不徹底にして空理に偏したるを語るものである。その位ならば動産に関する限り，かくの如き特別の物権行為を要求せず，その変動は当事者の欲する所にしたがって直に発生するものとするがいい。しかして必要あらばその程度に応じて第三者を保護すべき別段の策を講ずるがいい。この点から考えると不動産については，常に必ず公示方法を伴った特別の行為を必要とするに反し，動産については全くこれを要求せずして単に第三者保護のため必要２３の規定を設けるに過ぎぬイギリス法は頗る要領を得て居るように思われる。ただ不動産の場合の公示方法がドイツにおけるが如く正確簡易ならざることはその根本的欠点である。

　これを要するに，問題の要点は（１）物権変動と公示とを絶対不可分とし権利関係をして内外同一たらしむるを適当とすべきか，及び，（２）この不可分関係を要求することが事実上不可能──もしくは少くとも不適当──なる場合になおかつ別段の物権行為を要求する必要ありや，の二点に帰着するのである。しかるに従来多数の学者が公示の問題と離れて物権行為の問題を論ずるのは問題の真髄を解せずして徒に論理を弄ぶものだと謂わねばならぬ。

第３　物権変動が債権行為を前提として発生する場合におけるその行為と物権変動との関係

１　物権変動発生するがためには常に必ず特にこれのみを目的とする特別の行為あることを要するか。

　何等の債権行為を前提とせずして，直接物権の変動のみを目的とする法律行為が吾民法の上にも存在することは無論疑ない。或は手附（５５７条）のためとか，或は消費貸借（５８７条）締結のためとか，また或は不法行為（７０９条）による賠償義務を履行するがために金銭の所有権を移転する場合の如きはすなわちそれである。これ等の場合にはすべて直接所有権の移転を目的とする法律行為が，手附のためその他それぞれの原因のためになされたので，何等債務的法律行為を前提して居らぬ。したがってこれ等の場合に物権変動が発生するためには債権行為の外特にこれを目的とする別個の行為の存在を要するや否やの問題は無論起らない。

　これに反して次の諸場合にはすべてまず債権行為があって──または少くともこれあるが如き外観を呈して──しかる上で物権の変動が発生するのだから，その物権変動の発生と前提たる債権行為との関係如何について問題が起る。

　イ　当事者が単に債権発生のみを欲し，物権変動のためには更に第二の行為をなすの意思あること明白なる場合

　この場合には，その行為だけで直接物権の変動を生ぜしめ得ざること勿論である。かかる効果が当事者これを欲せず特別の法規また存せざるに当然発生することは全然不可能だからである。したがってこの場合には物権変動のため更に第２の特別の行為を要すること勿論である〔註５〕。

　　〔註５〕　例えば金もし千円にて米百俵を売却する旨の契約成立るも，その代金並に米は何れも現在なお不特定物なるが故に，その所有権がこの売買契約によって直ちに相手方に移転する訳がない。それがためには別にこれを目的とする法律行為を要する。

　ロ　当事者が一個の行為をもって債権的効果の外直接物権変動の発生をも欲するの意思あること明白なる場合

　当事者は債権的効力を欲する法律行為において同時に物権変動の発生までも欲することがあり得る。この場合にはその意思の全部に効力を認むべきは当然である。ドイツ民法の如く公示主義を極端まで強調する法律にあっては，物権変動の行為は同時に公示方法であるから，債権発生を欲する行為において同時に物権変動をも欲しもって特別の物権行為を省略することは許し難い。しかし吾民法では登記や引渡は対抗要件たるに過ぎずして（１７７条，１７８条）物権行為その物の構成分子ではない。したがって別段の意思表示によって特別の物権行為を省略することを妨げぬ。この場合には一個の行為から債権的及び物権的の効力を生ずるものと見ねばならぬ。一個の行為にしてかかる二重の効カを生ずるものあることを認むるは不合理なりとの論を為す者もあるが，かくの如きは素より顧みるに足らぬ〔註６〕。

　　〔註６〕　例えば次の場合は明かにこの場合に属する。

　　　　１　特定物を売買するに当りその成立と共に所有権もまた直に買主に移転すべき旨の意思が表示されたるとき

　　　　２　不特定物または将来成立すべき物を売買する場合でも同時に，「若しも将来其物が特定又は成立したならば其瞬間において当然所有権が買主に移転すべき旨」を定めたとき。この場合には特定または成立の後改めて所有権移転の行為を繰返す必要がない。

　　　　３　「代理権ヲ伴ハザル委任」によって第三者より物を買入るることを他人に委任した場合に，受任者が第三者とその売買を締結する前に予め，委任者に対して第三者から買受けた物の所有権は直ちに委任者に移転するベき旨の「物権的意思表示ヲ為シタルトキハ委任者ハ受任者ガ第三者ヨリ所有権ヲ取得スルト同時ニ其物ノ所有権ヲ取得ス」（大審４・１０・１６民３録２１輯１７０５頁）べく，更に第二の物権行為を繰返す必要ない。

　ハ　当事者が債権的効力を欲する如き外観を呈するも実は直接物権変動のみを欲する場合

　法律が本来債権行為として規定せる行為をなすに際し同時にその履行に相当すべき行為をなすことがある。例えば現実贈与，現実贈与，現実売買の如し。しかし一概に現実贈与，現実売買と云ってもその中には次の２場合がある。

　１　全然債権的効力を欲せずして，或は贈与原因をもって直接物権変動を欲する行為をなし，或は互に対価関係において結合せる二個の物権変動を直接発生せしむべき行為をなす場合　民法上この種の行為の有数なること疑いを容れぬ〔註７〕。

　　〔註７〕　しかしこの場合といえども民法中贈与，売買等に関する諸規定は，特に債権的効カに関するものの外，すべてそのまま適用される。現に大審８・７・５民３録２５輯１２５８頁以下は現実売買は「固ヨリ売買ノ一種ニシテ民法第５６０条以下二親定セル他人ノ権利ノ売買二関スル法規ノ適用ヲ除外スルモノニ非ズ」と謂って居る。

　２　外観上前の場合と区別し得ざるが如きも，実は債権的効力をも欲する場合

この２の場合は厳格に区別されねばならぬ。前の場合には特種の原因と結合した物権行為あるに過ぎず，したがってここに云うハの分類中に入るに反し，後の場合には一個の行為をもって同時に債権的効力及びその履行のためにする物権変動の発生を欲する，したがってむしろ上記ロの分類中に入るべき場合である〔註８〕。

　　〔註８〕　学者によっては現実贈与や現実売買につきこの後の場合の存在することを否定し，これを認むるをもって当事者の意思を無視した形式論理的解釈だとする者がある。

　　　　しかし私の考ではそれこかえって当事者の意思を無視した表面的な解釈だと思う。何となれば例えば特定物の現実売買をなす際に当事者はその特定物の所有権と代金とを対価的に移転することを欲すると同時にもしその物が不完全ならば他の完全な物をもってこれに代うべきことを欲することは決して不可能ではない。しかしてかかる場合には物権的効力と同時に実は債権的効力をも欲するものと見ねばならぬ。

　　　　ただ実際の各場合につき以上何れの場合が存在するかを判定するのは意思解釈の問題で必ずしも容易でない。しかし（1）特定物の現実贈与に在っては第１の場合が普通であろう。何となればこの場合には贈与物に瑕疵があっても当事者これを追完するの意思なきを通例とするから。（2）これに反し現実売買に在っては有償行為をなす場合の通常の例として追完の意思あるを通例とするから第２の場合になるのが普通と思う。勿論何れの契約に在っても反対の場合を生ずることは理論上不可能だと云うのではない。ただ意思解釈の問題である。この間題について拙著債権各論３０１頁以下，３４９頁以下の説明には多少不完全な点があると思う。

　ニ　当事者が債権的効カを欲すること明なれど同時に物権的変動をも欲するや否や明白ならざる場合

　実際の取引上この場合が最も多い。例えば，世の中普通の取引では，簡短に「物を売る」とか「物をやる」とか謂うに過ぎぬ。その場合における当事者の意思を解釈して単に債権的効力のみを欲するのかまたは直にその所有権を買主の所有に帰せしむることを欲するのか，を決するのは中々容易でない。この困難を救うがため，ドイツ民法はかかる場合に物権的効力までが直に発生することは絶対にあり得ないこととした。これに反しフランス民法は反対の事情ないし意思表示なき限り物権的効果もまた同時に発生することとしたのである。

　しからば吾民法はこの点に関して如何なる規定を設けて居るか。私はこの点について，吾民法はフランス民法と同じ考を採ったもので第１７６条が「物権ノ設定及ビ移転ハ当事者ノ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生ズ」と言って居るのはすなわちその考を言い表わしたものだと解したいのである。

本条は元来次の２の事項を言い表わしたものと解せねばならぬ。

　１　吾民法上意思表示による物権変動はその意思表示あるのみによって発生し，ドイツ民法におけるが如く登記ないし引渡をまって初めて発生するものではない〔註９〕〔註１０〕〔註１１〕。

　　〔註９〕　大審６・１０・２２民２録２３輯１６７５頁。

　　〔註１０〕　これに反し鉱業権の変動はこれを鉱業原簿に登録するにあらざれば第三者に対する関係においてのみならず当事者間においてもまた何等の効力も生じない（鉱業法１９条，２０条）。この点は普通の物権の場合と全く規定を異にして居る。

　　〔註１１〕　普通の物権の場合でも，当事者は特約をもって，物権変動の発生を──当事者相互の内部関係においてすら──登記完了の時まで停止することを得る。大審３７・１０・２８民２録１０輯１３０９頁，大審７・９・１１民３録２４輯１６７５頁。

　２　当事者が意思表示の際──これによって直に物権変動までをも生ぜしむる積りなりやまたは物権変動のためには別に特別の行為を必要とするやは不明だが少くとも──結局において物権変動を発生せしむることが動機となって法律行為がなされてるならば──特に反対が認められざる限り──これによって直に物権変動までをも発生せしむるの意思あるものと解する。

　本条がかかる意味をも包含するものと解すべきは，沿革から見てもまた事物の性質から云っても当然である。既に上述したるが如く，ローマ法やドイツ民法の如く形式主義をとる法律にあっては物権変動発生のため常にこれを目的とする特別の──公示方法と結合した──法律行為を必要とする。これに反しフランス民法の如く意思主義を採る法律にあっては，公示方法の完了をもって物権変動発生の要件として居ない。したがって特に物権変動のみを目的とする別個の法律行為を必要としない。すなわちかく如く場合に特別の物権行為を要するものと解すべきや否やは，法律が物権変動発生のため特別の公示方法を必要として居るや否やと離るべからざる事柄である。何故なれば，意思主義は形式主義に対する反動として生まれた主義であり，また実際上公示を物権発動の要件とせぬ位ならば特別の物権行為を要求する必要は少しもないからである。無論空に理窟を考えれば，物権変動のため公示方法は要らぬ，しかしこれを目的とする特別の法律行為だけは必要だ，と云うような立法も決して不能ではない。しかしながら私は吾民法がかかる沿革と飛び離れたしかも理窟のみに捉われて実際の便宜を忘れた迂遠な立法を試みたものとはどうしても解することが出来ないのである〔註１２〕。

　大審院は，民法施行前既に，フランス民法流の解釈を採って居た〔註１３〕。民法施行後も同じ考えを維持して今日に及んでる〔註１４〕。けだし当然のことと云はねばならぬ。

　　〔註１２〕　反対説として１７６条に所謂「意思表示」とは物権的意思表示を意味するのだと解する学者が少くない。

　　　　　しかしかくの如きは必要なしに吾民法をドイツ民法流に解せむとする誤の致す所である。

　　〔註１３〕　大審２８・１１・７民１録４巻２８頁，大審３０・６・７民２録３輯６巻２５頁等。

　　〔註１４〕　大審２・１０・２５民１録１９輯８５７頁，大審６・１２・２７民２録２３輯２２６２頁，大審８・７・５民３録２５輯１２６５頁に掲げた議論等。

　　　　なお大審院はこの理論の適用として左の如き判例を認めて居る。

　　　　１　特定不動産の売買予約においては「相手方ガ予約者ニ対シテ売買ヲ完結スル意思ヲ表示スルノミ二因リ直ニ売買ハ効力ヲ生ジ該不動産ノ所有権ハ当然相手方ニ移転ス」（７・９・１６民２録２４輯１６９９頁，７・２・２８民２録２４輯３０７頁）。同じ主旨は既に４４・１２・１６民１録１７輯８１９頁においても認められて居る。

　　　　２　また第三者所有の特定物を自己のものなりと誤信して他人に売却する旨の契約をなした場合に「買主ガ後日其物ノ所有権ヲ取得スルニ至リタルトキハ当事者ニ於テ更ニ何等ノ意思表示ヲ為スコトヲ要セズ其物ハ当然直ニ買主ノ所有ニ帰スルモノトス」（大審８・７・５民３録２５輯１２５８頁）。

　以上を通じて考えて見ると，イ及びロの場合には事態明瞭にして多く問題を生ぜぬ。これに反しハ及びニの場合には何れも困難な問題が起る。しかし前者の困難は発生すること明白なる物権的効力の外に債権的効力もまた発生するものと見るべきや否やの点に存するに反し，後者の困難は発生すること明白のる債権的効力の外に物権約効力もまた発生するものと見るべきや否やの点に存する。二の場合はこの点において互に裏腹を成して居る。

２　債権的効力と物権的効力とが同一の行為によって生じた場合には２つの効力は互に如何なる関係に立つか。

　以上ロハ及びニの場合には同一の行為から債権的及び物権的の効力が発生する。その所でこの二の効力は如何なる程度まで互に同じ運命に服するものかを考えて見る必要がある。

　この点は次の如く二に分けて考うべきである。

　イ　一旦発生してしまった以上は二の効力は全く別なものだから，その一方が如何なる運命に陥ろうとも，これがため当然他方が影響を受ける訳がない〔註１５〕。

　　〔註１５〕　例えば第三者に属する物を自己の物なりと誤信して他人に売却した場合にもし売主がその物を第三者から取得して買主に移転することが出来なければ，物権的効力の方は結局発生し得ずに終る。上記註１４に引用した大審８・７・５民３録２５輯１２５８頁参照。しかしながらこれがため債権的効力までが当然に効力を失うのではなく，第５６２条1項の規定によって初めてその結末がつくのである。

　かくの如く一旦発生した以上二の効力は互に全く独立なものであるが，しかも二者の間には互に原因たりその履行たる相関々係がある。したがって物権的効力が実際に発生すれば，債権はその範囲においてだけ既に履行を受けたことになるので，それ以上はただ登記や目的物の引渡をしさえすればいいことになるのである。

　ロ　かくの如く一旦発生した以上二の効力は全く別なものだけれども，二者はなお同じ一個の法津行為を原因とするが故に，その法律行為それ自身について何等かの事故が起れば，その影響は当然二者双方に及ぶものと見ねばならぬ。ただし当事者予め別段の定めをなし置きたる場合はこの限でない。したがって

　１　法律行為が無効なるかまたは取消されたときは二の効力共にその影響を受くベきである〔註１６〕。

　　〔註１６〕　大阪控６・１・２３法律新聞１２２７号は「売買契約ガ要素ニ錯誤アルガ為メ無数ナルトキハ之ト一体ヲ為セル物権契約モ亦当然無効ニシテ所有権移転ノ効果ヲ生ゼズ」と云って居る。

　２　また例えば債権的並に物権的の効力を同時に発生せしめた「売買契約ヲ解除シタルトキハ──その効果として独り債権の消滅を来すのみならず──所有権ハ当然買主ニ帰スルモノト解ス」べきである〔註１７〕。何故ならば，解除は二の効力の根底たる契約その物をして初めよりなかりしと同一の効果を発生せしむるものだからである〔註１８〕。

　　〔註１７〕　大審６・１２・２７民２録２３輯２２６２頁，同８・４・７民２録２５輯５５８頁（贈与契約の解除），同８・５・１３民１録２５輯７７０頁（特定物売買の解除），同１０・５・１７民１録２７輯９２９頁（特定物売買の解除）。

　　〔註１８〕　この場合に物権的効力のみは消滅せぬと主張するためには何等か特別の規定がなければならぬ。無論５４０条以下の諸規定は契約が債権契約たる点にのみ着眼して規定してるけれども，いやしくも契約が解除された以上それを原因として発生した効力は──債権的なると物権的なるとに関係なく──すべて同様に消滅するのが本則でなければならぬ。契約解除の効果は独り債権的効力のみを消滅せしめ物権的効果に及ばずと云うが如き議論は債権行為と物権行為とを絶対に区分するドイツ民法の下においてのみ云い得べきことである。ドイツ民法では一行為をもって同時に債権的並に物権的効力を発生せしむるようなことを認めないのだから，彼我の議論は全く別でなければならぬ。この点において私が旧著債権各論において論じた所は，我国多数の学者と同じくドイツ法流に傾き過ぎて居たと思う。

　なおこれ等の場合に，物権的効力もまた同時に消滅するのだとすれば，既に引渡を了した物の返還を求めまたは登記の抹消を求めるのは，当然旧主に復帰した物権に基く物権的請求権である。しかしこの場合にもなお不当利得に関する諸規定（７０３条以下）は当然適用あるものと解せねばならぬ〔註１９〕。

　　〔註１９〕　私は従来多数の学者と同様に，原因行為が効力を有せずまたは失いたるにかかわらず，履行行為のみが──無因なるがために──依然として効力を持続する場合に，無原因を理由としてその履行の目的物を取戻さしむるのが不当利得の特色だと説いた。したがって本文に説明したような場合は物権的請求権による取戻にして不当利得の規定はこれに適用せらるべきではないと説いた。

　　　　しかしながらこの説も一個の法律行為をもって債権的効力と物権的効力とを発生せしむるが如きことを認めざるドイツ民法の下においてのみ主張せらるべき議論である。二の効力を同一の行為によって発生せしめ得ることを認むる吾民法の解釈として，本文の如き場合をただの物権的請求権の行使なりとし，全然不当利得の適用を受けないものとするのは余りに形式的な議論である。私は債物二の効力を同一の行為によって発生せしめることを認めるような法律の下では，その行為の無効が発見せられ，消滅または解除されたような場合に，既に給付された特定物を取戻すのは，実質上物権的請求権の行使ではあるがなおかつ不当利得の一場合としてすべてその規定の適用を受くべきであると解する。これが吾民法の解釈として具体的論理の要求する所である。

第４　独立して為される物権的法律行為の性質及び成立要件

１　性質

　以上第３に説明した所は債権的効力と物権的効力とが同一行為によって発生する場合である。これと異なって物権行為が何等債権行為の前提なくまたこれありとしても全く別な行為として独立に為される場合については更にまた特別の研究を必要とする。

　イ　この種の物権行為は原則として契約である。しかし抛棄は単独行為である（１０６頁参照）。また民法上遺贈は単独行為でありしかもその中単に直接物権的効力を発生せしむることだけを目的とする場合がある。

　これに加え契約たる場合においても，ドイツ民法におけるが如く，その内容は常に必ずしもー方的なるにあらずして，当事者互に同一の行為により対価的に所有権を移転し合うこともあり得る。例えばすこしも債権約効力を伴はない現実売買（８１頁の1に説明した場合）の場合の如し。

　ロ　無方式なるを原則とする。登記や引渡は単純な対抗要件で（１７７条，１７８条），物権行為の方式ではない。ただし遺贈の場合には遺言の方式（１０６０条以下参照）を要すること勿論である。

　ハ　諾成行為なるを原則とする。ただし質契約はこの限でない（３４４条）。

　ニ　物権行為は常に色々な原因Causaと結合して存在する。或は現実贈与におけるが如く贈与原因（causa donandi）と結合して存在することもあり（８８１頁の１の説明参照），或は既存債務の履行として（causa solvendi）これを為すことがあり，また或は相手方々して新に債務を負担せしめるために（causa credendi）これを為すことがある。

　かくの如く物権行為は実際上色々な原因と結合して存在するにかかわらず，法律上の取扱においてはこれを全然その原因から抽象し，原因の如何とは全く無関係にその効力を決すべきや否やについては大に疑いを容れる余地がある。もしも吾民法上の物権行為がドイツ民法上のそれと同じく，常に──如何なる原因と結合して表われる場合でも──　一定の公示方法と結合し一定の形式をもって表われねばならぬこと，あたかも手形行為が各種の原因と結合するにかかわらず常に同一方式をもって表われるのと同じであるならば，彼におけると同じく正に無因行為abstraktes Rechtsgeschäftとして取扱わるべきである。かくすれば物権行為の効力如何は原因関係と全く離れて決せられ，したがって通例外部から原因関係を知ることの出来る一般第三者が，当事者内部の事柄に過ぎない原因関係のために影響を受けることがなくなって，一般第三者にとっては頗る都合がよくなり，したがって物権取引の信用が増大する。しかし一般第三者にとって都合がいいと云うことは，その反面において当然当事者にとっては都合が悪いと謂うことを伴うのである。故に問題は結局何れの都合に重きを置くべきかと云う利益較量によって定まるものと見ねばならぬ。したがってもしも吾民法が，物権行為をして常に一定の公示方法を伴はしむる等この点について第三者の都合に重きを置くこと，ドイツ民法におけると同じならば，吾民法上の物権行為もまた無因なりと解するが至当であろう。しかしながら既に上述したるが如く吾民法上物権変動は各種の債権行為と結合して発生するを得るのみならず，特別な物権行為によって発生する場合においても一定の公示方法と結合することは少しも要求されて居らぬ。万事が当事者の都合のみを考えて組立てられて居る。故に当該の問題についてだけ，急に飛離れて無因説を採らんとするは民法全体の上から見て権衡を失した議論と謂わねばならぬ〔註２０〕〔註２１〕。

　　〔註２０〕　この点は従来私の説いた所（債権各論９４３頁以下参照）と全く反対である。

　　　　１　これ一つは物権行為とその公示方法と及び物権行為が無因行為たることとの間には事物の性質上離るべからざる関係のあるものなることを忘れて居た結果である。しかしながら上述の如く吾民法は物権行為とその公示方法とをもって不可分のものとして居ない。一般第三者の利益はこの点において大体顧られて居ない。故に特別の明文なき限り物権行為をもって無因なりとする根拠は全くないと云わねばならぬ。

　　　　２　次にまた目的的に云えば，ドイツ民法上の不当利得論をそのまま借りて吾民法の不当利得を説明せむとしたことが，私の旧説を生んだ所以である。しかしながら吾民法上の不当利得が必ずしもドイツのそれと同じに説明されねばならぬ筈はない。しかして既に上述した通り（９１頁参照）原因の無効ないし取消が当然物権変動をも失効せしむる場合でも吾民法上はなおこれを不当利得の一場面として取扱わねばならぬ。私は今や吾民法上の不当利得をかく解するが故に，安じて旧説を抛棄するのである。

　　　　私の旧説は大体石坂博士を初めドイツ法学の流を酌んだ諸先輩の考に影響されて出来て居た。したがって石坂博士（法学新報２１巻３号１９頁，改纂民法研究上３３９頁）などによって主張されて居た相対的無因説──物権行為は無因なるを原則とするが当事者の意思表示をもって有因たらしめ得るとする説──にも賛意を表した。しかしながらこの説は全く無意味である。何故ならば，一定の行為を無因とするのはその行為の一般第三者の間における信用を増大せむがためである。しかるに原則として無因なるものが，当事者の都合で密かに有因たらしめられるようなことがあるとすれば，どうして物権行為の信用を維持出来よう。故に無因主義を採る以上は絶対的無因主義でなければならぬ。相対的無因説は全く問題の真髄を忘れた説である。

　　〔註２１〕　この点に関する従来の判例を観察するに，下級裁判所中にはややもすれば無因説を採らんとするもがないでもない。その模範的なものは大阪地５・５・１２法律新聞１１４８号であり，また大阪控６・１・２３法律新聞１２２７号が一個の行為から同時に債物二様の効力を生ずる場合には行為中その物権的効力を生ずる部分のみを引き離して「独立シタル無因行為」と云い難いと云って居るのは（〔註２２〕の末段参照）その半面においてもしも物権的効力が独立別個の行為によって発生するのならばその行為は無因と見るべきだと云う考を抱懐せるものを見ねばならぬ。

　　　　これに反して大審院判例中には幸い無因説の影響を受けたものが一もない。現行民法の解釈としてはけだし当然のことと謂わねばならぬ。

　以上の如く吾民法上独立に為された物権行為を無因行為なりと解すべき根拠は少しもない。しかしながらこの事と原因行為たる債権行為のよって生じた債務の履行として為された物権行為の効力に対して当然影響を及ぼすべきや否やの問題とは全く別問題である。しかしてこの後問題は当事者の反対意思表示なき限りこれを消極に解せねばならぬ。何となれば，別個の行為をもって為された以上一の行為の有効無効が当然他の行為の効力を左右する訳がないからである〔註２２〕。

　　〔註２２〕　この点は先きに私が，債権的効力と物権的効力とが同一の行為よって生じた場合にはその行為それ自身に関する事故は当然債物双方の効力に影響を及ぼすべきだ（８９頁以下）と主張したことと照応するので，この問題と有因無因の問題とは全然区別して取扱われねばならぬ。何故ならば前者は行為それ自身について無効取消等の故障がある問題に，それが債物二様の効力に通じて影響を及ぼすべきや否やに関するに反し，有因無因か問題は仮令債物二様の効力が二個の独立した行為から生じしたがって一の行為について存する故障は他方については全く存在しないような場合でもなお起り得る，すなわちこの場合でももしも物権行為が有因ならば債権行為の無効は債権の不発生となりしたがって物権行為の無効を伴わねばならぬことになるからである。

　　　　この点において大阪控６・１・２３法律新聞１２２７号が「特定物ノ売買ニ於テハ債権契約タル売買ノ意思表示ト物権契約タル所有権移転ノ意思表示ト相俟テ一個ノ契約ヲ組織スルモノト認ムルヲ以テ当事者ノ意思ニ適スベキガ故ニ此場合ニ物権契約ハ独立シタル無因行為ニアラザルヲ以テ売買契約ガ要素ニ錯誤アルガ為メ無効ナルトキハ之ト一体ヲ為セル物権契約モ亦当然無効ニシテ所有権移転ノ効力を生セズ」と云っているのは，結果は別として全然如上の問題を混同せるものと云わねばならね。この種の誤りは吾国の無因行為論にはむしろ普通である。

２　成立要件

　物権行為は法律行為である。また遺贈及び抛棄の場合を除く外契約である。したがって意思表示，法律行為，契約に関する一般理論の適用を受くべきこと勿論である。

　しかしその外物権行為のみに特別な成立要件がある。これを更に次の如く大別出きる。

　イ　各種の物権行為に特別な要件

　質権設定には質物の引渡を要し，遺贈には法定の方式を要する等。これ等は各種の物権行為の説明に譲る。

　ロ　すべての物権行為に通じる要件

　物権行為の成立要件についても原則として意思表示，法律行為，契約等に関する通則の適用あること上述の通りで別に説明を要することもない。しかし目的物に関してのみ特に左記の注意を要する。

　１　物権行為の目的たる物権は行為者に属することを要す。債権行為におけると異なって（５６０条参照）他人に属する物を処分することを得ぬ。もっとも将来取得または発生すべき物につき予め処分をして置くのは素より差支ない。この場合には行為は事実その取得または発生のありたるときに至って効力を生ずる〔註２３〕。

　２　行為者が処分の権限を有することを要する。例えば自己の所有物でも現に他人によって差押えられてるものは処分出来ぬ。

　３　目的物は特定せることを要する。ただし将来特定すべき場合を予期して処分し置くを妨げぬ。この場合にはその後目的物が特定すると同時に行為の効力として当然に物権変動を生じる。更に改めて第２の物権行為をなすことを要するのではない。

　　〔註２３〕　８７頁註１４に引いた大審８・７・５民３録２５輯１２５８頁参照。

　　　　　第３項　物権の消滅

第１　意義

　物権の消滅とは一定の物権が絶対に存在せざるに至るを謂う。物権が一人より他人に移転する場合にはその人々につきてこれを見れば権利の得喪がある。しかし物権の消滅はない。

第２　消滅原因

　各種の物権に特有な消滅原因とすべてに共通な消滅原因とがある。前者はこれを各種の物権に関する説明に譲り，以下には共通なものにつてのみ説明する。

　その共通なものの中重なるものは（１）目的物の消滅，（２）混同，（３）抛棄，（４）消滅時効，（５）公用徴収，（６）没収等である。

１　目的物の消滅

　物権は目的物の消滅によって消滅するを原則とする。ただし目的物が消滅した場合に経済上これに代わるべき代位物あるときは，それを目的物としてそのまま物権を存続せしむる場合がある（３０４条，３５０条，３７２条参照）。これを称して物上代位と謂う。物それ自身を目的とすと謂わむよりはむしろその金銭的価値を目的とするものと認むべき担保物権の特質上当然に生じる現象である（１８頁参照）。

２　混同

　広く混同とはすべて両立せしむるの価値なき二個の資格が一人に帰するを云い，その中に債権の混同（５２０条）及び物権の混同（１７９条）を含む。

　イ　物権の混同は次の二の場合に生じる。

　１　所有権と制限物権との混同「同一物ニ付キ所有権及ビ他ノ物権ガ同一人ニ帰シタルトキハ其物権ハ消滅ス」（１７９条１項本文）。例えば所有者が地上権者を相続すれば地上権は消滅する。

　２　二個の制限物権の混同「所有権以外ノ物権及ビ之ヲ目的トスル他ノ権利ガ同一人ニ帰シタルトハ其権利ハ消滅ス」（１７９条２項本文）。例えば地上権を目的とする抵当権（３６９条２項）が地上権者によって取得されると抵当権は消滅する。

　ロ　以上の二場合に物権を消滅せしむるのは倫理上必然の結果ではない。存続せしむる価値がないからである。故に特に両立せしむる価値ある場合には混同を生ぜぬ。この理由により

　１　混同の理論は「占有権ニハ之ヲ適用セズ」（１７９条３項）。占有権の特質上当然の結果である〔註１〕。

　　〔註１〕　混同の法理は所有権と鉱業権とが同一人に帰した場合に適用がない（鉱業法１５条ただし書）これは鉱業権の特質から出る当然の結果である（２６頁以下参照）。

　２　混同によって併合する物権が「第三者ノ権利ノ目的タルトキ」は混同を生ぜぬ（１７９条１項ただし書，１７９条２項）〔註２〕〔註３〕。

　　〔註２〕　例えば他人のために自己の不動産を抵当に供した人が相続によって抵当権を取得した場合に──本来ならばその抵当権は混同によって消滅する訳だが──もしも同一の不動産上に第三者が二番抵当権を持てるならば，一番抵当権は混同によって消滅せぬ。したがって二番抵当権に優先してその権利を行うことが出来る。

　　　　なお大審９・９・８民３録２６輯１３１２頁は申が乙の所有地止に──明治３３年法律７２号によって地上権の推定を受くべき──土地使用権を有する場合に甲が更にその土地を買戻権つきで乙から買い受けたならば右土地使用権は混同によって消滅すると謂って居る。しかしてその消滅する理由を説明して，乙はその売却した土地の上に依然として買戻権を有する，しかしながら乙は第１７９条1項ただし書に所謂「第三者」ではないからこの場合なお混同の法理の適用を妨げないのだと謂って居る。なお本判決によると，乙が後に至って買戻権の行使によって土地を取戻すと甲が前々持って居た土地使用権は復活するのだと説明して居る。事は民法施行前に関する。しかし本条の解釈上注意すべき判例である。

　　〔註３〕　本ただし書の適用は混同による消滅の場合に限ること勿論である。したがって第一番抵当権が弁済によって消滅した場合に，同じその不動産が第二抵当権の目的物になってるからと云って第一抵当権の不消滅を主張し得ざることを云うをまたぬ。大審８・１０・８民３録２５輯１８５９頁。

　３　併合せらるる物権が「第三者ノ権利ノ目的タルトキ」もまた混同を生ぜぬ（１７９条１項ただし書，１７９条２項）。例えば地上権が抵当権の目的たる場合には所有者がその地上権を取得しても混同を生ぜぬ。

３　抛棄

　物権の抛棄は抛棄意思すなわち権利者がその権利を他人に移転することなく絶対に消滅せしめむとする意思を要素とし，表示上に表われたその意思の効果として物権を消滅せしむる法律行為である。

　イ　抛棄は物権的法律行為である。表示に表われた抛棄意思の効果として物権消滅の結果を生ずるからである。ただし所有権の抛棄derelictionに関しては抛棄意思の表示を要するや否や及び所持廃業なる外形的行為は抛棄意思の表示と見得るや否やにつきドイツ法学専来の論争がある。私は所持廃棄行為は必ずしも常に抛棄意思の表示行為なりとは認め難いと云う新説に賛同するけれども，抛棄意思がその以外とにかく何等かの形式において表示せらるるにあらざれば抛棄の効果を生ぜぬもの思う。したがって抛棄は常に意思表示を構成分子とする普通の法律行為だと思う〔註４〕。

　　〔註４〕　民法の解釈としても所有権抛棄は意思表示にあらずして所謂意思表現（Willensäusserung）に過ぎぬと云う学者が少なくない。しかし通説とは思われぬ。この説は「表示」の意義を余りに厳格に解し過ぎるために起る。私は行為者に表示意思ありしかして第三者から見て効果意思の存在を認識し得る何等かの外形的事実ある以上に表示ありと云い得ると思う。

　ロ　抛棄は不要式の単独行為である。しかし所有権及び占有権（２０３条）以外の物権の抛棄のみはその目的物の所有者（物権の目的物が権利なるときはその権利者）に対する意思表示によってこれをなさねばならぬ〔註５〕。

　　〔註５〕　大審７・２・２民３録２４輯２３７頁は一般原則として「権利ノ抛棄ハ之ニ依リ直接利益ヲ受クル者ニ対スル意思表示ニ依リテ」これをなさねばならぬと云って居る。本文に云う所は正にこの原則の一適用に過ぎぬ。

　ハ　抛棄は所有権にあっては爾後その目的物を無主物たらしめ，制限物権にあってはその権利の消滅と共に目的物上の所有権をして本来の完全な状態に復帰せしむる。

　抛棄せむとする権利が他人の権利の目的たる場合にその者の同意を得ずしてなした抛棄の効力如何。「地上権又ハ永小作権ヲ抵当ト為シタル者ガ其権利ヲ抛棄シタルモ之ヲ以テ抵当権者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（３９８条）。その他の場含には規定がないけれども同様の理を認めてその他人を保護すべきだと思う。

４　消滅時効

　物権には時効によって消滅するものとせざるものとある。例えば左記の物権は消滅時効にかからぬ。

　イ　所有権（１６７条２項），ただし取得時効の結果として今までの所有権が消滅することはある〔註６〕。

　　〔註６〕　所有権上の物権的請求権が時効にかかるや否やについては５３頁参照。

　ロ　権利存続のためにはその成立原因たる事実が引続き存在することを要し，その断絶あるときは権利また当然に消滅するもの，例えば留置権（２９５条，３０２条）は消滅時効にかかる余地なし。

　ハ　抵当権（３９６条）不動産質権（３６１条）等はその担保する債権と共にするにあらざれば消滅時効にかからぬ。動産質種については明文がないが同理を認むべきものと思う〔註７〕。

　　〔註７〕　なお不動産質権の存続期間に関する３６０条，抵当権に関する３９７条参照。

５　公用徴収

　「日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルルコトナシ」「公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」（憲２７条）。公用徴収はこの原則を基礎として公益事業の用に供するがため所有権その他の財産権を強制的に剥奪する制度である。公用徴収による権利取得は原始取得である。したがって従来収用物の上に存した権利は収用目的に反する限りすべて消滅しまたは制限せらる〔註８〕。

　　〔註８〕　現行法上公用徴収を認めた法津は土地収用法を初めとし，鉱業法第３章，森林法第４章，都市計画法１６条ないし２０条，市制（１２６条１項），町村制（１０６条１項），特許法（４４条），製鋼業奨励法（大正６法律２７号１条），陸地測量標条例（明治２３法律２３号３条８条）等である。

　　　　この外将来においては所謂社会化の目的のために公用徴収を応用すべき場合が拡大されねばならぬこと上述の如し（２頁以下参照）。

６　没収（刑１９条，明治１９大蔵省訓令３号没収物件取扱手続）

　　　　　第４項　物権変動の第三者に対する効力

第１目　総説　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１０９頁

第２目　不動産物権変動の公示方法　　　　　　　　　　　１１７頁

第３目　動産物権変動の公示方法　　　　　　　　　　　　１７４頁

第４目　立木及び果実に関する物権変動の公示方法　　　　１７８頁

　　　　　　第１目　総　説

第１　物権公示の必要と立法主義

１　物権は排他権たることを特色とする。排他権の存否並にその変動は一般第三者の利害に直接影響を及ぼす。排他権と公示publicite， Publizität とは離るべからざる事柄である。これ民法が不動産については登記（１７７条），動産については引渡（１７８条）をもってその変動の公示方法とし，もって第三者保護の途を講じた所以である。

２　ただ如何なる程度まで公示に重きを置くかについて二の立法主義がある。

　イ　ドイツ法主義は公示に極めて強い効力を認める。公示方法たる登記又は引渡は単に第三者に対する対抗要件たるに止まらずして，物権変動そのものの発生要件である。しかして登記の内容と実際の事実とが違う場合にもいやしくも登記を信じこれを基礎として権利を取得した者あらば，その者のために登記の内容を絶対に真実なるものと看做すこととして居る（８９２条，８９３条，１１３８条以下）。これを称して登記の公信力öffentlicher Glaube foi publique 〔註１〕と云う。

　〔註１〕　スイス民法９７３条，９７４条も亦登記に公信力を認めてる。

　ロ　フランス法主義によれば法律行為による物権変動はその行為のみによって効力を生じ，ただ不動産については変動を第三者に対抗するため謄記transcriptionを要する。謄記には無論一応の推測力はある。しかし公信力はない（フランス民１１３８，１８５５・３・２３法律３条）。なお動産については原則として一般的の公示方法なく，単に必要ある場合に限り第三者保護の規定を設くるに過ぎぬ〔註２〕。

　　〔註２〕　これ等の点は先に物権行為に関する立法主義の部において一応これを述べた（６６頁以下照）。

３　批評的に観れば，

　イ　不動産についてはドイツ法の如く登記を物権変動の発生要件としかつこれに公信力までも認めなければ物権公示の精神が徹底せぬ。さもなければ不動産の取引は不安にしてかつ容易でない。

　登記制度の完成は不動産取引を安全かつ容易ならしめる。その結果土地取引を奨励し不動産信用の膨脹を来さしめ，ひいては土着の習俗の漸減しつつある現在の傾向を彌が上にも助長する虞がある。土地取引が盛になって人と土地との親しみが漸次薄くなるのは１８世紀以来の資本主義重商主義勃興と共に発達した傾向で，学者はこれを称して「土地の動産化」mobilisation du solと云う。この傾向に反対する者はこれをもって社会の維持及び健全な発達に害ありとし健実な家庭と一定の土地との間に密接な関係を維持することが善良なる社会秩序の基礎を為すのだと主張する〔註３〕。

　　〔註３〕　この説の代表者はフランスのLe Play（１８０６−１８８２）及びその一派である。

　これに対して一方ではすべて財産は最もこれを必要とする者の手に移るによってその効用を発揮するものなれば，不動産といえども亦成るべくその流通を自由ならしめねばならぬと説く者があり，又他方には土地の移動を成るべく自由にして人と土地との関係を薄くするによって漸次土地国有制に近付き得ると主張する者がある。

　成程現在の社会的傾向をこのままに放置すれば，農民が困難な経済的圧迫に堪えつつ父祖伝来の田畑を固守すると云うような風習は漸次絶滅するに違いない。しかし不動産取引を困難ならしめるによってこの傾向を防止せんとするも事はほとんど不能に近いのみならず，たとい可能なりと仮定してもかくの如きは質屋取締を厳重にし過ぎて細民金融の途を塞ぎ，借家人保護に重きを置き過ぎて借家の減少を来すと同様，かえって小農をして長く不幸の地位に止まらしめるの結果を生ずるに過ぎぬ。現在の財産制を維持する限り不動産の動産化する傾向はむしろ自然である。ゆえに現在においてはむしろ登記制度を完全にして不動産取引を安全容易ならしめ，もって土地を最もよく利用し得る者の手に移してその能率を増進し，又土地所有者をして容易に不動産信用による金融を受け得るように計るがいい。それがためにはドイツ民法におけるが如く登記に公信力を認める所迄進んで不動産取引の安全を計らねばならぬ〔註４〕。

　　〔註４〕　かかる必要あるにかかわらず吾民法が公信主義を採らざる理由については鳩山氏法協３３巻７号４９頁以下参照。吾民法が公信主義を採らざるために生ずる不当の結果については１６２頁以下の諸判例参照。

　ロ　これに反してドイツ民法が動産についてまで一般的公示方法を設け吾民法亦ある程度までこれに倣った（１７８条）のは不当である。動産の変動も無論公示するのが理想だろう。しかし船舶の如き特別なもの以外これを公示すべき適当な方法がない。民法は「引渡」をもって公示せんとして居る。しかし例えばある動産の所有権を甲より乙に譲渡した場合に公示のためには占有を甲より乙に移さねばならず，しかも物の利用のみは依然として甲に止めて置きたい場合が少くない。もし公示方法が登記ならば問題は起らぬ。ところが占有の移転は必然的に利用の移転を伴う。ここにおいてか物の利用重きか公示重きか立法者の解決を要すべき難問が起る。どこまでも公示に重きを置いたのが初期ローマ法である。しかし社会はついに不便に堪えずして漸次実際の引渡に代わるべき各種の便法を発明するに至った。現にドイツ法や吾民法が現実の引渡に代わるべき占有改定等各種の便法を許して居るのはこの沿革に由来するもので，実はその主義の不徹底を曝露せるものである。ゆえにイギリス法やフランス法におけるが如く動産については原則として公示を要求せず単に必要ある場合に限り別段の第三者保護方法を設くるがいい。〔註５〕。現に吾民法においても第１９２条で動産占有に一種の公信的効力を認めて居る。これあるによって初めて動産取引は頗る安全である。いよいよもって第１７８条の有名無実の規定たるを知り得る。

　　〔註５〕　この点については先きに物権行為に関する立法主義の部で述べた所（７５頁以下）をも参照。

第２　我民法の規定

１　我民法は登記をもって物権変動発生の要件となさず，単に「之ヲ以テ第三者ニ対抗スル」がためには「登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為」さねばならぬと謂うに過ぎぬ（１７７条）。

かつその登記に公信力を認めざること後述の通である。この点において吾民法は極めてフランス民法の考に近い。

　しかるに民法は動産についてまでこれに関する「物権譲渡ハ其動産ノ引渡アルニ非ザレバ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（１７８条）と謂う規定を設けて居る。かかる規定の不可なるは既に上述の通である。以下項を別けて順次にこの２箇条を説明しようと思う。

２　かくの如く民法は物権公示の原則として第１７７条及び第１７８条を設けて居る。なおその外補充として不動産登記法を設けて居る。しかるに現に不動産登記法中に登記方法を規定している不動産は独り土地及び建物のみに限り，それ以外の定着物については何等の規定がない。それにもかかわらず，世の中ではかかる定着物中のある物――例えば土地に生立せるままの樹木―――を独立して取引の目的とすることを認めて居る〔註６〕。既に独立して取引の目的となることを認めて居る以上これを公示すべき方法がなければならぬ。しかるに現在の登記法中にはその規定がない。物の一部たる果実が独立して取引の目的たる場合あることも既に上述した通りである〔註７〕。しかもこの場合についても公示方法に関する特別の明文がない。実際上これ等の場合は如何に取り扱われて居るのか，又取り扱わるべきか。この点を詳説するためには更に特別の１項を設けねばならぬ。

　　〔註６〕　３２頁参照。

　　〔註７〕　３０頁参照。

　　　　　　第２目　不動産物権変動の公示方法

はしがき　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１１７頁

第１　登記事項　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１１８頁

１　登記せらるべき物　―　２　登記せらるべき権利　―　３　登記せらるべき変動

第２　登記の方法　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１３３頁

１　登記簿　―　２　登記所　―　３　登記

第３　登記の効力　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１４５頁

１　登記の有効要件　―　２　実質的効力　―　３　形式的効力

　「不動産ニ関スル物権ノ得喪及ビ変更ハ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非ザレバ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（１７７条）。

　すなわち民法は不動産物権の変動は登記をもってこれを公示する〔註１〕。不動産にしてしかも登記方法の規定なき物の公示方法については第４目（１７８頁以下）において説明する所を参照せられたし。

　　〔註１〕　現行法上不動産以外にも，立木その他工場財団等の特殊財団について特別の登記方法があってその権利関係が公示されて居る。立木法，立木登記規則，工場抵当法，工場抵当登記取扱手続等参照。

　　　　なお動産の中でも例えば船舶は登記によって公示されて居る。商５４０条，５４１条，６８６条，船舶登記規則参照。

　　　　また不動産物権の一種たる鉱業権の登録制度は普通の不動産登記法のそれと全く異なったもので，登録は単なる対抗方法にあらずして物権変動その物の効力発生要件である。大審８・１・１４民１録２５輯１頁，同３・２・２８民１録２０輯６６頁，同４１・２・２８民２録１４輯１５６頁，同９・１２・９民２録２６輯１９３９頁。なお鉱業法１９条，２０条，鉱業登録令参照。

第１　登記事項

１　登記せらるべき物

　登記せらるべき物は「不動産」である。しかし現行登記法中不動産にして登記の目的物となり得べきものは土地及び建物のみに限る。それ以外の定着物については――たといそれが独立して取引の目的となり得るものであっても――登記の方法がない〔註２〕。

　　〔註２〕　この種のものの公示方法については１７８頁以下参照。

　土地及び建物はその種類に関係なく，これに関する物権の変動をもって第三者に対抗するがためには必ず登記を経なければならぬ。したがって（１）未登記建物の所有権を取得した者といえどもその登記を経るにあらざればこれをもって第三者に対抗出来ぬ〔註３〕。（２）また道路敷として公用物となれる土地について国家が公有権（土地所有権）の取得を主張しこれをもって第三者に対抗するがためにも同じく登記を経ねばならぬ〔註４〕。（３）なお大審院は華族世襲財産は「華族ノ戸主ニ於テノミ之ヲ所有スルコトヲ得ベキモノナレバ」これに属する不動産上の物権変動は登記を要せずして第三者に対抗し得べき旨を認めて居る〔註５〕。

　　〔註３〕　大審５・２・２民３録２２輯７４頁，同６・５・２１民２録２３輯８８７頁。なおその登記方法としてはまず前主――前主死亡の場合には相続人（大審７・６・１８民１録２４輯１１８５頁）――をして保存登記を為さしめた上移転登記を為すのが本統である。しかし大審院は取得者において新に保存登記を為しただけでも充分だという便法を認めて居る（８・２・６民２録２５輯６８頁，同９・７・１民２録２６輯９９１頁等）。

　　〔註４〕　大審７・１２・１９民２録２４輯２３４２頁。

　　〔註５〕　大審４・７・１２民２録２１輯１１２６頁（事案は隠居相続による華族世襲財産の取得に関す）。なお普通の場合には隠居相続による取得といえどもなお登記を要すべきことについては１２９頁註１４参照。

２　登記せらるべき権利

　登記は不動産に関する所有権・地上権・永小作権・地役権・先取特権・質権・抵当権及び賃借権につきこれを為す（不動産登記法１条）〔註６〕〔註７〕。

　　〔註６〕　占有権及び留置権は占有なる外形的事実と終始する権利なれば特に登記をもって公示するの必要ない。また入会権は各地方の慣習によるべきもので適当な登記の方法もなければ又実際上必要もない（大審３６・６・１９民２録９輯７５９頁，同６・１１・２８民３録２３輯２０１８頁）。入会権についても共有又は地役の登記を為すべしとの説を為す者がある（梅氏志林９巻４号９頁，乾氏法協３０巻７号８６頁以下）。けれども，かくの如きは入会の実際に通ぜざる議論である。無論この点は将来多少の特別立法を要する点と思うけれども。

　　　　なお一般の先取特権については３３６条に特別の規定がある。その理由は後先取特権の章においてこれを詳説する。

　　〔註７〕　民施３７条「民法又ハ不動産登記法ノ規定ニ依リ登記スベキ権利ハ従来登記ナクシテ第三者ニ対抗スルコトヲ得ベカリシモノト雖モ民法施行ノ日ヨリ一年内ニ之ヲ登記スルニアラザレバ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」。（１）しかし本条によって登記欠缺を主張援用する権利は第三者においてこれを抛棄することが出来る。大審８・１０・１３民２録２５輯１８０６頁。（２）また本条の適用を受くるは「地上権永小作権ノ如キ民法施行前ニ於テ登記ナクシテ絶対ニ第三者ニ対抗スルコトヲ得ベカリシ権利」のみに限り，所有権にはその適用なし。大審４０・６・１７民２録２１輯６５３頁，同８・１０・２７民２録２５輯１８４８頁。　

不動産賃借権は現行法上物権ではない。しかし民法はこれが登記を許し（６０５条），しかして登記した以上これを物権と同様に取扱うて居る。民法第３９５条，建物保護法（明治４２法律４０号），船舶賃貸借の登記に関する商法第５５６条等も亦同様の考に基く〔註８〕。

　〔註８〕　これ等の諸点に関する詳細は拙著債権各論５９５頁以下参照。

なお建物の所有を目的とする地上権に限り，地上権者がその土地の上に登記した建物を有するときは，地上権そのものの登記なしといえども，これをもって第三者に対抗し得るとの例外があり（建物保護法１条），又借家法（１条）によれば「建物ノ賃貸借ハ其登記ナキモ建物ノ引渡アリタルトキハ爾後其ノ建物ニ付物権ヲ取得シタル者ニ対シ其ノ効力ヲ生ズ」との例外がある。

３　登記せらるべき変動

　イ　登記せらるべきは変動そのものである。

　現行法上登記は不動産に関する権利関係の全部をそのまま写し出すものではない。ただ何等か変動ありたるときはこれを登記せしめて第三者に公示するに過ぎぬ。ゆえに登記の目的物は各都度の物権変動そのもので物権の現在状態ではない。

　１　保存登記は唯一の例外である。保存登記は従来未登記なりし不動産を新に登記する場合で，普通未登記不動産について設定移転の登記を為す前提として為される。

　２　登記の目的物は変動そのものである。したがって例えば２箇以上の相次的変動によって一不動産が甲より乙，乙より丙，丙より丁等に移転した場合に，丁その不動産取得を登記せんとすれば自己に至るまでの変動全部につき別々の登記をせねばならぬ理屈になる。しかしかくの如きは現行法上登記を必要とする精神に照し無用の手続を強うるものである。ゆえに実際上丁は直接甲より当該不動産を取得したものとして登記し得るものと思う〔註９〕。

　　〔註９〕　これは従来判例によって認められた法理である。例えば大審５・９・１２民１録２２輯１７０２頁，同８・５・１６民１録２５輯７７６頁，同８・１０・２０民２録２５輯１８３２頁，同９・７・２３民１録２６輯１１７１頁。もしも登記原因たる法律行為そのものを謄記するのが吾登記制の精神であるとすればこの判例は明かに過って居る。しかし吾民法及び登記法は単に物権の変動そのものを登記すべきことを要求するに過ぎぬ。変動その物が登記されて何人に如何なる権利ありやが，登記簿上明かになりさえすれば物権公示の目的は充分に達せられる。ゆえに登記簿上甲にありと記されて居た権利が現在真実の権利者たる丁によって取得されたと登記された以上――たといそれが乙丙を経て丁に移転したのだと云う事実を隠匿してあたかも甲から直接丁に移転したように記されたにせよ――結局「事実ニ符合スルモノニ帰着スルヲ以テ」判決の云う通りこれを有効な登記だと謂わねばならぬ。

　　　　無論登記の申請書には必ず登記原因を記さねばならぬ（登３６条）。したがって実際上権利が甲より乙丙を経て丁に帰属した場合に甲丁相約するに「売買其他ノ名義ヲ以テ直接ニ所有権移転ノ登記ヲ為スベキコト」をもってしこれによって登記を了した場合には，その登記は虚偽の登記原因によるものとして無効とせねばならぬようであるが，判例はこの場合「現所有者ヲ所有権取得者トシテ登記スルコトハ事実ニ符合シ登記ノ目的ニ反スル所」なしとし「売買其他ノ名義ヲ用ユルコトハ事実ニ合セズト雖モ権利者ガ真実権利者ナル以上ハ事ニ害ナキヲ以テ」この登記を無効とする理由なしと云うて居る（上記大審８・５・１６民１録２５輯７７６頁）。

　　　　要するに，今や判例は登記が結局真実に合致する以上登記原因に関して不実があってもこれがため登記の効力を害せられることがないと云うのである。その結果として（１）大審院は実際上贈与によって権利を移転したにもかかわらず登記上は売買によったものとして登記されてもその登記はなお有効なりとして居る（前記大審９・７・２３，同５・１２・１３民３録２２輯２４１１頁）。（２）また未登記建物を譲受けた者はまず譲渡人をして保存登記を為さしめた上自己に対する移転登記を為さしめるべきが本来である。しかし大審８・２・６民２録２５輯６８頁，同９・７・１９民２決定録２６輯９９１頁等はこの場合にかかる面倒な手続をせずとも譲受人が自ら直に保存登記をしさえすれば自己の所有権をもって第三者に対抗出来ると云うて居る。これも畢竟登記原因なる形式に重きを置かずして，現在何人が如何なる権利を持ってるかと謂う実質を標準とした便宜の解釈である。

　　　　なお大審院は右と同じ法理を特許権の移転登録についても認て居る（１０・４・１２民１録２７輯７０３頁）。

ロ　登記せらるべき変動の種類

不動産に関する権利の「得喪及ビ変更」（１７７条），更に詳言すればその「設定・保存・移転・変更・処分ノ制限又ハ消滅」（不動産登記法１条）は登記するにあらざれば第三者に対抗出来ぬ。

これ等の中設定，移転，変更，消滅の意義は既にこれを説いた（６１頁参照）。「保存」とは登記せられる物権の効力を保全すること（例えば従来未登記の建物につき保存登記を為すが如し），「処分ノ制限」とは登記の目的たる権利の処分を制限すること（例えば共有物不分割契約（２５６条），永小作権転譲転貸の禁止（２７２条），処分行為禁止の仮処分〔註１０〕財産分離（１０４５，登１，２７）等）を云う。

　　〔註１０〕　大審８・８・２８民２録２５輯１５８５頁参照。

　ハ　変動の原因

　以上の意味における物権変動は，その発生原因如何に関係なく，すべてこれを登記することを要するか，又はある種の原因に基く場合に限り特に登記を要せずしてこれを第三者に対抗し得るか。この点については解釈上学説が３つに分れて居る。

　第１説　原因の如何を問わずすべて登記を要すとする説

　この説は今日最も多数の学者の支持する所である。ただその中には，（１）専ら第１７７条の文字を基礎として無制限論を為すものと，（２）もし実際上登記の必要なき場合あらば制限するも可なり，しかしかかる場合は事実上存在せぬと主張するものとがある。

　第２説　当事者の意思表示による変動に限り登記すべしとする説〔註１１〕

　　〔註１１〕　この説は物権変動の原因たる法律行為そのもの又はこれに代わるべき裁判を謄記するをもって登記制の目的となせるフランス法（１８５５年３月２３日法律１条及び２条）の考をそのまま吾民法の解釈上に移したものである。大審院は３９・６・２９民録１２輯１０５８頁までこの説を採って居たが，今日においては既にこれを棄てた。学説としては石坂博士の最後の論文「意思表示以外の原因に基く不動産物権変動と登記」改纂民法研究上３４７頁以下がこの説を採るものの中最も有力なものである。

　第３説　物権変動中（イ）当事者の意思表示によるもの及び（ロ）たとい当事者の意思表示によらざるも当事者間の権利関係に起因するもの（すなわち原権利者と取得者との間に権利承継の関係あるもの又は原権利を前提として行われたもの）のみ登記を要すとする説〔註１２〕

　　〔註１２〕　この説は専ら横田氏物権法６２頁以下の主張する所である。その根本の考は略第１説中（２）に類する。ただそれと異なる所は，第１７７条は明文上変動原因について何等制限する所がないけれども，実際上登記を要せぬ場合がありしかしてその場合になお登記を要求するは愚なりとするの点にある。しかしてこの説は「登記は何故必要なりや」の問題を実質的に考えて，そはある権利が甲乙何れにありや不明にして第三者を惑わせ易い場合にその惑を防がんとするにありと答え，この考によって上記の制限を設けたのである。したがってこの説は結論として死亡相続及び取得時効その他原始取得の場合には登記を要せずと説いて居る。

　以上３説の中，最もよく第１７７条の文字に適合するものは明かに第１説である。しかし元来吾民法上登記は対抗要件たるに過ぎないから，実際上登記の必要なき場合にまでこれを要求するのは極めて愚である。ゆえに私は原則として第１説に従いつつ，その中（２）の考を根拠として各種の場合につき一々登記の要否を点検して見たいと思う。

　１　当事者の意思表示　この場合に第１７７条の適用あることについては学者間に異論なし。遺贈についても亦同じ。

　２　強制競売（民訴６４０条以下）及び競売法による競売〔註１３〕

　　〔註１３〕大審８・６・２３民２録２５輯１０９０頁。この場合といえども登記は競売機関たる裁判所の嘱託によってこれを為すのではなく，競落人は裁判所から代金納入の通知を得てこれを納入したる後自ら登記手続を為すべきものとす。

　３　相続　（１）　隠居相続（９６４条１号） 〔註１４〕，入夫相続（９６４条３号） 〔註１５〕の場合については登記を不要ならしめる理由が少しもない。

　　〔註１４〕　大審院は３９・６・２９民２録１２輯１０５８頁まで反対説であったが，４１・１２・１５民連１４輯１３０１頁以来説を改めた。同４・７・１２民２録２１輯１１２６頁，同４・１１・２民１録２１輯１８０６頁，同４・１０・２民３録２１輯１５４１頁，同６・５・２１民２録２３輯８８７頁。

　　〔註１５〕　大阪地４３法律新聞６６３号１７頁。

　（２）　死亡相続の場合には相続人以外別に当該不動産の権利者なるが如き外観を呈する第三者なき故実際上登記の必要なしとの有力な説がある〔註１６〕。しかし死亡相続の場合といえども当該不動産は或は既に被相続人の贈与により又はその遺贈によって第三者に帰し，したがって相続人が実はこれを取得せざりし場合もあろう。したがって一般第三者は事実がその何れであるかを登記によって知りたい。ゆえに死亡相続の場合にも特に登記を要せずとするの理由はない〔註１７〕。

　　〔註１６〕　横田氏物権法６３頁。

　　〔註１７〕　大審４１・１２・１５民連録１４輯１３０１頁は隠居相続関する判例だがその中理由の部において家督相続のすべての場合につき登記を要すと説いて居り，一般にこれが今日の判例だと云われてる。大審９・５・１１民１録２６輯６４０頁同旨。なお梅氏要義２巻１５頁，鳩山氏法協３３巻９号６４頁参照。

　４　取得時効　異説が頗る多いけれども，もしもこの場合に登記を要せずとすれば第三者は時効完成を知らず，したがって新旧何れの所有者が真に所有者なりやを知ることが出来ぬ。ゆえにこの場合にも登記を要すと解すべきである〔註１８〕。

　　〔註１８〕　大審４３・１１・１９民１録１６輯７８４頁は甲が時効によって未登記不動産を取得して未だその登記を為さざる間に，旧所有者乙がその不動産の保存登記を為してこれを第三者丙に売渡した場合に，甲の時効取得は登記なきにかかわらず丙に優先すべき旨を認めて居る。しかしながら大審７・３・２民３録２４輯４２３頁はこれと反対に時効取得といえども登記を要すべき旨を認めて居る。その他学者間の通説は同説である。梅氏要義２巻１７頁，同氏法学志林９巻４号４５頁，中島氏釈義２巻上５５頁以下，同氏法曹２４巻６号５頁以下，乾氏「不動産物権の時効取得と登記」法協３０巻６号１頁以下，７号６０頁以下。反対説横田氏物権法６７頁以下。

　　　　なお時効取得は性質上原始取得であるが登記の上ではなおこれを承継取得と同様に取扱うべく（上記大審７・３・２参照），したがって不動産が既登記なれば移転登記を為すべく未登記なれば保存登記を為すべきである（司法省回答法曹記事２１巻７号７０頁参照）。

　５　建物の新築　建物を新築した場合にその所有権が落成と共に当然注文者に帰属する場合と一旦請負人に帰属した上注文者に移転せられる場合とある〔註１９〕。この中第１の場合に取得登記を要せざるは勿論である。これに反して第２の場合に注文者建物の取得をもって第三者に対抗せんとすればその登記を要する。

　　〔註１９〕　新築建物の所有権が何時注文者に帰属するかにつき従来３説あり。

　　　１　不動産附合の原則（２４２条）により建築材料が土地に附合するに従いて漸次注文者に帰すとする説（横田氏「請負契約に因る所有権取得」法曹２４巻８号１頁以下殊に３０頁以下）。

　　　２　建物の引渡によって所有権移転すとする説（大審４・５・２４民２録２１輯８０３頁，同３・１２・２６民１録２０輯１２０８頁等現在の判例である）。

　　　３　特別な所有権移転行為によって初めて移転する。しかし当事者の特約により建築材料が搬入せられるに従い動産のまま注文者に移転せられるものと認め得べき場合はこの限にあらずとする説（石坂氏「請負建物ノ所有権ノ移転」研究４巻５６１頁以下，嘩道氏「請負建物ノ所有権移転ノ時期」京法１２巻１１号７４頁以下）。

　　　　これ等の説については拙著債権各論６９４頁以下参照。私は今もなお略第３説を採る。しかし当事者は将来建物落成の場合に特に新なる法律行為を俟たず当然に所有権移転すべき旨を予め特約することを妨げぬ（上記８０頁註６参照）。もっともこの場合といえども登記を不必要ならしめる理由はない。

　６　消滅時効　消滅時効で各種の物権が消滅した場合（１０７頁参照）にも同じく登記を要す（抹消登記，不動産登記法１４１条以下）。

　７　物の滅失　この場合にも登記（抹消登記）を要する（不動産登記法７９条，９１条）。その手続は不動産登記法（８０条，８１条，９２条，９３条，１０１条，１０２条等）による。

　８　解除条件成就，終期到来，取消，解除　これ亦登記を要するを原則とする（不動産登記法１４１条参照） 〔註２０〕。

　　〔註２０〕　ただし例えば不動産質権の如くその存続期間が登記簿上に明示せられ（民３６０条，登１１６条），したがってその権利が期間経過のため消滅したりや否やが別に消滅の登記を俟たずして明かなる場合には，特に消滅登記を必要とすべき理由がない（大審６・１１・３民３録２３輯１８７５頁）。

　９　抛棄　「抵当権者ガ単純ニ其抵当権ヲ抛棄シタル場合ニ於テモ抵当権ノ登記ニ付キ　抛棄ニ基ク抹消登記ヲ為スニアラザレバ其抛棄ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得」ない〔註２１〕。

　　〔註２１〕　大審１０・３・４民１決定録２７輯４０４頁。

　１０　公用徴収　土地収用による所有権取得は法理上原始取得である（１０８頁参照）。しかし法律は登記に関し移転の場合と同様の取扱を為しその手続を不動産登記法（１０３条，１０３条の２，１２７条の２，１４９条）に定めて居る〔註２２〕。

　　〔註２２〕　同説乾氏法協３０巻７号６６頁以下。　　

第２　登記の方法

　登記は「登記法ノ定ムル所ニ従ヒ」てこれを為す。

１　登記簿（不動産登記法１４条以下）

　登記は登記簿に記入してこれを為す。「登記簿ハ土地登記簿及ビ建物登記簿ノ二種トス」（１４条１項）〔註２３〕。

　　〔註２３〕　我国の登記簿はドイツにおけると同じく物権の目的たる不動産を標準として編成されてる（物的編成主義Prinzip des Realfoliums， Realordnung）。

　　　　これに反してフランスの登記簿は所有者を標準として編成されてる（人的編成主義Prinzip des Personenfoliums）。

　　　不便なるが故に同国にも改正意見が多い。

　　　　この外にTorrens式なる登記法がある。元来オーストラリヤで発案されたものだが今ではアメリカでも十数州に行われフランスでもチユニジーに類似の制度を行って居る。その特色は（イ）一定の不動産を初めて登記する際登記局Registrar generalで権利関係を精査した上これを記載した地券２通を作成して１通を所有者に交付し他の１通を物的編成主義によって登記簿とする。地券の表示は僅かの例外を除く外絶対の公信力を有す。イギリス法では土地はすべてその根本において国王に属すると云う考だから右の登記手続を経れば今までの権利関係を離れて新に権利を得たと同じことになる。これが本制度の根本精神である。（ロ）不動産を移転する際には一定の官製用紙を使用して証書を作成しこれと共に地券を登記局に提出すると譲受人に対し新地券又は従来の地券に裏書したものが下附される。（ハ）不動産を抵当に入れる一の方法は抵当権証書memorandum２通を作成して登記局に提出すると１通を登記局に止めてその旨を登記簿に記入し他の１通を債権者に与える。他の方法は抵当権証書を付けて地券そのものを債権者に交付するに在る。（ニ）登記に公信力ある結果として真実の権利者が不正の登記によって損害を蒙ることがある。これを賠償するのは国家の責任でありこれに応ずるため登記料を資金とする保険基金の備えがある。

　　　　明治５年２月２４日大蔵省２５号達同年７月４日大蔵省８３号達によって創設された地券制度は外形上これに類する制度だが，右の「地券ハ所有権ヲ証明スル書面ニシテ設権証券ニアラズ唯売買譲渡ヲ為スニハ地券ヲ書替フルヲ必要条件ト為シタルノミ（明治８年太政官第１０６号布告参照）。故ニ仮令一旦地券下附セラレタルモ之ヲ受ケタル者真正ノ所有者ニアラザルトキハ真正ノ所有者ハ其誤謬ヲ証明シテ地券ノ更正ヲ請求スルコトヲ得ベク之ヲ下附シタル官庁ハ其誤謬ナリシコトヲ発見シタルトキハ何時ニテモ之ヲ更正シ真正ナル所有者ニ対シ地券ヲ下附スルコトヲ得」たものである。大審７・５・２４民１録２４輯１０１０頁。

２　登記所（不動産登記法８条以下）

　登記所は原則として「登記スベキ権利ノ目的タル不動産ノ所在地ヲ管轄スル区裁判所又ハ其出張所」である（８条１項）。その他第８条第２項，第９条参照。

３　登記

　登記とは登記簿に記入することそれ自身を云う。「登記官吏ガ登記申請ヲ受理シ且登記済証ヲ下附スルコトヲ云フモノニ非ズ」〔註２４〕。

　　〔註２４〕　大審７・４・１５民２録２４輯６９２頁。

　イ　登記の種類

　登記には色々の場合がある。これを分類すると

　（イ）本登記　権利の変動が既にその効力を生じかつ登記法所定の形式的要件具備せる場合に為す登記である。仮登記に対する名称として本登記と云う。更にこれを

　１　目的によって分類すると次の４種となる。（イ）記入登記　新登記原因により新に登記簿に記入する登記を云う。（ロ）更正登記　登記に錯誤又は遺漏あることを発見した場合にそれを改正する登記を云う（６３条，６３条の２，６３条の３，６４条）。（ハ）回復登記　一旦消滅した登記を回復することを目的としその中に滅失回復登記（２３条）及び抹消回復登記（６５条６６条）の二がある。（ニ）抹消登記　登記した事項が効力を失った場合その他登記が真実に合致せぬ場合に登記を抹消するを云う（１４１条以下）。

　２　方法によって分類すると次の二となる。（イ）新登記　（ロ）附記登記　既存の登記（主登記）に附記してその一部を変更し新な登記として旧登記を維持するを云う。附記登記は特に法律の認めた特別の場合（５６条，５８条，６４条，６６条，１２５条）にのみ許されるもので，その「順位ハ主登記ノ順位ニ依ル但附記登記間ノ順位ハ其前後ニ依ル」（７条１項）。けだし附記登記はたとい新登記原因に基く場合といえども単に主登記の効力維持のため為されるに過ぎぬからである。

　（ロ）予備登記　未だ本登記の条件完備せざるに先立ち将来為さるべき終局の登記を準備するため為す登記で更に分って次の２種と為す。

　１　仮登記（２条，７条２項，３２条，３３条）〔註２５〕「登記法第二条ニ依リ登記ノ申請ニ必要ナル手続上ノ条件ガ具備セザルトキ又ハ不動産ニ関スル権利ノ設定移転変更又ハ消滅ノ請求権ヲ保全セン」がために為される仮の登記で，本登記のために登記順位を保存することを目的とする（７条２項）。すなわち後に至って本登記あるときはその効力仮登記の時に遡って発生する〔註２６〕〔註２７〕。したがって「仮登記権利者ガ本登記ヲ為シタルトキハ仮登記後ニ其義務者ノ為シタル処分ニシテ本登記ノ権利ニ抵触スルモノハ其範囲内ニ於テ全ク其効力ナシ」〔註２８〕〔註２９〕。

　　〔註２５〕　中島氏「仮登記論」論文集３０１頁以下参照。

　　〔註２６〕　大審９・２・２５民３録２６輯１５２頁。

　　〔註２７〕　かくの如く仮登記はただ将来為さるべき本登記の順位を保存することだけを目的とするものなれば「仮登記ノ当時其登記義務者ノ権利ニ付本登記アル場合ニアラザレバ」仮登記を為すこと能わずたといこれを為すも無効である。大審８・９・１８民２録２５輯１６４２頁。

　　〔註２８〕　大審９・７・１０民３録２６輯１０６０頁等。したがってかかる「本登記ノ権利者ハ右ノ如キ仮登記義務者ノナシタル処分ニヨリ権利ヲ取得シタルモノニ対シ抹消ヲ請求シ得ルモノトス」。しかして形式論理より云えばまず本登記を為した上でなければ抹消請求を為し得ないようであるが，「仮登記義務者ニ対シ本登記ヲ為ス可キ旨ヲ請求スルト同時ニ仮登記義務者ノ処分ニヨリ叙上ノ如キ権利ヲ取得シタルモノニ対シ之レガ登記ノ抹消ヲ請求スルモ敢テ妨ゲナキ所ナリ」。なおこの点については同趣旨の判例大審６・９・２０民２録２３輯１４４５頁等参照。

　　〔註２９〕　ただし「抵当権者ハ其抵当権設定登記後第三者ノ為シタル売買ニ因ル所有権移転ノ仮登記ノ為メ其権利ノ実行ヲ阻害セラルベキモノニ非ザルヲ以テ右抵当権ノ実行ニ因ル競売ハ固ヨリ適法ニシテ之ニ基キ競落シテ所有権ヲ取得シタル」者は本来先順位に在る抵当権に基いて所有権を取得したるものなればこれに後れて仮登記を為したる者の権利に優越すべきは当然である。したがって仮登記の抹消を請求出来る。大審７・３・２５民２録２４輯４５４頁。これは右本文に記した原則の一適用に過ぎぬ。例外ではない。

しかしそれ以上別に何等の効力はない。したがって（イ）単に仮登記があるだけでは未だ「本登記ト同ジク物権ノ得喪変更ヲ第三者ニ対抗スルコトヲ得セシムルモノニ非ラズ」〔註３０〕，（ロ） 「仮登記ヲ為シタル登記権利者ハ爾後更ニ本登記ヲ為スニアラザレバ直ニ第三者ニ対シテ其権利ノ移転ニ関スル本登記ヲ為スコトヲ得ズ」〔註３１〕。（ハ）また「縦令一旦仮登記ヲ為スモ其後本登記ヲ為ス権利ヲ喪失スベキ事情発生シタルトキハ登記請求権ノ消滅ヲ来ス」〔註３２〕。

　　〔註３０〕　大審４・７・６民１録２１輯１１０４頁。

　　〔註３１〕　大審９・２・２５民３録２６輯１５２頁。

　　〔註３２〕　大審９・６・２民３録２６輯８３９頁。本判決については鳩山氏法協３８巻１１号１４５頁以下参照。

　２　予告登記　登記原因の無効又は取消を原因として登記の抹消又は回復の訴の提起ありたる場合にその訴を受理した裁判所の嘱託に基いて為す登記である（３条，３４条）。その目的は登記が正当ならざる疑ある場合にその旨を記載して以後その登記簿に基き取引を為さんとする第三者に警告を与うるの点に存する。したがってほとんど何等実体法上の効力を生ぜぬ〔註３３〕。

　　〔註３３〕　予告登記の性質目的については大審５・１１・１１民３録２２輯２２２４頁参照。

　ロ　登記の手続（不動産登記法２５条以下）

登記はその種類の如何を問わず必ず当事者の申請又は官庁の嘱託によってこれを為す。職権をもって為し得ざるを原則とす（２５条）。

　（イ）　当事者の申請による場合

　登記の申請は「登記権利者及ビ登記義務者又ハ其代理人登記所ニ出頭シテ」これを為すを原則とす（２６条）。登記権利者とは登記せらるべき事項によって直接法律上の利益を受くべき者，登記義務者とは反対に不利益を受くべき者を云う。かくの如く登記申請は原則としてこの両者の協力によって為さるべきものだから，登記権利者は義務者の協力を強要するため登記請求権を有する。けだし協同申請を要するにかかわらず義務者その協力を拒絶したる場合に権利者これを強制するの手段なしとすれば登記制度は有名無実に帰するからである。

　この登記請求権は実質上の権利状態と登記面とが合致せぬ場合に実質上の権利者がその不合致を除くに必要なる登記に共力すべきことを登記面の表見的権利者に向って請求する権利である。ゆえに右の法律要件を備うるにより直接登記法に基いて発生する権利である。物権変動が当事者の意思表示に基く場合といえどもその意思表示自身によって発生するのではない〔註３４〕。

　なお不動産が未登記なる場合にも物権取得者は自己の権利を保全するがためその登記を為さねばならぬ。この場合には――大審院は所有権の譲受人自ら保存登記を為し得る便法を認めてるがそれは別論として〔註３５〕――取得者はまず旧権利者をして保存登記を為さしめたる上自己に対する移転ないし設定の登記を為さしめ得る。すなわちこの場合にも取得物権を保全せしめるがため直接登記法に基いて登記請求権が発生するのである。〔註３６〕。

　　〔註３４〕　中島氏「登記請求権」論文集３７０頁以下参照。なお大審５・４・１民３録２２輯６７４頁，同９・８・２民２録２６輯１２９３頁略これと同理を認む。もっとも多数の判例中に登記請求権の発生原因を当事者の意思表示に求むるが如き口吻を漏してるのも少くない。恐らく大審院はこの点について今日なお多少迷いつつあるものならん。「不動産ノ売買契約ヲ為シタル場合ニハ其売主ハ買主ヲシテ完全ナル所有権ヲ取得セシムル義務ヲ負担スルモノナルヲ以テ其所有権ノ取得ヲ完全ナラシムルニ要スル登記義務ハ売買契約ニ伴ヒ当然発生シ特ニ登記義務ニ付キ契約ヲ為シタル事実ナシトスルモ之ガ請求ヲ為スヲ妨グルモノニアラズ」と云える大審９・１１・２２民２録２６輯１８５６頁は最も雄弁に大審院のこの態度を表白しているものである。

　　　なお登記請求権については左記の判例に注意するを要する。

　　　１　登記請求権が右のような事情から発生するものだとすれば，その性質は物権的請求権（５０頁以下参照）に類似して居ると謂わねばならぬ。ゆえに後者についてその独立して消滅時効に罹ることを認めざる大審院は全く同様の理により「登記請求権ハ不動産ニ関スル物権ノ得喪変更ヲ完全ナラシムル為メ之ニ附随スルモノニシテ得喪変更ノ事実アル以上ハ独立シテ消滅時効ニ罹ルベキ性質ノモノニアラズ」と云うて居る。大審９・８・２民２録２６輯１２９３頁。

　　　２　甲所有の不動産が乙に移転された際その登記を済さずして丙に移転された場合に丙その登記を為さんと欲すれば――甲丙間に直接移転されたものとして登記されればともかく（１２３頁註９参照）しからざる限りは――丙はまず乙に向って彼が甲に対して有する登記請求権の行使を求めしかる後乙に向ってその登記義務の履行を求むべきである。ところが現在乙は既に事実上の権利者にあらず，しかして甲が依然として登記上の名義人なるにかかわらず乙が甲に向って登記請求権を有し乙が又丙に向って登記義務を負担すと為すは，一見本文に上記した原則反するかの観がある。この際乙はとにかく丙をして完全に権利を取得せしめるがため丙に対して登記義務を履行せねばならぬ。しかして乙がその義務を履行するためにはまず甲乙間の移転登記をせねばならぬこと明瞭なるが故に，大審院は乙は現在既に実質上の権利ではないけれどもなお甲に対して登記請求権を有する旨を定めた（５・４・１民３録２２輯６７４頁）。類似の判例大審９・５・７民１録２６輯６２６頁。

　　　３　登記請求事件の訴訟物は登記請求権たる財産権なればこれに要する訴訟印紙は民事訴訟用印紙法第２条によって定まる。しかして「登記請求権ノ価額（民訴２条以下参照）ハ目的タル不動産価額ニ準拠スベキモノトス」。大審８・１０・９民２録２５輯１７７７頁。

　　〔註３５〕　大審８・２・６民２録２５輯６８頁，同９・７・１民２録２６輯９９１　頁等。

　　〔註３６〕　大審５・２・２民３録２２輯７４頁，同６・５・２１民２録２３輯８８７頁等。なお大審７・６・１８民１録２４輯１１８５頁によれば甲が乙に未登記不動産を贈与して未だ登記手続を済さぬ中に甲死亡して丙これを相続した場合には乙は丙に対して保存登記及び贈与原因による移転登記を求め得る。なおこの点については１２３頁註９参照。

　登記の申請は場合により，登記権利者のみの申請によって為される。その場合次の如し。（１）判決による登記（２７条），（２）相続による登記（２７条），（３）登記名義人の表示変更の登記（２８条），（４）滅失回復登記（２３条，６９条，７０条），（５）土地建物の分合その他の変更登記（７９条，９１条），（６）土地収用による登記（１０３条１２７条の２），（７）所有権保存登記（１０５条１０６条），（８）登記権利がある人の死亡によって消滅した場合の抹消登記（１４１条），（９）登記義務者の行方不明な場合の抹消登記（１４２条），（１０）仮登記（３３条），仮登記の抹消登記（１４４条）等。

　これ等の諸場合には，登記権利者は単独に申請し得る。しかし登記原因を証するため法定の証書を提出する等実際上登記義務者の協同申請に代わるべき何等かの方法を尽すことを要する。　

　（ロ）官庁の嘱託による場合（２９条ないし３２条，３４条）。

　官庁は右諸条の場合には法定の登記原因証明書を添附して登記を嘱託し得る。

第３　登記の効力

１　登記の有効要件

　登記が有効に成立するためには，次の実質的並に形式的要件の具備を必要とする。

　イ　実質的要件

　登記が有効に成立するためには，登記された物権変動が実際に存在することを要する。けだし登記は事実存在する物権変動を公示することを目的とするものだからである。

　事実上物権変動なきにかかわらずこれありとして登記せられるも，（１）これがため実質上物権変動を発生せしめるに至ることなきは勿論〔註３７〕，（２）その登記は登記そのものとしても有効でない。したがってその登記が形式上存在するがために不利益を受ける者は何時にても登記上の表見的権利者に対して登記の抹消を請求し得る〔註３８〕〔註３９〕。

　　〔註３７〕　大審４２・１・２６民１録１５輯２８頁，同２・３・２０民１録１９輯１５８頁，同３・３・１６刑２録２０輯３１０頁，同４・１０・２民３録２１輯１５４１頁，同７・８・６民１録２４輯１５２４頁，同９・１１・２５民２録２６輯１７９４頁等。

　　〔註３８〕　（１）虚偽の意思表示によるがため物権の移転が実質上無効なるときは形式上これを登記するもその登記は無効にして抹消せらるべきものだ。大審３９・４・２５民２録１２輯６６０頁，同４３・５・２４民１録１６輯４２２頁，同３・３・１６刑２録２０輯３１０頁，同６・３・２９民２録２３輯５８０頁，同７・８・６民１録２４輯１５２４頁等。これに反して当事者相互の内部関係においては物権変動なしとする信託的売買においても，外部関係においては完全に物権変動が存在するからこれが登記は真実に合するものとして無論有効である。大審７・４・４民２録２４輯４６５頁，同８・９・１民２録２５輯１５４８頁（ただしこの事案は真に信託的売買に関するや否や疑がある）。（２）他人の土地を濫に贈与名義にて自己に移転登記を為すもその登記に相当する実質なきが故に無効である。大審４・１０・２民３録２１輯１５４１頁殊に１５４５頁記載の議論。（３）他人の不動産を処分する権限なき者がほしいままに所有者の名義を犯してその売却をなしこれが登記を経たる場合。大審６・４・２６民２録２３輯７５８頁。

　　〔註３９〕　なおこの点については次の三のことに注意せねばならぬ。

　　　　１　ここに実質上物権変動がなければその登記は無効だと謂うのは，ただ物権変動それ自身についてこれを謂うのである。いやしくも物権変動がありさえすれば，たといその真実の発生原因は売買であるのに登記面には贈与と記載されたとしても，結局「事実ニ符合スルモノニ帰著スルヲ以テ」それがため登記の効力を害することはない。すなわち物権変動そのものに関する誤は登記を無効ならしめるが，登記原因に関する誤は登記の効力に関係ない。これが現在の判例である。１２２頁註９の記載参照。

　　　　２　現在の登記が事実に符合せる以上それ以前の登記にして事実に符合せざるものあるも，現在の登記の効力を害しない。大審４４・１２・１５民２録１７輯８０７頁。

　　　　３　たとい登記面の記載が物権変動の実体と精確に適合しないでも，例えば建物の実坪数と登記坪数との間に多少の差異があるように，その記載は結局その建物を指すので坪数に関する多少の差異のためその同一性を見誤るような虞がなければ，ためにその登記の効力を害するものでない。大審３８・６・７民２録１１輯９０６頁。

　ロ　形式的要件

　登記が有効に成立するためには，独り上記の如き実質的要件の存在を必要とするのみならず，「登記法ニ定ムル形式上ノ要件ヲ充タスコトヲ必要トシ之ヲ缺ク所ノ登記ハ不適法ナルヲ以テ請求ニ因リ之ヲ抹消シテ原状ニ復セシムルコトヲ得ベク既ニ為シタル登記ガ実体上ノ要件ヲ具備スルノ故ヲ以テ其形式ノ不備ヲ不問ニ置クコトヲ得ザルモノトス」〔註４０〕。この場合においても不法の登記にして抹消せられざる以上これと相容れざる新なる登記を為すことを得ぬ。

　　〔註４０〕　大審４５・２・１２民２録１８輯９７頁，同６・３・１９民２録２３輯４９９頁。

　なおこの場合にはたとい形式上の理由で抹消されても，実質上の物権変動はこれがため何等の影響を受くべき訳がない〔註４１〕。したがって改めて形式を整えた上第２の登記をなし得べきこと勿論である。

　　〔註４１〕　大審６・３・１９民２録２３輯４９９頁。

２　実質的効力

　登記が有効に成立するためには以上の如き要件を具備することを要する。しかしかかる登記が有効に成立することは民法上「不動産ニ関スル物権ノ得喪及ビ変更」の発生要件ではない〔註４２〕。ただ「登記ヲ為スニ非ザレバ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（１７７条）。

　　〔註４２〕　大審６・１０・２２民２録２３輯１６７５頁参照。

　イ　当事者間の効力

　ここに当事者とは第１７７条に所謂「第三者」以外の者のすべて，すなわち物権変動により直接法律上の効果を受けた者〔註４３〕及びその包括承継人〔註４４〕を謂う。

　　

　　〔註４３〕　例えば（１）意思表示による物権移転の場合には譲渡人譲受人共に当事者である。（２）地上権の譲渡についてはその譲渡人及譲受人のみ当事者で土地所有者は第三者である（大審４０・７・８民２録１３輯７７２頁）。（３）取得時効による取得は性質上原始取得だけれども，一方が権利を得る結果として他方がその同じ権利を失う点において登記上はこれを承継取得と同等に取扱わねばならぬから（１３０頁註１８参照），独り時効取得者のみならず喪失者も亦当事者と解すべきである。したがって取得者が喪失者に向って時効取得を対抗するには敢て登記を必要としない（大審７・３・２民３録２４輯４２３頁）。なお民３９７条による抵当権の消滅についても同理が認められて次の如く云われてる。「取得時効ノ完成ニ因リ抵当権ガ――法律上当然ニ――消滅スルモノナレバ抵当権者ハ所有者ト同様ニ時効ノ当事者ナリト解スベク（中略）従ツテ右時効ニ因ル所有権ノ取得ハ登記ナクシテ抵当権者ニ対抗シ得ル」。大審９・７・１６民１録２６輯１１０８頁。（４）なお「債権者ガ第４２３条ニ依リ債務者タル不動産売主ニ代リテ買戻権ヲ行使シタルトキハ買主ハ該売主ニ対シテ有スル一切ノ抗弁ヲ以テ之ニ対抗シ得ルモノトス従ツテ其債権者ハ本条ニ所謂第三者ニアラズ」（大審４３・７・６民２録１６輯５４７頁）。

　　〔註４４〕　大審４・１１・４民２録２１輯１８１８頁，大審６・３・１９民２録２３輯４９９頁。なお大審５・３・１１民３録２２輯７３９頁は立木の対抗要件に関して同様の主旨を認めて居る。

　１　登記は第三者に対する対抗要件に過ぎないから，（１）当事者相互間においては未だ登記なしといえども互に物権変動を対抗出来る。（２）したがって登記が手続欠缺のため抹消せられるも当事者相互間の関係はこれがため何等の影響を受けるものでない〔註４５〕。　

〔註４５〕　大審６・３・１９民２録２３輯４９９頁。

　２　当事者中物権変動の結果その登記を得るにつき利益を有する者（登記権利者）はその登記のため自己の登記に変更を受くべき者（登記義務者）に対し登記申請に協力すべきことを請求する権利（登記請求権）を有すること上述の如し〔註４６〕。

　　〔註４６〕　１４２頁註３４参照。

　ロ　対外的効力

　物権変動を登記すれば以後これをもって何人にも対抗し得るに至る。これに反して「登記ヲ為スニ非ザレバ〔註４７〕之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（１７７条）。

　　〔註４７〕　登記を為さざるにつき過失ありや否やを問わぬ（大審４４・１２・２０民２録１７輯８７１頁）。

　（イ）　対抗力の意義及び内容

　１　「対抗スルコトヲ得ズ」とは物権変動は実質上既に発生してるけれども，当事者の側から第三者に向ってこれを対抗出来ぬと謂う義である。したがって例えば甲所有の不動産について乙のためになされた物権変動が日附においては丙のために為されたそれに先立って居ても，前者の登記なき間に後者が登記されれば，後者はかえって前者に優先する。乙のためにする物権変動は実質上存在するけれども第三者たる丙に対してその存在を対抗出来ぬ〔註４８〕〔註４９〕。

　　〔註４８〕　これ故に

　　　１　甲所有の不動産が――売買（大審３９・４・２５民２録１２輯６６０頁），相続（大審４・１０・２民３録２１輯１５４１頁，同５・１１・１１民３録２２輯２２２４頁），買戻（同４・３・２４民３録２１輯２７５頁），解除（同４２・１０・２２刑１録１５輯１４３３頁）等によって――乙に移転されたるにかかわらず未だその登記を了せざる間に，甲がその同一不動産を更に丙に譲渡してその登記を経た場合においては，乙の取得は日附において先立てるにかかわらずなお丙に優先出来ぬ。したがって乙は丙に向って彼が自己の所有権を侵害したりとの非難を為すことが出来ぬのは勿論（上記大審５・１１・１１），たとい甲の丙に対する譲渡行為は自然乙に対する債務不履行を惹起し又は冒認販売の如き犯罪となるようなことがあっても，これがため丙の優先取得はすこしも害せられることがない（上記大審３９・４・２５）。

　　　２　甲所有の不動産が乙に譲渡されたるにかかわらず未だその登記なきに乗じて甲は更にその不動産につき丙のために抵当権を設定して登記をした。この場合――たとい甲について犯罪が成立するようなことがあっても――乙は自己の所有権取得を主張して丙の抵当権を否定することを得ぬ（大審３５・１０・６民２録８輯９巻２２頁，同４３・１１・１刑１録１６輯１８２１頁，同４・１２・３民１録２１輯１９７７頁）。

　　〔註４９〕　以上と異なって

　　　１　乙丙共に未だ登記を了せざるときは何をもって二者の優劣を決すべきか。大審３２・４・１２民２録５輯４巻２３頁は立木に関して二者共に登記なくんば結局実体関係をもって優劣を決するの外なきが故に，先に権利を得た乙が優先すべきだと謂う考を採ってるに反し，大審４３・１・２４民２録１６輯１頁は自己の物権変動にして登記なき以上は自ら登記を為さざる第三者に向っても亦自己の物権変動を対抗出来ぬと認めて居る。すなわち乙丙の間に優劣を認めず乙丙は互に反対者の物権変動を否認し得ると云うのである。

　　　２　ある建物についてまず甲のために所有権保存登記が為された後，更に別の登記用紙において乙のために所有権保存登記が為されたような場合には，無論乙の登記は無効である（大審４・１０・２９民１録２１輯１７８８頁）。

　乙から丙に向って「対抗スルコトヲ得ズ」とは，乙が物権変動を主張するに対し丙がこれと反対又は相容れざる事実を主張した場合に，乙の主張はこれを認めぬと謂う意味である。しかし裁判所が本条を適用するがためには（１）乙の主張する物権変動について登記欠缺せること及び（２）丙が乙の主張する物権変動と反対又は相容れざる事実を主張せることの二要件あるをもって足り，特に丙において登記欠缺の事実を主張して本条の保護を求めたることを必要とせぬと云うのが大審院の考である〔註５０〕。もっとも丙において特に積極的に本条の保護を受くる利益を抛棄したる事実あるときは本条を適用すべき限にあらざること勿論である〔註５１〕。

　　〔註５０〕　この点は（１）かつて大審４５・６・２８民２録１８輯６７０頁によって反対に解され「其登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ利益ヲ有スル第三者ハ同条ノ保護ヲ受ケント欲スル趣旨ヲ主張スルニアラザレバ同条ノ適用ヲ受クル事ヲ得ザルモノトス蓋シ（中略）第三者ガ特ニ之ヲ主張セズシテ実際ノ事実ニ基キ其得喪変更ヲ論争スル場合ニ於テモ尚同条ヲ適用スベキ理由存セザレバナリ」と謂われて居たのだが，（２）大審５・１２・２５民２録２２輯２５０８頁は上告人が右の判例を援用せるにかかわらず何等の説明を与えずして全然これと反対に「民法１７７条ハ第三者ニ抗弁権ヲ与フル趣旨ニアラズ苟モ登記ナシトノ事実アル以上第三者ニ対シ権利ノ得喪変更ヲ主張スルヲ得ズト云フニアリテ第三者ガ登記欠缺ヲ主張スルニ及ビ始メテ此点ニ付キテ判断ヲ為スベシト云フモノニアラズ原判決ノ確定シタル事実ニ拠レバ相続ニ因ル移転登記ナキコトハ当事者間ニ争無キ事実ナルヲ以テ此事実ニ対シ民法１７７条ヲ適用シタルハ相当ニシテ何等ノ違法ナシ」と判決してる。本判決は要するに丙が乙の主張と相容れない反対事実を主張せる以上特に登記欠缺を主張して１７７条の保護を求めずとも，裁判所において自ら登記欠缺の事実を認めた以上は丙を保護すべきだと云うので，明に４５年の判決を覆したものである。

　　　　なお大審７・１１・１４民２録２４輯２１７８頁は再び上記４５年の判例に帰ったかの外観を呈してるが右は明治１９年８月法律第１号登記法の解釈に関する。

　　〔註５１〕　大審３９・１０・１０民２録１２輯１２１９頁。

　２　かくの如く登記なき以上，当事者は物権変動をもって第三者に対抗出来ない。

これに反して第三者の側から登記欠缺の主張を抛棄して物権変動の効力を承認するを妨げざるや勿論である〔註５２〕。

　　〔註５２〕　通説は皆かく解する。これに反して川名氏物権１４頁以下は第三者との関係においては全然効力なきの意だと説いて居られる。

　　　　大審３９・１０・１０民２録１２輯１２１９頁は第三者がかくの如く抛棄を為し得ることを認めて「本条ハ第三者ガ対抗ノ権利ヲ抛棄スルトキハ物権ノ得喪変更ハ其者ニ対シ当然効力アルコトヲ示シタルモノトス而シテ第三者ハ其意思表示ノミニテ対抗ノ権利ヲ抛棄スルモ将タ特ニ物権ノ得喪変更ニ付キ利害関係ヲ有スル者ト契約ヲ締結シテ之ヲ承認スルモ妨ナシ」と謂うて居る。

　かく解するの結果として例えば（イ）未登記の間といえども隣地者の相隣権に基く各種の主張（通行権，立入権，排水権等）を拒むことを得ず，（ロ）地上権者永小作権者等の用益物権者は不動産の新所有者が未だ取得登記を為さざる間といえどもこれを所有者として取扱うことを妨げず，（ハ）又土地の工作物所有者はその登記未了の故をもって第１７７条の責任を回避するを得ないのは勿論である。

　（ロ）　対抗力の発生及び存続

　１　対抗力は登記によって発生する。

　２　一旦発生した対抗力が存続するためには登記存続することを要す。ゆえに登記が後に至り物権変動の真実の内容を表示せざるに至れるときは，その原因が当事者の申請に基くとはたまた登記官吏の過失に出づるとを問わずその真実の内容をもって第三者に対抗することを得ぬ〔註５３〕。

　　〔註５３〕　例えば旧登記簿より新登記簿に移記の際根抵当の表示を遺脱したときは以後根抵当たることをもって第三者に対抗し得ぬ。大審８・８・１民１録２５輯１３９０頁。

　（ハ）　対抗力の人的範囲――「第三者」の意義

　登記なき物権変動は「之ヲ以テ第三者ニ対抗スルヲ得ズ」。ここに「第三者」とは物権変動の当事者及びその一般承継人〔註５４〕を除いた以外の者を謂う。

　しからばこれ等の「第三者」に対してはすべて対抗し得ないのか。それとも第三者ではあるが対抗し得るものもあるのか。

　　〔註５４〕　「当事者」の意義については１４９頁参照。

　１　第三者の善意悪意を問わざることについては異論ない〔註５５〕。

　第１７７条の目的が第三者の保護に在るならば，悪意の――すなわち物権変動を知れる――第三者に対してだけは，たとい登記がなくとも，物権変動を対抗し得てしかるべき訳である。しかし善意者に対しては対抗し得ざるに反し悪意者には対抗出来ると謂うことなれば，物権の対抗力が問題になる毎に，第三者の善意悪意が訴訟上に争われて事が面倒になる。これ本条がいやしくも登記なき以上第三者の善意悪意に関係なくすべてこれに対抗し得ざることとした所以である。

　　〔註５５〕　大審４３・１１・１刑１録１６輯１８２１頁，同４５・６・１民１録１８輯５６９頁。

　２　次に不動産登記法中に「詐欺又ハ強迫ニ因リテ登記ノ申請ヲ妨ゲタル第三者ハ登記ノ欠缺ヲ主張スルコトヲ得ズ」（４条）及び「他人ノ為メ登記ノ申請スル義務アル者（他人の財産管理人，法定代理人等として又は委任によってかかる義務を負担せるものの意）ハ其登記ノ欠缺ヲ主張スルコトヲ得ズ但其登記ノ原因ガ自己（すなわち義務者）ノ登記ノ原因ノ後ニ発生シタルトキハ此限ニ在ラズ」（５条）との規定がある。何れも自ら不当に他人の登記を妨げつつしかも自己の利益のためその欠缺を援用することを禁ずる主旨の規定であって，これ等の「第三者」に対しては登記なしといえどもなお当該の物権変動を対抗し得べきこと勿論である。

　３　第三者は「特ニ登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ正当ノ利益」を有する者のみに限るや否や〔註５６〕。

　　〔註５６〕　この問題については鳩山氏法協３３巻９号４６頁以下が良い参考書である。

　この点に関し大審院はかつて消極説を採って居たが〔註５７〕，明治４１年１２月２５日の民事連合部判決〔註５８〕この方説を改めて積極説を採るに至り，爾来多数学者の反対あるにかかわらず，今日なお依然としてこれを維持して居る。

　　〔註５７〕　大審４０・１２・６民２録１３輯１１７４頁等。

　　〔註５８〕　録１４輯１２７６頁。

　右明治４１年の判決は次の３点を根拠とする。（１）民法が登記をもって単なる対抗要件に過ぎずとなせる以上，「物権ハ其性質絶対ナリトノ一事」にのみ重きを置いて第三者の意義を定めることは出来ぬ。「時ニ或ハ待対――「相対」の意――ノ権利ニ類スル嫌アルコトハ必然ノ理ニシテ亳モ怪ムニ足ラザルナリ」。（２） 「本条ノ規定ハ同一ノ不動産ニ関シテ正当ノ権利若クハ利益ヲ有スル第三者ヲシテ登記ニ依リテ物権ノ得喪及ビ変更ノ事状ヲ知悉シ以テ不慮ノ損害ヲ免ルルコトヲ得セシメンガ為メニ存スルモノナレバ」その趣旨に応ずるだけの制限を附して解すべきは当然である。けだし（イ） 「対抗トハ彼此利害相反スル時ニ於テ始メテ発生スル事項ナルヲ以テ不動産ニ関スル物権ノ得喪及ビ変更ニ付テ利害関係アラザル者ハ本条第三者ニ該当セザルコト尤著明ナリ」，（ロ） 「又本条制定ノ理由ニ視テ其規定シタル保障ヲ享受スルニ直セザル利害関係ヲ有スル者ハ亦之ヲ除外スベキハ益疑ヲ容ルベキニ非ズ」。

　この理由によって大審院は「本条ニ所謂第三者トハ当事者若クハ其包括承継人ニ非ズシテ不動産ニ関スル物権ノ得喪及ビ変更ノ登記欠缺ヲ主張スル正当ノ利益ヲ有スル者ヲ指称ス」との原則を樹立し，これに基いて（１） 「第三者」中に入るべき者は例えば（イ） 「同一ノ不動産ニ関スル所有権抵当権等ノ物権又ハ賃借権ヲ正当ノ権原ニ因リテ取得シタル者」，（ロ） 「同一ノ不動産ヲ差押ヘタル債権者若クハ其差押ニ付テ配当加入ヲ申立テタル債権者」等であり，（２）入らざる者は例えば「同一ノ不動産ニ関シ正当ノ権原ニ因ラズシテ権利ヲ主張シ或ハ不法行為ニ因リテ損害ヲ加ヘタル者」の類であると謂って居る。

　これ要するに，大審院は「登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ正当ノ利益」を有するや否やを標準として「第三者」なりや否やを決すべきことを標榜して居る。しかしその実際的適用をその後幾多の判例について審査して見るとその結果は極めて複雑である。その中重なものを大体分別すると左の通りである。

　１　当該不動産について直接何等の権利または利益を有せざる者。

　（イ）　不動産所有者に対して単純なる債権を有するだけでは未だもって当該不動産について権利または利益を有するとは謂い難い（大審４・７・１２民２録２１輯１１２６頁） 〔註５９〕。

　これ反して（１）その不動産について賃借権を有する者（上記大審４１・１２・２５中の議論），（２）「同一ノ不動産ヲ差押ヘタル債権者若クハ其差押ニ付キ配当加入ヲ申立テタル債権者」（上記大審４１・１２・２５中の議論，同８・１２・８民２録２５輯２２５０頁，同９・２・２３民３録２６輯１５２頁中の議論）等は不動産について直接「権利又ハ利益」を有する。

　　〔註５９〕　債権者が未だ差押又は配当加入を為さざる間に債務者が華族世襲財産の登記を為したる場合において，債権者はその登記前既に右登記の欠缺を主張して世襲財産たることを否認する権利を有し居たるをもって，後より登記せられるもその権利を失う筈なしと主張せるに対し，大審院は単純なる債権者は未だかかる権利なかりしものなりとの判断を与えた。

　（ロ）　前主の無権利によりて不動産の譲渡が無効なる場合には――たといこれを登記するも実質的要件を欠くがため無効なるが故に（１４５頁以下参照）――その譲受人は何等の権利を有せず。したがって第三者が真実の権利者より同一不動産を取得して未だその登記を経ざるも，右第１の譲受人は登記欠缺を主張し得ず。例えば

　１　被相続人が不動産を甲に贈与遺贈その他移転したが未だその登記を経ざるか又は一旦為されたる登記が抹消せられ居る間に，被相続人死亡したるにより，相続人は外観上相続財産中に在る不動産を乙に移転し（又は抵当に入れ）て登記を経た。この場合――相続人は無権利にしてかつ吾民法上の登記には公信力がないから――乙は結局無権利者なるが故に甲の登記欠缺を主張し得ず（大審４４・９・２６民１録１７輯５１１頁，同４４・１２・１５民２録１７輯７８９頁，同元・８・１９民２録１８輯７３３頁，同３・１０・９民２録２０輯７２７頁等）。

　２　長男甲を除籍した後被相続人が死亡した。次男乙相続の登記を為したる上，不動産を第三者丙に売却して登記を経た。ところがその後甲は除籍の無効を主張して相続を回復し丙に向って――本来自己に属すべかりしものなりとの理由によって――不動産の返還を請求した。この場合に丙は無権利なる故甲に対して登記欠缺を主張し得ず（大審４３・４・９民１録１６輯３２２頁）。相続欠格者が相続登記を為したる上第三者に移転登記を為した場合についても同旨が認められてる（大審３・１２・１民１録２０輯１０３４頁）。

　３　他人の家屋を横領しその他何等正当の原因なしに自己名義に保存登記を為した者からその家屋を目的とする抵当権を得て登記を経るも，実は権利を取得し得ないから自ら「第三者」として真正の家屋所有者の無登記を主張し得ぬ（大審３・１０・２刑２録２０輯１７７１頁，なお類似の事件につき大審２・３・２０民１録１９輯１５８頁，同９・１１・２５民２録２６輯１７９４頁等）。

　２　当該不動産について権利又は利益を有すれどもその権利利益それ自身が別個の実体的理由によって登記欠缺者に対抗すべからざるものなるがため全く権利又は利益を有せざる者と同一に取扱わるべき者。

　（イ）　甲乙間の不動産売買は虚偽の意思表示にして無効なるも，これを知らずして買主乙の相続人丙より該不動産を買受けた丁は善意の第三者なるが故に右の無効はこれをもって丁に対抗出来ぬ（９４条参照）。したがってこの場合別に直接甲から該不動産を買受けた戍は――甲乙間の売買無効にして甲は依然として所有権を有する故――実質上所有権を取得した訳だが，これをもって丁に対抗せんがためにはその前提として甲乙間の売買の無効なることを主張せねばならぬ。ところが上述の通りそれは許されない。したがって戍は丁に対する関係においては自己の所有権を主張し得ないから，該不動産について全く何等の権利を有せぬのと同じことになる。したがって丁は自ら登記なしといえども戍に向って自己の権利取得を対抗し得る（大審９・７・２３民１録２６輯１１５１頁）。

　（ロ） 「債権ノ譲受人ガ其主タル債権ノ譲渡ヲ以テ債務者ニ対抗シ得ザル以上仮令従タル抵当権ニ付キ移転登記ヲ経タリトスルモ債務者ノ債権譲渡人ニ対スル債務弁済ニ因ル消滅ノ登記欠缺ヲ主張シ抵当権取得ノ保護ヲ受ケ得ベキ者ニ非ザルヲ以テ該譲受人ハ第１７７条ニ所謂第三者ニ非ズ」（大審１０・３・１２民３録２７輯５３２頁）。

　３　他人の不動産の不法占有者

　（イ）　他人の不動産の不法占有者は自己に占有権あるの故をもってその他人の登記欠缺を主張し得ぬ（大審４３・２・２４民１録１６輯１３１頁，同９・４・１９民２録２６輯５４２頁）。

　（ロ）　したがって賃貸借終了せるにかかわらず賃借物を開渡さざる賃借人は不法占有者に外ならざれば，例えば甲の賃借権消滅後未だ賃借物を返還せざる間に乙が別に賃借権を得かつこれを保全するがため賃借物所有者に代位して賃借物の開渡を請求したる場合に甲は乙の賃借権の登記なきことを理由としてこれを拒むことを得ぬ（大審９・１１・１１民２録２６輯１７０１頁）。

　４　他人の不動産に対する不法侵害者

　（イ）　甲が所有山林を乙に売り乙は更に丙に売った。しかし乙丙の取得共に登記がない。甲がこれに乗じてその山林の一部を丁に二重売して不当の利得を得た。その後丙が乙に対する登記請求権が行う前提として乙の甲に対する登記請求権を代位行使した所，甲は乙丙間の売買に対する関係においては第三者であり，しかも丙の取得には登記がないとの理由でその請求を拒絶した。大審院はこの場合甲は丁に対する二重売によって不当の利得を得てるから丙の登記欠缺を主張するにつき正当の利益を有せぬと謂うて居る（大審４３・７・６民２録１６輯５３７頁）。

　（ロ）　この理由をもってすれば，例えば甲が乙に建物を売ったが未だ登記のない間に第三者丙が不法にその建物を侵害したからと云うて乙賠償を請求したるに対し，丙は登記欠缺の故をもってこれを拒み得ないことになる。この事例は未だ大審院判例中に見当らないけれども原則だけは上記４１・１２・２５判決中（１６１頁）に認められて居る。

　以上の諸判例を通覧すると，大審院は「登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ正当ノ利益」を有するや否やを標準として「第三者」なりや否やを決すべきだと云う原則を標榜してることが分る。

　１　私はこの大審院の標榜する所を正当なりと謂いたい。なぜなれば，たとい第１７７条には文字上何等の制限なくとも，実際上「登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ正当ノ利益」を有せざる者にまで登記欠缺を主張して物権変動を否認する権利を与える必要は少しもないから。

　２　しかし大審院がこの標榜の下に，実際上「第三者」中より除外すべきものとしてる諸場合が，実質上正当なりや否やを判断するについては，「一体我民法は登記によって如何なる人を保護せんとしてるのか」と云う問題を場合を分けて精細に考えて見ねばならぬ。

　（イ）　まず第１に，甲乙両者が同一不動産上に論理上互に相容れない権利を有すと主張してその優劣を争う場合には，甲乙何れも相手方の権利の存在を否認するについて利益を有する。例えば，丙がその所有地を順次に甲乙に二重売却を為した場合に，もし甲に権利ありと云うことになれば，乙は権利を取得するを得ず，又もし乙に権利ありと云うことになれば，甲には権利なきこととならねばならぬ。したがって甲は先きに買ったけれどもその登記をせざる間に，乙が又丙から買取って登記を済ませたとすれば，乙は甲の登記欠缺を主張して彼の権利者たることを否認するにつき利益を有する。なぜなれば，これを否認するにあらざれば理論上自己の権利取得の有効を主張し得ないのだから。

　　　しからば，右の場合もしも乙の取得が――何等か別に実質的の理由があって――無効であったとすれば，どうだろう。この場合甲は必ずや次の如く主張するに違いない。「もしも甲の権利があるとすれば論理上これと矛盾する乙の権利はあり得ない。だから乙がその矛盾を取除いて自己の権利を活かすためにはどうしても甲の権利を否認する必要があるのだ。しかるに今乙は別に妨げがあって実質上権利を取得出来なかった。したがって仮に甲の権利取得を否認し得たとしても彼れ自らにはこれによって活かすべき何等の権利もない。本来自己の権利を活かすためにこれと矛盾する甲の権利を否認することを許すのが第１７７条の精神である。したがって「否認」によって「活かす」べき権利なき者には否認の権利を与える必用がないのだ」と。

　　　この甲の主張は正当と認めねばならぬ。なんとなれば，上述のごとく（１４５頁以下）吾民法上権利変動の実質なき以上はたとい形式上これを登記しても何等の効力をも生じない，したがって乙が――実質上の妨げによって――権利を取得せざりし以上形式上登記してもなお自ら主張すべき何等の権利をも有しないのだから。

　　　この考を発展して出来たのが前記１及び２の下に列挙した諸判例である。その中には実質上乙に権利無しとする実体的理由の研究が不完全なため結論までも不当になったものもあるが，大体において正当である。そのすべてに通ずる考を摘記すると次の原則になる。

　　　〔第１原則〕

　　　　　甲の物権変動について登記なきことを主張せんとする者は，もし甲の物権変動を認めるとすれば内容がこれと両立せざるがため論理上当然に否認されねばならぬ権利を有する者なることを要する。ゆえに

　　　　イ　別に実質上の理由があってかかる権利を有せざる者は甲の登記欠缺を主張し得ず。

　　　　ロ　かかる権利を有するけれども――別に実質上の理由があって――これをもって甲に対抗することを禁ぜられてる場合亦同じ。

　（ロ）　次に，甲は実質的に権利を有するにかかわらずその登記をしてない。けれども乙は同一不動産上に甲の権利と矛盾すべき何等の権利をも有せざるが故に，以上（イ）の説明したような問題は起らない。しかし例えば乙が甲の実質的に所有する物権を侵害したるがため，甲から物権的請求権又は賠償請求権を主張された場合には乙は――甲の権利者なることについて登記がないから――甲が果して物権者なりや否や，したがって請求権者なりや否や正確に知り得ないため，甲の請求を拒絶し得るのではなかろうか。彼は判例の所謂「同一ノ不動産上ニ正当ノ利益」をこそ有しないけれども，「登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ正当ノ利益」を有するのではなかろうか。そうだとすれば以上の諸判例中３及び４に掲げたものはすべて不当だと云わねばならぬことになる。従来判例を非難する学者の中にはこの論を為す者が少くない。

　　　しかし，吾民法上登記は物権変動を主張するについて許される唯一の証拠方法ではない。実質上の権利者たる甲のために登記がなくかえって第三者丙のために登記されてる場合でも，甲は侵害者乙に対して別個の実質的材料によって自己の権利者なることを主張し丙の登記は真実に合致せざる故無効なることを主張すれば，裁判所は甲の主張を容れねばならぬ。丙のためにする登記には丙を権利者なりと推測する力はあるけれども，甲は反証によってこれを覆し得る。これが吾民法上の登記の効力である（１７０頁以下参照）。

　　　して見れば，右の場合不法占有者ないし不法侵害者は一見「登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ正当ノ利益」を有するようだが，吾民法上の登記にしてその効力上述の如くなる以上，結局甲の請求に応ぜねばならぬ。したがって彼等もまた「第三者」から除外されねばならぬ。すなわち上記３及び４の諸判例も――理論は別問題として――結論において正当だと云わねばならぬ。私はこの結論を以上の理論によりて合理的に説明したい。そうして次の原則をもってこれを言い表わしたいのである。

　　　〔第２原則〕

　　　　　物権侵害者に対して侵害の排除又は損害賠償を請求するがためには，その物権が登記されてることを必要とせぬ。実質上の権利者――すなわち被害者――は別に方法を求めて自己の権利――したがって被害――を証明し，もって右の請求を為し得る。侵害者は登記の欠缺を理由として請求者の物権者――したがって被害者――たることを否定し得ぬ〔註６０〕。

　　〔註６０〕　この点は私がかつて債権各論１０６頁以下において説いた所と全く異なって居る。

　要するに，私は「第三者」の意義について大審院の主張する結論を，大体において是認する。これを以上の理論によって合理的に説明し，その結果を纏めて以上の２原則とした。私は今後大審院がただ漫然と「登記ノ欠缺ヲ主張スルニ付キ正当ノ利益」ありや否やを標準として事を決してる従来の態度を改めて，以上の２原則とその基礎たる理論とを標準として精細に個々の具体的事件を観察判断せんことを希望する。

３　形式的効力

　物権変動が事実存在してもこれを登記しなければ第三者に対抗出来ぬ。しからばこれと反対に登記はあるがその表示する物権変動が真実に合わざる場合に登記は何等かの効力を有すべきか。

　イ　推測力

　権利変動の実質なきにかかわらず，これありとして登記せられるも，その登記は無効である。したがってこれがため不利益を受ける者は，何時にても登記上の表見的権利者に対して登記抹消の請求を為し得る。これ先きに登記の実質的要件として説明した所である（１４５頁以下参照）。

　かくの如く，権利変動の実質を伴わざる登記は無効である。けれどもいやしくも公簿に記載されてる以上一応その記載事項を真実なりとするの推測力あるものと解せねばならぬ〔註６１〕。無論単純なる推測に過ぎないから反対事実の証明によってこれを覆し得るのは勿論である。

　　〔註６１〕　ドイツ民法８９１条にはこの主旨が明言されてる。

　１　ゆえに訴訟当事者の一方が登記の内容と反対の事実を主張しかつこれを立証したるときは，裁判所はその主張を容れて裁判の基礎とせねばならぬ。すなわち登記は物権関係を主張するについて許される唯一の証拠方法ではなく，別に反証を挙げて直に登記の内容と反対の事実を主張し得る。敢てまず抹消手続を為すことを要せぬ。

　２　けれども，ある人が登記の内容を否認して，これと相容れない新な登記を申請する場合には――現在とにかく形式上登記が存在するのだから――まず従来の登記を抹消する手続をとらねばならぬ。この手続を執らずして「直ニ登記ナキモノト看做シテ別ニ――これと相容れない内容の――登記ヲ申請」することは許されない〔註６２〕。実質上無効のものなりや否やは別としてとにかく現存する登記は一応登記官吏を拘束する。その登記の抹消されざる間はこれと矛盾する登記申請を受理出来ない〔註６３〕。

　　〔註６２〕　大審４３・５・２４民１録１６輯４２２頁，同３・８・３民２決定録２０輯６４１頁，同７・４・３０民２決定録２４輯１０５９頁。

　　〔註６３〕　大審７・１２・３民１決定録２４輯２２８０頁。

　３　なお不動産については登記の推測力と占有権の効力としての推測力（１８８条）とが矛盾抵触することがあり得る。この場合に何れに重きを置くべきかについては何等の明文がない。しかしいやくしも登記ある以上第１８８条は適用なきものと解するのが不動産公示制の精神上正当と思う。これに反して未登記不動産についてはなお同条の適用あるものと解する〔註６４〕。

　　〔註６４〕　中島氏物権上１６３頁は登記せる不動産にも１８８条の適用ありとし登記による推測力と１８８条による推測力とは互に優劣なしと云う。しかし１８８条は諸外国の立法例では動産にのみ限った規定である（フランス２２７９条，ドイツ１００６条等）。吾民法にはこれを動産に限るべしとする明文はない。しかし事物の性質上登記せる不動産には適用すべきでないと思う。

　ロ　公信力

　真実に合せぬ登記は無効にして抹消せらるべきものなること上述の通である。しからば登記の真実に合せざることを知らず登記の記載に依頼してその上に権利関係を築いた者は法律上如何にこれを取扱うべきであるか。

　登記制度の精神を極端まで貫徹して第三者の保護を完全ならしめんとすれば，いやしくも登記せられたる以上たといその内容が真実に合わずとも登記上の記載に重きを置かねばならぬ。この意味においてドイツ民法（８９２条，８９３条，１１３８条以下），スイス民法（９７３条９７４条）等は登記に公信力öffentlicher Glaube， foi publiqueを認めいやしくも登記の内容を信用してその基礎の上に権利関係を築いた者はすべてこれを保護する〔註６５〕。

　　〔註６５〕　公信力については鳩山氏法協３３巻１２号７４頁以下参照。

　ところが我民法は全然かかる効力を認めない〔註６６〕。「登記簿上不動産ノ所有名義人タルモ本来所有権ヲ有セザル者ヨリ之ヲ買受ケタルトキハ所有権移転ノ効果ヲ有セザルコト勿論ナレバ買受人ガ所有権移転ノ登記ヲ為シタルト其売渡人ノ所有者ナラザルコトヲ知ラズシテ買受ケタルトニ拘ラズ真正ノ所有者ハ――自らの権利については登記なきにかかわらず――其権利ヲ以テ之ニ対抗シ得ルモノトス」〔註６７〕。したがって場合によっては登記を信用してその上に権利関係を築いた善意の第三者に対し結果が頗る残酷に見ゆる場合が少くない。

　公信力は論理上必ずしも登記制度に伴わねばならぬものでないにしても，もし今日のままに放置すれば場合により登記は事実上全く何等の効用なきに至る。これ等は将来特に立法をもって改正を要すべき点と思う〔註６８〕。

　　〔註６６〕　吾民法上登記に公信力なきことは学者の均しく認むる所である。鳩山氏法協３３巻７号４６頁以下，中島氏物権上６２頁，横田氏物権１０１頁。

　　〔註６７〕　大審４１・１０・２７民１録１４輯１０５２頁（隠居者が留保した不動産を相続人が相続したと称して登記を為した，その登記を信頼して相続人から同不動産を買受けた場合），同８・４・２民３録２５輯６１５頁（偽造の売買証に基く所有権移転登記を信用して地上権の設定を得たる場合），同９・９・３民１録２６輯１２３１頁（登記上所有名義人なれども実質上無権利なる者の相続人が相続登記を為したる上第三者のために抵当権を設定した場合），同３・１０・２刑１録２０輯１７７１頁（他人の家屋を横領して保存登記を為した者から抵当権の設定を得た場合）等。

　　〔註６８〕　改正意見については註６６に引いた鳩山氏参照。

　　　　　　第３目　動産物権変動の公示方法

　「動産ニ関スル物権ノ譲渡ハ其動産ノ引渡アルニ非ザレバ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（１７８条）〔註１〕。

　　〔註１〕　立法上の見地から見た本条の価値については１１３頁以下参照。なお以下に説明する所を見ると如何に民法が無用な形式的並列のみを尊み規定の実際的活用を無視してるかが分る。

１　本条の適用を受くる物権

　本条は広く「動産ニ関スル物権」と云って居るが実は動産所有権のみを指すものと解せねばならぬ。民法の認めた動産物権中，（イ）占有権・留置権及び動産質権は権利の性質上目的物の占有をもってその成立要件又は存続若しくは対抗要件とするから（１８２条１項，２０３条，２９５条，３０２条，３４４条，３４５条，３５２条）更に本条を適用する必要ない〔註２〕。（ロ）先取特権は法律が特に特種の債権者保護のために設けた法定担保物権で，その特種の債権者たる地位と結合して終始し，全然目的物の所持と関係ない権利だから，無論本条の適用を受けぬ。

　　〔註２〕　反対論として本条は留置権及び動産質権にも適用ありとする者（中島氏物権上７４頁）及び動産質権にも適用ありとする者（横田氏物権１０７頁）がある。

　ゆえに本条はむしろこれを動産所有権変動の部に移すか又は占有の効力として規定するを適当とする。

２　本条の適用を受くる変動

　本条の適用を受くる物権変動は「譲渡」すなわち当事者の意思表示による所有権移転のみである。それ以外の場合例えば取得時効・相続等に在っては事実本条の如き規定を必要としないからである。

　「譲渡」は生前行為なると死因行為（死因贈与遺贈）なるとを問わぬ。しかし包括遺贈に在っては目的物の占有は遺贈者の死亡によって当然受遺者に移転すること普通の相続人におけると全然同じだから（１０９２条，２３９頁占有権の相続に関する部参照）本条を適用する必要がない。

３　公示方法

　動産物権譲渡の公示方法は「動産ノ引渡」である。

「引渡」とは現実に物を授受するを云う。しかし民法上現実的引渡に代わるべき便法として認められた（イ）簡易の引渡（１８２条２項），（ロ）占有改定（１８３条），（ハ）指図による占有移転（１８４条）等の諸行為も亦本条に所謂「引渡」中に包含せられるものと認めねばならぬ。この事はもし動産物権変動の対抗要件を独り現実的引渡にのみ限るとすれば実際上不便極なきこと及びこれ等の諸行為は沿革上正にその不便を補うために漸次発達したものなることに鑑み当然と云わねばならぬ。

　もしも公示と云うことにのみ重きを置いて議論すれば右の結論は不合理である。それにもかかわらず学者も判例も共に反対を唱えるものがない〔註３〕。これ第１７８条が元来不徹底な規定たることを示すものである。要するにもし適当な方法があれば動産物権についても公示を完全にするがいい。しかし実際上その方法がないのである〔註４〕。

　　〔註３〕　中島氏物権上７６頁以下，富井氏原論２巻７７頁，横田氏物権１０９頁以下，大審４３・２・２５民２録１６輯１５３頁等。

　　〔註４〕　７５頁以下参照。

４　公示の効力

　物権の譲渡は譲渡行為のみで効力を生ずる。しかし目的たる「動産ノ引渡アルニ非ザレバ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」。

　「第三者」及び「対抗スルコトヲ得ズ」の意義については第１７７条の説明において述べた所（１４９頁以下）を類推して考えられたし。

　なお占有引渡によって生ずる推測力については第１８８条においてこれを述べる。また占有なる外形的事実と実質的権利関係とが合致せざる場合にその外形的事実にある程度の公信的効力を認むる第１９２条についても次章においてこれを説明する。

　　　　　　第４目　立木及び果実に関する物権変動の公示方法

　　　　　　　　　　　　　はしがき　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１７９頁

　　　　　　　　　　　　　第１　立　木　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１８０頁

　　　　　　　　　　　　　第２　果　実　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１９２頁

　土地に生立せる樹木がそのまま土地と独立して取引の目的となり得ることは既にこれを述べた〔註１〕。樹木に附着せるままの果実を他人に譲渡し得ることも亦これを上述した〔註２〕。ところがこれ等は何れも不動産の一部を為すものにして動産にあらざるが故に，そのこれに関する物権変動を第三者に対抗するがためには，動産物権の場合（１７８条）の如く目的物の「引渡」を為したのみでは足りない。しかも現行の不動産登記法中にはこれ等に関する物権変動を「登記」すべき何等の方法をも設けて居ないから，これ等の物権は性質上不動産物権なるに拘らず，第１７７条を適用することが出来ない。

　　〔註１〕　３２頁以下参照。

　　〔註２〕　３０頁以下参照。

　かくの如き現行法の欠点は現在大審院の判例によって補充されて居るから，以下立木と果実とに項を分けて，この点に関する判例法の概要を説明しようと思う。

第１　立木

　現行民法には立木に関する物権変動について何等公示方法の定めがない。立木法（明治４２法律２２号）はこの欠点を補うために出来た法律だが，その適用を受くるは独り「一筆ノ土地又ハ一筆ノ土地ノ一部分ニ植栽ニ依リ生立セシメタル樹木ノ集団ニシテ其ノ所有者ガ本法ニ依リ所有権保存ノ登記ヲ受ケタルモノ」（１条）のみに限り，その他一般の立木に及ばぬ〔註３〕。したがってこれ等一般の立木についてはその対抗要件に関して何等の成文法なく万事は遠く民法施行前から漸次に発達して来た判例法によって規律されて居る。

　　〔註３〕　大審４・１２・８民３録２１輯２０３３頁，同５・３・１１民３録２２輯７４６頁。

　　　なお大審６・７・６民１録２３輯１０９７頁は立木法に所謂「立木」の意味を解して，「立木法ニ所謂立木ハ植栽ニ依リ生立セシメタルモノナルコトヲ要スルガ故ニ自然生ノ樹木ノ如キハ之ニ当ラズ又植栽ニ依リ生立セシメタル樹木ノ集団ナルコトヲ要スルガ故ニカクノ如キ集団ヲ為サザル立木ハ亦之ニ当ラズ又其所有者ガ所有権保存ノ登記ヲ受ケタルモノナルコトヲ要スルガ故ニ未ダ其登記ヲ受ケザルモノハ亦之ニ該当セザルヲ以テ独立シタル不動産ト為ラズ又仮令植栽ニ依リ生立セシメタル樹木ノ集団ニアラザル立木ニ付キ偶々登記存スルモ其登記ハ無効ナリ」と説明して居る。

　判例はこの点に関して左記の如き諸原則を掲げて居る。

１　立木はその生立せる土地の一部である。しかし古来の慣行上土地と独立して取引の目的となり，独立して物権の目的物となり得る〔註４〕。

　　〔註４〕　この点については３２頁以下に上述した所参照。

２　立木の処分をもって第三者に対抗するには左の３方法の何かをとらねばならぬ。

　イ　立木を譲渡すと同時にその生立せる土地の所有権をも譲渡して登記を経ること〔註５〕。

　　〔註５〕　大審９・１・２０民１録２６輯４頁。なお大審３８・５・１５民２録１１輯７２６頁も理由こそ異なれこの主旨を認む。これに反して甲外３名の共有に属する土地上に甲所有の立木が生立せる場合に乙がその立木と共に甲の共有持分のみを取得してこれを登記するも公示方法と認めぬ（上記大審９・１・２０）。

　立木は元来その生立せる土地の一部なるが故に，その土地所有権が譲渡された場合には，当事者別段の留保をなさない限り，立木も亦同時に譲受人に移転するものと見ねばならぬ。したがって土地所有権取得の登記があれば，立木の取得も亦同時に公示される訳である。この点は無論疑問の余地がないけれども，もしこれより外に立木取得の公示方法がないとすれば実際上到底不便に堪えぬ。これ第２以下の公示方法ある所以である。

　ロ　立木を譲受けると同時にその生立せる土地について地上権又は賃借権を設定又は移転せしめること〔註６〕。

　　〔註６〕　大審院が古くから維持してる判例である。大審３９・１・２９民２録１２輯７６頁，同５・２・２２民１録２２輯１６５頁等。

　この判例の理論的基礎は民法が第２４２条但書において認めて居る原則に存するらしい。すなわち地上権又は賃借権によって他人の地上に樹木を生立せしめてる者は附合の原則の適用を受くることなく「権原ニ因リ」独立して立木を所有し得る。したがってその権利を登記しさえすれば，よって生立せしめて居る樹木について公示方法ありたると同一に取扱わるべきだと謂う考を基礎とするらしい〔註７〕。

　　〔註７〕　しかし近時の判例では，かくの如く公示方法として地上権設定の登記を為さしめるのも如上の理論に基くのではなく，これをもってなお以下に説明する第３方法すなわち「第三者ヲシテ権利取得ヲ明認セシムルニ適スル方法」の一種なりとする考に変りつつあるらしい（大審９・７・２０民１録２６輯１０７７頁）。

　この方法は現在広く行われて居る。しかしこれを応用し得るのは譲受の後なお引続き立木を生立せしめて置こうと思う場合のみに限る。頓て伐採する目的をもって立木を譲受ける場合に一々この公示方法を要求することは到底不便にて社会の実状に適せぬ。これ更に第３の公示方法の一般に行われつつある所以である。

　ハ　一般第三者をして立木取得の事実を明認せしめるに足るべき方法を講ずること〔註８〕。

　　〔註８〕　これ亦大審院が古くから主張する原則で，現在では大審院の最も重きを置く判例である。例えば大審３２・４・１２民２録５輯４巻２３頁，同３３・２・１６民２録６輯２巻４６頁，同４０・２・８民２録１３４８頁，同４・１２・８民３録２１輯２０２８頁，同９・２・１９民２録２６輯１４２頁，同９・７・２民１録２６輯１０７７頁，同１０・４・１４民２録２７輯７３２頁等。

　元来民法が物権変動の公示方法として「登記」又は「引渡」を要求してるのは，これが不動産ないし動産に関する権利関係を一般第三者に公示するに最も適当な――若くは少くともそれより外に良い方法のない謂わば已むを得ぬ――方法だと考えたからである。ゆえにこれ等の制度窮局の目的は物権関係を一般第三者に公示しこれをして物権の排他力による損害を蒙ることなからしめるに在る。したがってある種の物について法律上何等特別の公示方法が定められてない場合があれば，何等か適宜の方法により一般第三者をして権利関係を知り得るように計るのが，この場合における法律の欠缺を補充すべき最も適当な方法である。判例が立木取得の公示方法として「第三者ヲシテ権利取得ノ事実ヲ明認セシムルニ適スル方法」の作為を要求してるのは実にこの考に根拠するものである。

　判例がこの種の「明認方法」として認めてる最も重な方法は立木の皮を削ってこれに現在何人が所有者なるかを墨書することである〔註９〕。しかし必ずしもこれのみに限るのではない〔註１０〕。何れにするも「明認方法」は「何人ガ其立木ノ現在所有者ナルカヲ明ナラシムルヲ以テ足リ必ズシモ登記簿ノ記載ニ於ケルガ如ク権利移転者及ビ権利取得ノ原因ヲ明示スルコト」を要しないのである〔註１１〕。

　　〔註９〕　例えば大審９・２・１９民２録２６輯１４２頁は山林中の数箇所に立木の皮を削って現在何人が所有者なるかを墨書するをもって明認方法と認め，又大審１０・４・１４民２録２７輯７３２頁は「山林ノ周囲ニ於テ杉樹ノ最モ太キ分六本ニ孰レモ目通リノ所ニテ縦約三尺位ノ樹皮ヲ剥ギ其部ニ「山崎榮吉―買主の名―所有山林」ト墨書シタル」をもって充分の公示方法ありたるものと認めて居る。

　　〔註１０〕　大審４・１２・８民３録２１輯２０３４頁は薪炭製造用として立木を買受けその山林内に小屋炭竈その他製炭用の設備を為し製炭事業に従事するをもって充分な明認方法と認めてる。　

　　〔註１１〕　大審９・２・１９民２録２６輯１４２頁。

　判例はこの意味の「明認方法」に左の如き効力を与えて居る。

　１　いやしくも立木を取得した以上，上記第１第２の公示方法をとるか又はこの第３の「明認方法」をとるにあらざれば，これをもって第三者に対抗出来ぬ。（１）たとい伐採の目的をもって取得したとしても，動産の場合の如く単純な引渡を為したに過ぎぬときは，未だもって第三者に対抗するに足りぬ〔註１２〕。（２）また買受けた立木の伐採に着手しただけでは，これは単に「使用収益又ハ処分行為ノ如キ権利自体ノ行使ニ外ナラザル行為」に過ぎずして「登記ト等シク第三者ヲシテ譲受人ガ所有権ヲ取得シタルコトヲ知ラシムル方法」ではないから，未だその取得をもって第三者に対抗出来ぬ〔註１３〕。

　　〔註１２〕　大審３８・２・１３民２録１１輯１２０頁。

　　　もっともそれは立木が土地に定着して不動産たる間だけのことである。一度伐採又は土地より引離されて動産となれば以後は「引渡」をもって対抗要件とするに至ること勿論である。この点に関し大審６・１１・１０民３録２３輯１９５５頁は「移植ノ為メ周囲ノ土ヲ掘リ去リテ荒根小根ヲ切断シ土砂ヲ入替ヘタルノミニテ大根ヲ切断セザル状態」にある立木は未だ土地の定着物なるをもってこれが公示は「明認方法」によって為されねばならぬと云うて居る。

　　〔註１３〕　大審８・５・２６民２録２５輯８９３頁。

　２　「明認方法」を尽さなければ，立木の取得をもって「第三者」に「対抗」出来ぬ。その所謂「第三者」及び「対抗」の意義については不動産登記に関する第１７７条の規定を準用してこれを解すべしと云うのが判例の考である。したがって「明認方法」を欠くときは「第三者ノ善意悪意ニ拘ハラズ之ニ対抗スルコトヲ得ザルモノ」と解すべきである〔註１４〕。

　ゆえに「同一ノ立木ノ所有者ヨリ数人相続テ各別ニ之ヲ買受ケタル場合ニ於テ其ノ数人中特ニ其所有権ノ得喪ニ付キ他人ヲシテ之ヲ明認セシムルニ足ルベキ行為ヲ為シタルモノアルトキハ其者ノ売買アリタル時期ノ順序ニ拘ラズ之ヲ其ノ立木ノ所有権者ト為スベキモノトス」〔註１５〕。

　　〔註１４〕　大審９・２・１９民２録２６輯１４２頁以下殊に１４８頁はこれを明言してる。

　　〔註１５〕　大審３８・２・１３法律新聞２６５号。なお数人の買主中そのすべてが明認方法を為さざるときは行為の時の前後をもって権利の優劣を定むべき旨の判例（大審３２・４・１２民２録５輯４巻２３頁）があるけれども，かくの如きは結局公示方法を伴わざる物権に対抗力を認める結果となるから，望ましい結果だと思われない。１５３頁註４９参照。　　　　　　　　　　

　３　この第３の方法たる「明認方法」と上述した第１及び第２の方法との関係如何。

次の二の事柄が問題となる。

　　（１）　立木を取得した者はこの３種の方法中何れを択んでも全くそれ自由であるか。

　全く自由だと謂うのが最近の判例の明示する所である〔註１６〕。かつては「立木トシテ其地上ニ生立セシムル目的ヲ以テ譲渡シタル場合ニハ譲受人ハ地上権若クハ土地ノ賃借権ヲ設定シテ之ガ登記ヲ経由スベク又伐採ノ目的ヲ以テ立木ヲ譲渡シタル場合ニハ譲受人ハ少クトモ他人ヲシテ其所有権ノ移転ヲ明認セシムルニ足ルベキ行為ヲ要スルモノトス」〔註１７〕と謂うて，立木譲渡の目的が伐採に在るときは何れの公示方法を採っても差支ないが，引続き生立せしめ置く目的をもって立木を取得した場合には第１又は第２の方法をとらねばならぬと謂う態度を明に示して居た。私は立木問題に関して判例ないし立法の今後進むべき正当の途を指示すものとして，判例のこの態度を祝福したのである。しかるに最近の判例は明かにこの過去の態度を否定して，方法の選択は全く当事者の自由だと判定した。私はこれをもって判例の退歩だと謂いたい〔註１８〕。

　　〔註１６〕　大審１０・４・１４民２録２７輯７３２頁。

　　〔註１７〕　大審５・３・１１民３録２２輯７４７頁。

　　〔註１８〕　註１６に引いた大審院判決はこれをもって従来の判例に合致するものとして居るけれども，前註に引いた５・３・１１の判例には明に反して居る。大審１０・４・１４の判決は立木取得の後引続きそのまま生立せしめ置くことを目的とする場合においても第３の「明認方法」がありさえすればいいと云うてるけども，それは，さなきだに不確実に陥り易い立木の法律関係をして益々不明確に陥らしめるものだ。なぜなれば立木の皮を削って墨書すると云うような「明認方法」は一時的の―已むを得ざるに出でた―方策に過ぎぬ。永く立木を生立せしめて置く場合の公示方法としては極めて不適当でとかく間違いを惹起し易い。現にこの大審１０・４・１４の事案がその事を証明してる。

　　（２）　甲所有の立木を乙が譲受けて第３の「明認方法」を尽した後，丙が更に甲から同じ立木をその生立してる土地と共に譲受けてその登記―すなわち第１方法（理窟は第２方法でも全く同じである） ―を経た。この場合乙丙何れの権利が優先するか。

　判例は無論乙を優先的に取扱ってる〔註１９〕。３種の公示方法にはその効力において何等優劣なしとするのである。

　しかしこの結果として，第１及び第２の公示方法は実際上極めてその効力が微弱になる。なぜなれば，立木を買わんとする者は，たとい登記簿にはどう書いてあろうとも，必ずまず現場に臨んで既に第三者がこれを取得してる旨の明認方法がありはせぬか，それを検べねばならないからである。たとい登記簿には現在の売主が何時々々山林の所有権を取得したと書いてあっても，第三者がその時以前に同じ立木を買って直に「明認方法」をとって居たとすれば，登記面の所有者たる売主は自己の権利をもってかくの如く先に権利を得て公示方法を施した第三者に対抗することを得ないのだから，買主は結局無権利者から立木を買ったことになる〔註２０〕。かかる間違は元来一時的の已むを得ざる策に過ぎない第３の「明認方法」に対して永続的の効力を認むるがために起るのである。ゆえに私はかつて大審院が進まんとしつつありたるが如く，「明認方法」をもってする公示を独り伐採の目的をもってする立木取得の場合のみに限りたいのである。しかし結局は現在の立木法の外更にこの点を補うべき特別の立法を要するのだと思う。

　　〔註１９〕　大審１０・４・１４民２録２７輯７３２頁。

　　〔註２０〕　大審院が立木について漸次登記の公示力を軽ずるの傾向にあるにかかわらず，同じ第２民事部が１０・２・１７録２７輯３２９頁において「立木ノ所有権ハ其地盤ノ所有者ニ属スルヲ以テ普通トスルヲ以テ地盤ノ所有者ガ何人ナルヤヲ認知スルコトニ依リ一応立木ノ所有権ノ何人ニ属スルヤヲ知リ得ベク而シテ地盤ノ所有権ハ既登記ノ場合ニ在リテハ登記簿ヲ調査スルコトニ依リ容易ニ知リ得ルト同時ニ之ガ調査ヲ為スヲ以テ取引上必要ナル註意ト謂ハザルベカラザルヲ以テ之ヲ怠リタルガ為メ立木ノ所有権ガ地盤ノ所有者以外ノ者ニ属スルモノナリト信ジタルモノトスルモ其善意ナルコトニ付キ過失アルモノ」と謂わねばならぬと謂ってるのは，かなり無理な注文を為すものと云うべきである。　

　４　第３の「明認方法」によって公示し得る物権変動は立木の所有権の譲渡のみに限る。質抵当の如き複雑な法律関係を公示するに適しないからである。しかし表向き売買の形式によって「明認方法」を施しこれをもって売渡抵当その他担保の目的を達し得ることは勿論である〔註２１〕。

　　〔註２１〕　現に大審９・２・１９民２録２６輯１４２頁は担保の目的をもってする立木の停止条件附再売買契約に関する。

第２　果実

　分離前の果実は元物の一部に過ぎぬ。しかし例えば既に成熟に近付いて独立的取引価値を有するに至れば，分離以前といえども独立して物権の目的となるを妨げぬ（３０頁以下殊に註８参照）。無論それがためには適当の公示方法を施して第三者を害せざらしめるの必要があるのだが，現行法中何等この点に関する規定がない。

　その所で判例は上記立木の場合と同理により，特定の人が果実の権利を取得したことが第三者によって明認せられるに適する方法をとれば，第三者に対抗出来ると云う原則を認むるに至った〔註２２〕。

　　〔註２２〕　この原則を最も明白に言現わした判決は大審５・９・２０民３録２２輯１４４０頁以下殊に１４４８頁で，それによると「（前略）第三者ニ対抗スル為メニハ常ニ必ズ其果実ノ定着スル地盤又ハ立木ノ引渡ヲ受ケ若クハ売主ノ承諾ヲ得テ何時ニテモ其果実ヲ収去シ得ベキ事実上ノ状態ヲ作為スルト同時ニ其状態ガ外部ヨリ明認セラレ得ベキ手段方法ヲ講ズルコトヲ要スルハ伐採ノ為メニスル立木ノ売渡ニ於ケルト同一般ニシテ云々」とある。「明認方法」の外同時に「引渡」を要求してる点がやや立木の場合と異なる。

　判例は果実中特に（１）分離前の雲州蜜柑については所有権移転の旨を明記した立札をすれば充分な公示方法ありたるものと認め〔註２３〕，（２）畑地に生育せる桑葉は分離前既に普通の動産と同じく所有権を他人に移転出来るけれどもその移転をもって第三者に対抗するには明認方法を講ぜねばならぬ〔註２４〕。単に当事者間において占有移転を為したのみでは足りぬと定めて居る〔註２５〕。

　　〔註２３〕　大審５・９・２０民３録２２輯１４４０頁。

　　〔註２４〕　大審９・５・５民３録２６輯６２２頁。

　　〔註２５〕　なお生立せるままの葉烟草に関する朝鮮高等法院５・４・２５法律新聞１１２６号参照。

第２章　占有権

　　　　第１節　総　説

第１　占有保護の社会的根拠

１　法律関係を精確に規律して事実の真相を失わぬようにすることは法律の理想である。しかし経済上の取引は迅速を尊ぶ。ところが精確を期すればとかく緩漫に陥り易く，迅速を望めばとかく粗漏に流れ易い。二者は調和せらるべくして，事実上その調和は頗る困難である。財産法を制定するについて立法者の最も苦心するのはこの調和を如何にすべきかにある。一例を引けば，営利を業とする商人は万事の目安を利廻に置く。たとい精確でも緩漫なため商機を逸するようでは事実役に立たぬ。したがって商法は民法よりも遥に迅速を尊ぶ。それですら商人のこの点に関する要求は時勢によって変化する。景気の好い時には和解をしてでも迅速に事を片付けたがる。しかるに一度景気が落ちるととかく精確な解決を希望する。かくの如くこの調和を如何にすべきかの問題は事柄の性質により又時勢によって必ずしも常に同一に答えることが出来ぬ。土地の異なるによって異なるべき亦素よりである。

２　占有保護の問題も畢竟この精確と迅速との調和問題に帰着する。法律が財産関係を規律するに当って，もしも精確のみを目安とすれば万事を精査して事の真相を得るがいい。ところが事の真相を得ることは事実頗る困難な事柄であるのみならず，これがためとかく時間を空費し易い。ゆえに大体誤りなき所を捕えて事を運ぶより外に方法がない。

　例えば吾々が物を買いにゆく。もしもその買わんとする品物が果して事実店主の所有に属するや否やを調べねばならぬとすれば，１冊の古本を買うのでさえ事はほとんど不能に近い。店に在る物品は店主の正当に所有ししたがって正当に売却し得るものなるを通例とする。その通例とする所を捕えてある程度の法律的保護を与え，外形的事実に信頼して取引を進め得るようにする，それがすなわち占有保護の理由である。

　無論外形的事実を保護すれば場合によって真実を犠牲にせねばならぬことがある。したがってこの所にも精確と迅速との調和問題が起る。しかしてその調和を如何にすべきかはその他の社会各般の事情と関連して相対的に定まるべき問題である。これ占有の効力に関する法制が時代により国によって同一ならざる所以である。

　昔は占有に最も強い力を認めた。占有を伴わざる所有はほとんどこれを保護しなかった。人智幼稚にして文字なかりし時代に在っては現在が何よりの証拠である。濫りにその他の証拠を許せば事はかえって不正確に陥り易い。ゆえに占有を伴わざる所有はこれを保護しないのである。その影響は欧州中世の法制にも残って居る。ドイツの　Gewere　フランスの　saisine　イギリスの　seisin　に各々強い力が認められたのはすなわちそれである。同じことは時効期間の歴史にも現われてる。取得時効期間は概して文明の進歩と共に長くなる。その原因は色々あろうが，最も重なものは文字の発明とその流行とにある。文字なき時代には他に証拠がないから占有を離れた所有に強い力を認めぬ。短期間でも他人が占有すればその人の物にしてしまう。ところが文字の発明による証拠方法の進歩と共に，たとい現在占有を離れて居ても所有を確認することが必ずしも困難でなくなった。その所で当初僅かに１年ないし２年なりし時効期間が１０年にも２０年にもないしは４０年にも延びたのである〔註１〕。同じことは現在各国の法律において登記制度あり若くは書面によって取引せられるを常とする不動産におけるよりも，動産について占有が重く保護されてるのによってもこれを認め得る。

　　〔註１〕　このことについてはViollet， Histoire du droit civil francais， p. 616 et suiv.及びTarde， Lestransformations du droit， p. 97 et 98参照。

　占有に与うべき保護の程度は無論昔と今とで違う。しかしこれを保護する社会的根拠に至ると今も昔に均しい。占有なる外形的事実にある程度の法律的効力を与えて実質的権利を証明するの労を省き，もって実際の取引を迅速容易ならしめんとするのである〔註２〕。

　　〔註２〕　ドイツ普通法の下において占有保護の理由に関し大に議論があった。そのことについてはWindscheid-Kipp， Pand. I. S. 743， Anm. 6の記述参照。

第２　占有に関して区別を要する四の概念

占有制度を観察研究するについては常に次の概念の区別を明かにするを要する。

　（イ）　所持　人と物との間に存する一定の事実的関係である（その意義の詳細は第２節第１項第１に譲る）。

　（ロ）　占有　我民法上占有は所持と占有意思とより成る法律要件で，この要件備わるによって初めて占有保護が与えられる。

　（ハ）　占有権　占有なる法律要件を原因として発生する権利である。占有権に基いて更に色々な占有権上の法律的効果が生ずる。しかしそれ等の効果の合計が占有権ではなく，占有権はむしろその効果の根源を為す母権である。

　（ニ）　占有を為す権利（本権）　占有を為すことを法律上正当とする権利である。これは占有権とは全く別異なもので，或は占有権を有せずして本権のみを有する者あり或は占有権を有すれども本権を有せざる者がある。

　　　　第２節　占　有

第１項　占有の意義　　　　　　　　　　　　　　　　２０１頁

第２項　占有の種類　　　　　　　　　　　　　　　　２１６頁

　　　　　第１項　占有の意義

第１　占有の法律的性質とその構成要素　　　　　　　２０１頁

１　占有の成立　―　２　占有の継続及び終了

第２　民法上の占有とその他の法令における占有　　　２１４頁

第１　占有の法律的性質とその構成要素

　占有は占有権発生の法律要件である。ゆえに占有権を論ずるがためにはまず占有の意義を明かにしその構成要素を研究せねばならぬ。

　我民法の解釈上占有は「自己ノ為メニスル意思ヲ以テ物ヲ所持スルコト」によって開始し，しかして所持の存続する限り特に占有者が「占有ノ意思ヲ抛棄」するまでそのまま存続する事実関係である。

１　占有の成立

　占有が成立開始するには「自己ノ為メニスル意思」（心素　Animus）と「物の所持」（体素　Corpus）とが必要である（１８０条）。

　イ　物の所持

　占有が成立するためには，必ず物の所持あることを要する。それが一般人の目に見える外形的事実として占有保護の基礎を成すのである。

　（イ）　所持の意義

　所持とは必ずしも一定の人が現実に物を把持せることを云うのではない。社会一般の通念から考えて一定の人が一定の物につき事実上の支配を為し得る地位にありと認むべき場合には，その物を所持すと云い得る。この事を学者は一般に「所持は社会的観念にして有形的関係にあらず」と云う言葉で言い表わして居る〔註１〕。

　　〔註１〕　一定の人に所持ありや否やを決するがためには社会観念を標準とすべきことは大審４・５・１民３録２１輯６３１頁においてもこれを認めて居る。

　したがって所持の存否を決するについては次の諸点に注意するを要する。

　１　人と物との間に物理的接触あることは必ずしも所持の要素ではない。例えば私が学校に来る場合に自宅に置いて来た品物はたとい家に留守番が居なくとも私の所持に属する。

　２　私に対して従属的関係に立て居るある他人（例えば雇人）を道具として物を所持することもあり得る（非独立的所持）。この場合には私自らが所持者である。他人は占有補助者ないし占有機関に過ぎぬ。代理占有者（１８１条）ではない〔註２〕。

　　〔註２〕　甲が長男乙をして自己所有の馬を農業用のため占有保管せしめたときは甲が占有者で乙は単に占有補助者に過ぎぬ。大審４・５・１民３録２１輯６３１頁。占有代理人との区別については第４節第１項第２（２２８頁参照）。

　３　元来甲の所持にあるのだが事実上一時その物を乙に委ねた場合には甲が依然として所持者である。私が芝居で隣人から双眼鏡を借りたり，演説に行って卓上に備付けたコップを使用したりしても，かかる仮りの関係は私のために所持を成立せしめるに足りない。

　（ロ）　所持の主体

　所持の主体は人である。法人も亦その機関によって所持し得ること勿論である〔註３〕。

　　〔註３〕　反対説として機関が直接占有者で法人は間接占有者に過ぎぬとする説がある。しかし機関の行為は法律上法人それ自身の行為と見るべきだから法人自ら直接占有を為すものと見るべきである。この点に関し大審４３・５・７民１録１６輯３５０頁は株式会社銀行の取締役が会社所有の株を保管せる目して代理占有なりと謂ってるけれども，これはむしろ銀行自らが取締役を機関として占有してるものと説明すべきである。もっとも私は機関と代理との間に本質的の区別を認めんとする従来の多数説には賛成しないのであるが。なお大審５・６・１民２録２２輯１０８８頁は市が市長を機関として市立小学校を占有することを認め，又同７・６・２９民３録２４輯１３０６頁は市の水道設備について同様の理を認めて居る。

　（ハ）　所持の客体

　所持の客体は物である。物の一部も亦所持―したがって占有権―の客体となり得ることは占有権の特質上当然である。

　ロ　自己の為めにする意思

　我民法は所持のみあるも未だ占有ありとしてこれを保護せぬ。その外必ず「自己ノ為メニスル意思」あることを要する（１８０条）。

　（イ）　占有意思を要する根拠とその批評〔註４〕

　　〔註４〕　石坂氏「占有意思論」改纂民法研究上３８２頁以下参照。

　占有保護の理由が上述の如く取引を迅速容易ならしめるため外形的事実に信頼することを許すの点にありとすれば，所持なる外形的事実存在する以上その所持を為すにつき所持者が如何なる意思を有するかを問う必要はない。ところが第１９世紀の始めにSavignyが「占有論」Recht des Besitzes， 1803を著わしてより以来ドイツ普通法上の通説は均しく占有意思の必要を説くに至り（主観説） 〔註５〕，その影響はドイツ以外にも及んだ。民法第１８０条の規定の如きもその一例に外ならぬ。ところが１８８９年Iheringが占有意思論Besitzwilleを著わして，所持が成立するには占有者に所持の意思あることを要する，しかしそれ以外別に特別の占有意思を必要としないと云う説を為すに及び（客観説） 〔註６〕，さしも盛なりし主観説は漸次凋落して客観説が勢を得るに至り，遂には更に１歩進めて特別の占有意思を要せざるは勿論，所持を為すの意思さえも要らぬ，所持の存否は純粋に社会の通念から客観的に観察して定むべきだと云う説（純客観説） 〔註７〕を生ずるに至った。

　　〔註５〕　主観説の起りは，Savignyである。しかして（１）その占有意思として要求する所は「所有の意思」animus dominiすなわち所有者が権利に基いて物を支配すると同じ支配を事実上行い他に自己よりも強力な権利者あることを認むるを欲せざるの意思である。（２）後この所有意思説に多少の変更を加えて，占有意思は「支配意思」Aneignungswille， animus dominandiすなわちすべての方向において物を所持する意思だとする説が現われ，（３）次いで又自己のためにする意思animus rem sibi habendiすなわち自己の利益のために物を所持する意思を要するに過ぎぬとする説が現われた。吾民法１８０条はこの最後の説の影響を受けて出来たものと思う。

　　　詳細は石坂氏前掲論文３８４頁以下参照。

　　〔註６〕　詳細は石坂氏前掲論文３９０頁以下参照。　

　　〔註７〕　詳細は石坂氏前掲論文４４２頁以下参照。

　以上の如きドイツ普通法上の占有意思論は形式上ローマ法源の解釈問題である。しかし事実上から云えば一般人が占有保護の社会的意義を自覚すると共に今まで通説によって占有の保護を与えられた者の範囲が余りに狭少に過ぐることを感じて漸次これを拡張せんとする努力とこれに反抗する伝統主義者との争闘に外ならぬ。Iheringの客観説がその出現後たちまちにして従来の通説を覆し得た理由も，Savignyによって建設された伝統的独断の無意味なことを明かにしてこれと絶縁すべきことを説き，もって一般人の均しく感じて居た社会的需要に合理的な満足を与えた点に存する。

　吾民法第１８０条は謂うまでもなくこの学説発達の段階中主観説の末期に属する「自己ノ為メニスル意思」説の影響を受けて制定されたものである。この説によれば，それ以前の諸説におけるよりは保護を受ける者の範囲が広い。しかしもしもこの説の創始者が考えたと同じように「自己ノ為メニスル意思」の意義を狭く解釈するとすればよって保護せられる者の範囲はなお極めて狭く，実際上到底その弊に堪えぬ〔註８〕。私は後に述ぶるが如く占有保護の社会的理由を参酌して，この点を極めてゆるやかに解釈して居る。したがって占有を認むる範囲も比較的広いのであるが，それでもなお何等の理由なく占有保護を与えられない者が少くない。ゆえに将来は立法をもって全く主観説を棄てなければならぬ時が来ると信ずる。

　　〔註８〕　その不便については石坂氏前掲論文３９９頁以下参照。

　（ロ）　「自己ノ為メニスル意思」の意義

　１　「自己ノ為メニスル意思」とは所持による事実上の利益を自ら享受せんとする意思を云う。それ以上別に所有の意思Animus dominiあることを要せぬ。無論「所有ノ意思」があれば自主占有として普通の占有以上特別の効力を生ずるけれども（例えば１６２条２３９条等）。

　２　「自己ノ為メニスル意思」も普通の意義における主観的意思に外ならぬ。やはり一種の内心的の作用である。しかし意思が法律上何等かの効力を生ずるためには必ず外部に現われねばならぬ。すなわち占有の成立を主張してその基礎の上にある法律上の効果を主張せんとすれば，「所持」の存在を証明すると同時に，その所持が「自己ノ為メニスル意思」をもって開始されたことを何等かの外部的事実によって証明せねばならぬ。しかしてその立証を為すがためには，占有の成立を主張する者において，一応その意思の存在を推測するに足るべき事実を証明すればいい。すればそれから先の挙証はかえってその推測を覆さんとする相手方においてこれを為さねばならぬこととなる。したがって所持を開始せしめた事実が通常「自己ノ為メニスル意思」を伴うものなるときはその事実を証明するによって，一応意思が証明されたこととなる。例えば賃貸借によって物を受取った者は「自己ノ為メニスル意思」を有するを通例とするから，賃貸借によって物を受取った事実を証明すれば，右の意思も亦一応証明されたことになる。それ以上特にこれに反対してその意思を否定する主張は相手方においてこれを証明せねばならぬ。しかしその反対証明はほとんど不可能だから，占有意思の証明は事実上当該の場合に所持を開始せしめた事実（占有の権原）が通常占有意思を伴う種類の事実なることを証明するによって為され，結局占有意思の存否は権原の種類如何により抽象的に決せられると同一の結果となる〔註９〕〔註１０〕。

　　〔註９〕　学者によっては，占有意思の存否は常に権原の種類如何によって抽象的に定まるもので具体的に如何なる意思を有するかを問うの必要なしとする者もある（抽象的意思説）。民法は「所有ノ意思」については「権原ノ性質」によって抽象的にその存否が定まり（１８５条）又不明な場合には「所有ノ意思」あるものと推定す（１８６条）と規定して居る。しかし「自己ノ為メニスル意思」についてはかかる規定がないから，挙証責任に関する一般原則に従い権原の証明によって意思の存在が一応推測せられるに過ぎぬと解する外ない。しかし何れにするも実際上の結果はほとんど変りがない。

　　〔註１０〕　（１）権原の性質上一応「自己ノ為メニスル意思」を有すと認めらるべき者左の如し。

　　　　１　自ら所有権を有するによりこれに基きて所持する者（例えば売買贈与等によりて物を取得所持せる者）

２　所有権ありと誤信して所持せる者（例えば売買の無効を知らずして物を受取った者）

　　　　３　所有権なきことを知れるにかかわらずこれあると同一の事実を主張する者（例えば盗人）

　　　　４　地上権者，永小作人，賃借人，使用借主，留置権者，質権者

　　　　５　事務管理者，拾得者，受任者，受奇者（殊に倉庫営業者），請負人（殊に運送人大審４２・３・１８民１録１５輯２４５頁参照），破産管財人，不在者の財産管理人，遺言執行者，財産を管理する夫・親・後見人等。これ等の者は他人のために物を保管する義務を負担する。しかしその義務の履行は保管者自らの責任であり，したがって物を所持し得るや否やは自己の利害に関係する。ゆえに同じく「自己ノ為メニスル意思」あるものと云わねばならぬ（上記大審院判決はこの考を採る）。これに反して石坂氏前掲４１２頁以下，４３９頁以下はこれ等の者に「自己ノ為メニスル意思」あることを否定し，これ等の者は単に「他人ノ為メニ占有ヲ為ス者」（１９７条後段）として占有訴権を有するに過ぎぬ，従ってその「他人」自らが侵害するも，これに対しては占有訴権さえも有せぬと説いて居る。しかしこの説は「自己ノ為メニスル意思」の意義を無用に狭く解してるものと思う。

　　　　６　郵便函，牛乳函等を門外に設備せる者は郵便物等が挿入せらるべきことを予期し将来開始せらるべき所持につき予め一般的に「自己ノ為メニスル意思」を有するものと見ねばならぬ。

　　　　　　要するに私の考によると，「自己ノ為メニスル意思」を要求する我民法の解釈としても，占有の保護を受くる者の範囲はかなり広いのである。

　　　（２）　これに反して以下の諸場合には「自己ノ為メニスル意思」ありと解することが出来ぬ。

　　　　１　商人が注文せざる物品を家人不在中に置き去りたる場合。

　　　　２　自己の知らざる間に他人が贈与の意思をもってポケットに何物かを入れ置きたる場合。

　　　　３　全く意思能力を欠く者が所持を初めたる場合

２　占有の継続及び終了

　イ　所持の継続

　一旦開始した占有が継続するためには所持が継続するを要する（２０３条）。所持が継続するや否やは上記の標準（２０２頁参照）により社会通念にしたがってこれを決すべきである。必ずしも絶えず同様の状況が継続することを要せぬ〔註１１〕。

　なお他人によって所持を侵害された場合には一旦所持を喪失するけれども，後「占有回収ノ訴ヲ提起」して目的物を回復すれば初めより所持を失わざりしと同一に取扱われる（２０３条但書）。

　　〔註１１〕　詳細は私の「占有権の相続」穂積先生祝賀論文集９８７頁以下参照。

　ロ　占有が継続するためには占有意思の継続を要するか。

　占有意思の現実的存続は生理上素より不可能で法律も亦これを強要し得ざること勿論である。しからば占有意思は一旦所持の初めにおいてこれを有する以上，以後所持の中に体化せられて存続するものと解すべきか。否，かくの如きは無用の擬制を借るものたるに過ぎぬ。その位ならばむしろ１歩を進めて占有意思の存続は占有継続の要素にあらずと解すべきである。占有意思の現実的継続は事実上不可能なること，第１８０条は単に占有開始の要件を規定するに過ぎぬこと，又第２０３条に所謂「占有ノ意思ヲ抛棄」するとは従来引続いて持って居た占有意思を将来に向って抛棄することを云うにあらずして将来に向って占有を継続する意思なきことを表示するものと解すべきこと〔註１２〕等から考えて，占有の継続には占有意思の継続を要せずと解するを正当と思う〔註１３〕。

　　〔註１２〕　もしも占有意思の現実的存続を要すとすれば，占有者の睡眠，意思能力喪失等は当然占有の終了を来すものと見ねばならぬ。しかしかかる不当の結果は何人もこれを認めぬ。して見れば２０３条に所謂占有意思の抛棄も存続する占有意思が将来に向って抛棄されるのだと解しては辻褄が合わぬことになる。

　　〔註１３〕　この点に関する詳細は私の「占有権の相続」穂積先生祝賀論文集９７９頁ないし９８７頁参照。

第２　民法上の占有とその他の法令における占有

１　刑法上の占有

　民法上の占有成立するためには「所持」と「自己ノ為メニスル意思」とを要すること上述の如し。しかるに刑法（２４２条，２５１条，２５２条，２５３条等）に使用せる「占有」の観念はこれと全く別物で単に事実上「所持」ありや否やで占有の存否が定まる。したがって

　（イ）　刑法上の占有には「自己ノ為メニスル意思」を要せぬ〔註１４〕。

　　〔註１４〕　刑法上の通説である。牧野氏日本刑法５４９頁以下，大審３・１０・２２民１録２０輯７９８頁にある議論参照。

　（ロ）　他人の補助者としてその者のために所持する者も刑法上では占有者である。例えば会社の取締役がその保管せる会社の金子を費消したときは窃盗となるにあらずして横領となる（２５２条）。

２　民事訴訟法上の占有

　民事訴訟法第５６６条，第５６７条等に所謂占有も亦「民法ニ於ケル占有ナル語ノ用例ト異ナリ単ニ物ニ対スル事実上ノ力ヲ指シ自己ノ為メニスル意思ヲ以テスル物ノ所持ヲ指スモノニアラズ」〔註１５〕。

　　〔註１５〕　大審３・１０・２２民１録２０輯７９８頁。

　　　　　第２項　占有の種類

　以上に説明した意義の占有に他の色々な要素が付け加わるに従い，これを色々に分類出来る。

１　単独占有と共同占有

　数人が１個の物を共同して占有するを妨げぬ。例えば数人の遺産相続人はすべて遺産の共同占有者である。この場合には各人はただ自己のためにする意思があればいい。共同占有を為すの意思を要せぬ。遺産相続人中のある者が自己のみが真の相続人なりと信ずるも共同占有の成立を妨げぬ。

２　自主占有と他主占有（容仮の占有）

　自主占有とは普通の占有要素の外所有の意思　animusu domini　ある占有を云い，それ以外の占有を他主占有と云う。

　イ　所有の意思とは，所有者が為し得ると同一の支配を事実上行い他に自己よりも強力な権利者のあることを認むるを欲せざる意思を謂う。法律上かかる支配を為し得るとの確信　opinio domini　は不必要である。故に盗賊もまた自主占有を要する。

　ロ　所有の意思の存否は当該の占有を開始せしめた原因事実（占有の権限）によって定まる（１８５条）。例えば買主，盗人等は常は所有の意思を有し，賃借人，受寄者，質権者等は常にこれを有せぬ。

　１　したがって「権限ノ性質上占有者ニ所有ノ意思ナキモノトスル場合ニ於テハ」，（１）「自己ニ占有ヲ為サシメタル者ニ対シ所有ノ意思アルコトヲ表示シ」，（２）「又ハ新権限ニ因リ更ニ所有ノ意思ヲ以テ占有ヲ始ムルニ非ザレバ占有ハ其性質ヲ変ゼズ」（１８５条）。単に内心的に意思を変じまたはこれを局外の第三者に告げたるに過ぎざるときは依然として他主占有である〔註１〕。

　〔註１〕　この理論の結果として，占有代理人が密かに意を変じて横領を始めても，これがためその占有が変じて自主占有となることなく，本人はまたこれによって占有権を失うものでもない。例えば株式会社の取締役がその業務上占有する物件を自己の債務のため無断で質に入れても会社はこれがため直に占有権を失うものでない。大審４３・５・７民１録１６輯３５０頁。もっともこの判決は取締役による会社の占有を目して代理占有なりと解してるがこれはむしろ占有補助者による占有を解すべきことと上述の通りである（２０４頁注３参照）。しかして私は本人と占有補助者との関係についても第１８５条の理論を適用すべきものと思う。何故なれば他人によって占有する者がその他人の意思変更によって濫りに占有権を失うが如きはこれ場合についてもまたこれを認めることは出来ないからである。

　２　これに加えて権限の性質上何れとも判断し難いときは「占有者ハ所有ノ意思ヲ以テ（中略）占有ヲ為スモノト推定ス」（１８６条１項）。故に自主占有を主張する者は単に自己に占有あることを証明するをもって足り所有の意思あることを証明する必要ない。ただし反証あるときは本条の適用なきこと勿論である〔註２〕。

　〔註２〕　大審４・３・１０民３録２１輯２５７頁。

　ハ　自主占有と他主占有を区別する実益はその効果を異にする点にある。例えば取得時効（１６２条），賠償責任の範囲（１９１条但書），先占（２３９条）。

３　善意の占有と悪意の占有

　占有を為す権利なくして為さるる占有の区別である。自主占有にも他主占有にもこの区別を認め得る。

　イ　善意の占有とは本権なきに拘らずこれありと誤信する場合を云い，悪意の占有とは本権なきことを知れる占有を云う。

　ロ　占有者が善意なりや悪意なりや不明なるときは「占有者ハ（中略）善意（中略）ニ占有を為スモノト推定ス」（１６８条）。

　ハ　善意で占有を始めた者が中途から自分に本権なきことに気が付いたときは以後悪意に占有者となる。また「善意ノ占有者ガ本権ノ訴（占有を為す権利ありや否やを争う訴訟）ニ於テ敗訴シタルトキハ其起訴ノ時ヨリ悪意ノ占有者ト看做ス」（１８９条２項）。

　ニ　２者を区別する実益は取得時効（１６２条），果実返還義務（１９０条），賠償義務（１９１条），即時取得（１９２条）等の場合に存する。

４　過失ある占有と過失なき占有

　善意の占有中の区別である。本権ありと誤信するにつき過失ありや否やによってこれを区別する〔註３〕。区別の実益は取得時効（１６２条），即時取得（１９２条）の場合に存する。なお占有者の無過失については第１８６条の如き推定がないからこれを主張する者に於いて証明するを要する〔註４〕。

　〔註３〕　不動産の売買を為すに当り登記簿上売主が所有名義人となり居らざる拘らず登記の真否を確かめずして買受け引渡を受けた者は過失なくして占有を始めたとは云い難い，したがって１６２条２項に依る取得時効を主張し得ぬ，との判決がある。大審５・３・２４民１録２２輯６５７頁以下。なお大審１０・２・１７民２録２７輯３２９頁は立木の買受人が立木の果して売主の所有に属するや否やを知るためその生立せる地盤の所有権に関する登記を見なかったのは過失だと云うて右と全く同じ理論を認めてる。

　〔註４〕　大審４１・９・１休録１４輯８７７頁は取得時効の成立要件としてこれを認め，又同６・２・２８民３録２３輯３３５頁，同８・１０・１３民２録２５輯１８６３頁は時効の成立要件に関してこの主旨を認む。

５　瑕疵ある占有と瑕疵なき占有

　占有の瑕疵（１８７条）とは所有の意思なきこと・強暴・隠避・悪意・過失等すべて占有の最も完全な効果の発生を妨ぐべき事項を云う。例えば自主占有を主張せむとする者にとっては所有の意思なきことは瑕疵となる。

　「占有者ハ所有ノ意思ヲ以テ善意，平穏（強暴に依らざること）且公然（隠避に依らざること）ニ占有ヲ為スモノト推定ス」（１８６条１項）。

　　　　第３節　占有権の性質

　占有権は以上に説明したような占有を原因として発生する権利である。その内容は他人が正常な法律上の原因と手続とをもって反対を主張するまでは，物が現に自己の所持に在ると云う外形的事実のみを理由としてそのまま仮に所持を維持し得るに在る。

１　占有権は占有なる事実を原因として発生する権利である。

　占有は権利なりや事実なりや。これ問題は独逸普通法の下に於て大に争われた事柄である〔註１〕。しかし私は占有は事実であるが，占有権はこれを原因として発生する法律的効果であってなお一種の権利に外ならぬと信ずる。

　（註１）　Windscheid-Kipp，Pandekten �T.§150，Anm，1　参照。

２　占有権は物を所持することを内容とする権利すなわち直接物を支配する権利の一種である。したがって物権である。

　これを侵す者あらば一般物権に於けると同じく権利をして本来の内容に復帰せしむるため，物権的請求権が発生する。占有訴権（１９７条以下）がすなわちそれである（２８５頁以下参照）。

３　占有権は物を所持する権利である。しかし所有権その他の物権と違って，正当な法律上の原因と手続とをもって反対の事実を主張する者があれば何時でも所持を解かねばならぬ。云はば仮りの権利である。

　法律が元来占有を保護する理由は，上述の如く所持なる外形的事実を基礎として一応の法律秩序を立てむとするに在る。故に反対の実体的関係を証明して正当な手続による返還請求があれば，最早それ以上占有権の効力として所持を継続するを得ぬ。これ学者が占有権を称して仮りの権利だとか低度の権利だとか云う所以である。

　しかしたとい正当な権利者でも私力を以て濫りに占有物を取り戻すことは出来ぬ。正当な権利の正当な行使に依る返還請求あるまでは所持を継続し得るのである。ただし多少の程度に於て自力救済　Selbsthilfe　を認むべきこと後に述ぶる通りである（２８６頁参照）。

４　この意義の占有権は後に述ぶる如き色々な効力を生ずる。あるいはそれらの効力は占有なる事実から直接生ずるので占有権はその総称過ぎぬようにも考えらるる。結局単純なる概念の争に過ぎぬが，私は我民法の解釈として占有は占有権を生じ，占有権から更に各種の占有権上の効果が発生するのだと説明する方がいいように思う。

　　　　第４節　占有権の変動

第１項　占有権の取得　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２２５頁

第２項　占有権の喪失　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２４５頁

　　　　　第１項　占有権の取得

第１　占有権の発生　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２２５頁

第２　代理占有　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２２６頁

１　代理人による占有権取得の要件　―　２　代理人による占有権の継続　―　３　代理占有と間接占有

第３　占有権の承継取得　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２３４頁

１　承継の可能　―　２　占有権の譲渡　―　３　占有権の相続　―　４　承継の効果

第１　占有権の発生（原始取得）

　占有権は占有なる事実の成立によって発生する。すなわち甲が自己のためにする意思をもって物の所持を始めれば，占有権これによって発生し（１８０条），甲は原始的に占有権を取得する。占有権の取得は意思表示ではない。占有権はいやしくも自己のためにする意思をもって物を所持すれば発生する。自己のためにする意思は占有権取得なる法律上の効果を欲する意思ではない。また自己のためにする意思は物の所持によって表示されることも必要でないからである。したがって占有権を取得する者は行為能力あることを要せぬ。ただ事実上自己のためにする意思を作為するだけの能力があればいい。

第２　代理占有〔註１〕

　〔註１〕　鳩山氏「代理占有」志林２０巻２號及び３號参照。

　民法は代理人によって占有を取得し又は保持することを認めて居る（１８１条乃至１８４条，２０４条）。

　ここに所謂「代理人」の意義に付いては民法中直接これを説明した規定がない。以前には民法第９９条以下の諸規定が直接適用あるものと考えた学者も少なくなかったようである。無論法典の立案者はそれ位の考だったと思う。したがって出来得る限りそれ等の規定の精神を酌んで解釈すべきものと思う。しかし占有権取得行為は意思表示でないから，直接に代理の規定の適用あるべき筈がない（９９条参照）。ただある人が他人のために物を所持する結果として他人が占有権を取得する点に於て普通の代理に酷似して居る。故に事が意思表示に関するや否やの点を除く外代理に関すると同じ原則をこの場合にも適用して差支えないと思う。

１　代理人による占有権取得の要件

　占有権の特質と代理に関する民法の規定とを考え合わせると，代理人によって占有権を取得するには次の３要件を要するものと解せねばならぬ。

　イ　代理人が物の所持を有すること

　この事占有権の本質より云うもまた第２０４条の規定によるも明らかである。代理人が物の所持者なることが，占有代理人と上述した占有補助者（２０３頁参照）との差異である。後者は現実に物を抱持するけれども法律に所謂「所持」を有せぬ。社会観念から見るとむしろ本人が直接の所持者である。代理人と占有補助者との区別は時によって困難である。しかし前者は以下に述ぶる如き代理権関係をもって本人と対立せるに反し，後者は本人に従属ししたがって社会観念上本人の道具として所持せるに過ぎぬと見らるる点にその差異がある。例えば店番をしてる小僧は主人の占有補助者で代理人ではない〔註２〕。

　〔註２〕　大審４・５・１民３録２１輯６３１頁は甲が農業使用のため目長男乙をして自己の馬を占有保管せしめてる場合に乙は甲の占有補助者に過ぎぬと云って居る。

　ロ　代理人が本人のためにする意思を有すること

　この事代理の概念及び第２０４条の規定から考えて明かである。しかし「本人ノ為メ」にする意思と云うのはただ事実上本人の利益のためにする意思あるを云い，敢て法律上の効果を直接本人に帰せしむるの意思を要せざること，「自己ノ為メニスル意思」に於けると同じ。しかしてこの意思の存否は無論事実問題であるが，権限の性質上本人のためにする意思あるを通例とする場合には，その権限たる事実を証明するによって意思の存在が一応立証されたことになる〔註３〕。

　〔註３〕　「本人ノ為メニ」する意思の存在は何等かの外形的事実によって証明されねばならぬ。けれども元来占有権の取得は意思表示でないから，「本人ノ為メ」にする意思についてもまた特にこれが表示行為あることを必要としない。これらの点は「自己ノ為メニスル意思」に付いて上述したる所に同じ（２０９頁以下，２２６頁以下）。大審３８・２・１３民２録１１輯１５８頁は動産物権譲渡の対抗要件として―代理占有の一適用たる―占有改定（１８３条）の成立を認むるに当り「他人ノ為メニスル代理占有タルコトノ事実アル以上特ニ外形上他人ノ物タルコトヲ表示セザレバトテ其占有ノ効力ナシト云ウコトヲ得ズ」と謂うて居る。

　これに反して本人は代理人をして占有を為さしむるの意思あるを要せぬ。通常の場合には無論事実上意思があろう。また本人の意思は以下に述ぶる代理権関係を成立せしむるに付き必要なことがある。しかし法定代理の場合の如く本人が全く不知の場合にも代理占有が成立することがある（註４）。

　なお代理人が本人の為目にする意思を有すると同時に，自己のためにする意思を有することを妨げぬ。これ場合には本人は代理人によって占有権を有すると同時に，代理人自らもまた占有権を有することとなる。例えば「運送人ガ運送品ヲ所持スルハ一面自己ノ為メニシテ他面ニ於テハ荷送人ノ為メニスルモノ」である〔註５〕。

　（註４）　この点に関する従来の学説は２派に分れてる。

　　　　　１　本人の意思を要するを原則とすただし法定代理の場合には例外として不要だとする説。富井氏物権６７３頁，川名氏物権２８頁，松岡氏物権上２３６頁，三潴氏物権３０４頁。

　　　　　２　本人の意思は常に不要なりとする説。鳩山氏前掲論文志林２０巻３０２６頁以下，横田氏物権１５６頁，梅氏要義２巻３３頁。

　　　　　私は後説を採る。本人の意思は代理権発生の原因たることあるも，代理そのものの成立要件を成さざることを一般代理の場合に同じきものと信ずる。

　（註５）　大審４２・３・１８民１録１５輯２４５頁。

　ハ　本人と代理人との間に代理権存在すること

　代理占有は上述の如く民法９９条以下に所謂代理ではない。しかし一定の人が他人のために為した行為の結果としてその他人が権利を取得するの点に於ては，普通の代理と何等択ぶべきものがない。したがって代理の結果として本人が占有権を取得するためには，本人と代理人との間に代理権がなければならぬ。

　この代理権は普通の代理権と全く同じものである。何となればその内容は代理行為による法律上の効果を本人に帰せしむるにあり，しかして代理行為が意思表示について存するや否やが代理権の性質を左右する理屈がないからである〔註６〕。

　代理権は普通の代理権と同じく，本人との契約（授権行為）によって発生するかまたは直接法律の規定によって発生する。

　（註６）　学者によっては，ドイツ民法の間接占有 mittelbarer Besitz に於けると同じく，本人が代理人に対して有する占有物の返還請求権がすなわち事ここに所謂「代理権」だと云う者がある。中島氏物権１１２頁以下。しかしこの説は法典中に何等の根拠を有せぬ。代理占有なる概念の可否は別問題として，いやしくもこれを認むる以上代理人が本人のために占有を為しその結果本人が占有権を取得するのはなお一種の代理と認めて然るべきである。して見ればその所謂代理権も普通の代理権と同じものだと解するのが当然だと思う。大審４・９・２９民３録２１輯１５３２頁が返還請求権をもって代理占有の基礎なりとするが如き口吻を漏して居るのは，恐らく吾民法の解釈につき濫にドイツ民法の解釈論を採用せむとする学者の嫌うべき傾向に影響されたものと思う。

　　　　なお「代理人」の意義については鳩山氏志林２０巻２号８６頁以下参照。

２　代理権による占有権の継続

　占有権は代理人によってこれを取得し得るの外，従来他人の有した占有権を代理人によって承継かつ継続し（１８３条，１８４条等），その他代理人をもって占有権を継続し得る。その結果占有による各種の効果はすべて本人に帰属する。

３　代理占有と間接占有

　ドイツ民法に間接占有 mittelbarer Besitz と称するものがある。甲乙間にある法律関係あることを条件として甲の現に為しつつある所持により事実所持者ならざる乙に占有権を与えることを目的とする点に於て，吾民法の代理占有と全く同じ制度である。しかし吾民法は占有理論の根底として主観説を採って居るから，乙が占有保護を受ける理由も，甲が乙のためにする意思をもって所持するの点に存し，したがって甲乙間に存在することを要する法律関係も普通の代理に於けると同じく，甲が乙のために完成した法律要件により乙にその効果を帰せしむるに適する法律関係すなわち代理権関係だと考えなければならぬ。これに反してドイツ民法は客観説を採ってるから乙に占有保護を与える根拠を吾民法に於けると同じ理論で説明出来ない。そこで一定の客観的要件を決定し，これを具備する場合には甲の意思如何を問わずすべて占有保護を与えることとし，「或人ガ用益権者，質権者，賃借人，受寄者トシテ又ハ其他或時期ノ間他人ニ対シテ占有ヲ為スノ権利義務ヲ発生セシムベキ類似ノ関係ニ於テ物ヲ占有セルトキハ其他人モ亦占有権者トス（間接占有）」（８６８条）と定めたのである。彼我目的を同じうする制度であるが，目的を達する手段につき２者は全く異なった観念を基礎としてる。したがってその手段に関する議論に際し彼の理論をそのまま我が代理占有に移さんとするのは無謀な企と云わねばならぬ〔註７〕。

　　〔註７〕　学者の間には代理占有と間接占有を全く同じものと考えてる人が少くない。例えば中島氏物権１１２頁以下。

第３　占有権の承継取得

１　承継の可能

　民法は占有権の譲渡（１８２条）又は承継（１８７条）を認めて居る。

　占有権は占有なる事実によって発生しかつ常にこれと離るべからざる権利である。したがってある人が他人から物の引渡を受けた場合に，その譲受人が自ら新に占有の要件を具備しさえすれば，譲渡人の従来有した占有権を根拠とすることなく独立して占有権を取得出来る。故に所有権に於けると異なって，特に占有権の承継を認める必要なく，また論理上これを認むること能わざるが如き外観を呈する。しかしこれを認むる必要もあれば，またこれを認むることは理論上不可能でもない。

　これを認むる必要がある。（１）占有は一定の期間継続するによって一定の効力を生ずることがある（１６２条等）。一定の人がある期間占有を継続したならば，その物の譲受人をして前主の占有を承継せしめ前主及び自己の占有期間を通算して自己の利益のためにこれを主張することを許して然るべきである。（２）先に述べた通り占有の発生には所持と占有意思とが必要だけれども，占有の継続には所持さえあればいい。したがって占有権の承継を認むれば承継人は自己に占有権あることを主張するにつき占有意思の立証を免るることとなる。

　次に占有権の承継は可能である。学者によっては，占有権は占有の事実と離れて存在せず，しかして承継は権利についてのみこれを認め得べく，事実の承継はこれを認め得ない，したがって外観上承継あるが如く見ゆる場合にも，純理上から云うと新な占有に基く新な占有権の取得が存在するに過ぎぬ，法律が占有権の承継を認めて居ても実は擬制に過ぎぬ，と説く。しかし元来「所持」の観念は社会的観念である。しかして例えば一定の物が甲から乙に売却引渡された場合，甲の所持する物がその死亡によって乙に相続された場合等に世の中一般の見方によると今まで甲にあった所持と乙が新に取得した所持とは同一のものだと見るのが普通である。して見れば「所持」その物の承継は決して不可能でなく，したがってこれを基礎とする占有権も同一性を失わずに甲から乙に移転し得るものと解する。

　故に私は民法が認めた占有権の譲渡（１８２条）又は承継（１８７条）は決して不可能でないと信ずる。

２　占有権の譲渡

　イ　「占有権ノ譲渡ハ占有物ノ引渡ニ依リテ之ヲ為ス」を原則とす（１８２条１項）。占有権の譲渡は占有権の移転を目的とする契約である。しかしその効力を生ずるがためには合意の外「占有物ノ引渡」を必要とする〔註８〕。

　　〔註８〕　ここに所謂「引渡」とは「当事者ノ一方ガ其所持即チ実力的支配ニ係ル物ヲ他ノ一方ノ実力的支配ニ移属セシムルコト」を謂う。しかして所持は元来社会的観念であるからその甲より乙に移転せりや否やを決するに付いても一々具体的の場合につき「実際ノ事情ヲ斟酌シテ之ヲ定メ」ねばならない。占有物に対する物理的接触が甲より乙に移りたりや否やの如き単純な事実のみを標準とすべきではない。大審９・１２・２７民２録２６輯２０８７頁は薪炭用の雑木売買につき「買主ガ既ニ目的ノ雑木ノ状態ヲ知愁シ居ルトキハ」その地方の一般慣行に従い「特ニ実地ニ臨ミテ引渡ヲ為サズ」「単ニ一方ヨリ他ノ一方ノ実力的支配ニ移属セシムルコトノ合意ヲ為スニ依リテ引渡ヲ完了スルコト」が出来ると謂うて居る。「不動産ハ所在確定シテ移転ヲ許サザルモノナル」が故にその引渡の形式も動産の場合と全然同一なるを得ない。この判決はこの点の現実を語ったもので注意すべき判例である。

　ロ　例外　次の３の場合には占有権移転の合意あるをもって足りそれ以上別に占有物の現実的引渡を必要とせぬ。

　１　簡保引渡 brevi manu traditio「譲渡人又ハ其代理人ガ現ニ占有物ヲ所持スル場合ニ於テハ占有権ノ譲渡ハ当事者ノ意思表示ノミニ依リテ之ヲ為スコトヲ得」（１８２条２項）。すなわちこの場合には一旦物ヲ譲渡人に返還した上更に改めて「引渡」を為さずとも，占有権移転に関する合意あるのみで効力を生ずる〔註９〕。

　　〔註９〕　大審４４・１２・１６民１録１７輯８１９頁は小作人が小作地の所有権を買受けた場合に「当事者ノ意思表示ノミニ因リテ土地ノ引渡アリタルモノト認」めて居る。

　２　占有改定 constitutum possessorium 占有権を譲渡すべき者が「自己ノ占有権ヲ爾後本人（譲受人）ノ為メニ―占有スベキ意思ヲ表示シタルトキハ本人ハ之ニ因リテ占有権ヲ取得ス」（１８３条）。すなわち占有物を一旦譲受人に移転した上更にその返還を受けて代理占有を初むる手続を履まずとも単に以後譲受人のために占有を為すべき旨の意思を表示し，その外代理占有の要件が備わりさえすれば，占有権は移転する〔註１０〕。

　　〔註１０〕　占有改定に関する詳細の説明については大審４・９・２・９民３録２１輯１５３２頁参照。

　　　　なおその外占有改定の法理は動産の売買抵当に付いて重要なる適用を示して居る。

　３　指図による占有物の移転 「代理人ニ依リテ占有ヲ為ス場合ニ於テ本人ガ―その占有を第三者に譲渡そうと思えば―其代理人ニ対シ爾後第三者ノ為メニ其物ヲ占有スベキ旨ヲ命ジ第三者之ヲ承諾シタルトキハ其第三者ハ占有権ヲ取得ス」（１８４条）。この方法は例えば他人をして占有せしめてる物の所有権をそのまま第三者に譲り渡す場合に譲受人をしてその物の占有をも取得せしむる為めに為さるるを通例とする〔註１１〕。

　　〔註１１〕　本条の適用の最も主なる場合は，現に倉庫業者，運送人等をして保管せしめてる物品をそのまま第三者に譲渡ししかもその譲受人をして直に占有権を取得せしめんと欲する場合である（１７８条）。もっともこれらの場合については本条の外商法に幾多の特別規定あることに注意せねばならぬ。

　　　　なお本条に所謂第三者の承諾とは「本人ガその代理人ニ対シ第三者ノ為メ占有物ヲ占有スベキ旨ヲ命ジ第三者之ヲ承諾スルコト」を謂うもので「本人ガ其代理人ニ対シ占有物ヲ第三者ニ返還スベキ旨ヲ命ジ第三者之ヲ承諾スルコト」を云うものでないとの判例がある。大審３６・３・５民１録９輯２３４頁。

３　占有権の相続〔註１２〕

　　〔註１２〕　私の「占有権ノ相続」穂積先生祝賀論文集９３３頁以下参照。

　イ　死亡相続の場合

　占有の継続には所持あるをもって足り，それ以外別に占有意思の継続を要せず，しかしてまた理論上所持なる事実関係の承継を認め得ること上述の如しとすれば，占有権の相続もまたこれを認めねばならぬ。何となれば所持の存否は元来社会的見解をもってこれを決すべく，しかして相続人は事実上諸般の関係に於て被相続人と同一の地位に立つものなること，吾人の社会的観念の一般に認むる所だからである〔註１３〕。

　　〔註１３〕　ローマ法は占有権の相続を認めなかった。これに反して中世ゲルマン法はこれを認めた（Erbengewere）。この主義はその後大に相争って一時前者が勝を占めたことがあるが，現在のフランス民法（７２４条）saisine hereditaire，ドイツ民法（８５７条），スイス民法（５６０条），イタリア民法（９２５条）等は均しく占有権の相続を認めてる。

　　　　吾民法には明文がない。しかし判例（大審４・１・２８民２録２１輯２２９３頁）及び学者間の通説はこれを認めて居り，仁井田氏親族法相続法論４３９頁のみが唯一の反対論者である。ただしこれを認むるについての説明に至っては学者間の所説くりかえしを極めてる。これらの点については注１２に引いた論文９９０頁以下参照。

　なおこの点について特に注意を要するは，被相続人の死亡と共に占有を為すの権利消滅するも占有権其物は依然として相続人によって承継せらるるを妨げざること，及び，相続人が相続開始の事実を知りたりや否やはすこしも占有権の相続に関係ないことである。

　ロ　隠居相続の場合

　以上の理論は隠居相続の場合にはそのままこれを適用出来ぬ。「被相続人ガ其相続開始後モ尚ホ依然トシテ占有ヲ継続スル場合ニ於テモ占有権ハ相続人ニ移転セザルモノト解セザルベカラズ（中略）故ニ隠居ニ因リ相続開始シタル場合ニ於テ占有権ガ相続人ニ移転シタリトノ事実ヲ判定セント欲セバ必ズ先ヅ被相続人ガ相続開始後依然トシテ占有ヲ継続スルモノニアラザル事実ヲ確定スルコトヲ要ス」（註１４）。

　　（註１４）　大審４・１２・２８民２録２１輯２２９３頁以下。

４　占有権承継の効果

　占有権の承継あるときは，譲渡によると相続によるとを問わず，左記の効果を生ずる。

　イ　承継人は前主の有したるままの占有権を取得する。したがって

　１　前主の占有権に瑕疵あるときは，承継人もまたその瑕疵ある占有を承継するに過ぎぬ。例えば前主が取得時効の成立に必要な条件を備えざる占有を１５年継続した後これを承継した者が以後その条件を備えて５年間占有しても取得時効は成立せぬ。

　２　しかし承継人自身について新に占有の性質を変ずべき事実発生するときは，占有権は同一性を失わずに爾後その性質を変ずるに至る。したがって前主の占有に瑕疵があっても，承継人に瑕疵なきときは承継以後の占有は瑕疵なきものとなり，前主の瑕疵によって何等災せらるることなし。この場合といえども承継以後の占有と共に前主の占有をも併せて主張せんとすれば前主の占有についてまで無瑕疵を主張し得ざるは勿論である。これ第１８７条に「占有者ノ承継人ハ其選択ニ従ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ自己ノ占有ニ前主ノ占有ヲ併セテ之ヲ主張スルコトヲ得」「前主ノ占有ヲ併セテ主張スル場合ニ於テハ其瑕疵モ亦之ヲ承継ス」と規定する所以である〔註１５〕〔註１６〕。

　　〔註１５〕　従来多数の学者は，承継人について別に新なる占有権取得の要件備わるときは，承継した占有権の外に固有の新占有権を取得するのだ，と説く（富井氏物権６６７頁，中島氏講義２巻上１５８頁，大審４・６・２３民３録２１輯１００５頁もこの考えに従う）。しかし私は承継した占有権の外更に新な占有権を取得すと説明するの必要を認めぬ。同一の占有権が承継以後性質を変ずるのだと説明すれば充分である。前主に「所有ノ意思」なき場合に於てすら，その瑕疵は承継人が「新権原ニ因リ更ニ所有ノ意思ヲ以テ占有ヲ始ムルニ」よって「其性質ヲ変」じ，以後自主占有となる（１８５条）。注１７参照。

　　〔註１６〕　前主の占有をも併せて主張するや否やは承継人の随意である。したがって（１）前主数名ある場合にも，その全部の占有を主張することも出来ればまたその中ある特定の者以後の占有のみを主張することも出来る。（２）また一旦前主の占有をも併せて主張したが後改めて自己の占有のみを主張しても差支えない。大審６・１１・８民２録２３輯１７７２頁以下。

　ロ　なお相続の場合について特に注意を要するは，相続人は相続開始と共に当然占有権を取得して，直にその利益（例えば占有訴権質権の継続）並に不利益（例えば占有者としての責任７１７条，７１８条）を受け，特に自ら新占有権取得の要件を具備するを要せざることである。しかし例えば相続された占有に瑕疵ある場合には，相続人が新に瑕疵なき占有要件を充たさざる限り，依然として瑕疵ある占有として継続する〔註１７〕。

　　〔註１７〕　大審４・６・２３民３録２１輯１００５頁，同６・２・２８民３録２３輯３３５頁。これらの判決はいずれも「一般承継人ハ―特定承継人と異なって―更ニ新権原ニ因リ新ニ自己固有ノ占有ヲ始ムルニアラザレバ常ニ自己ノ承継シタル前主ノ占有ノ性質及ビ瑕疵ヲ離レテ主張スルコトヲ得ザルモノトス」と謂うて居る。この判旨は前主の占有の瑕疵中「所有ノ意思ナキコト」に関する限り―１８５条の明文もあることなれば―正に正当と謂わねばならぬ。なぜなれば相続による占有権取得それ自身はこれをもって「新権原ニ因リ更ニ（中略）占有ヲ始ムル」ものとは云い難いからである。けれどもそれ以外の瑕疵についてはかかる特別の制限なきのみならず事実上同様の制限を附する必要もないから承継人に於て事実上無瑕疵占有の要件を備うる限り占有は当然にその瑕疵性を失うもので，敢て新権原によって更に自己固有の占有を始める必要はないと思う。

　　　　これらの判決はいずれも相続人が被相続人によって開始された占有を併せ主張して第１６２条による取得時効の完成を主張する場合に関し，問題はただ前主が善意無過失なりや否やについてのみ起って居る。しかるに本来「所有ノ意思」の問題のみに関する１８５条をこれらの点まで及ぼして如上の判決をしてるのは賛成し難い。

　　　　　第２項　占有権の喪失
　一旦取得された所有権は，以下に説明する如き特別の消滅原因発生せざる限り，引続き継続する。このこと代理占有についてもまた同じ。

　以下本人占有及び代理占有の２場合を分けて，その喪失原因を説明する。

第１　本人占有の喪失原因

１　抛棄

　「占有権ハ占有者ガ占有ノ意思ヲ抛棄」する「ニ因リテ消滅ス」（２０３条前段）。

　上述の如く占有の存続には所持の存続あるをもって足り，占有意思の存続を要せぬ。して見れば占有意思の存続は占有権の存続要件でもない。学者の中には第２０３条に所謂占有意思の抛棄とは従来存続せる占有意思を将来に向って抛棄するの意だと説く者もあるが，もし果して然りとせば，占有者が積極的に占有意思を抛棄する意思を表示した場合のみならず，原因の如何を問わずいやしくも占有意思なきこと明白なる場合にはすべて占有権消滅すと云わねばならぬ。しかるに法律には単に「占有ノ意思ヲ抛棄シ」た場合にのみ占有権消滅すと規定して居る所から考えると，その所謂「抛棄」とは占有者が今後自ら占有を為すの意思を有せざる旨を表示すること，換言すれば占有権を抛棄する意思表示を云うものと解するの外ない。

２　 所持の喪失

　「占有権ハ占有者ガ（中略）占有物ノ所持ヲ失フニ因リテ消滅ス」（２０３条後段）。

　占有の存続には所持の存続を要する。したがって占有権の存続にもまた所持の存続を必要とし，所持の喪失あれば原因如何を問わずして，占有権の消滅を来すを原則とする。

　イ　「但―所持の喪失が他人の侵奪に因る場合に―占有者ガ占有回収ノ訴ヲ提起シタルトキハ此限ニ在ラズ」（２０３条但書）。すなわち「侵奪ノ時ヨリ一年内ニ」（２０１条３項）占有回収の訴提起せらるるときは所持は初めより失わざりしと同一に取扱われる。但し敗訴すれば侵奪の初めから占有を喪失したものと取扱わるべきは勿論である。

　ロ　次に所持継続の事実は占有権の継続を主張する者に於てこれを立証すべきであるが，民法は特に「前後爾時ニ於テ占有ヲ為シタル証拠アルトキハ占有ハ其間継続シタルモノト推定ス」（１８６条２項）と定めて居る。

第２　代理占有の喪失原因

　「代理人ニ依リテ占有ヲ為ス場合ニ於テハ占有権ハ左ノ事由ニ因リテ消滅ス」（２０４条）。

１　「本人ガ代理人ヲシテ占有ヲ為サシムル意思ヲ抛棄シタルコト」（１号）。

　本人が代理人をして占有を為さしむる意思を有することは代理占有の成立乃至継続要件ではない。ゆえに本条に所謂その意思の抛棄とは従来存在した―代理人をして占有を為さしむる―意思を将来に向って抛棄することを云うのでなく，代理人をして代理占有を為さしむることを将来に向って停止する意思，換言すれば本人が代理人の地位を一方的に奪う意思を表示するものと解すべきである。

２　「代理人ガ本人ニ対シ爾後自己又ハ第三者ノ為メニ占有物ヲ所持スベキ意思ヲ表示シタルトキ」（２号）。

　代理人が本人の為めに占有を始むるに当っては必ず「本人ノ為メニスル意思」を有する。しかしその意思がその後に存続することが代理占有存続の要件ならざること，本人占有の存続に「自己ノ為メニスル意思」の存続を要せざると同じである。

　しかし代理人が積極的に「爾後自己又は第三者ノ為メニ占有物ヲ所持スベキ意思ヲ表示シタルトキ」はたとい本人に於て代理占有の存続を欲しかつ代理権存続せりといえども代理占有の消滅を来す。これに反して代理人が内心密かにその意思を変更しただけでは代理占有の消滅を来すものでない〔註１〕。

　　〔註１〕　２１７頁注１に説明した所参照。

３　「代理人ガ占有物ノ所持ヲ失ヒタルコト」（３号）。

　以上３種の消滅原因中，１の場合には，本人の意思表示によって代理人の地位即ち代理権が消滅する。ところが代理権はそれ以外各種の原因によっても消滅する。純理上から云えばこれ等の場合にはすべて代理占有の消滅を来すものと解すべきだが，かくては本人が従来の代理人に代って自ら占有を初めることの出来ぬ間に代理占有が消滅して仕舞うようなことも起るから，民法は上述１の事由によって代理権の消滅を来す場合を除く外，「占有権ハ代理権ノ消滅ノミニ因リテ消滅セズ」（２０４条２項）と定めた。

　この場合に本人は上記３種の消滅事由が発生せぬ前に自ら所持を始めさえすれば占有権は前後を通じて継続したものと取扱わるる。

　　　　第５節　占有権の効力

はしがき　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２５０頁

第１項　権利の推定　　　　　　　　　　　　　　２５１頁

第２項　善意占有者の果実収取権　　　　　　　　２５４頁

第３項　占有者の物上権取得　　　　　　　　　　２５７頁

第４項　占有権の回復者に対する権利義務　　　　２８０頁

第５項　占有訴権　　　　　　　　　　　　　　　２８５頁

　占有権は他人が正当な法律上の原因と手続とで反対を主張するまでは，物が現に自己の所持に在ると云う外形的事実のみを理由として，そのまま仮りに所持を継続し得る権利である。その目的は外形的事実を基礎としてひとまず仮りの地位を確定しもって公共の秩序と安全とを維持し取引を迅速ならしむるに在る。

　この目的を貫徹する必要上，民法は次の如き各種の効力を占有権に与えて居る。

　　　　　第１項　権利の推定

　占有保護の目的は，外形的事実に一応の効力を与えて，取引の安全迅速を期するにある。故に民法は「占有者ガ占有物ノ上ニ行使スル権利ハ之ヲ適法ニ有スルモノト推定ス」（１８８条）と定めて，占有なる外形的事実に一応の推測的効力を認めて居る。けだし世の中普通の事例では占有者は正当な本権に基いて占有を為すを通常とするからである。

１　本条の適用を受くべき権利

　本条によって，「適法ニ有スルモノト推定」せらるる権利は「占有物ノ上ニ行使スル権利」である。すなわちいやしくも占有を為すことを正当とする権利なる以上，その物権なると賃借権・使用借権等の債権なるとを問わず，本条の適用を受ける。

２　適用を受くべき物

　本条は諸外国の法律に於けると異なって（ドイツ１００６条フランス２２７９条），独り動産のみならず不動産にも適用せらるる。しかるに登記ある不動産については登記の内容に一応の推測力を認めねばならぬ。したがってその推測力と本条に因る推測力とが抵触することがあり得る。しかし登記ある不動産については出来得る限り登記を基礎として一切の法律関係を審査するのが当然である。故に私は登記ある不動産には本条の適用なきものと解するを正当と思う（１７１頁参照）〔註１〕。

　　〔註１〕　中島氏物権１６３頁は登記ある不動産にも適用ありとし，２つの推測力は同価値であると説く。これ説によると２の推測が事実相反する場合には結局何等の法律的推測なきと同一の結果となる。

３　本条の効果

　「占有者ガ占有物ノ上ニ行使スル権利ハ之ヲ適法ニ有スルモノト推定ス」。故に「占有者ガ占有物ノ上ニ行使スル権利ヲ否認シ之ヲ争フ者アル場合ニ於テ」，占有者は本条の推定を援用して相手方の主張に答えることが出来る。自己の主張について挙証の責任を負わぬ。換言すれば，本条の推測力は単に防御的性質を有するに過ぎないもので，相手方が反対の立証を為すまでは占有者は「占有物ノ上ニ行使スル権利」を「適法ニ」有するものと推定されるのである。

　しかし本条の推測力を一層積極的に解して，あるいは占有者は単に自己が占有を有するとの事実のみを基礎として「占有物ノ上ニ行使スル権利」の登記を申請し〔註２〕，またあるいは本条を援用して自己の占有が「正当ナル権原に基」くことの証明に代えること〔註３〕を許すべきでない。これ等の積極的主張を貫徹するためには本条の推測力のみをもって足れりとせず，自ら別にこれを証明せねばならぬ。

　　〔註２〕　大審３９・１２・２４民２録１２輯７２１頁（地上権）。

　　〔註３〕　大審６・１１・１３民１録２３輯１０５０頁。

　以上の意味に於ける本条の推測力は，独り占有者本人のみならず，いやしくも占有者に「占有物ノ上ニ行使スル権利」あることを否認する者を相手方としてその権利の存在を主張する者はすべてこれを援用し得る。

　　　　　第２項　善意占有者の果実収取権

　果実収取の権利なき占有者が，みだりに果実を収取すれば，これに対して責任を負わねばならぬ。果実を本権者に返還せねばならぬのは無論である。しかし占有者が善意なるに拘らず，この原則をそのまま適用するのは惨酷に過ぐる。そこで民法は占有者の善意な場合と悪意な場合とを別けて，次の原則を立てた。

１　「悪意ノ占有者ハ果実ヲ返還シ且其既ニ消費シ，過失ニ因リテ毀損シ又ハ収取を怠リタル果実ノ代償ヲ返還スル義務ヲ負フ」〔註１〕。なお強暴又は隠秘による占有者は常に必ずしも悪意の占有者とは云い難い。しかし「前項ノ規定ハ強暴又ハ隠秘ニ因ル占有者ニ之ヲ準用ス」（１９０条）。

　　〔註１〕 本条に関しては左記の判例に注意するを要す。

　　　１ 本条は占有者にしてもし果実を消費又は毀損したるに於てはこれを賠償すべきことを命じたるに止まり，占有者は果実を収取して消費毀損するの権利あれどもその代償だけは別にこれを賠償すべき旨を定めたのではない。かかる権利は絶対にないのである。大審３９・１０・４刑ニ録１２輯９９８頁。

　　　２ 本条はただ「悪意ノ占有者ハ占有物ノ保存及ビ果実ノ収得ニ付キ注意ヲ為スベキ義務」ある旨を定めたるに止まり，「単ニ占有者ガ悪意ナルノ一事ヲ以テ直ニ不法行為ノ規定ヲ之ニ適用スルコト」を得ぬ。大審４・４・２７民１録２１輯５８５頁。　

２　「善意ノ占有者ハ占有物ヨリ生ズル果実ヲ取得ス」（１８９条１項）。

　イ　ここに「善意ノ占有者」とは，果実を収取する権利なきに拘らずこれありと誤信せる者を謂い，果実を収取する権利とは，所有権・永小作権・不動産質権（３５６条）等の物権，その他賃借権，夫が妻の財産について有する用益権（７９９条）等を謂う。これに反して果実収取権を包含しない本権（例えば動産質権，留置権等）を有すと誤信するも，本条に所謂「善意ノ占有者」と謂い得ぬこと無論である。

　ロ　善意なる以上，縦令過失ありといえども本条の適用を妨げぬ。

　ハ　占有者の善意悪意を決する標準時期は，果実につき独立の所有権の成立した時期である。その時期は原則として第８９条によって定まる。従って（１）天然果実についてはその元物より分離する時を標準とす（８９条１項参照）。しかし果実が分離前善意で他人に譲渡されたときは（３０頁参照），後に至って悪意になっても譲渡は効力を失わぬ。（２）法定果実は善意の存続する限り日割をもってこれを取得し得る（８９条２項参照）。

なお「善意ノ占有者ガ本権ノ訴ニ於テ敗訴シタルトキハ其起訴ノ時ヨリ悪意ノ占有者ト看做す」（１８９条２項）。本権の有無が訴訟の問題となった以上は，一旦果実を収取しても訴訟の結果あるいは返さねばならぬかも知れぬ。したがって占有者をしてその保存を計らしむるのが当然だからである。

　ニ　なお本条は果実が独立の物権の目的となる際に，占有者が善意でありさえすれば，如何なる場合といえども，返還の義務なきものとしてる。しかし後に至って占有者が悪意になった際に，兼ねて収取した果実の全部又は一部が手元に残って居るとすれば，それは矢張り真の収取権者に返すべきである。本条の精神から考えてこの制限を附して解釈するのが至当と思う。

　　　　　第３項 占有者の物上権取得

第１目　即時取得　　　　　　　　　　　　　　　　２５７頁

第２目　占有継続に因る動産物権の取得　　　　　　２７５頁

　　　　　　第１目 即時取得

第１　総説　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２５７頁

第２　原則（第１９２条）　　　　　　　　　　　　　２５９頁

１　立法理由　―　２　即時取得の要件　―　３　効果

第３　制限　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２７０頁

第１　総説

　ある人がある物を占有して居れば，一般第三者はその占有者が真の権利者だと考えるのが普通である。したがって占有者が事実その物の処分権を有せざる場合においても，他人は処分権ありと誤信し，その処分行為を基礎として権利関係を築き易い。純理上から云えば，「何人と雖も自己の有するより以上の権利を他人に与えることは出来ぬ」 Nemo plus iuris in alium transferre potest quam ipse habet 占有者に処分権ありと誤信した者は縦令無過失でも，権利を取得し得ぬのが純理である。不動産の取引にあっては，登記簿によって一応目的物の権利関係を知り得るのみならず，その取引も書面をもって為さるる等慎重の手続を履むのが通例であるから―無論吾民法では登記に公信力を認めぬから実際上はなお沢山不都合が起るけれども―以上の純理をそのまま適用しても差支ない。これに反してもし動産にこの純理をそのまま適用すれば，「書面ノ記載其他何等ノ手続ヲ要セズ甲者ノ手ヨリ乙者ノ手ニ引渡スノミニ因リ容易ニ且迅速ニ占有ヲ移転シ得ベキ動産ノ取引」は殆ど不可能となる〔註１〕。何となれば他人は動産の占有者が真の権利者なりや否やを精確且迅速に知る方法を持たぬから。そこで民法は動産取引に付てはかかる善意の相手方を保護して，如上の純理をそのまま適用せぬことにした。それが即時取得の法理である。謂わば動産の占有に一種の公信力を認めたのである〔註２〕。

　　〔註１〕　大審３６・１２・１民１録９輯１３５１頁。

　　〔註２〕　動産占有にこの種の公信力を認むるのは元来ゲルマン法から出た考であるが Hand wahre Hand 近世に至りフランス民法２２７９条がその考を採用して以来，イタリア７０７条，ドイツ９３２条・１２０７条，スイス９３３条・７１４条２項・８８４条２項等皆この例に倣うに至った。イギリス法には一般的の原則はないけれども公の店舗 market overt に於ける動産の善意買入（Fale of goods Act，1893，s.32）仲買人に依る善意買入（Factors Act，1889）その他につき同様の原則を設けて居る。

第２　原則

　「平穏且公然ニ動産ノ占有ヲ始メタル者ガ善意ニシテ且過失ナキトキハ即時ニ其動産ノ上ニ行使スル権利ヲ取得ス」（１９２条）〔註３〕。

　　〔註３〕　石坂氏「民法第一九二条論」改纂民法研究上４５３頁以下。

１　本条の立法理由

本条の立法理由は以上に説明した通りである。ところが本条の言葉だけを見ると，恰も本条に因る権利取得は譲受人の占有に根拠するように見ゆる。しかし沿革から見ても，本条の適用が動産にのみ限られてることから考えても，本条の社会的根拠は動産の占有に公信的効力を与えてその取引を安全迅速ならしめんとする点に在る，換言すれば前主の占有に公信力を与えた点に在るものと解せねばならぬ。本条が譲受人の善意を要求せるは前主の占有が公信力を有する当然の結果であり，また無過失及び平穏公然を要するのは公信力の結果が余り遠くに及ばぬようこれを緩和する目的に外ならぬ。

２　即時取得の要件

本条の適用を生ずるためには次の要件を要する。

　イ　目的物が動産なること

　１　本条の適用を受くるは動産に限る。動産なる以上無論金銭もその中に包含される〔註４〕。しかし船舶は動産ではあるが勿論本条の適用を受けぬ。けだし船舶に関する各種の処分は登記によって公示せらるること不動産と同一だからである（商５４１条，５５６条，６８６条等）。

　　〔註４〕　大審元・１０・２民２録１８輯７７２頁。しかし金銭の如き流通性及代替性の強いものにあっては更に一歩を進めて「特殊ノ事情存セザル限リ之ガ交付ヲ受ケタル者ニ於テ所有権ヲ取得シ一応其者ノ財産トナル」（東京控４・７・２２法律新聞１０４２号２７頁）ものと認め，特殊の事情なき限り占有は―特に第１９２条の適用を待つことなく―同時に所有を伴うものと解するのが事物の実情に適合するものではあるまいか。イギリス法はこの主義をとって居る。

　２　本条はこれを不動産に適用すべからざるは勿論，「本来不動産ノ一部ヲ組成スルモノヲ事実上ノ行為ニ因リ動産ト為シテ占有シタル場合ニ適用スベキ規定ニ非ズ」〔註５〕。

　　〔註５〕　大審４・５・２０民２録２１輯７３０頁。本件は甲の占有地に生立せる雑草木を９箇年間引続き採取したと云う事実である。なおこの問題については法協３９巻１０号１６７頁に掲げた私の判例評釈参照。

　３　本条は債権その他の財産権にも適用ない〔註６〕。しかし無記名債権は動産と看做さるるから（８６条３項），勿論本条の適用を受ける〔註７〕〔註８〕。

　　〔註６〕　第６節準占有の部（３０９頁）参照。

　　〔註７〕　大審元・９・２５民２録１８輯７９９頁及び同７・４・１３民３録２４集６８１頁が議論としてこのことを述べて居る。

　　〔註８〕　この点に関して次の諸場合が問題になる。

　　　１ 記名式所持人拂債権

　　　　この債権の法的性質については色々議論があるけれども（鳩山氏債権総論３１７頁参照），大審院は「特権ノ証券的債権ニシテ純然タル無記名債権ニ非ザル」が「故ニ之ヲ動産ト看做スコトヲ得ザルヲ以テ民法第一九二条ノ規定ハ之ヲ適用シ得ザルモノトス」と云うて居る。大審院が記名式所持人拂債権を指図債権にも無記名債権にもあらざる特種の証券的債権なりとすることは，４２・１１・２４民２録１５輯９１１頁に初まり，その後学者間に反対あるに拘らず元・９・２５民２録１８輯７９９頁，５・１２・１９民１録２２輯２４５０頁，９・４・１２民２録２６輯５２７頁等に於てもこれを維持している。

　　　２ 記名株式

　　　　記名株式は「債権ヲ証明スル具トシテハ価値アルコト勿論ナレドモ其事実ニ至テハ価値ナキ一個ノ紙片ニシテ動産即チ財産ヲ成スモノニ非ズ（中略）従テ記名株式ノ占有者ハ必ズシモ其株式ニ表記シアル債権ノ占有者ニ非ズ又仮ニ記名株式ヲ動産ト看做スベキモノトスルモ取引ニ因リ記名株式ヲ取得スルニハ（中略）商法一五○条ノ手続ヲ要スルモノナレバ蒡一九二条及一九四条ノ適用ヲ受クベキモノニアラザルヲ知ルベシ」。大審３６・１２・１民１録９輯１３５１頁。

　　　３ 白紙委任状附記記名株式

　　　　「白紙委任状附ノ記名株式ハ（中略）之ヲ動産ト看做スベキモノニアラズ従テ又右株式ニ関シテハ―民法一九二条及び―一九四条ノ規定ヲ適用スルコトヲ得ルモノニアラズ」。大審５・５・１５民２録２２輯９５３頁。

　　　４ 有価証券（商２８２条）となれる無記名債権

　　　　商法２８２条所定の証券は無記名式なるときといえども商法４４１条の準用を受くる。したがってその譲渡質入等についてはすべて民法１９２条１９３条等を適用せぬ。すなわちこの種の証券はその流通性を増大するため一般の動産以上に強い公信力を認められているのである。大審６・３・２３民１録２３輯３９２頁。

　ロ　平穏公然善意無過失に動産の占有を初めたこと

　１　善意　ある人が動産を占有している。他人がそれを見て，その人が真実所有権その他の処分権を有するものと誤信して，その動産を譲受ける。これがここに所謂「善意」である。もし譲渡人に処分権なきことを知るに於ては，素より本条の保護を与える必要ない。

　ところがこの点について反対説がある。本条に所謂善意とは，譲受人の権利取得を妨げる一切の故障を知らざることを意味し，したがって独り譲渡人に権利なきことを知らざる場合のみならず，無能力・代理権欠缺・錯誤・第三者の詐欺・強迫・不法目的等いやしくも権利の完全なる取得を妨ぐべき事項を知らざるものはすべて善意なりとする説がすなわちそれである〔註９〕。しかしこの説は本条の文字のみに捉われて，その沿革と立法主旨とを無視した説である。この説に従えば本条が動産についてのみ存する理由が解らないのみならず，無能力者保護の為めに設けた幾多の規定，錯誤強迫に関する規定，無権代理に関する第１１７条等は殆どその効用を失うに至り，到底かかる不当の結果を認めることが出来ぬ。故に近時有力な学者は多くこの説を採らざるに至った〔註１０〕。大審院も亦略同様の考らしい〔註１１〕〔註１２〕。

　　〔註９〕　乾氏法協３１巻９号１８頁以下。

　　〔註１０〕　石坂氏前掲論文，富井氏物権６８６頁以下，中島氏物権１８５頁・１８８頁，三潴氏物権３２２頁等。

　　〔註１１〕　大審７・１１・８民１録２４輯２１３８頁。この判決は直接はただ「無過失」の意義について説明しているに過ぎぬけれども，その中に「民法一九二条ノ規定ハ動産ニ付キ権利ヲ有セザル者ヨリ占有ヲ取得シタル者ヲ保護スルノ主旨」云々と云うて居る。

　　〔註１２〕　これに反して取得時効に関する１６２条２項に所謂「占有ノ始善意ニシテ且過失ナカリシトキ」とは単に「占有取得ノ相手方ガ権利者ニアラザル事実ヲ過失ナクシテ知ラザル場合」のみならず「法定代理権ノ欠缺其他必要ナル方式ヲ履踐セザル等権原ニ瑕疵アルガ為メ権利移転ノ効力ヲ生セザル場合ニ於テ適当ノ注意ヲ怠リタルニアラズシテ其権利移転セルモノト誤信シ占有ヲ取得スルトキヲモ指釈ス」と云うのが通説である。大審２・４・１６民２録１９輯２４８頁，同２・７・２民２録１９輯５９８頁，同９・６・２民３録２６輯８７５頁。即時取得の場合と異なり時効取得については無論かく解しなければ制度の主旨が徹底せぬ。

　２　無過失 たとい善意でも過失あるとき，すなわち善良なる管理者の注意を加えさえすれば，譲渡人の無権利を知り得たのに，注意を缺いたためこれを知らざる場合〔註１３〕には，本条の保護を受け得ぬ〔註１４〕。

　　〔註１３〕　大審７・１１・８民１録２４輯２１３８頁。この判決は，質屋が紺屋から染色加工の材料たるべき木綿類を質に取る際に相当の注意を加えさえすれば，質入主たる紺屋に質入の権利ありや否やを知り得べきである。しかるにこれを怠ったのは過失だと云うて居る。

　　〔註１４〕　「占有者ハ（中略）善意，平穏且公然ニ占有ヲ為スモノト推定」される（１８６条１項）。これに反して無過失については何等の推測規定がないから，即時取得を主張する者に於てこれを証明せねばならぬ。２２０頁参照。

　３　平穏公然 占有が善意無過失でも，平穏且公然ならざるときは，これを悪意と同様に看做して本条の保護を与えぬ。

　４　善意無過失平穏公然に占有を始むること 占有を始めると同時に権利が取得せらるる〔註１５〕〔註１６〕。故に本条による権利取得は時効ではない。

　　〔註１５〕　したがって占有開始の瞬間に以上の善意その他の要件が備わればそれで足りる。大審３２・３・１６刑１録５輯３巻６７頁。

　　〔註１６〕　なお「民法施行前ヨリ動産ヲ占有」して居たものは，従来は兎に角民法施行の際「民法第百九十二条ノ条件ヲ具備」して居さいすれば，「民法ノ施行ト同時ニ其動産ノ上ニ行使スル権利ヲ取得ス」（民施３９条）。

　本条の占有は現実の占有に限るか又は占有改定・簡易引渡等でも差支ないかについては争がある。問題は畢竟本条による権利取得の根拠を譲渡人の占有の公信力に置くかまたは譲受人の取得した占有の効力と見るかによって定まる。大審院は占有改定の場合には当事者に占有権移転に関する「意思表示アリタル外ニハ一般ノ外観上従来ノ占有事実ノ状態ニ何等変更アルコトナケレバ」本条を適用出来ぬと云うて居る〔註１７〕。

　しかし上述の如く本条の根拠は譲受人が譲渡人の占有に信頼してこれを真の権利者なりと誤信したのを保護するに在る。譲受人が現実の引渡を受けたりや否や，従って譲受人が占有を取得したことが外部から認め得るや否やはすこしも本条の適用に関係ないと思う〔註１８〕。

〔註１７〕 大審５・５・１６民１録２２輯９６１頁。本件に於て甲の動産を保管する乙が甲の承諾を得て丙をしてその使用を為さしめて居た所，丙が自己の所有者なりと冒釈してこれを丁に売渡した。しかも現実の引渡を為さずして丙は爾後賃借の形式で引続きその物を占有し，丁には占有改定によって占有権を取得せしめた。判決は本条立法の趣旨を説明して「一般外観上従来ノ占有事実ノ状態ニ変更ヲ生ジ一般取引ヲ害スルノ虞ナクシテ従前ノ権利者ノ追及権ヲ顧ミザルヲ相当トスル場合ニ於テハ固ヨリ現在占有ヲ始メタル者ヲ保護スルノ必要アリ」と謂い，しかして本件に於ける丙丁間には占有改定に依る占有権の移転はあったけれども「一般外観上従来ノ占有事実ノ状態ニ変更を生」ぜざるが故に本条を適用し得ぬと云うて居る。しかし本文にも説明した通り丙の占有に信頼して善意に権利を譲受けた丁を保護せんとするのが本条の主旨である。丁について「一般外観上」占有の事実成立したりや否やを問う必要はない。また丙が引続き「一般外観上」占有の事実を継続せるが為め更に別個の第三者を過まるが如きあらば更にその者の利益の為めに本条を適用すればいい。ゆえに縦令この場合本条を適用しても判決の云うが如く「一般取引ノ安全ヲ害スルノ虞」はあり得ない。かかる理由で本条の適用を排除せんとするは，次注に掲ぐる諸学者と同じく全く本条の立法主旨を誤ったものと云わねばならぬ。

〔註１８〕 判例と同旨の学説石坂氏法学志林１５巻３号５７頁以下，中島氏物権１８４頁（氏は簡易引渡ならば差支ないと説いて居る）。本文と同旨の学説富井氏物権６９４頁，三潴氏３２４頁。

　５　以上の諸要件がすべて完備せる場合に，無権利の瑕疵ある外，同時に無能力・錯誤・第三者の詐欺・強迫・代理権欠缺等の瑕疵があって，これがため譲渡行為が無効なるかまたは取り消されたときは，譲受人本条の保護を主張するを得ず。何となればこれ等の瑕疵ある場合には，たとい譲渡人に権利があってさえ権利を取得出来ぬからである。

　　〔註１９〕　同説石坂氏前掲論文改纂民法研究上４６３頁以下。

３　本条適用の効果

　上述の諸要件が備わると，譲受人は譲渡人の無権利に拘わらず，譲渡行為の目的となった権利を取得する。

　イ　本条によって取得せらるる権利

　条なは広く「動産ノ上ニ行使スル権利」と云うて居る。しかし留置権及び先取特権は当事者の行為を俟たず法律の規定によって直接発生する権利なれば勿論本条の適用なく，債権（賃借権を含む）は債務者（譲渡人）の無権利に因ってその効力を妨げらるるものでないから，これまた本条の適用を受けぬ。従って結局本条の適用を受けるのは，動産所有権及び動産質権に限ることとなる。しかして個々の場合につきその何れが取得せらるるかは，当該の場合の権利取得行為の内容如何によって定まる。

　ロ　本条による権利取得の法律上の性質

　１　動産取引を円滑ならしむるため，動産所有に公信的効力を認めた結果として生ずる特別の法定取得である。取得時効の一種にあらざること勿論である。

　２　法律の規定に基く原始取得にして承継取得にあらず。したがって譲渡人との関係上従来第三者が当該動産の上に有した権利はすべて消滅する。

第３　制限

　以上第１９２条の原則に対しては次の制限がある。

　「前条ノ場合ニ於テ占有物ガ盗品又ハ遺失物ナルトキハ被害者又ハ遺失主ハ盗難又ハ遺失ノ時ヨリ二年間占有者ニ対シテ其物ノ回復ヲ請求スルコトヲ得」（１９３条）。けだしこれ等の物品は権利者の意思に反し又は少くともその意思に基かずして，その所持を離れたものなれば，第三者に対する関係に於てもなおこれを保護する必要があるからである。

１　本条の適用を生ずるためには，目的物が盗品又は遺失物なることを要する。

　イ　盗品とは窃盗強盗に依って所持を奪われた物を云う。これに反して詐欺・委託物費消等の目的物は盗品の中に入らぬ〔註２０〕。

　　〔註２０〕　大審３７・５・１０刑ニ録１０輯９４８頁，大審３８・３・１８刑１録１１輯３３１頁，同４１・１０・８刑ニ録１４輯８２７頁。

　ただし盗品が，（１）商法第２８２条の適用を受くべき無記名証券なるときは，第１９２条の適用を受けぬ。従って第１９３条もまた適用されぬ〔註２１〕。（２）金銭なる場合に於てもその流通性の大なること及び第１９４条との対比から考えて第１９３条の適用なしとするのが穏当である。しかし大審院は古い判決で反対に解釈してる〔註２２〕。

　　〔註２１〕　上記注８に引いた大審６・３・２３民１録２３輯３９２頁。

　　〔註２２〕　大審３５・１０・１４刑録８輯９巻５８頁。松本氏論文集２巻５８０頁以下はこの判決に反対してる。なお２６１頁注４参照。

　ロ　遺失物とは偶然の出来事により占有者自身の意思に基かずして所持を離れた物を謂う。遺失物拾得者が未だその所有権を取得（２４０条及び遺失物法）せざるに先って，これを他人に譲渡した場合に第１９３条が適用されるのである。

２　本条による回復請求権は法律が特に盗難被害者又は遺失主を保護するために認めた特別の権利である。学者によっては，これ等の物品は２年間依然としてなお被害者又は遺失主に属するものなれば，これが返還請求権は所有権に基く物権的請求権に外ならぬと，説いて居る〔註２３〕。しかし私が第１９２条及び第１９３条の２箇条を通読した感じから云うと所有権取得の問題は前条これを決し，次条は特にその既に取得された物の返還を請求することを許した規定だと解するを正当と信ずる〔註２４〕。

　　〔註２３〕　富井氏物権７０７頁以下。

　　〔註２４〕　横田氏物権２３３頁は盗品遺失物と雖も第１９２条に依って「回復ヲ請求」されると占有の始に遡って所有権を失うと説いて居る。しかし私はその回復にかかる遡及的効力を認むる根拠を発見出来ぬ。私はむしろ将来に向って回復されるに過ぎぬものと解するのが穏当だと思う。

３　回復は無償にこれを請求し得るを原則とする。しかし「占有者ガ盗品又ハ遺失物ヲ競売若クハ公ノ市場ニ於テ又ハ其物ト同種ノ物ヲ販売スル商人ヨリ善意ニテ買受ケタルトキハ―占有者がその物の不正品なることを知らないのも至極尤もだから―被害者又ハ遺失主ハ占有者ガ拂ヒタル代償ヲ辨償スルニ非ザレバ其物ヲ回復スルコトヲ得ズ」（１９４条）。

４　回復請求権者は「被害者又ハ遺失主」である。必ずしも所有者なることを要せぬ賃借人でも差支ない。ただし質権者は第３５３条の適用を受ける結果本条に依って返還を請求出来ぬ〔註２５〕。
〔註２５〕 大審４０・２・４刑２録１３輯８６頁。ただしこの判決は３５３条を類推して「他人ノ物ノ受寄者」にまで及ぼして居る。

５　なお第１９３条による回復請求を確保するため及び盗品遺失物に付き第１９２条を適用すべき事実の発生することを予防するため，古物商については「古物商ノ買受ケ又ハ交換シタル物品ニシテ遺失物又ハ贓物ニ係ルトキハ営業者ヨリシタルト否トヲ問ハズ警察官ニ於テ之ヲ徴収シ被害者ニ還付スルコトヲ得若被害者知レザルトキハ徴収シタル日ヨリ二箇年ノ後被徴収者ニ還付ス可シ」（古物商取締法第１７条）なる規定あり，また質屋についても同様の規定がある（質屋取締法１６条）。これ等の規定は第１９２条の適用を妨ぐるものではない。もしも被徴収者たる古物商や質屋について第１９２条を適用すべき事情存するならば，盗品は徴収に拘らず依然として古物商等に属す。それこれを失うは事実被害者に還付された時である。なおこの場合に代償弁償を受くべきや否やは第１９３条及び第１９４条によって定まる。

　　　　　　第２目　占有継続による動産物権の取得

１　総説

　以上第１目に説明した所は，占有の公信的効力に基く動産譲受人の保護方法に関する。

　この場合と異なって，一定の動産が一定の期間所有者の手を離れて他人の占有に在るときは，これにより占有者をして権利を取得せしむる場合がある。第１目の場合に於ける権利取得の法律的基礎は前主の占有―したがって一般第三者の之に対する信頼―にある。他人がその占有者を見て真実の権利者なりと誤信するのはもっともだと云う所に，譲受人保護の理論的根拠がある。これに反して以下に説明する権利取得に在っては「前主の占有に対する信頼」と云う分子は少しも権利取得の根拠となって居らぬ。この点に於て両者は全く別物である。

　しかしてその場合は更に別れて２となる。

２　動産物権の取得時効（１６２条１項１６３条）

　取得時効の法律的根拠は次の事実に存する。占有を離れた動産物権は段々その証拠が薄くなる。証拠が薄くなれば権利の効力も段々薄くなる。終には第三者がこれを見て占有者に属するものと考え易いのは勿論，当事者相互間に於てもその権利を主張せしむることが不穏当となる。それが取得時効を認むる理由である。この場合の詳しいことは総則の説明に譲る。

３　逃失した家畜外の動物の取得

　飼養されてる動物が逃失した。法律的に云えばなお一種の遺失物である（２７２頁参照）。それを捕えた人が，誰か他人の飼養してるものだと思えば，拾得物として警察所に届出づるに違いない。ところが動物の種類その他各場合の事情によって拾得者はこれを野生その他無主のものと考え易い。飼養主の方でも逃失後直に捜索するに違いない。しかも相当の月日捜索しても発見出来なければ大体駄目なものと諦める。その事情を基礎として民法は次の規定を設けた。

　「他人ガ飼養セシ家畜外ノ動物ヲ占有スル者ハ其占有ノ始善意ニシテ且逃失ノ時ヨリ一个月内ニ飼養主ヨリ回復ノ請求ヲ受ケザルトキハ其動物ノ上ニ行使スル権利ヲ取得ス」（１９５条）。

　イ　この場合に於ける権利取得の基礎は，以上の事情に基く。同じく一種の善意保護であるが，第１９２条の場合には前主の占有に対する信頼を保護するものなるに反し，この場合には目的物の性質上無主なりと信ぜられ易いと云う事情を基礎とする。両者は全く別物である。また本条の場合にも一定の期間占有することを権利取得の要件とするけれども，それこれを要求する理由は時効の場合に於けると同一でない。

　ロ　本条の適用を生ずる為めには

　１　占有の目的物が「他人ガ飼養セシ家畜外ノ動物」（熊，猪，鹿，雉等）なることを要する。

　２　動物を占有したることを要する。占有するに至った原因については法文上何等の制限がない。しかし本条の適用を受けるのは直接動物を捕獲した人及びその包括承継人に限る。何となればまず誰かが捕獲したのを譲受けた人についてはむしろ第１９２条乃至第１９４条を適用するを相当とするからである〔註１〕。

　　〔註１〕　従来一般の学者は本条をもって第１９２条の特例なりと考えているらしい。しかし以上本文のように説明しなければ本条の意義は頗る不徹底に陥る。

　３　占有の始善意なることを要する。無主だと誤信したことを謂う。その善意が過失に基くや否や及びその占有が平穏かつ公然なりや否やは本条の適用につき問題とならぬ。

　４　逃失の時より１个月内に飼養主より回復の請求を受けざることを要する。一定期間の占有を要求する点に於て時効に似てるけれどもその考は全く異なる〔註２〕。

　　〔註２〕　逃失後相当期間経過しても見つからなければ飼養主も大体駄目なものと諦めるなが普通である。その期間を１箇月に限定して回復請求権を打切ったのが本条の考である。しかし１箇月立てば必ず抛棄の意思あるものと看做した訳ではないから，例えば逃失の時より１箇月を経過しても未だ何人の占有にも帰せざるときは以後直に無主物となる訳ではない。その無主となるや否やは飼養主が抛棄の意思を表示したものと認めるや否やによって定まる。故に逃失１箇月後に初めて何人かに捕獲された場合にもし既に無主となって居れば先占（２３９条）の適用あり，これに反してなお依然として飼養主の所有に属して居れば１９５条によるにあらざれば取得出来ぬ。したがって占有者が善意にあらざれば逃失１箇月後といえども回復請求が出来る。

　ハ　本条による権利取得は上述した善意占有と期間経過との２要件が備わるによって始めて発生する。第１９２条及び第１９３条の場合の如く善意占有のみによって直に取得され，只２年間はその回復を請求出来るのとは全く別である。

　　　　　第４項　占有物の回復者に対する権利義務

第１　総説

　本権なくして物を占有してる者は，結局これを本権者に返還せねばならぬ。その返還を為すに際し，占有者は如何なる状態にてその物を返還すべきか，また占有者が占有中にその物につき支出した費用は本権者に対して償還を請求し得べきか。民法はこれ等の諸点に関し特に第１９１条及び第１９６条の２个条を設けた。

第２　占有者の返還義務

１　他人の所有物を占有する権利ある占有者がこれを返還するに当たっては如何なる状態で返還することを要するか。この問題は，その占有する権利の発生原因に関する法規（地上権，賃貸借等に関する法規）によって定まる。

２　これに反して本権なくして他人の物を占有してる者が，如何なる状態で占有物を返還すべきか，したがって物を滅失毀損せしめたときはこれを賠償することを要すべきか。これ等の問題は次の原則によって定まる〔註１〕。

　イ　占有者が悪意なるとき

　「占有物ガ占有者ノ責ニ帰スベキ事由ニ因リテ滅失又ハ毀損シタルトキハ悪意ノ占有者ハ其回復者ニ対シ其損害ノ全部ヲ賠償スル義務ヲ負フ」（１９１条前段）。

　悪意の占有者は結局占有物を返還すべき義務あることを知れるものなれば，善良なる管理者の注意をもって物を保管せねばならぬ（４００条）。それを怠れば本条の賠償責任を負うに至るのである。
　ロ　占有者が善意なるとき

「（前略）善意ノ占有者ハ其滅失又ハ毀損ニ因リテ現ニ利益ヲ受クル限度に於テ賠償ヲ為ス義務ヲ負フ但所有ノ意思ナキ占有者―即ち他人の所有物なることを認めつつ自己は賃借権・地上権等の権原に因って占有するのだと考えてる者―ハ其善意ナルトキト雖モ全部ノ賠償ヲ為スコトヲ要ス」（１９１条後段）。

　　〔註１〕　この第１９１条及び先に説明した第１９０条（２５４頁以下）は何れも本権なくして他人の物を占有せる者が本権者に対して負担すべき賠償義務を規定して居る。したがってその範囲に於ては不法行為の一般原則たる第７０９条はその適用を排除されるけれども，「其他ノ場合ニ付き民法７０９条ノ一般規定ヲ適用シテ占有者ノ賠償責任ヲ定ムルハ毫モ妨ゲ」ない。この理由により「家屋ノ賃借人ガ賃貸借終了シ賃借物占拠ノ権利ナキニ拘ラズ之ヲ賃貸人ニ返還セズ不法ニ占有ヲ継続シテ賃貸人ニ損害ヲ被ラシメタルトキ」は賃借物返還義務の不履行として責任を負うの外不法行為者として責任を負わねばならぬとの判例がある。大審７・５・１８聯録２４輯９７６頁。

第３　占有者の費用償還請求権

　占有者が占有物について費用を出したときは，その物の回復者に対して償還を請求し得べきか。占有が賃貸借・事務管理等特別の理由で為された場合には，それこれに関する法規によって問題が定まる。これに反してかかる特別の事由なき場合を如何に取扱うべきかは次の原則によって定まる。

　費用償還請求権の範囲は費用の種類によって異なる。

１　必要費

　「占有者ガ占有物ヲ返還スル場合ニ於テハ其物ノ保存ノ為メニ費シタル金額其他ノ必要費ヲ回復者ヨリ償還セシムルコトヲ得」（１９６条１項）。

　イ　この点については勿論占有者の善意悪意を問うべきでない。

　ロ　必要費はこれを通常費及び臨時費に分けることが出来る。この中通常費のみは「占有者が果実ヲ取得シタル場合ニ於テハ」これが償還を請求出来ぬ（１９６条１項但書）。ここに「果実ヲ取得シタ」とは実際に取得したるを云う。しかし悪意の占有者については「過失ニ因リテ毀損シ又ハ収取ヲ怠リタル果実もまた実際に取得したと同一に取扱われる（１９０条参照）。

２　有益費

　「占有者ガ占有物ノ改良ノ為メニ費シタル金額其他ノ有益費ニ付テハ其価格ノ増加ガ現存スル場合ニ限リ回復者ノ選択ニ従ヒ〔註２〕其費シタル金額又ハ増価額ヲ償還セシムルコトヲ得」（１９６条２項）。この場合にも占有者の善意悪意は請求権の範囲に関係がないけれども，「悪意ノ占有者ニ対シテハ裁判所ハ回復者ノ請求ニ因リ之ニ相当ノ期限ヲ挙輿スルコトヲ得」（右但書）。従ってこの場合には費用償還を確保する為め占有物を留置し得ざる結果となる（２９５条１項但書参照）。

　　〔註２〕　回復者この選択権を行使せざる場合に相手方は第４０８条によりて選択権を自己に移転せしむることを得るか。大審３・５・２・２２民１録８輯２巻９３頁は消極に解して居る。けれども私は本条の場合もなお１の選択債務として第４０８条の適用を受くべきものだと思う。

３　以上必要費有益費以外の費用は，如何なる場合といえどもこれが償還を請求し得ぬ。

　　　　　第５項　占有訴権

第１　総説

　１　占有権は占有なる外形的事実に基いて仮りの地位を定むる制度である。したがって正当な権利と手続とによって返還を請求された場合は兎に角，いやしくも私力によって占有を侵害された以上，占有権を理由として妨害の除去を請求し得る。占有訴権はすなわちこれである。

　２　侵害者が占有訴権に対して任意に服従すれば兎に角，もしこれに応ぜざるときは裁判所の手を借りてこれを貫徹するの外ない。この点について，ドイツ民法はかかる占有訴権の外，一定の範囲に於て自力救済 Selbsthife すなわち占有者自力をもって―裁判所の手を借りずに―侵害を排除することを認めて居る（ドイツ８５９条）。占有保護の社会的理由から云うと，ある程度に於て私力救済を認める方がいい。

　もっとも吾国に於ても刑法第２３８条が「窃盗財物ヲ得テ其返還ヲ拒ギ又ハ逮捕ヲ免レ若クハ罪跡ヲ湮滅スル為メ暴行又ハ脅迫ヲ為シタルトキハ強盗ヲ以テ論ズ」と定めてる所から考えると，盗品の取還についてのみは吾国に於ても自力救済を許されてるものと解せねばならぬ。しかしてその自力救済権の範囲については何等の明文がないけれども，結局公序良俗に反せざる程度に止まるべきものと云うの外ない〔註１〕。

　　〔註１〕　この点は刑法学者間の通説と云い得る。牧野氏１９７頁以下，同氏法学志林２２巻１號１１９頁以下，泉二氏刑法上２６版３３７頁，草野氏法学志林３巻２號３９頁以下等。

３　またドイツ民法（８６１条８６２条）によれば，被侵害者の占有自身がその侵害前１年内に侵害者又はその前主の占有を侵奪して取得されたものなるときは，占有訴権を主張し得ぬ。類似の制限はフランス国法にもある（フランス民訴２３条）。これに反して吾民法にはかかる制限がないから，例えば現に盗賊の占有せる盗品を被害者が正式の手続に依らずして奪い返せば，盗賊と雖も一応占有訴権を主張し得る。この点に於て吾民法は諸外国の法律に於けるより占有を厚く保護して居る〔註２〕。

　　〔註２〕　この点については占有訴権発生するがためには侵害された占有が正権原に基くことを要せぬと説いてる大審４・９・２０民２録２１輯１４８５頁参照。

第２　占有訴権の性質

　１　占有訴権は他人が私力によって所持を侵害した結果占有権本来の内容と現在の状態とに差異を生じたため，現にその差異を生ぜしめつつある者に対して，その原因たる事実を除去すべきことを請求する権利である。ゆえに一種の物権的請求権である。

　民法には旧来の用語例に従って占有訴権 action poss ssoire と云う文字を使って居るけれども，実は私法上の請求権に過ぎぬ。

　２　なお民法はかかる物権的請求権の外，占有権侵害による不法行為上の賠償請求権をも占有訴権の一種と為し，これに関する簡易の手続に従わしめて居る（１９８条以下参照）こと後に述ぶるが如し。

第３　占有訴権の主体

　占有訴権の主体は「占有者」でなければならぬ（１９７条）。しかし必ずしも自主占有者なるを要せぬ。他主占有者は勿論，占有代理人すなわち「他人ノ為メニ占有ヲ為ス者」（１９７条但書）〔註２〕といえども占有訴権を有する。

　　〔註２〕　例えば賃借人は占有を妨害する第三者に対して占有訴権を行使し得る。大審３８・４・１４民２録１１輯５９５頁。

　これに反して単純なる占有補助者は単に他人の道具として物を所持するに過ぎぬ。この場合には占有の要素たる所持も本人自身にあるものと見るべきだから，占有補助者は「他人ノ為メニ占有ヲ為ス者」でもない。従って占有訴権は占有者に在って占有補助者にない。なお占有訴権はその他の物権的請求権と同じく譲渡性及び相続性を有する。

第４　占有訴権の相手方

１　占有訴権の相手方は占有権の侵害者である。侵害者が「占有物ニ付キ所有権其他本権ヲ有スル」場合といえども，正当なる手続によるその権利の行使によって占有物を取戻すのならば格別，「之ニ依ラズシテ占有者ノ意思ニ反シ占有ヲ自己ニ移スハ不法ニシテ占有ヲ侵害シタル者タルコトヲ免カレ」ない。したがって侵奪者が「占有物ニ付キ所有権其他ノ本権ヲ有スルコト」それ自身は未だもってこれに対する占有訴権の存在を否定する理由とするに足らぬ〔註３〕。

　　〔註３〕　大審８・４・８民１録２５輯６５７頁。これ占有権の特質から出る当然の結果で，第２０２条１項が「占有ノ訴ハ本権ノ訴ト互ニ相妨グルコトナシ」と云ってるのと照応すべき点である。
２　占有訴権の相手方は占有権の侵害者である。しかし最初に占有権の侵害を初めた者と現在侵害を為しつつある者とは常に必ずしも同一とは謂えぬ。この場合にその何れを請求の相手方とすべきかは次の如く区別して解すべきものと思う。

　一概に占有訴権と云うても，その中には占有権に基く物権的請求権と占有権侵害による賠償請求権とが包含されて居る。

　イ　物権的請求権の相手方は現に妨害行為を為しつつある者であって，かつて妨害を為したるも現在既にこれを止めた者を包含せざること，物権的請求権一般について上述したる所（６０頁参照）の如し。

　しかし普通の物権的請求権の場合と異なって「占有回収ノ訴ハ侵奪者ノ特定承継人ニ対シテ之ヲ提起スルコトヲ得ズ但承継人ガ侵奪ノ事実ヲ知リタルトキハ此限ニ在ラズ」（２００条２項）。占有権は外形的事実を基礎とする仮の権利に過ぎぬから，占有侵奪者から善意で侵奪物を譲受けた人―「特定承継人」―にまでその効力を及ぼさしめぬがいい。これ右制限の存在する所以である〔註３〕〔註４〕。この制限が占有保持及び占有保全の訴について存在せざること，事物の性質上当然である。

　　〔註３〕 物権的一般について説明した所（６０頁注１０）参照。

　　〔註４〕 一定の人が直接の侵奪者なりやまたはその「特定承継人」なりやの問題に関し，大審８・５・１７民３録２５輯７８０頁はいやしくも現在自己が―本来他人の占有権に属する物を―所持せる以上，中間に何人かがあってそれから「適法ニ占有ノ移転ヲ受ケタルコトヲ立証セザル限リ」自ら直接に占有を侵奪したものを認むべきだと云うて居る。

　ロ　損害賠償請求権の相手方は侵害によって損害を生ぜしめた者及その包括承継人である。なお損害賠償請求権発生するがためには加害者に故意過失あるを要すること後に述ぶるが如くなるをもって，例えばある人が故意又は過失で他人の占有地に工作物を作って妨害を為した場合に，もしその工作物の譲受人に故意過失がなければ，現に損害を加えつつあるに拘らず賠償義務を負わぬ。

第５　占有の訴と本権の訴との関係

　占有訴権は，占有なる外形的事実を基礎として仮りの法律関係を一応確定することを目的とする。ゆえにこれを裁判上に行使するに当たっても，左記の特色を有する。

１　占有の訴と本権の訴とは全然その理由を異にするものなれば，互いに独立して取扱わるべきもので両者は全然無関係である。すなわち

　イ　本権と占有権とを有する者は本権の訴と占有の訴とを同時に提起し得る。従って判決もまた２個別々に為さるる。またその一方を提起して敗訴するも更に他の一方を提起することを妨げぬ。換言すれば「占有ノ訴ハ本権ノ訴ト互ニ相妨グルコトナシ」（２０２条１項）。

　ロ　「占有ノ訴ハ本権ニ関スル理由ニ基キテ之ヲ裁判スルコトヲ得ズ」（２０２条２項）。したがって占有権によって訴えられた被告は，自己に本権あることをもって占有の訴に対する抗弁とするを得ぬ。自己の本権を主張せんとせば自ら別に本権を理由とする訴または反訴を起すことを要する。しかもそれがため占有の訴そのものには何等の影響を及ぼさぬ。

　またこれと反対に，本権の訴ありたる場合に，占有権に基く占有回収の訴なりとして取扱うが如きもまた同様に明に違法である〔註５〕。

　　〔註５〕　大審４・５・５民３録２１輯６５８頁。

　ハ　かくの如く，本権の訴と占有の訴とは全然無関係であるが，２者はその管轄を同じうする限り，併合することを妨げぬ。しかし併合しても２者の独立無関係は少しも害されない。

第６　占有訴権の種類

　占有訴権は，侵害事実の種類如何によって，占有保持・占有保全及び占有回収の３種となる。しかしこれ等の中その１を提起した後これを他の種類に変えても，民事訴訟法（１９５条）に所謂「訴ノ原因ノ変更」にならぬ。何となればこれ等の訴の原因は単に程度及び範囲について差等あるに過ぎず，したがってその変更は単に「訴ノ申立ヲ擴張シ又ハ減縮スル」（民訴１９６条２号）ものたるに過ぎぬからである。

１　占有保持の訴

「占有者ガ其占有ヲ妨害セラレタルトキハ占有保持ノ訴ニ依リ其妨害ノ停止及ビ損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得」（１９８条）。

　イ　発生原因

　占有保持の訴の発生原因は占有の妨害である。妨害とは所持を侵奪する程度に至らずしてその円満を阻害するを云う。すなわち占有者の所持は妨害されたがこれがため妨害者自身は未だ所持を取得せぬ場合である。

　１　単純なる言葉による妨害，例えば占有を奪わんがためにする脅迫の如きは，本条に所謂占有の妨害とならぬ。もっともそれがため「妨害セラルル虞」ありと認むべきときは，後に述ぶる占有保全の訴発生すべきこと勿論である。

　２　妨害につき故意過失を要するや否や。この問題に対する答は次の２場合によって異なる。

　ａ　単に「妨害ノ停止」を請求するに過ぎぬ場合には，普通の物権的請求権に於けると同じく（５９頁以下）勿論故意過失を要せぬ。

　ｂ　「妨害ノ停止」と同時にまたは全然これと独立に「損害ノ賠償」を請求する場合には，故意または過失を要する（７０９条）。学者によっては第１９８条の文字のみを根拠としてこの場合の賠償請求には故意過失を要せぬと説くものもあるが〔註６〕，不法行為の成立につき故意過失を要するや否やの問題が占有権に限て異別に解されねばならぬ理由は少しもない。ゆえに賠償請求権の発生要件については占有訴権の部に特別の規定がないから一般規定たる不法行為の規定（７０９条以下）を適用し，その他の点についてはすべて占有訴権の規定を適用すべく，例えば占有妨害を理由として「損害ノ賠償」のみを請求する場合でも「妨害ノ止ミタル後一年内ニ」限って請求し得るに過ぎぬ（２０１条１項）と解する〔註７〕。

　　〔註６〕　例えば松本氏法学志林１５巻８號８１頁以下。

　　〔註７〕　この点の詳細は別著債権各論１０２０頁以下参照。

　ロ　請求の内容

占有保持の訴は「妨害ノ停止及び損害ノ賠償」を目的する。ここに「妨害ノ停止」とは「妨害者ノ費用ヲ以テ妨害ヲ排除シ以テ原状ニ回復セシムルコト」を云い「損害ノ賠償」とは「原状ニ回復セラルル迄ノ間占有ニ支障ヲ来シタルニ因リ生ズル損害賠償」を云う〔註８〕。

　　〔註８〕　大審５・７・２２民２録２２輯１５８５頁。

　１　妨害が今なお存続しかつ損害あるときは妨害停止と損害賠償とを請求し得る。

　２妨害なお存続すれども，賠償の原因とするに足るべき損害なきときは，妨害停止を請求し得るのみで，賠償を請求し得ぬ。

　３これと反対に妨害は一時的にして既に過ぎ去ったが，損害ある場合には，賠償請求のみを為し得る。この場合もまた占有訴権の一種なること上述の如し。

　ハ　請求権の存続期間

「占有保持ノ訴ハ妨害ノ存スル間又ハその止ミタル後一年内ニ之ヲ提起スルコトヲ要ス但工事ニ因リ占有物ニ損害ヲ生ジタル場合ニ於テ其工事着手ノ時ヨリ一年ヲ経過シ又ハ其工事ノ竣成シタルトキハ之ヲ提起スルコトヲ得ズ」（２０１条１項）。

　１　この規定が「妨害ノ停止」を請求する場合に適用せらるべきは勿論である。これに反し

　２　「損害ノ賠償」を請求するについても本規定を適用すべきや否かについては，多少疑問の余地がある。学者によっては，本条の期間経過後といえども別に不法行為の規定（７２４条）によって賠償を請求し得との説を為す者もあるが，吾民法は占有権に基く物権的請求権と賠償請求権とを一括して占有訴権と為し，一方に於てその手続を簡略にするすると同時に，他方に於てその存続期間をも短縮し，仮りの権利たる占有権の効力を一切の関係に於て余り長く存続せしめない主旨だと解するのが正当だと思う〔註９〕。

　　〔註９〕　別著債権各論１０２１頁参照。

２　占有保全の訴

　「占有者ガ其占有ヲ妨害セラルル虞アルトキハ占有保全ノ訴ニ依リ其妨害ノ予防又ハ損害賠償ノ確保ヲ請求スルコトヲ得」（１９９条）。

　イ　発生原因

　占有保持の訴ハ「妨害セラルル虞」あるによって発生する。妨害の虞ありと云うがためには単に占有者が主観的にその虞ありと考えただけでは足りぬ。普通人が常識的に考えて，若しもこのままに放置すれば必ずや妨害を生ずるに至るべしと認めらるることを要する〔註１０〕。

　　〔註１０〕　一般の妨害排除請求権について述べた所５６頁以下参照。

　なおその発生の虞ある妨害が故意過失に基くことは，妨害予防の請求については勿論，担保の請求についても必要でない。

　ロ　請求権の内容

　占有者は「妨害ノ予防又ハ損害賠償ノ担保」を選択的に請求出来る。すなわち債権者に選択権ある選択債務の一種である（４０６条以下参照）。

　右の中妨害予防の請求は「債務ノ費用ヲ以テ（中略）将来ノ為メ適当ノ処分ヲ為スコトヲ請求スルコト」（４１４条３項）を目的とし，その手続きは民事訴訟法第７３３条による。

　なお訴によって妨害予防又は担保を請求してる間に，事実妨害が実現したときは，訴を変更せずしてそのまま妨害除去又は損害賠償を請求し得るに至ること上述の如し。

　ハ　請求権の存続期間

　「占有保全ノ訴ハ妨害ノ危険ノ存スル間ハ之ヲ提起スルコトヲ得但工事ニ因リ占有物ニ損害ヲ生ズル虞アルトキハ前項但書ノ規定ヲ準用ス」（２０１条２項）。

３　占有回収の訴

　「占有者ガ其占有ヲ奪ハレタルトキハ占有回収ノ訴ニ依リ其物ノ返還及ビ損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得」（２００条１項）。

　イ　発生原因

　占有回収の訴発生するが為めには，「占有ヲ奪ハレタルコト」すなわち占有者の意思に反して所持が失われたことを要する。しかしその外いやしくも占有者が所持を失った以上原因の何如を問わずして物の返還を請求し得べきこと一般の物権的請求権に於けると同じだと云わねばならぬ。

　ただし損害賠償を請求するについては占有が侵奪せられかつ侵奪者に故意過失あることを要するや勿論である〔註１１〕。

　　〔註１１〕　なお本条に依りて「損害賠償ヲ求ムルニハ被害者ガ現ニ占有セル物ヲ侵奪セラレタル事実アルヲ以テ足リ必ズシモ其占有ガ正権限ニ基クモノナルヲ必要トセズ」。大審４・９・２０民２録２１輯１４８５頁。

　ロ　請求権の内容

　占有者は占有回収の訴によって占有物の返還〔註１２〕及び損害賠償〔註１３〕を請求出来る〔註１４〕。

　　〔註１２〕　侵奪された物が換価処分によって金員になってしまった場合にも，被侵奪者は第２００条２項（２９０頁以下）により現にその物を占有せる者に向かって返還を請求し得る。それが不能な場合には最早侵奪者自らに向かって賠償を請求するの外救済方法がない。しかるに大審４３・１２・２０民１録１６輯９６７頁は更に一歩を進めてこの場合に於ても侵奪者自らに向かって元来の侵奪物に代わるべき金員を引渡さしむるため占有回収の訴が出来るのだと謂うて居る。普通の物権的請求権の法理に物上代位の法理（３０４条参照）を加味した議論である。

　　〔註１３〕　賠償の範囲については「占有ヲ侵奪セラレタル者ハ侵奪セラレザリセバ継続シテ占有物ヲ利用シ得ベキモノナルコトヲ通例トスルガ故ニ其侵奪者ハ之ヲ返還スルマデノ継続的ノ損害ヲ賠償スベキモノトス」（大審４・９・２０民２録２１輯１４８５頁）との判例がある。

　　〔註１４〕　まず「占有物返還ノ請求ノミヲ起シ後更ニ損害賠償ノ請求ヲ加ウルハ―元来二者共に占有侵奪なる同一事実を原因とするものなれば―民訴１９６条ニ所謂訴ノ原因ヲ変更セズシテ訴ノ申立ヲ擴張」するものに相当する。大審８・４・民１録２５輯６５７頁。

　ハ　請求権の存続期間

　「占有回収ノ訴ハ侵奪ノ時ヨリ一年内ニ之ニ提起スルコトヲ要ス」（２０１条３項）。

　　　　第６節 準占有

１ 意義及び構成要件

　準占有とは自己のためにする意思をもって財産権を行使するを云う（２０５条）。

　準占有の目的物は財産権である。故に親族権その他人身権は準占有の目的となり得ぬ。何となれば親族関係の如き重要な関係については濫りに外形的事実に拠って事を律すべきでないからである〔註１〕。

　　〔註１〕 準占有は元来物について認められた占有の制度を漸次物以外の財産権にまで拡張したものである。フランス法には更に一歩を進めて自分の占有 possession ďétatなる制度がある。一定の外形的事実あるときは一応それに相当する身分関係あると同一の取扱を与える制度で，畢竟は占有制度の考を身分関係にまで推し及ぼしたものに外ならぬ。吾民法の「妻ガ婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子ト推定ス」（８２０条１項）なる規定の如きややこれに類する規定である。

　しからば財産権はすべて準占有の目的となり得べきか。

　１　権利の性質上これを行使するときは常に固有の占有を成立せしむべき権利―例えば所有権・地上権・永小作権・留置権・質権・賃借権等―は準占有の目的とならぬ。元来準占有の制度は一定の権利を有するが如き外観を呈する者に対し，物の所持に占有の保護を与えるのと同じ考を基礎として，外形的事実に基く一応の保護を与えることを目的とする。その外形的事実が「物の所持」なるときは，これによって存在を推測される権利は所有権・地上権等先に列挙した諸権利であり，よって法の与うる保護は占有である。これに反して何かある他の権利を有するが如き外観を呈するがため，これを基礎として存在を推測される権利は，その行使が物の所持を成立せしめない権利でなければならぬ。しかしてこの場合に法の与うる保護が即ち準占有である。故に行使が必ず物の所持を伴うべき権利は準占有の目的とならぬ。

　２　性質上継続的行使を許さない権利は準占有の目的とならぬと云うのが従来の通説である。行使と共に消滅する権利ならば準占有を認むる余地もないからである。しかしこの点は法律に所謂「行使」と云う言葉の意味の決めよう次第で何如様にも解釈出来る。厳格な意味で権利の行使と云えば，権利の内容を実現すべき行為を為すことを謂う。すなわち債権の行使はその目的たる給付の請求であり，取消権の行使は法律行為の取消である。従来学者の多くはこの意味の「権利行使」を標準として準占有成立の能否を定めた。したがって取消権・解除権の如き１個の行使によって消滅する権利は準占有の目的にならぬと説き，また債権についてはあるいは全然その準占有を否認する者もあれば，あるいは債権中継続給付を目的とするものについては準占有が成立するけれども１個の給付を目的とするものは準占有の目的とならぬと説く者もある〔註２〕。

　　〔註２〕 債権が準占有の目的となるや否やについては学説が３に別れてる。

　　　１　債権の準占有を全然否認する説 ドイツ普通法の下に於ける多数説である。

　　　２　継続給付を目的とする債権についてのみ準占有を認むる説 ドイツ普通法の下に於て Windscheid，Dernburg，Randa 等，吾民法の解釈として松岡氏物権２６１頁，富井氏原論２巻７５２頁この説を採る。

　　　３　広く債権の準占有を認むる説 梅氏要義２巻２０５条注。

　しかし準占有保護の基礎となる「権利の行使」は占有保護に於ける「物の所持」に相当すべきものである。したがって外観上当該権利を有すと認めんべき事実あること，あたかも「物の所持」が物上権の存在を推測せしむると同一程度なるに於ては，上述の厳格な意義に於ける「権利行使」なしといえども，準占有を認めて差支えない。故に（１）取消権・解除権等の「行使」として取消・解除等の行為を為さずとも，例えばこれ等の権利の附着せる契約関係の承継人なるが如き外観を呈する事情存するに於ては，客観的に見てこれ等の権利の権利者なるが如き外形的事実が存在する。したがってこれに準占有の保護を与えて差支えない〔註３〕。（２）債権についても，例えば債権者の相続人なるが如き外観を呈する者ある以上，たとい未だ債権の目的たる給付の請求を為さずといえども，これに準占有の保護を与うる理由は充分ある。したがって継続給付を目的とする債権は勿論，１個の給付を目的とするものといえどもまた準占有の目的となり得る〔註４〕。

　　〔註３〕 １回の行使に因って消滅すると云う理由で，取消権・解除権等の準占有を認めぬ学者。例えば富井氏原論２巻７５２頁。この説は前提に於て正しい。けれども，「行使」の意味を定むるにつき準占有を認むる立法上の理由を斟酌してない。

　　〔註４〕 判例で債権の準占有を認めて居る場合左の如し。

　　　１　供託金返還請求権に対し差押を為した上轉付命令を得て制規の手続に依り供託金の返還を請求する者は債権の準占有者である。大審２・４・１１民１録１９輯２２４頁。

　　　２　甲の貯金を乙寺の基本財産とする旨の決議を理由として乙寺代表者が預かり主丙より弁済を受けたときは，右代表者に於て貯金債権証書を所持したるの事実なしといえども，債権の準占有者と謂い得る。大審３８・６・７民２録１１輯８９８頁。

　　　３　電報送達紙を騙取しこれを銀行に持参して電報送金の支払を求むる者は債権の準占有者と謂い得る。大審４・１１・３０刑２録１４輯１０３３頁。

　　　４　「指名債権ヲ事実上他人ヨリ譲受ケ―その譲渡行為は法律上無効なるに拘らず―自己ノ為ニ之ヲ行使スル者ハ債権ノ準占有者ナリ」。大審７・１２・７民３録２４輯２３１０頁。

　　　５　大審１０・５・３０民２録２７輯９８３頁はその議論に於て「民法第四七八条ニ規定セル債権ノ準占有者トハ自己ノ為メニスル意思ヲ以テ債権ヲ行使スル者ヲ謂フモノニシテ其債権ヲ行使スト謂フニハ債権者タル行為ヲ続行シタル事実ヲ必要トスルモノニアラズシテ一般取引ノ観念ニ於テ債権者ナリト信ゼシメ得ベキ事由ニ基キテ債権ヲ利用シタル場合ニ於テハ其利用行為ハ一個ナリトモ之ヲ以テ債権ノ行使ナリト謂フニ妨ナシ」と云うて居る。

　　　６　株式の準占有者が「株主総会ノ決議ヲ経タル一定ノ利益配当金ヲ請求スル権利」を行使したるに対し会社が善意にてその請求に応じたるときは縦令会社に重大なる過失あるもその弁済は有効なり。大審５・５・１５民２録２２輯９５３頁。

　　　以上と異なり「登記請求権ハ物権ノ一作用ニシテ独立シテ存在スルモノニ非ズ従テ本権ト離レテ準占有ノ実体タリ得ベキモノニアラザルヲ以テ」民４７８条の適用を受けぬ。大審９・７・２６民２録２６輯１２５９頁。

　債権中無記名債権についても準占有が成立すると主張する学者が多いけれども「無記名債権ハ之ヲ動産ト看做ス」（８６条３項）を以て，むしろ占有の目的となるものと思う。

　なお以上の外，（３）地役権（４）先取特権，（５）抵当権，（６）著作権・特許権等の智能的財産権等は準占有の目的物となる。

２　準占有の効果

イ　準占有の事実あるときは，その効果として準占有が発生する。

ロ　準占有権は諸般の点に於て占有権に準ずべき性質を有する。

ハ　従って，占有の得喪，権利の推定，果実の取得，占有訴権等に関する規定はすべて準占有に準用せらるる。なお準占有の効果として所有権以外の財産権の取得時効を生じ（１６３条），また債権の準占有者に対する善意の弁済は常に有効である（４７８条）。

　これに反して第１９２条以下の規定は，動産の特質を基礎とする規定なれば，準占有には準用ない。不動産は勿論（１６２条２項参照），債権（無記名債権を除く８６条３項）〔註５〕その他の財産権は動産の如くその取引頻繁ならず，その譲渡に当っても多く証書を作成しその他登記又は登録等公示制度あるを通常とするが故に，「権利の行使」なる外形的事実に「物の所持」に対すると同じだけの公信力を与えて第１９２条と同一の結果を認むるのは不当である〔註６〕。

　　〔註５〕　無記名債権以外の債権には準用なしとする判例。大審７・４・１３民３録２４輯６８１頁，大審８・１０・２民２録２５輯１７３０頁。これ等の判決は何れも電話利用権に関する。電話使用権の性質については私の債権各論１０３６頁参照。

　　〔註６〕　同説前注引用の判決，富井氏原論２巻７５４頁。反対中島氏釈義２巻２７５頁，遊佐氏物権５３９頁。

第３章 所有権

　　　　第１節 総　説

第１　所有権の社会的基礎　　　　　　　　　　　３１２頁

第２　所有権とその他の物権　　　　　　　　　　３１８頁

第１　所有権の社会的基礎

　今日に於ては世界の殆ど到る所に個人所有権の制度が認められて居る。しかし一度歴史を顧み比較法的研究を重ぬるとき，吾々はこの制度が量に於ても質に於ても幾多の変遷を経，また各国国を異にするにしたがって多大の差異を包藏せることを発見する。しかしてその何故変遷したか，何故差異があるかの理由を考うるとき，吾々は個人所有権の社会的根拠何如を考慮せざるを得ぬ。この制度の存在を何等の疑いをも挟まずにこのまま受け入れることが出来ない。

　個人所有権の根拠何如については従来多数の学説がある〔註１〕。しかしこの点について特に注意すべきことは，これ等多数の学説中，個人所有権制度の淵源に関する歴史的乃至社会的研究を主としたものと，現在の社会制度として私有財産制を是認維持すべき理論的根拠何如に関する学説と混同しないことである。２者の混同は徒らに問題を困難ならしむるだけである。しかして私は今ここに歴史的に個人所有権の淵源を研究しようと思わないし，またその必要もないと思う。以下にはただ個人所有権制度の理論的根拠について一応の考慮を試みたいのである。

　　 〔註１〕　所有権の根拠に関する各種の学説を簡便に説明したものとしては Ely，Property and contract，1914 殊に２巻５３１頁以下，鳩山氏「財産法改正問題概論」国家学会雑誌３５巻２号１頁以下。

　私は個人所有権制度を以て時代の産物だと思う。時代を超越して絶対的にその正邪を論ずることの出来るものでないと思う。歴史を見ると，ある時代ある国には公用物多くして私有財産の範囲狭くまた他の時代他の国に於ては私有の分量極めて多くして公用の範囲は頗る狭い。その何如はすべて各時代各国々の事情に応じ社会全般の福祉が標準となって自ら定まるもので，立法者の単なる方針のみによって勝手に定められるものではない。中世欧州の封建制に拘束された土地制度からフランス国大革命に依って完成された土地解放 afflranchissement du sol への変遷，さらにまた土地解放によって達成された土地の絶対的個人所有権制から最近各国に於て漸次実現せられつつある所は各時代各国の物質的乃至思想事情に応じて定まるものだと云う事実を否定し得るものがあろうか。またこれを吾国の歴史について考うるも，孝徳天皇（西暦６４５―６５４）の朝大化改新の一大眼目として断行された班田制の社会的根拠，その後元正天皇（西暦７１５―７２３）の朝以来盛に行われた墾田の奨励，次いで聖武（西暦７２４―７４８）以後桓武（西暦７８１―８０５）等の諸帝の下で行われた墾田の制限や「山川藪澤之利公私共之」との勅，しかして頓て生まれ出た荘園等の歴史を案ずるとき，誰か土地制度と社会事情との間に存する密接な関係を否定し得るものがあろうか。

　限りある物質を以て限りなき人の欲望を満足せしめんとする。その結果，ある時には生産の増加にのみ専ら注目して個人の利己心を利用するため個人所有権を奨励保護する必要があり，又ある時には分配の公平に力を集中して社会の安寧維持に専心する必要が起る。フランス国大革命に因る土地解放や我国の墾田奨励は前者の例であり，最近欧州の土地社会化運動や上記桓武天皇の勅は後者の例である。利己心の利用による生産の増加及び資本の改良，各人の所有本能の満足に依る民心の安定，これらの需要は如何なる世如何なる国に於ても個人所有権のすべてを絶対に廃止することを許さない。それと同時に分配の公平による社会安寧の維持は常に個人所有権の制限を要求する。この矛盾した２の要求を如何に調和するかは各時代各国の事情にしたがって定まる。要するに，当該の社会に於ける一般的信念並に理想に照し，如何にせば，社会一般の福祉に適合する結果を得らるるかを目安として定めらるるのである。これゆえに私は「利己心の利用に依る生産の増加」にのみ意を注いで個人所有権は人類文化の為め絶対的に必要なる制度でこれあるによってのみ社会の幸福が来るのだと云うような時代に超越した議論を今日平然として唱えつつある学者を非なりとすると同時に，その国々の社会的事情経済的事情に関する調査計算を為すことなく，何でもかでも私有財産制を廃止せねばならぬ，これを廃止しさえすれば萬人にとって公正にしてかつ幸福な社会が来るのだと考え，それがため兎もすれば生産の不足を生じ易いと云う事実を度外に置いた空想的議論にも一概に賛成出来ない。

　今や世界の下層民は傳統の夢から醒めて一整に「平等」を要求する。今まであった物質だけでも到底この要求を満足せしむるに足らぬ。否，下層民の自覚は同時に反って生産の減少となる。ここに於てか一方に於ては物の使用能率を増大するため所有権の社会化が叫ばれ，他方に於ては生産の不足を補うため国民総労働が要求される。しかしこれら何れの要求も自ら一定の必至的限界を有する。社会一般の最大福祉すなわちそれである。またこれを細分して観察すれば，社会化の要求は資本の廃頽を来さしめずまた人々の生産位に所有本能を著しく害せざる程度を以てその限界とすべく，国民総労働の要求は分業の社会的効用と牴觸する所に止まらねばならぬ。要するに個人所有権の根拠は天賦の人権に在らず神授に在らず強者の略奪にも在らず，その範囲は各時代各国の事情に応じ社会一般の福祉を標準として定まるものである。

　しかし私は現在の我国に於ける分配の不公正をこの上引続いて是認することが出来ない。しかしてその最も重要なる原因は，生産資本の大部分がある少数者の手に集中され，その結果他の多数者は少数者の「云い値」で労働を売るより外生活の途がないことに存するのだと思う。これをこのままに放置することは単純なる人道的見地から見てもまた社会の平和と云う功利的方面から考えても極めて危険である。故に私は以上に述べた各方面の利害得失を研究計算した上で，出来るだけ生産の減額を来さしめざる程度位に方法に於て出来るだけ広く物の社会化を計ることが何よりの急務だと思う〔註２〕。

　　〔註２〕　この点については先に１頁以下に説明した所をも参照。

第２　所有権とその他の物権

　所有権は私有財産制の根底を為す。これを各種の物権との関係について観察すれば，独り沿革上すべて他の物権に先立って発達したのみならず，経済上から謂うても，地上権・永小作権その他の用益物権などが存在するのも，畢竟根本に個人所有権の制度あるがためである。現在自己の使用せぬ物の上に一般的支配権たる所有権を認め，同時に他人をしてこれが実際上の利用を為さしめ，その対価として所有者に地代その他の不労所得を取得させる。その他人が所有権の許与に基きその限りに於て直接物を支配し得る権利が用益物権である。

　これが今日の物権法の根本的組織である〔註３〕。

　　〔註３〕　ところが歴史上所有権と用益物権との関係がこれと全く異なった考をもって規律されて居た時代がある。このことについては３２２頁以下の記述及び第４章用益物権総論に於て述べる所参照。

　　　　第１節　所有権の性質

第１　目的物　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３１９頁

第２　所有権の内容　　　　　　　　　　　　　　　　　３２０頁

１　物の一般的支配　―　２　法律的支配　―　３　所有権の制限　―　４　所有権の劫久性　―　５　所有権なりや否やの判断

　所有権は物の使用収益処分その他一般的支配をなすことを内容とする物件である。

第１　目的物

　所有権の目的物は物である【註１】。「所有」という言葉は俗にその他各種の財産権を有することを言い表すためにも使われるけども，ここに所謂所有権は斯る通俗の意味ではない。

【註１】　この点については先に物権の目的物一般について述べた所（２０頁以下）参照。

第２　所有権の内容

　所有権の内容は物について法律上一般的支配をなすことに存する。この点において，所有権は制限物権と区別される。

１　一般的支配とは一切の関係において物を利用し得ることをいう。民法第２０６条はこれを言い表すため「物の使用・収益及び処分」なる文字を使つているが，これらは単に所有権の主な働きを例示したにすぎぬ。所有権はこれらの働きを初めその他物について有し得る各種の機能の総和をいうのではなく，その機能の源泉たる単一の権利である【註２】。

【註２】　大審３７・３・４民２録１０集２３７頁の記述参照。

　イ　故に所有者が縦令その働きのあるものを他人に許興しても，すこしも所有権たる本質を害せらるることがない。例えば自己の所有物に付き他人のために地上権その他の制限物権を許興すれば，制限物権の存続する限り，所有権はすべて物の現実的使用をなし得ざるに至り，所有権は所謂虚有権 Nuda proprietas となる。しかしそれでも所有権はその一般的支配権たる性質を失わぬ。何故なれば所有権は単なる多数権能の集合ではなくてその源泉だから。

　したがつて一度制限物権が消滅すれば，所有権は再び本来の面目に立ち戻つてその完全なる作用を発揮するに至る。これを称して所有権の弾力性又は反帰力　ius recadentiae,Elastizitat des Eigentums という。

　なお所有権は斯る特別の制限なき限り完全なる一般的支配を許すことを本質とするが故に，争いある時は制限の存在を主張する者においてその事実を立証せねばならぬ。これを称して所有権の完全推定という。

　ロ　わが民法は一個の物の上には一般支配権たる所有権ただ一個を成立せしむるにすぎぬ。無論物の一部の上にも所有権の成立を認むる例外はあるが【註２】。

　　【註２】　２７頁参照。

　したがつて，（１）一個の物の上に同時に二個以上の完全な所有権成立し得ざるは勿論，（２）普国民法におけるが如き所謂分割所有権　Getheiltas Eigentum の観念　―　一個の物の上に上級所有権　Oberejgentum, Dominium directum 及び下級所有権 Unter-eigentum, Dominium utile の成立することを認むる制度―を認めぬ【註３】。わが民法の考では一物上には一所有権が成立するのみでその他の権利はすべて制限物権となる。沿革上からいうと明治維新の際従来の封建的土地制度から今日のやうな制度に移り変わるに当たり，同一土地上に一方は年貢米を取る権利・他方は耕作の権利を有する者あるときは，何れをもつて今後真の所有者なりと認むべきかが，かなり困難な問題になったらしい。もし現実の耕作権者を所有者なりとすれば――年貢米を取る権利を特殊の物上負担　Reallasten 的物権として認めれば格別しからざる限り――年貢米を取る権利は将来に向かって否認される外なかつた。ところが実際上ほとんどすべての場合に年貢米権者が所有者と認められて，耕作権は永小作権として単なる制限物権の扱いを受けることになつた（民法施行法４７条３項参照）。その結果実質上所有者にして従来単に年貢米を納め来たりしに過ぎざりし者までが，単なる永小作権者として取り扱わるるに至つた場合が少ないと傅へられている【註４】。ドイツにおいては場合の如何に依り，あるいは上級者所有権を物上負担として下級所有権を所有権となし，又あるいは反対に上級者所有権の方を所有権として下級所有権を用益物権とした。吾国のため政家にもこれと同じ用意があってしかるべきであつたと思う。

【註３】　分割所有権の制度に付いては Gierke, Deutsches Privatrecht �T １２０，１２１参照。学者によってはこの制度をもつて不合理なりと説く者がある（三瀦氏物権５７頁）。しかし歴史的背景を無視してある制度の理否を説くことは最も慎むべきことである。

　　【註４】　その事例は明治３２年高知県有志者から政府に提出した陳情書及び戸水氏「阿蘇の永小作」中に表れている。

　ハ　民法が所有権の作用として例示した言葉の中，（１）使用 ius utendi とは物を毀損し又は本質を　更せずして需要満足の用に供するをいい，（２）収益 ius fruendi とは物から果実その他の収益を収取するといい，（３）処分 ius disponendとは物の破棄消費の如き事実的処分及び売却質入の如き法律的処分をも意味す。

２　法律上一般的支配をなすことを内容とする権利である。

　占有権は事実上物を所持せることを根拠として仮に物を支配することを許す権利である。これに反し所有権は法律上物の一般的支配をなし得ることを正当とする権利である。

３　所有権は一般的支配である。しかし無論法令の制限を超ゆることを得ず，又所有権の認められる社会的根拠をもつてその限界とせねばならぬ。

　イ　「所有権者ハ法令ノ制限内ニ於テ自由ニ其所有物ノ使用・収益及ビ処分ヲ為ス権利ヲ有ス」（２０６条）

　所有権の効力が「法令ノ制限内」に止まらねばならぬのは素より当然である。ところが民法が態々この文字を挿入したのは自ら特別の理由に基く。人権宣告以来一時盛に「所有権は天賦の人権にして神聖不可侵なり」との思想広く行われ，ために法令をもつてするもなおかつこれを侵すべからずが如くに誤信した者も少なくなかつた。「法令ノ制限内」の一句は実にこの誤信を防ぐ目的に出ずるのである【註５】。

　　【註５】　本条に所謂法令の意義に付いては争いがある。

　　　１　多数説は民法中一般の用語例に従って法律及び命令を意味するものと解し。

　　　２　少数説は右の説は明らかに憲法２７条の「日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サル，コトナシ」「公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」という条項と抵触するものとして，単に「法律」のみを意味するものと解すべしと主張する。

　　　　憲法２７条の名文上所有権の制限は法律に依るにあらざればこれをなすこと能わず。この点において少数説は正常である。しかし法律をもつて制限の大綱を定めた上詳細を命令の規定に譲ることがあり得る。この意味において命令もまた実質上所有権を制限する法文たることがあり得る。これ本条が「法令ノ制限内」という所以である。命令のみをもって独立的に所有権を制限し得べしというのではない。

　　　　ところが学者によつては，（イ）民法２０６条それ自身が既に所有権制限に関する事項を命令に委任せるものと解すべしと説く者あり。しかしこの説は憲法２７条を完全無用に陥らしむる暴論である。（ロ）又憲法２７条２項に所謂「公益ノ為必要ナル処分」とは公用徴収のみを意味ししたがつてその他の所有権制限は法律に依るを要せぬと説く者がある。しかしこの説は文理上無理なるのみならず憲法２７条の精神を没却する解釈である。これ要するにこの２節は共に出発点を謝つたために生まれた窮説に過ぎぬ。

　この意味において所有権の内容を制限する法令は現在既にかなり多数ある。しかして近時の傾向は更に益々これを増加せしめむとするに在る。その中主な

るものは無論不動産所有権のみに関する制限規定２３を例示する。

　１　緊急避難に関する規定（７２０条２項）。

　２　遺留分に関する規定（１１３０条以下）。

　３　銃器弾薬国書出版等に関する取締規則（鉄砲火薬取締法，売薬法，出版法，新聞紙法）。

　ロ　所有権の社会的根拠が，社会全般の福祉にあること上述の如くなりとすれば，その社会的意義に違背する方法で所有権を抗行使しうることはと許され　　

るべきでない。元来が一般の福祉を計るため国家が各人に委託 social trust したものである。したがつてその委託の主旨に反することを許されない。

　１　所謂権利濫用 abus du droit, Missbrauch des Rechts の観念はこの所から生まれる。すなわち所有権存在の社会的意義に反するが如き行為は，縦令形式上所有権の行使の外観を呈するも，実質上所有権行使として保護すべきでない。これによつて他人の権利を侵害すれば不法行為とならざるを得ぬ。権利の行使は善良の風俗公の秩序に反するを得ぬとか，単に他人に損害を加ふるのみの目的をもつて権利を行使するを許さぬとか，いうのは畢竟この意味に外ならぬ。

　２　なお「所有権は債務を生ず」 Eigentum verpfrichtet （ドイツ憲法１５３条３項）とか，「富は債務を生ず」 Richesse oblige とかいうような思想も，上に述べたるが如き所有権の社会的基礎の関する考から発生する。公用徴収権の実質的根拠はこの点に存し，又富者の貧者に対する不法行為上の責任は貧者の富者に対するそれよりも重くなければならぬというが如き法理もこの所から生まれるのである【註６】。

　　【註６】　ドイツ民法８２９条，スイス債務法４４条等はこの思想を加味したいものである。わが大審９・５・２０民２録２６集７１０頁が名誉毀損による慰謝料の数額を定むるに付き「独リ被害者ノ社会上ノ地位ノミナラズ加害者ノ社会上ノ地位ヲモ斟酌シタリトテ不法ニアラズ」といつているのも主義において多少これに類した考を加味したものである。

　ハ　以上の如き法令又は所有権の社会的根拠に基づく制限の外，所有権は左記のものによつても多少制限を受ける。

　１　法律行為　所有者が法律行為によつて他人のために制限物権を設定すれば，その物権の存続する時間及び範囲において所有権は制限を受ける。（１）無論その制限は当該物権の内容と抵触する限りにおいてのみ生ずるのだから，例えばある土地が地上権の目的物になつているからといって，所有者はすこしもその土地の法律的処分を妨げられることのないのは無論である（註７）。（２）しかしいやしくも所有権たる以上必ず弾力性 Elastizitat を有せねばならぬのがわが民法の立前だから自ら所有権を有しつつ，他人のために無期限の制限物権を設定することは原則としてわが民法の許さない所であるそれでは分割所有権を認めると同じことになるからである。しかし無期限地役権だけは縦令これを認めても分割所有権禁止の精神に反するところがないと思う。

　なお法律行為による所有権の制限中，特に注意を要すべきものは，処分禁止特約である。この種の契約に依って「永久ニ所有者ノ処分ヲ禁ズルハ所有者及ビ其子孫ヲシテ絶対ニ所有者タルノ実ヲ失ハシムルノミナラズ物ノ改良融通ヲ阻活スルニ至リ社会経済上ノ利益ヲ失スルヲ以テ公益ニ反スルトシテ無効」でなければならぬ【註８】。しかし何等か適正の目的のため公益に反する程度に至らずして一時処分を禁止する特約は有数である。しかしそれに対してさえ物権的効力を興えることはわが現行法上不可能である。

　　【註７】　大審３６・１・１６民２録９集１４頁。

　　【註８】　大審４５・５・９民１録１８集４７７頁。

　２　習慣　民法施行前からあった習慣的物権は民法によつて認められたるものの外民法施行と共に消滅した（民施２５条）。

　しかし各地方の特殊にして正当なる需要から発生した――特に「物権」と称せらるる程度に至らぬ習慣的制限を存続せしむることは，外来的色彩の飾りに濃厚なるわが物権法とわが郷土的要求とを調和せしめるために必要であり，民法施行法第３５条の精神にも反応しないものと思う【註９】。

　　【註９】　この意味において私は「民有ノ森林ニシテ風除森林等ノ名称ニ依リ伐採ニ制限ヲ付シ来リタル習慣アルモノモ亦等シク法律上所有権ノ制限ヲ受ケタルモノナルヲ以テ其所有者ハ之ヲ遵守セザルベカラズ」といへる大審３１・３・２３民２録４集３巻６３頁を今もなお有効な判例と考えたいのである。

　　　　なお習慣の物権創設力については４１頁以下参照。

４　所有権は物を一般的に支配することを許す権利である。したがつて劫久性をもつてその特質とする。すなわちこれを行使すると否とは所有権の自由で，永久の不行使も消滅時効の原因とならぬ（１６７条２項）【註１０】。

　　【註１０】しかしこの規定の考を極端に維持するのは元来所有権を認めた社会的基礎を無視する結果となる。将来相当の改正を加ふべき点と思う。

　なお注意を要するは，右の劫久性はすこしも所有権の終期附き処分を防ぐものにあらざることである。何となれば，この場合には単に処分が終期附きなるに止まり，所有権そのものが期限到来と共に消滅するのではないからである。

５　一定の権利が所有権なりや否やを判断するには，その権利が以上に説明した性質を具備するや否やを標準としてこれを決するの外ない。単に「或物ニ付キ処分権ヲ有スルモ之ヲ以テ直ニ其物ノ所有権ヲ有スルモノト云フコトヲ得ズ」【註１１】。

　なお判例は奮幕時代から傅はってるある権利の所有権なりや永小作権なりやを判断するについて「奮幕時代ニ於テモ土地ニ対シ総括的支配ヲ為シ当時ノ法律ニ於テ之ヲ保護シ来リ其総括的支配ガ後日完全ナル土地所有権ニ推移シタルモノニシテ同一土地ニ対シ設定シタル永小作権トハ全然別個ノ観念ヲ有シタルモノトス」【註１２】といっている。

　　【註１１】　大審３３・１２・１１民１録６集１１巻６１頁。

　　【註１２】　大審４・２・１７民３録２１集１５６頁。

第３節 不動産所有権

第１項　総説　　　　　　　　　　　　　　　　　３３７頁

第２項　公益を理由とする土地所有権の制限　　　３３５頁

第３項　土地の上下に関する法律関係　　　　　　３３７頁

第４項　相隣者の法律関係　　　　　　　　　　　３４３頁

第５項　水に関する法律関係　　　　　　　　　　３７０頁

第１項　総説

　土地制度の如何が我々の社会生活と密接な関係を有することは到底動産の比でない。したがつて歴史的に見ても，経済的に見ても，又法律的に見ても，特に注意を要すべき興味深き事柄が沢山ある。

　その１は土地強要制から個人所有制に移り更に転じて国有制に移らむとする傾向である。これを歴史的に経済的に観察研究することは頗る面白い題目であるが，この事の全体は暫く本書の範囲外として，最近の立法上わが国においても一般福祉のために土地所有権が漸く漸々制限されむとする傾向あることを一言するに止めよう。

　その２は土地の上空及び地下に対する効力範囲の問題である。生活の向上に伴う人間の需要増加と産業の発展と科学の進歩と伴って，土地の使用は単に地表に止まらずして，地上の空間及び地下の地身もまた使用価値を現すに至った。したがつて今まで専ら地表の使用を標準として作られた土地のみをもつて，土地に関する法律問題の全部を律することが出来なくなつた。これを如何に取り扱うべきかは本書においてもまた一応これを論ぜねばならぬ。

　その３は隣地者相互間の法律関係である。多数の人間が境を接して団体生活をする。一方の行動は直に他方に影響を及ぼしやすい。殊に近世産業の勃興と人工の都市集中的傾向とは隣地者間に幾多の面倒な問題を生むに至った。故に民法にも第２０８条以下にこの点に関する多数の法文がある。これを中心として相隣者問題の全部を説明せねばならぬ。

　その４は水に関する法律関係である。灌漑用水の問題が古来わが国の農業上重要の問題たることは勿論である。その外工業用水として，あるいは船舶材木等の運搬用に，あるいは水車用に，またあるいは水力電気用に，使用される関係上水に関する法律問題は近来殊にやかましくなった。土地所有権を論ぜむとする者は何うしてもこの問題を度外視することが出来ぬ。

　これ以下先ず第２項において土地所有権の制限問題を論じ，第３項において土地の上下の法律関係，第４項において相隣者の法律関係，第５項において水の法律関係を論ぜむとする所以である。

第２項 公益を理由とする土地所有権の制限

　土地制度が古来経済事情と社会思潮とに連れて著しく変遷したことは，本章の初めにおいていささかこれを述べた。

　１８世紀の終わり以来欧州大陸を風靡した土地解放 affranchissement du sol の運動や，わが国維新に際して断行された封建的土地制より個人主義的土地制への変転によつて出来上がつた近代の土地制は極端な絶対的排他的の土地制の土地所有権を各国に成立せしめた。これによつて農地の改良農業の発展を来し惹いては一般文化の進歩に資したる事極めて著大である。しかしこの傾向は同時に従来共同地ないし他人の所有地の上にある種の権利をもつてわずかに生計を立てていた小農をして，生活の方法を失はしめた。また各個人が利己心のみによつて勝手に土地を利用する結果，産業・国民衛生・国土の美観・危険防止等各種の公益的要求と抵触すべき幾多の事件を発生せしむるに至った。折角一度は一般福祉を目標として土地解放を行い個人所有権の拡張を計つたのであるが，今や総じてその同じ一般福祉が反って土地所有権の制限を要求するに至つた。それが大きく現れては土地国有の要求となり，小さく現れては公益上の理由に基づく各種の土地所有権制限となつた【註１】。

　　【註１】　なおこの点については本書冒頭の記述（１頁以下）及び３１８頁以下参照。

わが現行法の認めている各種の公益的制限を摘記する左の通りである。

１　一般公益を理由とする制限　土地収用法はすなわちその最も著名な例である。

２　産業上の利益を根拠とする各種の制限　鉱業法・砂鉱法・森林法・河川法・耕地整理法・狩猟法・漁業法等のよる制限がすなわちこれである。

３　交通・安全・衛生・国土の美術館等を保護するための制限　道路法・都市計画法・市街地建築物法・森林法・古社寺保護法等による制限がすなわちこれである。

４　国防上の理由による制限　要塞地帯法等。

　　　　　第３項　土地の上下に関する法律関係

第１　序説

　「土地の所有権は上天上に達し下地心に及ぶ」という法諺がある。土地所有権の効力は独り地表のみに止まらずしてその上下に及ぶことを明言したものである。フランス民法（５５２条）の「土地の所有権はその上下の所有権を含む」La propriete du sol emportela propriete du dessus et dudessous なる規定は，この考を最も簡明に言い表したものである。ところがその後第１９世紀を通じて漸次盛んになつた土地所有権制度の傾向は土地の上下に対する効力範囲の問題に付いてもまた現れた。しかしてその新傾向を初めて法文の上に表したのはドイツ民法（９０５条）で，土地所有権の効力は土地の上下に及ぶを原則とするけれども「侵犯行為ガ所有権之ヲ排斥スルニ付キ何等ノ利益ナキ高サ又ハ深サニ於テ為サレタルトキハ所有者之ヲ禁止シ得ズ」と定め，次いでスイス民法（６６７条）もまた比例に放った。しかしてまた一方スイスでも第１９世紀を通じて判例は漸次権利濫用の法理を確立するに至ったから，この国おいても現在では「何等ノ利益ナキ高サ又ハ深サニ於テ為サレタ」侵犯行為を濫りに禁止することは出来ない。

　ところがわが民法は，ドイツ民法と同時に出来たものなるに拘わらず，ただ「土地ノ所有権ハ法令ノ制限内ニ於テ其土地ノ上下ニ及ブ」と規定しただけで，名文上の内容はむしろ何百年も前のフランス民法に近い。そのところで解釈上これに如何なる程度の制限を附し得べきかに付き学者の議論が分かれている。

第２　原則

　「土地ノ所有権ハ法令ノ制限内ニ於テ其土地ノ上下ニ及ぶ」（２０７条）。わが民法は建物並に立木の如く土地に定着する地上物が土地と離れて別個の所有者に属することを認める。これに加え建物を上下に区分してこれを別個の所有者に属せしめ，立木の一部たる果実をそのまま他人に譲渡すが如きことを認める。しかるに土地そのものに付いては，地表と地身とを分けてこれを別個の所有者に属せしむることは認めざるは勿論【註１】，地表とその上の空間とが別個の所有者に属することも認めない。いやしくも土地の所有権を有する者は，以下に説明する制限内において，「其土地ノ上下」全体を所有するのである。

　　【註１】　大審６・２・１０民３録２３集１３８頁。故に「他人ノ土地ノ上ニ建物ヲ所有スル為メ其土地ヲ使用スル権利ハ地上権」であって，「上土権ナル地表ノミノ所有権」ではない。なおこの点は民法施行前も同じであった。大審２９・１１・６民２録２集１０巻２７頁。

　したがって又他人が濫りに「土地の上下」を犯すときは，所有権侵害を理由としてその停止を請求し得るは勿論，よって生ずる損害の賠償をも請求し得る。

第三　制限

　以上の原則に対しては次の３原則が存在する。

１　事物の性質上当然に存する制限

　権利の及ぶ範囲は現在の科学により人力をもって及び得る最大限度に止まらねばならぬ。したがつて土地所有権の上下に及ぶ効力範囲にもこれ自ら制限あることもとより当然なりといはねばならぬ。

２　法令によつて明定された制限

　法律によつてこの種の制限を附し得ることは，先に説明した第２０６条におけると同じである。現行法中この種の制限を認めた法令にして，地下に関する

ものには鉱業法，電気事業法（９条，１０条等）等があり，地上に関するものには狩猟法，電気事業法（同上）等がある。

３　権利の性質上生ずる制限

　土地所有権の効力は土地の上下に及ぶ。しかし具体的の各場合について観察すると，所有者にとつて事実上何らの差支もない程度に土地の上下を犯した者があつても，土地所有権を理由として濫りにこれを禁止得べきでない。このことは権利の総てに通ずる性質（権利濫用の法理）上当然のことなるのみならず，土地所有権に付いては殊にその理を認めねばならぬ。昔は土地の利用は主として地表に止まりその上下に及ぶ範囲も極めて狭かった。ところが近世鉱業が漸次発達すると共にここに初めて地表の利用と地下の利用とが大規模にかつ頻繁に衝突することとなつた。しかしてその衝突を如何に調停すべきかに関する法理は既にかなり発達した。ところが最近に至つて一方的には飛行機術の発達は上空の利用価値を増大せしめ，また水力電気事業その他のためにする地下土工の発達は地下に関する特殊の新利益を発生せしめた。これらの新利益は従来認められた地表の使用利益と衝突すべきこと勿論で法律は何とかしてこれを調停せねばならぬ。科学と文化との発達によつて世の中に新な需要が発生した場合に，その需要を充すべき物が唯一しか存在せず，しかもそのものに付いては従来既に何等かの権利が認められているとすれば，新需要の程度如何により，あるいは従来の権利範囲を削減してまでも新需要を充すべきを創成せねばならず，またあるいは事実上従来の権利に支障を生ぜざる限り成るべく新需要を充し得るように計らねばならぬ。前者は立法の仕事であり，後者は裁判所と学者との仕事である。後者は実質上従来の権利者に迷惑を及ぼすものではない。だから特に立法を待たずとも裁判所と学者との努力によってこれを保護し得る余地がある。これ故に現在わが国の通説は第２０７条に明文なきに拘わらず，土地所有権の上下に及ぶ範囲は各具体的の場合に付き事実利益の存する範囲に止まらねばならぬ，という上記ドイツ等の民法におけると同様の原則を認めている。

　勿論その具体的範囲如何は各具体的の場合に付き一々事実に付いて決せらるべき問題であつて，一概にいうことは出来ないけれども，例えば市街地における土地所有権の上下に及ぶ範囲は山林におけるよりも遙かに広大なるべく，また飛行機をもて時々航空を飛過するが如きは差支なきも毎日高音を立てて低空を飛行する者に対しては故障をいい得るものと思う。要は通常人がその具体的の場合に臨むとすれば事実差支ありと感ずるや否やを標準として決せらるべきである。

第４項　相隣者の法律関係

第１　総説　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３４４頁

第２　区分された建物所有者相互間の相隣関係　　　３５１頁

第３　隣地使用権　　　　　　　　　　　　　　　　３５３頁

第４　隣地通行権　　　　　　　　　　　　　　　　３５４頁

第５　水流に関する相隣者の権利義務　　　　　　　３５６頁

１　流水権　―　２　用水権

第６　限界に関する相隣者の権利義務　　　　　　　３６４頁

第７　限界の近傍に関する相隣関係　　　　　　　　３６７頁

第１　総説

　互いに境を接しては動産を所有する以上，相互の間にいろいろの問題を生ずべきは当然である。民法はその関係を規律するため第２０８条ないし第２３８条の規定を設けている【註１】。しかし相隣関係に関する問題は単にこれらの諸規定のみをもつて尽きるのではない。

　　【註１】　これらの規定の結果として土地所有者は法律上当然に隣地者に向かつて一定の義務を負うの至る。これらの義務及びこれに対する隣地者の権利は，単に相隣者たる事実だけから法律上当然に発生するもので，契約から発生するのではない。この点においてこれらの権利義務と地役権逆にこれに対する義務とは異なつている。しかし内容的に見れば二者は極めて類似しているから，フランス　イタリヤ等の民法では特にこれを称して法定地益　servitudes legales　といっている。

１　相隣者相互の妨害義務

　ある人がその所有地上でなす事柄が自然隣地者は勿論四隣一統にいろいろの迷惑を及ぼすことは決して稀でない。例えば工場が煤煙・塵灰・音響・臭気等を四隣に及ぼして迷惑をかける。その他ある人の土地使用が四隣の人に迷惑を及ぼすことは決して稀でない。これらの場合にその迷惑を及ぼした人は四隣の被害者に対して責任を負うべきものなりや否や。土地所有者の側からいえば自己の正当の権利行為であり，四隣の人からいえば正に権利の侵害に他ならぬ。この二の衝突する利益を如何に処置するかが，イギリス法に所謂 Nuisance の法理の重な部分であり，フランス法における権利濫用理論もまたこの問題を中心として発達した【註２】。

　　【註２】　Ｎnuisance に付いては池田寅次郎氏「ニューサンスに就て」法協２９巻４号５号６号８号所載参照。またフランス法における相隣者間の権利濫用問題に付いては Sirey, 1904. 2. 217 et suiv. に掲げた Appert　氏の判例批評参照。なおわが国においてこの種の問題を扱つた者としては，鳩山氏「工業会社ノ営業行為ニ基ク損害賠償請求ト不作為ノ請求権」法協２９巻４号所載，松本氏「煤煙ニ因ル相隣者間ノ権利侵害」論文集２巻１６４頁以下参照。

　無論多数の人々が地を接し所を同じうして社会的共同生活を営める以上「一人ノ行為ガ他人ノ不利益ヲ及ボスコトアルハ免ルベカラザル所ニシテ此場合ニ

於イテ常ニ権利ノ侵害アルモノト為スベカラズ其他人ハ共同生活ノ必要上之ヲ認容セザルベカラザルナリ」。しかしそれは無論程度の問題である。「其行為ガ社会観念上被害者ニ於テ認容スベカラザルモノト一般ニ認メラル，程度ヲ越ヘタルトキハ権利行使ノ適当ナル範囲ニアルモノト謂フヲ得ザルヲ以テ不法行為トナル」【註３】。

　　【註３】　大審８・３・３民２録２５集３５６頁。

　イ　権利濫用の成立要件

　１　一定の土地使用行為が権利濫用となるや否やは，各場所の具体的事実に照し当該の行為が「法律ニ於テ認メラレタル適当ナル範囲ヲ超越シ失当ナル方法」のおいてなされたりや否やによって定まる。行為者に隣地者を害するの意思ありしや否やは右「適当ナル範囲ヲ超越シ」たりや否やを決定する重要な標準となるけれども，その存否のみをもつて権利濫用の成否を決することは出来ぬ。要はその行為が当該の場合の事情に鑑みて穏当なりや否や，これを法律的にいえば「善良ノ風俗公ノ秩序」に反するや否やを標準として定むべきである【註４】。

　　【註４】　この点に関する判例はまだ少ないけれども，その中重なるものを摘記すると左の通りである。

　　　　１　汽車の沿道の樹木が「普通ニ汽車ヨリ吐出スル煤煙ノ害ヲ被リタル」場合ならば格別，「停車場ニ接近シ鉄道路線ヨリ僅ニ一間未満ノ地点ニ生立シ其枝条ハ路線ノ方向ニ張」つている松樹が「常ニ機関車ノ最大ナル煤煙ニ露セラレタル為メ枯死ノ害ヲ被リタル」ときは，普通の場合よりも「甚シク煤煙ノ害ヲ被ルベキ位置ニアリテ且ツ其害ヲ予防スベキ方法ナキニアラザルモノナレバ（中略）営業タル汽車運転ノ結果ナリトハ云ヘ社会観念上一般ニ認容スベキモノト認メラルル範囲ヲ超越シタルモノ」である。前註に引いた大審８・３・３民２録２５集３６５頁。

　　　　２　暇筒の据付及運転の結果隣地に震動を及ぼしこれによつて生ずべき損害を予防するため「右工業ノ性質ニ従ヒ最善ノ方法ヲ蓋シテ其設備ヲ為シタルニ拘ラズ尚他人ノ財産ニ対シテ損害ヲ及シタル場合」には故意又は過失なきが故に損害賠償の責任なし。大審８・５・２４法律新聞１５９０号。

　　　　３　「亜硫酸互斯ヲ作リ之ヲ凝縮シテ硫酸ヲ製造シ銅ヲ製煉スル等化学工業ニ従事スル会社」が亜硫酸並硫酸瓦斯を漏出せしめて「付近ノ農作物その他人畜ニ害ヲ及ボス」場合に会社が「其目的タル事業ニ因リテ生ズルコトアルベキ損害ヲ予防スルガ為メ右事業ノ性質ニ従ヒ相当ナル設備ヲ施シタル以上ハ隅々他人ニ損害ヲ被ラシメタルモ之ヲ以テ不法行為者トシテ其損害賠償ノ責ニ任ゼシムルコトヲ得ザルモノトス」。大審５・１２・２２民１録２２集２４７４頁。この判決は大阪控法律新聞１０４７号において会社に責任ありとしたのを破棄したものである。

　　　　　この後の二判決は共に「故意又ハ過失アリヤ否ヤ」の問題をもつて事件を解決せむとしている。しかしその問題ならば，如何に方法を蓋すも損害を予防し得ざるが如き工業を解し経営すること夫かれ自身が故意であつて，仮令最善の妨害方法を施すといえどもその故意たることを免るるものではない。故に問題はむしろ当該行為の違法性すなわちその行為が権利濫用となるや否やを標準として決せらるべきもので，妨害のため相当の注意を加へたりや否やをもつて決せらるべきでない。イギリス法はニューサンスに付いてこの理を認めている（「池田氏前掲法協２９巻５号７４４頁」）。

　この問題は実際上頗る困難な問題として今後幾度か裁判所を苦しめるに違いない。しかしてその解決はその都度裁量判断によって定めらるるに外なく，立

法をもって直接これを規定することは到底不可能である。立法者のこの際執るべき手段はむしろ都市計画法の如きものをもつて，住宅地域・工業地域等の区割を明確にし，これによりこの種の問題の発生する根源その物を絶つように心掛けることである。

　２　隣地に損害を及ぼすが如き行為を開始した当時には四囲に居住者なく，したがつて実害も発生しなかつた。しかるにその後漸次居住者を生じ，その結果実害を発生するに至つた場合に，加害者は免責事由として，既得権を主張し又は被害者の承諾（被害者の予期）を援用することが出来るか。私はこの場合にも加害者に責任ありと解する。何故なれば当該の行為が上記「適当の範囲」内にありや否やは各具体的の場合に付いて決せらるべき問題で，当面の事件に付いて言えば問題は四隣に居住者を生じた時に至つて初めて生じたもので，その場合における責任の有無を決するがため従来長く営業し来たりとの事由を主張しても何にもならないからである【註５】。

　　【註５】　同説鳩山氏前掲法協２９巻４号６００頁。この理はイギリス法のニューサンスについても同じである（池田氏前掲法協２９巻５号７４６頁）。

　ロ　効果

　以上の要件具備するときは

　１　被害者は損害賠償の請求と共に将来に向かって妨害を停止すべき事を請求できるのが原則である。

　２　しかし加害者の原因たる工場等が既に完成し，これを立退かしむることは被害の種類及び程度に比較して，社会経済上著しき損害なりと認むべき場合には，損害賠償の請求及び出来るだけの妨害行為を為すべき旨の請求をなし得るだけで，工事の絶対的中止を請求することは出来ぬ。この精神は民法中色々の規定殊に第２３４条第２項の規定中にも現れており，又権利濫用の法理より言うもきることまでも請求するのはまたこれに反して「善良ノ風俗公ノ秩序」に反するものと認めねばならぬ。

２　相隣者の共助義務

　何人といえども自己の所有地の利用についてはなるべく隣地者に損害を及ぼさぬやうに心掛けねばならぬ。このことは右に述べた。しからば更に一歩進むで，隣人がやむなくある助力を求めたとき，積極的にその助力を興ふべき義務あるものなりや。

　原則としては無論ない。しかし隣人にとつて当該の助力が絶対的に必要で，他にこれに代わるべき適当な方法がなく，しかも助力を求められた者の側では大した犠牲を払うことなしにこれに応じ得べき場合には，隣人相互の情誼として特にかかる助力の義務あるものと解しても差支ないやうに思はれる。大審院はこの考を言い表すため「土地所有者ハ其権利ノ完全ヲ確保スルニ必要ナル限リ土地所有権ノ効力トシテ隣地所有者ニ対シ適当ナル共助ヲ請求スルコトヲ得ルヲ当然ノ法則ナリトス」と言うている【註６】。

　　【註６】　大審４４・１２・２３民１録１７集８８６頁。この判決は土地嚢帳の記載更正を申請するに当たり取り扱い上の慣例に基づき隣地所有者に向かってその承諾を求めた事件に関する。

第２　区分せられたる建物所有者相互間の相隣関係

　「数人ニテ一棟ノ建物ヲ区分シ各一部ヲ所有スルトキハ建物及ビ其付属物ノ共用部分ハ其共有ニ属スルモノト推定ス」（２０８条１項）【註７】。

　　【註７】　一棟の建物の区分された部分は物の一部に過ぎないけれども独立して所有権の目的物となり得ることについては２９頁参照。

　かくの如く「数人ニテ一棟ノ建物ヲ区分シ」て所有する場合に階段・廊下・便所・入口・物置などを共同に使用するのは極めてありがちなことであり，又区分の用をなす所の壁は素より所有者双方の利益となるものである。これらの共用部分が何人の所有に属するかは建物区分の際に得ける所有者相互間の合意によつて定まるを原則とするが，場合によって意思の不明なことがあり得る。これ本条がこれらの「共用部分ハ其所有ニ属スルモノト推定ス」る所以である。

　なおこの共有関係についても，分割請求に関する第２５６条の規定を除く外（２５７条），普通の共有に関する諸規定（２４９条以下）を適用するを原則とし，ただ「共用部分ノ修繕費其他ノ負担ハ各自ノ――建物及び其付属物に関する――所有部分ノ価格ニ応ジテ之ヲ分ツ」（２０８条２項）。

第３　隣地使用権

　「土地ノ所有者ハ限界又ハ其近傍ニ於テ障壁若クハ建物ヲ築造シ又ハ之ヲ修繕スル為メ必要ナル範囲内ニ於テ隣地ノ使用ヲ請求スルコトヲ得」（２０９条１項本文）。請求をなした上承諾を待つて初めて使用し得べく，又若し承諾なきときはこれに代わるべき判決を得て（４１４条２項但書）強制的に使用をなし得る。しかし「住家ニ立入ル」には常に「隣人」の任意的承諾を得ねばならぬ（但書）。ここに所謂「隣人」とは独り隣地所有者に限らず，「住家ニ立入ル」についてはいやしくもその住家に居住せる以上借地人ないし借家人といえどもなおその承諾を得ねばならぬ。

　なお右の使用によって「隣人ガ損害ヲ受ケタルトキハ其賞金ヲ請求スルコトヲ得」（２０９条２項）。

第４　隣地通行権

　ある土地が（１）「他ノ――即ち他人の所有する【註８】――土地ニ囲堯セラルテ公路ニ通ゼザルトキ」，（２）「池沼・河渠若クハ海岸ニ由ルニ非ザレバ他ニ通ズルコト能ハズ」（３）「又ハ崖岸アリテ土地ト公路ト著シキ高低ヲ為ストキ」は「其土地ノ所有者ハ公路ニ至ル為メ囲堯地ヲ通行スルコトヲ得」（２１０条）。ただし共有地の「分割ニ因リ公路ニ通ゼザル土地ヲ生ジタルトキ」または「土地ノ所有者ガ其土地ノ一部ヲ譲渡シタル」がため公路に通じない土地を生じたときは「其土地ノ所有者ハ公路ニ至ル為メ他ノ分割者ノ所有地ノミヲ通行スルコトヲ得」（２１３条）るに過ぎぬ。けだしこれらの場合に袋地の生ずるのは当事者の初めから予期した所なればよって生ずる不便も当事者相互間にてこれを救済するのが当然だからである。

　　【註８】　大阪控４０・１１・４最近判例集１巻１８４頁。

　イ　通行権の性質

　隣地通行権は一定の土地が第２１０条所定の条件を具備するにより法律上当然に発生するもので，いわゆる斯る特別の状況の下における土地所有権の一内容である。

　したがつて通行権者は独り囲堯地の所有者に対してのみならず，それ以外の一般第三者に対してもその権利を対抗し，もし妨害行為あらばこれが停止を請求し得る【註９】。

【註９】　東京控４１法律新聞５２６号。

　ロ　通行の方法

　この通行権を行使する場合において「通行ノ場所及ビ方法ハ通行権ヲ有スル者ノ為メニ必要ニシテ且囲曉地ノ為メニ損害最モ小キモノヲ選ブコトヲ要ス」。また「通行権ヲ有スル者ハ必要アルトキハ通路ヲ開設スルコトヲ得」（２１１条）。その開設並に保存の費用は通行権者においてこれを負担セザルベカラザルコト勿論である。

　ハ　賞金

「通行権ヲ有スル者ハ通行地ノ損害ニ対シテ償金ヲ払フコトヲ要ス但通路開設ノ為メニ生ジタル損害ニ対スルモノヲ除ク外一年毎ニ其償金ヲ払フコトヲ得」（２１２条）。但し上述した第２１３条の場合には「償金ヲ払フコトヲ要セズ」（２１３条１項但書）。

　なお如上の通行権は袋地の使用を可能ならしむるため公益上の必要に基づいて法律上当然に発生するものなれば，縦令通行権者において右の「償金」を支払はざるも，直接その履行を強制するはとにかく，それを理由として通行権そのものを消滅せしむることは出来ぬ。

第５　水流に関する相隣者の権利義務

　隣地者間にあつては，水の使用及び疎通に関して色々な困難な問題が起こりがちである。民法はこの点に関して第２１４条ないし第２２２条の諸規定を設けている【註１０】。

　　【註１０】　なお水に関する法律問題一般については３７０頁以下参照。

１　流水権（排水権，承水義務）

　イ　自然的流水

　「土地ノ所有者ハ隣地ヨリ水ノ自然ニ流レ来ルヲ妨グルコトヲ得ズ」（２１４条）。いやしくも自然に流れ来る水なる以上，其原因が地下水の自然湧出・雨水の自然流下の如き通常のものなると，洪水海嘯等のごとき臨時の事変に存するとを問はず，よつて本条の適用を受ける。しかしその後の場合においては，下流に位する者自己の土地その他の財産を保護するにつき必要ある時は，堤防を築く等各種の方法を尽して流水の侵入を妨げることが出来る。けだし「急迫ノ危難ヲ避クル為メ」にやむを得ずして他人に損害を与えることは民法全体を通じて一般にやむを得ざるものとして許さるるかは，危難の程度及び緩急上流地下流池の利益衡両等各場合の具体的事情を標準として公序良俗に反するや否やを定めて決せらるべき問題である。しかしこの防止工事は臨機応変の策として許されるだけで，その後当該工事のため上流に位する「侵害地ヲ乾カス」ことが出来なければ，上流地の所有者は「公路・公流又は下水道ニ至ルマデ低地ニ水ヲ通過セシムルコトヲ得」る。しかしそれがためには「低地ノ為ニ損害最モ少ナキ場所及ビ方法ヲ選ブコトヲ要ス」（２２０条）【註１１】。

　　【註１１】　災危を予想して予めこれを防止すべき工事をなし置くことももとより差支ない。けれどもこれがため四隣の者に対して生命財産の危害を生ぜしむるの虞あること顕著なるときは，四隣の者は妨害予防請求権（物権に基づく予防請求権については５６頁参照，生命権について予防請求権発生することもまた明白である）に基づいて工事の手段を請求し得る。このことは２１６条の精神からも推論し得る。大審３７・３・４民２録１０集２３５頁は「他人ガ水利ニ影響ヲ生ズベキ工事ヲ為シタルガ為メ其上流及下流ニ地所又ハ家屋ヲ所有スル者耕地ノ所有者若クハ賃借人等ガ生命財産ニ危害ヲ受クベキ虞アルトキ」は工事の手段を請求し得べしとし，その根拠を説明して「従前ヨリノ慣習法」なりといふている。

　なお本条による承水義務の内容はただ消極的に「水ノ自然ニ流レ来ルヲ妨グルコトヲ得

ズ」といふだけだから，隣地から自然と流れて来る水が「事変ニ因リ低地ニ於テ阻寒シタルトキハ――低地所有者自ら積極的に其疎通を図るべき行為を為すの要なく――高地ノ所有者ハ自費ヲ以テ其流通ニ必要ナル工事ヲ為スコトヲ得」（２１５条）。但しこの「場合ニ於テ自費ノ負担ニ付キ別段ノ慣習アルトキハ其慣習ニ従ふ」（２１７条）。

ロ　人工的流水

第２１４条の適用を受けるのは「自然ニ流レ来ル」水に限る。これに反して何人かが人工的に流下せしむる水に対しては低地者承水義務なきを原則とする。従って

　１　「甲地ニ於テ貯水，排水又ハ引水ノ為メニ設ケタル工作物ノ破壊又ハ阻寒ニ因リテ乙地ニ損害ヲ及ボシ又ハ及ボス虞アルトキハ乙地ノ所有者ハ甲地ノ所有者ヲシテ修繕若クハ疎通ヲ為サシメ又必要アルトキハ予防工事ヲ為サシムルコトヲ得」（２１６条）。この場合における修繕・疎通・予防工事等の費用は甲地の所有者これを負担すべきこと勿論であるが，「費用ノ負担ニ付キ別段ノ慣習アルトキハ其慣習ニ従フ」（２１７条）。

　なおこの場合に事実発生した損害は第７１７条の規定によつて賠償される。

　２　「土地ノ所有者ハ直チニ雨水ヲ隣地ニ注瀉セシムベキ屋根其他ノ工作物ヲ設クルコトヲ得ズ」（２１８条）。

　以上の原則に対する例外として，「高地ノ所有者ハ浸水地ヲ乾カス為メ又ハ家用若クハ農工業用ノ余水ヲ排泄スル為メ公路・公流又ハ下水道ニ至ルマデ低地ニ水ヲ通過セシムルコトヲ得但低地ノ為メニ損害最モ少ナキ場所及ビ方法ヲ選ブコトヲ要ス」（２２０条）【註１２】。これがため高地所有者が水を通過せしむべき工作物を設けたときは低地所有者もまたこれを使用し得べく，また低地所有者が既に斯る工作物を設け居たるときは高地所有者は上記の目的のためその工作物を使用出来る（２２１条１項）。ただし斯る場合に「他人ノ工作物ヲ使用スル者ハ其利益ヲ受クル割合ニ応ジテ工作物ノ設置及ビ保存ノ費用ヲ分担スルコトヲ要ス」（同上２項）。

　　【註１２】　本条については大審９・３・６民３集２６号２６１頁参照。

２　用水権

　イ　水流変更権

　１　「溝渠其他ノ所有者ハ対岸ノ土地ガ他人ノ所有ニ属スルトキハ其水路又ハ幅員ヲ変ズルコトヲ得ズ」（２１９条１項）。ただし「異ナリタル慣習アルトキハ其慣習ニ従フ」（同上３項）。なお本条は水流に種類について何等制限を設けていないけれども，河川法の支配を受ける河川その他河敷が公有にして雨岸何れの所有者にも属せざる河川はこれを包含せぬものと解するのが穏当と思ふ【註１３】【註１４】。

　　【註１３】　大審３２・６・３０民２録５集６巻１０８頁は栃木縣の巴波川につき「古来河川右岸ニ相対スル村民ニ於テ互ニ堤防ヲ築キ若クハ其修繕ヲ為スガ如キハ各地方一定ナラズ或ハ対岸ノ村民トノ規約ニ依ル所アリ若クハ慣習ニ依ル所アリ又ハ各個ノ任意ニ依ル場所アリテ其慣行区々ニ出ヅルコトハ当院ニ於テモ往々認ムル所ノ状況」であると謂ひ，したがつて問題の川につき「対岸ノ村民ガ互ニ任意上堤防ヲ築キ若クハ増築スルヲ許サズ洪水ニ際シテハ其被害ヲ均分シテ分担セザルヲ得ザル規約若クハ慣習アリ即チ所有権ノ制限アリト主張セントセバ其利益ヲ主張スル者ニ於テ之ガ挙証ヲ為サザルベカラズ」と云ふて居る。惟ふに本判決は同川に民法２１９条の適用なしとして居るものと解せねばならぬ。

　　【註１４】　なお大審８・４・５民３録２５集５４８頁は水流の使用がある何人かの専用に属するときは沿岸者はこれにつき何等の利害関係なきものなれば第２１９条の適用を受けぬと謂ふて居る。しかし第２１９条は独り水流の使用そのものの保護を目的とするに止まらず，「水路又ハ幅員ヲ変ズル」ときは自然対岸の土地そのものにも影響が及ぶ，其防止もまた同様の目的である。この判決はこの二の目的中前者のみに注目して後者を忘れたものと謂はねばならぬ。

　２　「雨岸ノ土地ガ水流地ノ所有者ニ属スルトキハ其所有者ハ水路及ビ幅員ヲ変ズルコトヲ得但下口ニ於テ自然ノ水路ニ復スルコトヲ要ス」（２１９条２項）。

この但書の規定は水路及び幅員を変更したため下流に位する土地に影響を与えないやうにすることを目的とする。したがつ縦令形式上は「下口ニ於テ自然ノ水路ニ復」しても事実上影響の及ぶやうな設備がその下口に達する前にしてあれば，未だもつて本状の規定にしたがつたものといふことが出来ない。なお「異ナリタル慣習アルトキハ其慣習ニ従フ」（同上３項）【註１５】。

　　【註１５】　この原則は民法施行前にも存在したる由（大審３９・４・４民２録１２集５０７頁）。

　３　なお以上の外，もしも水流地の所有者が水流を利用するにつき「水利ニ影響ヲ生ズベキ工事ヲ為シタルガ為メ其上流及ビ下流ニ地所又ハ家屋ヲ所有スル者耕地ノ所有者若クハ賃借人等ガ生命財産ニ危害ヲ受クベキ虞アルトキハ工事ヲ為シタル他人ニ対シ其工事ヲ手段タシムルコトハ従前ヨリ慣習法トシテ認メラレタル所」である【註１６】。

　　【註１６】　大審３７・３・４民２録１０集２３５頁。判決はこの原則の根拠を慣習法に求めて居るけれども，物権その他生命権等に基づいて妨害予防請求権が発生することから論じても，また第２１６条の主旨から推論するも，容易にこの原則の存在を論定し得る。

　ロ　堰の設定使用に関する権利　

　１　「水流地ノ所有者ハ堰ヲ設クル需要アルトキハ其堰ヲ対岸ニ附着セシムルコトヲ得但之ニ因リテ生ジタル損害ニ対シテ償金ヲ払フコトヲ要ス（２２２条１項）。」

　２　右の場合に「対岸ノ所有者ハ水流地ノ一部ガ其所有ニ属スルトキハ右ノ堰ヲ使用スルコトヲ得」。但し使用者は「其利益ヲ受クル割合ニ応ジテ」堰「ノ設置及ビ保存ノ費用ヲ分担スルコトヲ要ス」（２２２条２項）。

第６　境界に関する相隣者の権利義務

　民法は境界に関し相隣者に左記三種の権利義務を認めている。

１　経界権（界標設置義務）

　「土地ノ所有者ハ隣地ノ所有者ト共同ノ費用ヲ以テ境界ヲ表示スベキ物ヲ設クルコトヲ得（２２３条）。」「界標ノ設置及ビ保存ノ費用ハ相隣者平分シテ之ヲ負担ス但測量ノ費用ハ其土地ノ広狭ニ応ジテ之ヲ分担ス」（２２４条）。

２　囲障権（囲障設置権）

　「二棟ノ建物ガ其所有者ヲ異ニシ其間ニ空地アルトキハ各所有者ハ他ノ所有者ト共同ノ費用ヲ以テ其境界ニ囲障ヲ設クルコトヲ得」（２２５条１項）。

　本条を適用するについては，ただ二棟の建物がその所有者を異にすることを要するだけである。建物の存在する土地が何人に属するかを問はず，又建物所有者が其土地について有する権利が所有権なると地上権なるとはたまた賃借権なるとを問はぬ。これに反し建物の賃借人は本条の適用を受けぬ。

　イ　囲障の様式　如何なる囲障を設くべきかは当事者の協議によってこれを定るを原則とし，「当事者ノ協議調ハザルトキハ前項ノ囲障ハ板屏又ハ竹垣ニシテ高サ六尺タルコトヲ要ス」（２２５条２項）。ただし「相隣者ノ一人――之を好まざるときは――第２２５条第２項ニ定メタル材料ヨリ良好ナルモノヲ用イ又ハ高サヲ増シテ囲障ヲ設クルコトヲ得」（２２７条本文）。

　ロ　費用　「囲障ノ設置及ビ保存ノ費用ハ相隣者平分シテ之ヲ負担ス」（２２６条）るを原則とする。ただし第２２７条の場合には良好なる材料を用いる又は高さをまして囲障を設けた者は「之ニ因リテ生ズル費用ノ増額ヲ負担スルコトヲ要ス」（２２７条但書）。

　なお「前三条ノ規定ニ異ナリタル習慣アルトキハ其慣習ニ従フ」（２２８条）。

３　互有権

　「境界線上ニ設ケタル界標・囲障・障壁及ビ溝渠」は設置後永年月を経るときはその果して何人に属するかを判定し得ざるに至ることが多い。したがつてもしも争いある場合に一々挙証を要求することとすれば事は徒に煩雑に陥るだけのことである。故に民法は特に反証なき限りこれらの物は「相隣者ノ共有ニ属スルモノト推定ス」る旨を定めた（２２９条）。ただし「一棟ノ建物ノ部分ヲ成ス境界線上ノ障壁ニハ前条ノ規定ヲ適用セズ」「高サノ不同ナル二棟ノ建物ヲ隔ツル障壁ノ低キ建物ヲ越ユル部分亦同ジ但防火障壁ハ此限ニ在ラズ」（２３０条）。

　なお本条の共有にも，分割請求に関する第２５６条を除く外（２５７条），共有に関する一般規定の適用がある。したがつて共有物に変更を加ふるについては他の共有者の同意を得なければならぬ訳だが（２５１条），民法はこの場合につき特に便宜のため，「相隣者ノ一人ハ――他方の同意を得ることなく独立して――共有ノ障壁ノ高サヲ増スコトヲ得但其障壁ガ此工事ニ耐ヘザルトキハ自費ヲ以テ工作ヲ加ヘ又ハ其障壁ヲ改築スルコトヲ要ス」「前項ノ規定ニ依リテ障壁ノ高サヲ増シタル部分ハ其工事ヲ為シタル者ノ専有ニ属ス」（２３１条）と定めた。この場合にもしもこれがため「隣人ガ損害ヲ受ケタルトキハ其償金ヲ請求スルコトヲ得」（２３２条）る。したがつて例えば不当に障壁を高くしたため隣人の土地の日当たりを悪くした場合にはよつて生じた損害を賠償せねばならぬ。

第７　境界の近傍に関する相隣関係

　相隣地の所有権は境界に近付くにしたがつて漸次隣人の権利と衝突し易い。故に民法はこの種の衝突を防ぐため特別の規定を設けて隣地者相互の便宜を計っている。

１　竹木の枝根を採取する権利（２３３条）

　イ　枝　「隣地ノ竹木ノ枝ガ境界線ヲ越ユルトキハ其竹木ノ所有者ヲシテ其枝ヲ剪除セシムルコトヲ得」（１項）。しかし隣地者自らこれを剪除することは出来ぬ。もつとも竹木の所有者がその請求に応ぜざるときは隣地者は竹木所有者の費用をもつて第三者をしてこれを為さしむることを裁判所に請求出来る（４１４条２項）。

　ロ　根　「隣地ノ竹木ノ根ガ境界線ヲ越ユルトキハ――隣地者の同意の得ることなく自ら任意に――之ヲ裁取スルコトヲ得」（２項）。この場合に，その裁取された根の所有権が何人に帰属すべきかについては多少の争いがあるけれども，法文の文字より考えるところむしろ裁取者の所有に帰するものと解するを正当と信ずる。

２　工作物を設くるにつき遵守すべき制限

　イ　建物の築造に関する制限

　土地の所有者が建物を築造するに当たり境界線との間になんらの空き地をも存せしめざるときは，その後になつて隣地者が新に建物を築造しもしくは既存の建物を修繕せむとするに当たり，充分自己の所有地を利用し得ざるに至る。故に民法は「建物ヲ築造スルニハ境界線ヨリ一尺五寸以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス」（２３４条１項）る旨を定め，もしこれ「規定ニ違ヒテ建築ヲ為サントスル者アルトキハ隣地ノ所有者ハ其建築ヲ廃止シ又ハ之ヲ変更セシムルコトヲ得但建築著手ノ時ヨリ一年ヲ経過シ又ハ其建築ノ竣成シタル後ハ損害賠償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得」（同２項）。ただし本条の「規定ニ異ナリタル慣習アルトキハ其慣習ニ従フ」（２３６条）。

ロ　観望権に関する制限

　「境界線ヨリ三尺未満ノ距離ニ於テ他人ノ宅地ヲ観望スベキ窓又ハ縁側ヲ設クル

者ハ目隠ヲ附スルコトヲ要ス」（２３５条１項）。しかしてこの距離を計るには「窓又ハ縁側ノ最モ隣地ニ近キ点ヨリ直角線ニテ境界線ニ至ルマデヲ測算」してこれを定める（同２項）。なお別段の慣習ある時は本条を適用せぬ（２３６条）。

　ハ　地下工作物設置に関する制限

　濫りに境界線に近き場所穿屈するときは隣地の利用を妨げる虞がある。故に「井戸・用水路・下水溜・下水溜又ハ肥料溜ヲ穿ツニハ境界線ヨリ六尺以上，池・地穴又ハ厠坑ヲ穿ツニハ三尺以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス」「水樋ヲ埋メ又ハ溝渠ヲ穿ツニハ境界線ヨリ其深サノ半以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス但三尺ヲ越ユルコトヲ要セズ」（２３７条）。

　なお「境界線ノ近傍ニ於テ――無論前条所定の距離外で――前条ノ工事ヲ為ストキハ土砂ノ崩壊【註１７】又ハ水若クハ汚液ノ滲漏ヲ防グニ必要ナル注意ヲ為スコトヲ要ス」（２３８条）。

　　【註１７】　すべて土地所有者は隣地の地盤を支持する義務を負ふ。故に土地所有者が隣地の崩壊を防止するに足るべき相当の施設を為さずして土地を穿掘したならば，隣地者はこれに向かつて妨害予防を請求し得るのみならず，もし実害を生じたるときはその賠償を請求し得る。この賠償請求は絶対責任であつて，唯土地所有者は自ら「必要ナル注意」を施したることを立証するによりてのみその責任を恐れることが出来る。

　　　　第５項　水に関する法律関係　

はしがき　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３７１頁

第１　地下水その他土地の構成部分としての水　　　　　３７２頁

１　地下水　―　２　池沼　―　３　雨水

第２　流水使用権　　　　　　　　　　　　　　　　　　３７５頁

１　沿岸者の流水使用権　―　２　流水専用権

　水は，飲料用・農業用・運輸要及び工業用として，吾々生活の必需品である。近時水力電気事業の発達と上水道の需要を大規模に増大せしめた。殊に吾国の農業は水を要すること極めて多きにかかわらず，地勢の関係上とにかく水の不足を生ぜしめ易い。したがつて吾国においては水に関する法律問題が諸外国におけると異なつた意義において一層重要である。それにもかかわらず，吾国現在の成文法にして水に関するものは民法中２３箇条の規定あるの外，わずかに河川法・運河法・砂防法・水道条例・水利組合法等専ら公水に関する行政的法規あるに過ぎずして，水法に関する一般的の規定は全く欠けており，多数の問題が地方慣習と判例と行政上の処分とに委ねられている。以下これらの貧弱な法源を材料として水に関する私法上の原則を略説する【註１】。

　　【註１】　なお水に関する隣地者相互間の権利義務については３５６頁以下参照。

第１　地下水その他土地の構成部分としての水

　水が土地の一部を成せる限り，その土地の所有者は任意に水の使用及び処分をなし得るを原則とする（２０７条参照）。

１　地下水

　地下水は土地の一部を為すものである。したがつて，（イ）井戸を掘ってこれを利用し得るは勿論，（ロ）「土地所有者ハ法令ニ別段ノ規定若クハ之ト効力ヲ同ジウスル反対ノ慣習存セザル限リ其土地ヲ掘削シテ地下ノ水ヲ任意ニ利用スル権利アルヲ以テ之ガ為メ他ノ土地ニ於テ他人ガ利用スル水ニ影響ヲ及ボスコトアルモ権利侵害トナラズ」。この法理は温泉の利用についても全く同じである【註２】【註３】。しかしこの問題について，権利濫用の法理の適用あること勿論である。（ハ）「土地ヨリ――天然に――湧出シタル水ガ其土地ニ浸潤シテ未ダ溝渠其他ノ水流ニ流出セザル間ハ其土地所有者ハ特約・法規若クハ慣習等ニ依ル他人ノ権利ノ存在セザル限リ自由ニ之ヲ使用シ其除水ヲ他人ニ興ヘザルコトヲ得」。すなわちこの場合の使用は絶対に無制限なるを原則とする【註４】。しかし「他人ノ所有地ヨリ湧出スル流水ヲ永年自己ノ田地ニ灌漑スルノ慣行アルトキハ之ニ因リテ其田地所有者ニ流水使用権ヲ生ジ水源地ノ所有者ト雖モ之ヲ侵スコトヲ得ズ」【註５】。

　　【註２】　大審２９・３・２７民１録２集３巻１１１頁，同３８・１２・２０民２録１１集１７０２頁。

　　【註３】　しかし自己の土地の掘井戸その他湧泉を保護するため近隣の土地に地役権を設定して穿井をなさざらしむ流ことが出来る。しかし地役権以外の方法で物権的効力を有する斯る制限を設けることは出来ない（大審３７・３・６刑２録１０集４２９頁）。

　　【註４】　大審４・６・３民２録２１集８８６頁。

　　【註５】　大審６・２・６民１録２３集２０２頁。これに反し大審２９・３・２７民１録２集３巻１１１頁は数十年来一定の土地より湧出する水を利用せるものあるにもかかわらずその土地の所有者は自ら坑道を掘削してその附近に湿潤する水を収集利用するを得これがため従来湧出を利用した者を害しても差支ないと判決している。

　なお地下水といえども，一定の水路をもつて流れてるものは，後に述ぶる流水使用権の原則にしたがうべきこと勿論である。

２　池沼

　池沼等にして河川法の適用ないし準用（５条）を受けざるものは，別段の慣習なき限りその敷地の所有者の私有に属するを原則とする。何となればこれら池沼の水もまた敷地たる土地の一部を成するものと考ふべきだから。しかし沿岸の所有者その他住民は敷地所有者にあらずといえども，家用その他普通の目的にその水を使用できるのが通例である。このことは民法２１９条及び流水使用権に関する一般慣習からも推測できる。

３　雨水

　雨水は元来無主物であるが【註６】，一旦落下した以上，特にこれを収集した者においてその所有権を取得し得るは勿論，地上に停滞しまたは地中に浸潤せる限り化して土地の一部を成すに至る。

　かつて九州に起こった事件として，雨水が降下した上公道を流下するに際し沿道の居住者がこれを利用するについて如何なる権利を有するかの問題が起こつた。判例は沿道者に対し自己に必要にしてかつ他を害せざる限り互にこれを地内に引いて利用し得べきことを認めたけれども，後に述ぶる河川の場合の如く慣習に基づいて雨水を専用し得る権利を認めない【註７】。

　　【註６】　大審３５・３・２６民２録８集３巻６７頁。

　　【註７】　大審３５・３・２６民２録８集３巻６７頁，大審３３・３・１９民２録６集３巻８９頁。

第２　流水使用権

　流水に関する権利は，沿岸者としての一般使用権と，慣習に基づく流水専用権とに分かれる。なお河川法による権利として一般公衆の自由使用権及び河川管理者の許可によつて設定される特別使用権があるけれども，これらは今暫く別論とする。

１　沿岸者の流水使用権

　水流沿岸地の所有者及び地上権者は水流地そのものについてなんらの権利を有せずとも，家用・灌漑用・水車用等のためその水流を使用出来る。このことは第２１９条第１項（２６７条参照）の規定から推論出来る。したがつて沿岸地の賃借人・使用借主等も賃借権等の効力として同様の権利を有するものと解せねばならぬ。

　判例は「沿岸地ニ土地ヲ有シ若シクハ住所ヲ有スル人民等ガ其流水ヲ共有スルヲ得ベキコトヲ一般ノ慣習トス」【註８】と謂ふて，この種の権利の根拠を慣習に求むるを通例とする。（イ）この権利による流水使用の目的は，家事用・灌漑用【註９】・水車用【註１０】等沿岸者として自ら利用する場合に限る。これに反し斯る目的「以外ニ水流ヲ処分シ他人ヲシテとノ用途ノ為メ新ニ之ヲ利用セシムル権能ヲ有セズ」【註１１】。（ロ）使用の範囲は「特別ノ慣習又ハ契約ノ存セザル限リハ各自ノ必要ヲ充タス程度ニ止マリ絶対ノ優越権ヲ有セズ」【註１２】，他の同じく使用権を有する沿岸者の権利を害せざる範囲においてのみ使用し得るに過ぎぬ【註１３】。（ハ）なおこの種の権利の成立は自然の流水に限る。「用水ガ自然ノ流水ニアラズシテ専ラ或者ガ飲料・家事及ビ灌漑等ノ為メニ引ケルモノナルトキハ他人ハ時効若クハ其者ノ承諾ニ依ラザル以上縦令多年之ヲ――水車用に――使用スルモ其使用権ヲ取得スルモノニアラズ」【註１４】。（ニ）またこの使用権を侵害された者は侵害者に対して損害賠償または妨害排除を請求し得べきこと勿論である【註１５】。

　　【註８】　大審３３・２・２６民２録６集２巻９０頁。

　　【註９】　大審３８・１０・１１民２録１１集１３２６頁の議論。

　　【註１０】　前註の判例。

　　【註１１】　大審５・１２・２民３録２２集２３４１頁。

　　【註１２】　前註の判例，大審２９・３・２３民２録２集３巻９２頁。

　　【註１３】　大審３３・２・２６民２録６集２巻９０頁，大審３８・１０・１１民２録１１集１３２６頁。

　　【註１４】　大審６・３・２９民２録２３集５６３頁，大審３１・１１１８民２録４集１０巻２４頁（この場合と雖も下流の流水を水車に使ふのは無論差支ない）。

　　【註１５】　大審３８・１０・１１民２録１１集１３２６頁。

２　流水使用権

　以上と異なつて，ある人が流水を専用する権利を有することがある。しかしてこの権利

は更に別れて二種となる。

　イ　絶対的専用権

　一定の湧出水または渓水を特定の一人または敷人のみが独占して使用するを得「他人ノ之ヲ侵スコトヲ許サザル」場合がある。その権利は主として永年の慣習によつて発生する【註１６】もので，主として田地養水についてその例を見る。

　なおこの種の権利は当該の流水を独占的に使用することを内容とする。したがつて（イ）既に何人かがこの権利を有する以上，湧水地の所有者【註１７】ト雖もこれを害することを得ず，その他上流の土地所有者【註１８】ト雖も「」【註１９】【註２０】。（ロ）しかしこの点についても，また権利濫用の法理を認むべきこと勿論だから，上流沿岸者が，専用権者に「存在ヲ及ボサザル程度」において使用することは素より差支なきものと謂はねばならぬ【註２１】。（ハ）なお流水権は河床の使用をも包含する【註２２】。（ニ）またこの種の専用権を伴へる田地の譲渡ありたるときは専用権もまたこれに附随して移転するものと解せねばならぬ【註２３】。

　　【註１６】　大審２９・１０・７民２録２集９巻１９頁，同４２・１・２１民１録１５集６頁，同４５・５・６刑２録１８集５６７頁。なおこの点に関し大審４２・４・２民２録１５集３２２頁は「公流ノ水源地又ハ川筋ニ掘下若クハ修繕工事ヲ為シ其費用ヲ負担スルモ之ガ為メニ其流水ヲ専用スルノ権利アリトスルガ如キ法則若クハ慣習アルコトナシ」といふている。

　　【註１７】　大審６・２・６民１録２３集２０２頁，大審４・６・３民２録２１集８８６頁。ただし大審２９・３・２７民１録２集３巻１１１頁には反対の主旨が表れている（註５参照）。

　　【註１８】　大審２９・１０・７民２録２集９巻１９頁，大審３２・２１民２録５集２巻１頁。

　　【註１９】　大審８・４・５民３録２５集５４８頁。

　　【註２０】　なお水道工事者が水道工事中誤って灌漑用水の水路を断った場合にこれに賠償責任を負わしめた判例がある。大審７・６・２９民３録２４集１３０６頁。

　　【註２１】　大審２９・１０・７民２録２集９巻１９頁，大審２８・１２・９民２録１集後５巻３９頁。

　　【註２２】　大審２９・５・６民２録２集５巻１１頁。「但シ水路ニ堤防ヲ築キ流水ヲ支フル如キ工事ヲ為ス」ことは出来ない。

　　【註２３】　東京控４・１１・１９法律新聞１１２６号，同５・９・３０法律新聞１１８０号。

　ロ　優先的使用権

　一定の水流を専用する権利はないけれども，しかも他の一般沿岸者に優先して使用する権理を有する場合がある。この場合は上記の専用権と区別することが容易でないが，専用権にあつては専用権者以外の者は水流につき何等の権利を有せざるに反し，優先的使用権にあつては他の沿岸者にも権利があるけれども優先権者まず他の者に優先して使用し得るの差がある。

　　【註２４】　ここの判例についてその果して以上二の権利中何れのものに関するかを識別することは極めて困難である。しかし大審３２・２・１民２録５集２巻１頁は大体優先的使用権に関するものと思ふ。

第４節 所有権の変動

第１　先占　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３８２頁

第２　遺失物の拾得　　　　　　　　　　　　　　　３８４頁

第３　埋蔵物の発見　　　　　　　　　　　　　　　３８８頁

第４　添附　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３９１頁

１　法律的根拠　―　２　法規の特質　―　３　添附の性質及び効果に関する総論　―　４　各種の添附　（イ）附合　（ロ）混和　（ハ）加工

先きに物権一般の得喪変更について述べた所（６１頁以下）は大体所有権にもその侭適用される。故にここにはただ所有権の特有なる取得原因についてのみ説明する。

第１　先占

　先占は最も原始的な所有権取得方法である。学者によつては，私有財産の抑も始まりはすべて先占にあると主張する者がある。

　先占とは無主の動産につき自主先占をなすによってその所有権を取得するを謂ふ（２３９条１項）。

１　成立要件

　故にその成立には次の諸要件を必要とする。

　イ先占の目的物が無主物なること。

　無主物とは何人の所有にも属せざる物を謂ふ。現に何人の所有にも属せざる以上，その以前何人かの所有に属したることありや否やを問はぬ【註１】。

　　【註１】　大審４・３・９民１録２１集２９９頁は破棄された鉱滓の先占を認めている。

　ロ　先占の目的物は動産に限る。

　吾民法によれば，先占の目的物は無主の動産に限り，「無主ノ不動産ハ国庫ノ所有ニ属ス」（２３９条２項）。

　ハ　所有の意思をもって占有すること。

　所有の意思を要すれども所有の確信 Opinio domini を要せず。また所有の意思あるをもって足り，敢てその物が無主物なることを知るを要せざるは勿論，先占によつて所有権を取得せむとする意思をも必要とせぬ。なお先占のためにする占有は，補助者によつてこれを取得し得るは勿論，代理人によつてもまたこれを取得し得る。

２　法律的性質

　先占は法律行為でない。何となれば，先占成立するがためには単に所有の意思あるをもつて足り，特に所有権を取得せむとする意思を要せず，これに加え占有者が自らその物の無主なることを知らざる場合といえどもなお先占の成立を来すから。無論多くの場合には所有権取得の意思をも有する。しかしこの場合といえどもその意思は先占そのものの成立には何等の関係ない。先占による所有権取得はその意思の効果ではない。

第２　遺失物の拾得

　「遺失物ハ特別法ノ定ムル所ニ従ヒ公害ヲ為シタル後一年内ニ其所有者ノ知レザルトキハ拾得者其所有権ヲ取得ス」（２４０条）。

　その所謂特別法は遺失物法（明治３２法律８７号，大正２法律４号を以て一部改正）及び遺失物法施行規則（明治３２内務省令４号）である。なお民法施行法第４０条参照。

１　成立要件

　遺失物拾得によりて所有権を取得するには先の要件備はることを要す。

　イ　目的物は遺失物なることを要す。

　遺失物とは占有者の意思に基づかずまた他人によって奪はれたるにあらずしてその占有を離れた物を謂ふ。なお「犯罪者ノ置去リタルモノト認ムベキ物件」，「誤テ占有シタル物件」，「他人ノ置去リタル物件」，及び「逸走シタル家畜」は厳格なる意義における遺失物とはやや違ふけれども，これに準ずべき性質を有するものとして，遺失物法及び民法第２４０条の準用を受ける（遺失物法１１条，１２条）。また漂流物及び沈没品は縦令遺失物の性質を有するものといえども，これを遺失物として取扱ふことなく，すべて水難救護法（明治３２法律９５号）第２４条以下の規定の適用を受ける。

ロ　拾得することを要す。

　拾得とは遺失物の占有を取得するを謂ふ。単に発見したるに過ぎざる場合は勿論単にその物の何たるかを見るために一寸拾上げただけでは拾得とならぬ。故に例へば甲が先きに発見しても乙が先きに占有すれば拾得者は乙である。

　なお拾得のためにする占有は自主占有なることを要せず，また所有権取得の意思あることも必要でない。なお拾得者がその物の遺失物なることを知りたりや否やまた無主物なりと信じたりや否やを問はず，ただその物が客観的に遺失物たるをもっつて足る。

　拾得者は遺失主その他遺失物の回復請求権者の事務管理者なるを通例とする。したがつて遺失物法及び同法施行細則に別段の規定なき限り，拾得者と回復請求権者との関係につき事務管理に関する民法第６９７条以下の規定を適用すべきである。

　ハ　警察官署において遺失物の公害を為した後一年間其の所有者知れざることを要す。

　遺失物を拾得した者は速やかに遺失主または所有者その他物件回復の請求権を有する者にその物件を返還してまたは警察官署にこれを差出さねばならぬ（遺失物法１条１項）。ただしこの点については第１条１項但書，第１０条，第１１条の諸規定に別段の定めがある。

　警察官署が物件の差し出しを受けた場合に物件回復権者の指名または居所を知ること能はざるときは遺失物法施行細則第１条及び第２条の定むる所にしたがってこれを広告することを要す。

　この公告ありたる後一年を経過するも所有者の何人たるかを知ること能はざるときは遺失物は拾得者の所有に帰する。ただし「取得ノ日ヨリ六箇月内ニ物件ヲ警察官署ヨリ引取ラザルトキハ所有権ヲ喪失」（１４条）し「其所有権国庫ニ帰属ス」（１５条）。

　なお遺失主その他回復者が直接拾得者よりまたは警察官署を経て物の返還を受けた場合に拾得者に支払ふべき報労金（価格の１００分の５以上１００分の２０以下）・警察官署の保管及び売却処分・公告等に関しては遺失物法及び同法施行細則中に詳細の規定がある。

２　法律的性質

　遺失物拾得には所有権取得の意思を要しないから，これによる所有権の取得は法律行為ではない。単に報労と便宜上の考とを基礎として認められた特殊の取得方法に過ぎぬ。

第３　埋蔵物の発見

　埋蔵物を発見した者は遺失物法第１３条及び同法施行細則の定むる所にしたがつて公告を為した後六箇月内にその所有者知れざるときはその所有権を取得す（２４１条）。なお民法施行法第４１条参照。

１　成立要件

　イ　目的物は埋蔵物なることを要する。

　埋蔵物とは土地その他の物の中に埋蔵せられてその所有権の何人に属するかを判別し得ざる物を謂ふ。（１）埋蔵物は動産なるを常とする。しかし例へば古い家屋が発掘されたやうな場合にはなおその全体をそのまま埋蔵物として取り扱ふべきである。必ずしも高価品たることを要しないけれども，他物の中に埋蔵せられつつあるにかかわらずなお独立の物として取扱はるるだけの価値あるものなることを要する。独立の物として取扱はれるだけの価値がなければ，無論初めから包蔵物の一部としてその所有者に属する。包蔵物が土地なるときは第２０７条の適用を受ける。（２）埋蔵物を包蔵する物は土地なるを通例とするが動産でも差支ない。例へば古い衣装の襟に縫ひ込まれた紙幣は埋蔵物である。（３）埋蔵とは通例の状況の下においては容易に発見出来ないやうな状態にあることを謂ふもので，その原因の人為に出づると自然の出来事に出づるとを問はぬ。また埋蔵は必ずしも永年月継続したことを要せぬ。（４）埋蔵物は無主物ではない。何人かの所有には属するのだが埋蔵の結果具体的に何人が所有者なるか分明ならざるに至つた物である。故に発掘された古墳並にその中に蔵置された物品の如きは埋蔵物であるが，古生物は無主物であって埋蔵物ではない。

　ロ　発見することを要する。

　発見とは埋蔵物の存在を認識することを謂ふ。必ずしもその占有を取得することを要せぬ。発見は偶然なると予定に計書の基づけるとを問はない。しかし前の場合には実質上の発見者と埋蔵物取得者とが同一人なるを通例とするに反し，後の場合には他人を使用して発掘に従事させることがあり得る。この場合には埋蔵物の所有権は被用者に帰せずして使用者に帰する。

　ハ　警察官署において公告を為したる後六ヶ月を経過するもその所有者の知れざることを要す。

　この点は遺失物拾得の場合と全然同一である（遺失物法１３条）。

２　法律的効果

　以上の要件が備はると発見者は埋蔵物の所有権を取得する。「但他人ノ物ノ中ニ於テ発見シタル埋蔵物ハ発見者及ビ其物ノ所有者折半シテ其所有権ヲ取得ス」（２４１条）。

　なお埋蔵物が学術技芸その他考古の資料に供すべき物なるときは発見者その所有権を取得せずして国庫これを取得する。しかしこの場合には国庫は発見者に対しその価格に相当する金額を供給すべく，もしその物が他人の物の中において発見された場合にはその金額は発見者と包蔵物所有者との間に折半して供給される（遺失物法１３条）。

３　法律的性質

　埋蔵物発見による所有権取得は法律行為ではない。発見者自身についてはその労に報ゆる考に基づき，また包蔵物の所有者についてはその所有権に附随する利益として所有権を取得せしむるので，公平の観念に基づく便宜の規定に過ぎぬ。

第４　添附

　附合・混和・及び加工（民法２４２条乃至２４６条）の三者を総称して学者は一般に添附という。もつとも学者によつては加工を除外するものもあるが，畢竟単に用語上の問題に過ぎぬ【註２】。

　　【註２】　この附合・混和及び加工に関する原則は民法施行前にも略同様に存在したものと思ふ。しかし従来はともかくとして，「民法施行前ヨリ民法第２４２条乃至第２４６条ノ規定ニ依レバ所有権ヲ取得スベカリシ状況ニ在ル者ハ民法ノ施行と同時ニ民法ノ規定ニ従ヒテ所有権ヲ取得ス但第三者ガ正当ニ取得シタル権利ヲ妨ゲズ」（民施４２条）。

１　添附の法律的根拠

　所有者を異にする二個以上の物が互に附合または混和して毀損するかまたは過分の費用をもつてするにあらざれば分離すること能ばざるに至れるとき，または権利なくして他人の物に工作を加へた結果新な美術品工芸品等が出来上つてその復奮が不能もしくは困難となったやうな場合に，強いてその物を原状に復せしむることは，或は無用の努力と費用とを浪費する結果となり，或は折角出来上がつた物の価値を減ずることとなる。要するに社会全体の富といふ見地から見て愚なる無用の犠牲である。原物の所有者の主観のみを尊重すれば復讐を欲することもあり得やう。その個人的主観を社会全体の利益といふ立場から考えて没却するのが添付法理の根拠である。所で添付の結果その材料となつた従来の物は消滅して新に一個不可分の物が出来上がる訳だから，従来の原物所有者はそ新物につき如何なる権利を有すべきかの問題を解決せねばならぬ。したがつてこれを解決することもまた添付に関する法規の目的である。

２　添附に関する法規の特質

　添附を認める法律的基礎上述の如くなるをもつて，そのこれに関する法規は，（イ）新物の分離または復奮の請求を許さざる点において強行法規である。（ロ）これに反し新物を何人の所有に帰せしむべきかの点については特約をもつて別段の定めを為すことが出来る。多数の学者はこの点を区別せずにすべて強行法規なりと謂ふて居るが賛成し難い【註３】。

　　【註３】　例へば「業務トシテ他人ノ依頼ニ応ジ小変ヲ預リ之ヲ製粉スル場合ニ於テハ其の製出セラレタル小変粉ハ価格如何ニ拘ラズ依頼者ノ所有ニ属スル」もので加工に関する２４６条の適用を受くべきでない（大審６・６・１３刑３録２３集６３７頁）。何となればこの場合には当事者の特約をもって同様の適用を排除したものと認むべきだから。

　　　　同理により建物請負の場合にも建築材料が土地に附合するに従ひ添附の原則によって順次に土地所有者の所有に帰するものと解すべきでない。その何時土地所有者に帰属するかは一々契約の主旨を解釈して決すべきである。この点については１３１頁註１９参照。

３　添附の性質及び効果に関する総説

　添附は上述の如き理由に基づくものだから，その原因如何に関係なく同様の結果を生ずる。その人為によると自然の出来事によるとを問はず，悪意をもつて添付を生ぜしめた場合にも同一の結果を生ずる。ただしこの終りの場合には賞金の点につき差異を生ずる（２４８条，７０３条，７０４条）。

　添附は一方において所有権の取得を生ぜしむると同時に他方において奮所有権の消滅を来さしめる。何となれば一方において新物の発生を来すと共にそのざいりょうとなりし奮物は消滅するから。

　イ　新物所有権の取得

　何人が新物の所有権を取得するかの問題は各種の添附について説明する。

　ロ　奮物所有権の消滅

　添附は奮物を消滅せしむる。したがってこれを目的とする所有権は勿論，その他の物権もまた消滅せざるを得ない。その中所有権の消滅については別に説明を要すべきこともないが，その他の物件に対する影響については困難な問題を生ずる。

　１　奮物を目的とした所有権以外の物権に対する影響

　添附の結果奮物消滅したるときはその物上に存せし所有権は勿論「他ノ権利モ亦消滅ス」（２４７条１項）べきは当然である。しかしこの結果をそのままに放任するときはその「他ノ権利」者は不当に不利益を受くることとなるから，民法は（イ）奮物所有者が新物の単独所有権を取得したときは「他ノ権利」もまた法律上当然に新物の上に存続し，（ロ）新物の共有者となりたるに過ぎぬときは「他ノ権利」もまた「持分ノ上ニ」存続することとした（同２項）。（ハ）これに反し奮物所有者が新物の所有権を取得するに至らざりしときは「他ノ権利」者は物上代位の法理により奮物所有者が第２４８条によりて受くべき償金の上にその権利を行ひ得る（３０４条，３５０条，３７２条）。

　２　奮物所有権消滅によって損害を受けた者の求償権

　添附は一方において新物所有権の取得による利得を生ぜしむると同時に他方において奮物所有権の消滅による損害を生ぜしむる。その利益と損害とを比較した上で従来の権利者の何れもが何等の利益も損害も受けていなければ無論問題は起こらぬ。しかし添附の結果は多数の場合に一方には従来以上に利益を得る者を生ぜしめ，他方には従来有した利益を失ふ者を生ぜしめる。しかもこの権利と損失とはそれに法律上正当の実質的根拠を欠く。すべて添附の場合には奮物化して新物の成立を来し，しかもその新物は一個であるからこれを奮物所有者双方に帰属せしむるを得ない。したがつて――その物が双方の共有となる場合は別としてその他の場合には――已むなく一定の法則を設けて奮物所有者何れか一方をして新物の所有権を取得せしめねばならぬ。しかもその結果当事者相互間に実質的不平均を生ずる添附による所有権得喪の附き物として已むを得ざる事柄である。故に添附の原則ある以上必ずこれに伴ふて添附の結果たる実質的不平均の除去を計るべき法則がなければならぬ。これ民法第２４８条が「前六条ノ規定ノ適用ニ因リテ損失ヲ受ケタル者ハ第７０３条及ビ第７０４条ノ規定ニ従ヒ償金ヲ請求スルコトヲ得」と定め，これによつて損失者の救済を計って居る所以である。

　本条による償金請求権が不当利得償金請求権の性質を有する否やについては学者間に議論があるけれども，私は不当利得説をとる。何故なれば不当利得はすべてある特殊の理由のため実質的に正当の法律的理由なきにかかわらず已むなく利得を生ぜしむる場合に，これを別個の方法で実質的に compensate することを目的とするものだから【註４】。

　本条の結果，（イ）受益者が善意なるとき，すなわち他人の物なることを知らずして添附を為しまたは自己の行為以外の原因により手添附の結果を生じたるときは，これに「因リ利益ヲ受ケ之ガ為メ二他人ニ損失ヲ及ボシタル者ハ其利益ノ存スル限度ニ於テ之ヲ返還スル義務ヲ負フ」（７０３条）べく，（ロ）これに反し受益者が悪意なるときは「其受ケタル利益ニ利息ヲ附シテ之ヲ返還スルコトヲ要ス尚損害アリタルトキハ其賠償ノ責ニ任ズ」（７０４条）ることを要する。

　　【註４】　この点については別著債権各論９５９頁，９６５頁以下参照。

４　各種の添附

　イ　附合

　１　動産の附合　「格別ノ所有者ニ属スル別個ノ動産ガ附合ニ因リ毀損スル」かもしくは「過分ノ費用」を費さなければ，「之ヲ分離スルコト能ハザルニ至リタルトキハ（イ）其合成物ノ所有者ハ主タル動産ノ所有者ニ属ス」（２４３条）（ロ）これに反し「附合シタル動産ニ付主従ノ区別ヲ為スコト能ハザルトキハ各動産ノ所有者ハ其附合ノ当時ノ価格ノ割合ニ応ジテ合成物ヲ共有ス」（２４４条）。

　ここに所謂「附合」とは毀損するかまたは過分の費用を費すにあらざれば分離得ざる程度に附着合体したるを謂ふ。ただし工作を加ヘて附着した場合には後に述ぶる加工の規定に適用を受けるからここに所謂附合の中に入らぬ。次に「毀損」とは合成して出来上った物についてこれを謂ふのではない，合成物を組成する各個の奮動産が経済上著しく価値を減ずることを謂ふのである。なお終りに如何にして「主従ノ区別」を為すかは一概に確定的に謂ふことが出来ない。結局は一般取引の観念に基づき，物の価格用法を標準としてこれを認定するの外ない。

　２　不動産の附合　「不動産ノ所有者ハ其不動産ノ従トシテ之ニ附合シタル物ノ所有権ヲ取得ス」（２４２条）。（イ）附合の主物は「不動産」に限る。しかし不動産なる以上必ずしも土地のみに限らぬ。（ロ）「従トシテ」附合する「物」は動産に限る。例へば土砂が洪水の結果附合して寄洲を生ずるが如き場合には附合する物は動産たる土砂である。マタ主たる建物に附加して建増をする場合にも動産としての各種の材料が附合してこれと一体を為すに至るものと解すべきである【註５】。（ハ）本条は「附合」の程度について何等定めていないけれども，解釈上動産の附合の場合（２４３条）と同じ程度の附合を要するものと思ふ。何となればこの程度に附合するにあらざれば添附の法理を適用する必要が起らないから。（ニ）もつとも斯る程度に附合した物でも「権原ニ因リテ其物ヲ附属セシメタル他人ノ権利ヲ妨ゲ」ないから以上附合の法理の適用を受けずして，附合にかかわらずなお依然として独立の物である。ここに「権原」とは広く他人の不動産を使用しこれに物を附属せしめてその利用に供し得る権利を謂ひ地上権永小作権は勿論賃借権等をも含む【註６】。

【註５】　「二階建家屋ニ附加シテ之ト一体ヲ為シ右二階建一棟ヲ除去スレバ独立シテ存在シ得ザル」

　　　平屋建一棟は右二階建と合してその一部を為す。大審７・７・１０民３録２４集１４４１頁。もっともこの事件は直接その平屋建が後より建増された場合に関するのではない。けれども理屈は何れにしても同じである。

　　【註６】　この点について大審５・１１・２９民３録２２集２３３３頁は「権原ヲ有セル他人ガ附属セシメタルトキハ其物ハ其他人ノ所有ニ属スルコトアルベシト雖モ，賃借人ガ賃借建物ノ一部ヲ所有者ノ承諾ヲ得テ改築シタル場合ニ於テハ賃借人ノ材料ヲ使用シ其費用ヲ以テ築造シタルトキト雖モ改築ノ部分タル洗場ハ権原ニ因リテ附属セシメタルニ非ズシテ洗場ノ構成部分トシテ他ノ部分ト不可分ノ一体ヲ為シ各独立シテハ湯屋営業ヲ為スニ由ナク建物ノ全部上告人ノ所有ニ属スルト同時ニ賃借人ノ区分所有権ハ之ヲ認ムベカラザルナリ」と判決して居る。この見解に従へば「権原ニ因リテ其物ニ附属セシメタル」物の中にも，主たる物と「不可分ノ一体ヲ成シ」たものと然らざるものとあり，しかして２４２条但書の通用を受けるのは後者に限ることとなる。

　ロ　混和

　「格別ノ所有者ニ属スル物ガ混和シテ識別スルコト能ハザルニ至リタル場合」にも（イ）その中主従の区別を為し得る場合には主たる物の所有者混和物の

所有権を取得し，もしまた，（ロ）主従の別を為し得ざるにおいては各所有者は原物の価格の割合に応じて物を共有する（２４５条）【註７】。

　混和には，混合すなわち固形物の（例へば穀物，金銭等）の混和及び，融合すなわち流動物（例へば酒，醤油等）の混和の二種類がある。何れも二物が混淆して原物を識別分離すること能はずまたはこれを為し得るとするも過分の費用を要すべき場合である。

　　【註７】　例へば甲が乙丙等数人より騙取した金銭が混合してなお甲の手中に存するときは乙丙等被害者全部の共有に属する。大審３６・２・２０刑２録９集２３２頁。

　ハ　加工

　加工とは他人の動産に工作を加へもしくは自己の材料をも提供して工作を加へその結果新な物（美術品，工芸品の類）を生ぜしむるを謂ふ（２４６条）。（イ）加工は新な物を生ぜしむる場合に限る【註８】。何となれば然らざるにおいては第２４６条第１項本文の規定は不要に帰するから。ただ新な物と謂ひ得るや否やは一般取引の観念を標準として決すべき事柄であって，実質上困難な場合も少なくないと思ふ。しかし加工物と原物とが経済上同じ働きを有するや否や，名称が同一なりや否や等は有力な判断の標準である。なお加工が原物に復奮し得ざるに至ることは必ずしも加工成立の要件ではないけれども，復奮の結果加工物の価値を著しく減ずるや否やは加工の成否を決する重要な位置標準と謂はねばならぬ。けだし第２４６条も一般経済上の見地から濫りに加工物の復奮を請求することを得ざらしむる主旨の規定だから。（ロ）加工は法律行為ではないから，加工者に行為能力あることを要せずまた加工者の善意悪意を問はぬ。また加工は他人をしてこれを為さしむることも出来る。

　　【註８】　大審８・１１・２６民３録２５集２１１４頁。したがつて「単ニ自己ガ他人ノ動産ニ付キ

　　　　材料ヲ供シ之ニ大修繕ヲ加ヘタルニ過ギザル事実ヲ目シテ加工ナリト謂フヲ得ザルモノトス」。

　加工によつて発生したものは何人に帰属すべきか。

　１　原則として，材料の所有者に属す（２４６条１項本文）。

　２　下の二場合には例外として，加工者所有権を取得す。（イ）「工作ニ因リテ生ジタル価格ガ著シク価格ニ超ユルトキ」（２４６条２項但書）。例へば名書家が無断で他人の絵絹に絵を書いた場合。（ロ）「加工者ガ材料ノ一部ヲ供シタルトキハ其価格ニ工作ニ因リテ生ジタル価格ヲ加ヘタルモノガ他人ノ材料ノ価格ニ超ユルトキ」（２４６条２項）。これに反しもし「他人ノ材料ノ価格ニ超」えざるときは原則に立戻つて工作を加へられた材料の所有者が加工物を取得する。

　これらの二の場合に，損失を受けた者は材料の所有者なると加工者なるとを問はず第２４８条にしたがつて償金を請求し得る。その外被加工者は無断にて加工を為したる者に対して不法行為上の賠償請求をなし得る（７０９条）。

第５節　共　有

第１項　共有の意義及び性質　　　　　４０５項

第２項　共有者の持分　　　　　　　　４１２項

第３項　共有者相互間の法律関係　　　４２０項

第４項　共有関係の発生消滅　　　　　４２７項

第１項　共有の意義と性質

第１　根本思想　　　　　　　　　　　４０５項

第２　共有の性質　　　　　　　　　　４０８項

第３　準共有　　　　　　　　　　　　４１１項

第１　根本思想

　個人所有権の制度の下においては，一個の物は一人に専属してその専用に供せられるのが通例である。ところが実際の必要上数人にて一個の物を供せねばならぬ場合が少なくない。ところが一個の物の上に同時に二個以上の完全なる所有権の成立を許すべからざる事は物権法の原理として素より当然だから（１８項以下参照），数人が一個の物を共有する場合にそれ等の人々が物に対して如何なる権利関係を有するべきかは普通の場合と異なった別の規定をもってこれを定めねばならぬ。その方法は国々によって色々種類があるけれども。吾民法の下においては次の四方法を分つことが出来る。

　イ　その数人をもって社団法人を設立し形式上法人をしてその所有者たらしむること。

　ロ　共用者が不特定多数なる場合には財団法人を設立して形式上法人をして共用物の所有者たらしむること。

　ハ　共有　Ｍiteigentum,Copropriete　一個の物の上に二個以上の完全なる所有権は成立し得ない。しかし縦令数個の所有権を成立せしめても，もしもそれ等の所有権が互いに相節制して其内容が分量的に制限せられ，その結果権能の総和が実質上一個の所有権の内容に相当するように工夫できるならば，一個の物の上に数個の所有権を認めさせることは決して不可能ではない。共有はすなわちこの法理に基づいて認められた制度である。

　ニ　同有（聯有，總有，合有）Ｇesameigenium,Propriete collective　共有の場合には数人の共有者は何れも目的物の上に――仮令その内容は分量的に制限せられたりといえども――各個独立の所有権を有する。ところが数人が一個の物を共同に所有するけれども，各自は独立して各別の所有権を有することなく，数人が結合し一体としてその物を所有する場合を認めることは決して不可能ではない。この場合には各権利者は上記共有の場合の如く，目的物に付いて各自独立の所有権――すなわち後に述ぶる持分――を有することなく，しかしも全権利者は別に法人をなすことなくただ一体として不分割的に物を所有する。学者の称して同有・聯有・総有及合有と言うものはすなわちこれである。学者に依っては，あるいは同有をもって理論上不合理なものとし，又あるいは少くとも吾民法の解釈上この概念の存在せざることを説く者も少くない。しかし私をして言はしむれば後に述ぶる「共有ノ性質ヲ有スル入会権」（２６３條）はこの制度も最も顕著な例である。

第２　共有の性質

共有とは数人が一個のものに付き各一個づつ所有権を有し，しかしてその各自所有権は一定の割合に応じて互いに相節制し相共同するの結果，その内容の総和が独立一個の所有権の内容に相均しき状態を言う。

１　各所有者の有する所有権は性質上通常の単独所有権と何等異なる所がない。何故なればこれまた物に付き一般的支配を為すことを目的とするものなるが故に。ただこれと同時に他の共有者も同じく所有権を有するが故に，一定の割合に応じて互に制限せられ，その結果何れもその完全なる効力を発揮し得ないのである。換言すれば，共有は一箇の物の上に数個の所有権が競合するに因って成立する状態である【註１】。

【註１】　大審８・１１・３民２録２５輯１９４４頁が議論として「共有ハ数人ガ共同シテ一の所有権ヲ有スル状態ニシテ共有者ハ物ヲ分割シテ其一部ヲ所有スルニアラズ各共有ハ物ノ全部ニ付キ所有権ヲ有シ他ノ共有者ノ同一権利ニヨリテ厳粛セラルニ過ギズ従テ共有者ノ有スル権利ハ単独所有者ノ権利ト性質ノ内容ヲ同フシ唯其分量及ビ範囲ニ廣狭ノ差異アルノミ」と言っているのは，言葉使いは別論として，略同一思想を認めるものである。ところが本判決は比論の続きとして「各個共有者ノ持分ハ一ノ所有権ノ一分子トシテ存在ヲ有スルニ止マリ別個独立ノ存在ヲ有スルモノニアラズ」と言い，これを根拠として，共有者甲よりその持分を譲受けた者乙の為に謝って完全所有権取得の登記が為された場合に，他の共有者丙がその登記の抹消を請求するに付いては完全所有権を不可分に抹消すべきで，「乙ノ共有者ノ登記ノミヲ残存セシメテ他ノ共有権ノ登記ヲ抹消スルコトヲ得ズ」と言って居る。結論に付いては異存ないけれどもそれは主として登記簿取扱の技術的乃至便宜上の理由に依るのである。判決の如く単にこの結論を引き出さむが為に，持分は「別個独立の存在を有スルモノニアラズ」と言うが如き一般的原則を掲げるのは――この場合に適用されるだけならば誤でないにしても――少なくとも無用にしてかつ誤解を誘発し易い。

ニ　各共有者の権利の互に制限せらるる割合は必ずしも平等なることを要せぬ。しかし法令（６７４條，６８８條２項，２４４條，２４５条等）または契約において別段の定めを為さざる限り「各其共有者ノ持分ハ相均シキモノト推定ス」（２５０條）【註２】

【註２】　故に持分不同なるにかかわらずその旨を登記せざるときはこれをもって第三者に対抗できぬ。大審３９・６・２５刑２録１２輯７３４頁は善意の第三者に対して持分の不同を主張できぬと言っているけれども，特に善意と限る根拠を発見することを得ぬ。

３　各共有者の所有権は性質上普通の単独所有権と何等異なるところがないから，所有権の内容たる各種の作用は凡て各所有者の所有権中にも具備せること勿論にして，ただその作用の分類が制限されているに過ぎない。ところで所有権の作用中にはこれを数量的に分割し得べきもの（例えば使用収益権）と然らざるもの（例えば共有物の変更処分等）とある。前者は持分の割合に応じて各共有者任意にこれを行使得るに反し，後者は共有者全部の共力をもってこれを行使せねばならぬ。何故なれば，この種の作用はその性質上一人のみが単独にこれを行使するときは，当然他の共有者にも影響を及ぼすからである。決してこれがため各共有者の所有権たる性質を害するものではない。ただしこの種の不分割的作用といえどもある種のものはこれを単独に行使せしめても他の共有者に対して甚だしく影響を及ぼさざるがため，法律において特に便宜上単独に行使することを許し又は多数決をもって行使することを許しているものもある（２５２條参照）（４２３貢以下参照）。

４　以上説明した通りであるから，共有は夫れ自身一個の所有権ではない。一箇の所有権の分量的分割でもない。数箇の所有権が一物上に競合して存在する結果一箇の所有権が分量的に分割されたのと全く同様の状態が生ずる。それが共有である。

イ　法人が所有権を有する場合には，所有権の目的物は事実上法人の社員又は一般受益者の用に供せられるけれども，法律上所有権の主体はこれ等の者を超越した法人である。故にここに説明する共有とは全く異なった法律関係である。

ロ　同有の場合には物は同有者全部に属する。共有の場合の如く各共有者が各別に所有権を有するのではない。所有権はただ一箇だけ存在し，これが全部として不分割的總同有者に属するのである。

第３　準共有

　以上共有におけると同様の法律関係は所有権以外の財産権に付いてもまたこれを成立せしめ得る。準共有はすなわちこれである。

１　準共有関係の成立を認め得る権利

　地上権・永小作権・地役権・抵當権等の物権は勿論特許権・著作権（著作権法３條２項）・鉱業権（鉱業法７條）等もまた準共有の目的となり得る。なお債権の準共有を認め得るや否やに付いては争があるけれども，私はこれを認め得るものと解する【註３】。

２　準共有に適用せらるる法規

　共有に関する民法第２４９條乃至第２６３條の規定は「数人ニテ所有権以外ノ財産権ヲ有スル場合ニ之ヲ準用ス但法令ニ特段ノ定メアルトキハ比限りニアラズ」（２４６條）。

【註３】もっともそれは不可分債権と殆ど同じものになるけれども。なお別著債権各論８２８貢参照。

第２項　共有者の持分

第１　意義及び性質　　　　　　　　　　　　　　４１３項

第２　持分の処分　　　　　　　　　　　　　　　４１５項

第３　持分の消滅と他の共有者の持分の関係　　　４１９項

第１　意義及び性質

　吾民法上「共有者の持分」なる文字には二の意味がある。

１　各共有者の所有権の互に制限せらるる割合すなわち尺度を意味することがある。（２４９條，２５０條，２５３條，２６１條等）。

この意味の持分は各共有者の権利義務の割合的分量を定める基礎をなすものである。

２　以上の意義における割合に応じて分量的に制限されてる各共有者の所有権そのものを意味することもある。この意味における持分は単純なる割合乃至尺度ではなくして，他の競合する共有者の権利との関係上分量的にこそ制限されて居れ，その実質は所有権に外ならぬ。したがって，この意味の持分が普通の所有権と同じく物権的効力を有し，これを何人にも対抗し得るのは素より当然である【註１】。

　【註１】　この意味の持分は性質表独立一個の所有権である。故に（１）「共有権ハ共有者各自ノ権利ナレバ各自独立シテ之ヲ主張スルコトヲ得ベキノミナラズ他ノ共有者ノ何人ニ対シテモ各別ニ之ヲ主張スルコトヲ得ベキモノナレバ各共有者ハ他ノ共有者ニ対シ独立シテ其共有権ノ確認及ビ登記請求ノ確認及ビ登記請求ノ訴を提起スルヲ得ルハ勿論他ノ共有者全員ヲ相手トスルヲ用セズ唯自己ノ共有権ヲ争フ共有者ノミヲ相手方ト為スヲ以テ足ル」こと勿論である（大審６・２・２８民３録２３輯３２２頁）。（２）したがって「立木ノ共有者ノ一人ガ他ノ共有者ノ同意ヲ得ズシテ立木ヲ伐採スルハ他ノ共有者ノ所有権ヲ侵害スルニ外ナラザレバ他ノ共有者ハ自己ノ権利――持分――ニ基ヅキ伐採者ニ対シ伐採禁止ノ請求ヲ為スコトヲ得」（大審８・９・２７民３録２５輯１６６４頁）。（３）また各共有者は単独にて「不法占有ニ因ル妨害ヲ排除シ之ガ明渡ヲ請求」することが出来る（大審７・４・１９民１録２４輯７３１頁）。同理に依り「各共有者ハ總共有者ノ為メニ単独ニ――第三者ニ対シテ共有物ノ――引渡シヲ請求スルヲ得ベク必シモ總共有者共同ニテ之ヲ請求スルコトヲ要セズ。大審１０・３・１８・民１録２７輯５７４頁。（４）不動産共有持分の譲渡はこれを登記するにあらざれば一般第三者は勿論他の共有者にも対抗できぬ。（大審５・１２・２７民３録２２輯２５２５頁）。

　　　これに反し「共有者ノ所有権――全体ニ関スル――確認ノ訴エヲ提起スルニハ共有者全員ニ於テスルコトヲ要シ各共有者ハ単独ニ之ヲ為スコトヲ得ザルモノトス」（大審５・６・１３民１録２２輯１２００頁，大審８・５・３１民３録２５輯９４６頁の議論）。何となれば共有権の全体に付いて権利を主張することはすなわち他の共有者の持分即ち所有権に付いてまで干渉することになるから。しかし例えば六名の遺産相続人中の甲が売買証を偽造して恰も自己一人のみが直接被相続人より不動産を買受けたるが如くに装いて登記を為したる上第三者の為に地上権を設定し興えたる場合に遺産相続人の一人たる乙が「自己ノ共有権ヲ主張シテ其権利ノ確認ヲ求メ且――右地上権設定ノ無効ナルコトヲ理由トシテ其――不法登記ノ抹消ヲ請求スル場合」には他の共有者たる遺産相続人全部と共同する必要なし（大審８・４・２民３録２５輯６１３頁）。けだしこの場合には乙は自己一人の「共有権」――持分――のみを根拠として地上権設定の無効を主張するのだからである。また「各共有者ハ随意ニ其持分ヲ処分スルコトヲ得ルヲ以テ各自其持分ニ付キ裁判上ノ主張ヲ為シ因テ以テ自己ノ持分ニ関スル事項ノ中断ヲ為スコトヲ得」（大審８・５・３１民３録２５輯９４６頁）。

第２　持分の処分

　以上第二の意味における持分は畢竟一箇の所有権な外ならぬ。したがって各所有者は他の共有者の同意を得ることなくして任意にその持分を譲渡その他処分し得る。（イ）民法は共有は遺産相続の如き特殊の身分関係に基づいて発生したる場合にすら，持分の譲渡を許して居る。ただしこの場合に他の共有者が希望するならば既に一旦第三者に譲渡された持分を「其価額及ビ費用ヲ償還シテ」買い戻すことができる（１００９條）（ロ）また「組合員ガ組合財産ニ付キ其持分ヲ処分シタルトキハ其処分は――有効デハアルガ――之ヲ以テ組合及ビ組合ト取引ヲ為シタル第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（６７６條１項）【註２】

　　【註２】　本條に付いては別著債権各論８２９頁以下参照。

１　譲渡された持分は，法規または特約の定める所に従って一定の割合に制限された所有権そのものに外ならぬから，譲受人もまた譲渡人の手にある間と同じ制限を受けた所有権を取得するに過ぎぬ。したがって譲渡人と外の共有者との間に存在した共有関係はそのまま譲受人に移転し，譲受人は当該の共有関係につき譲渡人が有したと全く同一の地位に立つものである。したがって

イ　共有関係そのもの――例えば共有物の使用・管理・費用分担等――に関する定め，換言すれば「共有権ト相分離スベカラザル関係ヲ有スル」定め【註３】は，独り法律の規定に基づくもののみならず，共有者相互間の特約に基づくもの（例えば不分割特約）といえどもまた，譲受人によって承継される。しかも不動産共有に関する不分割契約のみは登記するにあらざれば第三者に対抗出来ぬ（不動産登記法７８条参照）。

　　【註３】　大審８・１２・１１民２録２５輯２２７４頁。

ロ　以上の如く共有関係そのものの関する定めにあらずして，単にこれ等の定めに基づいて共有者相互間に発生した個々の債権債務――例えば管理費用償還請求権――は，各共有者に専属すべきもので，性質上当然に持分の譲受人に移転するものではない。それがためには譲渡人譲受人間にその旨の特約成立することを要する。ただし民法は他の共有者が譲渡人たる旧共有者に対して有した債権を保護するがために特に「共有者ノ一人ガ共有物ニ付キ他ノ共有者二対シテ有スル債権ハ其特定承継人ニ対シテモ之ヲ行フコトヲ得」（２４５条）る旨の規定を設けている。けだし，しからざるときは債務を負った共有者は濫りにその持分を第三者に譲渡し，もって持分を担保として（２５９条）債務の履行を強制せらるることを防ぐに違いないから。したがって本条の場合と反対に共有物につき債権を有する共有者の持分を譲受けても，その譲受人は他の共有者に対し本条を援用して譲渡人の債権を行うことを得ぬ。けだしこの如きは直接本条の適用を受くべき事項でないのみならず，本条の精神に該当するものでもないから【註４】。

　　【註４】　なおこの点に関し大審８・１２・１１民２録２５輯２２７４頁は「共有ノ持分ヲ譲受ケタル者ハ譲渡人ノ地位ヲ承継シテ共有者トナリ共有物分割又ハ共有物管理二関スル特約等総テ共有ト相分離スベカラザル共有者間ノ権利義務ヲ当然継承スベキモノト雖モ共有物買入ノ資金ヲ他ヨリ借入レタル債務及ビ之ヲ借入ルルニ当リ要シタル費用等二ツキ共有者間二締結シタル各自ノ持分ニ応ジテ之ガ負担ノ責ニ任ズベキ契約ノ如キハ之ニ関スル特別ノ意思表示ナキ限リ譲受人ニ於テ当然該契約ヨリ生ズル義務ヲ承継スルベキニアラズ」と言うている。

２　持分譲渡禁止の特約

　共有者は持分を第三者に譲渡せざるべき旨の特約を為し得る。しかし，かくる特約は単に債権的効力を有するに過ぎないから，特約に違反して為された譲渡といえどもなお有効たるを失はぬ。ただ特約違反者たる旧共有者は債務不履行の責任を負うことあり得るに過ぎぬ。

３　持分の担保

　持分の譲渡が可能になる当然の結果として，これを担保に供することもまた可能なりと言わねばならぬ。この場合に担保権者は普通の所有権が担保となってる場合と同様担保となれる持分の範囲内において共有物全部につきその権利を行い得る。

第３　持分の消滅と他の共有者の持分との関係

　共有は同一物上に数個の所有権が競合し相節制して存在する状態に外ならぬ。したがって競合する所有権――持分――の一が消滅すれば，その範囲内に於いて外の共有者の所有権――持分――が当然に分量を増加すべきは勿論である。おれ民法が「共有者ノ一人ガ其持分ヲ放棄シタルトキ【註５】又ハ相続人ナクシテ死亡シタルトキ【註６】ハ其持分ハ他ノ共有者ニ帰属ス」（２５５条）と定めた所以である。

　【註５】　「共有者ノ一人ガ持分ヲ放棄シタルトキハ其持分ハ消滅シ他ノ共有者ハ其持分ノ原始取得ヲ為ス」ものなりといえども，これが登記を為すに当たっては「持分ノ放棄ニ因ル持分取得ノ登記ヲ為スベク持分登記ノ抹消ヲ為スヲ許サザルナリ」。何となればこの場合には「移転的承継取得ノ場合ト同様一定ノ原因ニ因ル権利取得ノ登記ヲ為シテ権利ガ一人ノ帰属ヲ離ルルト同時ニ他人ニ帰属シタル状態ヲ明カニスベキ」だからである。（大審３・１１・３民１録２０輯８８１頁）。判例は時効取得の場合の登記方法につき同一主旨を認めている。大審７・３・２民３録２４輯４２３頁。この点については１３０頁註１８参照。

　【註６】　ここに所謂「相続人ナクシテ死亡シタルトキハ共有者ガ死亡シタルモ其相続人ナキコト確定シタルトキト解スベキモノ」で「民法１０５１条乃至１０５８条ノ規定ニ従イ其相続人タル権利ヲ主張スルモノナク即チ相続人ナキコト確定シタルトキ」初めて本条の適用を生ずるのである。死亡と同時に当然他の共有者がその持分を取得するのではない（大審６・９・６民２録２３輯１１３３頁）。

第３項　共有者相互間の法律関係

第１　　共有物の使用及び収益　　　　　　　　　　４２１頁

第２　　共有物の処分　　　　　　　　　　　　　　４２２頁

第３　　共有物の管理　　　　　　　　　　　　　　４２３頁

第４　　共有物に関する費用及び負担の分担　　　　４２６項

各共有者が共有物上に有する所有権は相互の関係上一定の割合において制限を受ける。彼等の権利は目的物を同じくしてその上に相競合するものなれば，共有物の利用保存その他について共有者相互間に色々の問題を生ずべきは当然である。

第１　共有物の使用及び収益

　「各共有者ハ共有物ノ全部ニ付キ其持分ニ応ジタル使用――及び収益――ヲ為スコト得」（２４９条）。

１　使用収益の範囲

　各共有者の使用及び収益は「其持分ニ応ジ」てこれを為さねばならぬ。濫りにその範囲を超えるときは因りて得たる利益を不当利得として他の共有者に変換せねばならぬ。なお使用収益の方法を誤って物を毀損した場合には他の共有者に対して不法行為の責に任ぜねばならぬこと勿論である。

２　使用収益の方法

　各共有者の使用及び収益し得る抽象的な割合だけは「持分ニ応ジ」て明瞭に定まるけれども，実際上使用収益の行為を為すに当たってはややもすれば当事者間に紛争を生じ易い。したがって共有者は相互間の特約をもって具体的の使用収益方法を協定するのが通例である。その協定調はずして共有物の共同使用が実質上不可能なるときは分割を請求して共有をやめるより外救済の方法がない。なおかかる具体的の使用収益方法について協定成立するも，これが為持分その物は何等の変更も受けない。

第２　共有物ノ処分

　共有物は共有者全部の共同的所有物である。各共有者の権利は各々別個ではあるが，目的が同一なるが為目的物それ自身に関する変更は当然に共有者全部の権利に影響を及ぼす。これ故に「各共有者ハ他ノ共有者ノ同意アルニ非ザレバ共有物ニ変更ヲ加フルコトヲ得ズ」（２５１条）いわんや他の共有者の同意あるにあわずむはそのものを滅失毀損せしめその他実質的処分を為すことを得ぬ。

　なお共有物上の権利は各共有者の各別に有する所なれば共有者の一人のみが無断にて共有物全部に関する法律的処分をなし得ざるは当然である。但しこの場合といえども第三者は動産に関する即時取得の規定（１９２条）によって保護される【註１】。

　【註１】　この種の場合に無断にて共有物全部を処分した共有者が代金を受けたときは，その代金は従来の共有物の変化した者に過ぎぬから，従来の共有者全部の共有に帰すとの判例がある（大審３７・３・１６民２録１０輯２７４頁）。しかしこの場合には共有となるのではなく，各共有者は各別に代金受領者に対して事故の持分に応ずる金額の償還を請求し得るのだと思う。

第３　共有物の管理

　共有物の管理とはその保存・利用及び改良をいう。何れも共有者全部に影響を及ぼす不分割的作用であるから，全共有者一致をもってこれを為すべきが本来の理屈である。しかしこれ等は前述の処分行為と異なって事柄それ自身も余り重大ならず，また何れも共有物の維持及び改善を目的とするもので結局全共有者の利益に帰すべき性質を有するが故に民法は特に次のような規定を設けた。

１　「保存行為ハ各共有者――独立して――之ヲ為スコトヲ得」（２５２条但書），全く他の共有者の同意を得ることを要せぬ。ここに「保存」とは単に共有物そのものの保存のみならず，その価格の保存をも意味する。したがって腐敗し易い物を売却するが如きは行為の性質上処分行為に外ならないけれども，実は価格を保存するものとして第２５２条但書の適用を受くべきものである。

２　利用及び改良行為――すなわち「共有物ノ持分ノ価格に従ヒテ其過半数ヲ以テ之ヲ決ス」（２５２条）。保存行為は物の保存上必要欠くべからざるもので事物の性質上当然に共有者全部の利益となるから，各共有者全く独立してこれを為し得るに反し，利用及び改良行為はそれよりはやや贅澤な行為だから各共有者をして単独にこれを為さしめず，さればと言うて処分変更の如く各共有者の共同をもって為さしむる必要もないので，結局多数決をもって決し得ることとしたのである。

　ここに（イ）利用行為とは各共有者自身の個人的需要の満足を目的とせずして共有物を利用的に使用するを言う。一見上述の使用行為と区別し難いようであるが，二者は各共有者自身の個人的需要のみを目的とするやまたは共有物全体として如何に利用すべきかの問題に関するやによって截然と分たれる。故に例えば共有者が相互の協定を為した上各自自ら共有の家屋に住居するのは使用行為であるが，これを他人に賃貸すべきやまたは共有者自らこれに住居することとすべきや等の利用問題を決するのは利用行為であるから，多数決をもってするにあらざればこれを決することを得ない。（ロ）なお改良とは保存に接近しつつ共有物の価値を増進せしむるを言う。その程度を超ゆれば物の変更となり第２５１条の適用を受ける。

　以上第２５２条の規定は強行規定でないから当事者別段の定めを為してその適用を排除し得る。例えば特約をもって管理の全部を一人に委ねても差支えない。

第４　共有物に関する費用並に負担の分担

　「各共有者ハ其持分ニ応ジ管理ノ費用ヲ払ヒ其他共有物ノ負担ニ任ズ」（２５３条１項）。（イ）ここに「管理」とは利用及び改良の行為（２５２条本文）は勿論，共有者全部の同意をもってなされた共有物の変更（２５１条）及び保存行為（２５２条但書）をも包含する。（ロ）これ等の行為に関する費用及び共有物に関する租税その他の負担を共有者中或者が自己の分割割合を超えて立替え支払いたるときは，その超過部分の償還を他の共有者に請求し得る。（ハ）「共有者ガ一年内ニ前項ノ義務ヲ履行セザルトキハ他ノ――実質費用並に負担を分割したる――共有者ハ相当ノ償金ヲ払ヒテ其者ノ持分ヲ取得スルコトヲ得」（２５３条２項）【註２】。また「共有者ノ一人ガ他ノ共有者ニ対シテ共有ニ関スル債権ヲ有スルトキハ分割ニ際シ債務者ニ帰スベキ共有物ノ部分ヲ以テ其弁済ヲ為サシムルコトヲ得」「債権者ガ右ノ弁済ヲ受クル為メ債務者ニ帰スベキ共有物ノ部分ヲ売却スル必要アルトキハ其売却ヲ請求スルコトヲ得」（２５９条）。

【註２】　義務を履行せざる共有者の持分全部をこれに相当する償金を払って取得できるので，「持分ノ一部ニ相当スル償金ヲ払ヒテ持分ノ一部ヲ取得スルガ如キハ本条ノ許サザル所」である（大審４２・２・２５民１録１５輯１５８頁）

第４項　共有関係の発生消滅

第１　共有関係の発生

　共有は色々の原因で発生する。その原因を大別すると次の二種となる。

１　共有者の意思に基づかざる場合。

イ　数人にて，（イ）無主の動産を先占し，（ロ）遺失物を拾得し，または（ハ）埋蔵物を発見した場合（２３９条乃至２４１条）。

　ロ　附合または混和した動産の主従を別ち得ざる場合（２４４条，２４５条）。

ハ　資産相続（１００２条）及び遺贈（１０８７条，１０９２条）。

ニ　共有物に果実が生じた場合（８９条）。

ホ　その他直接法律の規定に因る共有（２０８条，２２９条等）。

２　共有者の意思に基づく場合

イ　数人共同の出資にて一物の所有権を譲り受けた場合【註１】。

【註１】大審６・４・１８民３録２３輯７９９頁。

ロ　組合（６６７条）。

ハ　夫婦財産契約をもって共有とする旨の約束を為せる場合。

第２　共有関係の消滅

共有関係は種々なる原因よって消滅する。

１　共有物上に存在した核共有者の所有権が全部同時に一人の第三者に移転したとき。

２　共有者の一人が他の共有者の持分全部を譲受けたとき。

３　共有者中の一人を除く以外の者が共有物に関する債務を履行せざるがため残りの一人が他の持分全部を買取ったとき（２５３条２項）。

４　共有者中一人を除く外凡てその持分を放棄しまたは相続人なくして死亡したるとき（２５５条）。

５　共有の目的物が消滅したとき。

　滅失の原因が他人の不法行為なるときは，各共有者は各別に自己の持分に応ずるだけの賠償請求権を取得する。共有者全部が一個の賠償請求権を共有するに至るのではない【註２】。

　【註２】　大審４・４・２刑１録２１輯３４１頁。

６　共有の分割（２５６条以下）。

　イ　分割を請求する権利（分割権）

　共有は共有者自らにとって厄介なものであるし，また共有物はとにかく各共有者によって乱暴に取扱われ易い。したがって，共有者中の誰かが共有関係廃止を希望するならば，「何時ニテモ共有物ノ分割ヲ請求スルコトヲ得」（２５６条１項本文）ることとせねばならぬ。

　この「分割ヲ請求スル」権利の法律的性質に関し，従来吾国多数の学者はこれをもって通常の請求権にして被請求者が請求者と共力して分割に従事すべきことを求むるをもってその目的とすと言って居る。しかし私は次の理由によって一種の形成権となりと主張したい。

　１　もし多数学者の言うが如く，分割に共力すべきことを請求するのが目的だとすれば，被請求者これに応せざる場合に請求者の提起すべき訴は右の共力を求める給付の訴でなければならぬ。しかるに民法はこの場合の訴をもってかくる給付の訴と為さず，直に裁判所に対し裁判そのものをもって分割をなすべきことを請求し得ることとしている（２５８条１項）。この請求に基づいて為さるる裁判は直接分割の効果を発生せしむることを目的とするもので被告対し分割に共力すべきことを命ずるものではないから，給付判決にあらずしていわゆる形成判決（もしくは権利変更判決）Gestaltungsurteil,Rechts-anderungsurteilである。したがって原告がその訴の原因として主張する「分割ヲ請求スル権利」もまた請求権にあらずして，形成権なりと言わねばならぬ。すなわち各共有者は何時にでもその一方的意思表示をもって「分割」――すなわち共有関係の廃止――を他の共有者に請求出来る。ところが分割の方法如何は各共有者の利害に関係するところが極めて多いから，右「分割」の「請求」は無論分割方法について協議の成立することを条件とするもので，その「協議調ハザルトキ」は右の意思表示は何等の効力を生ぜぬ。ここにおいて分割を希望する共有者はその「分割ヲ請求スル権利」を基礎として直接分割を為すべきことを「裁判所ニ請求スル」のである。であるからこの「分割ヲ請求スル権利」は請求権にあらずして形成権である。

　２　民法の用語例として性質上形成権に属すべき権利の行使を称して「請求」と言うことは決して稀ではない（４２０条，５０２条，５３５条，１１３４条）。故に本条が「分割ヲ請求」と言ってる文字のみを根拠として，請求権説を唱えることが出来ない。

　ロ　分割を請求し得る場合

　「各共有者ハ何時ニテモ共有者ノ分割ヲ請求スルコトヲ得」（２５６条１項本文）るのが原則である。

　しかし次の三個の場合には例外として「分割を請求」し得ない。

　１　法律行為による制限（不分割契約）

　共有者は「分割ヲ為サザル契約ヲ為スコトヲ妨ゲズ」。ただしその期間は「五年ヲ超エザル」ことを要する。なお「此契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得但其期間ハ更新ノ時ヨリ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ」（２５６条）【註３】。

　【註３】　なお「共有者ガ民法施行前ニ於テ五年ヲ超ユル期間内共有物ノ分割ヲ為サザル契約ヲ為シタルトキハ其契約ハ民法施行ノ日ヨリ五年ヲ超エザル範囲内ニ於テ其効力ヲ有ス」（民施４３条）。

　不分割契約に反して「分割ヲ請求」しても何等の効力を生ぜぬ。なお不動産については不分割契約は登記事項である（不動産登記法７８条）。したがって登記するにあらざれば，これをもって共有者の特定承継人等に対抗出来ない。しかし本来の不分割契約当事者間にては登記なしといえども有効なること素よりである。

　２　共有物ノ性質に因る制限

　分割請求に関する規定は「第２０８条及ビ第２２９条ニ掲ゲタル共有物ニハ之ヲ適用セズ」（２５７条）。

　３　共有の原因に因る制限

　「組合員ハ清算前ニ組合財産ノ分割ヲ求ムルコトヲ得ズ」（６７６条２項）。

　ハ　分割の方法

　分割とは共有関係を廃止することをいう。しかるにその廃止は分割請求の意思表示のみでは何等の効力を生ずることなく，実際分割の実質成立しこれと相俟って初めて効力を生ずる。ところが分割の方法には色々種類があり，その何れの方法を採るかは各共有者の利害に関係する所が頗る多いから，当事者間の協議をもってこれを定むるを原則とする。しかして「協議調ハザルトキ」は分割請求また何等の効力を生ぜず，したがって分割の目的を達するが為にはこれを裁判所に訴えるの外ない。

　協議の際共有者の択び得る分割方法は大体次の三種である。

　１　現物分割　共有物を各共有者の持分に応じて現物のまま数個の者に分割してこれを各共有者に分配するか，または数個のものが一団として共有となって居る場合ならばその個々の物をそのまま各共有者に分配することを言う。

　この分割方法をとった場合には実質その分割を終わりたるときに至って初めて「分割請求」が効力を発生し共有関係が修了する。

　２　代金分割　共有物を売却してその代金を各共有者の持分に応じて分配するを言う。

　この分配方法をとった場合には，共有物が売却されて第三者に移転した時に共有関係が終わる。

　この場合に買主の支払うべき代金は従来の共有者全部の共有に属せぬ。各共有者は各分割債権として直接買主に対し自己の持分に応ずるだけの代金額を請求し得る【註３】。したがって共有者中の何人かが他の共有者に代わって代金の支払いを受けた場合にも他の共有者はその支払いを受けた人に対して各別に償還請求を為し得るだけで【註４】，もはや共有関係は存続しないのである。

　【註４】　大審３・３・１０民聯録２０輯１４７頁は共有地が収用された場合の収用代金につきこの主旨を認めている。

　【註４】　前註の判例及び大審３８・１０・３１民１録１１輯１４５９頁はこの主旨を認めている。

　３　価格賠償　共有者の一人が他の共有者の持分全部を買取って共有物全部を自己の単独所有権に帰せしむるを言う【註５】。

　【註５】　この場合には他の共有者の持分全部が共有者の一人に移転したるものとして所有権移転登記手続を為すべきである。大審８・１０・２０民２録２５輯１８２８頁。けだし持分はなお一種の所有権に外ならざれば也。

　以上各種の分割方法中何れを採るべきかについて協議成立したるときは，以後各共有者はその協議に基づいて互いに協定された分割方法の実行を請求する権利を取得する。この権利は上記の「分割ヲ請求スル」権利とは違って契約上の請求権に過ぎぬ。したがってこれを行使する訴も給付の訴である。故にこの場合には判決が確定しただけでは直に分割の効力を生ぜず，被告が判決の主旨に基づいて協議の主旨を実行した時に至って初めて効力を生ずる。

　ニ　分割の訴

　「分割ハ共有者ノ協議調ハザルトキハ之ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得」（２５８条１項）

　１　分割の訴の性質

　ここに所謂「請求スル」権利は，共有者相互間における任意分割の「協議調ハザル」ことを原因として，裁判所に対して分割を求むる権利である。したがって第２５６条第１項に所謂「分割ヲ請求スル」権利とは全然別個の権利であって，分割請求権を基礎としてその目的を達せしむるため共有物分割なる法律状態を形成せしむることを裁判所に訴求する公権である。換言すれば，直接に共有物分割の効果を発生せしむべき判決を求むる形成の訴（若しくは権利の変更の訴）である【註７】。したがって分割事件はその性質なお訴訟事件の一種にして非訟事件ではない。

　【註７】　大審３・３・10民聯録２０輯１４７貢が「本条ニ依ル訴ハ共有物分割ノ実施方法ニ付キ共有者間ノ権利関係ヲ定ムル創設的判決ヲ求ムルモノナレバその判決前ニ於テハ共有物ハ未ダ分割セラレザルヲ以テ共有者間ニ於テ分割物ノ給付ヲ請求スルノ権利未ダ発生セズ」といっているのは，分割の訴の性質に関し略同様の考えを基礎としているものと認め得る。

　分割の訴の法律的性質上述の如くなるが故にその提起については特に次の諸点に注意することよ要する。（１）訴の原因　原告が実体権として分割請求を有すること及び分割に関し共有者間に協議調はざりしことが分割の訴の原因である。（２）訴の申立　原告は共有物の分割を言い渡す判決あらむことを申立つるをもって足り必ずしも分割の方法等に関する申立を成すを要せざるのみならず，縦令これを為すも裁判所は必ずしもこれに拘束されない【註８】。

　【註８】　したがって現物分割を求むると同時に条件的も申立としてもし不能なるときは「競売ニ付シ其売得金ヲ以テ分割ヲ命ゼラレルコトヲ併セテ請求」しても差支ない。大審３７・１２・２民２録１０輯１５４０頁。

　２　分割判決

　裁判所訴の理由ありと認めたるときは分割判決を為す。しかして分割の効果を発生せしむるためには必ず先ず分割の方法を定めねばならぬから，分割判決はその方法を確定し，これを示して分割を言渡すべきである。

この場合裁判所は次の制限あるの外全然その自由裁量をもって分割方法を定め得る。

　ａ　原則として「現物ヲ以テ分割ヲ為スコト」を要する。この場合に，分割の方法を如何にすべきか，分割された何れの部分を共有者に配属すべきか等は各場合における当事者の事情に鑑み公平なる判断によって決せられるべきである。各共当事者の希望は素よりこれを参酌すべきだが，必ずしもこれに拘束される必要はない。

　ｂ　「現物ヲ以テ分割ヲ為スコト能ハザルトキマタハ分割ニ因リテ著シク其価格ヲ損スル虞アリタルトキハ裁判所ハ其競売ヲ命」じて，競売代金を各共有者に分配すべきである（２５８条２項）。なおこの競売は競売法によってこれを行う。

　３　分割判決の効果

　分割判決は形成判決である。単に被告に対して分割に共力すべきことを命ずる給付判決ではない。（１）故に判決確定するときはその定むる所にしたがって当然に分割の効果を生ずるを原則とする。故に例えば共有地を一定の方法に従って分割すべきことを命ずる判決確定したるときは，各共有者は独力にて自己に割り当てられた部分を独占すべき手続きを執ることが出来る。もし他の共有者これを妨げるにおいては所有物返還請求権をもって妨害の停止を請求し得る。（２）以上が原則である。これに反し判決の主旨がその命ずる分割方法を実現するがため更に一定の手続――例えば競売――を要求している場合にはその完了――例えば競売に因り共有地が買主に移転されたとき――を俟って初めて分割の効果を生ずる。この場合においても代金の配当を求むる権利はもはや共有者全部の共有にあらずして，各共有者別々にこれを有する。

　ホ　分割に参加する人々

　共有物の分割は共有者各自の利益に直接関係するが故に，協議上の分割におけると裁判上の分割におけるとを問わず常に共有者全員の参加を必要とする。一部の者のみをもってこれをなすことを得ぬ【註９】。

　【註９】　大審４１・９２５民２録１４輯９３１貢。なお大審４１・６・８民２録１４輯６９１貢は「土地ノ共有者数人アリテ其一部ハ分割ノ手続ヲ為スコトヲ承諾シ他ノ一部ノミ之ヲ諾セザル場合ニハ分割ノ請求者ハ先ヅ後者ノミヲ被告トシテ勝訴ノ判決ヲ受ケ然ル後前者ヲシテ後者ト共ニ分割手続ヲ為サシムルコトヲ得」と言って居るけれども，「２５８条ニ依ル訴ハ」大審３・３・１０民聯録２０輯１４７貢にも言えるが如く「共有物分割ノ実施方法ニ付キ共有者間ノ権利関係ヲ定ムル創設的判決ヲ求ムル」ことを目的とし従って判決の結果は当然共有者関係の分割を来すもので，単に分割に共力すべきことを明ずるものではない。したがって当該の訴訟には共有者全部が必要的に当事者たることを要するものと解せねばならぬ。

　共有者以外においても「共有物ニ付キ権利――例えば抵当権・質権・賃借権・地上権等――ヲ有スル者及ビ各共有者ノ債権者ハ――分割につき重大の利害関係を有するから――自己ノ費用ヲ以テ分割ニ参加スルコトヲ得」（２６０条１項），必要ありと認めるときは参加して分割に関する自己の意見を述べかつその実行を監督することが出来る。これ等の者に対して必ずしも特に通知して参加を促す必要はない。しかし「参加ノ請求アリタルトキ拘ハラズ其参加ヲ俟タズシテ分割ヲ為シタルトキハ其分割ハ其分割ハ之ヲ以テ参加ヲ請求シタル者ニ対抗スルコトヲ得ズ」（２６０条２項）。

　へ　分割の効果

　分割は協議上為されたると裁判上為されたるとを問はず凡て左記の効果を生ずる。

　１　各共有者は分割の時より以後，その受けたる部分に付き単独所有権を取得す。（１）分割は凡て移転的効果を有し，各共有者は互いにその持分の一部を交換しこれによって各自の受けた者の部分につき完全なる所有権を取得する。したがって「各共有者ハ他ノ共有者ガ分割ニ因リテ得タル物ニ付キ売主ト同ジク其持分応ジテ担保ノ責ニ任ズ」（２６２条）べきである。（２）分割の効果は分割の時より将来に向かってのみ生ずるもので共有の初めに遡及しない。ただし遺産分割の効果のみは例外として相続開始の時まで遡及する（１０１２条）。

２　各共有者が自己の持分に付き共有物上に設定した担保物権は分割のため如何なる影響を受けるか。次の如く，場合を分って答を異にすべきものと思う。

ａ　共有物が「現物ヲ以テ分割」された場合　この場合には担保物権は以後これを設定したる共有者が分割の結果配当を受けた物の部分を目的として存続する。何となれば分割の結果元来の目的物はもはや存在せざるに至り，しかして各共有者の配当を受ける部分はその価格において正に従来の持分に相当すべきもので，権利をしてこの上に集中せしむることは，元来――物それ自身を目的とすと言はむよりむしろ――物の金銭的価格を目的とするものと認むべき担保物権の性質にも適合するものと言はねばならぬから。

　ｂ　共有物が「現物ヲ以テ分割」せらるることなく，上記の代金分割価格賠償の方法で分割された場合　この場合には元来の担保物はそのまま存続するのだから担保物権も従来の通りそのまま共有物の全部――その所有権が何人の手に帰したるかを問うことなく――について存続する。無論それこれを行い得る範囲は当該持分の割合に応せねばならぬけれども。ただしこの場合には右の如く従来の共有物そのものについて直接権利を行い得るの外，物上代位の法理（３０４条，３５０条，２７２条）により各共有者が分割のために配当を受くべき金銭「ニ対シテモ」権利を行使し得るものと解すべきである。

　３　証書保存義務

　共有物に関する証書は各共有者が分割の結果配当を受けた権利を確保主張するについて必要な証明の具である。故に民法は「分割ガ結了シタル」後においても何人かをしてこれが保存の責に任ぜしめる。

　その保存義務者は次の標準で定まる。（１）分割された各部分につき，各独立の証書存在するときは，各その部分の配当を受けた者が当該部分に関する証書を保存せねばならぬ（２６２条１項）。（１）分割された各部分につき，共通の証書存在するときは，（イ）「其物ノ最大部分ヲ受ケタル物之ヲ保存スルコトヲ要ス」（ロ）「最大部分ヲ受ケタル者ナキトキハ分割者ノ協議ヲ証書以テ証書ノ保存ヲ定ム若シ協議調ハザルトキハ裁判所之ヲ指定ス」（同３項）。この指定に関する手続については非訟事件手続法第８０条参照。

　なお証書の保存は共有者全部の共同利益のためにこれを為すものなれば，「証書ノ保存者ハ他ノ分割ノ請求ニ応シテ証書ヲ使用セシムルコトヲ要ス」（同４項）。