底本：末弘嚴太郎『民法雑考』（日本評論社，1940〔7版〕（初版1932））
法解釈における理論と政策
１
法律解釈の理論は裁判官その他法律的判断者の良心の問題である。裁判官その他法律的判断者はすべて自己の法律的判断が法律によって与えられたと言う信念を持ちたい。単に第三者に対して法律によったと言う形式を作り示すのみならず，自ら法律によったと言う信念をもちたい。しかして法律解釈の理論はすべてその信念に理論的根拠を与えることを目的として存在するものである。これゆえに，すべての法律的判断者はそれぞれ自己の解釈理論を有する，否有せねばならない。なぜならば，しからざる限り，彼は到底満足せられたる良心をもって法律的判断を与えることが出来ないからである。
法律的判断者が自己の判断が法律によって与えられたと言う信念をもち得るためには，次の方法のいずれか一つを採る必要がある。
第一 法律秩序の完全性 Geschlossenheit der Rechtsordnung を仮説すること けだし法律秩序が全体として完全無欠であって，起り得べき一切の問題に対して必ず裁判基準を与え得るように用意されているものだとすれば，判断者は常に必ず法律によって判断を与え得るからである。
第二 法律的判断の基準なきときはその判断を拒絶すること けだし，たとい法律秩序に欠陥あることを認めるも，その欠陥ありしたがって判断基準が存在しない場合には，法律的判断を不能だとして拒絶しさえすればよいからである。
第三 「法律による判断」とは，必ずしも判断の基準とすべき規範が先在することを前提とし，これを基準として判断することを意味せずして，規範が欠けている場合には判断者自ら規範を創造し，これによって判断すべきことを意味するものと考えること。
以上三の方法は互に極めて密接な関係をもっている。もしも第一の方法によって法律秩序の完全性が仮説されるとすれば，第二第三の方法を要せずして吾々は安んじて常に法律的判断を与え得る。またもしも第二の方法を採ることが可能だとすれば，法律規範の存在しない場合には常に判断を拒絶し得るから，自ら吾々の与え得る判断は常に法律によったものとなる。したがって第一もしくは第三の方法は勿論不必要である。なおまた第三の方法を採りさえすれば，吾々は法律規範が存在せずとも法律的判断をなし得るのであるから，第一第二に方法を採る必要は全然発生しないのである。
私は以下これら諸方法の中いずれを択ぶべきであるかを論じたいと思う。
２
「法律秩序の完全性」は現代法学者のすべてがほとんど例外なく伝統的に仮設する所である。いわゆる概念法学者は実定法それ自身の自己充足を信じている。法律的判断者は常に「法律的構成」juristische Ｋonstoruktion によって機械的にその充足している有様を見出し得ること考えている。自由法論者その他概念法学を非難する人々は，陽に「法律秩序の完全性」を否定して，｢法の欠陥｣ Lucken im Recht の存在を認めるけれどもその欠陥は実定法以外の法源すなわち自然法ないし条理法等によって常に完全に充足されていると考えるのを通例とするから，実は陰に「法律秩序の完全性」を仮説するものに外ならない。彼等は概念法学者の主張する意味においての完全性を否定し，法律的構成の万能を否定するけれども，しかもなお法律秩序が全体として自己充足の状態にあることを信ずるのである。これゆえに，概念法学論者が専ら法律的構成を問題にすると同様に，自由法学論者等は専らその注意を法原論に集中するのである。
しからば，彼等はなぜに法秩序の完全性を仮説せんと欲するか。私はこれを次の二種類の原因に帰することが出来る。其一は消極的原因であって，彼等がその解釈理由において，求められた法律判断はすべてこれを拒絶しえずもしくは拒絶し度くないと考えると同時に，法律的判断はすべて先在する法律規範を基準として与えられねばならぬと考えていることがそれである。けだし彼等は一面においてかく考え，かく考えることが法律的判断者にとっての不可避的要請なりと信ずるがゆえに，それとの関係上必然的に法律的秩序の完全性を仮設せざるを得ないのである。
其二は積極的動因であって，私はそれを現代法学者のほとんどすべてを支配している法学的世界観に求めるものである。近世の法学的世界観は中世の基督教的神学的世界観の直系相続人であって，神学的世界観の世俗化されたものがすなわち法学的世界観である。神学的世界観は宇宙一切の事象，したがって人間社会の関係がすべて神によって支配せられ神の法によって規律されていると考えた。しかるに，近代人は自然科学によって神の支配を自然界から放逐することを企てたと同じように，神と専制君主ないし国家とを入れ替えて人間社会から神の支配を放逐せんと企てたのである。しかしてその結果専制君主ないし国家によって支配され規律された人間社会が作り出され，人間社会における社会関係のすべてを専制君主の支配下に置かうとする専制君主理論が生まれ，更に専制君主と国家とを入れ替えて国家が人間社会の諸関係を漏れなく規律すべきであるとする近代的国家哲学が生れたのである。法学的世界観はけだしこの哲学によって理論的に基礎付けされた世俗化されたる神学的世界観に外ならないのである。この世界観によると，かつて神が人間社会を残る隈なく完全に支配したと同じように，国家が人間社会に対して残る隈なき完全な支配を与えねばならない。人間社会は完全に国家によって支配されるのであるから，人間社会の諸関係はすべて国家の法によって規律されねばならない。それならば，国家の法は神の法と同じく常に完全無欠でなければならないのは当然であって法律秩序完全の仮説はけだしこの点にその根拠を有するものである。近代的法学が動ともすれば，あるいは国家的に制定もしくは是認せられたる法のみを唯一の法源とする傾向を示し，またあるいは少くともこの種の法律に法源として優越的地位を賦与する傾向を示したのも，けだし同様の考え方の結果に外ならないのであって，その後の法学者がこれと反対に非国家的法源の価値を高調するに至ったのはまたこれに対する反動的現象に外ならないのである。
しかしながら，社会の法律的秩序の根拠をすべて国家に帰せむとする考えの根本的に誤っていることは既に幾多の学者の論証した所であって，今更蝶々を要すべき事柄ではない。これゆえに，神と国家とを入れ替えるだけの意味における法学的世界観すなわち国家法的世界観の無意味なことは今更批判を加える必要を見ない程明瞭に論証されている。けれども国家的に制定せられもしくは是認されたる法以外の法―――自然法ないし条理―――が国家的にもまた当然に妥当し，それによって国家的法秩序が完全に充足されていると言う考は，それ自身法学的世界観の流れを汲んでいるにもかかわらず，自ら別派に属し，したがってまた別に批判を加えられるべきものである。この種の考え方は自然法ないし条理法が一般的に人間社会を支配していると言うことから直にそれが国家的にもまた当然に妥当すると言う結論を導き出す。そうして国家の裁判所は国家によって制定もしくは是認された法と併んで――あるいはこれと等価的にあるいはこれを補充するものとしてまたあるいはこれに優越するものとして――自然法ないし条理法をその裁判の基準とすべきことを主張するのである。しかしながら，かくの如きは畢竟裁判は条理を無視してなさるべきではないと言う命題以外の何物をも意味しない。それは完全に真理であると同時に，「条理」に従う裁判が当然に「法律による裁判」であると言うことは少しもこれを論証していないのである。｢法律による裁判｣の仮説は近代的法治国思想の要求にその基礎を置いているのであるからその仮説の政策的意味を検討することなしに，漠然と唯条理もまた法源であること独断し，したがって条理による裁判はすなわち法律による裁判であると主張するが如きは，自ら説明せんがために自ら仮説し，自ら満足せんがためには自ら独断する以外の何物でもない。成程条理は裁判その他法律的判断を支配するのであらう。否最後最高の支配者であるに違ひない。しかしながら，「法律による裁判」の近代的法治国的意義を充分に検討することなく，条理ただちに一の法源となり考え，これによる裁判がただちに国家の制定もしくは是認した法による裁判と同様の政治的意義を有するものと考えるのは極めて非理論的である。それは畢竟自ら法によって裁判したりと信ぜむがために強いて法の存在を仮説する自己欺瞞に外ならないのである。その位ならば吾々は寧ろ「法律による裁判」の意味を再吟味し，その結果に基礎をおいて別に解釈理論を求める方が遥かに理論的である。この意味において私は「法律秩序の完全性｣が解釈理論の基礎的仮説としてなんら重要な論理的価値を有するものでないことを主張するのである。
勿論，｢法律秩序の完全性｣の仮説としての価値は必ずしもすべての種類の法律において同一ではない。けだし裁判不可拒絶の原則および｢法律による裁判｣の原則はすべての種類の法律についても必ずしも同一の意義をもっていないから，それとの関係上法律秩序の完全性を仮設する必要もまた自ら増減するのである。吾々はその最も良き例を刑法および刑事裁判に付いて発見することが出来る。しかしてこの間の消息を理解することは法律秩序完全性の仮説的価値を正しく理解するについてはなはだ大切である。近代的刑法はすべて罪刑法定主義をその基本的原則としている。リストの言う通り刑法は犯罪人のマグナ・カルタであって (Liszt，Lehrbuch desdeutschen Strafrechts，24ste Aufi.,S.18-19，Anm. 13)，法定の犯罪構成要件を充された場合にのみ犯罪は存在する。罰すべき法律なき場合に犯罪は成立しないのである。これゆえに，刑法のマグナ・カルタ的作用を最も極端に強調したチエザーレ・ベッカリアは「刑事裁判官は刑罰法規を解釈するの権限を有たない」と説き，「あらゆる犯罪の判決に際して裁判官は一の十全的三段論法に従って行動しなければならぬ。まず大前提は一般法である。小前提は合法または違法の行動である。しかして帰結は被告の免訴もしくは刑罰でなければならぬ」と主張している。(Beccaaria，Dei delitti e delle pene 風早氏邦訳21頁，23頁)。このさいベッカリアにとっては「法律秩序の完全性」が単なる仮説ないし独断にあらずして現実を意味したことは吾々の最も注意すべき事柄である。無論刑法理論は決して刑法のマグナ・カルタ的作用にのみ留意して建設せられるべきではない。ベッカリア自らさえ「懲罰は犯人が将来再びその同胞に侵害を与えないようにさせ，またその同胞を罪の途から遠ざけることを目的としているに過ぎない」（前掲書80頁）と言って，刑罰の予防的作用に注意を与えている。したがって，第19世紀以後専制君主制の下における専恣的刑事裁判の記憶が時の経過と共に薄らげば薄らぐ程，人々の注意が刑法のマグナ・カルタ的作用を離れてむしろその予防的作用に集中する傾向が現はれたのは当然であって，この傾向はまた自ら刑法の領域に「解釈」を導入したのである。けれども，刑法のマグナ・カルタ的作用は今なお極めて重要性」をもっている。さればこそ欧州諸国最近の刑法改正案が今なおその冒頭に罪刑法定主義を言明しているのである。これゆえに，刑法においては法律秩序の完全性は現実でありもしくは極めて価値を持った仮説である。刑法のマグナ・カルタ的作用を重視する人々にとっては刑罰法規の不存在はすなわち犯罪の不存在を意味し刑事裁判の拒絶を結果するが故に，法律秩序は彼等にとって必然に完全無欠である。刑法の予防的作用を高調する人々は必然に法律の解釈可能性を主張する。しかも自由法論は――民法において説かれるが如く声高く――この領域において主張せらるることなく，会々自由法論的傾向を強くする学者と雖も決して実定の刑罰法規を離れて犯罪の成立を説き得ないのであって，仮に条理を根拠として有罪判決を与え得る刑事裁判官があり得るとしても，必然彼は条理の法源たることを主張し，これによって法律秩序の完全性を仮説すべく強要されるのである。
この事は法律解釈理論の形成上三個の方法が互いに極めて密接なる相関関係に立っていること，したがって「法律秩序の完全性」の意義ならびに価値はその相関関係においてのみ理解せられるべきものなることを明示するものである。これにおいてか吾々は次に裁判不可拒絶の原則を吟味する必要がある。そうしてこの原則の意味を明にすることが自ら「法律秩序の完全性」の理論的価値を明かにすることに役立つのである。
３
法律的判断の基準不存在を理由として判断を拒絶することは，刑事裁判に関しては犯罪の不成立を意味する。しかしてかくすることは政策上ある意味をもっていることは既に上述の通りである。これに反し，法規不存在を理由とする裁判の拒絶は民事に関しては原告の敗訴を意味する。ところが法規の不存在が常に民事原告の敗訴を結果することは，裁判規準たるべき法規によって規律されていない社会関係に関する限り，実力により暴力によって自己に有利な事実状態を作り上げた者が常に勝訴することを意味する。なぜなれば，彼はただその実力によって作り上げた事実状態を守って相手方の訴を待ちさえすればいい，そうすると裁判所は法規不存在を理由として常に必ず訴を却下してくれるからである。ところが，社会関係のすべてを国家的統制の下に置くことを理想とする近代国家と社会関係のすべては法律的に――否国家法的に――規律されねばならぬとする法学的世界観とは，決してかくの如くに暴力がなんらに法律的統制を受くることなしにそのまま社会内に行はれることを黙過しない。国家は縦令法規が存在せずともなお裁判を与うべきことを要求せざるを得ない。これフランス民法第４条が「法の沈黙・不明瞭もしくは不完全を口実として」裁判を拒絶することを禁じている所以であり，「日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルルコトナシ」と規定する帝国憲法第二十四条もまた自らその中に同様の趣旨を包蔵しているのである。
民事に関する限り裁判官は常に裁判を拒絶し得ない。しかも同時に裁判は常に必ず先在する法律規範を基準としてのみ与えられるべきものだとすれば法律秩序の完全性は理論上必然の要請である。何故なれば，法律秩序が常時いかなる問題に対しても裁判基準を与え得るように用意されていない限り，すべての訴に対して裁判を与えることは不可能だからである。ところが法律秩序の完全性は「法律による裁判」の意義をいかに解すかと関連して理論的価値を有する一の仮説たるに過ぎない。またもし民事裁判官が法規の不存在を理由として裁判を拒絶し得るとすれば，かくの如き仮説は全然その必要を見ないのである。そうだとすれば，吾々は一面「法律秩序の完全性」の仮説的価値を決定するがために，同時にまた「法律による裁判」を後述の如き意義に解するの外なきことを明にするがために，裁判不可拒絶の原則に対して価値判断を加える必要がある。
この原則は近代的国家の基本的要請に基礎を置くものである。近代的国家は国家内における一切の関係を国家的に統制し処置することを理想とするが故に，求められたる裁判はすべてこれを与うべきであって，これを拒絶することはその理想に反する。無論国家と雖もそのなす所は常になし得る所の範囲内に限定されねばならないから，必ずしもすべての紛争に対して法律的判断としての裁判を与えることは出来ない。例えば，労使の関係を原則として契約の自由に放任している国家は，労働紛争を調停しもしくはこれに対して仲裁判断を与えることが出来るけれども，法を基準としてこれに裁判を与えるを得ない。これゆえに，国家はこの点において必ずしも万能ではないけれども，いやしくも法律的に規律し得べき関係のすべてに対して法律的規律を与えむとすることは近代国家の根本的な要求であり理想であって，法律的に裁断し得べき事柄に関して裁判を拒絶することは正にその理想に背反する。したがって，近代的国家における裁判を中心として法律解釈の問題を考える限り，裁判不可拒絶の原則は寧ろ不可動的な絶対的意義を有するものと解するを正当とする。しかして「法律秩序の完全性」が仮説として上述の如き意義を有するに過ぎないとすれば，吾々の注意は寧ろ「法律による裁判」の意義いかんの考察に向けられるの外ないのである。
４
以上の考察は我々に法律秩序には欠陥あること，したがって法律的判断者が判断の基準とすべき法律規範を見出し得ない場合に際会することのあり得べきことを教えた。しかも法律的判断者は法律規範の不存在を理由としてその判断を拒み得ない，否その判断を与えることを希望する。しからば，法律的判断とは規準とすべき法律規範の先在を前提とし，これを規準として判断を与えることを意味せずして，別に特殊の意味を有するものと解するの外ない。その意味とは果たして何であるのか？法津的判断とは与えられたる社会関係を規律すべき法律規範を発見し，その規範の適用として与えられたる社会関係に関する問題に対して解答を与えることを意味する。しかしてこの意味における法律的判断は，立法者これを為し，学者もこれを為し，裁判官もまたこれを為すのであってその際行はれる法律的判断はすべての場合において本質的に同一のものである。無論学説ないし裁判にあっては規範創造作用が高次の規範によってき束される度合が大きいから，いかにも立法と別種の作用をなすもののように思はれるけれども，高次の規範によってき束されると言うことは立法においてもまた常に存在するものであって，そのき束の故をもって立法と学説ないし裁判とを区別せむとするのは誤りである。例えば，法津の制定は憲法その他当該社会の基本的法律規範によってき束せられつつ行はれるのであり，勅令その他命令は更に法律その他のより高次なる規範によってき束せられつつ制定されるのであって，高次の規範によるき束は，創造せられ得る再高次の規範が創設せられる場合を除く外，常に必ず行はれるのである。
また立法もまた常に必ず一定の社会関系を想定しそれを規律するものとして行はれるのであって，その点において学説ないし裁判と本質的に区別せられるべき何等の特質を有するものではない。立法は必ずその規準の対象たるべき社会関係の定型を想定するによってのみ行はれ得る。ただ規律の対象たる社会関係が立法にあっては想定せられたる定型的もしくは標準的のものであるに対し，裁判にあっては具体的であり現存的であると云う差異が存在するに過ぎないのであって，この間に何等の本質的差異も存在しない。学説さえも決して単に法文の言語学的解釈 ph-ilologische Interpretationを事としているのではなくして，一定の社会関係を想定することによってのみ行はれ得るのである。その点に関して立法と区別せられるべき何等の本質的差異も存在しないのである。
これ故に，法律解釈のおける解釈者の仕事は，まず第一に法律的判断の対象として与えられた社会関係に関してこれを規律する高次の法律規範が存在するや否やを探求することであり，第二にもしもその規範が存在しないならば自らこれを創造することである。しかして立法によって与えられた法律規範は本質上抽象的な定型的社会関係を規律対象として定立されているに過ぎないから，具体的社会関系を対象とする規範創造としての法律解釈にあっては――多少の差異こそあれ――常にこの第二の仕事が行はれねばならないのである。
法律解釈者が第一の仕事をなすに当っては，まず第一に与えられた法律規範がいかなる社会関係を規準対象として定立されて居るかを検討する必要があり，第二に与えられたる社会関係がいかなる特質を有するかを確定する必要がある。しかして法律規範の想定する関係と与えられたる関係とが一致する場合には，ただちにその規範を規準として判断を与え得るけれども，多くの場合にはその所に不一致が存在する。すなわちある場合には与えられた具体的関係が法定の関係と範疇を同じくするにもかかわらずなおある特殊性を有するが故にそれに相応する程度の特殊的規範の創造が要求される。またある場合には与えられた具体的関係が法定の関係と全く範疇を同じうせざるが故にこれを規律すべき全く新な規範を創造することが要求されるのである。換言すれば，法律解釈者まず第一の仕事は「法の欠陥」を発見することであり，しかしてその目的を達するがため法定の関係の何たるか及び与えられたる具体的関係の何たるかを明かにすることが要求されるのである。
かくして法律秩序の欠陥が発見されたとき，解釈者第二の仕事たる法律規範の創造が要求される。この仕事における基本的部分は与えられたる具体的社会関係の性質を決定することであって，それは第一の仕事において法の欠陥を発見するがために行はれる具体的社会関係の審査と一致するものである。しかしてこの性質決定が行はれた後，法律解釈者は始めてその関係を規律すべき規範創造の仕事に当面するのである。
裁判は常に法律的判断として与えられる。裁判官の仕事は決して与えられたる具体的事件に対して，単に具体的に妥当な解決を与えることのみをもって終わるものではない。裁判は具体的に妥当なることを理想として行はるべきものである。けれども，それは常に法律的判断として与えられることを要するのであって，「法の欠陥」する場合に与えられる裁判もまた常に法律的判断たることを要する。すなわち裁判官は与えられたる具体的社会関係の性質を決定した上，これを規律すべき法律規範を創造し，その一適用として判断を与うべきである。換言すれば，裁判官は与えられたる具体的事件に対して具体的に妥当な裁判を与えさえすれはいいのではなくして，もしも他に全く同一の事件ありと仮定せばそれに対してもまた全然同一の判断を与うべきことを予期しつつ判断を与えることを要するのであって，それが正に法律的判断としての裁判の特色であり，裁判が仲裁と区別せられるべき要点である。しかして瑞西民法第一条が裁判官に対して「自己ガ立法者タラバ法規トシテ定メタルベキ所ニ従イテ裁判スベシ」と命じているのも結局右と同一の意味に解釈せられるべきである。
法律的判断は常に三段論法の推論式によって与へられることを要する。けれども，それは決して具体的事件の裁断規準とするに足るべき法律規範の完全なる状態における先在を予定し，これを大前提として推論せられるべきことを意味するものではない。裁判官自らが創造した法律規範を大前提として推論せられたる帰結もまた法律的判断に外ならないのである。裁判官が裁判を与え得るがためには，常に必ず法律的方法ないし形式Ｆormを必要とする。その形式なしには法律的思惟は絶対的に不可能である。否その形式によって思惟することそれ自身が法律的思惟である。したがって与えられたる実質としての社会関係を法律的に思惟するためには常に必ず形式の創設を必要とする，その形式を創設しつつその関係に対して判断を与えることがすなわち法律的判断である。
学者は動ともすると，以上の議論を目して立法と法律解釈との分別をみだるものだと言い，裁判の創造的作用を認めるをもって立法と司法との区別を破壊するものだと言う。そうしてその形式的根拠を憲法第57条に求めようとする。けれども，この種の非難は一には三権分立主義ないし法治主義の政治的意義を正しく理解せざるがために生ずるのであり，二にはまた立法と法律解釈とを本質的に異別なものなりと独断し，法律解釈が何等の創造的作用を有せざる機械的自動的の作用の過ぎざるものと独断することに胚胎するのである。三権分立主義は司法が行政の専恣によって濫りに侵犯せられることを防止するがために案出された政治形式である。これゆえに一面司法を行政より独立せしむるがために，司法が独立して「法律によって」行はるべきことを定むると同時に，かくして独立せしめられた司法が専恣的に裁判することを恐れて「法律によって」裁判すべきことを命じているに過ぎない。それは無論司法を立法の下に隷属せしめることを企図しているものである。したがって，立法の与えた法律規範を常に高次の法律規範として司法の規範定立をき束する。けれども，そのことから直に司法には絶対に規範創造作用なしとすべき結論は決して導き出されるものではない。立法によって与えられた規範はただその規律対象として想定した定型社会関係にのみ当然に妥当するのであって，すくなくもそれ以外に妥当すべきものではない。したがって具体的社会関係に関する法律的判断としての裁判は――程度の差異こそあれ――常に低次もしくは具体的なる法律規範の創造のよってのみ行はれ得るのであって，この創造的作用を否定することは如何なる立法者と雖もこれをなし得ない。これをなし得べしと考え，現になし得ていると考うるが如きは，民法々典最初の注釈書を手にして「吾が法典失はれたり」Mon Code est perdu! と嘆いたと伝えられるナポレオンと同様な誤った法律思想を有するものと言わねばならぬ。くわえてこの裁判官が高次の法律規範によってき束せられつつ，上述せられたる意味における法律的判断――すなわち「自己ガ立法者タラバ法規トシテ定メタルベキ所ニ従ヒテ」為すべき裁判――をなしさえすれば，その裁判は正に「法律によって」なされた裁判であって，裁判官の専恣を禁ぜむとする法治主義の精神は完全に発揮されるのである。吾々は裁判の創造的作用を認めるによってすくなくとも立法と司法との分別がみだされるものと考えない。否その作用を認めてこそ初めて裁判が理論上可能となり，実際上また具体的妥当の内容をもつことが可能であると考えるものである。
５
しからば次に裁判官の規範創造は如何にして行はれるか。その技術的可能性が説明されない限り，以上の議論はなお未だ実際的価値をもつことが出来ない。
裁判官その他法律解釈者のまず第一に為すべき仕事は，彼に与えられている法律規範が如何なる定型社会関係に妥当するものとして定立されているかを精確に決定することである。それがためには当該規範の想定している定型社会関係の何たるかを精確に決定し，それと相関関係において当該規範の規範内容を精確に決定することを必要とする。
かくして規範内容が確定せられるとき，その規範の妥当範囲は極めて精密に限定される。
しかしてその精密なる限定こそ法律解釈の基礎を為し出発点をなすべきものである。学者は多く裁判は唯先在する法律規範を基準としてのみ与えるものと独断し，したがってまた法律秩序の完全性を独断するが故に，一般に法律の規範内容を成るべく拡大して解釈する傾向を有する。しかしながら一定の規範は一定の社会関係を規律するものとして元来与えられただけの規範内容を有するに過ぎない。この点を考うることなしに規範内容の不精確なる拡大を計ることは法律解釈を不精確ならしめる最大の原因である。これゆえに，法律解釈はまず規範内容の精確なる限定より初まらねばならない。すなわち「法の欠陥」の発見から開始されねばならないのである。例えば，契約に関する法律規範は定型としての契約関係にのみ妥当するのであって，それ以外の関係に妥当すべきものではない。したがって当該規範の想定する定型としての契約関係の何たるかを精確に決定して，これに妥当する限りにおいてのみ規範の内容を理解することは，当該規範の適用を科学的に精確ならしむべき出発点であると言はねばらない。
かくして与えられたる社会関係に関して「法律の欠陥」が発見されたとき，裁判官第二の仕事としての欠陥の充填すなわち規範創造の仕事が初まるのである。しかしてこの仕事は更に与えられたる具体的社会関係の何たるかを精査決定すること及びその関係に妥当すべき法律関係を創造することの二段階に分れたる。まず第一に裁判官は与えられたる具体的社会関係の内容を精密に審査してその特質を明かにせねばならぬ。その特質を明かにすると云うのは具体的社会関係を，定型化して認識することである。裁判官が法律的判断としての裁判を与え得るがためには，もしも他にこれと同種の事件が起ったならばそれにもまた適用せられるべしとする意識の下に規範を創造することを必要とする。しかして「他にこれと同種の事件が起る」ことを考えることは，現に与えられている事件における社会関係を定型化して認識するによってのみ可能である。しからざる限り「同種の事件」なるものを考えることは理論上絶対に不可能だからである。しかしてこの仕事は，一面において与えられている法律規範が当然の具体的関係に妥当せざることを明にすることに役立ち，多面においては与えられたる具体的関係の特質に相当した規範を創造することの基礎にして役立つのである。但しこの際注意すべきことは右具体的関係の定型的認識は極力具体的になされねばならぬこと及び既存の法律形式に捉はれてなされてはならぬことである。立法において想定する社会関係は最も抽象的ないし包容的なることを要するに反し，裁判において認定する社会関係は最も具体的ないし如実的なることを要する。また法律家は動ともすると自己の有するだけの法律形式を利用して事実を認識せむとする傾向を有するけれども，既に妥当すべき法律規範なき関係であることが確定され，しかしてこれを規律すべき規範を定立することが志されている以上，既存の法律形式のみを利用して定型的に事実を認定せんとするのは絶対に誤って居る。
次にかくして規律せられるべき社会関係が確定された後において，左記の方法による規範内容の決定が行はれる。
（一）当該の社会関係に関してこれを規律する社会的法律規範の存在するや否やを審査し，その存在する場合においては，これに法律的判断者の立場から批判を加えた上，その価値ありとするものをとって判断の基準とすること， ならびに所謂社会的法律規範とは国家が直接制定しもしくはその授権によって間接に制定した以外の法律規範であって，慣習法はその最も顕著な実例である。しかしそれ以外においても労働協約・就業規則等によって制定された団体規約の如きまたすべてこれに属する。しかして慣習法を如何なる標準によって裁判の基準に加え得るかに付いては，現行法上法例第二条，商法第一条等に特別の規定が存在するけれども，同様の標準は事物の性質上裁判所が慣習法以外の社会的法律規範を裁判規準中に加える場合に付いてもまた同様に認められねばならぬ。けだし社会上一定の法律規範によって規律されている関係は，国家においてもまた国家的見地から見て差支ない限り，その規範によって規律するを適当とするからであり，また国家が社会的規範を国家的に利用する以上その規範が慣習法なると否とに関係なくすべて一様の標準によってこれを利用するを適当とするからである。これゆえに，「公の秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セザル慣習ハ法令ノ規定ニ依リテ認メタルモノ及ビ法令ニ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効力ヲ有ス」とする法例第二条の規定は，慣習法以外の社会的規範についてもすべてそのまま当てはまるものと考えるのを適当とする。
（二）特に社会的法律規範によって規律せられることなき社会関係に付いては，裁判官その他法判断者においてその関係の特質を考究した上これに適応する法律規範を創造すること 定型的に認識せられたる社会関係に対してはすべてこれを規律すべき法律規範を創定することが可能である。立法者が一定の定型社会関係を想定してこれを規律すべき法律規範を創造し得ると同様，裁判官その他法律的判断者もまた与えられたる具体的社会関係を定型的に認識してこれを規律すべき法律規範を創造することが出来る。しかしてその内容は具体的社会関係の特質如何によって自ら決定せられるべきであって，裁判官その他法律的判断者は高次の法律的規範によってき束せられる以外原則として立法者と同様の決定自由を有する。但しこの事に付いては特に次の諸点に注意を要する。
まず第一に，規範内容の決定は定型的に認識せられたる社会関係を規律すべき法律規範を内容的に決定することであるから，常に一の法律形式の創造である。「実質」としての社会関係を規律すべき法律的「形式」を作る事である。したがってその「形式」は常に実質に適応するものとして創造されねばならないこと勿論であるけれども，その事物当然の制限を受くる以外裁判官のその際行う規範創造作用は絶対的に自由である。ジンツハイマーはその著Ein Arbeitsta-rifgesetz, 1916 において立法理論を説いているが，その立法に関して説いている所は正に裁判に付てもそのまま当てはまるのである。彼は説いて曰う。「立法学はまず第一に社会的目的とその法律的手段との間に矛盾なきや否やを確定せねばならぬ」。しかして「かくの如き矛盾が存在する場合には，社会的目的をその法律的諸条件と合致せしむべき法律的形式 rechtliche Formenを創造すべき第二の仕事が成り立つ。この形式を創造するに付いて，立法学は法学原理 jurist-ische Prinzip-ien にき束さられるべきではない。立法学は自由でありかつ創造的である。無論それに対して妥当する認識形式 Erkenntnisform およびそれが奉仕すべき目的観念によってき束されるけれども」（S.10）。この所説はすべてそのまま法律解釈としての法律規範創造にも当てはまる。裁判官が彼の前に展開された訴訟に現はれている社会的目的ないし努力を是認するや否やは――ジンツハイマーが他の箇所（S.７）においいて説いている通り――社会哲学 Sozialphiloso-phie の問題であって法学の問題ではないけれども，愈愈これを是認するに決まった上でその社会的目的ないし努力に対して法律的手段ないし形式を与えることは正に法学的の仕事である。しかして裁判官はその仕事を遂行するに付いて「自由でありかつ創造的」であらねばならない。ところが実際上立法者ですら動ともすると所謂「法学原理」に捉はれて自由の創造を拒み勝ちである。だから「ドイツにおける最近十年間の社会立法の発達を観察する人々は法律学が如何にその発達に貢献するところ少きかを見て驚くであろう」（Sinzheimer,a. a.O.S.3）と言うような非難は一般的に立法者の受くるに値すべき非難である。いわんや裁判官その他法律解釈者がこの種の非難に値すべき行動をとることは実際上極めて起り易い現象であって，しかも彼等の最も慎まねばならない所である。法律解釈者は飽くまでも「自由でありかつ創造的」であらねばならぬ。なんとなれば，法律解釈の必要あるところ，解釈者は常に必ず彼の面前に法律規範の想定する定型社会関係に該当しない特殊の社会関係とこれに関連する社会的目的ないし努力との提出されていることを発見せねばならないからである。
かくの如く法律解釈者は「自由であり且創造的」であらねばならない。しかし同時に注意せねばならないのは，彼等の規範創造が常に必ずより高次の法律規範によってき束せられるべきこと及び他の法律規範との均整を顧慮しつつ行はれねばならぬことである。
実を言うと，この事は必ずしも法律解釈に付いてのみ言はるべき事柄ではない。立法もまた常により高次の法律規範によってき束されるし，また常に他の法律規範との均整に顧慮して行はれねばならない。けれども，法律解釈においてはこの要求が立法の場合に比して遥かに強力である。解釈者はより高次の法律的規範の存在する場合必ずこれに服従するの義務あるは勿論，常に他の一般法律規範との均整を顧慮しつつ解釈を与える必要があるのであって，解釈者はその範囲においてのみ「自由でありかつ創造的」である。しかして他の一般法律規範との均整に顧慮しつつ法律規範を創造すべしとする要求は必然に次の三の命題に理論的基礎を与える。
まず第一に，一定の社会関係に関して一定の法律規範が成立している場合には，それと類を同じくする社会関係に関する裁判をなす場合には，内容上類を同じくする法律規範を創造して裁判せねばならない。蓋し法律ないし裁判の規範的要請たる「公平」の要素は同一範疇に属する社会関係が同様に規律せられるべきことを要求するものと考えるのを正当とするからである。しかして類推 Analogie が古来法律解釈上最も有力な方法として利用されているのはけだしこれがためである。しかしこの際特に注意を要することは，類推は決して従来多く唱へられるが如き偏狭なる解釈理論の意味においての法律解釈ではなくして，なお一の法律規範創造であることである。しかして，同様のことが独り法律解釈においてのみならず，立法においても盛に行はれつつありまた行はるべきことは同時に注意を要する事柄である。
第二に，互に相類する二個以上の社会関係をそれぞれ規律する二個以上の互いに相類する法律規範から帰納して抽象的な高次の理論ないし概念を構成し，その適用によって類を同じくする他の社会関係に規律を与えることは可能でありまた必要である。けだしこれによって法律解釈者は同じく上記均整の要求を満足せしめることが出来るからである。この意味において理論ないし概念構成は法律解釈上極めて有用な方法であるけれども，その働きは勿論類同じくするものから帰納されたものを類を同じうするものに適用する範囲にのみ限定せられるべきであって，かつて概念法学者の行いたるが如き盲目的な理論ないし概念構成は絶対的に排斥せられるべきである。
なお第三に，判例の法源的価値も右と同様の理由によって論証されるべきである。裁判は常に判例に準拠してなされねばならぬ。判例は，動ともすれば誤解され易いように，決して法文の言語学的解釈をなすものでなくして，常に必ず与えられたる具体的社会関係に妥当するものとして創造された法律規範の適用それ自身である。これゆえに判例によって取扱はれた具体的社会関係と範疇を同じくする具体的社会関係に対して，かつて前者を規律するものとして創造された法律規範をそのまま適用することが可能であるのみならずまた合理的である。けだしかくすることが法律の基本的要請たる公平の要求を充たし，上記均整の要求に適合する所以だからである。無論裁判は具体的事件に対して与えられた具体的判断に外ならないから，その判断の基準として創造された法律規範もまた極めて具体的ないし個別的性質をもっている。これゆえに，その規準は精確に類を同じうする第二の具体的関係に対してのみ類推適用せられるべきであって，判例より濫りに抽象的原則を帰納することは大いに慎むべき事柄である。
６
かくの如くにして，吾々は「法の欠陥」を充填するため法律的判断の基準たるべき法律規範を創造することの技術的に可能なことを知り得た。しかしてまたかくして創造された法律規範を規準とする裁判が「法律による裁判」に外ならないことを知ることが出来た。それならば，吾々は今や敢て「法律秩序の完全性」を仮説することなしに，いやしくも裁判を求められた一切の場合において法律的判断としての裁判を与えることが出来る。しかして裁判その他法律判断がすべてかくの如くにして可能であると考えることは，「法律秩序の完全性」を仮説する従来一般の解釈理論に比して，より合理的でありより科学的である。「法律秩序の完全性」は吾々の実証的精神にとって余りにも形而上的である。
（春木先生還暦祝賀論文集所載）
私法関係の当事者としての家団
１
民法は外国多数の立法例と異って「家」なる制度を認め，これをして特殊の法律的作用を営ましめて居る。
民法の予定した「家」は戸主権によって統轄せられたる血族団体である。けれども，家族統轄のため戸主に与えられた権利義務の内容は極めて貧弱であって，到底これを明治以降における家長の権利と比較し得べくもない。くわえてこの社会経済の変遷と個人的自由思想の勃興とは独り従来の強力なる大家族的家族制度の存続を許さざるのみならず，民法の認めた「家」と戸主権とに対してすら充分その職能を発揮することを許さない。現に民法施行後幾何もなくして判例がしばしば権利濫用法理の応用によって戸主権の行使に制限を附せむとする態度を示せるが如き明にその現実を物語るものと言はねばならない（註１）。無論「家」は現行法上同時に戸籍編成の単位として利用されているから，その実質的作用の不完全なるにも拘らず形式上は今なお厳として存在を続けて居る。しかしてその結果民法上の「家」は多数の場合において実際上の家族生活と合致せず，現在吾々の社会生活は多数の家団生活に分たれ，家団を中心として一般生活が営まれているにも拘らず，その実際的家団と「家」とは，事実上多く合致しない有様である。
（註１）戸主の居住指定権に関する大審明治34・6・20・民録6巻47頁，同34・11・21民録10巻80頁等。
現在吾々の社会には――法律上の「家」とは無関係に――夫婦親子等親近相集まって家団を構成しその所に相寄り相助けて家団生活を営むの事実がある。くわえてこの家団は取引関係の単位とし社会と各種の関係を形成する。今なお生産団体の作用を営みつつある農家，中小商工業者の家団は勿論，主として消費団体たるに止まる一般家団もすべて家団として一般社会と取引して居る。しかるに，民法は一面において「家」の制度を認めているにも拘らず，フランス民法その他第19世紀の諸立法及び法律学と同じく，すべての法律関係を個人法的関係に還元して考察規律するの態度をとり，夫婦関係を規定し，親子関係したがって後見の関係を規律するにも拘らず，すべては夫対妻，親対子，後見人対被後見人の対個人関係として観察せられ規律されているのみであって，その所に一種の共同社会的団体生活の成立して居る現実を無視して居 (註２)。勿論それは妻を夫権より解放し子を親権より解放して彼等の自由と独立とを保証することにのみ専念した個人的自由主義立法一般に通ずる傾向であって，かつて厳格なる家長権の下にはなはだしく身体的及び財産的自由を制限されていた妻ならびに家子に対してその個人的自由と独立とを保障し与えむとした大理想の現はれとして正に当然の立法であり，しかしてその理想の達成に努力することは今日なお大に意義をもっているけれども，家団が家団として現実に存在し実際上行動している以上全然その実現を無視して一般第三者との関係を観察せむとするが如きは独り理論上背理であるのみならず，家団と取引する一般第三者にとって極めて迷惑である。一般第三者は現に家団と取引するの意思をもって家団と取引その他接触している。しかるに法律はその所に何等の団体的存在を認めず，例えば夫婦を中心とする家団の家事に関する代表者――妻――の行為を規律するに付いても，「日常ノ家事ニ付テハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス」（第804条１項）と言うが如き形式によって，妻が「日常ノ家事」に付いてなした行動に対しては夫その責に任ずべき旨を明にしているだけであって，妻が家事に関して家団を代表するものなることを明瞭にしていない。けれども，実を言うと「日常ノ家事」は夫の事務ではない，家団の事務である，妻がこれを執行するのは家団のためにするのであって夫個人のためにするのではない，妻のこれを執行する責任も家団に対する責任であって，夫に対する個人的責務ではない。これゆえに，吾民法の解釈としても考えの根本を飽くまでもこの現実に置かなければ，第８０４条第１項の規定すら適切にこれを解釈適用することが出来ない。いわんや夫婦を中心とせざる家団――例えば妻の死後長女が母に代わりて家事を処理せる家団，内縁の夫婦関係を中心とする家団等――の取引上の関係の如き全くこれを適当に説明し得ない。かくの如き場合においても家団は明に存在する，しかしてその家団は性質上ごうも夫婦を中心とする家団と区別せられるべきものではない。しからば吾々はこれら家団のすべてに妥当し得べき――より高い――法律的原理を見出す必要がある。そうして上記第804条第１項の規定の如きもその原理の一適用に過ぎざるものとして解釈する必要がある。しからずして徒に同規定の文字と法典中の位置とのみに捉はれ，単にこれを夫婦の個人的関係したがって彼等個人の第三者に対する個人的関係を規律するに過ぎずと解し，その他の――夫婦を中心とせざる――家団に関しては法律上全く何等の規定なきが故に委任代理の如き個人法的法理の適用のみによってその問題を解釈せんとするが如きは，全く自己の偏狭なる法律理論に捉われて現実を無視するものと言はねばならない。
その結果実際上極めて不適当なる法律的結論に陥るべきはけだし当然である。
(註２)現在諸国の立法中国家を認める立場から規定を設けている唯一の立法例はスイスの民法である。同法は夫婦を中心とする――子供まで含んだ――家団を名付けて ehel-iche Gemeinschaft と言いこれを団体と認むる考を基礎として諸種の規定を設けて居るのみならず(第159条以下)，別に Familiengemeinschaft が現実存在する事実を認めこれを基礎として家長 Familienhaupt の家長権Hausgewalt を認め家長の家員に対する責任を規定しその他家団財産等に関して特殊の規定を置いて居る(第328条以下)。専ら個人的自由思想にのみ立脚して規定された第19世紀の諸立法の比して著しい特色を示した立法と言うことが出来る。
元来裁判所が民事の争を裁断するに付いて最も注意すべき事柄は係争事実の内容を事実に即して如実に認識することである。殊に直接法律に規定なき事柄を裁断するに際しては専らまず事実それ自身を直観せねばならない。事実そのものを正しく捉えねばならない。そうしてそれを如何に解決することが現行法の精神に照して最も合法的でありまた事件の具体的解決として最も妥当であるかを考えねばならない。しかるに，従来多数の学者は専ら既存の法規と法律理論とにのみ捉はれて事実の如実なる観察を怠る。くわえてこれ在り合わせの法規と法律理論との忠実なるの余り事実を無理に押し曲げてこれを法律の内に押し込もうとする。例えば，入会の現実は総有関係であって共有関係ではない。しかるに，民法自らも「共有ノ性質ヲ有スル入会権ニ付テハ各地方ノ慣習ニ従フ外本節ノ規定ヲ適用ス」(第263条)と規定して，強ひてこれを共有関係なるが如くに規定し，学者もまた一般にこれを共有閑系なりと認め，これを基礎として諸種の問題を考えるがため実際上極めて不当な結論に陥りつつある。また例えば，労働組合・倶楽部・校友会・政党の如きは社団であって組合ではない，団体であって契約関係ではない，その創設行為は合同行為であって契約ではない。しかるに，民法が唯社団法人を規定するのみであって社団を規定せず，したがって人格なき社団に付いて何等の規定を置いていない関係上，学者は一般に社団と組合との区別を認めず，人格なき社団にはすべて当然に組合の規定を適用すべきものと考えて居る(註３)(註４)。しかしかくの如くにして事実に即した適切な法律的解決を与え得ないのは当然である。なぜなれば，彼等は一定の事実に適用せられるべく予定された規定を何等の合理的根拠なくして浸りに全く事情を異にする他の事情に適用せんとしているからである。
(註三) 人格なき社団としての労働組合の法律的性質したがってその法律関係に関しては私の労働法研究一１１６頁以下参照。なお Gierke の Verein ohne Rechtsfahigkeit nach dem
Rechte, 1902については石田文次郎氏の近著「ギールケの団体法論」166頁以下に詳細かつ忠実な紹介的記述がある。
(註四) ギールケはドイツ民法第五514条(｢権利能力なき社団には組合に関する規定を適用す云々｣) に関してその規定の不合理なことを指摘して｢･･･権利能力なき社団から生ずる総ての法律関係を最初からそれとは関係のないそれとは符合しない観念に無理に推し付けねばならなくなる｣と言い，｢したがって組合の規定を権利能力なき社団に適用するに当っても，この社団の真実な団体的本質と最もよく一致するような結果を引き出さねばならぬ｣と主張している，なおギールケも言っている通り，ドイツ民法の組合に関する規定は吾民法のそれに比すると余程団体法的に出来ているからこれを社団に適用しても実際上はなはだしい不都合を生じないけれども，吾民法上に組合法の如くはなはだローマ法的契約法的色彩の強い法規を――従来多数学者の主張する通り――そのまま全然性質を異にする社団に適用せむとするときは実際上堪え難い不都合が起こる(石田氏前掲175頁176頁参照)。
次に，現在吾国の民法及び民法学は余りに個人法的であり，余りに団体法的法理を欠いて居る。成程団体に関する規定として社団法人を規定して居る。けれども，その規定する所ははなはだ個人法的である。機関関係の説明にすら代理の規定を援用せざるを得ない有様であって，社団そのものの団体法的機構を明かにしていない。またすべてを個人法的に考えているから，個人の意思Kurwilleに基づいて人為的に合成された集合我的若しくは利益社会的団体Gesellschaftはよくこれを理解しこれを法律的に説明し得るけれども，人々の本質意思Wesenwilleに基づいて自然に成り立って居る普遍我的若しくは共同社会的団体Gemeinschaftは充分にこれを理解し法律的に補足し得ない有様である。
例えば入会関係を理解し得るがためには，入会権の主体たる入会団体の普遍我的性質を理解する必要がある。これを理解せずして入会関係を説かんとすることも到底その真相を捉え得ない。しかるに，現在多数の学者は市町村製による自治団体の外令なお入会団体が現実に存在しているという事実を認めようとしない（註５）。同様に，家団が自ら一定の統制と―講義の―家憲とを有しつつ現実に存在することと疑なきにかかわらず，それが人々の本質意志に基づく統制であって，特殊の設立行為によって人為的に設立されたものでないために，学者は一般にその存在をすら認め得ない。いわんやその法律的性質を考えその諸関係を法律的に理解し捕捉しようと試みない。成程，それは存在する，しかし社会上の事実的に存在に過ぎずして法律的にはまったく無意味なものであるとするのが，従来一般の考であるように思われる。
（註５） 吾国現在の有様を見ると，入会団体もまたに利益社会的に変化せんとする傾向を示している。しかし，それがまったく利益社会化するときは同時に入会関係の没落するときである。入会関係は現在漸次に契約化し個人法化せんとする傾向を示しているけれども，大体はなお共同社会的ないし總有的関係である。これに反し同じく入会的性質を持っていた漁業の法律関係は漁業法の制定によって入会団体が個人法的法人したがって利益社会団体に軟化すると同時に個人法的権利に変化し，かくして今や漸次に資本主義的経済の大波の中に巻き込まれつつある。
けれども，家団は存在する。そうして現実に行動して居る。それは家団員個々の具体的目的を達成せんがために假りに構成された集合我ではなくして，夫婦も親子も―したがって生まれたばかりの赤子もまたある程度においては僕婢も―すべてその所に彼等の個我を没入せしめ個々の利益を超越して本質意思的団体生活を営んでいる普遍我であり共同社会的団体である。無論その内部的構成は個々の「家団」によって種種雑多であるから，その内部的組織法を国家的に規律することはきわめて困難である。けれども，その内部的組織の如何に関係なく，家団が一個の社会単位として社会に存在し行動し，したがって他の団体その他個人と各種の関係を形成しつつある事実は何人も否定得ざる明瞭な事柄である。しかるに，従来学者は一般にこの明瞭なる事実を無視し，まさに家団を眼中に奥によってのみ適当に考慮せられるべき事実を全然個人法的にのみ説明せんとしている。その結果到底現実に即した妥当の解決を与え得ないのはけだし当然なりと言わねばならない。
私は以下家団の存在と行動を認めつつ，その立場から従来もっぱら個人的法理によってのみ説明されてきた諸問題を考えてみたい。しかも立法論としてではなく，解釈論として現在この種の問題を解決するに付いて如何に考えることが最も法律上合理的でありかつ具体的に妥当であるかを説きたいのである。
２
まず第一に吾々は家団の法律行為を考えねばならない。
家団は経済上自ら当事事者となって取引を行う。例えば，家団は食料品その他各種の日用品を商人より買い受ける，また他人から金を借りる。無論それ等の取引は実際上家団の代表機関たる自然人によって行われるけれども，それは家団のためになされる家団そのものの行為であって，家団員が自己の行為としてなす行為とは全然区別せられるべきものである。ところが現行法は家団の組織その他内部の機関関係等に関して直接何等規定する所なきが故に，何人の如何なる行為が家団の行為であり，また如何なる行為が家団員個人の行為であるかはすべて各個の家団について具体的にこれを判定するの外ない。また現行法は家団を法人と認めていないから，家団員の一定の行為が家団自らの行為と認められるべき場合においても，家団そのものを法律上の責任者とするを得ない，法律上形式的には結局家団員中何人かが法律上の責任者とならねばならない。しかるに現行法はこの点についても直接何等規定する所なきが故に，問題は結局個々の家団について具体的に観察判定せられるの外ない。
勿論現行法の下においても「日常ノ家事ニ付テハ妻ハ夫ノ代理人ト看做」され（第804条第1項），「夫ハ婚姻ヨリ生ズル一切ノ費用ヲ負担ス，但妻ガ戸主タルトキハ妻之ヲ負担ス」（第798条第1項）ることになっているから，夫婦を中心とする家団に関する限り，これ等の規定のみを以てするもある程度まで如上の問題を解決し得る。さらに単純に個人法的に観察説明していた従来の通説に比して遥に妥当な結論に到達し得るのである。
ここにおいてまず第一に吾々の注意すべきは，これの規定それ自身が形式上夫婦の個人的関係を規定せるが如き外形を呈しているにもかかわらず，実質上実は家団の存在を前提として規定されていることである。すなわち第804条に所謂「日常の家事」は家団の存在を前提としてのみ成り立ち得る概念である。「日常ノ家事」は夫婦問題の個人的関係ではなくして，夫婦間に成り立つ家団生活を前提として成立し得るべき事柄である。独り夫との関係においてのみならず子供雇人その他一般家団員を包容して成り立つ事柄である。同様に第798条に所謂「婚姻ヨリ生ズル一切ノ費用」も狭義の婚姻生活すなわち夫婦の個人的関係において要する費用を意味せずして，婚姻を中心として成り立つ家団生活の費用全部を意味するものと解せねばならない。すなわち夫婦の間に生まれた子供のために要する費用は勿論，夫婦の合意をもって彼等と共に同居している人々の費用，雇人のために要する費用をも包含するものと解せねばならず，その他所得税（所得税法第15条）戸数割（地方税に関する件第23条）その他家団の負担する公租公課はすべてその中に包含せられるものと解せねばならぬ。果たしてしからばこれ等の規定は形式上夫婦の個人的関係を規定するが如くに見えるけれども，実質的には夫婦の婚姻生活を中心とする家団の代表関係及び費用負担者に関してある程度の定めを為しているものと考えることが出来るのであって，ドイツ民法（第1357条）が妻の処理する事務を「夫ノ事務」die Geschafte des Mannes なりと明定し，またフランス民法（第1420条）が妻の代理権を夫の受権に基くものとして規定しているのとは大に趣旨を異にする。第804条は「日常ノ家事ニ付テハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス」旨を規定しているのであって，代理人なりと規定しているのではない，代理人ではないが日常の家事に関する限り妻の行為の効果が代理におけると同様家団生活費用の負担者たる夫に及ぶべきことが規定されているに過ぎないのである（註６）（註７）。
（註６） 妻の日常家事代理権に関しては近藤栄吉氏「妻の日常家事代理権」（法学論叢18巻２号，４号，６号）が最も詳細かつ完全な参考書である。氏は立法論として民法が妻の家事処理行為を夫婦共同団体の代表行為として規定していなきことを非難している。けれども，解釈論としては通説と同じく「吾民法にありても，一般には妻は夫の代理人として日常の家事に属する法律行為を遂行するものでもない」と言って居る。
（註７） 妻の日常の家事に関して為す行為については，これを夫を代理して為す行為であるすなわち家事は「夫の事務」であって妻がこれを代理するのであると言う考の立法例と家事は家団の事務であって妻は家団の代表者としてこれを執行するに過ぎずとする立法例とがある。吾民法は第804条において「夫ノ代理人」云々の文字を使っているから，一見家事を夫の事務なりとする考をとっているように見えるけれども，ドイツ民法フランス民法のように直接その趣旨を明言していない，ただ「夫ノ代理人ト看做ス」と規定しているだけであるから，法典の文字だけから言うても必ずしも前者の立法例に従ったものと解釈する必要がない。無論スイス民法のように明瞭に eheliche Gemeinschaft の事務であると明言している訳でもないけれども，さらばと言うて必然夫の事務なりとする考に従ったものと解せねばならない何等法典上の根拠も存在しない。
第二に注目すべきは民法が一面「日常ノ家事ニ付イテハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス」と規定していて，妻が家団のため日常の家事について為した行為は夫の責任を生ずるべきが故にこの点について何等特別の規定を設くるの必要なしと考えたのであろう。また通説は従来一般にかくの如くに解釈している。しかしながら，家団の現実的存在を認める立場から出発して考えると，夫が自己のために自己の個人的事務を処理する行為と家団のために家団の事務を処理する行為とは根本的に区別せられねばならない。何故なれば，前者は常にただ夫個人の責任を生ずるに過ぎざるに反し，後者は事物の性質上必然に家団の責任を生ぜざるを得ないからである。無論夫が「婚姻ヨリ生ズル一切ノ費用」を負担している通常の家団にあっては，家団の責任もまた結局夫の負担となるが故に，実際上如上の区別を為す実盆がないけれども，妻が女戸主として「婚姻ヨリ生ズル一切ノ費用」を負担している例外的場合を考えてみると，夫が家団のために家団の事務を処理した場合の責任は当然家団においてこれを負担すべく，したがって結局女戸主においてこれを負担せねばない結果となるのである。もっとも夫は妻が女戸主たる場合においても決して日常の家事を担当するものではない，したがって民法においても夫に関してはその如何なる行為が法律上家団のために為された行為と看做されるべきかについて何等規定する所がないから，結局事は具体的事件について具体的に判定せられるの外なく，訴訟においては当該行為の家団のために為されたことを主張するものにおいてこれを立証せねばならないこととなるのである。何故なれば，各人の行為は特に反対の事実なき限り通常自己のために為すものと解するを正当とするからである（註８）（註９）。
（註８）諸国の立法例中家団の存在を認めずして妻の日常の家事について為す行為も夫の事務 Geschafte des Mannes に過ぎずとしているものはまた当然に夫の行為中自己のためにするものと家団のためにするものとの区別あることを認めない。これに反して婚姻共同生活（婚姻を中心とする家団）の存在を認める立場に立って居るスイス民法は夫が家団のために行為することを認め，これに対してはまず夫自らをして第一次の責任を負担せしめ，次に妻をして第二次の補充的責任を負担せしむる旨の規定を設けて居る（第162条，第207条第２項）。
（註９）吾国の実情においては夫が妻の名を利用して取引する例が今なお非常に多い。これ畢竟吾国の社会においては現在なお夫婦関係を純粋な個人的関係とする意識少くその所になお一種のGemeinschaft ありとする考の一般に行われている証拠に外ならない。これ故に夫が一定の行為を為すについて妻の名を利用したる場合の如きその所にはなお夫の家団のためにする行為あるものと解するを至当とすべく，夫個人が妻個人を代理してその行為を為したるものと見るべきではない。大審大正10・７・13民録1318項は営業家団の首長たる夫が妻の名を使用して手形を振し出た場合についてその所にはなお夫の行為がある，妻を代理して手形を振出したものと見るべきではないと半示している。
なお第804条に関連し第三に考うべき問題は，夫が妻の日常の家事に関して為した行為に対して責任を負担すべしとする同条の規定は（１）妻自らが同時に併立的若くは補充的に
責任を負担することを排斥するものなりや否や，（２）女戸主が「婚姻ヨリ生ズル一切ノ費用」の負担者たる場合においても責任はすべて第804条によって夫に帰着し妻は何等の責任を負担せざるや否や及び（３）この場合もしも妻が責任を負担するものとせば夫の併立的もしくは補充的責任はこれによって排斥せられるものなりや否や等である。これ等諸問題は，夫若くは妻が家団のために為したる行為は家団それ自身の責任を生ずる，しかして家団それ自身は現行法上法人格を与えられていないから結局その責任は家団員中何人かにおいてこれを負担するの外ない，しからばそれは何人であるかの問題である。もしも妻の「日常ノ家事」について為す行為が「夫の事務」であるならば責任は専ら夫についてのみ生ずべく，理論上妻自らの責任を生ずべき余地がない。これに反して妻の「日常ノ家事」に関する行為を家団の行為なりと認むるときはその責任は家団そのものの責任であるから理論上必ずしも夫のみの責任となるべき理由がない（註10）。ただ夫が家団費用の負担者たる場合には，かくの如き責任を課すことまた家団の費用なるが故に，夫において責任を負担せねばならないことになるだけのことである。したがってその理論を推してゆくと，妻が女戸主として家団費用を負担する場合には，妻の「日時ノ家事」に関する行為の責任も必然妻の責任とならねばならないのであって，通説が「日常ノ家事」に関する妻の行為を―ドイツ民法フランス民法におけると同じく―夫の個人的事務なりとする立場から，行為の責任は常にすべて夫に帰属すべきものと説いているのは誤であると言わねばならない。第804条第一項は妻が「日常ノ家事」に関して為したる行為の相手方を保護するがため，夫をしてその責任を負担せしむべきことを規定しているに過ぎない。したがって，女戸主が家団費用の負担者である例外的場合にも，責任は専ら夫のみを負担し妻これを負担せずとするが如きは決して同条本来の精神ではない。果たしてしからば夫または女戸主が法律上家団費用の負担者たる場合においても，彼等が事実上無資力であって，妻または夫がかえって資力を有する場合に，後者をして補充的責任を負担せしむべからずとする何等理論上必然の要請は存在しない。何故なれば，家団のためにする行為は妻によって為されたると夫によって為されたるとを問わず，すべて家団の責任を生ぜしむるものであり，したがって結局家団費用負担者の責任を生ずるに過ぎない，決して彼等の為した行動が費用負担者その人の個人的事務なるがためその個人的責任を生ずるのではない，しかして費用負担者が家団のために行為の責に任ずることは理論上必然に妻の併立的若くは補充的責任を排斥するものではないからである。民法は単に「日常ノ家事ニ付イテハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス」べき旨を規定するのみであって，同時に妻が責任を負担すべきや否やについて何事をも規定していない。けれども，同規定は夫が家団費用の負担者でありかつ資力者たる通常の場合を予見して妻の行為の相手方を保護するがため夫の責任を規定しているに過ぎない。したがって妻が女戸主として家団費用の負担者たる場合には妻において行為の責に任ずべきこと上述の如く，また夫若くは女戸主が費用負担者たる場合においても彼等がその責任を実行すべき資力を有せずして妻または夫がかえって―扶養義務の履行として（第790上述条第798条第2項，第959条）―事実上家団費用を負担している場合の如きは同じく妻または夫をして補充的にその責に任ぜしむるを正当とすべく，かの如きは決して第804条の精神に背反する解釈なりと言い得ないのである。
（註10）我国従来の通説は妻が女戸主として婚姻費用を負担する場合においても妻の日常家事に関する行為の責任は夫に帰すべきものとし，また夫が無資力にして妻が事実上夫を扶養しつつある場合にも妻自らは日常家事に関する行為について何等の責任を負わざるものとしている。けだし日常家事に関する行為を「夫の事務」を処理するものなりと解する以上当然の法論なりと言わねばならぬ。
これに反して近藤氏（前掲法学論叢第18巻第６号916頁，918頁等）は第804条の適用に関する限り妻の行為は常に夫の責任を生ぜしむるに過ぎないけれども，妻が婚姻費用を負担する場合には「妻はすべて自己の事務を管理するに過ぎないから，その取引に基く権利義務はすべて妻においてこれを享担すべきは当然である」と説いている。婚姻を中心とする家団の独立存在を認めず婚姻生活上の事務を飽くまで夫または妻の事務とする立前をとる以上けだし当然の結論であって，従来の通説に比して一歩を進めたものと言うことが出来る。
第四に考うべき問題は，妻が「日常ノ家事」について為す行為の効果が直接夫に及ぶためには，その行為が夫の名において為されることを要するか若くは少くとも家団のためにすることを示して為されることを要するかである。もしも妻の日常家事に関する行為を夫の事務の代理的処理なりと考えるならば，代理法理の適用上常に必ず夫の名において為されることを要するべき理合であるけれども，かくの如きは実際上不便であって，実情に適しないから，ドイツ民法（第1357条）は家事の範囲内においてなされたものと看做す旨の規定を設けて，実際上の不便を除いて居る。ところが吾民法は単に「日常ノ家事ニ付イテハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス」べき旨を規定しているだけで，妻の日常家事に関する行為の効果が代理におけると同様直接家団費用の負担者たる夫に及ぶべき旨を規定しているに過ぎないから，吾々はただ妻の行為が「日常ノ家事ニ付テ」為されたりや否やの客観的判断をしさえすればいいのであって，夫のためにする代理意思の表示ありたや否やは初めから問題とならないのである（註11）。したがって，たとい妻が形式上自己の名において為したる行為といえども実際上家団のためその「日常ノ家事」について為すされかつ相手方またその事情を知れるものは家団の行為として直接夫の責任を生ずるものと解せねばならない。何故なれば，かかる場合には客観的に見てなおその所に「日常ノ家事」 に関する行為ありと言わねばならないからである（註12）。勿論，妻が自己の名において為したる行為を家団のためにする行為なりと解するためには四囲の事情に因る特別の確証を必要とし，その確証責任は家団のためにするものなることを主張するものにおいてこれを負担せねばならない。要するに，妻の行為が「日常ノ家事ニ付テ」為すされたりや否やは全く客観的にこれを判断すべきであって，特に家団のためにする意思が表示されることを必要としないのである（註13）
（註11）大審大正13・１・18・民集３巻１号11頁は「民法第804条第1項ノ規定ハ我国家ノ普通ノ状態ニ鑑ミ日常ノ家事ニ関スル事項ニ付妻ノ為シタル法律行為ニ関シ夫ヲシテ其責ニ任ゼシムル為妻ヲ夫ノ代理人ト看做シタルモノナレバ，妻ガ日常ノ家事ニ関シテ為ス法律行為ハ特ニ夫ノ為メニスル意思ヲ表示シテ為スコトヲ要セザルモノトス」と説き，学者もまた多くこれに賛成している（菅原拳二法学論叢第12巻3号99頁，近藤氏前掲法学論叢第18巻第６号99頁等）。けれどもこれ等の学者は第804条またドイツ民法第1357条と趣旨を同じうと言う意味において賛成しているのである。
（註12）かつて法律解釈理論に関連して学界の問題となった大審大正９・９・１民録1227頁以下の事件は，判決に現れた事実だけを見ると，夫の外国出稼中妻がその許可を得ずして自己名義の借財を為した場合に民法第14条によってこれを取消し得べきや否やが問題になっているように見えるけれども，右の借財は判決も言っている通り「妻ニ於テ一家ノ生活ヲ維持シ子女ノ教養ヲ全フスルガ為メ」に為されたものであるから，明に「日常ノ家事」について家団のために為されたものである。しかして問題の家団においては夫は出稼中であって事実上家団生活の費用を負担するものは妻であるから，上記本文の理由によって妻自らの責任を生ずるものと解するのが，最も実情にあった合理的な取扱方であると思う。
（註13）事実の客観的判断の結果，（１）妻の行為が妻個人のために為されたりと認むべきときは独り妻個人の責任を生ずるに過ぎない。
（２）妻の行為が夫個人のために為すされたりと認むるべきときは，家団の責任を生ぜず，したがって妻の補充的責任も生じない。しかしてその行為の効果が夫に及ぶためには夫の受権若くは追認を必要とし，しからざる限り妻は無権代理人としての責任を負わねばならない。
（３）行為が家団のために為されたりと認むべき場合の中，（イ）行為が家団の事務中「日常ノ家事」に関するときは第804条によって夫の責任を生ずるに反し，（ロ）「日常ノ家事」以外の事務なるときは，たとい客観的には家団のために為された行為であっても，妻において自らその責任を負わねばならないのである。ただしこの場合においても夫において補充的責任を負うものと解すべきであろう。
３
かくの如く，夫婦を中心とする家団の法律行為に関する問題は，家団の存在を前提としつ認めつつ，夫婦財産制に関する諸規定（第804条第798条）を解釈適用するによって，適当にこれを解決するとが出来る。
ところが実際上吾々の世の中には法律上の夫婦を中心としない家団が沢山存在する。内縁の夫婦を中心とする家団の如きまたは全然夫婦生活を中心としない家団の如きすなわちそれである。
この種の家団は法律上の夫婦生活を包容していないから，夫婦財産制に関する上記の諸規定は直接これに適用されない。ただわずかに内縁の夫婦相互間にはなおこれ等夫婦財産制の規定を類進し得べしと言うが如き解釈論の成り立ち得べき可能性があるに過ぎない。ところが問題を実質的に考えて見ると，内縁の夫婦を中心とする家団もまた全く夫婦関係を中心としない家団も，実際の取引においては婚姻を中心とする家団と同じく家団として行動して居る。しかして取引の相手方も当該の家団が婚姻を中心とするや否やを深く考慮することなく，いやしくも主婦その他家事担当者が家団のために取引する以上，その取引上の責任は家団したがって家団生活の費用負担者においてころを負担すべきことを予定してこれと取引するのが通例である。
果たしてしからば，この種の家団の取引関係を法律的に観察するについてもすべて家団及びその行為の存在を前提として問題を考えるのが至当である。しからずして委任・代理・事務管理の如き個人法的理のみによってこの種の問題を考うるときは，結局事実に適合しない極めて不穏当な結論に到達せざるを得ないであろう。
まず第一に，内縁の夫婦を中心とする家団について，家団したがって家団の代表機関及びその行為を認めざるときは，妻の家団生活のためにする行為といえども，特に夫の名において表示されかつ現実に夫の受権がない以上，常にただ妻の個人的責任を生ずるに過ぎないと言う結論を認めざるを得ない。ところが，実際生活において内縁の妻は内縁なるの故をもって取引上特に内縁らしく振舞はない。取引の相手方から見ても内縁なりや否やは容易にこれを発見し得ず，また多くこれを問題とせずして－法律上の妻に対すると同じように－これと取引するのが通常の例である。
したがって，相手方保護の立場から言えば，家団の中心たる夫婦関係が内縁なるや否やによって，取引上異別の取扱を受けることそれ自信が既に迷惑である。しかしてまたこれを夫婦相互の内部的関係について考えてもこの種の問題が内縁なるや否やによって異別に取扱われることについて何等特殊の利害を感ずる筈がない。そうだとすれば，内縁の夫婦を中心とする家団の取引についても，家団したがってその行為の存在を前提として認めつつ上記第804条等の諸規定を類進適用するのが理論上最も合理的でありまた実際上にも妥当である，と言わねばならない，
第二に，例えば妻の死後父子のみによって構成される家団において，長女が亡母に代わってそのまま家事を担当し，父が従前通り家団生活の費用を負担している場合を考えて見ても，全然家団の存在を認めない立場から代理・委任等の如き個人法的法理のみを使って問題を解決せんとしても事実到底妥当な結果に到達し得ない。何故なれば，家団の如き共同社会的団体にあっては一定の人がその団体の代表機関たることは決して個人法的受権行為によって定まるのではない，また社団におけるが如く特に明示の定款若くは総会決議の定めによって定まるものでもない，今まで家事を担当していた母の死後長女が代って家事を担当するのは家団団体の性質上自然に発生する関係であって，特に委任によって発生する関係ではない。したがってこの種の場合明示の受権なきことを理由として父の責任を否定するのも不合理であり，さらばと言うてこの種の場合に暗黙の受権ありたるものと擬制するのも不合理なりと言わねばならないからである。広く家団を認める立場から言えば，家団が夫婦生活を中心として成り立っているかどうかは単に家団内部の組織に関する問題であって，対外関係においては全然無関係な事柄である。したがって，夫婦を中心とする家団の取引関係を上述の通りに考える以上，それ以外の家団の取引関係もまた家団を認める立場から同様に考えるのが妥当である。無論この場合については現行法上民法第804条の如き特別の規定がないから，家団の代表機関が何人であるかまた家団費用の負担者が何人であるか等はすべての個々の家団における具体的事実についてこれを判定するの外ないけれども，その故をもってこの種家団の取引関係を以上と区別して全然個人法的に取扱うべき理由は全然存在しない。さらにある者が家団の主婦として妻と同様の働きを為しつつある場合の如きは，その「日常ノ家事」について為したる行為は家団のために為したるものと看做して直接当然に家団費用負担者の責任を生ずるものと解するを至当とすべきである。
なお家団員中特別の家事担当者以外の者といえどもある程度において家団を代表する権限を有すると認むべき場合が少くない。例えば，一家の僕婢子供等が近所の店に買物い行ったり，家団主その他家団員に対する信書の配達その他意思表示を受領する場合の如き，彼等は特に本人のためにする意思を表示せずまた特に家団主から受権を受けていない。しかもそれ等の行為が家団のために為されること顕著なる限り相手方もまた特にこれを問題にしないのが実情である。従来学者はこれ等の現象を説明するがため，あるいは使者 Bote の法理を利用し，あるいは，暗黙の受権を擬制するを通例とするけれども，事を事実に即して考えるとこれ等の行為もまた家団のためにする行為なりと考える方が遥かに妥当な解決を与えることが出来る（註14）（註15）。
（註14）例えば家団員甲に対する意思表示が事実他の家団員乙に為されたる場合においても，その者が全くその意思表示を受くる能力を有せざる場合を除く外，当然甲に対してその効力を生ずるものと解するを至当とすべく，特に彼等の間に個人法的代理（若くは使者）の関係ありや否やを問題とすべきではない。家団の一員に対して為された意思表示は，あたかも書面による意思表示がその家の郵便函に投入せられたる場合と同じく，当然意思表示の相手方たる他の家団員に対して効力を生ずるものと解すべきである。 無論意思表示受領者は受領能力を有することを要する。また如何なる程度の能力を要するかは意思表示が書面によって為されるかまたは口頭をもって為されるかによって同一ではない。また意思表示内容の重要さないし複雑さ等によっても異なるであろう。この点について 民事訴訟法第145条は「送達ヲ受ク可キ人ニ住居ニ於テ出会ハザルトキハ其住居ニ於テする送達ハ成長シタル同居ノ親族又ハ雇人ニ之ヲ為スコトヲ得」と規定し，送達受領能力に一定の制限を設けて居る（民訴171条参照）。なおその所謂「同居ノ親族又ハ雇人」は広く同一家団に属する人々を意味するが故に，内縁の妻もまたその中に含まれるものと解すべきこと勿論である（大審明治44・３・17民録135頁が反対趣旨を判示しているのは徒に文字に捉われた謬論である）。
（註15）例えばある家の子供が親の許可を得ずして平素取引関係ある店から物品を買った場合においても，その物品が高価品である等特に子供自らの取引を許さざる特殊の事情がない限り，その行為は家団のために為されたものと見るべく，したがって家団生活の費用負担者は当然代金支払の責に任ぜねばならぬ。従来の考え方によると，（１）あるいはかかる場合には法定代理人の許可なき未成年者の行為があるのだから後よりこれを取消し得べしとの結論を認めざるを得ない（けれども，行為が社会通念上子供の独断専行を許すべき種類のものなる場合に，なおその取消を許すのは不当である），（２）またあるいはかかる場合には，黙示の同意あるものと解すべしとするが如き擬制的説明を用いるの外ないであろう。
４
次に吾々は不法行為の当事者としての家団を考える必要がある。
既に上述した通り家団は吾々の社会に現実的に存在する。そうして社会関係の単位として社会と各種の関係を形成する。他の社会構成員と取引して各種の契約関係を形成するは勿論，時に他の社会構成員との接触交渉上これに損害を加うることあるべきはまた当然である。果たしてしからばこの種の損害は如何にしてこれを賠償せしむべきか。被害者救済の必要より言えば損害が個人より来たりたると団体より来たりたるとによって何等の区別を立つべき理由がない。家団によって加えられた損害に対してもこれを救済すべき必要は勿論存在するのである。
しかるに不法行為に関する従来一般の通説は意思能力ある法律上の人格者に限って不法行為者たるべきものとして居る。その結果例えば法人の本質について擬制説をとる学者はすべて法人の不法行為能力を否定しまた飽くまでも法人に不法行為能力を認めんと欲する学者は何等かの方法によって法人に意思ありとの説明を与えんがため法人の法律に関して各種の学説を樹てて居る。しかもそれ等諸学説の間に幾多の差異あるにもかかわらず不法行為者として必ず法律上の人格の存在すべきことを要求することは従来すべての学者に通ずる一般の傾向であって，その結果彼等は労働組合・小作組合・弁護士会・政党等幾多の人格なき社団が社会上大なる活動を為しつつあるにもかかわらず，単にそれ等の社団が法律上の人格者でないと言うだけの理由からこれに不法行為能力を認めることを躊躇して居る。同様の理由によって－法律上人格なき－家団についてもまた勿論不法行為の成立を考え得ないのである。
しかし事柄を実質的に考えて見ると，不法行為成立の必要条件として人格者の存在要求することそれ自信がそもそも大に問題なのである。元来不法行為制度の根本精神は，各人は分配されている利益が故なく他人の犯す所となった場合にこれを原状に複しめて救済を与えんとするに在る。無論現行民法はその救済問題を加害者対被害者の個人的関係において解決せんとしているから，被害者を救済すべき必要が如何に大きくともその救済責任を負担せしむるに足るべき適格が存在しない以上結局被害者を救済し得ない。しかして従来の通説はその適格者は独り意思能力ある法律上の人格者のみであると解するが故に，例えば人格ある社団の不法行為能力はこれを認め得るけれども，人格なき社団のそれはこれを認め得ないのである。事実人格なき社団によって加えられた損害が如何に大きくとも被害者を救済し得ずとするのが従来普通の考え方である。けれども，社会上法律によって保護せられたる利益の分配を受けて存在し活動するものは決して独り法律上の人格者のみではない。成程現行法は人格を単位として万事を組み立てているから人格なきものが権利の主体となることはない得ない。けれどもそれは法律の形式上権利主体たり得ざることを意味するのみであって，人格なき者といえども実質上財産を有し得べきことを否定するものではない。現に社会上存在する幾多の社団ないし財団は財産を有して居る。無論財産中例えば不動産の権利を登記するにおいては個人名義－すなわち法律上人格ある者の名義－を借りる必要がある。また例えば金銭を銀行に預入れるについても個人名義をもって預金契約をするの外ない。しかしそれは現行法が人格者にあらざれば登記上の権利たりを得ずまた契約の当事者たり得ずしているところの結果に過ぎずして，それがため人格なき社団ないし財団の主体たることを妨ぐべき理由は少しも存在しない。如上の名義人は形式上の信託権利者に過ぎずして実質上の財産主体ではない。かくの如く人格なき社団ないし財団もまた現に財産の主体として社会的に存在し活動し他の社会構成分子と交渉し関係する以上，彼等が責任の主体たり得べきこともまた当然でなければならない。他の社会構成分子との交渉関係上これに損害を加うることのあり得べきこともまた当然である。しかしてその加えたる損害は加害者たる社団ないし財団においてこれを賠償すべきは当然であって，これ等の信託が法律の形式上義務の主体たり得ざるの故をもってその実質賠償責任を否定すべき理由は少しも存在しないのである。けだし責任は活動と離るべからざる必然的関係において生まれる。活動して他人と交渉し関係するが故に責任を生ずるのであって，その活動が大きければ大きい程重い責任を生ずべきは理の当然である。人格なき社団が法律の形式上義務の主体たり得ざるの故をもって彼等活動の必然的結果たる責任までをも実質的に否認すべき理由は少しも存在しない。 果たしてしからば家団が現に社会に存在して他の社会構成分子と交渉し関係する以上，これに関係して他人に加えたる損害を賠償する責任を負担すべきはむしろ当然であると言わねばならない。家団に人格なき故をもってその責任を否定すべき理由は少しもない。
以下私は現行法に即しつつ，この理を法律的に実現し得べき理論と構成とを考えて見ようと思う。
５
家団の社会的活動はこれを構成する家団員によって為される。無論家団員の行為中には彼等個人の行為と見るべきものと家団のためにする行為と見るべきものとの区別がある。しかしつ前者は勿論彼等個人の責任を生ぜしめるに過ぎないけれども，後者は－法人の機関が「其職務ヲ行フニ付」いて為した行為と同じく－家団自らの行為としてその責任を生ぜざるを得ないのである。
民法は社団が人格を有する場合においてその機関の行為より社団の責任を生ずべきことを認めて居る（第44条 。しかして通説はこれを説明して機関の行為はすなわち社団自らの行為に外ならないのであると言うて居る。すなわち団体法理と機関概念の適用によってこれを説明するのである。しかしながらこの点についてまず第一に注意すべきは団体法理並に機関概念の適用は理論上これを人格ある社団体が法人格を有する場合にのみ認めらるべきものではない。社団法人について機関概念の適用を認むる以上人格なき社団その他の団体についても同様にこれを認めねばならないのである。第ニに従来の通説は民法第44条の責任と同第715条の責任を本質的に差異あるものと為し，前者は機関の行為すなわち法人の行為なるが故に生ずる責任なるに反し，後者は被用者の行為に対する使用者の責任すなわち他人の行為い対する責任であると説明しているけれども，一歩立ち入って実質的に考えて見るとその所に果たして本質的の差異ありや否や大に疑わざるを得ないのである。例えば一定の企業が個人経営の形式をとっている場合に支配人が事務の執行上第三者に損害を加えるならば，第715条によって企業主の責任を生ずるに反し，同じ企業が会社組織をもって経営されている場合にその代表社員ないし取締役が同様の加害行為を行うと第44条によって会社自らの責任私が悪かった生ずると言うけれども，企業そのものを中心として実質的に考える限り企業のために為された行為が企業それ自身の責任を生ぜしむることは二者いづれの場合についても全然同一である。企業は－それが個人経営たると法人組織たるとにかかわらず－それ自身一の有機体であってしかも企業のために為された行為はすべての場合において企業それ自身の行為であり，したがって企業の責任を生ずるものと解すべきである。個人企業における企業者の責任といえども企業の機関としての被用者の行為が企業の責任を生ぜしめるのである。ただ企業が個人経営である関係上法律上その責任の主体は企業主個人でなければならないけれども，これがため第44条の責任と第715条の責任とを本質的に差異あるものと考えるは企業の有機体性無視していたずらに個人のみを見ようとする個人主義法学流の謬想に外ならないのである（註16）。
（註16）この点については判例民事法15年度561頁所載田中教授所説参照。
かくの如くに考えて見ると家団が企業団体として社会に活動して居る場合に家団主が家団のために為した行為はこれを家団そのものの行為として家団そのものの責任を生ずるを当然とすべきである。成程家団は現行法上法人でない。しかし第44条所定の責任は社団財団の法人性に基因するのではなくしてその団体性および有機体性に根拠するのである。果たしてしからば同じく団体性を有する家団について同条を類進し得べき責任の生ずべきは当然である。また家団は上述の通り Gemeinschaft 的団体であって Gesellschaft 的団体ではないから家団主と家団員との関係は本質意思的結合であって契約的結合ではない。けれども第715条に所定の使用被用者関係は決して独り契約的結合のみを意味するものと解すべき理由は少しもない。いわんや同条所定の責任を団体主義的に理解し企業そのものの責任なりとする考を基礎として考えるならば，家団員の家団のためにする行為が家団そのものの責任を生じしたがって家団の責任者の責任を生きずる所以を理解することは極めて容易でなければならない。
かつて大正４年５月１日の大審院制度（民録630頁以下）は一農家の長男が親の所有する馬を使用して農耕に従事中これを逸走せしめて他人を負傷せしめた事件について馬の所有者たる親の責任を認めんがために動物占有者の責任に関する民法第718条の規定を適用し，現に馬を使用した長男は親のためにする馬の占有補助者に過ぎない，したがって同条の意味における占有者は親であることを説明した。形式的に見るとこの説明は一見極めて巧妙適切であるけれども，占有補助者なる概念は本来固有の意味における占有理論を説明するために存在するものであって，第718条に所謂占有に当てはめられるべきものではない。実質的に考えると右の事件を第718条によって解決せんとするのがそもそも誤りである。右の事件は農企業団体としての家団の不法行為問題である。家団員としての長男が家団のために家団の馬を使用して第三者に加えた損害に対して家団したがって家団主をして責任を負担せしむべきや否やの問題である。したがってむしろ第44条ないし715条の規定する精神を類進して解決するを妥当とすべく，第718条と占有理論の適用とによってこれを解決せんとするが如きは根本的に謬っていると言わねばならない。もしも該事件において馬を使用した者が長男にあらずして雇人であったならば大審院は恐らく第715条の適用によって主人の責任を理由付けたに違いない。けれどもこの関係は馬の使用者が偶々長男なりしや雇人なりしやによって区別せられるべさきではない。それがいずれであろうとも全く同一の法理によって解決せられるべき関係である。
なお家団が特に企業自体でない場合においても家団員の家団のためにする行為は家団の行為としてその責任を生ぜしめ得る。僕が家事に関して第三者に損害を加えた場合には第７１５条を適用し得るに反し，子供が同じことをした場合には全然これを反対に解すべしとするが如きは根本的に間違って居る。この場合においても，理論上はまったく同様に解決されねばならないのである。
６
次に家団の構成員はこれを独立的構成員と非独立的構成員とに分けることが出来る。
Gesellschaft
的性質を有する社団にあってはその構成員はすべて独立的性質を有する。社団は意思能力ある者の意思による結合なるが故にその構成員はすべて意思能力を有する。したがって一面社団のためにする行為と同時に自己個人のために行為する方面をもっている。これに反して本質意思結合たる家団は構成員の意思 Kurwille による結合ではないからその内に意思能力なき構成員をも包容して居る。家団員中独立的性質を有する者は一面家団のために行為すると同時に自己個人のために行為する方面をもっている。したがって彼等の行為中如何なるものが家団の行為として家団の責任を生ずべきかは上述の如く社団におけると同じく一般団体法理によってこれを決定するのを妥当とする。これに反して，幼児その他意思能力なき家団員は自ら自己の行為に対して何等の責任を負い得ない，すなわち不法行為法的に意味を有する行為を為し得ないのであるから，不法行為法的に言えば全く自己独立の行為をもっていないのであって，この関係においては全く家団員の中に吸収されて全然独立的個性を有せざるものと言うことが出来る。したがって彼等が第三者に加えた損害は彼等自らの不法行為としてその責任を生ずることなく，むしろ彼等を包容して居る家団の行為として家団自らの責任を生ずるものと解するを正当とする。
しかるに民法はこの種の問題を規律するについても家団の存在を無視して専ら無能力者が家団の一部として直接家団の責任を生ぜしむる所以を理解せずして，監督義務者の責任はすなわち無能力者に対する監督義務懈怠に基づく個人的責任に過ぎざるものと考えて居る。第714条は規定して曰く「前ニ条ノ規定ニ加ヘタル損害ヲ賠償スル責ニ任ズ，但監督義務者ガ其義務ヲ怠ラザリシトキハ此限ニ在ラズ」「監督義務者ニ代ハリテ無能力者ヲ監督スル者モ亦前項ノ責ニ任ズ」と。すなわち無能力者の行為による損害に対してはその法定監督者またはこれに代わりて無能力者を監督する者がその個人的責任としてこれを賠償すべしとするのが民法の考えである。この考え方にしたがっても所謂「監督義務者ニ代ハリテ無能力者ヲ監督スル者」の意義を広く解釈するときは被害者救済の目的を達するについて必ずしも多くの支障を生じない。例えば未だ後見人を有せざる無能力の孤児が親族の家に引き取られて事実上監護を受けつつある場合に，その孤児は一面法定の監督義務者－後見人－を有せずまた法定監督義務者の委任によりこれに代わりて監護する者を有しない訳であるが，現に彼を引き取って監護しつつある者は従来選任せられるべき後見人のために事務管理に（註17）監護を行う者したがって「監督義務者ニ代ハリテ無能力者ヲ監督スル者」なりと解し，もって解釈はむしろ窮余の策と見るべきものであって事物自然の関係を率直に捉え得たものと言うを得ない。成程事実上孤児を引き取って監護する者の心情に立ち入って考えると，ある場合には監督義務者のために代わって監督するの意思あるものと解し得ることもあるであろう。けれども彼等の意思を常にここに在りと解するのは無理である。ある場合には孤児を憐む同情の念から，またある場合には孤児を養って将来何等か利益する所あらんとするの意思から監護を行うこともあり得る。しかしてこれ等の場合における彼等の監護行為はこれを「監督義務者ニ代ハリテ無能力者ヲ監督スル」ものと言い得ないこと勿論であるから，第714条の解釈によって如上事実的監護者の責任を説明せんとするのはどうしても無理である。ここにおいて私は別途に事を解決し得べき妥当の手段を考案するのはむしろ甚だ正当なることを信ぜざるを得ないのである。
（註17）従来通説は第714条第２項に所謂「代ハリテ監督スル者」とは法定監督義務者の委任によりこれに代わって監督する者を意味するものと解して居るが，例えば鳩山氏債権法各論600頁は法定監督義務者のために事務管理的に監督する者をも含まれているものと解釈している。
無能力者すなわち自己の行為に対して責任を負い得ない者を包含している家団は，偶々その内に無能力者に対する法定監督義務者若くはこれに「代ハリテ無能力者ヲ監督スル者」を包含すると否とに関係なく，家団として外部に対する監督上の責任を負担すべきである。家団が社会関係の単位として存在し活動する以上その中に包容する－自ら自己の行為に対して責任を負い得ざるが如き－「危険物」より生ずる危険に対して絶対の責任を負うべきはむしろ当然である。無能力者はこれを包含する家団の非独立的構成員であって自ら不法行為上の責任を負い得ない。成程彼等もまた法律上の人格者である。けれども責任を中心として万事を考えねばならない不法行為法の見地からすると何等の独立性をもっていない。不法行為の主体たり得べき人格性をもっていない。むしろ彼等は第718条に所謂「動物」に類似する取扱を受くべきものであって，「動物」の加害行為に対してはすべてその「占有者」が責任を負うと同じく，無能力者の加害行為に対しては，すべてこれを包含する家団において責任を負う正当とすべきである。（註18）
（註18）「私権ノ享有ハ出生ニ始マル」。すべて人は出生の時より法律上の人格者である。人を物として取扱うことは人格保護の根本精神より考えて絶対にこれを許し難い。しかしながらその根本精神に基づく必要の限度を超えてまでも－元来事実上「物」的の性質を多分にもっている－無能力者を人格者として取扱わんとするときは実際上不都合を生じる場合が少くない。例えば「被害者ニ過失アリタルトキハ裁判所ハ損害賠償ノ額ヲ定ムルニ付キ之ヲ斟酌スルコトヲ得」とする民法第722条第２項の解釈について従来の通説はその所謂「被害者」中には無能力者を包含しない，無能力者には－法律上意味ある－「過失」あり得ざるが故に過失斟酌の問題を生じない，無能力者の監督者に過失があっても「被害者」は無能力者であって監督者ではないからその過失を斟酌し得ないと説いて居る（例えば鳩山氏債権法各論944頁，なお最近昭和３・８・１ 民集648頁大審院判決は「他人ノ不法行為ニ因リ死亡シタル者ノ父母ハ自己ノ受ケタル精神上ノ苦痛ニ対スル慰籍金ノ請求ニ付テハ民法第722条第２項ニ所謂被害者ニ該当ス」と言っているけれども，右の訴は父母自ら第711条により自ら被害者として慰藉料を請求する場合に関するが故に，根本の考は未だ従来と何等変わっていないものと解すべきである）。この考は要するに無能力者もまた人であるから例えば彼が自動車に轢かれて負傷した場合にも「被害者」は飽くまでも彼自らであって父母ではない，父母に監護上の過失があっても彼等は「被害者」にあらざるが故にこれを斟酌し得ずとするものである。すなわち例えば線路に副うて馬を繋いで置いたため電車に触れて馬が負傷した場合には馬の所有者が被害者でありしたがってその過失は斟酌されるけれども，幼児を線路上に遊ばせて置いたために負傷した場合には如何程父母に過失があろうとも被害者は幼児であって父母ではないからその過失を斟酌し得ずと考えるのである。しかしながらかくの如きは幼児もなお人格者であると言う考のみに捉われて父母が事実上幼児の上に有する利害関係を無視したものと言わねばならない。
７
以上によって私は，家団の構成員が家団事務の執行について第三者に加えた損害に対する家団の責任及び家団中に包容されている非独立的構成員の行為に対する家団の責任を説明した。 これ等の責任は家団それ自身の責任であって家団主等の個人的責任ではない。無論民法は家団それ自身の法人格を認めていないから，家団自らは法律の形式上賠償義務の主体となり得ない。したがって被害者が賠償請求権を行使するについても事は会社法人を相手とする場合の如く簡単ではない。人格なき社団を相手として損害賠償を請求する場合と同様さらに事態の内容に立入って特別の考慮を必要とする。
まず第一に家団の賠償義務を実質的に担保するものは現に存在する家団財産及び各個家団の内規上定まっている家団費用負担者の出資義務でなければならない。例えば株式会社の債務を担保するものは現に法人たる株式会社の所有に属して居る財産及び株主の未振込株金である。同様に家団債務を担保するものはまず第一に家団の現に有する財産でなければならない。無論それ等の財産は－家団に法人格がない関係上－多くの場合家団主その他何人かの名義になっている。けれども，彼等は畢竟形式上の信託的名義に過ぎないのであるから，家団の債権者はその形式的信託関係を無視して実質上家団財産たるものに対して権利を行うことが出来ねばならない。第二に現に家団の所有に属せずといえども家団費用負担者の出資義務が家団債務を担保すべきことは株主の振込義務が会社債務を担保することと同理でなければならない。したがって例えば婚姻を中心とする家団において夫が第798条によって「婚姻ヨリ生ズル一切ノ費用ヲ負担」せるときはその出資義務が家団債務を担保する。しかして彼の出資義務の範囲は「婚姻ヨリ生ズル一切ノ費用」なる制限ある外無制限であるから，家団債務に対する彼の責任範囲もまたこれと同様に無制限でなければならない。なおその他個々の家団において内規上特別の出資義務者が定まっているならばそれ等の者の出資義務が家団債務を担保すべき関係に立つのである。
しからば次に被害者が家団に対して損害賠償を訴求するについては何人を被告とすべきであろうか。この点について理論上の可能な考え方は，人格なき社団及び財団を訴える場合と同じく（民訴第46条参照）家団それ自身を被告とすること，家団財産の信託的名義人若くは家団費用の出資義務者を被告とすることまたは家団主－彼が家団費用の出資義務者若くは家団財産の名義人たると否とに関係なく－を被告とすることのいずれか一でなければならない。しかしてそのいずれに従うを妥当とすべきかは実際上及び法律的論理構成上の便宜問題であるけれども，既に民事訴訟法が人格なき社団に訴訟当事者能力を認めている以上，全然同様の性質を有する家団についてもその能力を認め，直接家団それ自身を被告として訴を提起し得るものと解するを妥当とすべく，家団が社団の如く特別の名称を有せずまた多くの社団の如く明文をもってする定款を有せざるの故をもって事を異別に解すべき理由は少しも存在しない。
なお被害者が家団を被告として勝訴した場合に家団財産に対して強制執行を為し得べきこと勿論であるが，従来の如く債務名義の形式にのみ捉われた強制執行理論によると家団を被告とする勝訴判決を債務名義として直接家団財産の信託名義人若くは家団費用の出資義務者に対して強制執行を行い得べき理を説明することは比較的困難であろう。しかしながらその困難はむしろ従来の強制執行理論の欠点から生まれるのであって，これを除去すべき理論と方法を案出することはむしろ強制執行法学の責任でなければならない。家団その他人格なき社団を被告として訴を提起することを認める以上その結果として行わるべき強制執行は結局常に家団財産の信託的名義人に対してこれを行うの外ないのであるから，現行民事訴訟法の解釈によってその理を説明することは実際上是非とも必要である。しかして在来の捉らわれた強制執行理論を離れて事を実質的に考えればその説明を与えることは現行法の解釈としても決して不可能ではない。
８
以上は現に吾々社会の事実として存在する家団をありのままに認めてその法律行為ないし不法行為的法律関係を説明したものである。現在の民法及び民法学は古来の大家族制を否認してすべてを個人本位に規律し個人本位に考え説明せんとしているけれども，大家族制の崩壊し去った今日といえども吾々の社会に家団が厳存し社会関係の単位として活動している事実は到底これを否認し難い。しかるに従来の民法学はこの現に存在する事実をそのまま捉らえてこれに法律的規律を与えることを考案せずして，本来全くその事実にあてはむべからざる別個の法律と法理とを借り来たって無理な説明を与えようとしている。私はそれが法律解釈の態度として根本的に誤っていることを固く信じ強く主張するものである（註19）。
本論はこの種の問題の取扱方に関する私の試みを素描したものに過ぎない。けれどもこれによって在来の考え方が到底与え得ない何物かがこの種の考え方によって多少とも与えられ得ることが理解されるならば筆者の目的は達せられるのである。
（註19）在来の民法学は例えば入会の何物なるかを事実について実質的に考察することを為さずして専ら民法第263条第294条の規定のみを根拠として入会関係の法律問題を解こうとする。また例えば社団と組合との本質的差異を洞察せずして社団法人にあらざるものはすなわちすべて組合なりと独断し民法に人格なき社団について何等の規定なきことを理由として人格なき社団に関する法律問題をすべて組合に関する規定の適用によって解決せんとする。これ等はすべて法律解釈の態度として根本的に誤っているものと言わねばならない。
（法学協会雑誌第47巻第４号第12号所載）
訴訟当事者としての人格なき社団財団
１
かつて民事訴訟法の下においては管轄に関する第14条及び送達に関する第138条の諸規定を通じてわずかに解釈上人格なき社団の訴訟当事者能力を認め得るに過ぎなかった。（註１）
（註１）この点に関する大審院判例として特に注目すべきものに，弁護士会に関する明28・10・３ 民１，録１輯３巻７頁以下，医師会に関する大４・10・６民３録１５８１頁以下等がある。この中前者は弁護士会を一の社団と認め，「其会則中特ニ財産権上ノ事ニ関シ会長ヲシテ弁護士会ヲ代表セシムベキ条項存スルニ於テハ或ハ法人タラザルモ仍モ一社団タル弁護士会ノ名義ヲ以て訴ヲ起シ又ハ訴エヲルルコトヲ得ベシ」と言っているが，該訴訟における当事者の記載が「東京弁護士会長熊野敏三」となっていて「東京弁護士会」それ自身が当事者となっていないことは特に注意を要する。なお後者は直接医師会そのものの当事者能力を認むることを明言せず「医師会ガ其会則ニ基キ為シタル決議ノ執行ニシテ其会則ニ依リ会長ニ属セシメタルモノニ付テハ会長ハ其資格ニ於テ会ヲ代表シ裁判上ノ請求ヲ為シ得ベキモノトス」と言っているに過ぎない。
これに反して新民事訴訟法は明に「法人ニ非ザル社団又ハ財団ニシテ代表者又ハ管理人ノ定メアルモノハ其名ニ於テ訴ヘ又ハ訴ヘヲルルコトヲ得」（46条）と規定しているから，人格なき社団ないし財団に関する研究がまだ充分に進んでない関係上，本規定の意義及び適用上起るべき諸問題に関してなお幾多の疑義が残されている（註２）。
（註２）人格なき社団の私法的性質については，石田文次郎氏「ギールケの団体論」第６節権利能力なき社団論，菅原巻二氏「権利能力なき社団」法学論叢９巻１号１頁以下，６号42頁以下，私の労働法研究116頁以下等23の文献があるけれども，訴訟法的にこれを研究した文献は未だ極めて貧弱であって，わずかに細野長良氏民事訴訟法要義第１巻368頁以下，前記菅原氏６号62頁以下等に比較的詳しい記述があるに過ぎない。
２
民事訴訟法第46条は「法人ニ非ザル社団又ハ財団が其名ニ於テ訴ヘ又ハ訴ヘヲルルコト」を認めているのであるから，この種の訴訟における実質的の当事者は社団又は財団であって社団を構成する社員総体又は財団を構成する財産集団若くはその名義的権利者ではない。従来学者の間にはこの種の社団又は財団の当事者能力を名付けて「形式的訴訟当事者能力」と称する風が行われているけれども，この名称は単に誤解を惹起し易いのみならず，実質的にもまた不当の思想を包蔵している場合が多い。
元来社団法人ないし財団法人は人格なき社団ないし財団と本質的に異なるものではない。社会的に存在ししたがって他人と社会的に関係する実体はいずれの場合においても社団ないし財団それ自身である。ただ法人にあっては人格付けられていないと言う差異があるに過ぎない。それはあたかも奴隷が解放されて人格を得ると私法上自然人になるけれども，彼等の本体は前後を通じて同じ人間であるのと同理である。しかるに従来学者の間には社団法人と人格なき社団とを全然別種のものとして観察し，前者にあっては専ら人格の存在に目を付けるにもかかわらず，後者にあっては専ら社団構成員に注目して社団それ自身の独自的存在をすら看過する傾向が一般に行われて居る。しかして人格なき社団等の訴訟当事者能力を形式的のものと意識する思想は多くこの種の誤りたる見解に由来するものである（註３）
（註３）「形式的当事者能力」の名称はドイツ学者の用語法にならって吾国訴訟法学者の一般に好んで使用する所であるが，それがもしも菅原氏（「権利能力なき社団」法学論叢９巻１号１頁以下，６号２頁以下殊に65頁）の説くが如く，「権利能力なき社団は完全なる形式的当事者能力を有するものであるが，本来実質的当事者能力を有するものはこの社団を組織する総社員であって，社団の形式的当事者能力は実際上の必要又は便宜の為め総社員の実質的当事者能力以外に之と重複的に認めらるるのである。社団の形式的当事者能力を認むるが為め総社員の実質的当事者能力を否認するのではない。従て社団を訴へむとするものは，社団を被告として訴ふるも又総社員を被告として訴ふるも其自由選択に委せられる」と言うような意味に使用されるのであるとすれば，それは甚しく不当である。かくの如きは氏が人格なき社団の本質について正当の認識を有せず，人格なき社団を「社団法人と組合との中間物」たる性質を有するものと考えていることの結果である。いやしくも社団の存在を認める以上，それが人格を有すると否とに関係なく，同時に他人と社会的に関係する単位者として「総社員」の単位者たることの否定を包含するのであって，訴訟法上社団に当事者能力を認めることは理論上当然に総社員が当事者能力を有することの否定を包含せねばならない。
次にまたある社団いし財団が人格付けられていると言うことはそれ等のものが私法的権利能力を賦与されていることを意味するに過ぎない。既に私法の範囲内においてすら，法律は個々人ないし個々体に権利能力を賦与するに際しても必ずしもすべてを平等に取扱わない。例えば日本人に許される権利能力と外国人に許される権利能力とはその範囲を異にし（民２条），日本法人の権利能力と外国法人のそれともまた範囲を異にしている（民36条）。いわんや民法において私法上の権利義務を享有すべき能力を賦与されているものも必ずしも他の法律においてその法律所定の権利義務を享有し得る能力を与えられているとは限らないし，また理論上これを与える必要もない。個々の法律はそれぞれその法律の立場から考えて社会構成員たる個々人ないし個々体にその法律所定の権利義務を享有する能力を賦与することが出来る。したがって右と反対に民法が権利能力を賦与せざるものに対し民法以外の法律がその独自の立場からその法律所定の権利義務享有能力を賦与することは理論上可能であってその所に何等不合理も存在しない。要するに現に社会を構成しつつ社会的に他と関係するものに対して，個々の法律はそれぞれその独自的立場からその法律の規定する能力を賦与し得るものであって，例えば純理的に論ずるならば，民法が権利能力を賦与せざる社団に対しても，市町村制は公民権を賦与し得るし，税法はまたこれに課税し得る。無論政策上の見地から考えてそれが適当であるかどうかは別問題である。しかも理論的にはそれを不可能とすべき何等の理由も存在しないのである（註４）。
同様の理由によって，民法が権利能力を賦与せざる社団ないし財団に対し，民事訴訟法がその独自の必要から訴訟当事者能力を賦与し，これをして訴訟関係の当事者たらしむることは理論上可能であって，その所に何等の不可思議も存在しないのである。しかるに，この理は必ずしも従来一般の学者によって承認されていない。民法が権利能力を賦与することは，すなわち人格を附与することである。しかして民法以外の法律は民法が人格付けついるものに対してのみその法律所定の能力を賦与し得ると言う考が不知不論の間に一般法学者の頭脳を支配している。無論政策的見地から考えると，公益法人は主務官房の許可によってのみ成立し，営利法人は商法所定の準則に従い一定の手続を履践するによってのみ成立し得るから，かくの如き法定の要件を充たし若くは法定の手続を履践した，したがって一応ある方面から国家的に試験されたものにだけ，他の法律においてもその法律所定の能力を賦与することにするのが合目的的であるかも知れない。けれども理論的に必ずしもそうなければならない必要はすこしも存在しないのである。そうだとすれば，訴訟法がその独自的必要から人格なき社団ないし財団，すなわち民法的に権利能力を賦与されていない社団ないし財団に訴訟当事者能力を賦与しても，その所には理論上特異視すべき何物も存在しない。しかして上記第46条は政策的見地からこれを行っているに過ぎないのである。したがって人格なき社団ないし財団に附与されている当事者能力と社団ないし財団法人に賦与されている当事者能力とは本質的に同一物であって，前者を実質的と名付け後者を形式的と称すべき理由は存在しない。しかるに従来学者が一般に後者に対して形式的訴訟当事者能力なる名称を与えているのは如上の点に関して理論上正しい見解が行きわたっていないためであると考えることが出来る。
（註４）この種の思想はギールケもドイツ民法第54条の説明に関連しとこれを述べている。曰く「人格なき社団を組合に関する法規の下に置くことは私法の範囲を超えて之を行ふべきではない。公法に於ては苟も社団たるものはすべて社団として通用する。公法的社団法にあっては人格ある社団と人格なき社団との間に何等の区別も存在しない」（Gierke,Verein ohne Rechtsfahigkeit nach dem
neuen Rechte, 1900 11頁）しかしこの事を述べているギールケがドイツ民法第54条の存在する故をもって，人格なき社団を被告とする判決力が社員総員（die zur gesammten Hand verbundene
Mitgliedergesatheit）に及ぶものと解している（同書33頁）のは矛盾である。けだしドイツ民法第54条が人格なき社団につき組合に関する規定を適用することを規定しているとしても，民事訴訟法においては人格なき社団はいやしくも既に社団の存在を認むる以上，これと別に社員総員の独自的存在を認め，訴訟法上社団に対するの外社員総員に対しても訴を提起し得るものと解するのは明に不合理だからである。民事訴訟法上においては「権利能力ナキ社団ハ権利能力アル社団ノ地位ヲ有ス」（50条）るのであって，社団が訴訟当事者となる以上，別に社員総員それ自身訴訟当事者たり得る可能性は全然排除されているものと解せねばならない。
人格なき社団ないし財団の当事者能力を上述の意義に解する以上，まず第一にこれ等の社団ないし財団を当事者とする訴訟において原告又は被告たるものは社団ないし財団それ自身であって，その代表者又は管理人ではない。例えば「東京弁護士会」を原告とする訴訟にあっては「原告東京弁護士会，右代表者会長何某」と記すべきであって「東京弁護士会々長何某」と記すべきではない。かつ法の下における訴訟上の感光によると，第二の記載方法が一般に行われたようであるが（註５），社団ないし財団それ自身がが当事者である以上第一の記載方法によるべきが理の当然である。したがってまた社団ないし財団が当事者になっている訴訟の進行中会長又は管理人が死亡その他の原因によって交代しても，訴訟はそれによって何等の影響を受くべきではなく，勿論訴訟手続受継の問題を生じない。
（註５）（註１）に記載した明28・10・３民１，録１輯３巻７頁以下参照。
次に第46条に所謂社団中に組合をも包含せしむべきや否やについては起草委員会において多数委員の間に論争があった（註６），現在解釈論としてもなお多少の異論はあるけれども（註７），社団と組合が概念的に全然別個のものである以上，第46条の適用を受くべきは独り社団のみであって，組合はその名において訴訟当事者たり得ないこと勿論である。社団それ自身が独自の社会的存在を有する団体であってこれを構成する社員総員とは全然別個の存在を有する。社団は権利能力を有せざる点において社団法人とは区別されるけれども，その実体が社会関係の単位者として独自的存在を有する団体たる点において両者は全然同一物である。これに反して組合は個々の組合員相互間の契約関係である。成程彼等は共同目的を遂行するためにある程度の団結を為しているけれども，この際飽くまでも主たるものは各組合員の個人的利益であって，団結はただその個人的利益を追行する手段に過ぎない。無論社会に実在する団結的存在を社団と組合とに裁然分別することは実際上相当に困難である。何故なればその所には社団らしさの非常に強い存在から組合らしさの非常強い存在に至るまで無数の段階をなして種々の団結が存在し，その中間の何所に線を引いて社団と組合とを区別すべきかが実際上非常に困難だからである。しかしその実際上の困難は決して概念的に社団と組合との区別を不可能ならしめるものでもなければ，その区別の実践的価値を否定するものでもない。いやしくも社団的性質を有する団結に対してはその社会関係の単位者たる性質に鑑みて団結それ自身に訴訟当事者能力を認むべきであり，これに反し組合的団結に対して勿論これを否認すべきである。
（註６）民事訴訟法改正調査委員会速記録101頁以下。しかしてこの所に記されている多数委員の発言を通じて，吾々は如何に人格なき社団の本質が多数の法律家によって理解されていないかを察知することが出来る。
（註７）例えば細野長良氏民事訴訟法要義375頁，山田正三氏民事訴訟法第２巻321頁等は組合を包含せずと解するに反し，岩本三ヶ尻両氏新民事訴訟法要論379頁はこれを包含すとの意見を述べている。
同様にこのことは人格なき財団についてもこれを言うことが出来る財団は一定の目的に捧げられた財産である。しかもその目的に捧げられた財産としてそれ自身社会関係の単位として独自の社会的存在を有することが財団の特色である。したがって同じく一定の目的に捧げられた財産であっても，単にその目的のために甲より乙に個人的に信託されているに過ぎないような場合には，単に契約関係としての信託関係が存在するに過ぎないから，その財産に関して訴訟が起こってもその当事者たるべきものはあくまでも訴訟当事者であって，財団財産の信託的名義人たる会長又は管理人が訴訟当事者となるべきではない。したがって訴訟進行の間に会長ないし管理人が更迭して財団財産の信託的名義人が変わっても訴訟手続受継の問題を生じない。
次に第46条は「法人ニ非ザル社団又ハ財団ニシテ代表者又ハ管理人ノ定アルモノ」に対して当事者能力を許与して居るが，そのことを許与する理由を実質的に考えて見ると，社団又は財団にあらずといえどもなお社会関係の単位者として現に社会実践独自的存在を有するものに対しては同じく当事者能力を許与すべき理由あるものと解せざるを得ない。例えば現在吾国の社会には戸主・夫婦関係等を中心とする幾多の家族的団体が存在して他の社会構成員と取引し関係しつつある。この場合においては決して一家の首長・主婦等が個人として社会と関係するのではなくして，家族的団体それ自身が首長・主婦等を代表者として社会と関係するのであって，その関係は人格なき社団ないし財団が会長管理人等を代表者として社会と関係するのを全然同類の関係である。果たしてしからば人格なき社団財団に当事者能力を許与する以上，この種の団体に対しても同様に当事者能力を認めることが新民事訴訟法が特に46条を設けた精神に合致するものと考えることが出来る（註８）。
（註８）家族的団体すなわち「家団」の性質に関しては私の「私法関係の当事者としての家団」（本書37頁以下）参照。私は同論文において現行法上人格を認められていない家団がなお社会上他と取引し関係する事実に鑑みてその関係を法律的に把持する方法を考えたのである。しかして私はいまその同じ精神んもってここに家団の当事者能力を認むべきことを主張するものである。しからざる限り家団と取引した人々は彼等の関係が事実家団そのものを相手として取り結ばれているにもかかわらず，訴訟上家団内の個々人を相手とし訴訟せざるを得ない結果不測の損害を蒙る結果となるであろう。もっとも訴訟上家団の表示を如何にすべきかその代表関係を如何に記載すべきか等技術的問題についてはなお大に考慮の余地があるけれども，その故をもって家団の当事者能力を否認すべき何等実質的の理由も存在しないのである。
なお人格なき社団の当事者能力に関連して考究を要すべきは第47条に所謂「共同ノ利益ヲ有する多数者ニシテ前条ノ規定ニ該当セザルモノ」の意義如何である。この場合には「共同ノ利益ヲ有する多数者」存するもしかも「前条ノ規定ニ該当セザルモノ」なるが故に，それ等の「多数者」を構成員とする団体が存在しないのである。したがって第46条におけるが如く団体それ自身が訴訟当事者となるのではなくして，多数者各自が個人として訴訟当事者となるのである。しかして同条は訴訟の便宜上訴訟に関する限り多数者を一個の訴訟団体と看做し，彼等が選定した一人又は数人をして代表的に団体のために訴訟行為を為すことを許しているのである。この団体は訴訟に関する限り右代表者の選定あるによって法律上当然に成立する訴訟団体である。したがって訴訟に関する限り選定せられたる代表者の行為は当然団体全部のために効力を生ずるのであって，代表者に対する判決の既判力はまた当然団体全部に効力を及ぼすのであり（第201条第２項），またこれによって団体全部に対し又は団体全部のために強制執行を為し得るのである（第497条ノ２）。しかして本条の適用を受くべき「共同ノ利益ヲ有スル多数者」とは，例えば多数の共有者，組合員等を言うのであって，彼等は実体法的には団体をなしていないにもかかわらず訴訟法上代表者の選定によって訴訟団体を組成するに至るのである（註９）。
（註９）委員会の速記録によると，入会権者もまた当然本条の適用を受くぶきもののように考えられるけれども（速記録102頁参照），入会権者は単なる共有者ではなくして実体法上既に一の団体を組織しているものである。無論入会団体中には慣行上代表者・組織等に関して精密な定めを有するものとそれ程精密な内部的規定を有しないものとの差があるけれども，それが実体法的にみて既に一ね団体であることは疑いないのである。この種の団体は社団 Verein の如く個人法的団体 Gesellschaft ではなくして非個人法的団体
Gemeinschaft である。しかして非個人的団体にあっては初めから個々の構成員の個性が著しく没却されているから，内部的規定も個人法的団体におけるが如く個々人の利益を考慮して精密に規定されていないのが通例である。しかもその団体性は個人法的団体におけるよりはむしろ強いのが通例であるから，その訴訟法的関係は第47条によるよりはむしろ第46条によって規律せらるべきものである。委員会がこれを当然第47条によって規律せらるべきものの如く考えているのは入会関係に関する彼等の認識の不足を表明するものに外ならない。
もっとも入会関係を単なる共有関係と同一視ししたがってこれを団体的関係として観察しないのは吾国従来の通説であるが，入会関係は沿革上常に入会団体を基礎として存在したもので（石田氏土地総有権史48頁以下，499頁以下等参照），吾国現在の入会関係も入会団体の存在を認むるによってのみこれを正当に理解し得る。
３
上述の如く「法人ニ非ザル社団又財団ニシテ代表者又ハ管理人ノ定アルモノ」がそれ自身訴訟当事者能力を有する以上，彼等を当事者とする訴訟における権利拘束の効力及び判決の既判力が彼等自身について発生すべきは勿論である（註10）。
（註10）学者によっては「権利拘束の効力及び判決の既判決力は，形式的当事者に付き発生するのみならず実質的当事者たる総社員に付いても生ずる。したがって訴訟物の権利拘束発生後又は判決確定後，再び総社員より又は総社員に対し同一訴訟物に付き提起せられたるときは，前訴の権利拘束又は既判力を以て抗へきとなすことが能きる」と説くものがあるけれども（菅原氏前掲６号６７頁）既に上述した通り（「註３」参照）いやしくも社団それ自身が訴訟当事者たることを認むる以上，同時に別に総社員が当事者能力を有することは理論上これを認め得ないから，権利拘束の効力若くは既判力が総社員に及ぶや否や
の問題は初めから発生する余地がないのである（上記「註４」後段参照）。
なお「法人ニ非ザル社団又ハ財団」それ自身が訴訟当事者である以上，彼等が原告として勝訴した場合にはその名において強制執行をなし得る。右と反対に人格なき社団ないし財団に対して勝訴の判決を得た原告は，社団ないし財団それ自身の財産に対して強制執行を為し得る。吾民事訴訟法にはドイツ民事訴訟法第735条の如き明文がないけれども，事物の性質上同様の理を認むべきは当然である。その結果としていやしくも実質上社団ないし財団の財産たるものに対しては，それが会長・管理人等の名義になっていろうとも，すべてこれを内部的信託的関係に過ぎざるものと看做して強制執行を行うことが出来る。これに反して社員個人の財産に対しては勿論強制執行を行い得ない。けだし人格なき社団とその社員とは全然別個のものであり，したがって社団そのものに対する判決はただ社団に対してのみ効力を有するものと解するの外ないからである（註11）。
（註11）同説細野氏前掲378頁。なおこの際社員が社団の債務に対して有限ないし無限の責任を負うや否やは全然無関係の問題である。社員がかくの如き責任を負うことがあるとしても，社団そのものに対する判決をもって直接社員に対して強制執行を行い得ざるは勿論である。
（加藤先生還暦祝賀論文集所載）
法人の国籍について
１
法人の国籍を定むる標準如何については従来幾多の学説があるけれども，その中私法学者間に通説と認むべきものは設立準拠法説である。ただ民法は「法人ノ設立ハ其主タル事務所ノ所在地ニ於テ登記ヲ為スニ非ザレバ之ヲ以テ他人ニ対抗スルコトヲ得ズ」（第４５条第２項）と規定し，商法はまた「会社ノ設立ハ其本店ノ所在地ニ於テ登記ヲ為スニ非ザレバ之ヲ第三者ニ対抗スルヲ得ズ」（第４５条）と規定している関係上，一般学者は準拠法説に加味するに住所地所の在要件をもってし，内国法に従って設立する法人は常に内国に住所を有するを要し，また内国に住所を有すべき法人は常に内国法に従てこれを設立することを要するのであって，その一方のみの要件を備えた法人は存在し得ないのだと説いて居る。しかし精確に言うと，ある法人の設立が日本法に準拠して為されたりや否やと日本法に準拠して設立せらるべき法人は如何なる要件を充たすことを要するかとは全然別個の問題である。成程日本法に準拠して設立せらるべき法人は――現行法の規定の結果――必ず日本国内に住所を有することを必要とする関係上，日本法によって設立された法人はすべて日本国内に住所を有する結果となるけれども，それは日本法によって設立される法人はすべて日本法の要求する諸種の要件を備えねばならない，したがって日本法によって設立された法人はすべてそれ等の諸要件を具備していると言うのと同一事である。すなわちかかる法人が日本国内に住所を有しその他日本法律の要求する要件を具備しているのはただ彼等が日本法によって設立された当然の結果に外ならないのであって，日本国内に住所を有しその他の法定要件を具備するが故に日本法人となるのではない。したがって日本法によって設立されることと日本国内に住所を有することとを２個対等の標準として日本法人なりや否やを決せんとするのは明に誤謬であって，正確に言えば彼等通説の説く所は畢竟純粋なる準拠法説と何等撰ぶ所がないのである。
しからば準拠法説は現在何故に通説を為しているのであろうか？論者の説く所は必ずしも一致しないけれども，要するに「法人格は法律の与うる所である，法人は法律上の存在・法律の所作物である，したがって日本の法律によって設立された法人すなわち日本法人でなければならない」と言う極めてナイーヴな考が一般に思惟の根底をなしているようである。例えば松本博士が日本法人が日本法によって設立せられるを要すること「殆ド自明ノ事理ニシテ深ク論ズルノ必要ハナイト考ヘル」と説いて居られるが如きその最も顕著なる例証である（私法論文集第１巻１８６頁）。
しかし，この問題は果してかくの如く自明でありまた簡短であろうか？私はこの疑いを強める目的をもって次の諸問題を提出したいのである。
まず第１に，例えば５人のドイツ人が日本法に従って合名会社を設立したとすれば，通説によるとそれは日本会社である。しからばその会社は現行法が外国人及び外国法人の享有を禁止している権利を無制限に享有し得べきであろうか？通説は正にこの結果を認めざるを得ない訳合である。無論船舶法（第１条）及び外国人土地法（第２条）は会社法人の内部的構成分子に留意して準拠法説に従えば日本法人たるものに向ってもなおある程度の権利享有を制限しているけれども，特にかくの如き明文を設けずして例えば鉱業法の如く単に「帝国臣民又ハ帝国法律ニ従ヒ成立シタル法人ニ非ザレバ鉱業権者トナルコトヲ得ズ」（第５条）と規定しているに過ぎない場合には，如上の合名会社もなお「帝国法律ニ従ヒ成立シタル法人」として自由に鉱業権を享有し得べしと言うのが準拠法説当然の結論でなければならない。しかしながらかくの如き結果は果して妥当であろうか？
次に大正９年の特殊財産管理令（勅令第４８条）によれば，「政府ハ独逸国，墺地利洪牙利国若ハ土耳古国ニ属シ又ハ其ノ国人若ハ法人ニ属スル財産ヲ管理スルコトヲ得」（第１条）とあるが，もしも厳格なる準拠法説に従えば如上のドイツ人５名より成る合名会社はなお日本法人として財産管理を免れる訳であり，また同じく大正９年勅令第１７１号による財産処理をも免れ得る訳である。もっともこれ等の勅令と密接の関係を有する対ドイツ平和条約第２９７条には「独逸国民又ハ其ノ管理スル会社」とあって準拠法説が採られていないけれども，純然たる準拠法説をもって如上の勅令に臨むときは，上記合名会社は正に日本法人として財産の管理没収を免れ得べしとの結論に到達せざるを得ない。しかしかくの如きは果してこれを正当の解釈なりと言い得べきであろうか？
これ等の結論は実質上準拠法論者といえども恐らくは認むることを欲せさる結論であるに違いない。しかし彼等がこの結論を認めざらんがためには何等か特別の説明を必要とする。しからざる限り彼等はついにこの結論を甘受せざるを得ないのである。
２
次に，国際私設学者の間において最も有力である住所地説すなわち法人の国籍はその住所の所在地によって定まるとする説を考えて見よう。無論住所地説の中にも営業中心点説及び本店所在地説の区別があるけれども，ここではその中より有力の説である後説を問題にして，話を進めたい。
この説の根拠とする所は要するに「法人ニ関スル規定ハ皆其国ノ領土内ニ住所ヲ有スル法人ニ適用スルコトヲ目的トスルノミナラズ，内国ニ住所ヲ有スル法人ニアラズンバ斯ル規定ニ準拠スルコトヲ得ザルモノナルガ故ニ，内国法人ノ意義ハ何レノ国ニ於テモ内国ニ住所ヲ有スルヤ否ヤニ依リテ之ヲ定メザルベカラズ」，しかして吾民法商法の解釈もまたかくの如くでなければならないと言うに在る（山田博士外国法人論穂積還暦論文集８９０頁以下）。成程法人に関する規定は主として法人の監督を目的としている。したがって法人管理の中心地たる本店または主たる事務所が存在する国の法律がこれを支配するのが最も至当である。日本に本店を有せざる会社は日本の会社法をもってこれを取締り難い。これ故に，如何なる法人に日本の法人法を適用するを妥当とすべきかの立法論的見地より論ずれば住所説は最も当を得て居る。また吾民法商法がその見地を採用して日本法によりて設立せられる法人はすべて日本に住所を有すべきことを要求していると言う議論も解釈論として成り立つのである。しかし日本法が日本法によりて設立せられる法人は日本に住所を有すべきことを要求しているが故に解釈論上日本に住所を有するや否やが法人の日本国籍を有するや否やを決定すべき唯一の標準であって，その法人が日本法によって設立せられたりや否やは全くその国籍を決する標準とすべきではないと論ずることは果して論査の説くが如く正当であろうか。
成程現行法は日本法によって設立せられる法人はすべて日本国内に住所を有すべきことを要求して居る。けれども，現行法が日本法によって設立せらるべき法人について要求して居る要件は単にこれ一事のみではない。例えば日本法によって設立せられる法人会社は必ず一定の定款を作成する必要がある。しかし，今もし何人かが法人の国籍を論ずるに当ってその法人が日本法の要求するが如き定款を作成したりや否やを標準とすべき旨を説くならば，誰れかその循環論法を笑わないものがあろうぞ。果してしからば吾が現行法は日本法によって設立せられる法人はすべて日本国内に住所を有すべきことを要求するが故に，日本国内に住所を有する法人は日本法人なりと主張し，これをもって準拠法説に対立すべき異別の説を為すものなりと説くが如きは甚しい誤謬であると言わねばならない。要するに，住所地説は立法論としては大に価値があるけれども，解釈論としては特に準拠法説と異なった何等実質的の説明を与えるものではないのである。」
３
一体準拠法説にせよ住所地説にせよ法人の国籍に関する従来一般の学説は，当該の法人が主として内国的構成分子をもって成り立っているや否やの問題を度外視しようとしている。「自然人ノ国籍ニ付テハ血統ヲ標準トスルヲ原則トスルモ此標準ヲ法人ニ付テ用フベカラザルハ明ナリ」（鳩山博士日本民法総論２２６頁）。法人の設立者代表者社員資産等が外国的なりや否やの如きは全く法人の国籍を決定する標準中に加うべきではないと言うのである。
けれども，法人を観察するについては常にその実体を出発点とせねばならない。社団法人は人格すなわち権利享有を許されたる社団であり，財団法人は人格すなわち権利享有を許されたる財団に外ならない。根本は飽くまでも社団にあり財団に存するのである。そうしてその社団財団がある国の法律によって人格の承認を与えられるのである。したがって存在するものは飽くまでも社団財団であり，人格の承認を与えられた社団財団である。社団法人財団法人なる特別の存在が社団財団の外に存在するのではない。この点については私の民法講話（下巻３００頁以下）の説明を参照せられたい。
したがって人格の有無を全然別としてある社団財団が日本的であるか外国的であるかまたは国際的であるかは理論上また実際上考え得る事柄である。現に法人としての国家その他公共団体の国籍問題が自明であって全く何等の疑問を生ぜしめないのは，それ等法人の構成的実体それ自身がその国籍を決定するからである。また例えば太平洋問題調査委員会と言うが如き団体は初めより国際的社団ないし財団である。今かかる国際的団体がアメリカのある州法に従って法人格を得んとすればその州法に準拠してこれを取得することを要し，またもし日本法によって法人格を取得せんとせば吾民法に準拠して人格賦与を申請することを要する。しかし，そうした場合アメリカ法によって人格を取得すればアメリカ法上アメリカ法人としての取扱を受けることが出来，また日本法によって人格を取得すれば日本法上日本法人としての取扱を受け得るだけのことであって，法人の実体たる団体それ自身は依然としてすこしもその国際的性質を失うものではない。したがってまたもしかかる団体が日米両国にて法人たる取扱を受けんと欲するならば，一方アメリカ法によって人格の賦与を受け，また同時に日本法によって人格を取得すればよいのである。従来の通説によれば一度アメリカ法によって人格を取得すれば，かかる国際的団体といえどもアメリカ法人になってしまう。しかして民法は「外国法人ハ国，国ノ行政区画及ビ商事会社ヲ除ク外其成立ヲ認許セズ」（第６３条）と規定しているから，かくして一度アメリカ法によって人格を取得した公益社団はもはや日本においては民法第３６条による認許すら受けることが出来ないと言う実際上極めて不都合な結果となるのである。
私の考によれば，法人の基礎は飽くまでもその実体たる社団ないし財団にある。したがってその社団ないし財団が甲国の法律によって人格を得てもそれが全く甲国の社団ないし財団になってしまうのではない，ただ甲国において原則として甲国人と同様の法律的取扱を受け得ることになったと言うだけのことである。したがってかかる社団ないし財団がまず甲国において人格を得た上次に乙国において人格を取得することも理論上不可能ではない。それはあたかもある自然人が甲国においても人格者として取扱われ同時に乙国においても人格者として取扱われ得るのと同一であって，それはその人が甲国の国籍を有するや乙国の国籍を有するやの問題とは全然別問題である。これ故に，例えば世界にある宗教を宣布することを目的とする団体の如き，まず甲国において人格を得，また乙国法によってその国の人格を得，しかして次にまた例えば吾国の民法によって――第３６条の「認許」ではなく――所謂設立の許可を得ることが出来るのである。通説は法人の設立をもって何等か新なる法人団体が設立せられることのように解して居るけれども，実はある団体が法律上人格を賦与されることを意味するに過ぎない。したがって，同一の社団が甲国においてもまた乙国においても人格を取得することは，同一の人間が甲国においても人格者として取扱われ乙国においても同様の取扱を受けることが不可能でないと同様，何等不可能と解すべき根拠が存在しないのである。
かくの如く，法人の基礎はその実体たる社団ないし財団に在る。しかして社団ないし財団にはそれ自身日本的なるものありアメリカ的なるものありまた国際的なるものもあり得る。したがって法人の国籍を論ずるについてはかえってこの点こそまず注意に値するのであって，全然これを度外視して法人国籍の問題を考えんとするが如きはそもそも論者の法人論の根底に誤謬あることを示すものと言わねばならない。
４
しからば，法人の基礎たる社団的ないし財団的実体のみを標準とし法人の国籍を決すべしと言うのであろうか？ 否そうではない。
そもそも法人に国籍なるものを認むる法律的必要はいずれに存するのであろうか？
まず，第一に，吾々は，株式会社法その他法人一般に関する法規の中心をなしている国家的監督の問題を考える必要がある。これ等の法規においては日本法人には日本法人としての監督を加え，外国法人にはまた外国法人としての監督を加えることにして居る。したがって，ある法人の日本法人なりや外国法人なりやを分別することはこれ等の法規を適用するについて絶対的に必要である。しかして，この点より言えば日本法に準拠して設立された法人はすべてこれを日本人とし，かつ法人管理の中心点たる主たる事務所ないし本店を日本内地に置くべきことを意味するのが最も妥当であって，吾民法商法の主義はこの必要から生まれたのである。したがってまたこの必要に応ずる点より言えば準拠法説は最も当を得て居る。
けれども，次に権利享有の問題を考えて見ると，準拠法説をもってこれに臨むことは絶対に不合理である。何となれば，現在諸文明国の法律が外国人に向っても原則として権利能力を認与するにかかわらず，ある種の権利についてそれを制限して居る所以のものは，その人の外国的本質がかかる権利の享有行使によってその国の利益を害するに至るべきことを恐れるからである。それならば，たとい日本法に準拠して設立された法人でもその内部的構成分子が外国的であるならば同じくこれに向って権利享有の制限を加える必要がある。何故なれば，かかる法人に無制限の権利享有を許すときは，外国自然人にこれを許すのと全く同様の弊害を生じ得るからである。この事，国籍法が外国人の帰化について相当厳重なる条件を規定しているのみならずたとい適法に帰化した者についても一定の公的職務に就くことを禁じて居るのと同段の理由に基くのであり（第１６条参照），また船舶法第１条，外国人土地第２条が法人会社の内部的構成分子に留意して権利享有を制限しているのは実にその精神に基くのである。
果してしからば，かかる明文なしといえども専ら外国的なること明瞭なる法人はすべて権利の享有についてこれを外国法人として取扱うのが正当であって，日本法律によって設立された以上全くその内部的構成分子を問わずして完全なる権利享有を許し与えんとするが如きは甚しき誤である。
無論，法人の内部的構成分子には色々の種類があり程度があり得る。したがって船舶法外国人土地法の如き特別の明文なき場合に，一定の法人の内国的なりや外国的なりやを判定することは事実問題として相当困難を感ずることが少くないであろう。さればこそこの問題はヨーロッパ大戦勃発の当初イギリスフランスその他諸国において実際上及び学理上劇しい論争の対象となったのである（Oppenheim & McNair,
International law, Ⅵ edit, vol.Ⅱ,pp.177及びその所に引用せる諸書及判例参照）。しかし，もしも問題が起ったならば裁判所が自己の見解をもってこれを解決すればいいのである。少くともその外国的なること極めて明瞭なる法人に向って日本法人と同様の権利享有を許し与える必要はないのである。
しかるに，従来学者間の通説は例えば準拠法説の如き一個の標準――しかもそれは法人監督の問題には正しく妥当する標準――によって法人の内外性を決定したる上，その標準の全く妥当しない他の問題にまでその結果を推し及ばそうとして居る。誤謬はそもそもこの所から発生するのである。
５
思うに，法律学において屢々無用の論争を惹起し人々をして下らぬ誤謬に陥らしめる原因をなすものは概念の相対的性質を忘却することである。学問の成立には必ず概念を必要とする。けれども，概念は畢竟約束に過ぎない。一定の目的をもった約束に外ならない。したがって概念の妥当する範囲はその目的によって自ら制約されるのである。例えば，同じく「占有」なる文字をもって言い現わされた概念といえども，民法民事訴訟法刑法等について決して同一である必要はない。同じく民法の中でも，例えば第１９２条における占有と占有訴権の原因たるべき占有とまた第７１８条における占有とは区別せらるべき理由が充分に存在する。しかるに，その区別を忘れたことは現に幾多の論争疑問を生む原因をなしつつある。
法人の国籍についても，通説は法人格は法律の与えるものである，したがって日本法律によって法人格を与えられた法人は日本法人であり，外国法律によって法人格を与えられたものは外国法人であると決めてしまい，この所から出発してすべて法人の国籍問題を単一的に解決しようと考えて居る。けれども，かくの如きは先に論じたるが如く一方においては社団財団が法律に先立って社会的に存在する所以を忘れ，一定の社団財団が或は日本法律によって日本法人として取扱われ或はドイツ法律によってドイツ法人として取扱われるのであると言う自明の事柄を看過するの致す所であり，他方においてはまた法人の国籍なる概念の相対性を忘却した結果に外ならないのである。
法人の国籍問題は法律の適用上実に各種の事項に関連して居る。しかしてそれは事項の異なるに従って各別に考えらるべきである。単一の標準をもってすべての場合に臨まんとするが如きはそもそも根本的に誤謬である。
（松波先生還暦祝賀論文集所載）
住所に関する意思説と単一説
１
住所設定の要件如何については民法制定以来今日なお学者の見解が一致していない。
まず第一に，住所設定には生活の本拠と常佳する客観的事実あるをもって足るかまたはそのほかその場所を生活の本拠とするの意思あることを必要とするかについての意見の一致がない。しかして民法制定後最初の時代には客観説が有力であったにもかからず（注１），その後有力なる学者にして意思説に赴くもの少なからずその結果は判例もまた終に意思説を奉ずるに至った（注２）。しかし学者の多数は依然として客観説を主張しているため（注３），現在この問題については学界の通説と判例との間に一致が欠けている訳である。
（注１） 梅氏民法要義第１巻第２１条 ，富井氏民法原論初版第１巻１５９頁以下，江木氏現行民法論９８頁以下。これに反し古い著書の中でも岡松氏民法理由上巻５１頁以下は意思説を主張している
（注２） 松本氏人法人及物２１９頁以下，中島氏民法 義第１巻１７３頁以下，三瀦氏民法総則提要１１４頁以下。
大審院は大正９年及び昭和２年次度の決定において意思説を主張している（大正９・７・２３民法録1157頁以下，昭和2・5・4民法集219頁以下）。
（注3） 川名氏日本民法総論62頁以下，鳩山氏日本民法総論84頁以下，我妻氏民法総則法学全集第1巻187頁以下。
次に住所は各人について1個に限るとする考えは従来学者の均しく主張する所であって最近までまったく例外を見ない定説であった。しかるに我妻氏は最近これに反対して複数説を主張している（注４）。
（注４） 我妻氏前提１８７頁。
これら２点に関する学説の如何が実際判決の結果に影響を与えた実例は従来極めてその例に乏しい。上記の大正９年大審院決定は意思説を主張しているけれども，それは実質上決定の結論になんらの影響を与えていない。これに反して昭和２年の同院決定は正しく意思説を採用するによって特に一定の結論を導き出している。そうして同時に―決定の上では実際上問題になっていないけれども―事件の裏面を考えて見ると吾々自ら単一説に対する疑いを抱かざるを得ない立場に置かれる。なお上記大正９年決定においては上告論旨において複数説の主張されていることに注意する必要がある。
私は以下主としてこれらの２決定殊に昭和２年の決定に主材を求めつつ，この２問題を考えて見たい。そうしてその必要上次にまずこれらの決定の梗概を摘記したいと思う。
昭和２年決定の事案は略次の通りである。甲は（年齢満５歳）は乙女の私生子であるが，
次に大正９年決定の対象となった事案は略次の通りである。未成年者甲は
２
私はまず第一にわれ民法の解釈上意思説を採用すべき根拠ありや否やを考えて見よう。
吾民法は第２１条において「各人ノ生活ノ本拠ヲ以テ其住所トス」と規定しているだけであって―スイス民法第２３条のごとく―直接設置意思を必要とする旨を明定しなければならないはもちろん，その必要を推論せしむべき何等の規定をも設けていない。これゆえに，われ民法上意思説を主張せむがためには理論上住所設定には必ず設定意思を要する旨を論定する必要がある。
なるほどドイツ民法も住所設定の原則的方法を規定した第７条第１項においては設定意思の必要を明記していない。けれども，同法については特に次の二点に注意する必要がある。第一に同法は「一定の場所に永続的に落着いた者はその場所に住所を設定している」
だけであって，その「永続的に落着」くことが一般生活のためなりやまた特殊生活のためなりやを問うていない。しかして同法は明文をもって同時に数個の住所を有することを認め，特殊生活のためにする住所をも認めているから，住所設定意思を問題にしない限り住所と居所とを概念的に区別することが絶対的に不可能であって，この点こそドイツ学者が解釈上一般に意思説を採っている主な理由である。第二に又同法が「行為無能力若しくは制限行為能力者は其法定代理人の意思なしに住所を設定若しくは廃止し得ず」（第８条）と規定していることも同法が意思説をとっていることの有力な証拠であると考えることができる。
してみると，特に「生活ノ本拠」をもって住所とする旨を規定とするのほか無能力者の住所設定について何等の規定を設けていない吾民法の解釈としては明文上こうも意思説の採用を強要すべき何等の根拠なきものと考えねばならぬ。（注５）
（注５） なお吾民法の解釈上客観説を主張する学者は吾民法がドイツ・フランス等の民法と異なって法定住所を認めていないことを論拠の一つに加えるのを例とするけれども，法定住所は客観主義の法制の下においても理論上これを認め得る，例えば禁治産者の住所は「生活ノ本拠」の如何を問わず法律上当然に後見人の住所にありとするがごとき法制は理論上可能であるから，この種の説には到底賛成し難い。
次にフランス民法はその第１０２条において極めて吾民法第２１条に類似した規定を設け，各人の住所はかれのprincipal etablissementに存すると規定している。こうして同条においては全く設定意思の必要を規定していないけれども，住所の変更については居住移転の事実のほかその新居住をprincipal etablissementとなすの意思あることを必要とすると規定されている（第１０３条）。このゆえに，ドイツ民法におけるがごとく住所と居住とを区別する標準として住所設定意思の有無を問題とする必要は全く存在しないのであって，ただ住所の変更について変更意思が要求されているに過ぎない。これに比べること，吾民法は「生活の本拠」を住所としている点においてフランス民法に類似しているけれども，住所変更に関して何等特別の意思を要求する趣旨の規定を設けていないから，解釈上すべては「生活ノ本拠」なる客観的事実を標準として決定すべきものとすることを自然とするべく，住所変更についても意思の如何を問わざる趣旨なりやと解することを正当とする。
一体意思の如何によって法律的効果の存否が左右されることは一般第三者にとってはむしろ甚だ迷惑である。なぜならば，意思の存否は外部より的確にこれを知り得ない，ただわずかに外部的事実によってこれを推測するのほかない，しかもその推断を誤るときは不測の損害を蒙るおそれがあるからである。このゆえに，法律行為のごとく主として意思を基本として効果如何を決すべき法律事実についても，取引の安全を保護する必要上近代においては一般に表示主義が強調されているのであって，住所のごとく客観的事実の認定によってこれを決定し得べき可能性ある事柄について特に意思を問題にするがごときはむしろ好ましくないのである（注６）。フランス民法が住所変更について意思を問題にしているのは変更意思を明示することによって住所の存在従ってその変更を公示することができると考えたからである。同法は変更意思は新両住所地の市町村役場に対する届けによってこれを表示すべきものとし，ただその届出ない場合には四囲の事情circonstan-cesによってその意思を推測することができるとしている。（第１０４条・第１０５条）。もしも届出が強制され実際上また正確に届出が実行されるならば，フランス民法の主義は住所を明確にする上において確かに成功したものといえることができる。ところが実際上届出はほとんどと実行されていないから，変更意思の如何はほとんどすべての場合において四囲の事情によってこれを推測するほかない。その結果一面意思の判定に関して実際上幾多の難問を生じているのみならず（注７），事実においては吾民法上四囲の事情によって一定の場所が「生活ノ本拠」なりや否やを判定していると同じく，意思の判定実はprincipal établissementの存否に関する判定と同一に帰着しているのであって，意思主義の効能はこうも発揮されていないのである。
（注６） 客観説が取引の相手方を保護する利益あることは古く江木氏現行民法論98頁がこれを指摘している。もっぱら模倣的法学の一般に行われていた当時として特にこの点に気づいていることは誠に感じるべき卓見であると言わねばならない。
ドイツの学者は意思によって住所と居住とを区別せしむとしている。しかしこれによってなされるのは住所と居所との概念的区別に過ぎない。実際上の判別を意思によってなさんとするのはいたずらに問題を困難ならしめ，一般第三者の立場を不安にするに過ぎない。三猪氏（法学協会雑誌第38巻12号76ページ以下）は上記の大正9年決定に対する批評として，「殊ニ若シ居所ヲ以テ特殊生活ノ目的タルト否トニ関セズ事実上多少継続的ニ住スル場所ナリトミルトキハ，居所ト住所トノ区別ノ標準ハ一般的生活ノ中心タルヲ要スルヤ否ヤノ点ノ以外ニ於テ住所ノ懸念ニハ意思ヲ要件トスルニ反シ居所ノ懸念ニハ意思ヲ要件トセズト説明スルコトヲ得ベクシテ二者ノ観念ハ益々明瞭ト為ルベシト考フ」と説いているけれども，「生活ノ本拠」なりや否やの客観的事実認定すらすでに困難であるのにさらにその上意思を問題とするがごときはいたずらに事態を困難ならしめるだけである。吾々は解釈上概念の区別の明確を求めようとするよりはむしろ実際的判定の便否を考ふべきである。その便否を考えずでいたずらに概念の区別を求むるごときは最も悪しき意味における概念法学の欠点である。
（注7）Planion,Droit civil,t,1,no,593 尚Codes
annotés de Sirey,Code civil,Art,103 a 105, Nos,15 et s.に掲げた幾多の判例は判定の実際上如何に困難なるかを想見せしむに足りる。
こうして考えてみると，立法論としても客観説こそかえって長所を有するのであって，特に主観説の長所と認めるべきものはほとんどと存在しない。何を苦しんで特に規定なき吾民法の解釈と意思説を主張する必要があるのか。上記の昭和2年決定は甲の住所を
３
次に私は住所単一説を批評しようと思う。
従来の通説が単一説を主張する根拠は民法第21条の規定にある。同条が「各人ノ生活ノ本拠ヲ以テ其住所トス」と規定していることから，生活の本拠は各人についてただ一個のみあることができる故に，住所は各人についてただ一個のみあることができるとするのが彼らの議論である。
けれども，この議論を肯定する前に吾々のまず問題にしなければならないのは，吾々の生活の本拠は果たして常に一個であるかと言うことである。昔は商人についてすらその私的一般生活と営業的生活との間に明確なる分界がなかった。しかるに社会的分業の発達は益々各人をして私的一般生活のほかその分業に関する特殊生活を有することに至った。独り商人のみならずいやしくも社会的分業を分担する人々はその分担の度合いが強ければ強い程その分業生活に関して社会一般と特殊の生活関係を結ぶに至てる。はたしてしかならば私的一般生活の中心点として住所を認めこれを標準として一般生活の諸関係を整理すると同時に，特殊生活の中心点としての特殊住所を認めこれを標準としてその生活に関する諸関係を整理することは独り生活者本人にとって便宜であるのみならず特殊生活においてそのものと取引する一般第三者にとっても，非常に便宜である。したがって立法論としては単一説よりはむしろ複数説に理論的長所を認め得るのである。従来の通説は人をもっぱらその肉体によって認識しようと従って人の所在もまた肉体の所在によって決定をしようとしている。けれども，人の法律的存在は人と社会との関係においてのみこれを認識し得る。果たしてそうであるならば人の社会的関係が段階的に複数的存在をなしている以上人の法律的存在をもまたこれを段階的複数的に認識するを至当とする。この見地よりいえば住所複数説はむしろ社会の実状に適合しているのであって，独りドイツ民法のごとく意思説を採用している法制の下においてのみならず，「生活ノ本拠」をもって住所であるとする吾民法の下においても解釈上複数説を主張すべき根拠は大いに存在するのである（注8）。
（注8） 純理的に考えても住所は必ず一個でなければならないという何等の必然の理法は存在しない。単一説をとるべきか複数説をとるべきかは畢竟便宜的考慮の問題であって，この理は明文上単一説をとっているスイス民法の下においてすら学者の認めるところである（Egger,Komm.Bd,1,Art.23,3）。
この点について吾々のまず第一に考えねばならないのは，吾国の現行法が住所のほか営業所を認めていることである。すなわちある人が営業を営んでいる場合には一般生活のほか別に営業生活である特殊生活ありとし，一般生活の本拠として住所あり得るのほか，営業生活の中心点として営業所なる特別の住所を認めていることに注意すべきである。しかしてこれを認むる根拠は当該人の営業生活に関してこれと関係をもつ人々にとってはその人の一般生活に関する中心点を標準として取引関係が整理されるよりは，営業生活の中心点である営業所を標準として取引関係の整理を受けるほうがはるかに便宜であるという点に存する。例えば横浜市に住所を有し東京市に営業所を有する者と営業取引をなす者にとっては取引上東京市の営業所を万事の標準とすることが便宜である。営業関係について彼を訴えるについても，横浜地方裁判所に訴えを提起することよりはむしろ東京地方裁判所に訴えを提起することを便宜とする（民訴第16条参照）。また彼に対し営業に関して不特定物給付の債務を負う者が履行の場所について何等の定めをなさないときは，住所地でいる横浜市が履行の場所となるよりは営業所である東京市が履行の場所とされる方が便宜であって（商法第278条参照），住所のほか別に営業所の認める必要は実にここに存する。
はたしてしからば，ある人が一般生活のほか―営業生活以外の―特殊生活を有する場合においても，その特殊生活に関する限り特殊の住所を認めることは何等背理にないのみならず当該特殊生活の相手方にとってはむしろ便宜であると言わねばならない。したがってその特殊生活に関して特殊の住所を認めてこそかえって相手方の利益を保護し得るのである。現在の社会におけるがごとく分業が段々激しくなり，各人が人としての私的一般生活を有するほか，その業に関する限りの特殊生活を有するという事実が顕著となるに伴い，一般生活のためにする住所のほか特殊生活のためにする特殊の住所を認めるべき必要が段々顕著となるのは当然の傾向である。「各人ノ生活ノ本拠ヲ住所トス」るとしても，その生活が単一でない限り住所もまた単一であり得ない。もしも吾々の生活が一個の円であるならばその中心点はただ一個のみあることができる理合であるけれども，それがあるいは楕円でありまたあるいは二個以上の円である限り，中心点は決してただ一個ではありえない。このゆえに「各人ノ生活ノ本拠ヲ住所トス」と規定されていることから直ちに住所はただ一個のみありえると結論するのは論理を欠いた推論である。
フランス民法の解釈としては今日なお単一説が通説である。けれども，それが実際上不便とされていることは（注9）この際吾々の最も注意すべき事柄であって，吾民法上理論上単一説を必然に強要するべき規定なき限り，強いて単一説をとらむとするのは極めて愚であって，理由なくただ伝統を追っているものと解するほか他にこれを評すべき言葉を発見し得ないのである。
(注9) Planiol,Droit
civil,t.1,no.597,Colin et Capitant,Droit,t.1,p.414
昭和２年の上記大審院決定は甲の一般的住所を
この見地から考えると上記大正９年決定の事件においても住所はむしろ２個ありと解するを正当とすべき，しかして決定に現れた事実から推測すると当該未成年者の一般住所は大島にあり，したがって親族会招集の管轄裁判所は，大島区裁判所であると解するを正当とするように思われる。
４
これを要するに，吾民法意思説を共用すべき成法上の根拠は全く存在しない。そればかりではなく意思説は相手方保護の見地より考えるとむしろ甚だ好ましくないのである。また単一説は一見住所を単一ならしむるによって一般第三者の安全を確保することができそうであるけれども，第三者の立場よりすれば，特殊な生活について一定人と関係する者はむしろその特殊生活の中心点を標準として法律関係の整理を受けるほうが便利であって，この点から考えても単一説を主張すべき根拠は全く存在しない。フランス民法においては住所は各人のprincipal etablissement にありとするほか，住所を一所より他所に移しているときは住所は当然に消滅するものとし，その他住所単一説を強要すべき幾多の規定を設けている。これに反して吾民法はただ「各人ノ生活ノ本拠ヲ以テ住所トス」と規定しているに過ぎない。しかして世上吾々の生活が単一にないとしてむしろ多数の場合において一般特殊段階をなしているという事実が存在する以上，住所についても一般的住所のほか特殊の住所を認めるべきはむしろ当然であるといわねばならない。
なお公法上各種の選挙もしくは被選挙資格を決する標準として住所の所在を定めるについても，吾々は必ずしも住所単一説を固守して私法上の一般的住所々在地にそれら公法上の住所また当然に存在すると考える必要は全く存在しない。一々各法律の精神に鑑みて当該法律の適用に関する限りどこに住所ありと考えるを至当とすべきかを決定すべきである。けだし我妻氏が言っているとおり「ある人についてその『最も関係の深い場所』（すなわち住所）を決定するに際して必ず『如何なる法律関係について』その人の『最も関係の深い場所』を決定せんとしているのかを考えなければならない，住所を持ってその場合の標準とした意義が失われることとなる」（注１０）ただ空漠に一個の住所を定めた上これをすべての法律関係に適用せむとするのはもっとも法律上住所である制度を認める根本の精神に反するからである。
（注１０） 我妻氏前掲185頁
（法学協会雑誌第47巻第3号所載）
法令違反行為の法律的効力
１
法令の規定に違反して締結された法律行為は私法上如何なる効力を有するか。
民法はこの問いに答えるため「法律行為ノ当事者ガ法令中ノ公ノ秩序ニ関セザル規定ニ異ナリタル意思ヲ表示シタルトキハ其意思ニ従フ」（第91条）旨の規定を設けている。しかして学者は一般にこの規定を説明して「法令中ノ公ノ秩序ニ関セザル規定」すなわち任意法規に違反する法律行為は有効であることに反し，公の秩序に関する規定すなわち強行法規に違反する法律行為は無効であると言うている。
ところが公の秩序に関する規定は必ずしもすべて強行法規ではない。強行法規とは任意法規に対する言葉であって，公の秩序に関する故をもってこれに違反する法律行為を無効とするべきものを言うのである。したがって，たとえ公の秩序に関する規定であっても，違反行為に対する制裁として単に刑罰を加えるべき旨を規定するのみにして，なんらその行為の私法的効果を否認する趣旨を包含しないときは，これを強行法規と称し難い。かくのごとき規定は公益規定であるけれども―任意法規に対する意味において―これを強行法規を無効とするべき趣旨のもの，違反行為を無効としかつこれに刑罰を課すべき趣旨のもの，刑罰を課すけれども無効としなければならない趣旨のものおよび単に禁止するのみにして刑罰を課さなくまた無効とせず，なんら特に法律的制裁を課さなければならない趣旨のものである4種類を分けることができるのであった。（注1），その中私法上の意義において強行法規と称することができるものはただわずかに第一および第二のもののみである。
しかるに，法律が禁止規定を設けるに違反行為を無効とすべき旨を明定する例は実際上稀であって，多くの場合には単に「・・・・スルコトヲ得ズ」と規定するに止まり，またあるいは違反行為に対して一定の制裁を課すべき旨を規定するに止まっている。それがため，具体的個々の禁止規定についてそれが果たして強行法規なりや否やを判定することは極めて困難な事柄であるのにかかわらず，民法はこの判定に必要なるなんらの標準を規定することなく，学者もまたこの問題を研究していないのである。（注2）
（注１） ドイツ普通法はの学者はこの四種に命名してlex perfecta,lex plus quam perfecta,lex
minus quam perfecta,lex imperfecta と解かしていた
（注２） ドイツ民法は普通芳情の通説に従って「法律の禁止に反する法律行為はその法律に別段の趣旨が現れていない限り無効である」（第１３４条）と規定し，禁止規定違反の法律行為は原則として無効なる旨を明らかにしている。しかのみならず同法においては同じ「・・・・スルコトヲ得ズ」と規定するについても，違反行為を無数とすべき場合にはnicht konnen(出来ない)なる文字を使用し，これに反しnicht durfenn(してはならない)なる文字を使用している場合には違反行為を無効とせずして単にそのほかの効果を附するに過ぎざるを普通の用字例とするなどその他用字上相当の注意が施されている。
しかるに，吾民法はこの点についてまったくこの種の用意を欠いているため，実際上幾多の難問を生じるのであるが，これに関する研究は従来甚だその例に乏しく，最近我妻氏が現代法学全集中に与えられた説明（同全集第３巻民王総則290頁）のごときほとんどその唯一の例である。
２
この問題に関する吾国従来の判例を研究すると，大体において次のごとき結論を下すことが出来る。
（１） 民法第91条は「法令中ノ公ノ秩序ニ関セザル規定」と規定しているにもかかわらず，判例は法律とを区別し，殊に府県令の中には全然強硬法規たるものなしとする見解を維持している。してその理由は「法律ニ依リ認メラレタル契約の自由ハ府県令ヲ以テ制限シ得ザルモノ」とするにある。すなわち府県の警察命令はこれをもってある種の行為を禁止し違反行為に対して刑罰を課しえるけれども，その行為の私法的効果を制限し得ない。私法的効果の否定ないし制限は法律のみよくなし得べく，府警の警察命令のなしえるところでない，と云うのである。もちろん行為が「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」に反すると認むべきときは民法第90条によって無効となることはありえるとしても，単に命令違反強行法規違反―の故を持って無効とせらるべきでないというのが判例の考えである。（注3）
（注3） 契約の自由は法律をもってこれを制限し得るも命令をもってみだりにこれを制限しえずとする考えの下に命令違反の行為と有効としている判例は非常に数が多い。大審院大正４・１２・２２民録2158頁，同５・１・２９民録６６頁，同４・１２・１０民録２０４４頁等。
なお命令違反の行為といえども公序良俗に反する限りすべて無効たるべき旨を説いている判例もたくさんある。例えば大審大正４・１２・１０民録２０４４頁，同５・１・２９民録66頁。同８・７・３民録１２０４頁。同８・９・２５民録１７１５頁等。
ところが，府県令以外の命令もしくは直接法律に根拠して制定された命令に違反する行為の私法的効果に関しては，これを無数とする旨を説いている２３の判例を見出すことが出来る。例えば，小学校令に違反する雇用契約を「強行法規ニ違反スル」故をもって無効とし得べき旨を説いている判例があり（注4），又最近の一判決は蚕糸業法第19条によって制定された大正１２年
いる（注５）。しかし，裁判所は明瞭にこれらの命令が単純なる府警の警察命令にあらずして勅令もしくは直接法律に根拠する命令なることに議論の根拠を求めているわけでないから，これと彼とを区別する理論的根拠が判例上いずこに存在するかは全く不明である。
（注４） 学齢児童の雇用を禁じた小額高齢に違反した雇用契約の効力いかんについて大審大正３・６・２７民録５１９頁は「若シ雇用契約中ニ児童保護者ヲシテ児童セシムルノ義務ノ履行ヲ為スコトヲ能ハラザシム趣旨ノ約款存スルトキハ其雇用契約は小学校令第３２条第３項の強行法規に反するものとして無効なるべく，もし又雇用契約中に使用者をして児童の就学を妨げることを得せしむる趣旨の約款存する時はその雇用契約は小学校例第35条ノ強行法規ニ反スルモノトシテ無効ナルベキモ」単に学齢児童を雇っただけであって特に如上の約旨が含まれていなければなお有効たるを妨げない。
（注5） 大審昭和２・１２・１０民集７４８頁。本判決において取扱われている事件の内容は判例上明瞭を欠くけれども事件名その他から推測されるところによると，甲飼育中の蚕児を債権者乙が差し押さえたところ，丙はその以前既にその蚕児を買受けてただ甲をして引続きその飼育をなさしめていたのであるという理由によって強制執行異議の訴えを提起した。ところが乙はこれに対し甲丙間の売買は上記
（２） 法律の禁止規定に違反する行為はほとんど例外なく無効と認められている。例えば，斥先掘契約は鉱業法第１７条に違背する行為として無効と認められる（注６）。取引所における名板貸契約は取引所法に違背するものとして無効と認められている（注７）。しかのみならず斥先掘契約の結果として採掘された石炭の売買契約も無効と認められ（注８），また取引所における名板借人が仲買人の名義を使用して締結した委託契約もまた無効と認められている。（注９）。
ただし特に注意すべきは法律違反の故をもって法律行為を無効としている判決が多くの場合において単に強行法規に違反するの故をもってこれを無効とせず同時にその行為が公の秩序に反する事項を目的とする法律行為なることを付言していることである。すなわち一面法規違反なることを言って無効の根拠を直接民法第９１条に求むるごとき説明を与えて，同時に他面第９０条をもまた無効の根拠中に加えていることであって（注１０），この点をいかんに観察すべきかは極めて興味ある問題である。
なお商法第１７６条に違反し監査役の承認を得ずして取締役のなしたる行為は無権代理行為であって法律上当然に無効ではない，すなわち監査役が事後において追認を与ふるごときはなお効力を生じ得べきものと言われている（注１１）。もっともこの判例は第１７６条を禁止規定にあらずして代理権制限の規定なりと解することに根拠するのであって，禁止規定違反の行為を特殊の理由から有効とすべき旨を説いているのではないから，法律の禁止規定に違反する行為を無効とする一般判例の例外をなすもの認むべきではない。
（注６） 大審大正８・９・１５民録１６３４頁，同１４・２．３民集５１頁
（注７） 大審大正１５・４・２１民集２７１頁
（注８） 大正１４・２・３民集５１頁。ただし判決は直接強行法規違反の故をもって無効なりとしていない，当事者双方共売買の目的物たる石炭が法律行為によって掘採せられたることを熟知せることを理由として「右売買契約ハ法禁行為ヲ助成スル結果ヲ来タスヲ免レズシテ，是亦民法第九十条ニ所謂公ノ秩序ニ反スル事項ヲ目的トスル無効ノ契約ニ外ナラズ」と言うて無効理由を民法第９０条に求めている。
（注９） 大審大正８・６・１４民録１０３１頁
（注１０） 斥先堀契約を無効とする大審大正８・９・１５民録１６３４頁，同１４・２・３民集５１頁。
（注１１） 大審大正８・４・２１民録６２４頁，同９・７・１０民録１０６８頁，同１３・７・１０民集３４９頁。ただしその以前にはかかる違反行為を絶対無効なりとしていた時代のあったことに注意せねばならない（大審明治２・１２・２民聯録９２６頁）。
以上を通じて考えると，大審院は（イ）禁止規定違反の法律行為の効力につき当該法規が命令なるときは原則として有効説をとり，法律なるときは無効説をとっている。（ロ）けれども命令違反の行為といえどもその内容が公序良俗に反するときはなお無効たるべしといっているのみならず，法律違反行為の無効を説明するに当って多くの場合に公の秩序に違反す云々なる説明を与えている。（ハ）なお禁止法規が lex perfecta すなわち―違反行為を無効とする―強行法規なりやまたは単なるlex minus quam perfectaに過ぎざるやを判定するについては何等特別の標準を明言せざるを原則とする（注１２）。（ニ）行為を無効とするや否やによって当事者相互間に生じる利害当事者関係の不公正を調節することに向かっては全然何等特別の考慮をはからっていない（注１３）。
（注１２） 上記の大審２・１２・１０民集７４８頁はほとんど唯一の例外であって，次のごとき判定の標準を明言している。「如何ナル場合ニ於テハ反禁ノ行為ヲ以テ無効ト為スベキヤト言フニ，ソハ反禁ニ対スル制裁トシテ刑罰ヲ課スル場合ノ如キ其ノ一ナリト雖，而モ是亦決シテ例外ナキ原則ニハ非ズ。即其法規ノ趣旨専ラ其ノ行為ヨリ生ズル法律上ノ効果ヲ弾圧スルニ在ルトキハ其ノ行為ハ無効ナルコト勿論ナルモ，然ズシテ唯其ノ行為ヲ為スト言フコトソノモノ即一ノ客観的事実ヲ禁掲スルニ在ルトキハ其ノ行為ノ法律上ノ効果ハ何等其ノ発生ヲ妨ゲラルルトコロナシ」云々
（注１３） 個々の事件を見ると，実質的利害関係の顧慮が裁判内容の決定に影響を与えているらしく想像される場合が少なくない。けれども特にこれを明言せず，また特に，その顧慮の必要なる所以を意識していない。しかして専ら法律違反はこれを無効とし命令違反はこれを有効とする態度をとっているから，場合によっては行為を無効とするがため当事者相互間には甚しき不公正を生じせしめ，また不公正を救うため窮余の説明を別途に求むるがごとき奇怪な態度を示している。
例えば，斥先掘契約は鉱業法第１７条に違反する故をもってこれを無効とすべしとするも，よって掘採された石炭までをも無効とするときは売買当事者その他に忍ぶべからざる不公正を生ずる。上記の大審大正１４・２・３民集５１頁はかかる売買による代金債務を元として締結された準消費貸借に基づくか資金請求事件に関するのであるが，判決が右売買を無効とする結果準消費貸借また無効なり，その締結結果買主は損害を蒙り買主は不当に利益を受けることとなるのである。
また例えば大審８・６・１４民録１０３１頁が「仲買人タル資格ヲ有セザル者ガ単ニ仲買人ノ名義ヲ使用シテ自ラ委託契約ノ当事者トシテ取引行為ヲ営ム」のは「公ノ秩序ニ反スル事項ヲ目的トス法律行為トシテ当然無効ナリ」といっているにもかかわらず，同時に「仲買人ガ客ノ依頼ニ応ジテ委託契約ヲ締結スルニ当リ仲買人ニ第三者ガ客ニ対シ其委託契約ヨリ生ズル損益計算ノ結果ニ付キ自ラ其責ニ任ズベキ旨ノ契約ヲ因ヨリ法ノ妨ゲル所ニ非ズ」と言うて，委託契約それ自身を無効とするもなお委託者をして損害を免れしめ得べき途あることを暗示せるがごとき，無効によって生じる不公正を除去するため説明を別途に求めている顕著な例である。
３
ここにおいて吾々のまず第一に問題としなければならないのは，禁止規定が法律によるかまたは命令によるかは第９１条の適用上何等かの差異を生ずべきかである。
判例は契約の自由は府県令をもってこれを制限し得ずと言うている。この見解は美濃部博士の支持されるところであって，契約の法律上の効力は法律によってのみこれを定めえる。警察上の取締役のためにする勅令又は府県令はこれをもって事実上一定の契約をなし得べき自由を制限し得るけれども，その契約の有効無効は法律のみこれを定め得べく，命令のよく定め得るところにあらず，と言うのが議論の骨子である。
命令をもって契約の自由を制限し得べきや否やについては憲法中特にこれを明定した規定は全然存在しない。もちろん「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令」をもって事実としての各種の行為を制限し得べきは明であって（憲法第９条参照），現に行われつ，ある各種の警察命令はすなわちそれである。けれども，吾々が今玄に問題としているのは命令をもって「一定の行為は之を無効とす」と定め得べきや，かりにこれを定めたりとせば裁判所はこれを有効とし絶対にこれに従って裁判をなすことを要するや否やである。
憲法は「司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所ヲ之ヲ行フ」（第５７条第１項）と規定しているけれども，裁判所の基礎となり得べき法規が必ずしも法律に限らず命令によってもまた裁判し得べきこと解釈上明瞭である（注１４）。しかしながら，命令をもって一定の行為の無効なることを規定したるものある場合に，裁判所が憲法違反の故をもってその適用を拒絶し得べきや否やは別問題である。大審院および美濃部博士は「契約ノ自由ハ府県令ヲ以テ制限シ得ザル」旨を説いているから，かかる命令はすべて違憲としてその適用を拒絶し得べきことを認められているように解せられるけれども，その憲法上の根拠が何れに存するかは不明である。私見をもってすれば，行為の私法的効果を否認することも「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル」限り命令を持ってこれをなし得べきものと解する。もちろん一定行為を禁掲するためにその私法的効果までをも否認するにあらざればその目的を達し得ない場合は実際上極めて稀である。けれども行為の私法的効果を否認するまでの方法をとるにあらざれば「公共ノ安寧ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル」目的を達し得ざる場合あらば命令をもってこれを規定しえるものと解せねばならない。行為の私法的効果を否認することは法律のみこれをよくし得べしとする憲法上の根拠は全く存在しないのである。この故に，命令をもって一定の行為を無効とすべき旨を明定している場合には，それが憲法第９条に照らして「必要ナル命令」なりや否やを審査し，その必要なる場合にはこれを適用すべく，これに反して必要ならざるときはその適用を拒否すべきである。
（注１４） この点については美濃部博士憲法精義５７２頁以下参照。
ところが従来判例において問題となっているのは，命令自らを持って行為を無効とする旨を明定している場合ではない。命令がただ一定の行為を禁止かつ違反行為を処罰しべき旨を定めているに過ぎない場合においてこれに違反する行為は無効なるべきや否やが問題とされているに過ぎない。しかして大審院がこの問題に関して違反行為は命令違反の故をもって当然に無効となることなくただ公序良俗に反する場合においてのみこれを無効とすべしと説いているのである。けれども，命令をもって禁掲せむとしている行為がその私法的効果までをも否認するにあらざれば禁掲し得べからざる性質のものなるときは，命令中に特別明文なしといえども裁判所は違反行為の私法的効果を否認し得べきものと解するを正当とする。ただ多くの場合には私法的効果の否認が，当該命令の禁止目的を達成せしむるにつき必要ならざるだけのことである。しかもそれが必要なりと考えられる場合においてもなお私法的効果を否認し得ずとなすべき理由は全く存在しないのである（注１５）。なお命令が行為を無効とする趣旨を包含せざる場合においても，裁判所が更に民法第９０条によって行為の私法的効果を否認し得べき余地あることもちろんである。
（注１５）
４
次に，法律をもって直接「一定の好意は之を無効とす」と規定している場合に，裁判所が絶対にこれを無効とせざるべからざるはもちろんである。この場合になお当該行為が同時に民法９０条に触るるや否やを考えて無効とする場合と否とを分かち得ざるは明らかである。
これに反して，法律が単に一定の行為を禁止するのみであって特にその無効を明定せざる場合に，裁判所が違反行為の効力如何を決するについては，まず第一にこれを無効とすることが当該法規の禁止目的を達成せしむるため必要なりや否やを考え，第二にはまた違反行為が民法第９０条に触るるものと認むべきや否やを考慮すべきであると思う。
第一点は大正１２年
（注１６） 右の判決を略同一の趣旨はドイツ民法第１３４条の解釈として Enneccerus,Lehrbuch,Bd 1 117,1,2 の説くところであって，同じく禁止法規その物の中に行為の効力を否認する趣旨が包含されているや否やを探求してこれを決すべし説いている。しかしその探求は法規内容の客観的探求にあらずして，行為の効力否認が法規目的の達成に必要なりや否やの価値判断に過ぎないのであって，この事に気づいていない点において上記判決と同一の批評を受けるに値する。
第二点は法規違反の行為を無効とする根拠を単に法規違反の点に求めずして，同時にそれが民法第９０条にいわゆる「公ノ秩序」反するや否やを考慮する必要ありや否やの問題であって，判例が多くの場合にその趣旨を説いていること上補の通りである。従来の通説によると，強行法規違反はそれ自身独立の無効原因であって，公序良俗違反とは別個のものであると考えられていた。もちろん強行法規の意義を直接行為を無効とする旨を明定している場合のみに限るならば，通説の所論は正当である。なんとなれば，無効が明定されている場合には，裁判所は常に必ずその行為を無効とせねばならない，公序良俗に反せざる故をもってこれを有効とすることは全然裁判所に許されていないものと解せねばならないからである。これに反し，法規が行為の無効を明言せざる場合に，裁判所がこれを無効とすべきや否やを判断するに当っては，独り上記第一点の考慮を必要とするのみならず，公序良俗の要求に鑑み当該行為が国家法律の保護に値するや否やを判断せねばならない。裁判所は一面行為の私法的効力を否定することが当該法規の禁止目的を貫徹せしむるにつき必要なりや否やを判断すると同時に他面これと相関的に違反行為が公序良俗に反せざるや否やを判断すべきものと言わねばならない。けだし法規において直接行為の無効を明定せざる場合においては，裁判所にこの種の実質的価値判断を許すにあらざれば，到底合理的に当然法規中に行為の効力を否認する趣旨が含まれているや否やを判定し得ないからである。
この事は大審院が民法第７０８条にいわゆる「不法ノ原因」の意義を解するについて古くから，単に給付が法規に違反してなされたりや否やを標準とすべきにあらずして，同時にその給付行為が公序良俗に反するや否やを考え，そのこれに反する場合にのみ「給付シタルモノノ返還ヲ請求スルコトヲ得」ざるものとなすべき旨を説いていることと関連して考察せらるべき興味ある事柄である（注１７）。第７０８条は法律行為の無効を理由として給付物の返還を請求する場合に関する規定である。しかして大審院は行為が単に法規違反たるに過ぎざる場合には，返還請求を許すも，一歩進んで公序良俗に違反すと認むべき場合には返還請求を許さず，かくのごとき返還請求は国家法律の保護に値せずと説いているのである。それならば行為の無効を理由として給付を拒絶するものある場合においても，単にその行為が禁止法規に違反するや否やの形式的判断をなすに止まらず，更に進んでその行為が公序良俗に反するや否やを判断することを要求するのは，彼この均衡上正当であると言わねばならない。行為の無効を理由として給付の返還を拒否し得べきや否やの問題についても同じく公序良俗を判定標準となすべきであって，大審院判例が特に理由を説かずして自らこの結果に到達しているのは極めて興味ある事実なりと言わねばならない。
（注１７） 大審明治４１・５・９民録５４６頁，同４２・２・２７民録１７１頁，同４３・７・４民録５０１頁，同４４・１０・１６民録５８０頁等。
５
終に問題とすべきは，民法第９０条などによって法律行為の効力を否認すべきや否やを判断するに当っては，独り行為は公序良俗もしく強行法規に違反するや否やを判断するのみならず，同時にこれと相関的にその行為を無効とするがため当事者相互間に生ずべき利害関係の不公正を考慮するの必要なきや否やである。
判例は従来学者間の通説と同じく全くこの点の考慮を怠っている。例えば，斥先掘契約により斥先掘者の掘採した石炭の売買は鉱業法第１７条の禁ずる行為を助成するが故に「公ノ秩序ニ反スル事項ヲ目的トスル無効ノ契約」であると言うのが大審院の判例であるけれども，これを無効とするときは買主はすでに約定の石炭を給付したるその取戻を請求し得ない。なるほどこれを無効とするによって斥先掘禁止の目的は十分貫徹され得るとしても，その目的を貫徹するによって得らるべき公共的利益とそれによって生ずる売買当事者相互間における利害関係の不公正をとを比較考量して見ると吾人は軽々しく大審院および学者通説の態度に賛成し得ないのである。
従来の通説は専ら公益擁護の見地から法規の内容を探求し，そうして行為の私法的効果如何を決定せむとしている。けれども，私法裁判本来の責務は訴訟当事者相互間の利益を裁定するにある。訴訟当事者相互間の利害関係が公正に処理せらるることは私法裁判最後の目標でなければならない。
一定の行為の法律的効力を否認することが公益上如何に必要であるとしても，因って生ずる行為当事者相互間の不公正が著しい場合に，全く後者を度外視して公益の保護を計らむとするがごときは私法裁判所の態度として決してこれを正当なりと言うを得ない。
この故に，まず第一に一定の禁止法規が違反行為の私法的効果を否認する趣旨を包含するや否やを探求するに当っては，これを否認することが当該法規の目的とする理想を達成せしむるにつき必要欠くべからざるもしくは少なくとも理想達成の手段として妥当なりや否やを考究する必要がある。元来一定の禁止法規が行為の私法的効果を否認する趣旨を包含するや否やを判定することは極めて困難な事柄であって，それだけを引き離して判定することは幾多の場合においてほとんど不可能である。したがってその場合判定の標準となるべきものはむしろ当該法規の目的とする理想が私法的効果の否認によって達成せらるべきや否やでなければならない。しかして私法的効果の否認なる方法が法規理想の達成に適当せざるときは，成るべくその方法をとらざるを正当とする。何となれば，私法本来の目的は相争う当事者相互間の関係を公正に規律せむとするにある，行為の私法的効果を否認することが公益上多くの価値を有せざる場合においては，当事者相互間の公正を維持することこそ私法裁判の指導原理でなければならない。
したがって第二に，法律が行為の私法的効果を否認する趣旨を包含するしているとしても，これを否認するによって達成せらる法律的理想と因って生ずる当事者相互間の不公正とを較量することはこの種事件の裁断上絶対的に必要な事柄であると言わねばならない。従来判例は全くこの種の考慮を怠って専ら公益維持の見地から問題を判定せむとしているけれども，行為の私法的効果を否認するによって保持される公益と因って生ずる当事者相互間の私益的不公正を較量し，事実そのいずれを重視とすべきかの価値判断こそこの種の問題を判定する最後の基準でなければならないのである。
この点から考えると，例えば斥先掘契約それ自身の効力を否認することは鉱業法第１７条所定の精神を貫徹するにつき相当の価値がある。したがって斥先掘契約それ自身を鉱業法違反として無効とすることは相当価値をもっているとしても，当該契約によって掘採された石炭の売買契約までも無効とする必要ありや否やは大いに疑わしいのである。成程かくのごとき石炭の売買は斥先掘契約なる「法禁行為ヲ助成スル結果ヲ来タス」に違いない。けれども，その「助成スル」によって生ずる公益上の不利と売買契約を無効とするに因って生ずる当事者相互間の不公正とを較量して見ると，吾々は後者のむしろ多く考慮に値すべきものあるを感ぜざるを得ない。なるほどかかる売買契約までをも無効とすれば斥先掘契約禁止の精神はよりよく達成されるであろう。しかしながら，因って生ずる当事者相互間の不公正を容認してまでかかる結果を認むべきや否やは甚だ疑わしいのであって，従来の通説が全くこの種の考慮をなさずしてこの種問題の判定を行っているのは甚だ不当であると言わねばならない。
同じことは取引所における名板貸人のなした委託契約の効力如何を論ずるについても考えることができる。取引所法は「仲買人タル資格ヲ有セザル者ガ単ニ仲買人ノ名義ヲ使用シテ自ラ委託契約ノ当事者トナリ取引行為ヲ営ム」ことを禁止している。したがって名板貸契約それ自身を無効とすることは委託者はこれによって多大の損害を蒙る虞がある。もちろんこれを無効とするによって保持せられるべき公益的利益が非常に大きならば委託者の蒙るべき損害のごときは全然これを顧慮せずしてこれを無効とすべきであろう。けれども，この種事件における名板貸人委託者間の利益的関係の公正を考えて見ると，これを無視してまでも委託契約を無効とすべき理由は全く存在しないのである。
なお同じことは結繭前の蚕児売買を禁止した
（注１８） 無論同判決は前記注５において説明した通り当該売買の効力如何によって買主の執行異議を認むべきや否やの問題に関している。しかして具体的事件を考えて見ると当該売買は如何にも債権者の差押を免れるために行われたもののように思われる。したがってこれを無効として債権者の保護を計ることが具体的正義に合致しているように思われる。そうして大審院が当該売買を無効としているのは，あるいはこの具体的考察に動かされた結果であるかも知れないけれども，もしも事件が例えば売買無効を理由とする代金支援の拒絶を正当視すべきや否やの問題に関する場合に，裁判所が本件におけると同様の判決を下すとすればその妥当さは大いに疑わしいと言わねばならない。
この故に私は禁止法規違反の故をもって行為を無効とすべきや否やを判断するに当っては，これを無効とするによって達成せらるべき法規目的の公益的価値とこれを無効とするがため当事者相互間に生ずべき私益的不公正とを比較考量すべきことを主張する。もちろん公益的価値が非常に大きい場合には私益的不公正を全然無視してまでもその擁護に努力すべきであるけれども，そのしかるや否やを研究せず，そのしからざる場合においても全く私益的不公正の除去を考えずして専ら公益擁護を念とするがごときは全く私法裁判の精神を忘れたるものと言わねばならないのである（注１９）。
（注１９） なおこのほか当事者双方の中にいずれがより多く法律的保護に値するや問題も考慮せらるべきである。例えば自ら禁止法規に違反したる者がその違反を理由として行為の無効を主張してもって自己の利益を擁護せむとしている場合のごとき，民法第７０８条殊にその但書におけるがごとく，無効主張者自らに法律上保護に値せざるがごとき事情なきや否やを考慮すべきである。何人に対して自己の不法行為を理由として権利保護の請求を許すべきではない。しかしこの問題は更に別個の考究を要するが故に他日別にこれを詳論しようと思う。
（法学協会雑誌第４７巻第１号所載）
無効行為の転換について
１
無効行為の転換に関する我国の学説は法律行為解釈理論をめぐって動いている。
通説は意思解釈により表示行為を通じて転換意思の表示が認められる限りにおいてのみ転換を認むべしとしている。したがって学者が如何なる場合に転換を認め得べきかに関して多少所説を異にしているのは，各学者が法律行為解釈理論に関してそれぞれ違った考えをもっていることと密接に関係しているのであって，例えば法律行為の解釈に関して通説的理論を奉じている学者は大体において｢当事者ノ意思表示ガ甲又ハ乙ヲ選択的に表示シタルカ或ハ甲ガ乙ヲモ包含スルガ為メニハ甲ノ表示ガ乙ヲモ表示スルモノト認ムベキ場合｣にのみ転換を認め得べしと説いて居るに反し（註１），この点に関して多少とも特殊な理論をもっている学者は転換を認め得べき場合に関して比較的広い見解をもっているのである（註２）。
なお長島毅氏が法律行為の要素に関せざる錯誤に関する吾民法の取扱方の類推によってドイツ民法第１０４条の認むる程度の転換を認め得べき旨を主張しているのは特異の例として特に注目に値する（註３）。
（註１）鳩山・日本民法総論４９８頁以下。しかもかくの如き場合に乙行為が効力を生ずべきは当然であるから，特にこれを転換と名付くるの価値なきものとする学者が少くない（例えば曄道・「無効行為ノ転換ハ我国法上之ヲ認ムルコトヲ得ルヤ」京法１３巻２号１頁以下，中島・民法釈義６６４頁等）。
（註２）例えば我妻・民法総則５３５頁。なお同教授の解釈理論については同書３７１頁以下殊に３７５頁参照。
（註３）長島・「我民法上ニ於ケル法律行為ノ転換」法学新報３３巻１号１１８頁以下。
なおこの問題に関する吾国学者の所説を概観して吾々の特に感ずることは，
（１）法律行為の種類ないし型に関する研究が一般に欠けていることであって（註４），この同じ欠点はドイツ学者のこの問題に関する研究についても同様にこれを見出すことが出来る。
（２）次に転換の問題と法律行為解釈理論とは極めて密接な関係をもっているものであるにもかかわらず，学者は一般に意思解釈の及び得る限度以外においてもなお転換の成立を認むるの可能性ありや否やを問題にするのみであって，法律行為解釈理論そのものの再審によって意思解釈の及び得る限度それ自身を考究することに注意を向けていない。
（３）なお転換成否の問題が如何なる関係において具体的に発生するかを個々的に考慮せずして，ただ一般的理論的に転換の可能性を論議しているに過ぎないのが従来学説の一般的傾向であって，その結果転換の成立に必要な因子のすべてが全体的に研究されていない。
（註４）我妻・民法総則５３５頁，穂積・判例民事法昭和４年度６４事件２８０頁以下が，転換の起り得べき場合を要式行為に限るものとしているのは，この点に多少の注意を向けている極めて稀れな例外である。
２
無効行為の転換はすべて甲種の行為として意図された行為が甲種としては無効であるが乙種の行為としてなお効力を存すべき場合に起るのである。したがって転換理論の研究はまず法律行為の種型に関する考察から初められねばならない。
元来法律行為の種型はこれを大別して強制的種型及び任意的種型となすことが出来る。
売買贈与賃貸借雇用等各種の契約は後者の例であって，この種の種型は当事者がある行為をなした場合に裁判官その他法律的判断者がこれを法律の予定したる種型のいづれかに属するものとして，法律行為並に契約に関する総則的規定を適用するの外，当該種型に適用すべきものとして法律の予定した特別的規定を適用して，その行為の法律的取扱を為すべきことを予想して設けられたのである。したがってこの種の種型にあっては，法律行為が法律の予定した種型のいづれにも該当せざることはすこしもその行為を否定する理由とならない（所謂無名契約若くは非典型的契約）。また一の行為が数種の種型に属する要素を混合的に包含することのあり得るのも当然であって，この種の場合にはそれ等数種の種型に関する特別的規定をこれに適用し得べきか，その程度方法如何等に関して議論を生ずる余地あること素よりであるが，その行為がそれ自身有効たることに関しては勿論何等の疑もない（所謂混合契約）。これを要するに任意的種型は社会上の行為が必ずその種型のいづれか一によって為さるべきことを予定していない。ある行為の内容が偶々法定種型のいづれか一に該当するときは，その種型に関する特別的規定をこれに適用せんとすることが，この種の種型及びこれに関する規定を設けている法律の意図たるに過ぎない。
これ故に，当事者が主観的に自己の行為をこの種の種型のいづれか一に相当するものと考えたことはすこしも裁判官その他法律的判断者がその行為を他の種型に属するものと解することの妨げにならない。裁判官等は当事者の主観的意図または行為に対する命名如何に関係なく，行為に表示せられたる当事者の意図を実質的に観察してこれに相当する法律的取扱を与うべきであって，その結果偶々その行為が当事者の意図しまたは命名したる種型と異なる他の種型に該当することを認めたるときは，その種型に関する特別的規定をこれに適用すべきは当然である。したがってこの種の法律行為に関しては性質上全然転換の問題を生ずるの余地なく，ただ当事者の実質的に意欲したる所のものがその意欲内容に従って法律的取扱を受けるに過ぎない。すなわちこの場合に行われるものは行為の「転換」にあらずしてかえって「保持」であり，「行為」の転換にあらずして高々「名称」の転換が行われるに過ぎない（註５）。それにもかかわらず従来吾国学者の多数が転換の事例として挙げているものがほとんどすべてこの種の法律行為に関しているのは驚くべきである（註６）。
（註５）Dernburg, Pandekten, Bd.Ⅰ.§124,2が所謂無効行為の転換は実際上Umwandelung des GeschäftesにあらずしてErhaltung des
Geschäftesたるに過ぎぬと説いているのは，転換問題全体に関する意見としては妥当でない。すなわち後に述べる強制的種型に関する考慮を全く欠いでいると言う非難を免れ得ないけれども，任意的種型の法律行為に関する限り寸言事態を説明し得て極めて巧妙である。
（註６）（註４）に引用した我妻，穂積両氏の所説は稀れなる例外である。
右と異なって強制的種型は社会上の行為が法定の種型に従って行われることを予想し要求するものである。しかしてこの種の種型は行為が如何なる種型に従って為されたかを明確にするため必ず一定の方式に従うことを要求し，一種型に属する行為はその種型のために定められた方式に従って為されるによってのみその行為として効力を生ずべきことを定めているのである。例えば手形の振出その他手形行為は商法所定の法式に従ってのみ有効に成立し得べく，また遺言婚姻養子縁組等各種の身分法的行為はそれぞれ民法の規定する一定の方式に従うによってのみ成立し得る。もっとも方式の中にもその厳格さには色々種類があり得ること後に一言する通りである。
これ故に，この種の種型に属する法律行為においてこそ初めて吾々はある社会上の行為を法律上ある種の行為に属すと認識することの可能性を与えられる。しかしてこの可能性が与えられてこそ吾々は初めて転換の問題を考えることが出来るのである（註７）。
（註７）Zitelmann, Die Rechtsgeschäfte im Entwurfe
eines Bürgerlichen Gesetzbuches, Ⅱ Theil,1890,S.73が「事実殊に当事者の行為に於て事実的に存在するものが，当事者によって欲せられたA行為を構成するに不充分ではあるが，而かも他の行為Bを構成するに充分なる」場合に，B行為が有効に成立するのは当然であって，この種の場合に関して特に規定を設ける必要を見ない，特に規定を要すべき転換が成立するためには「法律行為的意思が完全なる法律的形式に於て（in voller juristischer Ausprägung）に於て存在すること，即ち一の特定の法律行為の特徴を殆ど包含する意思の存在すること」を要すと説いているのは，私が本文において説いていることと実質的にその趣旨を同じくしている。ただし氏はその所謂「法律行為的意思が完全な法律的形式に於て存在すること」が特に如何なる種型の行為についてのみ可能なるかを明かにしていない。
なお強制的種型の一に属するものとして為された行為が実質上または形式上の要件を欠くため無効なる場合に，これをなお他種の行為として有効たらしむることを得るや否やを考うるがためにはその転換によって有効視せらるべき第２の行為が強制的種型に属するかまたは任意的種型に属するかを区別して観察することを要する。
もしもそれが任意的種型に属するならば，その他の有効要件がすべて具備する限り転換は可能である。何故なれば任意的種型に属する行為については法律上何等方式の定めもなく，意思解釈の結果当事者にその種の行為をなすの意思ありと認め得る限り，その行為の効力を認むるについて何等の妨げも存在しないからである。これに反して第２の行為もまた強制的種型に属するときは，無効とせられたる第１の行為について法定の方式要件が充たされても，第２の行為としての方式要件は決して当然に充たされていないから，この場合に第２の行為への転換が可能であるためには，法律上第２の行為について要求されている方式がある程度まで寛容的なものであることを必要とする。その方式を踏まないことが必ずしも当然に行為の無効を惹き起さない程度の方式であることを必要とする。これに反してその方式が厳格的なものであるならば，方式不履行の故をもって第２行為への転換は絶対的に不可能であると考えざるを得ない。例えば「為替手形タルコトヲ示スベキ文字」を記して振出された手形が為替手形たる要件を欠くにかかわらずなお約束手形としての要件を具備している場合にこれを約束手形として有効たらしめることは出来ない。何故なればその手形には「其約束手形タルコトヲ示スベキ文字」を欠いでいるからである。
以上の考察の結果として，吾々は無効行為の転換が可能であるためには，少くとも
（１）
第１の行為が強制的種型に属すること
（２）
第２の行為が
（イ）
任意的種型に属するか，若くは
（ロ）
強制的種型に属するとしても
（ⅰ）その種型のために要求されている方式がその不履行によって必ずしも行為を無効たらしむべき程度のものでないこと，または
（ⅱ）その種型によることが初めから選択的に許されていること（註８）
を必要とするものと考え，この考えを基礎として第２の実質的問題に研究の歩を進むべきものと考えるのである。
（註８）最も多数の学者が転換の事例として掲げている「秘密証書ニ依ル遺言」の「自筆証書ニ依ル遺言」への転換はこの種の場合に属する。この場合には甲乙いづれの方式によるべきかが初めから選択的に許されているのだから，「秘密証書ニ依ル遺言」として無効なるものも「自筆証書ニ依ル遺言」として有効たり得べき余地が理論上存在すること勿論である。民法第１０７１条はその当然の理を規定し明言しているものに外ならない。
曄道氏前掲１４頁は「遺言ナル法律行為ニ付キ数種ノ形式ヲ規定シタルハ遺言者ヲシテ任意ニ其一ヲ選択セシムルノ主旨ニ出デタルモノニ過ギザルガ故ニ遺言ニシテ其ノ何レカ一ノ形式ヲ事実上具備スレバ遺言は要式行為トシテ有効ニ成立シタリト為サザルヲ得ズ」と言い，もってこの場合の転換にあらざることを主張しているが，要式行為においては甲方式によりたる行為は法律上ただ甲種の行為でのみあり得る。これを乙種のものとして有効たらしめるのは概念上なお一種の転換であると言わねばならない。
３
以上に述べた法律行為の種型に関する考察は無効行為転換の発生し得べき形式的外廓を明かにすることを目的とするものである。しからばこの外廓内において転換の発生を可能ならしむべき実質的要件は何であるか。
吾国現在の通説は，法律行為解釈の目的を行為に表われたる法律的効果意思の探求にありとし，この意味における解釈の結果転換によって効力を生ずべき第２の行為を為す意思の存在を認め得る限りにおいてのみ転換の可能性を認めている。それ以上の転換はドイツ民法第１４０条の如き特別の規定あるによってのみこれを認め得べしとするのが一般学者の考である。
ドイツ民法第１４０条は――通説の解する所によると――意思解釈の結果第２の行為を為す意思の存在が認められざる場合においても，当事者もし第１行為の無効を知りたりせば第２の行為の効力を欲したるべしと解せられる限り，なお第２行為への転換を許すべしとする趣旨である。すなわち法律行為解釈理論に関して解釈の目的を法律的効果意思の探求にありとする通説に従いつつ，その探求によって第２行為のためにする効果意思の存在を認め得る限り特別の規定なしといえども第２行為の効力を認め得べきも，その存在を認め得ざる以上特別の規定あるによってのみ第２行為の効力を認め得る，しかしてその可能性を与える特別規定が第１４０条であると解するのが学者一般の見解である。
しかしながら，吾々がまずここに考究を要するのは従来通説として行われている法律行為解釈理論の価値である。従来の解釈理論は解釈の目的を表示行為に表われた法律的効果意思の探求にありとしている。しかしその所謂法律的効果意思が表意者が主観的にある法律的効果を欲する意思でないことは明瞭である。何故なれば，法律行為は当事者が主観的には全く法律的効果を意識していない場合にもなお成立し得るからである。当事者が主観的に法律的効果を意識していない場合にもなお法律行為が成立し得るとすれば，かくの如き意識の内容を探求することはそれ自身決して法律行為の解釈であり得る筈がないのである。
法律行為解釈の仕事は，まず第１に当事者の意図する経済的目的を探求することに存する。そうしてその目的を実現するに必要にしてかつ最も適当する法律的手段を決定するため，当事者の経済的意図に法律的意味付けを行うことが解釈第２の仕事である。したがって当事者が単に経済的意図を明かにしているのみで特に法律的手段を指定していない場合には解釈者自由にその手段を考慮決定すべきであり，また当事者が自ら法律的手段を決定している場合には，解釈者は勿論その決定に従う必要があるけれども，偶々その手段によることが法律上許されない場合に直にその故をもって行為を全体的に無効とすべきではない。無論当事者がその決定した手段を唯一のものとし他の手段によることを欲せざる意思を特に表示している場合には行為を無効とすべきであるけれども，かくの如き特別の意思表示があるのは一般にはむしろ例外であって，当事者が単にその行為にある種型に相当する名称を付けているようなことから直にかかる意思表示ありとするのは誤りである。しかして当事者が特にかくの如き特別の意思を表示していない場合には，解釈者は当事者の意図する経済的目的を実現するに適する第２の法律的手段の発見に努力すべきが当然であって，当事者が自らその手段によることに関して何等の意思表示をしていないことは何等の妨げとなるべきではない。何故ならば上述の如く当事者が経済的意図を表示するのみであってよるべき法律的手段に関し初めから何等の表示を与えていない場合においてすら，解釈者はその手段を発見する義務があるのみならず，またそれが可能だからである。
ドイツ民法第１４０条は「一ノ無効ナル法律行為ガ他ノ法律行為ノ要件ヲ充タセル場合ニ於テ当事者若シ其無効ヲ知リタリセバ他ノ行為ノ効力ヲ欲シタルベシト解セラルルトキハ他ノ行為トシテ之ヲ有効トス」と規定している。しかして学者は一般にこれを解して意思解釈上転換意思を認め得ざる場合に法律上転換を認めんとするものなりとし，したがってかくの如き特別の規定がない以上転換はただ意思解釈上転換意思を認め得る場合にのみこれを認むべきであると主張しているけれども，以上に説明した解釈理論に従って考えると，この規定に所謂「当事者若シ其無効ヲ知リタリセバ他ノ行為ノ効力ヲ欲シタルベシト解セラルルトキ」は上述の当事者が特に第２の法律的手段によることを欲せざる特別の意思表示をしていない場合に相当するものと解するを正当とする。学者は一般に当事者の択んだ法律行為の種型に捉われつつ直に表示行為から法律的効果意思を求めようとするから，その種型として行為が無効である場合に第２の種型としてこれを有効ならしむるがためには当事者が特に第２の種型による法律的意思を表示せることを必要とするように考えるのである。そうしてその結果その意思表示なき場合になお転換を認むるがためにはドイツ民法第１４０条の如き規定を必要とするように考えるのであるが，上述の解釈理論に従えば当事者がその経済的目的を達する法律的手段として択んだに過ぎない種型に捉われることがそもそも誤りである。当事者は経済的目的の実現を欲するのであって行為種型の決定は単なる手段の選択に過ぎない。故に，当事者が特に第２の法律的手段によることを欲せざる意思を表示していない限り，転換の行わるべきはむしろ当然である。当事者がかくの如き意思を表示していない限り，「当事者若シ其無効ヲ知リタリセバ他ノ行為ノ効力ヲ欲シタルベシト解」すべきことは解釈理論上当然の事理である。
もっとも形式上甲種型として為されている行為から表意者の意図する経済的目的の何たるかを推知し，乙の種型によってその目的の法律的実現を計ることを許すについては，甲乙いづれの種型によるもよって生ずる法律的効果に甚しき差異なく従って表意者においてその差異の故をもって乙行為の無効を主張するにつき正当なる利益を有せざることを必要とする。何となれば，この場合には表意者はただ甲種型によってのみその経済的目的を達せんとする意思あるものと解するを相当とするからである（註９）。
（註９）例えば私生子を偽って嫡出子出生の届出を為した場合にこの届出を通して私生子認知の意思あるものと解するのは差支えないけれど，他人を養子とする旨の遺言（民８４８条）を通じて直に家督相続人指定の遺言（民９８１条）ありとするのは不当である。
具体的なる個々の場合についてこの問題を判定することは相当困難であるが，要するに乙行為の無効を主張するについて表意者が正当なる利益を有するや否やを標準として事を決すべきである。したがって甲乙両行為から発生する法律的効果の間に相当大きな差異があっても，この故をもってする表意者の乙行為を無効とする主張について法律上特にこれを保護すべからざる何等か別段の理由存するときは，特にこの点の考慮から転換の成立を認むべき特別の理論が成り立ち得る。ただし，これは「公益上の理由からする無効抗弁の制限」に関する一般的問題であって，これに関しては別に特別の研究を要する。
４
以上によって吾々は転換の成立を認め得る範囲は意思解釈に基礎を置くことによって決して必要以上に縮少されるものでないのを知ることが出来た。ここにおいてか吾々は先きに転換成立の形式的要件として考究した法律行為の種型の問題に再び立ち返って，これと意思解釈との関係を更に詳説する必要を認める。何故なれば転換によって有効と認めらるべき第２の行為が強制的種型に属する場合においては，意思解釈上実質的に効果意思を認め得るのみで，その行為のために法律の規定している方式が常に履践されていないと言う欠点が残されているからである。
方式がもしもその不履践によって必然に行為の無効を惹起する程厳格なものであるならば，これが履践されていない限り転換の成立を認むる余地なきこと勿論であるから，転換の成立が可能なるがためには第２行為について要求されている方式が右の程度まで厳格なるものでないことを必要とする訳であって，先にも一言した通り，例えば第２行為の方式が手形行為における方式の如く厳格なるものであるならば，転換の成立を認むる余地は全く存在しない。これ故に，個々の場合について転換の成否を決するためには必ず第２行為に関して要求されている方式が如何なる種類のものであるかを明かにする必要がある。
しからば如何なる種類の方式についてはその不履践にかかわらずなお転換を認め得るか。
まず第１に，法律が同一行為のために数種の方式を規定している場合に，その中甲種の方式に従ってなされた行為が，偶々乙種の方式要件をも充たしている場合には，転換を生じ得べきこと勿論である（民１０７１条参照）。
第２に，甲行為のために規定された方式と乙行為の方式とが同種のものでありかつこれを規定する理由が同一であって甲方式の履践あるときは法律が乙行為について方式を要求している理由もまた実質的に充たされる場合には，乙方式の不履践は必ずしも当然に転換の成立の妨げとならない。例えば妾腹の私生子を他人の嫡出子なりと偽って出生届を為した上，その他人を代理人として（民８４３条参照）その子と締結した養子縁組の届出は実質的要件を欠くものとして無効であるが，なおその届出を通して少くともその子を自己の子とする意思，すなわち認知の意思あることを推知し得る。この場合に認知については届出がないけれども，すでに養子縁組について届出がある以上，方式履践の故をもって認知を無効とすべき理由はない（註１０）（註１１）。
（註１０）昭和４年７月４日の大審院判決（民集８巻１０号６８６頁以下）は「養子縁組ト私生子ノ認知トハ其発生ヲ目的トスル私権ノ内容ヲ異ニスル各別箇ノ性質ヲ有スル行為ニシテ民法上其ノ方式及要件亦固ヨリ同一ニ非ザルガ故ニ一ヲ以テ他ニ代ヘ此ニ依リテ彼ヲ為スコトヲ得ザルモノナルコトハ言ヲ俟タザルトコロナリ云々」「養子縁組ヲ為サムトセバ民法ニ規定セラレタル縁組ノ行為ニ依ルベク，私生児ノ認知ヲ為サムトセバ同ジク民法上明定セラレタル認知ノ手続ニ従フベキモノニシテ，一方ニ於テ養子縁組ガ無効ニシテ他方ニ於テ認知ノ手続ナキ場合ニ於テ養親ノ内心ニ潜在スル認知ノ希望をヲ以テ直ニ認知ノ効力ヲ生ズルモノト做スベカラザル」旨を説いて転換の成立を否定しているが，この場合に吾々は養子縁組届なる方式を通して少くとも自己の子とする意思（経済的目的）の表示されていることを推知し得る。しかして特に認知のためにする届出なき故をもってこれを無効とすべき何等の実質的理由も存在しない。この判決の批判については穂積・判例民事法昭和４年度２８０頁以下参照。
（註１１）これ故に妾腹の私生子を偽って嫡出子出生の届出が為された場合に，その届出を為したる父には少くともその子を自己の子とするの意思あるものと解し，認知については届出なきにかかわらずなお有効に認知ありたるものと認めている大正１５年１０月１１日大審院判決（民集５巻１０号７０３頁以下）は正当である。この判決については平野・判例民事法大正１５年４８６頁以下参照
なお第３に，方式が同種でなくとも，甲行為のために為された方式が，偶々乙行為の方式としても役立つ場合には転換を成立せしめ得る。例えば満１５年に達した未成年者が法定代理人の同意を得ずして他人に贈与する旨の書面を与えたる場合に，偶々その書面が民法第１０６８条所定の要件を具備するときは，贈与者の死後相続人においてその贈与を取消すも（民４条２項参照），受贈者はなおこれを自筆証書による遺言としてその効力を認めることが出来る。
これを要するに，第２行為について方式を要求している理由が実質的に充たされていさえすれば，その形式的欠点は転換成立の妨害となることがないのである。
（法学協会雑誌第５０巻第２号所載）
転質について
は し が き
昭和２年の金融恐慌は独り経済界の大事件たるのみならず法律学者に向ってもまた幾多の研究を要すべき問題を残した。吾々はこの事件によって新銀行法それ自身にすでに幾多の改正を要すべき点あることを発見した。また和議法破産法に多くの不備あることを見出し，株式会社法の中にもまた改正を要すべき部分少からざることに気付いた。しかして金融制度の円滑なる運行を保障すべき使命を有する物的担保制度の不備もまた吾々がこの事件によって教えられた重要事項の一である。しかして，新聞紙の伝うる所によると，金融業関係者の間においても今日すでに不動産担保制度の改正が講究せられつつあり，また特殊財団抵当法・担保付社債信託法等の改正を叫ぶものが少くない。今や改正の機運は広くかつ力強く開展せんとして居る。
私が今ここに論ぜんとする転質も金融恐慌に際して問題を惹起した制度の一であって，これに関しても解釈論並に立法論として研究を要すべき点が少くない。勿論現行民法の質権に関する規定は，独り転質に関する部分のみならず一般的に極めて不完全である。殊に，権利質殊に有価証券質に関する規定の極端なる不備は現在の発達複雑した金融の実情に鑑みてほとんど許すべからざる大欠陥であって，これに関する法規の改正完備を計ることは朝野法律家の均しく努力すべき急務である。民法研究者としての私も今後逐次これ等の問題に亘って広く意見を述べて見たいと考えているけれども，ここには取り敢えずその中から転質の問題を取り出してこれに関する解釈的意見を述べたいと思う。けだし転質は経済上極めて重要な事柄であるにもかかわらず，現行民法のこれに関する規定は多く不備である。これに加えてこれに関する法律学上の文献は従来必ずしもその乏しきを憂えざるにかかわらず，学説は幾多の点において徒に紛糾して未だ定説なき問題少からざるのみならず，実際上の重要問題にして未だ全く論及せられることなきものも一二にして止まらないからである。ただし濫りに章節を分って行々しき教科書的記述を試むるが如きは本稿の目的とする所ではない。私はただ二三の重要問題について極めて実際的な解釈論を試みようとするに過ぎない。
１
転質に関する法律上の諸問題を論ずるについては，まずその概念を明確にし，転質とこれに似て非なるものとの区分を明瞭にすることを必要とする。けだし従来この問題に関する学説の紛争はその出発点において研究対象たる転質の概念を明確にせざることに起因する所が少くないからである。
吾々が今ここに研究せんとする転質は民法第３４８条の規定する転質である。しかして同条は「転質者ハ其権利ノ存続期間内ニ於テ自己ノ責任ヲ以テ質物ヲ転質ト為スコトヲ得，此場合ニ於テハ転質ヲ為サザレバ生ゼザルベキ不可抗力ニ因ル損失ニ付テモ亦其責ニ任ズ」と規定している。
ここにおいて吾々のまず第１に気付くことは，質権者がその有する債権を質権付のまま質入するが如きは，ここに所謂転質と全く別物なることである。債権者は，特に禁止ぜられざる限り，その債権を質権の目的物とすることが出来る。しかしてそれは権利質の一種であって，債権者は債務者の承諾を要せずして自由にこれを設定し得べきこと勿論である（民法第３６４条等参照）。したがってまたその債権が質権によって担保せられるものなるときは，担保付のままこれを質入し得べく，それについて質権設定者の承諾を要せざることもまた当然である。けだしこの場合質権の目的となるものは債権であって，質物でもなければ質権でもない，しかして質権設定者は債権が担保付のまま質入せられることによって何等の損害を蒙ることがないからである。かくの如き債権を質に取った債権者は債務者もし任意弁済を為さざるときは質権の実行としてその目的物たる債権を――担保付のまま――自己に転付せしめたる上（民法第３６８条，民事訴訟法第６００条参照），直接第三債務者に対して弁済を請求しまたはその債権の担保たる質権を実行し得るのであって，質権設定者の利害は何等これによって影響される所がないのである。要するに，質権によって担保せられる債権を有する者がこれを担保付のまま権利質の目的物と為し得べきは当然であって，かくの如きは吾々の今ここに論ぜんとする転質とは全然別物である。しかるに，従来転質の法律的性質を論ずる者の間に「共同質入説」もしくは「質権付債権質入説」なる名の下に転質はすなわち質権と共にその担保する主たる債権を質入するものなりと説く者あるが如きは，全く転質と如上の債権質とを区別せざるがために生じたる誤謬に過ぎない。
次に，質権者が質物所有者の承諾を得て質物を更に自己の債権の担保に供することと転質とは全然別物である。けだし何人といえども所有者の承諾を得さえすれば他人の物を自己の債権の担保に供し得べきこと特に規定を要せざる自明の理である，質権者のこれを為し得べきまた当然であって何等特に規定を要すべき事柄ではない。第２９８条は「留置権者ハ債務者ノ承諾ナクシテ留置物ノ使用若クハ賃貸ヲ為シ又ハ之ヲ担保ニ供スルコトヲ得ズ」と規定し，第３５０条はこれを質権に準用しているけれども，その規定する所は債務者――質権設定者――の承諾なくして質物を担保に供することの禁止に過ぎない。すなわち消極的にその為し得べからざることを規定しているだけで，すこしも積極的に承諾を得るにおいては特にこれを担保に供し得る旨を規定しているのではない。所有者の承諾を得るにおいては，質権者ないし留置権者にあらずといえども，他人の物を担保に供し得べきは当然であって特に規定を要すべき事柄ではない。質権者が質権設定者の承諾を得て質物を更に自己の債務の担保に利用したとしても，それは質権の効力による行為にあらずして，質権者たることとは法律上何等の関係なき事柄である。これ故に，質権者が質権設定者の承諾を得て為したる質物の質入と転質とは全然別物であって，二者は全く互に混同を許さざるものである。
しかるに，従来学者の間には，或は転質はすなわち第２９８条に所謂「担保ニ供スルコト」の一種に外ならずとなし，この理由によって転質には必ず質権設定者の承諾を必要とすと言うが如き説を為し，また或は同様の理由によって転質は質物の再度質入に外ならずと為しもって条件付質権譲渡説を非難する者が少くないけれども，かくの如きはいずれも叙上当然の理を理解せずして質物所有者の承諾による質物の質入と転質とを混同するものであって，そもそも議論の出発点において研究対象を充分認識研究せざるがために生じた謬見に過ぎないのである。
これを要するに，厳格なる意義における転質は，質権者が「其権利ノ存続期間内ニ於テ自己ノ責任ヲ以テ」質物を更に自己の債権の担保に供する行為を言うのであって，すでに「自己ノ責任ヲ以テ」と言う以上質権設定者の承諾を要せざるや勿論なりと言うべく，また「質物ヲ転質ト為ス」と言う以上質権付債権を権利質の目的とすることを意味するにあらざるやこれまた明白なりと言わねばならない（註１）。
（註１）経済的意義における転質中には法律上厳格に区別せらるべき以上の三者が混淆されて含まれている。しかして銀行業者間において行われつつある転質の如きは多く質入主の承諾による転質であって，法律上の厳格な意義における転質は質屋営業者相互間の外実際上多く行われていないと言われている。銀行業者が質権の設定を受くるに際しては多く初めより質物を更に担保に利用し得べき旨の承諾を得る，そうすれば全く転質に関する第３４８条の制限を受けずして自由に質権を設定し得るが故に，銀行業者にとっては利便が多いのである。けれども，質権設定者の利益を考えて見ると，かくの如き承諾転質に関して何等の規定を置かないのは明かに法律の不備である。何となれば，金融を与えんとする者は経済上の優者として質権設定者より自己の欲するが如き承諾書を半ば強制的に取得することが出来る，銀行業者が承諾に基いて任意に超過転質を為し，これによって質権設定者に損害を与え得るが如き正にこの事情に基因するのである。これ故に，実際的にはこの種の転質についても立法上並に解釈上充分の研究を為すべき価値が非常に多いのであるが，本稿においては，専ら厳格なる意義における転質の概念を明確にしてこれに関する解釈的意見を述べんとするに過ぎない。
２
しからば次に，転質の設定には質権設定者の承諾を要すべきか。
転質の意義を以上の如くに限定する以上第２９８条（第３５０条）を根拠としてその要否を説くのは全然誤って居る。これを要するや否やは直接第３４８条の規定に基き専ら転質の性質に鑑みてこれを決定せねばならない。
転質は質権者「自己ノ責任ヲ以テ」質物を自己の債権の担保に利用する制度である。しかして「自己ノ責任ヲ以テ」するとはそれ自身質権設定者の承諾をもってすることと矛盾する事柄である。何となれば，質権設定者の承諾をもってする以上，それはもはや質権者独断の行為にあらず，彼れ「自己ノ責任ヲ以テ」する行為なりと認むるを得ないからである。
ヨーロッパ諸国の民法は一般に質権者「自己ノ責任ヲ以テ」する転質を認めない。しかして――先にも一言した通り――質権設定者の承諾をもってする転質は，必ずしも質権設定者に限らず，何人といえども質物所有者の承諾をもって普通に為し得る所であるから，すこしもこれを質権の効力に基く特殊の行為として取扱う必要を見ざるが故に，諸国の法律は多くこれに関して何等の規定を設けない。スイス民法はこの点に関する唯一の例外として，「債権者ハ質入主ノ承諾ニ依リテノミ質物ヲ転質スルコトヲ得」（第８８７条）との規定を設けているけれども，学者はこれを質物所有者以外の者が所有者の承諾を得て質物を自己の債権の担保に供する普通の場合と何等異なるものにあらずと説明して居る（Wieland, Sachenrecht Art.887,Art.884,Bem.4a）。して見れば，この種の規定は立法技術的に言えばむしろ蛇足に過ぎずと認むべきものである。
これに反し，吾国においては旧民法すでに質権者「自己ノ責任ヲ以テ」する転質を認めているのであって（債権担保篇第１０７条，第１２４条），起草者ボアソナード氏のこれに関する説明も承諾なくして為される自己責任の転質たることを前提として与えられて居る（Boissonade,Projet de Code Civil
Tome Ⅳ,No.235,236）。しかして現行民法は実にその立法趣旨を踏襲せるものに過ぎないのである。したがって，立法論としてかくの如き転質を認むるの当否は別問題として，解釈上それが質権設定者の承諾なくして為される責任転質たることについてはほとんど疑を容るべき余地がないのである。
この問題は従来吾国においては専ら質権設定者の承諾なくして為されたる転質行為が刑法上横領罪を構成するや否やの問題に関して争われたる所であって，かつて大審院は第２９８条第２項（第３５０条）を根拠として転質はすべて質権設定者の承諾によりてのみこれを為し得べしとなし，したがってこれを得ずして為したる転質行為は横領罪を構成するものと判示していたけれども（明治４４・３・２０刑録４２０頁），最近説を改めて「質権者ハ其ノ権利ノ範囲内ニ於テ，自己ノ責任ヲ以テ質物ヲ転質ト為シ得ルコト民法第３４８条ノ規定ニ徴シテ明ナリ。故ニ，質権者ハ質権設定者ノ承諾ナシト雖モ，自己ノ質物ノ上ニ其ノ権利ノ範囲ヲ超越セザル質権ヲ設定スル行為ハ民法上許容セラレタル権利ノ行使ニ外ナラザレバ，之ヲ自己ノ占有スル他人ノ物ニ対スル不法領得ノ意思実行ナリトシテ横領罪ヲ以テ論ズベキニアラズ」と判決するに至った（大正１４・７・１４刑連集４８４頁）。これ故に，現在においては学者の間においてもまた判例としても転質に質権設定者の承諾を要せざるは解釈上の定説として一般の認むる所であって，ほとんど疑を容るるの余地なきものとなっているのである（註２）。
（註２）民法の解釈として従来承諾必要説を採っている学者はわずかに中島博士一人あるのみである（同氏「転質ニ就テ」続私法論文集１４０頁以下）。しかしながらこの説は第３４８条の転質また第２９８条第２項（第３５０条）に所謂「担保ニ供スルコト」の一種に外ならずとする見解に根拠するものであって，先にも一言した通り 転質と質物所有者の承諾による質入とを混同し，二者が全然異別のものとして両立し得べきものなることを忘れたものと言わねばならない。
この点において上記大正１４年の大審院判例も反対の意味において同様の誤謬に陥っている。けだし同判例は転質に所有者の承諾を要せざることを論定せんがため特に「民法第２９８条第２項ノ規定ハ転質ニ関シテハ其ノ準用ナキモノト解セザルベカラズ」と主張し，転質の外別に第２９８条第２項による質入の存在し得べきことを否定するが如き口吻を漏らしているからである。しかして三潴氏担保物権法３８９頁３９０頁の記述も同様の誤謬に陥って居る。この点については右判決に対する平野義太郎氏の評釈（判例民事法１４年度７１事件）参照。
３
次に転質権設定について最も問題になるのは，転質権の存続期間，転質権によって担保せられる債権の額，態様は質権のそれと同一若くはそれ以内なることを要するかである。
存続期間については第３４８条に明文あるが故に議論の余地がない。これに反しその他の点については明文なきが故に解釈上異論を生ずべき余地がある。しかして転質の法律的性質に関する見解如何によってこの問題に対する答を異にすると言うのが従来多数学者の所説である。すなわち転質の性質に関して条件付質権譲渡説をとるときは転質によって譲渡せられるものは原質権と同一若くはそれ以内のものたることを要するや当然であるけれども，新質権設定説（質物再度質入説）をとるときは原質権と転質権とは別物なるが故に，両者の担保する債権額は必ずしも同一なることを要せず，例えば原質権の担保する債権額が１００円なる場合においても２００円の債権を担保するにために質物を転質し得るが如き結論を生ぜざるを得ない，と言うのである（註３）。しかして条件付質権譲渡説に左袒する学者はかくの如き結果を不当なりとししかも理論上かかる結果を認めざるを得ないのが正に新質権設定説の欠点であると説いている（註４）。
しかしながら，私は新質権設定説を採るとしても決して理論上必然にかかる結論を強要されるものではないと考える。勿論質権者が質権設定者の承諾を得て質物を自己の債権の担保に供した場合（第２９８条第２項，第３５０項）であれば，新質権の担保する債権額が原質権の担保額を越え得べきは当然である。けれども，この結果は決して新質権と原質権とが別物なることそれ自身から発生するのではない。この場合に如上の結果を生ずるのは，新質権の設定がすこしも原質権に依拠していない，先にも一言した通り所有者の承諾を得て他人の物を質入することは何人といえどもこれを為し得るのであって特に質権者に限ってこれを為し得るのではない，要するに新質権の設定は原質権の効力と何等の関係なきがためである。して見れば，転質に関して新質権設定説を採ると原質権と転質権とが別物なるが故に理論上必然に如上の結果を生ぜざるを得ずと論ずるが如きは極めて不完全な推論であると言わねばならない。
第３４８条による転質は飽くまでも原質権に依拠しその効力として設定されるのである。質権者は質権者なるが故にその権利の効力として転質を為し得るのである。して見れば，転質が原質権の範囲を守らざるべからざるはむしろ理論上当然であって，転質権と原質権とが別個の権利であることはすこしもその理論を動かすべき理由とならないのである。しかして第３４８条が特に「其権利ノ存続期間内ニ於テ」云々と規定しているのはその理論の一結果を明定しているに過ぎないのであって，その理は決して存続期間の点にのみ限定せらるべきものでないのである。これ故に，少くともこの点に関しては転質の性質に関する学説上の争は無用であり，互に争う論者彼これ共にその的を外れているものと言わねばならない（註５）。
（註３）川名氏物権法要論２２１頁。
（註４）三潴氏担保物権法３８０頁。
（註５）上記の大審院大正１４・７・１４刑事部連合部判決（刑集４８４頁）が新質権設定説によって説明を与えつつ，同時に転質は原質権の範囲を超えざる程度において適法にこれを設定し得と説いているのは正しい考え方である。
しからば，質権者がその権利の範囲を超えて為したる転質行為の効力如何。それは勿論無効でなければならないけれども，原質権によって担保せられる債権の態様範囲等は不動産質の場合を除く外外部よりこれを知ること困難なるにかかわらず，善意無過失にて超過転質を取った債権者が必然にその無効の結果を甘受せねばならぬことにするのは明かに不当である。しかしながら，善意取得者の保護を目的とする第１９２条の規定の適用は幸いにもこの不当の結果を除いてくれる。けだし超過転質なることを知らずかつ知らざるにつき過失なき転質権者は明かに同条に所謂「平穏且公然ニ動産ノ占有ヲ始メタル者」に相当するからである（註６）。しかしてこの結果は転質の性質に関して新質権設定説を採る場合においては素より条件付譲渡説を採るもまた同様にこれを認めざるを得ない。けだし転質権者はこの場合においても善意無過失に質物の占有を取得するからである。
これ故に，実際の結果を考えて見ると，転質権者は多数の場合において第１９２条の保護を受けることが出来る。しかして彼等がこの保護を受ける当然の結果として質権説定者が質権者の不当なる超過転質行為によって損害を蒙る機会は非常に多いと言わねばならない。無論上述の通り大審院判例によるとかくの如き超過転質を為したる者は横領罪として刑事制裁を受けることにはなっているものの，民事上かくの如き危険を防止すべき用意が少しもなされていないことは明かに現行民法の欠点であると言わねばならない（註７）。
（註６）第１９２条が独り所有権の善意取得者に適用せられるのみならず質権の善意取得者にも同様に適用せらるべきことは学説判例の均しく認むる所である（大審院大正７・１１・８民録２１３８頁参照）。
（註７）この不都合を除去すべき立法的方策に関する私の考は左の通りである。すなわち現行民法は質契約を不要式行為としその成立について何等証書の作成を要求していない。けれどももしも証書の作成を必要条件としてこれに債権額その他の記載を為さしむると同時に 転質に際しては必ずその証書を転質権者に交付すべきものとするときは，不法なる超過転質の弊はほとんどこれを一掃し得ると思うのである。
４
転質権設定を第三者に対抗し得るがためには，何等か特別の手続を践むことを必要とするか。
転質権の設定についても質物の占有を転質権者に移転することを必要とする。しかして動産質に在ってはそれが同時に対抗要件の作用を為す。また不動産を転質する場合に在っては質物交付の外別に特別の対抗要件として登記を要すること勿論である。しかしてその登記は第３７５条の準用により原質権の登記に付記してこれを為すべきものと解するの外ない（第３６１条）。
民法はこの外転質権設定の対抗要件について何等規定する所なきが故に，学者も一般にこれ以上別に何等の手続を要求せざるを通例とする。しかし能く考えて見ると，成程質物の引渡または登記は第１の転質後において再び原質権者が不法に第２の転質を行うことを防止する効力を有する。何となれば第２の転質を取らんとする者は質物の所在若くは登記によってすでに第１の転質の存在することを知り得るからである。けれども，転質の公示によって保護せられるを要する者は決して独り彼等のみに止まらない。例えば，原質権における債務者が転質の事実を知らざるときは自己の債権者に弁済をしさえすれば直に質物を取戻し得べしと考える。その結果彼はその債権者に対して債務を完済したるにかかわらず，債権者が転質権者にその債務を弁済せざるときは，質物を取戻し得ないと言う不都合の現象を生じ得るのである。しかしてこの種の不都合を生じ得る原因は主として債務者ないし質権設定者等が転質の事実を知らざることに存するのである。もしも転質が質権設定者の承諾によってのみ行われ得るならば，かかる弊害を生じないけれども，転質は常に必ず承諾を要せずして為されるのであるから，質権設定者等において転質の事実を知らざる事例は非常に屢々存在し得るのである。しからばこれによって生ずる弊害は現行民法の解釈としてこれを救済する余地なかるべきか。
転質に相当する抵当権の担保供与（第３７５条）――転抵当――に関しては第３７６条に特別の規定がある。すなわち抵当権者が「其抵当権ヲ以テ他ノ債権ノ担保ト為シ」たる場合においては「第４６７条ノ規定ニ従ヒ主タル債務者ニ抵当権ノ処分ヲ通知シ又ハ其債務者ガ之ヲ承諾スルニ非ザレバ之ヲ以テ其債務者，保証人，抵当権設定者及ビ其承継人ニ対抗スルコトヲ得ズ」「主タル債務者ガ前項ノ通知ヲ受ケ又ハ承諾ヲ為シタルトキハ抵当権ノ処分ノ利益ヲ受クル者ノ承諾ナクシテ為シタル弁済ハ之ヲ以テ其受益者ニ対抗スルコトヲ得ズ」との規定がある。けだし債務者等が転抵当の事実を知らざるため原抵当権者に弁済を為すによって蒙ることあるべき損害を予防せんとするものである。しからば，この規定はこれを転質に類推適用するの余地なきか，否その必要なきか。私は大にその必要ありとするものである。惟うに，債務者等が転抵当の事実を知らざるがため原抵当権者に弁済その他債務消滅の行為を為すによって損害を蒙るべきおそれあると同様の事情は転質に関してもまた同様に存在し得る，しかして法律上これを除去して債務者の保護を計る必要あることもまた全く同様である。果してしからば，現行法の解釈としても第３７６条の精神を転質に類推適用すべき根拠は大に存在するものと言わねばならない。すなわち転質を為したるときは転質権設定者よりこれを主たる債務者に通知するかまたは更に進みて債務者の承諾（註８）を得べく，しかしてその通知若くは承諾ありたるときは以後債務者等が質権者に対して為したる弁済その他債務消滅の行為はそれ自身なお有効たるを失わないけれども，それ等の行為を為すにつきては一々転質権者の承諾を受くべく，もしこれを受けざるときは弁済その他債務消滅行為の効力はこれをもって転質権者に対抗し得ざるものと解すべきである。
元来転質に関しては一面転質権者のためにその利益を保護すべき必要あると同時に，他面債務者，質権設定者等の保護を計る必要もまた同様に大きい，しかして両者の利益保護を適当に調節することは立法上は素より解釈上においてもすべて考慮の基調を為すべき事柄である。して見れば，如上の問題についても，一面通知によって債務者等に警告を与うると同時に，他面転質権者のために原質権者のみ弁済を受けて転質権者これを受けずと言うが如きことをなからしめ，もって三者の関係を円滑ならしめることは解釈上必要の用意なりと言わねばならない。この意味において私は第３７６条を転質に類推適用すべきことを主張するものである（註９）
（註８）この「承諾」は転質に対する承諾同意にあらずして，転質せられたる事実の承認なること，債権譲渡に対する「承諾」（第４６７条）と同一である。
（註９）第３７６条が少くとも，不動産質に準用せらるべきことは明文上明かである（第３６１条）。しかしてこの問題に関して不動産質とその他の質権とを区別すべき実質的の理由は少しも存在しないのである。
５
転質の法律的効果に関連してまず第１に考究を要すべきは質権設定者の利益保護である。けだし転質は質権設定者の承諾を要せずして為されるものなるが故に彼をして転質のため特に何等かの不利益を蒙らしむべき理由は少しも存在しないからである。
質権設定者を保護するため法律上最も重要な事柄は質物取戻権の確保である。元来質権設定者はその質権によって担保せられる債権を完済しさえすれば何時でも質物を取戻し得べき立場に居るのであって，その立場は法律においても極力これを保護せねばならない。しかるに，まず第１に転質によって質物の占有が転質権者に移されるときは質物の保管に関して多少の不安を感ぜざるを得ない。何となれば，転質権者の何人なるかは専ら原質権者の定むる所であるから，質権設定者から見れば余り信用のない人に転質されて質物の占有がその人の手に移ると，質物の保管に関して従来よりも不安を増すに違いないからである。第２に転質権が設定されると従来通り原質権者に債務を弁済しただけでは質物を取戻し得ず若くはその取戻に困難を感ずる場合が少からず生ずる。しかも質権設定者のためにこの種の不利益を除去することは転質制度を認むるについての必須条件であって，この条件が充分にみたされない限り転質制度を認めることは条理上甚だ不公正なりと言わねばならないのである。しかるに，現行法は右の２点中第１については多少の注意を払っているけれども（第３４８条），第２の点に関しては全く何等の規定なく，これによって残されたる欠陥はすべて理論によって充たされねばならない状態に置かれている。以下専らこの第２点について二三の問題を考えるであろう。
原質権者が超過転質を為したる場合に質権設定者は本来の債務を弁済したのみでは質物を取戻し得ないか。元来質権設定者の承諾なしにされたる超過転質は違法であるからその超過部分は原則としてこれを無効とせねばならない。しかしてその無効なる場合においては，本来の原債務に相当する額を転質権者に弁済するによって質物を取戻し得るけれども，例えば動産質においては転質権者が原債務の額を知り得ざるがため善意無過失にて超過転質を受けしかして民法第１９２条によって保護を受ける場合が多い。しかして転質権者が第１９２条によって超過転質の有効を主張し得る場合においては，質権設定者はその超過せる全額の債務を弁済するにあらざれば質物の取戻を請求し得ないこととなるのである。この結果は実際上質権設定者にとって苛酷であるけれども，善意取得者保護の必要を参酌して考えると，現行法の解釈としてはけだし已むを得ない結果であって，この結果を防止するためには債務額を記入したる証書の作成を質契約成立の要件とする等特別なる立法上の用意を必要とすること先に一言した通りである（註１０）。
学者によっては，転質の性質に関して条件付譲渡説をとるときは，超過転質は常に無効なるが故に，質権設定者の保護上何等欠くるところなきが如くに考えているものがあるけれども，たといこの説をとっても，転質権者は第１９２条の保護を受け得ること上述の如くなるが故に，結果は全く同一である。これに加えてもし論者の説くが如く転質権者が第１９２条の保護を受け得ずとするときは，質権設定者の保護はともかくとして善意の転質権者は故なく不当の損害を蒙るべく，かくの如き結果はまた到底これを容忍し難いのである。
（註１０）上記（註７）の記載参照。
６
次に質権設定者は原質権者にその債務を弁済するによって質物を取戻し得べきか。
この問題に関しては更に考究を要すべき幾多の事柄がある。
まず第１に，原質権者に対する弁済は原質権を消滅せしむべきか。原質権者は転質設定後においても依然として債権者たるを失わざるが故に，これに対する弁済がその債権を消滅せしむべきは明かである。けれども，同時にそれによって原質権消滅の効果を生ずるがためには，当該債権が引続き質権によって担保せられつつあることを必要とする。したがって，転質の性質に関して条件付譲渡説をとるときは原質権は転質設定と同時に転質権者に移転し原質権者はもはや質権を有せざるが故にこれに対する弁済は何等質権を消滅せしめるの効果なきものと言わねばならない。これに反して新質権設定説によるときは原質権は依然として原質権者の手中にあり彼の債権はこれによって担保されているから，彼に対する弁済は原質権を消滅せしめ得るものと言うことが出来る。無論原質権の消滅を直に転質権者に対抗して直接質物の返還を請求し得るかは別箇の問題であって，後別にこれを論ぜねばならないけれども，少くとも原質権者に対する関係において彼に対する弁済が直に彼に対する質物返還請求権を発生せしむべきや否やは質権設定者にとって極めて重要な事柄である。けだし原質権消滅するときは原質権者は質権設定者に対して質物返還の義務を負い，したがって返還の遅延は債務不履行として各種の不利益な結果を生ぜしめるからである。しかして質権設定者保護の必要を参酌して考えると，原質権者に対する弁済が少くとも原質権消滅を生ずることは絶対に必要であって，条件付譲渡説による結論は無用に質権設定者の利益を阻害するものと言わねばならない。
しからば次に原質権者に対する弁済によって原質権を消滅せしめたるときは直接転質権者に対して質物の返還を請求し得べきか。第３４８条が「質権者ハ其権利ノ存続期間内ニ於テ自己ノ責任ヲ以テ質物ヲ転質ト為スコトヲ得」と規定していることだけから考えると，原質権の消滅は当然に転質権をも消滅せしめ，したがって質権設定者は直接転質権者に対して質物の返還を請求し得るように思われるけれども，もしもこの結果をそのまま認めねばならないとすれば，理論上当然にこの結果を導き出さねばならない新質権設定説は実際上到底これを採用し難いと言わねばならない。何となれば，かくして質権設定者によって直接質物の返還を請求せられるにかかわらず転質権者はその債務者たる原質権者より何等の弁済を受け得ざることあるべく，その結果転質権は法律上ほとんど何等の保護をも受け得ないこととならねばならないからである。しかしながら，先に説明した通り，私は転質の設定はこれを質権設定者に通知することを要しもし通知なきときは転質をもって設定者に対抗し得ずとするものである。したがって，未だ通知なき間に設定者が原質権者に対して原債務の弁済を為したるときは直に転質権者に対して質物返還を請求し得るに反し，通知後における弁済は原質権者の債権したがってその質権を消滅せしめるけれども，その結果を転質権者に対抗して直接質物の返還を請求し得ずとの結論を認めんとするものである。
成程，条件付譲渡説によるときは原質権者に対する弁済は質物返還請求権を発生せしめざること上述の如く，したがって如上の心配も要らないようであるが，この結果を認めるだけのために質権設定者に対する上述の如き不利益を是認せんとするのは不当である。それよりも新質権設定説に従って原質権者に対する弁済は原質権の消滅を来たさしめしたがって転質権をも消滅せしむべしとの原則を認めたる上，転質権者もしこの不利益を避けんと欲せば転質の設定を通知する手続を履践すべきものとし，これによって当事者すべての利益を適当に調節して公平なる保護を与えるのが解釈上最も条理に適った考え方であると思う（註１１）。
（註１１）この問題に関して従来学者の説く所は一般に当を得ていない。例えば，条件付譲渡説をとって居る三潴氏担保物権法３９２頁は原質権者の債権が弁済その他の事由によって消滅すると転質権もまた当然に消滅ししたがって質権設定者は質物を取戻し得ると説いて，全く転質権者保護の用意を忘れている。これに反し新質権設定説をとっている川名氏物権法要論２２１頁は転質権は理論上原質権の消滅によって消滅すべきではない，ただ第３４８条の規定のために已むなくその結果を生ずるけれども不当の規定であると言うて，徒に原質権と転質権との別箇たる点にのみ捉われて居る。また同じく新質権設定説をとっている横田氏物権法７２９頁は転質権が原質権に優先すべきものたる点のみを強調して債務者は必ずまず転質権者に弁済すべく原質権者に対する弁済によって質権を消滅せしめ得ないと説いて居る。
右と同様の理由により，質権設定者が供託・代物弁済その他自己の行為によって原債権したがって原質権を消滅せしめたる場合においても，その行為が転質設定の通知後において為されたるときはすべてその効果を転質権者に対抗し得ざるものと解せねばならない。
これに反し，原質権が存続期間の満了によって消滅したるときは，転質設定通知の有無にかかわらず，質権設定者は直に転質権者に対して質物の返還を請求し得るものと解すべきである。けだし転質は原質権の存続期間内に限って有効に成立し得るからである。もっともこの場合においても――例えば動産質におけるが如く――転質権者において容易に原質権の存続期間を知り得ざるときは，第１９２条の適用によって期間を超過した転質もなおこれを有効とせざるを得ない。しかしてこれによって質権設定者の蒙るべき損害を防止するためには，立法上質権の存続期間を記入した質契約証書の作成を強要し，もしその記入なきときは存続期間をもって転質権者に対抗し得ざるものと為すべきである。
なお原質権によって担保せられる債権が時効によって消滅したるときは原質権のこれによって消滅すること勿論であるが，質権設定者はこれによって直に転質権者に対して質物の返還を請し得べきであろうか。原質権者対転質権者の関係だけから言うと，時効中断によって原債権の消滅を防止し得べきにかかわらずこれを為さざるは原質権者の過失である，これによって転質権の消滅を来たさしめるのは転質権者にとって多少苛酷であるけれども，質権設定者の立場をも考慮すると結局原則に立ち戻って転質権消滅の結果を認むるの外ない。
なお以上と異なって転質権者が転質設定の際その転質なることを知らずかつ知らざるにつき過失なきときは，原質権と全然無関係に独立の質権を取得するから（第１９２条），原質権が消滅しても転質権者の権利は何等の影響を受けざるものと解せねばならぬ。同様の理由により転質権者が転質の事実を知るもその超過転質なることを知らずかつ知らざるにつき過失なきときは，原質権の時効消滅にかかわらず転質の超過部分のみはなお消滅せず，したがって質権設定者はその部分を転質権者に弁済するにあらざれば質物の返還を請求し得ざるものと解すべきである。もっともこれ等の場合に設定者より原質権者に対して質物の返還若くは損害賠償を請求し得べきこと勿論である。
７
しからば次に質権設定者は直接転質権者に弁済して質物の返還を請求し得べきか。
弁済は債務者以外の第三者といえどもこれを為し得るが故に（第４７４条参照），質権設定者の弁済もまた転質権者の債権を消滅せしめ得べく，したがって転質権もまたこれによって消滅すること明かなるが故に，この場合設定者に質物返還請求権を生ずべきは明かである。
この結果は原質権によって担保せられる債権額が転質権者の債権額と同一なる場合若くは後者が前者を超過する場合については何等の問題を生じない。何となれば，質権設定者の弁済は「弁済ヲ為スニ付キ正当ノ利益ヲ有スル者」の弁済として法律上当然に代位を生ぜしめる（第５００条），したがって質権設定者は転質権者に代位してその原質権者に対する債権を取得し，これと自己の原質権者に対する債務とを相殺せしめるによって，問題なく事を解決し得るからである。
これに反し転質権者の債権額が原質権者の債権額より小なる場合に，上記の結論をそのまま認めるときは，質権設定者は結局原債権額の一部を弁済しただけで質物を取戻し得る結果原質権者は債権一部の弁済を受けざるにかかわらず不法に質物の占有を失うおそれがある。勿論この場合原質権者の質権は未だ消滅しないけれども，事実上質物の占有が一応質権設定者の手に移ることは原質権者の不利益である。これ故に，この場合設定者は直接自己に質物を返還すべきことを請求し得ず，原質権者に返還すべきことを請求し得るに過ぎざるものとなすを正当とする。そうすると，設定者は転質権者に対する弁済によってその債権を代位取得しこれを原質権者に対抗するによって残額債権の弁済をしさえすれば質物の返還を請求し得ることとなるのである。
したがってこの場合に転質権者が過って質物を設定者に引渡しために原質権者に損害を与えたるときは転質権者においてこれが賠償の責に任ずべきこと勿論である。
８
転質の効果に関して次に研究を要するのは，質権の実行に関連して転質権者と原質権者との間に起る諸問題である。
まず第１に，転質権と原質権との順位如何。新質権設定説によると，転質権と原質権とは別個の権利であるから，二者の間に順位関係を生ずる。しかして原質権者は自己の債務を担保するため自己の権限内においてさらに転質権を設定したのであるから，転質権は事物の性質上必然に原質権に優先すべきである。すなわち転質権によって担保せられる債権額と原質権によって担保せられる債権額とが同一なるときは，転質権者は質物の競売代金につきて全額の弁済を受け得べく，これに反して原質権者は競売代金に残余ありといえどももはや何物をも受け得ない。また右と異なって転質債権額が原質債権額より少きときは転質権者まずその債権全額の弁済を受けたる上競売代金になお残余あらば原質権者は二者債権の差額についてのみ弁済を受けることが出来る。けだし転質権と原質権との関係は２個の抵当権相互間の順位関係と異なって併立的にあらずして重複的である，前者は後者に依拠しその範囲内において設定されたものに過ぎないからである。
しかしながら，転質権が原質権に優先することは決して質権の実行上原質権者の競売請求権を制限するものではない。原質権者は自己の質権について実行要件具備するときは全然転質権と無関係に何時にてもその権利を行使し得るのであって，転質権の存続中原質権は決してその効力を停止されるものではない。条件付譲渡説によれば，質権は転質権設定と共に転質権者に移転するが故に，転質権の存続中原質権者は何等の質権を有せず，したがって質権実行の権利なきこと明かである。けれども，この理を認めると，例えば原質債権額が転質債権額より大なる場合の如き，原質権者は自らもまた質物の競売代金について一部の弁済を受け得べき権利を有するにかかわらず，自ら権利を実行し得ずして転質権者の実行を待たねばならないと言う極めて不合理な結果を生ずる。これに反し新質権設定説に従うときは，転質権設定せられるも，原質権者はなおその質権を失うことなきが故に，その実行によって転質権者を害することなき限り，自由にその権利を実行し得るものと解せられる。この考に従うと，原質権者の申立によって競売が開始されたならば，執達吏等競売機関は転質権者より質物の交付を受けてこれを競売に付したる上，競売代金の中転質権者に配当すべきものはこれを転質権者に交付し若くは彼のために供託し（註１２），債権の差額に相当する金額はこれを原質権者に交付すべきが故に，これによって何等転質権者の権利を害することなきは勿論，原質権者の利益もまた充分保護されるのであって，この理を不当とすべき理由は少しも存在しないのである。条件付譲渡説によって生ずる結論は転質権保護の必要を超えて原質権の効力を制限するものであって，これを是とすべき理由を発見するに苦むのである。
（註１２）転質権者の債権が弁済期に在るときはこれを交付すべく，未だ弁済期にあらざるときまたは転質権者が受領を為さざるときはこれを供託すべきである。供託の法律的根拠については競売法第１５条参照。
なお質権実行の要件に関しても，原質権者がその権利を実行するためには単にその権利について実行要件具備するをもって足り転質権についてその要件の備わることを要せざるや勿論であるが転質権実行のためには独り転質権についてのみならず原質権についてもまたこれを実行し得べき要件の備われることを必要とする。けだし転質権は原質権に基きその権利の範囲内において設定せられたる権利に過ぎない，原質権の実行要件備わらざる場合に転質権の実行を許すときは不当に質権設定者の利益を害することとなるからである。
これ故に，原質債権の弁済期到来せざる間は転質権について債権の弁済期到来するも未だこれを行使し得ない。また原質権の債務者が原質権者に対して――例えば同時履行の抗弁の如き――抗弁権を有するときは，原質債務について未だ遅滞成立せずしたがって原質権は未だこれを行使し得ざるが故に，転質権もまたこれを行使し得ざるものと解せねばならない。
なお原質権が消滅したるときは転質権また消滅してこれを行使し得ざるに至るを原則とすること勿論であるが，例えば超過転質において転質権者が転質権設定の際善意無過失なるときは原質権消滅するも転質権はその超過部分について存続実行し得べきこと上述の如く，また転質設定の通知ありたる後において原質権が弁済によって消滅するもその効果を転質権者に対抗し得ざることこれまた上述の通りである。
９
終に，質物の保管義務に関して民法は「質権者ハ其権利ノ存続期間内ニ於テ自己ノ責任ヲ以テ質物ヲ転質ト為スコトヲ得」と規定しているから，転質権者の保管上の過失に対しても原質権者においてその責に任ぜざるべからざるは勿論，「転質ヲ為サザレバ生ゼザルベキ不可抗力ニ因ル損失ニ付テモ其責ニ任」ぜねばならない。なお転質権者は原質権者との契約によってその権利を取得したのであって直接質権設定者と何等の交渉を有しないけれども，その権利はなお直接質物を目的物とする質権なるが故に，原質権者と並んで別に直接質権設定者に対して質物保管の義務（第３５０条第２９８条）を負うものと解すべきである。
（法学協会雑誌第４６巻第１１号第１２号所載）
種類売買に於ける瑕疵担保について
１
種類売買の履行として授受せられたる物に瑕疵ある場合において売主をして如何なる責任を担保せしむべきかはドイツ普通法の下における有名なる論争題目の一であった（註1）。現在ドイツ民法においては第４８０条をもって略この問題を解決して居る。しかるに吾民法は瑕疵担保に関して第５７０条の原則的規定を設けているのみであって，種類売買に適用せらるべき特別規定を置いていないために，種類売買にも同条を適用すべきや否やについて理論上及び実際上かなり意味の多い論争が行われて居る。しかしてこの点に関する学説は従来略３種類に別れて居る。
（１）第５７０条は種類売買にも適用ありとする考（註２）
（２）第５７０条の適用なし，瑕疵ある種類物の給付は未だ「債務ノ本旨ニ従ヒタル履行」と認め得ざるが故に，全然履行なき場合と同一に取扱うべしとする考（註３）
（３）第５７０条の適用なきも，瑕疵ある種類物の給付もなおある程度の履行であって全然履行なき場合と同一に取扱うべきではない，「取引の通念」に照し「信義衡平の原則」によって売主の責任を軽減すべしとする考（註４）。
（註１）Windscheid,Pandekten Ⅱ §394,5にこの問題に関する参考書目を詳しく掲げて居る。
（註２）横田氏債権各論３４４頁，小町谷氏判例民事法昭和２年度２１１頁以下。なお大審院大正１４・３・１３集４巻２１７頁以下はこの考に従っている判例の代表的なものであるから，この要旨を摘記すると左の通りである。曰く「不特定物ノ売買契約ニ於ケル売主ガ瑕疵アル物ヲ買主ニ給付スルモ未ダ完全ニ其ノ義務ヲ履行シタルモノト謂フヲ得ザルガ故ニ，縦令売主ニ於テ斯ル物ヲ提供スルモ買主ニ於テ其受領ヲ拒絶シ得ルハ洵ニ所論ノ如シ。然レドモ之ヲ契約ノ目的物ト全然種類ヲ異ニセル物ノ給付ト同一視シ，全ク契約ノ履行トナリ得ザルモノト速断スルハ失当ニシテ寧ロ買主ニ於テ之ヲ受領シタル場合ニ於テハ不完全ナガラモ契約ノ履行アリタルモノト解スルヲ正当トス。而シテ買主ガ売主ノ提供シタル物ニ瑕疵ノ存スルコトヲ知リツツ之ヲ受領シタルトキハ，特別ノ事情ナキ限リ買主ハ其ノ給付ニテ満足シ瑕疵ヲ原因トスル権利ヲ主張セザル意思ニテ之ヲ受領セシモノト解シ得ルガ故ニ，其ノ後ニ至リ瑕疵担保ニ因ル権利ヲ行フコトヲ得ザルモ，若シ買主ニシテ其当時善意ナリセバ物ニ関スル危険ノ移転スル時期ヲ標準トシテ斯ル権利ヲ行ヒ得ルモノト謂ハザルベカラズ。蓋シ民法第５７０条ニハ其ノ適用ヲ特定物ノ売買契約ニノミ制限セルモノト解スベキ文字ナキノミナラズ，不特定物ノ売買契約締結後売主及ビ買主ガ契約ニ因リ給付スベキ物ヲ定ムルハ有効ナルノミナラズ，此ノ契約ハ其ノ物ニ瑕疵ノ存スルノ故ヲ以テ当然無効ニ帰スベキニ非ザレバ，此ノ時ヨリ以後ハ特定物ノ売買契約アリタル場合ト類似シ，買主ニ瑕疵ニ因ル権利ヲ与フベキヤ否ヤノ問題ニ
（註３）私の旧著債権各論４１６頁以下，鳩山氏債権各論３４０頁以下等。なお舟橋氏判例民事法大正１４年度１５６頁以下は略この説に従って居るが，よって生ずる結果の妥当さに対して深く疑を抱き，殊に売買の目的物が契約当時不特定物なるもその後当事者の合意をもってこれを特定したる時に以後第５７０条を適用すべしと論じている点においてこの説と趣を異にして居る。
（註４）勝本氏「不完全履行序論」法学協会雑誌４７巻６号１２２頁以下，８号４９頁以下。
私は現在これ等３説の中結果において略第３説と同様の解釈をとるものであるが，かつて自ら第２説の主唱者であった関係上，ここに第３説は第２説の主張を合理的に突きつめてゆくと結局到達すべき結論であることを明かにし，判例上最近むしろ勢力を得ようとして居る第１説が理論上到底邪道に過ぎないことを明かにし，もってこの問題の解決に対して多少の貢献をしたいと思う。
なお本論に入る前に便宜上一応注意して置きたいことは，本問題に関していづれの説をとるかによって実質上結果にどれだけの差異を生ずるかである。瑕疵ある種類物の給付を全然履行なき場合と同一に取扱わんとする第２説によると，買主は（１）瑕疵物を返還して別に完全なる履行を請求する権利（完全履行請求権），（２）瑕疵物をそのまま留保しつつこれに追完を加うべきことを請求する権利（追完請求権），（３）相当の期間を定めて完全履行ないし追完を求めたる上契約を解除する権利（民法第５４１条）及び損害賠償請求権（第４１５条）の諸権利を有し，しかも任意にそのいづれをも行使し得る。しかしてその行使については一般の時効以外何等の除斥的制限がない。
これに反して第１説によると，買主の有する権利は（１）損害賠償請求権及び（２）契約解除権に過ぎず，しかもその行使については「買主ガ事実ヲ知リタル時ヨリ１年内」なる除斥期間の定めがある（第５７０条，第５６６条）。したがって買主は完全履行ないし追完の請求権を持たないのである。小町谷氏前掲は第１説をとりつつ単に「当事者の意思に合致し条理に適ふ」と言う理由だけから完全履行請求権をも認めようとしているけれども，この結論を導出すについて何等適当の法律的構成を与えていない。
これ故に問題は結局第１説に従うと買主の保護薄きに過ぎて実情に適せざる場合あり，第２説に従うと買主の保護厚きに過ぎて売主に対して甚だ苛酷であると言う点に存するのであって，論争は実質上この問題を中心として行われつつあるのである。
２
吾々のまず第１に考うべき問題は，瑕疵担保問題に関連して特定物売買と不特定物売買とを区別することが理論上どう言う意味をもっているかと言うことである。
この点について私はかつて旧著債権各論において次の如き説明を与えた。「売買ノ当時未ダ目的物又ハ其選出セラルベキ範囲ガ特定セザルトキハ売主ハ瑕疵ナキ完全ノモノヲ給付スルニアラザレバ其債務ヲ履行シタリト言フベカラズ，従ヒテ通常ノ債務不履行ニ関スル原則ノ適用ヲ受クルモノナルニ反シ，特定セルトキハ其特定セル目的物又ハ特定セル範囲内ノ物ガ初メヨリ瑕疵ヲ包蔵スルモ其物ガ瑕疵アルママ売買ノ目的物トナリタルガ故ニ，売主ハ敢テ別ニ瑕疵ナキモノヲ得テ給付スルヲ要セザルノミナラズ又之ヲ為スヲ得ズ。蓋シ売買ノ目的物ハ其特定ノモノ夫レ自身ナレバナリ云々」（４１７条）。しかしてこの考は当時少数説なりしにもかかわらずその後鳩山氏これに賛成して不特定物売買にも第５７０条の適用ありとする説は「売買ノ目的物ト給付ノ目的物トヲ混同スルモノナリ。此場合ニハ給付ノ目的物ニ瑕疵アルモ固ヨリ売買ノ目的物ニ瑕疵アルニアラズ。売買ノ目的物ニ瑕疵アリト言ハンガ為メニハ契約当時給付セラルベキ物ガ特定スルカ又ハ少クトモ其選択セラルベキ物ノ範囲ガ特定セルコトヲ要ス」（債権各論３５０頁）との説明を与えられてから多数学者の賛同を得るに至ったのである。
上記の大正１４年３月１３日の大審院判決は「蓋シ民法第５７０条ニハ其ノ適用ヲ特定物ノ売買契約ニノミ制限セルモノト解スベキ文字ナキノミナラズ云々」と言っているけれども，ドイツ民法のように初めから瑕疵担保に関する規定を種類売買に適用すべきことを予定し，したがって瑕疵の有無を決定すべき標準時期について「危険移転の時」Zeit
der
Übertragung der Gefahr なる特別の時期を規定せる法律の下においては格別（第４５９条），吾民法の如く単に「売買ノ目的物ニ隠レタル瑕疵アリタルトキ云々」と規定しているに過ぎない法律の解釈としては，売買契約成立当時を標準時期と解するの外なく，しかしてその当時を標準とする以上その当時売買の目的物が特定していなければ瑕疵の有無を論じ難い。何故なれば特定せざる種類物について抽象的に瑕疵の有無を論ずることは事物の性質上不可能だからである（註５）
（註５）上記大正１４年３月１３日の大審院判決は「物ニ関スル危険ノ移転スル時期ヲ標準」とすべきことを説いているけれども，かくの如きはドイツ民法と吾民法とが瑕疵担保責任に関して全然違った考に基いて規定を設けていることを無視するものであって，文理上は素より理論上もまた全然根拠を有し得ない。
これに加えて瑕疵担保の法律的根拠如何を考えて見ると，第５７０条の適用が特定物売買にのみ限らるべきことは更に一層明瞭である。元来瑕疵担保の根拠に関して従来大体債務不履行説，担保契約説及び公平説の３説があるけれども（註６），瑕疵担保責任の内容が一般債務不履行責任のそれに比して軽減されている理由がいづれに存するかを考えて見ると，第３説のみが唯一の合理的な解説である。けだしもしも第１説の言う通り瑕疵物の給付が債務不履行であるとするならば何故にこの場合に限って売主の責任が軽減されねばならないか全くその理由を解し得ない。種類物を売った者はその指定された種類に相当する物を給付するによってのみその債務を履行し得べきである，種類に相当せざる瑕疵物を給付するもそれは債務不履行であって，何等特別の事情が付け加わらない限り特に売主の責任を軽減すべき理由は少しも存在しない。また特定物の売買にあってはたといその特定物に瑕疵あるも瑕疵あるままとしてその物が売買されたのである，無論当事者瑕疵の存在を知らず一応瑕疵なきものとして売買し，したがってその考で代金額をきめて居るから，それをそのまま放置することが売買の有償性に鑑みて不公正だと考えられる所に瑕疵担保を認むべき根拠が在るのであるけれども，売買の目的物は飽くまでもその――瑕疵ある――特定物であるから，売主としては元来ただその物を――瑕疵あるまま――給付すべき債務を負い，買主もまたその物を給付すべきことを請求する権利を有するに過ぎない，したがって瑕疵物を給付してもその所に何等の債務不履行も存在し得る筈がないのである。
公平説によると，瑕疵担保と債務不履行とは全然無関係な事柄である。売主には何等の債務不履行がなくとも，一応瑕疵なきことを標準として代金額を決めた以上，後より瑕疵を発見した場合に買主に対して何等の救済をも与えないのは如何にも売買の有償性に鑑みて不公正である，本来から言うと瑕疵の存在に気付かなかった買主の損失に帰すべき事柄ではあるが，有償契約当事者相互間の公平を期する上から見て多少の救済を与えるのが公正だと考えられる所に瑕疵担保の根拠が存在するのである。したがって瑕疵担保責任の内容が債務不履行のそれに比して軽いのはむしろ当然であって，本来重かるべき債務不履行責任を特に売買についてのみ軽減したのではない，債務不履行の見地から言えば本来なかるべき責任を公正の見地から特に賦課したるものそれがすなわち瑕疵担保の責任である。
（註６）各種の説の紹介及び論評については鳩山氏前掲３４７頁以下。公平説は鳩山氏の力説支持する所である。私はかつて債権各論４１９頁において通説と共に債務不履行説をとっていたが今日では同書３８５頁において担保責任一般について述べた所を瑕疵担保にも適用すべきものと考えて居る。同所には「民法第５６５条以下ノ諸規定ハ凡テ売主ガ其債務ノ原始的一部不能ニ対シテ如何ナル責任ヲ負担スルカヲ規定セルモノトス。而シテ民法ガ贈与ノ場合ト異ナリテ特ニ売主ヲシテ此種ノ重キ責任ヲ負担セシメタル理由ハ売買ハ有償契約ニシテ買主亦反対給付ヲ為スコトヲ要スルガ故ニ売主ノ給付ニ欠点アルニ拘ラズ之ガ為買主ノ反対給付ガ何等ノ影響ヲ受ケザルモノト為スハ明ニ公平ヲ失スルモノニシテ不当ニ買主ノ保護ヲ欠クモノト言ハザルベカラザルヲ以テナリ」と言って公平説的説明を与えて居る。
かくの如くに考えて見ると，不特定物売買について瑕疵担保責任を認めることは全く不可能であると言わねばならない。種類物を売りたる者は指定せられたる種類に適合すべき物を給付すべき義務を負うが故に，その種類に適合せざる物を給付するもその所にはなお債務不履行の存すること明かなりと言わねばならない。かくして種類に適合せざる瑕疵物を提供しかつ買主これを受領したる場合を全く何等の提供なき完全なる不履行と全然同様に取扱うことは実質上確に不合理であろう。けれども瑕疵担保責任の根拠を以上の如くに解する以上，この不合理を除去するがため第１説に赴かんとするのは吾民法の解釈として何等の根拠なき謬論である。この不合理を除去すべき方法は――後に述べる通りむしろこれを――債務不履行理論の醇化に求むるを正当とすべきである。
なおこの点に関して注意すべきは，第５７０条の適用はこれを特定物売買のみに限るべしとする議論は売買の目的物が代替物なる場合についてはそのまま当然に適用し得ないことである。危険負担に関する第５３４条，履行の場所に関する第４８４条等の適用に関しては，売買締結の当時目的物が特定せるや否やが専らこれ等の規定を適用するや否やの標準となるけれども，瑕疵担保の問題に関してはその外なおその特定せられたる物が代替物なりや否やを考慮せざるを得ない。何となれば代替物を売買する場合においては，たとい現物売買に在っても売買締結に際して当事者が特に選び出された特定物を売買の目的物とする意思を有する場合と当事者の意思は飽くまでも指定せられたる種類品質に相当すべき代替物を給付するに在りただ偶々選び出された物を一応適格品として授受するの意思を有するに過ぎざる場合とがあり得る，しかして当事者別段の意思を表示せざる限りむしろ後者の意思を有するものと解するを妥当とするからである。例えば新本を販売する書店において「三省堂六法全書」を買う者が多数の同種品中より一部を選び出してその交付を受けたとしても，当事者の意思は――別段の意思表示なき限り――なお「三省堂六法全書」なる種類物を買わんとするに在りと解すべきであって，特にその選び出された特定の１冊を買わんとする意思を有するものと解すべきではない。したがって後その交付せられたる六法全書に落丁を発見したるときは，買主は瑕疵担保に関する規定によらず一般債務不履行の原則によって救済を受け得べきである。売買契約締結の際その目的物が直に特定したりや否やは危険負担ないし履行場所に関する規定を適用するや否やについては正にそのまま標準となり得るけれども，瑕疵担保の問題に関しては当事者が特にその特定したる種類物のみを売買の目的物とするの意思を有する場合の外売主はなお特定の種類品質に適合すべき種類物を給付すべき抽象的債務を負担するものと解すべきである。従来の通説が単に特定物売買なりや否やのみを問題として第５７０条を適用すべきや否やを論じているのは誤りである。
３
上述の如く瑕疵担保に関する第５７０条の適用は不代替的特定物の売買にのみ限られねばならない。純然たる種類物売買にあっては素より，売買契約締結の際その目的物が直に特定せられたる場合といえどもそれが本来代替物なるときは，別段の意思表示なき限り，売主は完全なる種類物を給付すべき債務を負うものと解すべきであって，瑕疵担保責任を負担するものと解すべきではない。
したがってこれ等の場合において当事者が売買契約締結当時若くはそれ以後契約の履行として授受したる物に瑕疵あるときは買主が債務不履行一般の原則によって完全履行請求権，追完請求権，解除権及び損害賠償請求権の救済手段を有すべきは理の当然であって，上述の第２説はこの結論をそのまま認めてその実質的結果の妥当と否とを全く考慮しなかったのである。
ところが不特定物売買の買主がその履行として受取りたる物に瑕疵ある場合に法律上与えらるべき救済手段が常に右の４種類のすべてであり，かつ買主は常にその中いづれかを任意に選択して行使し得べきものと解すべきや否やは信義衡平の原則に鑑みて甚だ疑わしいのである。
例えば１冊の英和辞典を買いたる者が使用後１週間――したがってすでに相当辞典を汚した後――において落丁を発見したるときは，その落丁を追補すべきことを請求する権利を有すべきは勿論損害賠償を請求することも出来る。けれどもすでに辞典が相当汚れているにもかかわらず別に完全なる辞典の給付を請求すること（完全履行請求権）を許すのは信義衡平の原則に鑑みて明かに不穏当である。これに反して買って来たばかりの――したがってまだ全く汚れていない――辞典に落丁を発見した買主は，単に追完請求権を有するのみならず完全履行請求権をも有するものと解するを妥当とする。何となれば売主は完全履行の請求に応ずるも何等特に不利益を受けることがないからである。なお買主が追完請求を為したる場合に売主がむしろ完全履行を利便としてその提供を為したるときは買主はこれを拒絶し得ない，また反対に買主が完全履行の請求を為したる場合に売主がむしろ追完を為さんことを提供したる場合においても――それが特に買主に不利益を与うる場合を除く外――買主はその受領を拒絶し得ざるものと解すべきである。けだし買主は実質上その売買の目的を達することが出来さえすればすなわち足るのであって，単に自己の都合のみから特に売主に不利益を加える権利を有するものと解すべき理由は全然存在しないからである。
次に売買後相当の時間を経過し完全履行ないし追完が不能若くは著しく困難になっている場合には，買主は救済として単に損害賠償請求権若くは解除権を有するのみであって完全履行ないし追完の請求権を有せざること債務不履行一般の原則によっても当然である。
なお解除権について売主の債務不履行が僅少部分にのみ関しこれを理由として解除を許すことが信義衡平の原則に反すと認むべき場合にはもはや解除を許さず買主はただ損害賠償の請求のみを為し得べきものと解すべきである。けだしこの場合に買主を実質的に救済するためにはただ損害賠償請求を認むれば足りる，解除によって必要以上に売主の利益を害することを認めるのは信義衡平の原則上明に権利の濫用を許すものと言わねばならないからである。
かくの如くに考えて見ると，種類売買の履行として給付せられたる物が瑕疵を有する場合における買主の救済手段を債務不履行の一般原則に求めても必ずしも買主にとって過酷の結果を生ずるとは限らない。これを過酷なりとする考は畢竟以上債務不履行の結果として認めらるべき４種の救済手段をすべての場合について無制限かつ平等に認めようとするために生ずる謬想に過ぎない。信義衡平の原則に鑑み売主買主双方に対して必要にしてかつ充分なる保護を与えることを考える限り，債務不履行理論の適用はこの場合について何等不公平の結果を生ずるものではない。これに反して種類売買に対しても第５７０条の適用ありとししかも結果の不都合を調節せんがために法文上何等の根拠なきにかかわらず強いて完全履行の請求権を認めんとするが如きは吾民法の解釈として全然誤れるものと言わねばならない（註７）。
（註７）ドイツ民法は初めから危険移転の時を標準として瑕疵担保の問題を決定する考によって立法されて居る。したがって種類売買についても瑕疵担保規定の適用あるべきは当然である。しかも種類売買における瑕疵担保として単に代金減額 Minderung ないし解除 Wandelung を認めるだけでは事理に適合しないため，特に第４８０条をもってこれ等の救済手段に代えて完全履行の請求を為し得べきことを規定しているのである。
初めから全然違った立場から規定されている吾民法の解釈としては種類売買に関しては全く瑕疵担保規定の適用なく，すべては債務不履行の一般原則の適用によって解決せられるが故に，必要の場合買主に完全履行ないし追完の請求権あること理の当然である。特に別段の規定を設ける必要を見ないのである。
４
かくの如く種類売買の履行として給付せられたる物が瑕疵を有するときは債務不履行一般の原則によって買主を救済すべきであって，瑕疵担保に関する第５７０条の規定を適用すべきではない。しかしてその結果はすこしも売主にとって特に苛酷な取扱を与えることとならないのである。
これに加えて商事売買については商法第２８８条の特別規定あるが故に，買主が同条所定の検査義務を怠るときはその救済権は著しく制限される。勿論同条は明文上単に契約解除，代金減額及び損害賠償請求の権利を制限すべき旨を規定するに過ぎないけれども，すでにこれ等の権利を制限する以上更に重い救済手段である完全履行ないし追完の請求権をも制限すべきは理の当然であって，種類売買における不完全履行に対して債務不履行原則を適用しても少くとも商事売買に関する限り売主に対して何等苛酷の結果を課することとならないのである（註８）。
（註８）商法第２８８条を種類売買にも適用することに対しては反対説がある（勝本氏前掲法協４７巻６号１４３頁以下）。けれども，同条は積極的に瑕疵に対する救済手段を規定するものにあらずして，買主が所定の検査義務を懈怠するときは別に民法の規定する救済を求め得ざることを消極的に規定しているに過ぎない。したがって同条の適用を特定物売買にのみ限るべしとする理由は少しも存在しないのである。
これに反して昭和２・４・１５大審院判決（集６巻２４９頁以下）その他多数の学者は――民法第５７０条は種類売買にもこれを適用すべしとする学者でも――商法第２８８条を種類売買にも適用すべきことを主張して居る。
なお種類売買を締結した後売主買主の立会をもって種類物中より特にある特定物を選出したる場合については，当事者が特に以後その選出せられたる物に責任を集中してもはや完全履行ないし追完請求を許さざるものとする意思を有する場合と単に一応その選出せられたるものを瑕疵なきものとして履行に充つるの意思を有するに過ぎざる場合とがあり得る。しかして前者にあっては特約の結果責任はその選出せられたる特定物に集中するが故に買主が以後完全履行ないし追完の請求権を有せざるに至るけれども（註９），後者にあってその選出されたるものを一応無瑕疵の種類物として授受しただけのことであるから後に至って瑕疵を発見したるときはなお完全履行ないし追完の請求を為し得べきものと解すべきである。もっともこの場合についても上述信義衡平の原則に基く制限あること勿論である（註１０）。
これに反して種類売買の売主が善意にて瑕疵物を提供し買主また善意にてこれを受領したるに過ぎざるときは，特別の事情なき限り，当事者において特に以後責任をその給付せられたる特定物に集中するの意思あるものと解するを得ない。この場合においては買主はなお依然として債務不履行の一般原則によって救済を求め得るを原則とし，ただ信義衡平の原則に鑑みて彼の請求し得べき救済の種類に上述の如き一定の制限を生ずるに過ぎざるものを解すべきである（註１１）。
（註９）その結果この場合には特約による集中によって以後第５７０条の規定すると同様の瑕疵担保責任が発生する。けだし第５７０条は売買契約当事者が初めより売主の責任を特定物に限る意思を有する場合に適用せらるべき規定であるから，契約締結後において当事者がその合意をもって売主の責任を特定物に限定すべきことを定めたる場合にもこれを類推適用することが合理的であると考えられるからである。
（註１０）上述の大正１４年３月１３日大審院判決は不特定物の売買締結後売主及び買主が契約によりて給付すべき物を定めたるときは以後特定物売買におけると同様第５７０条を適用すべしと言っているけれども，この種の場合の中にはなお本文に記すが如き区別あることに注意せねばならぬ。舟橋氏はこの区別を明かにするため特に「以上に特定或は特定物と言ふのは単にコレアレと品物を指定するを以て足らず，もっと強くその契約の目的物として他の物を以て代ゆるを許さざる関係を生ぜしめることを言ふ」と説明して居る（判例民事法大正１４年度１６２頁）。けだし本文とその意を同じうするものである。
（註１１）勝本氏前掲法協４７巻８号４８頁以下はこの点について略々本文と同一の結果を認め，売主が完全履行を拒絶し得べき権利を名付けて特に「特定の抗弁権」と称し，これを悪意の抗弁 Exceptio doli
generalis の一種に属するものと説明して居る。しかしそれが果して同氏の言う通り抗弁権 Einrede の性質を有するものなりや否やについては私今なお多大の疑念抱いているけれども，この点に対する意見の陳述はこれを後日に譲りたいと思う。
（山田教授還暦祝賀論文集所載）
民 法 雑 考 終